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 R・D・ウィングフィールドの『冬のフロスト』を上巻まで。
 今月末にはいよいよフロスト警部シリーズの最終作『フロスト始末』が出るようなので、さっさと未読の一作を消化しておこうという目論見である。まあ、十分に面白いシリーズだし、すべて順番に読んできてはいるのだが、個人的には本書の分厚さが少々ハードルになっていて、気づけば四年間も放りっぱなし。『フロスト始末』刊行の知らせに、ようやくその気になった次第である。

 冬のフロスト(上)

 さてフロスト警部シリーズといえば、ユーモアを味付けにしたモジュラー型の警察小説。フロスト警部を初めとするデントン署の個性的な面々が、次から次へと管内で発生する大小とりまぜたいくつもの事件を同時進行で捜査する。その目一杯詰め込んだドタバタぶりと、それが最後にはきちんとクリアされる読後感の良さが最大の魅力だろう。
 本作でも冒頭から、少女誘拐事件、売春婦殺害事件、コンビニ強盗、怪盗”枕カヴァー”、大量の酔っ払いなど、とにかく事件のオンパレード。これがどういうふうに繋がるのか、関係あるのかないのか。ひとつひとつはややこしい事件でもないが、過剰なまでの事件数が、すこぶる状況を悪化させ、そして読者を楽しませてくれる。

 本作も上巻まで読んだところではすこぶる快調。すでにいくつもの伏線が回収され、解決された事件もあるが、メインとなる事件はまだまだ混迷を極めている。
 フロストは、そして著者はこれをどうやって収束させるのか、下巻にも期待である。


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 論創ミステリ叢書から『丘美丈二郎探偵小説選I』を読む。
 丘美丈二郎は1949年に雑誌「宝石」の短編コンクールでデビューした、元パイロットという異色の経歴の持ち主。SFや探偵小説を中心に作品を残したが、小説の数は少なく、特撮ファンの管理人としては、東宝特撮映画の『地球防衛軍』『宇宙大戦争』『宇宙大怪獣ドゴラ』などの原作者としてのほうが馴染みがある。
 なお、丘美丈二郎の作品集は本邦初、しかも本書と続刊の二冊で全集となっており、毎度のこととはいえ実に素晴らしい。

 丘美丈二郎探偵小説選I

「鉛の小函」
「翡翠荘綺談」
「二十世紀の怪談」
「勝部良平のメモ」
「三角粉」
「ヴァイラス」
「佐門谷」

 収録作は以上。
 パイロットというキャリアが直接的に活かされた作品は少ないが、東大の工学部出身の作家ということもあってか、SFや怪奇をベースにしつつ、その真相は徹底して合理的・科学的に解明するというスタイルが大きな特徴だ。
 SFはもちろんだが、やはりそれが効果的なのは怪奇系の探偵小説においてである。現実からかけ離れた恐ろしい事件と、あっけないほどのリアリティ。そのギャップが大きいほど驚きも大きいし、印象にも残る。

 そういう意味では探偵小説作家として大化けする可能性を非常に秘めた作家だったと思うのだが、実際にはそうならなかったのは、ストーリー作りがそれほど上手くないことが大きかったのではないか。
 たとえば謎解きの場面など本来はクライマックスであるはずの部分が、そういう見せ場も作らず説明的に終わらせる作品が多く、実にもったいない。また、終盤の謎解きシーンにかぎらず、物語にそれほど直結しないところでの科学的・哲学的講義めいた文章も多く、この辺のバランスの悪さがとにかく気にかかるところである。文章はそれほど下手というわけではないのだが、とにかく急に小説から論文テイストになるのは困ったものだ。
 『地球防衛軍』の原作を香山滋がチェックした際、「もっとロマンを…」と批評されたというが、それもむべなるかな。

 とはいえその点に目をつぶれば、決して嫌いなテイストではない。「翡翠荘綺談」「二十世紀の怪談」「勝部良平のメモ」「ヴァイラス」「佐門谷」あたりは上でも書いたような欠点を存分に含みつつも(苦笑)、設定や導入、アイディアなどは捨てたものではない。
 特にアンソロジーで比較的多く採られている「佐門谷」は、古典的な怪談話を一刀両断するかのような話で個人的にはベスト。ただ、解説を読むと乱歩の当時の評価はけっこう低かったようだが(苦笑)。あとは短いながらもSFミステリちっくな「ヴァイラス」も悪くない。
 ただ、「宝石」でコンクールに受賞したSF作品「鉛の小函」はタイトルからして結末の予想がついてしまい、いま読むと劣化が厳しい。序盤と中盤の雰囲気のちぐはぐさ、終盤の説明がくどいのもマイナス点で、当時だからこそ、その発想が評価された作品というべきだろう。

 ともあれ丘美丈二郎というマイナー作家の全貌を掴むのにこれ以上の本はないし、しかも資料価値だけでなく全体的にはそこそこ楽しく読める一冊である。続く『丘美丈二郎探偵小説選II』にも期待したい。


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 論創海外ミステリからパトリック・クェンティンは『死への疾走』を読む。
 ピーター・ダルース・シリーズ最後の未訳作品である。出版社がばらばらだったり、原初の発表順とはまったく異なる順番だったので、シリーズとしての面白さはやや損なわれているけれど、ともかくはシリーズ全作が日本語で読めるようになったことに感謝したい。
 まあ、これからシリーズを読もうとする人は、ピーターとアイリス夫妻のドラマという側面も楽しんでいただきたいので、ぜひ原作の発表順で読んでいただければ。

 まずはストーリー。
 『巡礼者パズル』に続く物語なのだが、奥方のアイリスはほぼ出番なし。ピーターが一人メキシコで巻き込まれる事件となる。
 ピーターはメキシコで脚本などを書きながら日々を過ごしていたが、そこで一人の女性と出会う。ピーターはその女性が何者かに追われているのではないかと危惧するが、確かめる間もなく、彼女はクレーターに墜落して命を落とす。
 やがて追っ手の手がピーターにも及んだとき、ピーターは彼女が自分に何かを託したのではないかと考えるが……。

 死への疾走

 謎解き重視からサスペンスや犯罪心理を重視する作風に転化していったパトリック・クェンティンだが、本作もそんな端境期的作品のひとつだろう。
 ただし、内容的にはそういう端境期的な微妙なところやまとまりのなさ、バランスの悪さなどはまったく感じさせず、これはもう潔いぐらいにきっちりしたサスペンス作品となっている。
 ピーターの周囲に敵がいるだろうというのはすぐに明らかにされる事実だが、それはいったい誰なのか、周囲の誰も信じられなくなるという状況でストーリーを引っ張り、ほどよいどんでん返しの連発が気持ちよい。
 全般的に異色作揃いといってもよいぐらいのピーター・ダルース・シリーズだが、本作は一周回ってむしろ万人が楽しめる作品になったのではないだろうか。

 あえてケチをつけるとすれば、あそこまでどんでん返しをやると、正直、犯人が誰でもよくなってくることか(笑)。サスペンスに本格風の味付けを盛り込む腕前はさすがだが、やはり最後の一撃は特別なものであってほしい。

 あと非常に個人的な感想にはなるが、「訳者あとがき」でピーターの女癖の悪さについて言及していたが、そこに注目するような話でもないだろう。解説が充実しているだけによけい差が目立つというか、せっかくの「訳者あとがき」だから、もう少し頑張ってほしいものである。

 

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 久々に梶龍雄を一冊。ものは『連続殺人枯木灘』。
 太平洋戦争末期のこと。焼津港から前線に向かう貨物船が消失した。陸軍司令部からの密命を受け、新開発の武器や研究員を積載していたが、その存在も極秘にされていたため、敵潜水艦あるいは機雷による沈没と判断され、その事実も歴史に埋もれていった。
 それから三十年後。和歌山県枯木灘の山中で、ある昆虫マニアが何者かに襲われて命を落とす事件が起こる。友人の宇月与志雄は事件現場を訪れ、関係者から村の人々から話を聞いて回るが、その周囲に不穏な動きが起こる……。

 連続殺人枯木灘

 梶龍雄の作品を読むのはおそらくこれが九作目だが、これまでの作品の中ではけっこう異色作の部類だろう。なかには『大臣の殺人』などという正真正銘の異色作もあるが、まあ、あそこまではいかないにしても、知らずに読めば梶作品とは思えない一作だった。

 一般に梶作品の魅力は謎と論理に忠実な本格であることが挙げられるだろう。加えて初期のものは過去の出来事、とりわけ戦争が現代に暗い影を落としているものが多く、代表作といわれるものほど叙情性も豊かである。
 本作も戦争を扱っており、その意味ではお得意のパターンといえないこともないのだが、その絡み方は『透明な季節』や『海を見ないで陸を見よう』などとはまったく違う。
 ぶっちゃけ本格ミステリというより、謀略小説や冒険小説のノリなのである。前半はそれでも本格風といえなくもないが、後半ではある計画がスタートすることで一気に弾け、いったい梶先生どうしたのかと思うほどだ。

 ただ、事件の鍵を握る部分では、きちんとトリックや意外な真犯人を用意しており、結局これがやりたかったから、謀略小説や冒険小説の衣を借りたのだろうとは推察できる。
 とはいえ序盤で少々風呂敷を広げすぎであり、この物語にそこまで謀略小説的な設定が必要だったのかは疑問である。
 結果としてなんともちぐはぐな印象が強く、駄作とまではいわないが、トータルでは他の傑作に一歩も二歩も譲る出来となった。



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 本日は創元推理文庫の古いところで、マニング・コールズの『ある大使の死』を読む。管理人の所持しているのは三版のカバ欠け本で、実に地味な書影なのが残念。

 ある大使の死

 著者のマニング・コールズはスパイ小説を中心に、1940年から1960年ごろまで活躍した英国の作家。日本ではそれほど人気も出なかったようだが、本国ではコンスタントに作品を発表し続け、長編だけでも二十五作あるので、けっこう人気があったことがうかがえる。

 ちょっと面白いのは、著者のペンネームが、シリル・ヘンリー・コールズとアデレイド・フランシス・オーク・マニングの合作ペンネームであるということ。二人とも第一次世界大戦を経験しており、それが作品に反映されているのは想像に難くないが、とりわけコールズは通常の兵士としての経験だけでなく、語学が得意だったことから諜報活動に従事していた。
 この体験がコールズの運命を決定づけたようで、戦後も普通の会社員生活などにまったく興味がもてず、十年近く世界各国を放浪したり、気が向いた地で働いたりと自由気ままに暮らしていたらしい。そしてようやく父親の住むハンプシャーに帰ってきたとき、隣家に住んでいたのが、もう一方のマニングである。
 マニングは小説家志望の女性で、生活の足しにすべく執筆をしていたが、それほど簡単にはいかず、悩んでいたところだった。それを見ていたコールズが小説の共作を申し入れたという。
 二人の共作の内情などは明かされていないようだが、書かれた作品がほとんどスパイ小説らしいので、コールズの兵士やスパイとしての経験、世界を見て回った体験が生かされていることは間違いなく、それをマニングが小説として書き起こしていったとみるのが妥当だろう。

 さて、ちょっと前振りが長くなったが、『ある大使の死』はこんな話。
 六月のある日、ロンドンの駐英エスメラルダ大使館で、客の応対中だったテルガ大使が銃殺されるという事件が起こった。
 客の男は即時、エスメラルダ大使館に拘束されたが、治外法権をたてにとる大使館は事件の背景や犯人の素性をまったく公表する様子がない。業を煮やした英国諜報部ではエスメラルダに顔の効く諜報課員トミー・ハムブルドンを調査に向かわせた。
 ところが犯人と目された男は自力で大使館を脱出、そのまま警察に保護される。事情聴取の結果、彼はフランス人のデュボアと判明し、犯人ではないことは明らかになったが、それでもどこか怪しい様子。
 やがて釈放されたデュボアだったが、今度はなんと彼が爆殺されてしまう……。

 マニング・コールズの作品は初めて読んだが、これははなかなか微妙である。いや、それほどつまらないというわけではない。テンポの良い展開、適度に散りばめられたアクション、プロットもまずまずきちんと組まれており、退屈することなくすいすいと読める。
 ただ、本書を読むかぎりあまりスパイ小説という雰囲気がないのが物足りないというか、はぐらかされたというか。導入はそれなりにスパイものの雰囲気もあるのだが、全体的に軽目のトーンもあって、むしろ味わいはライトな警察小説やサスペンス小説に近い。
 これは事件の真相の性質も大いに関係しているのだが、そういう真相を持ってくること自体ちょっとピント外れな感もあり、スパイものに仕上げる必要性が感じられないのである。

 そもそも初期のトミー・ハムブルドンものはかなりシリアスなシリーズだったらしく、内容もそちらのほうが評価されているらしい。
 それがシリーズが進むにつれ(007の影響などもあったのだろう)、少しずつエンタメ重視のタイプに変わってしまい、内容的にも評価を落としているようだ。本作はまさにその後期に書かれた作品であり、初期の代表作を読むとだいぶ印象も変わってくるのだろう。
 ちなみにそちらのシリアス系は新潮文庫から『昨日への乾杯』、『殺人計画』が出ており、機会があればそちらも読んでみたい。


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 『美女と野獣』といえばディズニー製作のアニメ映画が定番だったが、これからはビル・コンドン監督の実写化した『美女と野獣』も一緒に語られるようになるかもしれない。世間ではアナ雪を超えたとか超えないとか何やら評判もよろしいようなので、本日ようやく観にいってきたのだが、まあ、これは楽しくできている。

 美女と野獣


 考えたら製作がそもそもアニメ版でがっちりツボは押さえているのである。楽曲や映像、見せ場など、最新の技術を加え、しかも人気俳優を起用すればまず外すことはないだろう。
 もちろん今更衝撃を受けるような内容ではない。ミュージカルとしても物語としても、ほぼほぼお客さんの予想どおりであり、正直、期待以上でも期待以下でもないはずだ。そのうえで最低でも確実に80パーセントぐらいの満足度を提供してくれるところが、ディズニー映画の、そしてビル・コンドン監督のすごいところだろう。
 原作もちょっと気になるので押さえておくべきか? その場合はやはり白水社の完全版がよいのだろうか? 宿題である。


 ちくま文庫の「文豪怪談傑作選」は“文豪”と謳われているとおり、その陣容は大御所クラスばかりである。なので、さすがに初めて読む作家はほとんどいないのだけれど、吉屋信子は例外の一人。
 隣り合わせにある日常と異界の境界線の描き方が巧みで、さすがに少女小説や家庭小説はそこまで食指も動かないが、怪奇・幻想小説系統のものならもっと読んでみたいと手に取ったのが、本日の読了本『鬼火・底のぬけた柄杓』である。

 鬼火・底のぬけた柄杓

I
「童貞女(びるぜん)昇天」
「鶴」
「鬼火」
「茶盌(ちゃわん)」
「嫗(おうな)の幻想」
「もう一人の私」
「宴会」

II
「墨堤に消ゆ」(富田木歩)
「底のぬけた柄杓」(尾崎放哉)
「岡崎えん女の一生」(岡崎えん)

 収録作は以上。大きく二部に分かれているが、Iがお目当の怪奇・幻想小説系、IIが俳句とも関わりの深かった著者の俳人論である。
 ちなみに「茶盌(ちゃわん)」 と「宴会」の二作はちくま文庫『文豪怪談傑作選 吉屋信子集 生霊』にも収録されている。

 I部の怪奇・幻想小説系の作品は基本的にはできのムラが少なく、『文豪怪談傑作選 吉屋信子集 生霊』同様、非常に楽しく読むことができた。
 ストレートに怖さを押し出すのではなく、日常のなかからチラチラと異界への出入り口を示唆する、極めて暗示的な語り。それは読者の側がそれを頭の中でさらに膨らませる効果があり、気がつけばいつの間にか冷たい水風呂に首まで浸かっているような、そんな怖さがある。

 印象に残ったものはまず「童貞女(びるぜん)昇天」 。隠れキリシタンの遺児でもあった修道女が焼死するという事件の謎に迫る作品だが、もちろんミステリ的な謎ではない。
 両サイドに離れてあるべきセクシュアリティと宗教に対する思い、それは遠く離れているようで実は一周回った近さもある。ストーリーの転換が価値観の転換をも誘発して真相はひどく切ない。

 「鬼火」 は再読だが、ほとんど内容を覚えておらず、今回も新鮮な気持ちで楽しめた。「童貞女(びるぜん)昇天」 と並んで本書中のトップだろう。
 小狡いガス集金人がガス料金のかたに女性から体を奪おうとするこすからい話が、終盤、集金人が女の家を訪れるあたりから一気に怪談に転化する流れは絶妙。ガスストーブを鬼火に喩えるイメージづくりがまた巧い。

 II部の俳人論はこちらにそのジャンルの基本的知識が不足しているため、正直その価値がわからないところも大きいのだが、評伝的なノンフィクションとしては意外に面白い。これも単なる伝記ではなく吉屋信子というフィルターを通しているからこそだろう。


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 世界初の長編ミステリとして知られるエミール・ガボリオの『ルルージュ事件』を読む。国書刊行会から初の完訳が出てすぐに買ったのはいいが、月日の経つのは早いものであっという間に九年ものの積ん読である。まあ、これぐらいは普通だよね(笑)。

 まずはストーリー。
 1862年3月6日木曜日のこと。パリ近郊のラ・ジョンシェール村で、クローディーヌ・ルルージュが殺害死体となって発見された。ルルージュ夫人は村人との付き合いこそあれ、その素性を明かすことがなく、事件は謎に包まれる。
 捜査に乗り出したのはパリ警視庁のジェヴロール治安局長、ルコック刑事、ダビュロン予審判事の面々。さらにはルコックが師と仰ぐ素人探偵のタバレまでが召集され、それぞれの思惑で捜査が進められる。
 やがて明らかになる意外な事実と複雑な人間関係。事件関係者のみならず捜査関係者までをも巻き込んで、意外な展開を見せてゆくが……。

 ルルージュ事件

 予想以上に面白い。世界初の長編ミステリということで、どうしても歴史的価値によるフィルターがかかってしまうのは仕方ないのだが、そういう見方を可能なかぎり排除したとしても全然OKである。現代でも十分に面白く読めるレベルといってよい。

 その面白さの素になるのは、しっかりしたプロットに裏打ちされた物語性だろう。主要な登場人物それぞれに重要なドラマや背景が用意されており、それらががっちりと絡み合って、重厚な物語を構築する。
 探偵役のタバレ、予審判事のダビュロン、被害者のルルージュ、容疑者のアルベール子爵、その父のコマラン伯爵、青年弁護士のノエル、その母のヴァレリー、貴族の令嬢クレール、その祖母のダルランジュ公爵夫人等々。彼らのすべてがある意味主人公である。
 相互の関係を密にするためにどうしてもご都合主義的なところはある。そのボリュームゆえに冗長なところもないではない。だがトータルではそんな疵を楽々と吹き飛ばすだけのリーダビリティがある。
 本作が発表されたのは1866年。文学史上ではそれこそ名作傑作がごろごろしていた時代でもある。特にミステリという枠でガボリオも小説を書いていたわけではないだろうが、大衆小説というものはかなり意識していたようで、むしろこれぐらいは書いて当然という気概もあったのかもしれない。

 さて人間ドラマとしては十分なレベルなのだが、肝心のミステリとしてはどうか。
 実はこちらもそれほど悪くはない。もっぱら状況証拠だけで進めようとする警察に対し、犯人は証拠や論理で特定すべきとの見方が予審判事によって示されるなど、合理的に解決に導こうとする姿勢はミステリとしてまっとうな姿だろう。トリックまではさすがに期待できないとしても、真相は捻りもあり、二転三転する展開もまずまず。
 ちなみにタバレが登場時にデュパンばりの推理を披露するのはご愛嬌か。

 まあ、それらのミステリ的要素で占める部分が、物語の中心にあればより良かったのだろうが、先に書いたようにそもそもガボリオにミステリという意識などはなかったはずで、むしろここまで面白い読み物にまとめた手腕をこそ評価するべきだろう。
 個人的には十分満足できる一冊。


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 森下雨村の『怪星の秘密』を読む。
 本書は盛林堂ミステリアス文庫の一冊だが、雨村については河出文庫でも『白骨の処女』やら『消えたダイヤ』やらが昨年出ており、この一年間で何と三冊目である。繰り返す。森下雨村の新刊が一年に三冊。まったく恐ろしい時代になったものである。

 怪星の秘密

 さて河出の雨村は歴とした探偵小説であったが、本書はサブタイトルでも「空想科学小説集」と謳っているように純粋な探偵小説ではなく、SF小説「怪星の秘密」と冒険小説「西蔵(ちべっと)に咲く花」の二本立てである。
 雨村の創作活動は『新青年』編集長を辞めたあとがメインだが、博文館に入社する以前にもしばらく執筆に集中していた時期があった。本書収録の二作はどちらもその時期の作品で、しかもどちらも少女雑誌『少女の友』に連載されたものらしい。以下、感想など。

 まずは『怪星の秘密』。天遊星という新たな星を見つけた科学者・桂井博士が家族や助手とともにその星をめざし、無事到着したはいいが、そこで苦難の連続が……という比較的オーソドックスな子供向けSF冒険ものといっていいだろう。
 ただ、書かれたのが1916年。宇宙に関する知識が低くて当然だとは思うのだが、雨村自身もまだ創作を始めて間もないせいか、相当に勢いのみで書いているふしがあり、ツッコミどころ満載、いやむしろほぼツッコミどころしかないという壮絶な一作となっている。

 いくつか例を挙げると……
 ・天遊星の位置は地球から1万マイル(1万6000km)を少し超えたあたりにある。地球から月までが約38万km、人工衛星「ひまわり」などが高度3万5000kmぐらいなので、ほぼ地球と隣り合っているといってもいいぐらいの場所である。その星を桂井博士が初めて発見したという(笑)。
・天遊星には東京よりも大きな都市があって、普通に電車や自動車も走っていると桂井博士は確信している。特にその根拠は説明されていない。
・宇宙へ行くのに飛行船を使っている。
・どんな危険が待っているかもわからないと密航者の少年に言うわりには、年端もいかない自分の娘を同乗させている。
・高度1万メートルの高さで、そのまま欄干に出て下をのぞいている。
・天遊星到着後は、特に宇宙服等の特別な装備はなく、そのまま外にでいる。空気の状態などはもちろん一切確かめない。

 これらは開始からわずか10ページ程度での描写である。いかに密度が濃いかおわかりだろう(苦笑)。もちろんこの後も雨村は手を緩めず、お約束とはいえ子供たちは勝手に飛行船を離れて、雪男としか思えない原住民と遭遇し、文明人がいないことに博士はショックを受けつつも、正体もよくわかっていない原住民を当然のごとく銃で殺したり、思いがけないことにはるか以前に着陸していた人類を見つけたり、捕虜にした原住民を刃向かうわけがないと自由にしたところで案の定裏ぎられたりという、とにかく自由奔放な展開。
 この手の作品には相当免疫がついているはずの管理人ではあるが、正直、これは疲れた(笑)。
 なお、少女雑誌に連載された作品にしてはあまり少女向け小説という感じはなく、普通の子供向け冒険小説という感じで読むことができた。

 それに比べると「西蔵(ちべっと)に咲く花」は、だいぶおとなしいというかまともである。
 チベットの辺境の村に取り残された少女とそれを救おうとする従者たちの物語で、偶然ながら奇跡と勘違いされる出来事が起こり、少女の身が救われるなど、伏線もあったりと掴みは悪くない。また、当時あまり情報のなかったチベットの描写も多く、それなりに読ませるものとなっている。
 ちなみにこちらも少女小説ながら『怪星の秘密』以上にその雰囲気がなく、大人向けでも十分通用する文体である。そういう文体を意識していたというよりは、そもそもあまり掲載媒体の性格など気にしていなかった節もある。ただ、 『怪星の秘密』から半年ほど後の作品ということで、だいぶ作家としてこなれてきたということはいえるだろう。いや、そのおかげで逆に読みやすかったからいいんだけど。

 ということで、まあ内容はこんなものか。本書はあくまで雨村の創作活動を知るための一助とみるほうがいいだろう。『新青年』を作り上げ、乱歩や正史を見出した敏腕編集者でもある森下雨村だが、それに先んじて創作活動を行っていた雨村。その中心はまだ子供向けがほとんどだったようだが、のちの探偵小説に通じるところもちらほらあるのはやはり興味深い。

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  アンドレ・ド・ロルドの短編集『ロルドの恐怖劇場』を読む。
 ロルドはフランス出身の劇作家。二十世紀初頭のパリで、恐怖演劇によって人気を博したパリのグラン・ギニョル座というものがあり、その座付き作家として活躍したのがこのロルドである。戯曲だけでなく短篇小説も多くものにし、「恐怖のプリンス」の異名をとったほどらしい。

 ロルドの恐怖劇場

Un crime dans une maison de fous「精神病院の犯罪」
Figures de cire「蝋人形」
Le Masque「デスマスク」
L’Hystérique「ヒステリー患者」
L’Illustre Professeur Truchard「高名なるトリュシャール教授」
En silence「無言の苦しみ」
La Dernière Torture「究極の責め苦」
L’Enfer「地獄」
L’Arbre vivant「生きている木」
Béréguisse!「ベリギーシ」
L’Enfant mort「死児」
L’Autre vengeance「もうひとつの復讐」
L’Agonisante「死にゆく女」
Au petit jour「夜明け」
Madame Dubois, sage-femme「助産婦マダム・デュボワ」
Un accident「事故」
L’Obsession「強迫観念」
L’Horrible Expérience「恐怖の実験」
L’Horrible Vengeance「恐ろしき復讐」
Confession「告白」
L’Acquittée「無罪になった女」
Le Grand Mystère「大いなる謎」

 収録作は以上。
 時代のせいもあるのか、それほど捻った仕掛けは用いられておらず、実に直球な物語ばかりだ。とにかくはっきりとした恐怖、直裁的な怖さをストレートに描写する。

 ただ、意外なことに、そこにはオカルトや超自然現象といった要素はほぼ見られず、描かれるのは人間の心にある狂気や死に対する恐怖が主である。特に精神病ネタは多い。著者が医師の家庭に生まれたことはもちろん関係あるだろうが、解説によると当時の精神医学の発達の影響が大きかったという社会的要因も関連しているようだ。
 言ってみればサイコスリラーの走りのような感じでもあり、そういう意味では同じ時代の恐怖作家、アーサー・マッケンやラヴクラフトと同じ興味で読むとあてが外れるだろう。とはいえ、これは裏を返せば、より身近な恐怖を扱っているということでもある。そういう意味では一般読者に対しては、むしろマッケンやラヴクラフトなどよりは、よほどアピールしやすい感じはある。

 惜しむらくは作品がどれも短いせいで全般的にやや物足りなさが残る。
 ストーリーの面白みや人物の深み、何より怖さの盛り上げが性急すぎて正直それほど怖くない(苦笑)。短編小説だが、やはり頭のどこかで一幕ものの芝居に置き換えてロルドは書いていたのだろうか。


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