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 ドロシー・B・ヒューズの『青い玉の秘密』を読む。
 帯の惹句によると本作はスパイ小説とスリラーを融合させた作品。しかしながらこれがデビュー作、しかもタイトルがなんだか子供向けミステリっぽいのでやや不安を覚えてしまうところだが、以前に読んだ『孤独な場所で』はシリアルキラーの心理を描いたなかなか見事な犯罪小説だったので、まあ、さすがに大外しはあるまいと手に取った次第。

 こんな話。
 元女優のデザイナー、グリゼルダは仕事でニューヨークを訪れることになったが、そこへ別れた夫のコンがしばらくニューヨークを離れるので、アパートを使ってかまわないと申し出る。
 快くその申し出を受けたグリゼルダだったが、ある夜、帰宅途中で双子の若者に声をかけられ、そのままアパートへ押入られてしまう。二人の目的は青いビー玉だと言われたものの、彼女にはまったく心当たりがなく……。

 青い玉の秘密

 これはまた何とも落ち着かない作品である。どうやら本筋は、世界の富を左右するとまで言われる“青い玉”の争奪戦らしいのだが、ストーリーらしいストーリーもなく、この“青い玉”をめぐっての敵味方入り乱れての駆け引きが繰り返される。
 正直、出来映えについてはかなり荒っぽい。前後で設定が矛盾していたり、“青い玉”の秘密もスッキリしなかったり、ラストもこれでいいのかと思うやっつけ具合である。

 普通なら期待外れで終わるところだが、それをかろうじて踏みとどまらせているのはキャラクターの面白さ。『孤独な場所で』もそうだったが、人物造形や描き方がなかなか個性的なのである。
 特に双子の存在感はずば抜けている。ぱっと見はハンサムな若者で礼儀も正しいのだが、実は人を殺すことなど何とも思わない人種。二面性を持つだけならよくある話だが、この双子が面白いのは、その暗黒面がしょっちゅう顔を出すそのアンバランスさ。いつ双子が爆発するのかという、いやーな不安感。それでいて一周回った感じの、そこはかとないユーモアまで感じられるのが魅力的だ。

 というわけで何とも評価に困る変な作品である。『孤独な場所で』も含め、この人の作品はひとつの物差しでは計りきれないところがありそうなので、できれば他の作品も読んでみたいところだ。


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 ネレ・ノイハウスの『死体は笑みを招く』を読む。オリヴァー首席警部とピア警部を中心としたホーフハイム警察署の活躍を描く、いまやドイツを代表する警察小説のシリーズの一冊。

 本作はシリーズ第二作だが、本邦初紹介となったのは第三作『深い疵』で、そこから四作目、一作目と紹介が続き、これでようやく順番が揃ったわけである。
 本来ならやはり第一作から順に出してほしかったところだが、いいものを先に出さないとファンを掴めないという版元の気持ちもわかる。
 とはいえオリヴァーやピアのプライベートな部分も読みどころのひとつなので、 三作以降ですでに知ってしまっているエピソードをあとから読むのは、やはり興ざめである。ピエール・ルメートルのヴェルーヴェン警部シリーズでも同じようなことがあったけれど、あれなどはけっこう最悪に近いケースで、最後まで読み進めるのが辛かったものなぁ。シリーズものはできれば順番に出してほしいものだ。

 それはともかく。こんな話。
 動物園で左腕と左足が切断された死体が発見される。被害者は地元の高校教師パウリーと判明したが、彼は教師であると同時に、いくつもの環境保護団体に所属する過激な活動家でもあった。しかも環境問題だけではなく、市の汚職問題から隣人とのいざこざまで、あらゆる問題に牙をむくトラブルメーカーでもあった。
 オリヴァーとピアたちはさっそく捜査に乗り出すが、さまざまな人間がパウリーを憎んでおり、容疑者が次から次へと現れる……。

 死体は笑みを招く

 導入はなかなかよい。よくぞここまで、というぐらい容疑者が目白押しで、これを各個撃破しつつもさらに現れる容疑者という展開は読者を飽きさせない。
 登場人物が多く、人間関係もかなり複雑なのだが、本命、対抗、穴馬的な容疑者をピックアップし、ミスリードを誘っていく点は第一作『悪女は自殺しない』とも共通して、なかなか巧いところである。

 ただ、汚職やインターネットなど、現代的なファクターを絡めるものの、第三作以降ほどの重厚さや社会問題へのアプローチは少なく、ストーリーも中盤あたりからごちゃごちゃしていて整頓しきれていないのはマイナス点か。

 あと個人的な好みが大きいのだが、実は本作で一番納得いかないのがピアの行動である。
 本作では事件関係者ともやたら発展的というか脇が甘いというか。ここまで私情を挟みこむことが信じがたい。
 実際、そのために捜査に支障をきたしたりするわけで、それがストーリーを面白くしている側面はあるにせよ、こういうプロのアマチュア臭さを前面に出すのはいただけない。

 ということで、まずまず楽しくは読めるのだが、シリーズ中ではやや落ちる方だろう。うむ、こうしてシリーズ四作を読んでみると、確かに『深い疵』から刊行されたのは正しい選択だったのかもしれない(笑)。


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論創ミステリ叢書から『新羽精之探偵小説選II』を読む。
 デビュー時から主な活躍媒体としていた推理小説雑誌『宝石』が廃刊になり、新羽精之はそれ以後、『推理ストーリー』や『推理界』、『推理文学』、地元の新聞など、さまざまな媒体に作品を発表することになる。本書はそんな新羽精之の後期作品を収めた作品集である。

 新羽精之探偵小説選II

「河豚の恋」
「幻の蝶」
「ボンベイ土産」
「ロマンス航路」
「華やかなる開館」
「動物四重奏(アニマル・クァルテット)」
「時代おくれの町」
「平等の条件」
「自由の敵」
「ニコライ伯父さん」
「日本西教記」
「偽眼(にせめ)のマドンナ」
「卑弥呼の裔」
「黄金の鵜」
「天童奇蹟」
「薔薇色の賭」
「幻の怪人二十面相」

 収録作は以上。基本は奇妙な味といってもよいが、その内容は意外なほどバラエティに富んでなかなか読ませるなぁというのが前巻『新羽精之探偵小説選I』での感想だったが、テイストはそのままに後期作品はより上手くなっているというのが本書の第一印象。似たようなアイディアを使い回す癖は本書でも見られるが、それさえ目を瞑れば全体的には十分楽しめる。これまでまとまった作品集がなかったのが不思議なほどである。

 「河豚の恋」は本格仕立て。フグの中毒を利用するネタ、板前の見習いという探偵役、ほのかなロマンスなど、バランスよくまとめた佳品。ただ、長崎が舞台なのに主人公がべらんめえ口調なのが気になった。どこかに東京出身とかいう描写があったかな?

 「幻の蝶」も悪くない。蝶の修正を利用したアイディア、無数の蝶が舞う描写、犯人と被害者の対決など、盛りだくさんでなかなかの力作である。しかし、新羽精之は本当によくこれだけ動物ネタを考えつくなぁ。

 インドに出かけた主人公が麻薬の運び屋を頼まれる「ボンベイ土産」。怪しげなインド人との出会いの場面が魅力的で一気に引き込まれるが、そこから意外な展開をみせつつ、最後にはどんでん返し。鮮やか、というほどのオチではないが、ちょっと捻った倒叙ものとして楽しめる。

 豪華客船に出没する怪盗の正体は? 「ロマンス航路」は誰が怪盗なのかという興味でひっぱりつつ、ロマンスも盛大に盛り込み、ラストのオチで「あ、道理で」となる。ちょっと星新一の作品を思い出した。

 「華やかなる開館」は短いながらもひねりの効いた倒叙もの。内容は悪くないのだけれど、プロットが「ボンベイ土産」と似ていて、著者の悪い癖が出た一作。

 「動物四重奏(アニマル・クァルテット)」は動物ネタのショートショート四連発。軽い小咄だが、ここでもネタの焼き直しがあるのがマイナス点。

 古い田舎町の因習や風習の怖さをテーマにした「時代おくれの町」は奇妙な味の秀作。短編だとこの種の怖さを表現しきれないリスクもあるのだが、著者は意外なほど鮮やかにまとめている。

 「平等の条件」は小さいころから主従関係にあった二人の男の物語。ラストの逆転劇で爽快感を生むはずが、それほどの切れ味はない。

 「自由の敵」は学生運動真っ盛りの大学に忍び込んだ泥棒の物語。他愛ないショートショートといったら身も蓋もないが、まあ、そのレベル。

 「ニコライ伯父さん」は奇妙な味というよりは怪奇小説寄りの作品。ロシアを舞台にしており、そんな長い作品でもないのによく下調べしているなあと感心して読んだが、評論家の中島河太郎によると「こういう趣向は設定が変わっているだけで、氏自身にとっても目新しいとはいえない」と、なかなか手厳しい(苦笑)。

 「日本西教記」は本書の目玉、本邦初のキリシタン推理小説である。フランシスコ・ザビエルの布教の様子が、自らの手記、ザビエルに同行したメンデス・ピントの手記、同じくアントアン・ローペの手記で構成され、ザビエルが起こした奇跡の数々の秘密を明かすという物語である。趣向は非常に面白いが、解説でも書かれているように、ピントの手記がザビエルの内容とかぶりすぎでいただけない。

 「偽眼(にせめ)のマドンナ」はどんでん返しを効かせた倒叙もの。ショートショート程度の短さなのでワン・アイディアに頼りすぎなのは仕方ないにしても、類似パターンが多いのがやはり気になる。

 「卑弥呼の裔」は歴史ミステリの力作。数少ない本格仕立ての一作で、初期の「炎の犬」あたりと似てはいるが、題材が面白い。

 「黄金の鵜」は犯罪捜査に協力して売れっ子になった占い師の物語。この題名ではオチを読まれるやすい気がするが、それはともかく小品ながら内容的にはけっこう好み。

 「天童奇蹟」はキリシタンもので「日本西教記」と対をなすような一編。テーマがテーマなだけになかなか印象深いものがある。

 厳格な市長に一泡吹かせるといった内容の「薔薇色の賭」はユーモラスな味わいが売り。まあ、ショートコントといったらそれまでだが(苦笑)。

 トリを飾るのは題名からして唆る「幻の怪人二十面相」。今読むとさすがに手垢のついたネタではあるが、これはなかなか巧く処理している。

 さて、これでようやく『新羽精之探偵小説選I』&『新羽精之探偵小説選II』を読み終えたのだが、いつもの論創ミステリと違って、実はこれで新羽精之全集というわけではない。まあ、長編は含めなくてもよいのだが、『幻影城』に連載された「十二支によるバラード」が収録されていないのである。といってもこの分量ではさすがに厳しかったのだろうが、これはもしかして『新羽精之探偵小説選III』を期待してよいということなのだろうか。期待しています>論創社さん


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 立川のCINEMA CITYへ出かけ、『エイリアン: コヴェナント』を観賞。
 本作はエイリアン・シリーズの第六作にあたる作品だが、エイリアン・シリーズの第一作である『エイリアン』の前日譚『プロメテウス』の続編という位置付けであり、時系列的には二番目のエピソードである。
 前作『プロメテウス』がエイリアンの起源に迫る内容だったことを踏まえ、本作はそこからさらに謎を掘り下げつつ、『エイリアン』第一作目につなげる試みがなされている。ただ、監督のリドリー・スコットによると、『エイリアン』と話をつなげるためにはもう一作必要とのことで、どうやら次作も予定されているとみて間違いないだろう。
 まとめるとこんな流れである。

『プロメテウス』2012年公開:監督リドリー・スコット
『エイリアン: コヴェナント』2017年公開:監督リドリー・スコット
『次回作?』
『エイリアン』1979年公開:監督リドリー・スコット
『エイリアン2』1986年公開:監督ジェームズ・キャメロン
『エイリアン3』1992年公開:監督デイヴィッド・フィンチャー
『エイリアン4』1997年公開:監督ジャン=ピエール・ジュネ

 エイリアン:コヴェナント

 さてお次はストーリー。
 時は2104年。宇宙船コヴェナント号は冷凍休眠した二千人の入植者と千体以上の人間の胎芽を積み、人類の新天地となりうる惑星オリガエ6を目指していた。しかしニュートリノの衝撃波によって船は故障し、乗組員や入植者に被害が出てしまう。
 乗組員たちが修理に取り組む中、突然、地球の歌らしき信号が受信された。発信源を調べるとそれは付近の惑星からのもので、しかもオリガエ6より地球に近い環境だと判明する。一行は急遽予定を変更し、未知の惑星に調査隊を派遣するが……。

 ううむ、これはいかんなあ。やっていることが『エイリアン』と変わらないうえに、そこまでのサスペンスはないし、かといって『エイリアン2』のような爽快感もなし。結局は『プロメテウス』の補塡的な内容ということで、シリーズのピースを埋める程度の楽しみぐらいしかない。

 このシリーズの肝は個人的には大きく二つあると思っている。
 ひとつは完全生命体という圧倒的な存在のモンスターと、人間がどう戦っていくかというところ。これはシリーズの娯楽部分を占める部分であり、ストレートに観客に訴える部分でもある。
 例えば『エイリアン』ではじわじわと真綿で首を絞められるような恐怖感と息詰まるサスペンスがメインであり、ラストの決着のつけ方はあの時点では最高であった。
 また、『エイリアン2』ではハラハラドキドキのスリラー仕立て。エイリアンとの真っ向勝負であり、ラストもそうくるかという、エイリアンもびっくりの戦いを見せる。
 一方、本作では基本的に一作目の『エイリアン』を踏まえた形である。ただ、一作目をなぞるのは良いとしても、それが一作目をまったく超えていないことが残念。そもそもエイリアンとの対決にそれほど重きを置いていない感すらある。

 シリーズの肝の二つ目は、本シリーズの全体に流れるフェミニズム、あるいは母性というテーマである。
 第一作の『エイリアン』がなぜあそこまで評価されたかというと、もちろんSFホラー映画、モンスター映画としてよくできていたこともあるが、加えて主人公に女性を起用したこと、そしてストーリーや設定に出産や妊娠といったメタファーのあったことが大きい。つまりフェミニズムという主題を非常に色濃く打ち出したところが斬新だったのだ。
 それまでアクション映画のヒーローといえばほぼ男性だったのに対し、『エイリアン』では女性主人公が男性クルーと対等に渡り合い、エイリアン(これは男性のメタファーだろう)と真っ向から対決する。当時、欧米では女性の社会進出の動きが急激に高まった時期であり、この動きをいち早くSF映画に取り込んだことで、見る物に新鮮な驚きを与えてくれたのである。
 『エイリアン2』や『エイリアン3』以降では、そこからさらに母性というイメージも強化され、エイリアンすらいつのまにか男性のメタファーというよりは母性のダークサイドを象徴するような存在となっていく。
 そして肝心の本作では、女性主人公という伝統はかろうじて守ってはいるものの、この母性というテーマからは離れているように思うのである。ぶっちゃけると物語の背後に「人間とは何か、どこから来たのか」という哲学的な問いをもってきており、なんだかずいぶん普通のSFアクション映画になっちゃったねという印象である。

 まあ、たかが娯楽映画を見るのにそんなこだわりが必要なのかという考えもあるだろう。いくつかケチをつけてはみたものの、普通のSFホラーとして見ればそこらの作品よりはまずまず楽しめるわけで。
 とはいえ何の思い入れもない一見さんが本作を見る場合にも問題は少なくない。なんといっても『プロメテウス』を観ていないことには理解できない事柄が多いのは致命的だし、より楽しむためにはやはり『エイリアン』も観ておく必要はあるのだ。
 ということで、最初にも書いたように、本作はシリーズを通して観ているファンが、ストーリーをつなげるための一作といってよい。リドリー・スコット本当にどうしたの?


 フリードリッヒ・デュレンマットの『約束』を読む。
 著者はスイスの劇作家にして小説家。彼の作品はこれまで光文社古典新訳文庫から出た短編集『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』で読んだことがあるが、そのテイストは“奇妙な味”と通ずるところが大きく、ミステリではないにもかかわらず、ミステリファンにも十分楽しめる作品であった。
 本書もその期待を裏切らない、実に不思議で魅力的な一冊である。

 こんな話。
 推理作家の“私”は講演のためにスイスのある小都市へ出かけ、宿泊先のホテルのバーで州警察の元機動隊隊長と知り合いになる。だが彼は友好的ながら推理小説に対しては否定的で、そう考えるきっかけになった九年前の事件について語り始める。
 それは少女を狙った強姦殺人事件であり、その事件を通して人生を失ったある男の物語であった……。

 約束

 本書がハヤカワミステリ文庫から出たことからもわかるように、犯罪とその捜査を扱った物語ではあるのだが、そのアプローチはミステリ作家のそれとはまったく異なる。デュレンマットの興味は事件の真相にあるのではなく、事件を通じて見出される真理にあるからである。

 主人公はチューリヒ州警察のマテーイ警部。すぐれた捜査官である彼は少女を殺害された両親に、絶対犯人を逮捕すると告げるが、それがそもそも彼らしくない行動であった。マテーイはヨルダンに転任される予定だったが、直前にそれを拒否し、しかも休暇をとって密かに犯人を追う。
 一見するとハードボイルドによくあるような一匹狼的刑事にも思えるが、マテーイの行動原理はそういうものとは少し異なる。マテーイを突き動かしているものは何なのか、そしてそれが何をもたらすのか、それこそが本作のテーマであるといっていいのかもしれない。

 もちろんミステリがリアルではないという冒頭の登場人物のやりとりから、 ミステリに対するアンチテーゼとして読むのもありだろう。基本的にはミステリとしての結構を概ね備えているだけに、マテーイの迎える運命、思いも寄らない形で訪れる事件の決着は、なかなかの衝撃だ。ただ、これがデュレンマットの考えるリアリズムだとすれば、そのリアルのなんと不条理なことか。

 ともあれいろいろと考えさせてくれる一作。短編集ほどのシュールさには欠けるが、文学との境界線みたいなミステリが好きな人にはこちらもオススメである。


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 シオドア・マシスンの『悪魔とベン・フランクリン』を読む。
 マシスンの邦訳はほかに創元推理文庫の『名探偵群像』があるけれども、こちらはアレクサンダー大王、レオナルド・ダ・ヴィンチ、リヴィングストン博士、クック艦長、ナイチンゲールといった、歴史上の偉人を探偵役にした異色の短編集である。
 で、本作はその偉人探偵シリーズの長編版。主人公ベン・フランクリンはアメリカの政治家であり、物理学者でもあるが、よく知られているのは、何といっても凧を使って雷が電気であることを証明した実験のエピソードだろう。
 ただ、わが国ではそんな学者としてのイメージが強いのだが、本国アメリカではむしろ社会活動や政治活動を通してその人間性が称えられ、アメリカ合衆国建国の父の一人として人気が高い人物である。

 悪魔とベン・フランクリン

 ではストーリー。
 舞台は1734年のフィラデルフィア。地元で新聞を発行しているベン・フランクリンは、町の人々からも尊敬を集める人物だったが、あるとき社説で町の大立者マグナスの暴虐ぶりを批判し、マグナスを激怒させてしまう。
 呪いをかけるとまで脅されたものの、まったく意に介さないベン。しかし、やがてベンの周囲にさまざまな圧力がかかる。そして遂には使用人が行方不明となり、さらにはその甥が死体となって殺害されてしまう……。

 歴史物、しかもオカルト趣味ということもあって、掴みは悪くない。
 主人公が実在の人物とはいえ、やや出来過ぎのキャラクターではあるのだが、そのほかの人物はなかなかクセもあって特徴的だし、当時のアメリカの小都市の雰囲気も伝わってきてリーダビリティはなかなか高い。

 基本的にはもちろん殺人事件が中心。したがって犯人当てが謎の中心とはなるのだが、いわゆる本格にありがちな退屈さとは無縁。時代ゆえにオカルト趣味がうまく活かされている(恐怖を煽るという意味ではなく、伝説や超自然現象を普通に信じるという設定が生きているという意味で)。
 終盤も西部劇を思わせる対決から、“名探偵、町中の人間を集めて「さて」といい”のラスト。そして劇的な犯人の最期と怒涛の展開である。これが長編第一作のシオドア・マシスンだが、ストーリーを盛り上げる技術はなかなかのものだろう。

 謎解きの要素が少し早めに種明かしされてしまうのがやや惜しいけれど、エンターテインメントとしては十分楽しめる一冊。ちょっと変わった本格ミステリを読みたい人はぜひどうぞ。


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 本日は論創ミステリ叢書から『新羽精之探偵小説選I』を読む。
 新羽精之は1969年に探偵小説誌『宝石』でデビューした作家である。以前に感想をアップした著者唯一の長編かつ唯一の著書でもある『鯨の後に鯱がくる』は意外にも社会派ミステリだったが、本来は奇妙な味系の作家として紹介されることが多い作家である。
 とはいえ元々はがっつり本格志向だったようなのだが、『宝石』の短編懸賞で受賞したのが奇妙な味の「進化論の問題」だったため、そういう道もあるのかと方向転換したということらしい。
 まあ、管理人も新羽精之の短編はアンソロジーや探偵小説誌『幻影城』でいくつか読んだだけなので、実はその全貌をあまり理解しているわけではない。
 しかしながら今回本書の刊行によって、まとめて新羽作品に接することができ、その意外なくらいバラエティに富んだ作風を楽しむことができた。

 新羽精之探偵小説選I

「炎の犬」
「火の鳥」
「進化論の問題」
「美容学の問題」
「生存の意志」
「ロンリーマン」
「青いなめくじ」
「タコとカステラ」
「魚と幻想」
「坂」
「実験材料」
「素晴しき老年」
「マドンナの微笑」
「穴」
「罠」
「幻想の系譜」
「チャンピオンのジンクス」
「海賊船」

 収録作は以上。デビュー作の「炎の犬」から始まり、主な活躍媒体だった『宝石』が廃刊になるまでの時期の作品を収めている(以降の作品は『新羽精之探偵小説選II』に収録)。

 上でバラエティに富んだ作風ということを書いたが、本格から奇妙な味、歴史ミステリ、ブラックユーモア、ファンタジーっぽいものなどなど、作品ごとにかなり趣が異なっている。一応は全部まとめて奇妙な味と言えないこともないだろうが、これだけいろいろなアプローチができるなら、変に先入観を植えつけるよりは普通に短編の名手ということもできるだろう。とにかくアイディアという点では十分評価できる。
 また、アイディアだけでなく、そもそも本格好きということで、謎解きやトリック成分も決して低くはなく、いい感じで他ジャンルと融合しているのも良いところだ。

 ただ、着想は良いのだけれど、作品によってはどこかで読んだなとか使いまわしのネタもちらほらあるのは気になった(あくまでこの時期の作品に限ってだが)。
 また、文章も決して上手い方ではなく、ところどころで状況が掴みにくい表現もあるのはいただけない。

 以下、作品ごとの感想など。
 デビュー作の「炎の犬」は田舎の山犬の伝説をベースにした本格作品で、雰囲気も出来もまずまず。ただ、タイトルにもなっている“炎の犬”の正体はひどい(苦笑)。
 ちなみに「火の鳥」も似たようなレベルだが、いかんせん「炎の犬」と同じトリックを使っているのがまずい。よくこれを同じ『宝石』に投稿したものだ。

 代表作とも言える「進化論の問題」はやはり良い。未読の方はぜひ先入観なしに読んでもらいたい。そこはかとないユーモアも含みつつ、徐々にエスカレートする行為が、読者の想像をわしわしと掻き立て、恐怖を募らせる。そんなに文章が洗練されているとは思えないのだが、これはもう純粋にアイディアの勝利。
 そして続く「美容学の問題」がこれまた「進化論の問題」の延長線上で思いついたような内容で、この時期はまだまだアイディアの引き出しが少なかったような印象である。

 「生存の意志」は遭難した二人の若者の物語。著者自らイソップを引き合いに出しているように、大人のためのブラックな寓話である。掌品だが悪くない。

 孤独を愛する学芸員が主人公の「ロンリーマン」は、犯罪小説のような展開から、いつのまにかダークファンタジーでしたという物語。

 「青いなめくじ」は倒叙というか犯罪小説というか本格というか奇妙な味というか。なめくじミステリの佳作である。

 明治時代の佐世保を舞台にした本格という点で印象的なのが「タコとカステラ」。多岐川恭の『異郷の帆』あたりに刺激を受けて書かれたようだが、出来はいまひとつ。

 「魚と幻想」は療養所での看護婦殺人事件を描く。ある患者が素人探偵となり、毛嫌いしている男を犯人とにらんで追及するが、皮肉なラストが待ちかまえる。療養所が舞台というだけで、なんとなく探偵小説っぽさが数ランク上がるから不思議である。

 「坂」は解説でディクスン・カーばり云々とあるとおり、確かにトリックがカーを彷彿とさせて楽しい。これを長編でやられるとさすがに厳しいが、こういうこじんまりとした短編なら許容範囲だろう。

 「実験材料」はダークファンタジーもしくはブラックユーモア的作品。一歩間違えばコントみたいになる話だが、ぎりぎり堪えている感じか。

 「素晴しき老年」もブラックな笑いが効いている一作。アイディアの勝利。

 「マドンナの微笑」は美術品をめぐる事件を描くが、その他の作品に感じられる着眼の良さが出ておらずものたりない。

 「穴」と「罠」は長崎を舞台にした時代物。設定は嫌いじゃないがミステリとしては低調。

 「幻想の系譜」は経験主義を押しつける伯父によって苦悩する青年が主人公。伯父と主人公のやりとりがユーモラスで、構図としては「進化論の問題」を思わせる。どんでん返しはあるが、後味はほろ苦い。

 「チャンピオンのジンクス」は架空の外国を舞台にし、ボクサーを主人公にしたダークファンタジーといった趣。単独で見れば面白い作品なのだが、メインのネタが「進化論の問題」と被っているのがマイナス点。

 最後の航海に出る船に、なぜか荒くれ者ばかりを船員として雇った船長の思惑とは? 「海賊船」は海洋ものという特殊な舞台装置とミステリとしての驚きがうまくミックスされた佳作。若い水夫の眼を通して描かれるが、その構図が小説の味付けとしても、ミステリとしても効いている。

 ということで、欠点もそれなりにあるにはせよ、全体的にはなかなか楽しめる作品集といえる。論創ミステリ叢書も戦後作家が増えてきたせいか、やはりレベルが上がっている感はある。続く『新羽精之探偵小説選II』も期待できそうだ。


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 シムノンの『モンド氏の失踪』を読む。シムノンの文学寄りの作品をコレクションした河出書房新社の【シムノン本格小説選】からの一冊。

 こんな話。パリで会社を経営するノルベール・モンド氏は再婚した妻と二人の子供にも恵まれ、すべてが幸せに見えた。しかし、妻はいつしか彼のことを理解しないようになり、子供たちは精神的に自立できず、モンド氏に頼りきる暮らしであった。
 そんなある日のこと。モンド氏はなんとなく会社も家族も捨て、夜汽車でパリをあとにする。その先で出会ったのは男に捨てられて自殺を図った女との出会い、犯罪がひしめく裏社会、落ちぶれた最初の妻との再開。モンド氏はそこで何を得ることができるのか……。

 モンド氏の失踪

 新たな人生をやり直すというのは、とりたてて珍しいテーマというわけではない。ただ、これをシムノンがやるとまた一味違ってきてなかなか面白い。
 面白いポイントはふたつあって、ひとつは主人公がこれまでの暮らしを何もかも捨てさり、まったく誰にも知られることなく消え失せてしまうところだ。家族や同僚など残された者にはたまったものではないが、そういうことも一切気にせず消え失せる。
 そこにあるのは他者がまったく気づかなかった主人公の深い闇であり、そんなところに人の結びつきに対するシムノン自身の醒めた人生観がちらほら感じられて興味深い。

 もうひとつのポイントは、その実、主人公が失踪する確固たる理由がないところである。家族に対する失望や人生の目的を見失ったようなイメージは感じられるが、大きなきっかけになるような事件もなく、何が何でも人生をやり直すという決意もない。
 日々の暮らしの中でうっかりボタンを掛け違えたかのような、そんなレベルで主人公は自分を消してしまうのである。

 ただ、そんな失踪事件を起こした序盤は引き込まれるのだけれど、その後がいまひとつ。
 やり直すはずの人生が意外に波乱万丈で、ううむ、それまでの人生と対比する意味を持たせているのだとは思うのだが。モンド氏の絡みかたというか行動ルールがそれまでの生き方となんとなくズレている感じがして、いまひとつ納得できないのである。
 モンド氏は自分の人生を変えようとしているのであって、自分の生き方まで変えたいわけではない。その辺りの設定がやや混乱した印象で残念なところだ。

 モンド氏は結局ラストでもとの人生に帰っていくことになり、その人生は再び暗澹たるものになることが暗示されて幕を閉じる。このラストがたまらなくよいだけに、中盤が余計にもったいない。
 まあ、そんな不満もあるのだけれど、モンド氏の抱える心の澱は、案外、現代の日本のサラリーマンが抱えている悩みと似ている気がしないでもなく、そういう意味では考えさせられる一作である。


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 この一、二年で森下雨村や大下宇陀児、小栗虫太郎といった古い探偵小説作家の作品をぼちぼちとと復刊している河出文庫だが、いつの間にやら〈KAWADE ノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉というシリーズ名がつけられているではないか。
 昨年、森下雨村が出た頃にはまだなかったと思うのだが、こういうシリーズ名をつけたということは、これまでの作品がそこそこ売れて、ビジネスとして成り立ってきたとみてよいのだろうか。それとも単なるテコ入れ?
 今月は小酒井不木の『疑問の黒枠』も出るし、まあ、シリーズ名がついたからにはすぐに中止ということもないだろうが、何とかがんばって続けてほしいものである。論創ミステリ叢書は短編集が多いので、河出文庫ではぜひ長編中心で。

 ということで本日の読了本は、〈KAWADE ノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉から甲賀三郎の『蟇屋敷の殺人』。
 まずはストーリー。

 東京は丸の内の路上で止まっていた高級自動車。不審に思った警官がドアを開け、運転手の男の肩に手をかけたときであった。男の首がずるりと膝元に転げ落ちたのだ。
 謎の首切断死体に警察はさっそく捜査を開始し、被害者は熊丸猛(くままるたけし)と判明する。しかし、なんとその熊丸自身が警察署に現れ、被害者の正体は謎に包まれる。しかもなぜか熊丸は自分の行動を明かそうとしない。
 ひょんなことからこの事件に興味をもった探偵小説家の村橋信太郎は、知人のつてを頼りに熊丸家を訪れるが、彼もまた命を狙われる羽目に……。

 蟇屋敷の殺人

 本格こそ探偵小説の主軸であると主張した甲賀三郎だが、その意に反して作品の多くはけっこうな通俗的スリラーであり、本作もまた然り。
 首の切断殺人というド派手な幕開けから、蟇だらけの屋敷、とことん怪しげな蟇屋敷の住人たち、のっぺらぼうの怪人、探偵役の主人公も刑事も命を奪われそうになるというスリリングな展開などなど、もうケレンだけで成り立っているといっても過言ではない。
 もちろんその真相も半分あきれてしまうレベルなのだけれど、何とか本格っぽく強引にまとめあげる豪腕はさすがであり、リーダビリティもとりあえずむちゃくちゃ高い。

 ただ、主要な登場人物の何人かが、主人公に事件に近づくなと言いつつその理由については固く口を閉ざしていたり、警察にも一切を黙秘するあたりは、大きなマイナスである。物語を引っ張ろうとする作者の魂胆がミエミエで、いわゆるHIBK派にも通じるイライラを感じてしまうのはいただけないところだ。
 もちろん例によってツッコミどころも満載なので、「面白い面白い」とはいいながらも、戦前の探偵小説に免疫のない人にあまりおすすめする気はない。復刻はありがたいかぎりだが、この面白さは果たして現代のミステリファンにどの程度受け入れられるのだろう?


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 『明智小五郎事件簿IX「大金塊」「怪人二十面相」』を読む。
 おなじみ明智小五郎の登場作品を事件発生順に並べたコレクションだが、ようやく九巻目に突入。本書ではいよいよ少年向け作品が収録されており、「大金塊」と「怪人二十面相」の二編という陣容である。
 ちなみに「怪人二十面相」は乱歩の少年向け第一作であると同時に、二十面相と少年探偵団が初めて登場する作品でもある。当然ながら事件発生順でも最初にくる作品かと思っていたが、なんと意外にも「大金塊」の方が先になるらしい。
 この辺りは編者の平山雄一氏による巻末の「年代記」に詳しいので、興味ある方はぜひそちらで。

 明智小五郎事件簿IX

 さてまずは「大金塊」だが、こんな話。
 ある夜のこと、資産家の宮瀬家に泥棒が入る。しかし盗まれたのは価値のある骨董品ではなく、一枚の破れた紙きれだった。だがこの紙切れこそ、先祖が残した莫大な金塊のありかを示した紙を半分にしたうちの一枚だったのである。
 宮瀬氏の相談を受けた明智小五郎は、助手の小林少年を使い、敵のアジトへ潜入させることを思いつくが……。

 「大金塊」は明智や小林少年は登場するものの、二十面相は登場しない。また、探偵小瀬というよりは冒険小説としての要素が強くなっているのが最大の特徴だろう。
 これは時局的に探偵小説そのものが不謹慎というふうに判断されたための作風転換であり、乱歩の少年向けとしてはやや異色の部類になる。それでも暗号の解読や敵アジトでの小林少年の活躍、少年たちの洞窟での冒険など盛りだくさんで、面白さは文句なし。むしろ子供向けとしてはより効果的で、十分成功作といえるだろう。

 続く「怪人二十面相」は、上でも書いたように、少年向け第一作であり、かつ二十面相と少年探偵団の初登場作品である。
 実業界の大物・羽柴壮太郎のもとに、いま世間を騒がせている怪人二十面相から、ロマノフ王家に伝わる宝石をいただくという予告状が舞い込んだ。奇しきも羽柴家では、家出をしていた長男の壮一が十年ぶりに帰国するという知らせも届き、再会した壮太郎と壮一は二人で宝石の見張りをすることになる。
 しかし、二十面相の意外な手段によって宝石は奪われ、さらには次男の壮二まで誘拐され、二十面相は荘二と引き換えに安阿弥の作といわれる観世音像を要求した。壮太郎は明智小五郎に相談をするが、あいにく明智は不在で、その助手の小林少年が駆けつけるが……。

 こちらも実に素晴らしい。管理人が初めて乱歩の子供向けを読んだのは小学三年生ぐらいの頃だが、あまりの面白さにそのままポプラ社のシリーズを残らず買ってくれとねだった記憶がある。
 推理の部分と冒険の部分の絶妙なバランス、数々のギミックやトリック、明智と二十面相の駆け引き、最後は子供ではなく必ず明智登場によってピリッと話が締まるところなど、いま読んでも色褪せるどころか、時を超えてなお輝きを放っている。
 さすがにトリッキーなネタのほとんどが(「大金塊」もそうだが)、よその作品からの借り物なのだけれど、まあ、それは時代ゆえのこととして見逃しましょう(笑)。

 書き出しの一文「そのころ、東京じゅうの町という町、家という家では、二人以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。」
 そして締めの「明智先生ばんざあい」「小林団長ばんざあい」というセリフに至るまで、すべてが印象的。ああ、やっぱり乱歩はすごい。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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