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 ぼちぼち読み進めていた『桜田十九郎探偵小説選』を読み終える。
 管理人にとっての桜田十九郎はほとんど未知の作家だが、解説によると、主に第二次世界大戦中の『新青年』で活躍していた作家だ。『新青年』では冒険小説の類いを中心に発表していたが、戦時中は探偵小説が書けない状況だったので仕方なくそちらに転向したというわけではなく、もともと桜田は大衆小説でデビューしており、基本的には冒険小説が専門の作家だったようだ。古くは押川春浪、昭和の初めには南洋一郎や橘外男、小栗虫太郎らが秘境ものとして書き継いだ路線を想像してもらえればよいだろう。

 桜田十九郎探偵小説選

「鉄の処女」
「燃えろモロッコ」
「髑髏笛」
「めくら蜘蛛」
「女面蛇身魔(ラミア)」
「呪教十字章」
「沙漠の旋風」
「五時間の生命」
「蛇顎龍(プレジオサウラス)の寝床」
「屍室(ししつ)の怪盗」
「悪霊(バデイ)の眼」
「唖の雄叫び」
「魔女の木像」
「落葉の岩窟」
「恐怖の水廊」
「青龍白虎の闘争」
「哀恋佃夜話」
「幇間(たいこ)の退京」
「夏宵痴人夢」

 収録作は以上。「鉄の処女」から「恐怖の水廊」が冒険小説。「青龍白虎の闘争」以下の四編は冒険小説を書く前の大衆小説などの作品である。
 さて、ひとくちに冒険小説とはいってもけっこう幅は広いのだけれど、当時の日本で書かれた冒険小説の場合、大きくは防諜系のものと、秘境系のものに分けられるのではないか。
 軍事を背景にした防諜系の冒険小説はいろんな方面に向けた忖度を含んだ読み物のため、いま読むとさすがに辛いものが多いが、秘境系の冒険小説はある程度までは自由な発想で書かれており、意外に風化することが少ないように思う。桜田十九郎の場合はまずまず後者にあたるとは思うのだが、それでもその代表格の橘外男や小栗虫太郎、香山滋らの作品に比べると独特の妖しさに欠けており、物足りなさは否めないところだ。
 まあ、妖しさはともかくとして、冒険小説としてはけっこうストレートすぎるか。多少なりともどんでん返しなどが盛り込まれた作品はぐっと面白みが増しているので、全般的にもうひと工夫でもあれば戦後の需要も高まったのではないだろうか。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 リリアン・デ・ラ・トーレの短編集『探偵サミュエル・ジョンソン博士』を読む。著者はアメリカの作家で、教職を務めながら歴史ミステリをはじめとして犯罪関係、演劇関係の著作も残した作家だ。

 本書は18世紀に実在した英文学者サミュエル・ジョンソンを探偵役に据えた歴史ミステリ。また、ワトソン役にもジョンソン博士の伝記を残したことで知られるジェームズ・ボズウェルを起用している。また、その二人だけでなく各作品にもさまざまな当時の著名人を登場させたり、実際の事件を元ネタにしたりと、著者が得意の英国史をふんだんに盛り込んだ作品集となっている。
 収録作は以下のとおり。

The Wax-Work Cadaver「蝋人形の死体」
The Flying Highwayman「空飛ぶ追いはぎ」
The Missing Shakespeare Manuscript「消えたシェイクスピア原稿」
The Manifestations in Mincing Lane「ミンシング通りの幽霊」
The Black Stone od Dr. Dee「ディー博士の魔法の石」
The Disappearing Servant Wench「女中失踪事件」
Prince Charlie's Ruby「チャーリー王子のルビー」
The Frantick Rebel「博士と女密偵」
The Great Seal of England「消えた国璽の謎」

 探偵サミュエル・ジョンソン博士

 歴史ミステリというと、どうしても歴史的興味が優先してしまい、ミステリとしては若干評価が甘くなりがちなのだけれど、本作はミステリの謎解き的な興味と歴史物の面白さが程よくミックスされていて、なかなか楽しめる。
 先にも書いたが、まずはジョンソン博士やボズウェルをはじめとした同時代の著名人の掛け合いの面白さ。管理人などは18世紀の英国史といわれてもそこまで詳しくないのだが、それでもジョン・フィールディング(ヘンリー・フィールディングの弟)やホレス・ウォルポールといった文学畑の偉人の登場には思わずニヤリとしてしまうし、歴史マニアならもっと楽しめるのだろう。
 また、歴史的知識が薄くても解説がけっこうフォローしてくれているし、当時の英国の習俗なども楽しめるのがいい(たとえばカツラを帽子並みに頻繁に着用したりとか)。

 ミステリとしても悪くない。トリック云々という面ではそれほど驚くようなものではないのだが、ワンアイディアをきちんと落としどころに持ってきて、著者が意外なくらいミステリのツボを押さえていることにも感心する。何より歴史的事実を著者の想像によって膨らませ、真相はこうだったのだと見せてくれる楽しさがある。
 全般的に楽しめる作品ばかりだが、特に当時の風俗がトリックに活かされる「消えたシェイクスピア原稿」、女スパイが自国に連絡するのを防ぐという異色の展開が魅力の「博士と女密偵」が個人的な好み。

 なお、本書はサミュエル・ジョンソン博士・シリーズの四つの短編集からセレクトした日本オリジナルの傑作選である。ベスト版ではあるのだろうが、できればもう一冊ぐらいは続巻を出してもらいたいところだ。
 上質なユーモア、ホームズとワトソンの原型ともいえる歴史的な意義も含め、クラシック・ミステリのファンには必読の一冊といっておこう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 C・デイリー・キングの『厚かましいアリバイ』を読む。著者はアメリカの本格黄金期の作家で、本書はオベリスト三部作に続くABC三部作の二作目にあたる。

 こんな話。マイケル・ロード警視は友人の心理学者ポンズ博士を誘って、静養の旅に出かける。目的地はコネティカット州に住む友人ウースター夫妻の家だ。そこでアーリー医師やピアノ教師のチャーミオンたちと顔を合わせ、一行は揃って〈パーケット邸〉で行われるミニ・コンサートに出かけることになる。
 〈パーケット邸〉は女主人の亡夫が集めた古代エジプトの博物館も併設され、一種独特の雰囲気。しかし、折り悪く洪水の影響で屋敷は停電、蝋燭の乏しい灯りのなかでコンサートは幕を開けた。
 そして第一部が終了し、休憩時間に入ったとき。女主人が古代エジプトの短剣で喉を刺され、死んでいるのが発見された。現場に居合わせたロード警視は地元の有力者に協力して捜査を始めるが、関係者にはみな鉄壁のアリバイが……。

 厚かましいアリバイ

 ABC三部作の前作『いい加減な遺骸』もそうだったが、本作も本格風味が満載である。
 タイトルにもあるようにアリバイ崩しが中心だが、そのほかにもダイイング・メッセージや密室、複数の屋敷見取り図、関係者の推理合戦、エジプト文明に関する蘊蓄など、いわゆる黄金期の本格の道具立てをとにかく詰め込みましたという構成。本格ファンやクラシックファンなら、もうこれを読まないでどうするという陣容である。
 ストーリーも、事件の捜査という縦軸だけではなく、地元警察と悪名高い地元名士の対立にロード警視が巻き込まれて右往左往する様子が描かれたり、ポンズ医師との推理合戦を挟み込んだり、膨らみもあって悪くない。

 ただし、これまた『いい加減な遺骸』と同様なのだが、本格探偵小説として肝心のところがいただけない。
 まずはメイン・トリックがあまりに専門的すぎて読者に推理の余地がないところ。
また、クライマックスでミイラの解剖というシーンを謎解きシーンと絡める趣向は面白いが、そもそも貴重なミイラを一般人入り交じる中で、ただの医者に解剖させるということが、時代を考慮しても無理がある。おまけにラストで犯人を指摘するところもかなり弱く、ご都合主義に陥っているのは厳しい。

 細かな傷は気にしないけれど、本格探偵小説でも肝となる部分でこれらの弱点があからさまにあるのは実に残念。
 メイン・トリックなどは、これを良かれと思って著者がやっているのだとしたら、相当にピントがズレているとしか思えない。マニアがこだわりを詰め込みすぎて全体が見えなくなった、そんな印象の作品である。
 それにしてもオベリスト三部作も似たような傾向ではあったが、ここまでは悪くなかったと記憶するのだが……。残り一作、『間に合わせの埋葬』も絶対に読むつもりではあるが、ううむ、あまり期待するのは考えものか。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 久しぶりにオーソドックスな幻想文学でもと思い、ホフマンの『砂男/クレスペル顧問官』を読む。ちなみにこの「砂男」は探偵小説作家・大坪砂男のペンネームの由来でもある。

 砂男/クレスペル顧問官

Der Sandmann「砂男」
Rat Krespel「クレスペル顧問官」
Die Abenteuer der Sylvesternacht「大晦日の夜の冒険」

 「砂男」は今までにも何度か読んでいるが、今回は光文社古典新訳文庫のもの。収録作は以上三作である。
 何を今さらではあるのだが、やはり「砂男」はいい。最近ではサイコ・ホラーの元祖ともいわれているらしいが、超自然現象と狂気、どちらともとれる作り、この曖昧さが実に気持ち悪くてよろしいのである。
 砂男とは、眠らない子供の目に砂をかけて目玉を奪っていくという伝説上の妖精のようなもので、主人公ナターナエルは父親のもとを度々訪れていた奇怪な弁護士コッペリウスに砂男とイメージをかぶらせている。そしてあるとき、父はコッペリウスと会っている最中に爆発によって命を落とし、ナターナエルの心に深い影を落とす。やがて青年となったエターナエルだが、彼の下宿にコッペリウスにそっくりの晴雨計売りコッポラという男が現れ……という物語。
 ここまでの話であれば、まあ、よくあるパターン。実はこのあとの後半がかなり意表を突くもので、変格探偵小説好きにも見逃せない展開ではないだろうか。ナターナエルの体験は精神疾患からくる幻想なのか、あるいは事実起きていることなのか。ナターナエルが狂気にますます囚われてゆくさまは、(こういう表現が適切かどうかはわからぬが)ヤク中の負のサイクルのようにも思えて怖い。
 砂男をはじめ、作品の中に現れるモチーフがさまざまなイメージを想起させ、深読み好き読者の入門書としても格好の一作である。

 「クレスペル顧問官」もなかなかよい。
 根っからの変人として知られるクレスペル顧問官。ある夜のこと、そんなクレスペルの家から素晴らしいバイオリンの音色と世にも美しい女性の歌声が聞こえてきた。町の人間が思わず外で聞き惚れていると、その後に激しく争うクレスペルともうひとりの男の声、そして叫ぶ女性の声が。やがて家からは若い男が泣きながら飛び出して去っていった。
 いったい何が起こったのかという疑問もあったが、人々が忘れられないのは女性——クレスペルの娘の歌声だった。主人公の“わたし”はどうしてもその歌声を聴きたいが、クレスペルは絶対にそれを許さなかった……。
 芸術のもつ力の可能性を幻想的に描いた作品。その真相が明かされるクレスペルの回顧談が興味深く、こちらは「砂男」以上にミステリ的な興味——あの夜にいったい何が起こったのか——そういう視点でも楽しめる。
 幻想味は少ないが、クレスペルというキャラクターの破天荒ぶりがとにかく面白く、前半の家を建てるシーンが気に入ったらあとは一気読み。

 ラストは「大晦日の夜の冒険」。主人公が酒場で出会った男たちは美女ジュリエッタに魅入られた男たちだった。彼らはジュリエッタを愛する代償として、自らの胸像や影を渡してしまう……。
 本書中でも一番、幻想小説らしい幻想小説。物語としてもストレートで、単純な不気味さでも一番だろう。ただ、逆にクセがないというか、味の部分で他のニ作に一歩譲るか。
 とはいえ方向性の異なる三つの作品が楽しめ、満足度は高い一冊。オペラ『ホフマン物語』の原作となった三作品ということのようで、機会があれば、そちらもぜひ一度鑑賞してみたいものだ(どうやらDVDにもなっているらしい)。


テーマ:幻想文学 - ジャンル:本・雑誌


 本日の読了本は中川右介の『江戸川乱歩と横溝正史』。 
 似たようなタイトルで少し前に読んだ内田隆三による『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』というのもあったが、あちらは作品に焦点を当てた評論。こちらは日本の探偵小説界を牽引した二人の生涯を追った評伝である。
 で、『乱歩と正史』も著者の専門を活かした好著だったが、『江戸川乱歩と横溝正史』も悪くない。いや、悪くないどころか、これはもうとてつもなく魅力的な一冊である。

 江戸川乱歩と横溝正史

 乱歩と正史。二人については今さら言うまでもないだろう。数々の傑作探偵小説を残した二人はライバルでもあり、兄弟のような関係でもある。二人は実作者としてだけでなく、編集者としても互いを支え、ときには対立することもあったが、その関係性は日本の探偵小説界にも大いなる影響を与えてきた。
 そんな二人の生涯は、自伝だったり評論だったり、さまざまな書籍や雑誌等で残されており、決して情報自体は少なくない。だが、それらの多くはあくまで乱歩を中心にした、あるいは正史を中心にした書き方であり(当たり前だが)、一本のそれぞれ独立した線なのである。

 本書が素晴らしいのは、それらの独立した線を束ねてみせたことにある。時間軸を一致させることで、二人の関係性、探偵小説界の動きがより明確になっている。
 しかも、その流れにそって、当人以外の様々な重要人物や団体などの動向も描かれている。それぞれがどのように絡み合っていたのか、そういう相関関係もわかりやすい。このあたりは線を束ねたというより、線を組み合わせて立体的に仕上げたというイメージである。
 そしてその結果、本書は単に「江戸川乱歩と横溝正史」の評伝というだけではく、日本探偵小説史そのものにもなっているのだ。

 全編読みどころといってもいいのだが、個人的に特に興味深かったのは出版社に関連する記述である。第二次大戦を挟んだ出版社の栄枯盛衰、そして経営者や編集者の動き、探偵小説家たちとの関係性、さらには出版社において探偵小説家たちが果たした役割である。
 横溝正史が『新青年』の編集長をやっていたことはマニアなら常識だろうが、それ以外にも多くの作家が戦前から探偵小説誌作りに関わっているわけで、その雑誌作りが創作にも影響を与えていることは、見逃せない事実である。
 このあたりをすべて詳細に網羅するのは難しいだろうが、それでも相当なところまでまとめあげているのは実に素晴らしい。博文館から講談社、雄鶏社、桃源社、光文社、早川書房、ポプラ社、角川書店などなど。日本の探偵小説の歴史は出版の歴史でもあるのだ。

 著者自身の考えるところもいろいろあるだろうが、そこは極力抑えられ、あくまで表面に出てきた事実だけを組み合わせて構築しているというようなことが「あとがき」で述べられている。新しい発見などもほぼないようで、作家や出版社についても、既出の内容かもしれない。
 だが、それだけでも十分に面白い。個人的にはまるで『三国志』などのような歴史読物を読んでいるような気分だった。とにかく読んでいて面白いのだ。

 ということで、内容には大満足。乱歩や正史のファンだけでなく、戦前から戦後の探偵小説に興味のある方は必読必携である。できれば本書をもとに映画化してほしいくらい、いや、NHKの朝ドラでもいいぞ(笑)。


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 アーナルデュル・インドリダソンの『湖の男』を読む。今では北欧ミステリを代表する作家の一人といってよい、アイスランド出身作家の邦訳最新刊(といっても、既に発売から九ヶ月ほど経っているけれど)。
 ちょうどいま開催中のワールドカップでもアイスランドの健闘が見られたばかりだが、インドリダソンも然り。人口僅か三十万人あまりの小さな国から、このような世界的活躍ができるチームや作家が出ることにいつも驚かされる。

 まあ、それはともかく、まずはストーリー。
 干上がった湖の底から人骨が発見されるという事件が起こった。頭蓋骨には殴打されたと思しき穴が空き、そして奇妙なことに旧ソ連製の盗聴器が体に結びつけられていた。捜査に駆り出されたエーレンデュル捜査官は、地道な調査の末に、ある失踪事件に行き当たる。
 時とところは変わって1950代の東ドイツ。ライプツィヒの大学へ留学したアイスランドの大学生トーマスは、社会主義に傾倒し、ヨーロッパ中から集まる若者たちと勉学に勤しんでいた。しかし、ハンガリー人の女性と親しくなったことで、恐ろしい真実に直面することになる……。

 湖の男

 納得の一冊。
 毎回、アイスランドの現代史の闇を掘り起こしているインドリダソンだが、本作もその例に漏れず。今回は冷戦時代の社会主義・共産主義の脅威が、アイスランドに与えた影響、そしてそれによって引き起こされた悲劇を綴っている。
 社会主義を信奉する学生トーマスは理想世界の実現という心地よい響きに酔い、社会主義国の東ドイツに留学する。だがその思想を支える組織や政府は、妥協や反対を許さない全体主義国家でもある。トーマスはハンガリー出身の女子学生と出会い、徐々にその体制に疑問を抱いてゆくが、それでも悪いのは体制であり、あくまで思想は間違っていないと信じる。しかし、その純粋さが判断を誤らせ、彼は大切なものを失ってしまう。

 本作では、このトーマスを中心にした過去のパートと、現代を舞台にしたエーレンデュルの捜査のパートが交互に描かれる。ほぼパターン化されつつある手法だが、過去と現代のパートが相乗効果をあげて、やはり読みごたえは十分。 正直、この過去のパートだけでも十分素晴らしいのだが、そのままではやはり少々面白みに欠けるのである。
 いってみればノンフィクション的な過去パートのガツンとくる手応え、現代パートの被害者捜し&犯人捜しというミステリ的興味による切れ味、そして現代パートに登場する人々のドラマが最終的な隠し味となり、すべてが渾然一体となるからグッとくるわけだ。例によって決してスカッとした終わり方ではないのだけれど、この余韻もまた堪らない。

 なお、少し気になるのは、作品が進むにつれてミステリとしての興味がだんだん薄めになってきていることか。個人的にはあくまでミステリの範疇で楽しませてもらいたいのだが、はてさて著者の志向は今後どちらに転ぶのだろう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


  魔子鬼一の作品集『死島のイブ』を読む。西荻窪の古書店・盛林堂書房さんのレーベル「盛林堂ミステリアス文庫」から昨年に出されたもので、長編「怪盗六つ星」のほか短編七作を収録している。ちなみにこれが第一巻で、続く第二巻も発売済みである。
 盛林堂ミステリアス文庫は商業出版として難しいものを拾遺的に出してくれているが、今回は論創ミステリ叢書並みのボリューム感である。

「死島のイブ」
「変質の街」
「猟奇園殺人事件」
「田虫男娼殺し」
「三人の妻を持つ屍体」
「山吹・はだかにて死す」
「深夜の目撃者」
「怪盗六つ星」

 屍島のイブ

 魔子鬼一は戦後間もない頃、1950年代を中心に作品を発表したが、今では忘れられた作家である。
 その名前を意識したのは若狭邦男氏の『探偵作家追跡』であったと思うが、その後、光文社文庫のアンソロジー『「宝石」一九五〇 牟家殺人事件』で初めて長編「牟家殺人事件」を読むことができた。ただ、そのときの印象は決してよくはない。本格探偵小説の体ではあるが、肝心の出来がいまひとつであった。
 本書も読める嬉しさは大いにあったが、やはり心配なのは中身である。

 というわけで感想だが、これはなんと言っていいのか(苦笑)。
 とにかく超B級感というか、ドライブ感が凄まじい。だいたいが“魔子鬼一”というペンネームからして怪しさ満点なわけだが、見事にそのイメージどおりの作品ばかりである。
 一応は本格志向というか、不可能興味や謎解きを中心に据えた作品は少なくない。しかし、その味つけがほぼほぼエログロ風味。しかもストーリー自体はサスペンスを強調したスピーディーなものという、このジャンルのごたまぜ感(笑)。本格と変格の融合といえば聞こえはいいが、残念ながら本格としてはあまりに雑、いや小説としても雑だろう。攻めている感じはあって個人的に嫌いな作風ではないのだけれど、もう少し書いたものを推敲して、完成度を高める努力はしてほしかったというのが正直なところだ(笑)。

 以下、作品ごとに感想など。
 本格志向とは書いたが、表題作の「屍島のイブ」だけは例外で純粋なスリラー。主人公の信一は漂着した孤島で一人の老人と出会う。彼によると、この島は世界中の漂流死体が流れ着く島だという。老人はその流れ着いた死体を食って生きながらえていたのだ。恐ろしくなった信一は老人の元から逃げるが、今度は一人の女性と出会い……。
 これが本書中のピカイチ。へたに謎解き興味など盛り込まず、そのセンス一本で勝負しているのがよい。この異様な雰囲気だけはなかなか他所で味わえないだろう。

 「変質の街」は覗き見趣味のある青年の奇妙な体験談。人妻が自害した場面を目撃するが、翌日、彼女はなぜか生きていて……というもの。トリックというほどのトリックではないし、そもそもそのトリックを構成する事実に無理がある。ただ、真相が明かされるまでのサスペンスや雰囲気には味があって捨てるには惜しい作品。

 乱歩へのオマージュとして書かれたという「猟奇園殺人事件」。「屋根裏の散歩者」を持ち出したり、著者としてはけっこう気合が入っていたのだろうが……ううん、残念ながら これは本書中でもかなり落ちる方。

 「田虫男娼殺し」はタイトルがあまりといえばあまりなのだが、実は物語の導入と結末を見事に言い表している(苦笑)。内容には無理があるけれども、男娼が殺される謎はまずまず引き込まれる。

 「三人の妻を持つ屍体」はまさにタイトルどおりの設定であり、その設定からして無理があるうえに発端もなんだかなぁという感じ。登場人物の言動が著者の都合だけで行われているため、不自然この上ない。

 主人公が秘密映画上映会に誘われ、そこでストリップをやっている義姉を偶然目撃し……というのが「山吹・はだかにて死す」。乱歩の作品のような導入は興味深いが、その後のご都合主義に疲れてしまうし、主人公と義姉のやりとりも釈然としない。

 「深夜の目撃者」は医師の老夫婦のもとへ現れたヤクザ者を治療するところから幕をあける。そのヤクザ者が実は記憶喪失の復員した息子らしいのだが……という一席。エログロ風味は珍しく少ないが、設定がちょっと変わっているのでけっこう楽しく読める。

 本書中、唯一の長編「怪盗六つ星」は、アルセーヌ・ルパンを意識したかのような義賊を扱った作品。ただ、怪盗側から描いた冒険ものというわけではなく、主人公はあくまで警察側。しかも基本的にはトリックや謎解きも満載した本格ものである。
 こんな話。怪盗六つ星という義賊を追う警察は、青柳刑事の活躍もあり、ついに六つ星を追い詰める。だが、六つ星のいる部屋へ踏み込んだ警官たちは、そこで六つ星の死体を発見する。自害か、それとも他殺なのか。疑惑が残る中、次々と事件関係者が殺害されてゆく……。
 ストーリーはかなり意表を突く形で展開し、サスペンスも相まってなかなか読ませる。ただ、ほぼ重要人物が死んでしまって、それでも捻りを効かせたいせいか、ラストはけっこう無理矢理である。残念ながらそれらの無理を成立させるほどのトリック、伏線なども弱く、完成度は低い。
 六つ星の設定や狙いは面白いので、もう少し手直しすればけっこうな作品になったのではないだろうか。

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 フリードリヒ・デュレンマットの『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』を読む。
 著者はスイスを代表する作家・劇作家だが、ミステリ系の作品も残している。その代表作といわれる『約束』を読んだことがあるが、ミステリの手法を借りてはいるものの純粋なミステリというわけではなく、この人の興味はあくまで社会の矛盾や不条理に振り回される人間を描くところにあるようだ。
 そこで本作だが、白水uブックスから出ていることからもわかるように、まったくミステリではないのだが、読んでみるとこれがまたミステリ的な興味で引っ張る作品で、なかなか楽しめた。

 こんな話。主人公は異国で暮らすギリシア人の血を引くアルヒロコス。四十代にして独身、仕事は大企業の下っ端経理マン。ごくつぶしの弟に金をせびられ、自身もうだつの上がらない暮らしぶりである。しかし、酒も煙草もやらず、女性経験すらない生真面目すぎる生活を送り、尊敬できる人々にはランキングをつけては倫理的秩序を維持するという妙なところもあった。
 そんなアルヒロコスが、あるときカフェの夫婦に勧められ、結婚広告を出す。すると彼の前には目の覚めるような美女クロエが現れ、そのときから彼の生活は一変する。 
 面識のない高貴な人々がアルヒロコスに親しげに近づき、出社すれば大昇進、豪華なお城までが手に入り……いったい彼に何が起こっているのか?

 ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む

 それこそ舞台を見ているような面白さがある。カリカチュアされた人々によって演じられる寓話の類の面白さともいえる。
 貧しいながらも絶対的倫理観に裏打ちされた主人公アルヒロコスの生き方は、果たして本当の人間らしい生き方なのか。境遇が一変することで自身の価値観は変わるのか。幸福な出来事が次々と起こることで、逆にある種の怖さを感じてしまう、そこが著者お得意の“奇妙な味"を醸し出す。
 主人公の状況がどんどん悪くなるパターンの小説なら山ほどあるが、それとは反対にどんどん幸せになるというパターンは珍しく、それによって見えてくる真実を描くというのはありそうでなかった。

 そしてミステリ好きには、この幸福の連鎖がなぜ起こっているのか、その理由こそもっとも知りたいところだが、まあ、ここはミステリ的興味として納得できる解釈ではないので念のため。ただし、寓話としては面白い。
 著者はここでもカルカチュアされた、しかも逆説的な事実を見せてくれる。それこそアルヒロコスにとっては再び世界が逆転するようなダメージを与えるのであり、彼の考える倫理や人生の価値が最終的に問われることになる。

 ひとつ気になったのはラストである。実は本作、正反対の二種類の結末が用意されている。試み自体は面白いが、むしろ著者自身が思うところをバシッと見せてくれた方がテーマがぼやけずに良かったと思うのだが。


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 先日に続き、またまた多岐川恭。本日は創元推理文庫版で『静かな教授』とカップリングされている『人でなしの遍歴』。『静かな教授』はちょっと変わったタイプの倒叙であったが、本作もまた少々ひねった設定のサスペンスとなっている。

 こんな話。出版社を営む篠原喬一郎は何者かによって命を狙われていた。このひと月の間に、三度も殺されかけたのだ。体調が悪く、家族とも不仲の状態が続いていたこともあり、篠原は殺すならさっさと殺してくれと思うようにまでなっていた。
 しかし、理由もわからぬまま殺されるのはスッキリしない。せめてその相手だけは知っておきたい。幸か不幸か、これまで非道な人生を送ってきた篠原だけに、思い当たる容疑者は山ほどいる。篠原は犯人を確かめるべく、その容疑者のもとへ巡礼の訪問を続けることにしたが……。

 人でなしの遍歴

 まあ、変なストーリーである。これまで散々悪事を働いてきた親父が、自分を殺そうとする可能性のある容疑者たちのもとを訪れ、その真偽を確かめる。容疑者は全部で六人おり、もちろん今でも篠原のことを恨んでいる。今でも殺したやりたいと告げる。それでも彼らには、いま守るべき生活があり、これからの人生もある。恨んではいるが自分はやってないとも話す。
 篠原はそんな容疑者の中から犯人を見つけ出そうとするが、正直、犯行は大したものではないし、犯人当ての興味も薄い。謎がどうこうというより、篠原が贖罪の行脚によって、どのように精神的に変わっていくかというのが興味の中心である。

 ただ、そもそも発端から主人公が生きる気力を失っているので、そこまで酷い男に思えず、“人でなしの遍歴”が切実に伝わってこないのが残念。その空気はラストまで変わらず、変にさわやかなイメージで締めくくられてしまう。まあ、それが奇妙な味といえないこともないので、おそらくこの味こそ著者の狙ったところなのだろうが。
 とはいえ個人的には、なんじゃこりゃ(苦笑)という感じで。真相も含め、これまで読んできた多岐川作品のなかでは落ちるほうか。主人公の改心がもう少し丁寧に描かれていれば、それこそ奇妙な味の傑作になった気もするが、残念ながらそこまでには至っていない。


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 ワールドカップが始まったが、日本が下馬評を覆して初戦勝利。まあ、どういう形でも勝ちは勝ち。ワールドカップに関しては結果がすべてなので、とりあえず一勝できたのは大きい。しかも相手が南米コロンビアだし。
 というわけで管理人はこういうイベントや行事は決して嫌いではない。馬鹿騒ぎは嫌だが、季節の行事やイベントごとは生活のメリハリにもなっていいのである。しかも、その経済効果たるや。人々が楽しく豊かに暮らすためには、こういう一見無駄なことが必要なのである。あ、ミステリも同じだな。

 さて本日の読了本は、そんなスポーツとは遠く離れて学問の世界の住人を扱った一作。多岐川恭の『静かな教授』である。

 まずはストーリー。恩師の娘・克子と結婚した相良教授だったが、虚栄心の強い彼女との暮らしは相良教授の学究生活をいたくかき乱していた。そのイライラが頂点に達したとき、相良教授はついに彼女を排除しようと決意する。しかし、暴力沙汰が嫌いな相良教授は積極的な犯罪行為には気が乗らず、“可能性の犯罪”を試みる。
 そして試行錯誤のすえ、ついに克子の殺害に成功するが……。

 静かな教授

 多岐川恭の長編としては、先日読んだ『私の愛した悪党』に続く五作目にあたる。これまで本格をはじめとして歴史ミステリやユーモアミステリ、安楽椅子探偵、クライムミステリなどなど、さまざまな趣向&技巧を凝らした多岐川作品を読んできたが、本作は倒叙ミステリである。
 ただし、本作の場合、ミステリとしてはそれほど凝ったものではない。犯人自ら“可能性の犯罪”というように、できるだけ積極的な行動は慎み、過失や事故にもっていくというものなので、そのあたりの興味で読むとちょっとガッカリするかもしれない。

 では本作が面白くない作品なのかといえば、これがまた全然そんなことはなくて、けっこうな良作なのである。多岐川恭の優れたところはミステリの技巧的な面だけではない。もうひとつの武器である語りの巧さ、人物描写の巧さがあり、本作はそちらが十分に発揮された作品なのだ。
 特に光るのが、犯人である相良教授と被害者である克子、二人の描写だろう。
 タイトルに顕されているように、相良教授は“静かな教授”である。常に冷静で感情を表に出さず、一見穏やかな感じだが、実は自分の信念は決して曲げないタイプ。克子は克子で、一見、良妻に見えるのだがこちらは虚栄心の塊。この二人の本性が、刑事や探偵役のカップルの捜査により、少しずつ明らかになっていくのが読みどころ。
 実際に読んでいくと、実はこの本性というのが曲者で、わかったようでわからないところも多々残る。著者はそこに人間の心の面白さや怖さを暗示したかったのではないだろうか。後味もなかなか複雑で、相良教授についつい感情移入してしまうのではないだろうか。
 大したトリックはないし、いたって地味な内容ではあるが、これは好きな作品だ。

 ちなみに本作は河出書房新社、徳間文庫、創元推理文庫『人でなしの遍歴』所収の三種類で読めるが、いずれも絶版品切れ。とはいえネット古書店などでは比較的安価で、入手は容易である。


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