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 L・T・ミードの短篇集『マダム・サラ ストランドの魔法使い』を読む。二十世紀初頭に暗躍した女犯罪者マダム・サラ、そして彼女の野望を食い止めるべく奔走する警察医ヴァンデルーアと相棒ドルースの対決を描いた連作短篇集である。
 訳者の平山氏は商業誌だけでなく、自ら〈ヒラヤマ探偵文庫〉を立ち上げて個人でもミステリの翻訳を行なっているが、その中心となるのがホームズのライヴァルたち。「思考機械」や「隅の老人」といったメジャーどころもよいけれど、〈ヒラヤマ探偵文庫〉で取り上げられる、今ではほとんど知られていないシリーズもまた魅力的だ。
 本書はその中でもかなり異色なシリーズであり、予想以上に楽しめる一冊だった。

 マダム・サラ

Madame Sara「マダム・サラ」
The Blood-Red Cross「血の十字架」
The Face of the Abbot「修道院長の顔」
The Talk of the Town「ロンドンで評判の話」
The Bloodstone「血の石」
The Teeth of the Wolf「オオカミの牙」

 収録作は以上。上で異色のシリーズと書いたのは、やはりマダム・サラというキャラクターの設定にある。女犯罪者が主人公という部分だけは事前に知っていたので、てっきり女ルパン、あるいはフィデリティ・ダヴや峰不二子なんてところを予想していたのだが、蓋を開けるとこれが義賊などとは程遠い、根っからの犯罪者。宝石収集のためには人殺しも厭わない恐るべき女性で、モリアーティとかレクターの類であった(笑)。
 見た目は二十五歳ぐらいの美女だが、証言によると数十年前と容姿が変わっていないらしく、まったくの年齢不詳というのも胡散臭くてよい。表向きは美容整形を専門にしているが、医学にも長け、その美貌と技術で多くの女性を虜にし、犯罪に利用するのである。犯行手口は意外にも科学的知識を駆使したものが多く、心理と科学技術の両面で企てる陰謀が、時代を考慮せずとも新鮮な感じだ。
 ただ、犯罪者だけに注目した物語ではなく、対抗する警察医ヴァンデルーアと相棒ドルースのコンビもしっかり活躍。ラストでは一応、犯罪を未然に防ぎつつも、マダム・サラだけは逃してしまうというのもお約束ながら楽しいところだろう。

 マダム・サラが初登場する「マダム・サラ」、続く「血の十字架」はどちらも科学的トリックを用い、意外にしっかりした謎解きが楽しめる。シリーズの方向性を示すだけでなく、水準の高さを感じさせる。
 問題は三作目の「修道院長の顔」だろう。前二作がいい振りになっているというべきか、オカルト趣味で始まり、かなり期待をさせておいて、ラストは驚愕のトリックで幕を閉じる。カーのアレとかコロンボのアレに匹敵する、まさに世界三大顔ミステリといっても過言ではない(笑)。
 続く「ロンドンで評判の話」、「血の石」は再びトリッキーかつ科学的知識を用いた作で、これらも悪い出来ではない。「修道院長の顔」という問題作はあるけれど、全般的に盛り上げかたも上手く、これはもっと読みたくなるシリーズだなぁと思ったが、ラストの「オオカミの牙」で思い切りよくシリーズを完結させたのには驚いてしまった。
 いや、ホームズのライヴァルにも実にいろいろあるものだ。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 『芥川龍之介 幻想ミステリ傑作集 魔術』を読む。タイトルのまんま、芥川龍之介の幻想小説やミステリ系の作品を集めた短編集。
 幻想小説やミステリは一応ジャンル小説とはいえ意外に間口が広い。どんなジャンルの作家でも作中にそれらの要素を取り入れることは少なくない。最近の作家であればジャンル横断は当たり前。むしろ取り入れない作家のほうが少ないのではないか。これはエンタメ作家に限ったことではなく、純文学系の作家でも同様だ。
 それは別に不思議なことでもなんでもなく、純文学こそ本来何でもありの世界。新たな潮流、面白そうなジャンルがあれば、芸術家として試してみたくなるのは当然のことであろう。芥川龍之介も特にそういう傾向が強い作家の一人である。

 芥川龍之介 幻想ミステリ傑作集 魔術

「二つの手紙」
「開化の殺人」
「疑惑」
「魔術」
「沼」
「影」
「早春」
「鴉片」
「彼」
「蜃気楼」
「春の夜は」
「三つの窓」
「死後」
「十本の針(遺稿)」
「饒舌」
「猿蟹合戦」
「桃太郎」
「酒虫」
「さまよえる猶太人」
「るしへる」
「黄梁夢」
「仙人」
「おしの」
「女仙」
「浅草公園 ―或るシナリオ」

 収録作は以上。ミステリ系や幻想系の小説を集めた作品集とはいえ、芥川龍之介の好みはほぼ幻想小説寄りである。まあ、この時代にはミステリ自体がまだ日本に確立してないので、当然といえば当然だが。
 しかし、そんな身も蓋もない理由だけでなく、芥川龍之介には知識や理屈では通用しない何かに対し、常に関心を持ち続けていたところはあって、それが作品に大きく反映されているのだろう。死後の世界やドッペルゲンガーといった直裁的なテーマのときもあるが、ほとんどは暮らしの中でふと感じる異様な瞬間を切り取っているのも興味深い。
 心理小説といってもよいのかもしれない。短い作品が多く、ストーリーとしてはそこまで大したものではない。文章も比較的平易。けれども、小さなエピソードを通して起こる主人公の心の揺らぎ、それによって醜さやエゴといった内面の垣間見える瞬間が絶妙で、それが読者に“恐怖”や“蟠り”を植え付けてくれるのだ。
 その一方で古典や説話をモチーフにしたものも多く、こちらは風刺を効かせたりユーモラスだったりと、アプローチこそ異なるのだが、やはり求めるところは人間の内面である。ただ、結果的に寓話のような形になるため、教訓臭がやや強くなる感じを受ける。

 そんな中で気に入ったのは、本書でもっともミステリ的な「開化の殺人」、皮肉の効いた「魔術」、ドッペルゲンガーへの恐れを描いた「影」、海軍機関学校の経験が生きる「三つの窓」あたり。とりあえず挙げたけれど、他の作品もそこまで差があるわけではなく、全編通して芥川龍之介の語りを楽しめる。

 ちなみに同様の趣向で編纂された芥川龍之介の本は意外にあって、本書以外に河出文庫『文豪ミステリ傑作選 芥川龍之介集』、学研M文庫『伝奇の匣3 芥川龍之介妖怪文学館』、ちくま文庫『文豪怪談傑作選 芥川龍之介集 妖婆』がある。さすがに収録作はけっこう重複してしまうけれど、本書以外は文庫なので手軽なのが魅力。本書のみハードカバーで値段は張るが、想定の美しさや活字の大きさもあって、これはこれで悪くない。文庫にはすでに入手難のものもあるし、お好みでどうぞ。


テーマ:幻想文学 - ジャンル:本・雑誌


 ジョン・グリシャムの『「グレート・ギャツビー」を追え』を読む。
 グリシャムの作品は久しぶりで、前回読んだのはなんと十五年前の『スキッピング・クリスマス』。もともと嫌いな作家ではなく、日本での初紹介となる『法律事務所』以来、グリシャムの作品は出るたびに読んでいたのだが、次第にご無沙汰になってしまった感じだ。
 別につまらないから読まなくなったわけではない。管理人としては、法廷ものといえばどうしても法廷における弁護士と検察の知的対決を期待してしまうのだが、グリシャムの場合は法廷ものというよりリーガル・サスペンス。司法を舞台にしてはいるが、その内容は法廷対決に縛られるわけではなく、全体的なエンタメ要素やストーリーの面白さで読ませるタイプなのだ。
 それはそれで面白いのだが、ちょっと自分の興味とずれてきたのと、一時期、それこそグリシャムの影響か、リーガル・サスペンスが増えすぎて飽きてきたのが、疎遠になった大きな理由である。トドメはグリシャムの日本での版元がアカデミー出版に移ったことで、それが決定打になった記憶もある。
 その後はグリシャムには珍しいホームコメディ『スキッピング・クリスマス』だけは読んだが、それがなんと十五年なのである。

 ではなぜ久々にグリシャム作品を読んだかというと、訳者が村上春樹であること、内容がフィッツジェラルドの生原稿強奪事件をテーマにしているだけでなく、作家や書店、稀覯書マニアなどの裏側を描くビブリオ・ミステリであること。グリシャムだって、かつては好きで呼んでいた作家なので、まあ、これだけのパワーワードが揃っていれば、とりあえず読むしかないよなぁ。

 「グレート・ギャツビー」を追え

 こんな話。プリンストン大学の図書館で厳重に保管されているフィッツジェラルドの直筆原稿が、五人組の犯罪者によって強奪された。一見、完全犯罪に思えたが、犯人の一人が現場で負傷したことで、その血痕からFBIは二人を逮捕することに成功する。しかし、肝心の原稿は発見されなかった。
 一方、FBIとは別に独自ルートで調査を進める会社があった。彼らが目をつけたのは、フロリダのカミーノ・アイランドで独立系書店を営む稀覯書収集家ブルース・ケーブル。強奪犯ではないが、彼は何らかの伝手で原稿を入手していると思われた。真相を確かめるため、調査会社は生活に困っている新人作家マーサーを送り込むが……。

 ううむ、まあまあ面白いけれど、ちょっと期待しすぎたかな。グリシャムがフィッツジェラルドについて書いたというのなら、そこまで期待しなかったのだろうけれど、なんせ村上春樹が噛んでいるしなぁ(苦笑)。
 基本的には「グレート・ギャツビー」を強くプッシュした作りの本ではあるのだが、それがそもそもずるい。確かに直筆原稿が盗まれはするが、それがストーリーのテーマや根本的な部分とはまったく絡まない。また、強奪犯も筋金入りのプロフェッショナルかと思いきや、大物感もなく、つまらないミスばかりして何の見せ場もない。結局は頭の切れる書店経営者と、スパイとして送り込まれる新人女性作家の、腹の探り合いと恋愛模様に終始してしまっている。盗まれた原稿はフィッツジェラルドでなくても全然かまわないのである。

 読みやすさやテンポは悪くなく、それこそ最初に書いたようにアメリカの作家や書店、稀覯書マニアの描写はなかなか興味深い。ただ、エンターテインメントとしてはともかく、それらがミステリの質にはさほど貢献しておらず、残念ながらグリシャムの興味はそこにはなかったようだ。
 ちなみに本作のある登場人物を主人公にして、続編、しかもこちらはハリケーンの夜に起こる作家殺害事件を描くミステリのようで、ううむ、もう一度騙されそうだ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ゴールデンウィークのような連休、ましてやコロナ禍ともなると、普段は読みにくい厚手の本を消化しようと考えてしまう。そういえば『ソーンダイク博士短篇全集』のII巻、III巻がまだ手付かずだったなと思ったが、II巻に収録されている中篇「ニュー・イン三十一番地」には改稿された長篇版もあって、これが論創海外ミステリから『ニュー・イン三十一番の謎』として刊行されている。
 発表順なら中篇が先だが、個人的にネタが割れてから長いものを読むのは嫌だったので、先に長篇版『ニュー・イン三十一番の謎』から片付けることにした。

 まずはストーリー。代診医として糊口をしのいでいるジャーヴィス。その日の診療もそろそろ終わりという頃、一人の男が主人の手紙を携えて現れた。その手紙によると、自宅に滞在中の友人の容態が良くないということで往診してほしいという。ただし、具体的な名前や住所は聞かないという、奇妙な条件をつけて。
 腑に落ちないジャーヴィスだが、医者の使命を優先し、馬車で迎えにきた男に連れられて往診に向かう。患者を診たジャーヴィスは重度の薬物中毒と判断するが、薬物の存在を否定する友人に対し、ジャーヴィスも自信がもてない。
 判断に迷うジャーヴィスはソーンダイク博士に相談しようとするが、時を同じくしてソーンダイク博士の元には、遺言書にまつわるトラブルを相談すべく依頼人が現れて……。

 ニュー・イン三十一番の謎

 本作は『赤い拇指紋』、『オシリスの眼』に継ぐソーンダイク博士ものの長篇第三作。もともと物語性よりもロジックに比重を置く作風ではあるが、本作は初期作品ということもあってか、とりわけストーリーの盛り上げに難点を感じる。
 ジャーヴィスが事件に巻き込まれる導入はサスペンスを高めるし、これに遺言書の事件がどう絡むかということで、骨格としては悪くないのである。しかし、二つの事件の関係がかなり予想しやすいということも影響してか、ストーリーの伸びはいまひとつ。
 特にジャーヴィスは、狂言回しであるのは理解できるけれど、あまりに推理力がお粗末に描かれており(おそらく読者よりもかなり落ちる)、それが物語のテンポをより悪くしている。

 とはいえオースティン・フリーマンの作品にストーリー性を求める方が間違いであるのも事実(極論ですが)。楽しむべきは、推理がどのようにロジカルに展開していくかである。そういう意味では大きな疵もなく、むしろ非常にしっかりした構成で、ラストの謎解きも見事。クラシックミステリの味わいは十分楽しめる作品だ。

 ちなみに本作はソーンダイク博士ものの長篇第三作ではあるが、ストーリーとしては『赤い拇指紋』と『オシリスの眼』の間にくる事件のようだ。『赤い拇指紋』で出会ったソーンダイク博士とジャーヴィスが、どのようにコンビを結成するに至ったか、本作ではその様子が随所に描かれていて興味深い。ジャーヴィスに対してソーンダイク博士が意外なほど世話を焼いているのが微笑ましい。これで萌える人もいるんだろうなぁ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 『井上靖 未発表初期短篇集』を読む。井上靖がデビュー前に書いていた習作二十二篇が井上家から発見され、そのなかから小説六篇、戯曲一篇をまとめたのが本書である。文学的にはなかなかのビッグニュースなのだが、あいにく井上靖は中学生の頃に『あすなろ物語』を読んだぐらいで、そこまで興味はない。
 そんなダメ読者が、なぜ『井上靖 未発表初期短篇集』という少々マニアックなものをわざわざ読んだかというと、なんと中に探偵小説が含まれているからであります。

 井上靖未発表初期短篇集

I ユーモア小説
「昇給綺譚」
「就職圏外」
II 探偵小説
「復讐」
「黒い流れ」
「白薔薇は語る」
III 時代小説
「文永日本」
IV 戯曲
「夜霧」

 収録作は以上。デビュー前の習作とはいえ、この筆力はさすがである。探偵小説目当てで読んだものの、ユーモア小説も含め、当時の『新青年』や『宝石』等に載っていても違和感がないぐらいのレベルで非常に楽しく読めた。文章は非常に軽やかで、物語の膨らませ方もうまい。
 男女の恋愛を描いた戯曲「夜霧」に至っては習作というようなレベルを超えていて驚いたが、どうやら本作だけは未発表というだけで、他の小説より十年ほど後に書かれたものらしく、少し安心した(苦笑)。

 探偵小説のみ紹介しておこう。
 「復讐」は浮気された男が妻の不倫相手に復讐するという話で、その復讐方法が猟奇趣味に溢れ、まさに乱歩顔負けの一作。まさか井上靖がこんなものを書いていたとはという驚きしかないが、その後の作風を考えると、井上靖の趣味というよりは、当時人気のあった乱歩の作風にチャレンジしてみたというようなことではないだろうか。
 「黒い流れ」は飛行機トリックを使った犯罪を描くが、面白いのは犯罪が成功してから二転三転する構成である。「復讐」もそうだが、痴情のもつれに対しては意外と冷めた感じなのが興味深い。
 しかし、もっと興味深いのは「白薔薇は語る」である。本作は登場人物や設定こそ変えてはいるが、「黒い流れ」とトリックや事件の構図がほぼ同じなのである。さらに後のデビュー作品にも通じる部分は大きいらしく、井上靖は題材を何度も書き直し、推敲を重ねていたことがわかる。こういう創作の秘密を垣間見れる著作というのも珍しいし、本書はそういう意味でも探偵小説ファンにお勧めしておきたい。
 

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 宮野村子の短篇集『探偵心理 無邪気な殺人鬼 他八篇』を読む。宮野村子は論創ミステリ叢書の『宮野村子探偵小説選I』&『宮野村子探偵小説選iI』を読んで以来、その内容と描写の濃さにすっかりやられしまった作家である。長編こそ三作程度だが短編は意外に多く、そのほかの作品も読みたくてたまらないのだが、いかんせん入手困難な上に、見つかっても、まあ高いこと(笑)。
 仕方ないので、そのうち縁があればという感じだったのだが、そこに昨年降ってわいたのが盛林堂ミステリ文庫での刊行である。恐ろしいことに収録作すべてが単行本初収録。なかには2019年に発見された未発表作品まで収録されている(以前にコメントで黒田さんから教えていただいたアレかな)。
 そして今月。とうとう盛林堂ミステリアス文庫から第二弾『童女裸像 他八篇』が刊行された。実は本書はもったいなくてなかなか読めなかったのだけれど、こうして一冊ストックができたことで、この度安心して読むことができた次第である。

 どうでもいい枕で申し訳ない。それでは収録作から。

「死後」
「探偵小説 運命の使者」
「探偵心理 無邪気な殺人鬼」
「冬の蠅」
「白いパイプ」
「時計の中の人」
「ロマネスクスリラー 吸血鬼」
「善意の殺人」
「死者を待つ」

 探偵心理 無邪気な殺人鬼

 いやあ、やはり宮野村子はいい。レアな作品が刊行されると往々にして希少性ばかりが話題になって、内容は二の次なんてことも多いけれど、宮野村子は違う。
 その作風はひと言でいうと美しい犯罪心理小説。あるいは格調高いイヤミスである。語り口もドラマチックで濃密な描写に酔わされる。『宮野村子探偵小説選』も素晴らしかったが、本書に収められている作品も、なぜこれまでまとめられていなかったのかというぐらい、傑作、佳品揃いだ。

 「死語」はタイトルどおり、死語の世界について盛り上がる三人の女性たちで幕を開ける。そこへ割り込んできた見知らぬ女性が、自らの体験を聞かせる怪談話。最後にオチを効かせてはいるが、そのオチも信じていいのかどうか。主人公のみならず読者も夢の中へ誘われるような気になってくるのが魅力。

 「探偵小説 運命の使者」は兄妹二人きりになってしまった、かつての名家が舞台。そこに仕えるのも今では使用人の母娘の二人しかおらず、四人で静かに大晦日の夜を迎えていた。そこへ想いもかけない訪問者が現れ……。
 過去の悲劇が呼び水となり、大晦日の夜に再び悲劇を招くという構図。中盤までの雰囲気作りは絶品だが、ストーリーの急ぎすぎというか、後半の慌ただしさがもったいない。惜しい作品である。

 「探偵心理 無邪気な殺人鬼」は表題作だけあってさすがに読ませる。前半の幼児の視点で描かれる母娘の暮らしがまずえぐい。母親の商売を幼児が客観的に語る部分が生々しく、それだけでやばい。そこへ隣に越してきた若夫婦の登場、母親の持っている薬の存在が明らかになると、もう穏やかに読み進められる読者はいないだろう。
 ラストも強烈で、直接的な描写がないのにこれだけ気持ちをブルーにさせてくれる著者の語りに感嘆するしかない。傑作。

 派手な事件などは起こらないが、いかにも宮野村子らしいテイストを感じられるのが「冬の蠅」。準二は幼馴染の元男爵の令嬢・冬美をからかおうとして、わざと庶民的な飲み屋に連れてくる。しかし高慢な性格の冬美には、そんな冗談が通じるはずもなく、むしろ店や客に嫌な思いをさせてしまう。ところが偶然その店にいた準二の先輩が、冬美の興味をひいてしまい……。
 実は冬美に惹かれていた準二の心情がどうこう……という展開であればよくある恋愛小説のパターンだが、宮野村子はここでえげつない捻りを入れてくる。

 「白いパイプ」は宮野村子には珍しいハッピーエンド(笑)。自分の留守中に、客を家にあげている妻の行動に不審なものを感じる夫の心理が読みどころ。

 「時計の中の人」も読ませる。吉村あきは息子の達也、甥の貞雄と暮らしていたが、あるとき貞夫が殺人罪で逮捕されてしまう。その貞雄が刑期を終えて戻ってくることになったが、あきには悩んでいることがあった。息子の達也が貞夫の婚約者・春江と結婚したいというのだ。
 カタストロフィを予想させるリアルな人物描写に加え、墓を作るという一人遊びに耽る達也の娘の存在が秀逸。イメージ、テーマ、事件の謎、すべての鍵を握っていたことに驚かされる。
 
 「ロマネスクスリラー 吸血鬼」は文字どおり吸血鬼の話。他の作品に比べるとプロットは物足りないが、婦人にそそのかされる少年というイメージが妖しく鮮烈。

 「善意の殺人」は珍しく普通に刑事が犯罪を捜査するというストーリーで、こういうオーソドックスなミステリも書いていたのかということにまず驚く。真相自体には宮野村子らしさも盛り込まれており、謎解きミステリとしての出来もまずまずなのだが、やはりこのスタイルでは宮野村子の持ち味があまり発揮されない印象を受ける。

 「死者を待つ」は未発表作品で本書の目玉。といっても管理人にとっては本書の全作が初読なので、あまり関係はないのだけれど(苦笑)。土砂崩れ災害の直後を舞台にしたミステリで、真相の意外性、雰囲気の凄さ、ストーリーの面白さ、描写の生々しさも含め、これも傑作といってよいだろう。
 なんせ原稿のまま見つかった作品ということで、編集者の校正や著者の推敲などもこれからだった可能性もあり、完成度はやや低い感じなのだが、それでも読む価値はある。

 ということで大満足の一冊。盛林堂さんではまだ在庫があるようなので、興味をもった方はぜひこちらで。
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テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 レオ・ブルースの『冷血の死』を読む。近年はずいぶん古い作家の紹介も進んできたが、ブレイクしそうでしないのがレオ・ブルース。それでもひと頃は扶桑社ミステリーや創元推理文庫でぼちぼち新刊が続いて出るようになったので、ようやく軌道に乗ったのかと思っていたら、本作はまたまた同人師〈ROM叢書〉での発売となった。
 もちろん同人が悪いわけではないけれど、こんなに面白い作家なのに、なんで普通に売れないのかなという疑問がずっとある。なかなか上手くいかないものだなぁ、と思っていたら、本書の発売後すぐに扶桑社ミステリーで新刊が発売されたりして、いや、同人と商業出版でほぼ同時に発売される作家てなんなん? 本当にレオ・ブルースの人気はよくわからない。

 こんな話。オールドヘイブンの町長ウィラルが失踪し、その後、溺死体で発見された。最後に目撃されたときには桟橋で釣りを楽しんでおり、おまけに孫が生まれるという日でもあったため、とても自殺とは思えない。警察ではあっさり事故で片付けられることになったが、ウィラルの娘夫婦としては、ウィラルが事故に遭うというのもいまひとつ納得がいかない。そこでたまたまオールドヘイブンにきていた休暇中のキャロラス・ディーンに調査を依頼するが……。

 冷血の死

 本作は『死の扉』に続く歴史教師キャロラス・ディーンものの第二作である。基本的には『死の扉』のスタイルをほぼ踏襲しており、キャロラスが事件関係者に聞き込みしていく様が、ほとんど全編にわたって描かれる。まあ、キャロラス・ディーンものはそもそもこのパターンばかりなんだが、それでも終盤になって第二の事件が発生し、そこからの動きはけっこうハッタリも効いていて盛り上がる。

 もちろんブルースのファンであれば、一見、退屈と思われる聞き込みの場面こそ楽しめるところではある。数々の伏線が散りばめられ、そこから手がかりを見つけ出す楽しさもあれば、キャロラスと町の人々とのユーモラスなやりとりもそう。ストーリー同様、それらも派手さはないのだけれど、読めば読むほど味わいがあるのだ。
 個人的に本作で気に入ったのは、町の人気者だと思われていた町長ウィラルに対し、意外に恨みや殺害動機を持つ者が徐々に判明していくところか。通常のミステリのパターンだと、被害者の思わぬ二面性が明らかになって人間の怖さみたいなものを浮き彫りにするところだが、レオ・ブルースは違う。町の人気者として登場させておきながら、そこから「実は人気者の正体なんてこんなものさ」と落とす意地悪さの方が強いのだ(笑)。
 ミステリに対して斜に構えたところがあるのは著者の大きな特徴だと思うが、それはこういう人物の見方においても表れており、それが全体からじわっと滲み出て、それがまた味わいにつながるのである。

 謎解きの部分に目をやると(ネタバレ防止のため、やや曖昧な書き方になるけれど)、解説でも触れられているとおり、ちょっとした疵があるのが惜しい。また、多くの関係者の人物像を浮き彫りにしているにもかかわらず、肝心のところで描写が浅い部分があるのも残念。その結果、著者のその他の代表作よりはやや落ちるという印象ではあるが、それでも意外な真相含め、謎解きミステリとしては十分に楽しめるし、年末ベストテンに入っていてもおかしくはないレベルなのである。
 とにかく、こういう作品が同人でしか読めないという状況は悲しいとしか言いようがない。なんとか創元や扶桑社に打破してもらいたいものだ。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 マーゴット・ベネットの『過去からの声』を読む。かつて植草甚一氏が編んだ東京創元社の〈現代推理小説全集〉の一冊として『飛ばなかった男』が刊行されているが、本作はそれ以来の翻訳である。1958年の作品で、CWAのゴールド・ダガー受賞作ということだが、まあ、CWA受賞作は意外に「アレ?」と思うこともあるので、そこまで期待しないで読み始める。

 過去からの声

 こんな話。主人公のナンシー・グラハムは作家志望のライターである。あるとき親友のサラから、過去につきあった男から脅迫状が届いたという相談を受ける。一時期はサラとほぼ生活を共にしていたナンシーは、サラのつきあった男も知っているし、小説家志望ということで観察力もある。ぜひナンシーに犯人を突き止めてほしいというのだ。
 ところがその夜、サラの元恋人で現在はナンシーの恋人ドナルドが訪れ、サラが殺された現場に居合わせたと告白する。ナンシーはドナルドのためサラの家に忍びこみ、ドナルドのいた痕跡を消そうとするが、それが自らの首を締める結果になってしまう……。

 その後、メインストーリーは主人公ナンシーが男友だちの元を訪ねてまわり、サラを殺害した犯人を見つけ出すという流れとなる。ナンシーは恋人が現場にいた痕跡を打ち消すために偽装工作したこともあって、自らが容疑者として警察につきまとわれる状況もあり、基本構造は巻き込まれ型サスペンスと言えるだろう。

 しかし本作の場合、単なる巻き込まれ型サスペンスとは一線を画する。普通のハラハラドキドキにはまったく主眼が置かれていないのだ。メインストーリーの合間には、過去のサラとナンシー、男友だちとの思い出が多く挿し込まれ、読みどころはもっぱら彼らの人物像や人間関係・恋愛模様なのである。
 サラとナンシーはどちらも知的ながら上昇志向が強く、斜に構えたところもあって、正直あまりかわいい性格の女性ではない。対して男性陣は情けないタイプが多く、依存的だったり陰気だったり挙句は前科持ちだったりする。ぶっちゃけ共感できないタイプの人間ばかりで、おまけに事件に関しても皆が皆そこまで興味を持っているわけでもない。そんな彼らのやりとりが妙にリアルで、そういう部分をこそ楽しむのがよい。
 こう書くと、例えば『ヒルダよ眠れ』あたりを連想するかもしれない。こういった描写によって被害者や犯人の真の姿を炙り出すという趣向である。しかし、本作は本当にそういう感じではないのがミソ。これが英国ミステリというのが驚きである。

 まあ、それゆえに純粋なサスペンスや謎解きを期待すると肩透かしはやむをえない。ただ、ミステリとしてもまったくダメとかではなく、ナンシーと男友だちとのやりとりの中に伏線やヒントは隠されているし、これがなかなか気の利いたネタで悪くない。
 ただ、本作の一番のサプライズは事件後のエピソードかもしれない。ここは賛否両論あるだろうなぁ。女性読者の感想を知りたいところである。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 読書好き、とりわけ物語が好きな人であれば、子ども時代に一度はお世話になったのが〈岩波少年文庫〉だろう。その岩波少年文庫が創刊七〇周年を記念して発刊されたのが、『岩波少年文庫のあゆみ』である。
 想定される読者はかつての少年少女たちで、大きく分けると岩波少年文庫の歴史を追った前半、人気作を中心にした内容紹介とエッセイ、後半は年譜と総目録という構成。まさに岩波少年文庫の七十年を振り返る一冊である。

 岩波少年文庫のあゆみ

 やはり面白いのは、創刊に至るまでと、創刊当初のエピソードを詰め込んだ前半だろう。戦後がそろそろ落ち着いた昭和二十五年当時、関係者たちがどういう志を持ち、それを具現化するために、どういう試行錯誤を重ねていったかが語られてたいへん興味深い。
 編集的な視点はもちろんだが、時代の流れに合わせて、ある程度は経営的な感覚も必要だったはずで、それに振り回されつつも何とか妥協できるところは妥協しつつ、最善をつくしているわけで、岩波書店といえどもその苦労は大きかっただろう。
 当初は二人しか専任者がいなかったとか、ルビや漢字の開きの問題とか、新刊の中断とか、紙や装丁をグレードダウンせざるを得なかった状況とか、児童書ならではの難しさがあるわけで、管理人も長らく子供向けの本を作ってきた経験があるので、その苦労はすごく理解できる。

 しいていえば、本編やエッセイ、書籍紹介が、こまめに編まれているので、レイアウトも含めて、少々落ちつきのない感じを受けた。
 判型も大きくはないので、そこはもっと普通に流してもよかったのではないかな。まあ、好みもあるけれど。

ともあれ当事者たちの生の声は、出版関係者ならずとも本好きならば間違いなく引きこまれるはずだ。〈岩波少年文庫〉になにかしらの思い出がある人はぜひどうぞ。

 ちなみに管理人の思い出の一冊は『トムは真夜中の庭で』になるかな。大人になってから、ネットで知って読んだ一冊だが、普通に驚かされたのが懐かしい。


テーマ:評論集 - ジャンル:本・雑誌


 マイケル・コナリーの『汚名』読了。
 薬局の経営者とその息子が店で銃殺される事件が起き、その裏には薬局を舞台に暗躍する麻薬組織の大掛かりな薬物犯罪があった。ボッシュは正義を貫いたが故に殺された青年の無念を思い、自ら命をかけて潜入捜査を試みる。
 一方、ボッシュが過去に解決したはずの事件に、今頃になって新たな証拠が出たという。しかもそれは冤罪どころかボッシュの証拠捏造にまで話は及ぶ。ボッシュの刑事生命の危機にリンカーン弁護士ミッキー・ハラーも力を貸すが……。

 汚名(下)

 いやいや、これはいいじゃないか。最近のハリー・ボッシュものの中では一番好きかもしれない。
 正直、完成度やサプライズだけでいうなら、シリーズ前作の『訣別』やその前の『贖罪の街』の方が上であろう。本作は謎解きに関してはそこまで驚くようなネタはない。むしろ、これまでの作品が本格ミステリでもないのにサービス過剰であったのだ。その点、本作はむしろ本来のハードボイルド・警察小説というジャンルに寄り添った物語となっている。

 構造としては、最近の作品に非常によく見られる二つの事件を並行して進めるパターンである。著者がなぜ、この形にこだわるのか、まったくの想像ではあるが、二つの理由が考えられる。
 一つはテイストの異なる事件を絡めることで、ストーリーをより複雑にし、盛り上げるため。緩急もつけやすいし、二つの事件が最後にどう交わるのかという必殺技(笑)を使えるのも魅力だろう。二つの並行する事件を描くミステリは、たいていこれが大きな理由である。
 コナリーの場合、理由はもう一つあるように思う。それは人物像の深堀りのためにどちらかの事件を使うためである。つまり主人公なり重要な人物の内面を描くために、あえてもうけた事件といってもよい。この場合、もう一方の事件がどうしてもサイドメニュー的になりがちだけれど、コナリーほどの小説巧者になると手は抜かず、両事件に主従の差はほとんど感じさせないのが見事なところだ。

 本作に関しては、二つの事件をそれぞれ派手な警察小説、地味な法廷小説という具合に位置付け、しかも前者で生命の危機、後者で刑事生命の危機という難局を設けるなど、まずは対比が鮮やか。
 加えてストーリー的には一方で、正義にこだわるボッシュの姿を描きつつ、もう一方の過去の事件に関しては、その正義(そして刑事という職業)に対する誇りが、どの程度、家族や仲間に理解されているかというところまで見せてくれる。ボッシュの信じる正義とはどういうものか、もちろん長年の読者はボッシュを信じているけれども、本書でボッシュの魅力にあらためて感じいる人もいるのではないだろうか。

 まあ、こんな解釈をしてみたものの、要はストーリーが実に面白い一冊なのだということ。若干、上巻でのボッシュに余裕がありすぎる嫌いはあるけれど、下巻はのっけからノンストップ。ボッシュの潜入捜査や飛行機内でのアクション、生還後のトラブルに至るまで息つく暇もない。しかも二つの事件のクロスもなかなか予想外の手を使っていて、こちらもニンマリ。さらには、それすらが緻密なプロットの為せる技であることがラストでわかり、もう悶絶である。オススメ。

 ちなみに本作は次作『素晴らしき世界』へつなぐ役割も果たしていて、こういう趣向もまた面白い。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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