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 二日ほど前に空犬さんのブログ「空犬通信」で「杉本一文 装画の世界/銅版画の世界」が開催されることを知り、初日の今日、六本木ストライプスペースまで出かける。

 杉本一文装画の世界1

 杉本一文といえば、ミステリ者にはいうまでもなく角川文庫の横溝正史のカバー絵で知られている方。横溝正史だけでなく半村良や、あの『狩久全集』なども手がけており、横溝ファンだけでなくミステリ好きにとって決して忘れることのできない絵描きさんではなかろうか。
 ちなみに杉本画伯の展覧会は意外にひんぱんに開催されており、管理人も過去に神保町の東京堂書店で行われた「杉本一文原画展」や山梨の根津記念館であった「イラストレーター杉本一文が描く横溝正史の世界」などでも拝見したことがある。

 絵の魅力については今更管理人が力説するまでもなく、ファンには十分に周知されているところだろう。横溝正史描くおどろおどろしい世界観を見事に再現しており、怖い中にも妖しさや美しさが感じられ、たまらない魅力がある。個人的にはそのエロティックな部分が発揮されているものが好みで(笑)、定番といってもよい『真珠郎』をはじめ、『誘蛾燈』、『白と黒』なんかが実によろしい。

 さて、初日の朝イチということもあるのか、管理人が訪れたときには意外に人が少なかったため、ゆっくりと絵を鑑賞することができたが、何より嬉しかったのは杉本画伯ご本人がいらっしゃったこと。
 人が少ないおかげで画集にサインもしてもらい、先生とも十分弱ぐらいだが差し向かいで話ができて非常にいい記念になった。横溝カバーについてはスピードやスケジュール優先で、それほど中身を読まずに描きとばしたとか(笑)、描き始めると一日二日で仕上げたとか、逆に半村カバーはストーリーや設定が読み込まないと理解できないから大変だったとか、短いながらいろいろと興味深い話が聞けたのは満足である。あちらこちらに出ている話ではあるが、やはり直接聞けたというのが嬉しい。

 杉本一文装画の世界2

 杉本一文装画の世界3

 ということで、会期も短いことですし、お時間があればぜひ皆様も足をお運びください。

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 村上春樹の『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』を読了。

 ※今回、ストーリーとラストに触れますので、未読の方はご注意ください。

 騎士団長殺し第2部

 うむう。傑作とは言わないが、このところの春樹作品のなかでは、まだいい方ではなかろうか。
 表面的にはこれまでのハルキワールドの総集編というか、これまで扱ってきた数々のお得意のモチーフを散りばめており、それほどの差がないようにも見える。

 異世界へと通じる扉(本作では“穴”)
 感情表現に乏しい(ただしある意味神格化された)若い女性
 とぼけた味をもつ、敵とも味方ともつかない異世界の住人(のような何か)
 世界を覆すかのような絶対的悪の存在(ただし表面には絶対浮上してこない存在)
 全体を覆う喪失と再生の香り、比喩だけでしか表現されない(したがって意味が通じにくい)主人公への謎の試練
 本筋と関わらないけれども世界観を補足する上では重要(?)な徹底的デティールへのこだわり
 草食系ばかりの登場人物によって繰り広げられる異常なまでの肉欲などなど

 著者の語り口が好きというファンであれば、これだけでお腹いっぱいだろう。
 ただ、もちろん本作の特徴はそれだけではない。意外だったのは、消化不良な読後感ばかりが強かった最近の作品に比べ、本作に関しては一応は着地点をきちんと見据えて書かれていたことだ。しかもそこそこ甘口のハッピーエンド。
 とはいえ、これまではスケール感を大きくしすぎて回収しきれないイメージだったのに対し、本作はまとまってはいるがこじんまりとしており、言葉は悪いが置きにいった感も強い。
 まあ置きにいくことがすべて悪いわけではないが、いろいろなギミックを用意している割には、物語のテーマが最終的にほぼ主人公の喪失と再生に寄ってしまっているのは少し残念だった。

 第1部のあたりではまず“騎士団長殺し”という絵が登場し、それが“穴”の存在を誘発し、さらにはイデアを出現させてしまう。同時に、白髪で完璧主義の免色という男、無口な十三歳の少女まりえなど、いかにもハルキワールドらしい登場人物が続々と登場する。
 一方、妻と別れ、肖像画という仕事も辞めた主人口は、まだ人生のリセットの最中。それらに対して積極的に関わることはしないのだが、人の本質を的確に捉えて絵にできる主人公のスキルによって、少しずつ物事や人物のつながりを浮かびあがらせてゆく。いわば主人公は触媒のような存在であり、彼の存在と、彼が関わる絵によって、先への興味をもたせてゆく。
 という具合で前半はそれなりに期待させるのだが、最後に主人公自身の物語としてハッピーなラストになったことが逆に拍子抜けだったのである。妻とよりを戻すために、どんだけ不思議なことが起こるんだよという(苦笑)。

 納得いかない点としては、まず“騎士団長殺し”という絵との関わりである。この絵を描いた作者が戦争を通じて体験した数々の悲劇。それがこの絵になかに盛り込まれている、というか封印されているのだ。主人公はその絵のなかにある、それこそイデアやメタファーを感じ取ることができるのだが、なぜかそれと対峙することはない。
 終盤では作者本人とも会うのだが、それは別の目的のための手段であり、こちらが本筋ではないため、結局、過去の悲劇に対しての掘り下げが非常に薄いものに終始してしまうのが残念だった。

 納得いかない点その二としては、終盤に起こるある事件、まりえの失踪である。こちらの事件の真相もどう主人公と関わるのか意味が見えにくい。
 主人公と彼女の精神的なつながりはわかるが、主人公の試練がとことんファンタジー的な冒険なのに対し、彼女の失踪事件の真相は非常に現実的で、その関連性が非常に弱いものになっている。
 結局、彼女の問題ではなく、主人公が再生するための儀式でもあるのだろうが、決着をつけるための展開としてはかなり強引で、これもまた拍子抜けするラストの大きな要因である。

 それでも先に書いたように、最近の作品の中ではまずまず伏線回収もできているし、わかりやすい物語ではあるので、ハルキワールド入門書としてはオススメといえるだろう。

 なお、本作には第3部があるのではという気がしている(もう誰かがすでに予想しているだろうけれど)。
 根拠としては二つ。本作が上下巻ではなく、第1部と第2部という構成であること。二冊で終わりなら上下巻でいいわけだし、続きを書く可能性があるから、それに対応できる副題にしたのではないか。
 もうひとつは、本作にはプロローグがあるのに、エピローグがないこと。こちらもちゃんとエピローグをつけた第3部が出ることを予想させる。
 まあ、『1Q84』の例もあるので、かなり確率は高いのではなかろうか。そしてもし第3部が出るなら、ペンギン人形の返却と肖像画の約束をした“顔のない男”の話になるのではないか。


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 遅ればせながら村上春樹の『騎士団長殺し』に着手。ひとまず第1部「顕れるイデア編」まで読了する。
 『1Q84』から数えると七年ぶりとなる新作長篇。最近の長篇に対してはけっこう辛めの感想ばかり書いているような気がするが、それでもやっぱりこうして買って読んでしまうのは、初期の作品を読んだときの印象があまりに強く、それを期待しているからだろう。
 さて、今回は果たしてどうか。

 騎士団長殺し第1部

 肖像画で生計を立てる主人公の“私”は、あるとき妻から離婚を切り出され、自ら自宅を出ることにする。しばらく旅を続けた後、彼が新たな住まいに定めたのは、小田原の山間部に建てられた、“私”の友人の父である日本画家のアトリエ兼住居だった。
 その家で“私”は肖像画を描くこともやめ、ふもとの町で絵画教室の講師をしながら新しい暮らしをスタートさせたが、少しずつ変わった出来事が起こり始める。屋根裏で発見された『騎士団長殺し』というタイトルの日本画、肖像画の依頼をしてきた免色(めんしき)と名乗る男、真夜中に聞こえる鈴の音……。
 直接的ではないけれど、それらが静かに干渉し合い、“私”は不思議な出来事へと誘われてゆく。

 まだ第1部を読んだだけなので結論には早いが、全体的にはいつものハルキ的作品のようには思える。
 幻想小説的手法を取り入れ、「喪失と再生」をテーマとし、異世界やらメタファーやら敵とも味方ともつかない登場人物やらディテールへのこだわりやら、もうあらゆる部分でハルキワールドが再構築されている印象である。
 詳しい感想は第2部読了後に。


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 先日の一巻に続いて、『本田緒生探偵小説選II』を読了。二巻では1928年以降の作品を収録している。

「恐怖時代」
「運と云ふもの」
「鼠賊為吉簪奇譚」
「小指」
「街の出来事」
「拾つた遺書」
「或る結末」
「ゑろちつく・あるはべつと」
「長右衛門の心」
「名刺」
「事件」
「三つの偶然」
「或る男の話」
「暗黒におどる」
「波紋」
「謎の殺人」

 本田緒生探偵小説選II

 『本田緒生探偵小説選I』の感想でも書いたが、全般的にあっさり目というか尖ったところがあまりなく、ページ数の問題もあるのだが、どうしても物足りなさが先に立つ。その印象は後期作品を集めた本書でも残念ながらあまり変わらなかった。

 バラエティに富んでいるのはいいとして、もう少しその先を突き詰める姿勢がほしかった。たとえばユーモアものに著者の嗜好性が強く出ているようなので、そちらを極めるとか。

 本書でいうと「鼠賊為吉簪奇譚」は比較的そんな著者の良さが出ている作品である。一本の簪をめぐって、主人公がさまざまな人物と出会い、人生について考えていく。
 比較的長めの短編で、ミステリというよりは大衆時代小説なのだが、これを長編ほどの分量に膨らませることができれば、本田緒生版『月長石』になったかもしれない。いや、ならないだろうけど(笑)。

 あと本筋ではないのだが、いろいろな作品で江戸川乱歩について言及しているのは少し気になった。
 乱歩はいうまでもなく同時代のトップランナー。果たして緒生はライバルとして意識していたのか、あるいは敬愛や尊敬の念であったのか。まあ、さすがに後者だとは思うけれど、エッセイならともかく小説でこれだけ言及するのは珍しい。


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 笹沢左保の『どんでん返し』を読む。最近読んでいた初期長編から離れて、これは中期に刊行された短編集である。まずは収録作。

「影の訪問者」
「酒乱」
「霧」
「父子(おやこ)の対話」
「演技者」
「皮肉紳士」

 どんでん返し

 どんでん返しがテーマの短編集。しかも全編、二人の登場人物の会話だけで構成されており、なかなか技巧的でアグレッシブな試みである。
 ただ、技巧的ではあるし、どれもきちんとオチを工夫してあるのだけれど、いかんせん会話だけだといろいろ制限が多くなり、どうしても先が予想しやすいのが惜しまれる。それでも何作かはこちらの予想を超えるものもあって、まずまず悪くない短編集である。
 なお、タイトルにまで“どんでん返し”とつけるのは、いくら何でもハードルを上げすぎじゃないかな(苦笑)。

 以下、作品ごとの感想など。

 「影の訪問者」はかつて婚約していた男女の会話。深夜に突然やってきた女の不審な様子から、男が推理を披露して……という物語。会話ミステリー(そんなジャンルがあるかどうかは知らんが)の基本系みたいな作品である。それだけに予想されやすいところはあるのだが、サスペンスも高く、きちんとまとまった佳作。一幕ものの芝居みたいな雰囲気もよい。

 その基本形を捻ってあるのが「酒乱」。五十代の夫婦の会話だが、昔に起こったと思しき事件を二人で回想していくのだが、余韻も含めて本書のピカイチ。

 「霧」は心中を図ろうとする若い夫婦の会話。これは単純で驚きも少なくいまひとつ。

 「父子の対話」は「酒乱」に次ぐ出来の良さ。売れっ子弁護士になった息子とその父の会話だが、御都合主義が一ヶ所あるのはいただけないが、会話だけでこれだけの豊穣なストーリーを展開させる手腕が見事。

 「演技者」は夫の殺人を企む女優とその不倫相手の会話で始まり、後半は女優と捜査にあたる刑事の会話で締める。プロットに無理があり、本作だけ会話も都合三人で成り立たせているため、印象も弱くなってしまった。

 「皮肉紳士」は空港へ向かうタクシーの中で、大学教授に事件の相談をする刑事の話。これは会話ミステリというより安楽椅子もののアレンジ。なので会話ミステリとしての面白さには欠けるのが残念。


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 上野の森美術館でやっている「怖い絵」展を観にいきたいのだが、公式ツイッターで待ち時間を調べると九十分とか普通に出てくるので、なかなかその気にならない。せっかくの休みなのでここらで消化しておきたいが、みな考えることは同じだしなぁ。
 とりあえず今日の様子をみてから、明日以降に計画を変更して、本日はとりあえず「神田古本まつり」に出かけたが、こちらはもう一週間ぐらい経っていることもあって、お安いところでの目ぼしいものはなし。しょうがなく笹沢左保の未所持で安いものをつかんで帰る。


 本日の読了本はアレクサンドル・ベリャーエフ『ドウエル教授の首』。
 再読。とはいっても小学生の頃に子供向けで読んで以来だが、昨年、創元から復刊されたのを機に懐かしくて買っておいたものである。幸か不幸か、生きた生首の話という設定は覚えていたが、それ以外はさっぱり記憶に残っていないので、今回はだいぶ新鮮な気持ちで読むことができた。

 こんな話。パリのケルン教授に雇われたマリイ・ローラン。彼女が任された仕事は、なんと胴体から切り離された生首、しかも生きている首の世話であった。不気味な任務ではあったが、その科学的偉業に驚きつつ、仕事をこなすローラン。
 だが、やがてその首と会話を交わすようになり、彼女は首の持ち主が最近亡くなったばかりの高名な外科医ドウエル教授であることを知る。首だけを生かせておく実験は、実はドウエル教授の研究の成果であり、それをケルン教授が横取りしていたのだ……。

 ドウエル教授の首

 うわあ、むちゃくちゃ面白いではないか。
 ほとんど中身を覚えていないこともあって、ロシアの古いSF作品だからもっと辛気臭い話かと思っていた。そもそも生首を生かしておくという設定なので、首を生かしておくということに関しての倫理的な問題や、首だけで生きることの苦悩などを描いたものかと予想していたのだ。
 いやいや、それどころかがっつりエンタメである。誤解を承知で書くと、これはもう完全に変格探偵小説の世界ではないか。海野十三とかのSFを連想してもらうと一番しっくりくるだろう。

 確かに序盤こそヘビーな雰囲気を漂わせるのだが、ケルン教授がさらに二人の首を蘇生させ、そして他の胴体を入手して首をつなげ合わせ、まるでフランケンシュタインのように合成した人間を復活させるあたりから、方向性がかなり怪しくなる。
 復活した人間はもともと酒場のダンサー。体を手にいれた彼女はケルンの目を盗んで病院から脱走してしまうのだが、その彼女の前に現れたのが、「胴体」の持ち主の恋人だったアルマン。彼はかつての恋人とそっくりの体や動きをする女性が気になり、友人にそれを相談する。その友人というのがなんとドウエル教授の息子アルトゥールというのだから、偶然もたいがいにせえよとは思うのだが(苦笑)、物語に勢いがあるので多少の御都合主義は気にならない。ストーリーの面白さの方が全然勝っているのである。
 この後、アルマンとアルトゥールはドウエル教授を救うために活躍するわけで、さらに激しく物語は展開し、まったく退屈するところがない。

 ラストがややあっけないところは残念だが、いや、さすがにこれだけやってくれれば十分。1937年のロシア産SF、侮れません。


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 ジョルジョ・シェルバネンコの『虐殺の少年たち』を読む。
 同じ論創ミステリ叢書で先に刊行された『傷ついた女神』がイタリアン・ノワールあるいはイタリアン・ハードボイルドとでもいうような内容で、なかなかの良作だったが、本作も予想以上の傑作であった。

 こんな話。夜間定時制校の教室で、若い女性教師が暴行恥辱され、瀕死の状態で発見され、治療の甲斐なく死亡するという事件が起こる。警察は十一人の生徒たちによる犯行と断定したが、彼らは一様に知らぬふりをするばかりであった、
 捜査にあたった元医師の警官ドゥーカ・ランベルティは、生徒一人ひとりに尋問を開始するが……。

 虐殺の少年たち

 なんともやるせない事件である。日本でいえば中高生ぐらいの男子生徒たち。彼らが若い女性教師を殺害するというだけでも相当なものだが、しかもその手口が残忍極まっており、前作『傷ついた女神』もそうだったが、シェルバネンコの筆致は本当に容赦がない。

 そんな胸糞の悪い事件で、自らも医師時代の安楽死によって実刑を受けた経験のあるドゥーカは、強い信念とトラウマを抱えて少年たちと向き合ってゆく。
 だが、ドゥーカが向き合わなければならないのは目の前の胸糞悪い事件だけでなく、イタリアの抱える貧困や薬をはじめとした社会問題、集団心理の恐ろしさ、そして何より命に関わる仕事の重さだ。
 それらが重層的に語られ、そこには不愉快な描写も少なくないのだが、それでも先を読まずにはいられない力が本作にはある。
 ネタバレになるので詳しくは書かないが、たとえば前半の少年たちへの尋問シーン、あるいは姪の病気についてのくだり、さらには少年の一人をドゥーカの家に連れて帰る一連の展開などなど、ひとつひとつがとにかく堪える。

 真相への到達方法はややあっけないが、本作においてそれは主眼ではないのでよしとしよう。むしろ犯人がわかったあとの展開がこれまた強烈で、そちらにこそ注目すべきである。

 ともあれ本作、そしてジョルジョ・シェルバネンコという作家はもっと知られるべきだろう。ドゥーカ・シリーズは全部で四作しかなく、『傷ついた女神』が一作目、本作は三作目となる。これ以外に早川書房の『世界ミステリ全集』に第二作『裏切者』が収録されているのだが、もちろん絶版なので、これも含めて残り二作、ぜひ翻訳してほしいものだ。頼みます>論創社さん


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 先週末に観た映画の感想など。ものは『ブレードランナー 2049』。
 1982年に公開されたリドリー・スコット監督による『ブレードランナー』は、単なる傑作を通り越して、いまやくSF映画の金字塔として知られている作品だが、本作はもちろんその続編。
 監督には『メッセージ』や『ボーダーライン』、『プリズナーズ』などの作品で知られる実力派ドゥニ・ヴィルヌーヴを迎え、主役『ラ・ラ・ランド』の記憶もまだ新しいライアン・ゴズリング。これに前作の主役ハリソン・フォードも加わって、あの名作をどのように発展させるのか、そして新たな解釈を披露してくれるのか、これは気にならないほうがおかしい。

 そもそも続編を作っていい映画なのかという心配があった。あの作品ですべてが解き明かされているわけではなく、だからこそファンはその答えを求め、いろいろな解釈が生まれていたわけだが、それに公式な答えを出すことの野暮さというものがある。
 また、傑作の続編に傑作なしというジンクスもあるし、出来がひどかった際のダメージは計り知れない。制作側もかなりの度胸と覚悟がなければ、この続編を作ろうという気にはなかなかなれないだろう。

 そんなこんなで『ブレードランナー』公開から三十五年。そこへいきなり沸いた『ブレードランナー 2049』の発表である。
 上に書いたような不安はあったが、公開されたからには「観ない」という選択肢はなく、公開最初の休日に映画館へ足を運んだ次第である。

 ブレードランナー 2049



※なお、ネタバレは極力避けておりますが、できれば映画をご覧になってからお読みください。



 時は2049年。環境破壊はさらに進み、人類に寄与するための存在だったレプリカント(人造人間)も反乱の度合いを高め、ついには製造元のタイレル社も倒産していた。しかし、その資産を買収したウォレス社によってレプリカントはさらに洗練されたモデルとなり、ごく自然に社会に溶け込んでいた。
 LAPDに属する最新型レプリカント・ネクサス9型の“K”もまた、人間とまったく見分けがつかない精巧なレプリカントだった。Kはかつて反乱を起こした旧式のレプリカントを「解任(殺害)」するという任務に就いていた。
 そんなある日、Kは農場で旧式レプリカントを倒したが、その農場に生えていた木の根元で人骨を発見する。分析の結果、その骨は帝王切開の合併症で死亡した女性レプリカントであることが判明。生殖能力がないはずのレプリカントが子供を産んでいたという事実に関係者は驚きを隠せず……。

 まず結論から書いておくと、非常に満足である。
 実力者とはいえ監督も主役も変わり、前作の偉業を台無しにするのではという不安もあったが、ここまで見事な続編に仕上げるとは思わなかった。ブレードランナーの世界観を継承し、かつテーマを一歩進め、しかも心憎いばかりのストーリー。

 ひと言でいってしまえば、『ブレードランナー』は人工生命の命がテーマであり、さらにいえば人工生命の自我がテーマであり、もっといえば人工生命の愛がテーマだ。おお、全然ひと言じゃないぞ(苦笑)。
 まあ、そんな人工生命=レプリカントとはいかなる存在なのかを延々と繰り返し投げかける映画ともいえる。
 前作では人間がレプリカントを蔑む対象としていたが、本作ではレプリカント同士でも蔑む関係が見られたり、あるいはレプリカントが人間をも蔑んでいたりする。ということは、これはつまりレプリカントのみならず人間の存在をも問うということにならないか。
 また、そういった混沌としたドラマのなかで、最大の無償の愛を感じさせる存在が、AIの女性というのがなんとも強烈な皮肉に満ちたメッセージである。
 もちろん、だからといって人間の愚かさをただ否定するのではなく、ラストにはある種の希望がある。しかし、その希望がどういう道に続くのか、これまたはっきりした答えは見せておらず、つまりはこういう終わりのない問答こそが本作の最大の魅力なのだ。

 ただ、前作を超えたかといわれるとさすがにそれはない。
 『ブレードランナー』のカルト的な魅力は超えようがなく、『ブレードランナー 2049』はあくまで前作ありきの傑作なのである。「前作のプレッシャーによくぞ負けないでこれだけの作品を作った」、「絵もストーリーも素晴らしい」と評価はされるだろうが、その評価は前作とは別軸のものだ。
 本作は傑作といってよい。だが、それゆえに『ブレードランナー』の凄さをより感じることができるのは、これまた皮肉な話である。


 本日は論創ミステリ叢書から『本田緒生探偵小説選I』。
 アンソロジーではけっこうお目にかかる名前で、いくつか短編を読んでいるのだが、ほとんど内容を覚えていないのがお恥ずかしい。今回の『本田緒生探偵小説選』は全二巻本ということで、例によって本田緒生の作品はほぼ収録されているようだから、この機会にどういう作風だったのかあらためて確認できるのは嬉しいところだ。

 ちなみに戦前に活躍した作家ということは知っていたが、なんとデビューは乱歩より早いというのが意外である。ただ、家業の都合もあって名古屋から離れることができなかったうえ、また、同じ理由で執筆のための時間も減ってしまい、作家として集中できた時期はかなり限られていたようだ。

 本田緒生探偵小説選I

「呪はれた真珠」
「美の誘惑」
「財布」
「蒔かれし種 秋月の日記」
「鮭」
「或る対話」
「街角の文字(もんじ)」
「彼の死」
「謎」
「視線」
「無題」
「ひげ」
「寒き夜の一事件」
「書かない理由」
「ローマンス」
「鏡」
「夜桜お絹」
「或る夜の出来事」
「罪を裁く 」
「危機」

 収録作は以上。一巻目の本書では1922年のデビュー作「呪はれた真珠」から1927年までの作品が収録されている。

 肝心の中身だが、まとめて読んでみると、まあこんなものかというレベルである(笑)。同時代の作家と比べた場合、乱歩と比べるのはさすがに無謀としても、たとえば小酒井不木のような医学的味付けや異常性という武器を欠いており、もう少し突き抜けた“何か”があればというところか。
 とにかくページ数が少ないものがほとんどで、いきおいオチを効かせるぐらいしか見せ場がなく、どうしても読み応えという点で物足りないのは否めない。また、そのオチも時代ゆえ期待できるところではないし、謎解きも同様である。
 
 ただ、シリアスありユーモアあり恋愛ありと意外にバラエティという点では奮闘している。
 ユーモアものでは銀行員の山本秋雄を主人公とするシリーズがあり、著者はその人間味の部分を誰も評価してくれないと不満たらたらだったらしいが、いや、これを評価するのはさすがに厳しいと思うけれど(苦笑)。ミステリ的な評価はもちろんだが、エピソードが他愛ないものばかりで、シリーズ化する意義もよくわからない。
 やはり面白いのは、質量ともにある程度の条件を満たした作品であり、なかでも「蒔かれし種 秋月の日記」は意外性も十分でまずまず楽しめた。

 まあ、全体ではなかなか厳しい一冊ではあるが、最終的な評価は二巻を読んでからということで。


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 最近のマイブーム、笹沢左保の『空白の起点』を読む。ポール・ブリッツさん、根岸鴨さんがオススメしてくれていたが、確かにこれも良作であった。

 こんな話。大阪発の急行列車「なにわ」が東京をめざし、真鶴を通過しようとしていたときのこと。乗客の一人、小梶鮎子が海岸の崖から男が墜落するところを車内から目撃した。ところが東京駅に着いた鮎子は、鉄道公安官から、墜落した男が自分の父・美智雄であったことを知らされる。
 たまたま同じ列車に乗り合わせていた保険会社の事故調査員・新田純一は、その偶然が気にかかり、保険の加入状況を調べると、最近、高額の保険に加入したことが判明。事故の裏に何かあるのではないかと考えた新田は引き続き、調査を続行するが……。

 空白の起点

 『招かれざる客』、『霧に溶ける』、『人喰い』とタイプは異なるが、本作もまたなかなかの出来である。
 一言で言ってしまうと、二時間サスペンスドラマ風の展開で、主人公の新田が調査を進めるうち、被害者の周囲には複雑な人間関係があることがわかり、そこからある容疑者が浮かび上がる。ところがその容疑者が自殺を遂げるあたりから、逆に事件の様相がますます怪しくなっていく。後半は犯人の見当もつきはじめ、アリバイ崩しが中心になっていくが、ラストではそれにとどまらない意外な真相が明らかになる。
 雰囲気は確かに二時間サスペンスドラマ風ではあるし、そこまで派手な仕掛けがあるというわけではないのだが、予想を半歩ほど上回っていく展開が心憎く、しっかりしたプロットをうまくストーリーに乗せているといった印象だ。
 特に動機についてはよく練られており、単なる二時間サスペンスドラマに終わらない魅力がある。

 気になったのは、登場人物の人物造形か。ストーリーの軽快さに比較すると、主人公の新田などは作品にそぐわない暗さであり、事件の様相に絡めて物語に深みを出そうとしたとは思うのだが、終盤で明らかになる事実には、あまりの唐突さにちょいとひいてしまうぐらいである。
 かたやヒロイン格の女性は、新田とのロマンスや三角関係といった適度な読者サービス要員にもなっており(この辺も二時間サスペンスドラマっぽい)、新田とのバランスを考えると少々座りが悪い感じ。まあ、ここは個人的な好みも入っているので。そこまで気にするほどでもないけれど。

 というわけで、二時間サスペンスドラマ風とはいっても、非常に上質な二時間サスペンスドラマ。リーダビリティも高く、まずは安心してオススメできる一作である。


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