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 ピーター・スワンソンの『そしてミランダを殺す』を読む。馴染みのない作家ではあるが、邦訳としては一応四年ほど前にヴィレジブックスから『時計仕掛けの恋人』が出ており、本作が二作目とのこと。

 まずはストーリー。若くして成功をつかんだ実業家のテッド。美しい妻ミランダと結婚して三年。豪華な新居も建築中で、何の不満もないはずだった。だが実はミランダが新居の建築責任者と不倫していることを感づいていた。
 そんなある日、テッドは空港で知り合った女性リリーに、妻を殺したいという話をしてしまう。リリーはそんな妻は死んで当然だと断言し、妻殺害の協力を申し出るのだが……。

 そしてミランダを殺す

 解説によるとパトリシア・ハイスミスとのシンパシーみたいなところを書いているが、管理人はルメートルの出世作を思い出した。共通するのはサスペンスの妙とか構成の面白さというところだろうが、本作もその点ではなかなか面白い試みをやっている。
 それが四人の主要な登場人物による一人称である。
 前半は主にテッドとリリーの殺人計画、そして殺人に加担する謎の美女リリーの半生というような形で進み、後半以後はさらに二人の語り手が加わり、展開も予想外の方向に進んでいく。殺す者と殺される者、追う者と追われる者、それぞれの思惑が入り乱れ、サスペンスを高めていくといった按配である。なかでも注目したいのはリリーとミランダの絡みで、強い女性同士の腹の探り合いはすこぶる熱い。
 また、リリーのキャラクターは要注目。要はこれもハイスミスの某有名主人公のパクリ、いや、オマージュといったキャラクターなのだが、本作は確かにあちらこちらでハイスミスの影響がうかがえ、それを探してみるのも一興だろう。

 ただ、敵味方の攻防はそれなりに面白いけれど、伏線の妙とか知的感動とか説得力とかには正直乏しい。意地悪い言い方をすると、単にハラハラさせたいためだけに展開をひっくり返すようなところもあり、個人的にはやや物足りなさが残る。
 つまらない作品ではないが、本作を読むかぎりハイスミスやルメートルの域にはまだ届かないかなというのが率直なところである。


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 盛林堂ミステリアス文庫から発売された森下雨村の『冒険小説 宝島探険』を読む。解説によるとこれがなんと雨村が十八、九歳の頃に書いたもので、初めての著書だったらしい。
 ただ、タイトルにもあるように、本作は探偵小説というよりは冒険小説であり、明治の終わり頃という時代を考えると、黒岩涙香から連なる流れを汲んだ作品ということができるだろう。

 冒険小説宝島探検

 こんな話。
 世は明治。老人と旅をする一人の少年・日高雄二がいた。だが老人は途中で体を壊し、今際の際に少年へある秘密を打ち明ける。それは、かつて少年の父がある男に命を奪われたこと。その理由が隠された財宝にあること。そして少年の母と兄が離れ離れになって生きていることだった。父の仇を討ち、財宝を見つけ出すことを決意した少年だったが、その直後、支えとなる老人は事故で命を落としてしまう。
 なおも一人で旅を続ける少年。ところがあるとき知り合った謎の老人に見込まれ、東京で書生として働くよう誘われることになる。人にも恵まれ東京での書生暮らしは夢のようだったが、偶然にもその務める家で、父の敵の手がかりを見つけ出した……。

 以前に同じ盛林堂ミステリアス文庫で出た『怪星の秘密』ほどぶっとんだ内容ではないけれども、オーソドックスな子供向け任侠小説といった感じで思った以上にリーダビリティは高い。隠し部屋や暗号、からくり箱など、こういった物語に必要な彩りも抜かりはない。
 まあ、ご都合主義的な展開は多々見られるけれど、この時代の、しかも若書きの冒険小説にやいのやいのいうこともあるまい。むしろ十八、九の頃にこれを三日間で書いたというのだから、あっぱれというほかないだろう。
 もちろん一般のミステリファンにおすすめするようなものではないけれども、その希少性や歴史的意義を考えれば、戦前の熱狂的な探偵小説マニアにはこれほど嬉しい一冊はない。

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 世田谷文学館でやっている「筒井康隆展」を訪問。ほんとはイベントをやっていた昨日がよかったのだけれど、所用で止むを得ず。
 筒井康隆にはまったのは高校の頃だがそれ以来ずっと読んでいて、特に新刊をリアルタイムで読み始めた『虚航船団』の頃から断筆宣言するあたりまでは傑作が目白押しで幸せな時期であった。好きな作品を五作選べと言われたら『大いなる助走』『虚航船団』『文学部唯野教授』『ロートレック荘事件』『残像に口紅を』『夢の木坂分岐点』『家族八景』『パプリカ』あたりか、全然五作じゃないけど(苦笑)。
 それはともかく「筒井康隆展」だが、中身としては氏の生涯を振り返りながらパネルや生原稿等を展示するというオーソドックスなもので、関係した芝居や映画の上映もやっている。『虚構船団』の生原稿はちょっと感激。当時は手書きなわけだが『虚構船団』みたいなややこしい長編を、原稿用紙でよくまとめたなぁと感心。著者はもちろん編集者も偉いわ。
 お土産は栞と図録。栞は「筒」「井」「康」「隆」の四つがセットになっていてデザインは面白いけれど、紙製なのが残念。多少高くていいからプラスチックか金属にしてほしかった。

 筒井康隆展タテカン
 筒井康隆展グッズ



 本日の読了本はD・E・ウェストレイクの『さらば、シェヘラザード』。国書刊行会〈ドーキー・アーカイブ〉の一冊ということで、やはりけっこう変な小説であった。

 こんな話……といってもストーリーらしいストーリはほとんどない。
 大学時代の友人で今はそこそこ売れている作家ロッドのゴーストライターとして、ポルノ小説を書いているエド・トップリス。ところが締切が近づいているというのに、まったく書くことができない。いざ書き始めても、自分の生活や過去のあれこれに話が流れ、一章書いてはボツにし、一章書いてはボツにし、使い物にならない一章ばかりが溜まっていく……。

 さらば、シェヘラザード

 本作はミステリではなく普通小説であり、しかもその中身が特殊すぎてこれまで翻訳されなかった曰く付きの作品である。ミステリ作家のノンミステリは売れないという事情はあったらしいが、そもそもノンミステリとしてもかなりの異色作で、これは確かに版元としては躊躇して当然である。
 そもそも本書はエドが書いているポルノ小説という設定である。ノンブル(ページ数)が上下に打たれていて、下は本書の正しいノンブル、上はエドが書いている小説のノンブルなのだが、先に書いたようにエドは一章書いてはまた最初から書き直すため、上のノンブルはまた1にリセットされるという具合。
 書かれている内容もポルノ小説どころか、どうやったら書けるようになるのかの試行錯誤だったり、ポルノ小説の創作法だったり、自分の私生活だったり、挙句は過去の思い出にも話は及び、あわてて書き直すという始末。とにかく意識の赴くままに書くから脱線ばかりで、最終的には現実と書いている小説が混ざり合ったりするというメタ的な展開になってくるのである。
 ウェストレイク自身の作品をセルフパロディにしている点をはじめ、いろいろなネタをしこんでいることも興味深い(このあたり解説が詳しくて非常にありがたい)。一見グダグダに見える小説だが、中盤以降の流れなど、実はけっこう緻密に考えられた作品なのである。

 もちろん物語としての面白さを求める向きにはお勧めできるものではないし、ある程度小説を読んだ人でないと辛いだろうが、実験小説やメタフィクションの入門書としては悪くないのではないだろうか。
 「筒井康隆展」を観てきた日にこういうものが読めてちょうどよかった。


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 ええと、今回のブログは18禁かも(苦笑)。

 多岐川恭の『イブの時代』を読む。作品ごとに多彩な設定で楽しませてくれる多岐川作品なのだが、なかでも本作はとびきりの異色作。なんとSFミステリにして、フリーセックスをテーマにした作品というのだから、いやこれは驚いた。
 本作が刊行された1961年というのは、ほかにも『変人島風物誌』、『仮面と衣装』、『影あるロンド』『異郷の帆』、『人でなしの遍歴』、『お茶とプール』など代表作を含む十作以上の著書を発表した年でもあり、まさに油が乗っている頃。そんな時期に書かれたセックスがテーマの作品というのだから、これは期待するなというほうが無理である。いや、決してセックスがテーマだからというわけではないので念のため(笑)。

 イブの時代

 気になるストーリーだが、こんな話。
 2161年の東京。冷凍睡眠から二百年ぶりに目覚めようとしている男がいた。元検事の時雄である。
 目覚めた時雄を待っていたのは、二百年の間にすっかり変貌を遂げた人々の暮らしだった。世界中が科学文明の発達によって豊かになり、人々はあくせくと働く必要がなくなくなる。その結果、人々は争うことや感情を爆発させることも減少し、犯罪も激減した世界だった。
 そんなとき、あるテレビ番組中に人気ダンサーが殺害されるという事件が起こった。犯罪のほとんど起こらない世界では警察機能も縮小されている。そこでその経歴に目をつけられ、捜査に駆り出されたのが時雄だったのだ……。

 というのが発端で、なかなか面白そうな導入ではある。
 ただ、本作はいただけなかった。はっきりいって期待外れ。著者の今まで読んだなかでは一番退屈してしまった。

 最初に書いたように、本作のポイントはSFやミステリにあるのではなく、フリーセックスの部分なのだろう。
 実はこの世界、暴力沙汰も起こらないかわりに、羞恥とか嫉妬とか、けっこう人間の感情の根本的なところが欠落している世界でもあるのだ。この極端なモラルのなか、人々はちょっと気になる相手がいるとすぐに事を始めてしまう始末。人がそばにいようと気にしないし、そもそも普段から裸同然にして暮らしている。
 わざわざ、こういう突飛な設定にしたからには、それが事件に大きく関連してくると予想されるのだが、まあ、確かに関連はするものの融合するところまでには至らず、なんとも中途半端な出来映え。

 好意的に見るなら、SFミステリという部分は物語を転がすための仕掛けであって、見るべきところはそのテーマにあるといえる。セックスや恋愛が自由な未来において、旧来の倫理観をもった人間はどう生きるべきなのか、そもそもどちらが人間にとって幸せな生き方なのかを問うているのだろうが、正直そこまで深い感銘は受けられない。

 設定こそショッキングながら、いざ読んでみると全般的に薄味で、ミステリやSFとしてはもちろん官能小説としても物足りない一冊であった。多岐川作品でもこういうことあるんだねぇ。


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 日本では八年ぶりの新刊となるポール・アルテの『あやかしの裏通り』を読む。
 刊行時はネット上でちょっとした騒ぎになったのも記憶に新しい。単に久しぶりの邦訳ということだけではなく、版元がこれまでの早川書房から、なんと福岡で設立して間もない行舟文化という小さな出版社に変わっていたからだ。しかも経営者は中国出身、夫婦共同の張舟というペンネームで創作や翻訳をされている方のようで、それもまた異色。行舟文化というちょっと変わった社名もなるほどという感じである(今後は中国ミステリも紹介する予定らしい)。
 話題のタネはそれだけではない。予約購入をした人にはアルテの短編「斧」収録の小冊子、行舟文化ホームページもしくはヤフーショッピングで購入した人にはアルテが物語の場面を描いた、四枚のオリジナルイラストポストカード付きというから驚いた(ちなみにアルテは本書のカバーイラストも手掛けている)。
 おまけに予約販売の人には、抽選でアルテのサイン本が送られるガチャ要素まであったり、まあ何とも意気込みがすごいというか商売上手というか(笑)。
 得てしてこういう大盤振る舞いは逆に嫌みだったりすることもあるものだが、twitterでの書き込みを拝見したり、翻訳者にポケミス時代から担当する平岡敦氏を起用したり、さらには解説に芦辺拓氏を起用しているところなど、全般的に読者の目線に立った誠実な印象があり、そういうところも好意的に受け取られたのではないか。

 あやかしの裏通り

 さて、前置きが長くなったけれどもまずはストーリー。
 美術評論家にして探偵としても有名なオーウェン・バーンズ。ある夜のこと、彼は友人アキレスと自宅で寛いでたが、外では何やら騒がしい様子。どうやらかつてオーウェンが逮捕に協力した極悪犯ラドクリフが逃走中のようなのだ。そこへ飛び込んできた一人の男。それはラドクリフに似てはいたが、旧友の外交官ラルフの姿だった。
 そしてラルフが語ったのは、何とも奇妙な話だった。自分はクラーケン・ストリートという裏通りで奇妙な殺人を目撃したのだが、いったん通りを出て戻ってみると、クラーケン・ストリートが消え失せていたのだという……。

 本作はポケミスでおなじみのツイスト博士シリーズではなく、アルテが生み出したもう一人の名探偵、オーウェン・バーンズのシリーズである。このシリーズの特徴はまず本格ミステリであること、そして舞台を現代ではなく、二十世紀初頭のロンドンに置いていることだ。要はホームズの時代、クラシックミステリを徹底的に意識した作りになっているのである。
 ある意味、ツイスト博士シリーズ以上にマニアックさを増し、本格ミステリという娯楽に徹している感じがいい。冒頭のちょっとしたドタバタ騒ぎから、裏通りでのラルフ奇妙な体験、そして裏通りそのものが消えるという魅力的な謎……のっけから不可能犯罪趣味全開であり、この時代がかった雰囲気がたまらない。

 正直、この手の謎&トリックは短編の方が向いているのではないかと思ったのだが、本作は裏通り消失というトリックもさることながら、実は事件の真相と犯人がそれ以上に工夫されている。最後まで読めば本作は決してトリックだけを楽しむ作品ではなく、伏線も踏まえてトータルで本格ミステリのエッセンスを味わう作品であることを思い知らされる。
 また、本作の真相や仕掛けは、この時代だからこそ生きるものであり、このシリーズが単なる懐古趣味でクラシック調にしているわけではないことも同時に理解できる。

 ともあれ、この水準なら大歓迎。版元はシリーズ全作を刊行する旨、発表しているようなので、今後の楽しみがまたひとつ増えた感じだ。


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 アンソニー・ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』を読了。
 いやあ、これは面白かった。傑作の安売りはしたくないが、先日読んだ『IQ』同様、これも年末の各種ミステリベストテンには絶対入ってくるだろう。いや、一位をいくつ取るかというレベルだ。

※なお、本作の感想について極力ネタバレは避けるつもりだが、少しの予備知識も仕入れたくはないという方は、ご注意ください。

 カササギ殺人事件(下)

 クローヴァーリーフ・ブックスという出版社で文芸編集者を務めるスーザン。彼女は担当する人気ミステリ作家アラン・コンウェイの最新作『カササギ殺人事件』の原稿を読み始めた。自分の人生をも変えてしまった、その作品を……。
 ——1955年の7月、サセックス州の小さな村で、一人の家政婦の葬儀がしめやかに行われた。彼女は勤めていた屋敷にある階段から転落死したのである。だが彼女の生前の不穏な言動が村人に動揺を与えており、これが単なる事故ではないのではと噂する。そして起こる第二の悲劇……。

 本作がとにかく凄いのは、二作分のミステリを盛り込んだところにある。ひとつはアラン・コンウェイが書いた本格ミステリ『カササギ殺人事件』。そしてもうひとつはスーザンを主人公とする『カササギ殺人事件』をめぐる事件、まあこれもまた『カササギ殺人事件』ということになるのだが。
 上巻はスーザンのモノローグで幕を開けるが(このモノローグがまた実に胡散臭いものなのだが)、すぐにアラン・コンウェイの書いた『カササギ殺人事件』が始まる。これがクリスティへのオマージュに満ちた、実に堂々たる本格ミステリである。しかも作中の探偵役アティカス・ピュントは余命いくばくもない状態であり、この設定もまたクリスティの『カーテン』を連想させる。
 ところが下巻に入ると、物語はスーザンを主人公とする現代の物語となる。『カササギ殺人事件』が完結しないまま、物語は思いもよらない局面を迎え、スーザンは自ら事件を調査することになるのだ。

 本格ミステリそのものをモチーフとする作品はこれまでもないではないが、ここまでのレベルに達した作品は初だろう。双方の物語は当然ながら密接な関係があり、それが幾重にも重なり、双方の登場人物がリンクし、絡み合う。
 いわゆるメタフィクションといってよいだろう。ただ、通常メタフィクションといえば虚構と現実の境界線をなくしたりすることで、小説そのものの可能性を問うたりするわけだが、純文学やSFならともかく、本作のような本格ミステリでそれを成立させているところが素晴らしい。
 あくまで現実の物語である本作において、作中作である『カササギ殺人事件』がどういう具合にリンクするのか、これだけでも難しいのに、そこへ本格ミステリの意義、創作技術、出版事情、作家という職業の業、さらには言葉遊びや全体に関わる仕掛けなど、あらゆる要素を融合させてみせるのである。伏線など山ほどあって、それが伏線であることはわかるのだが、その場その場で著者の企みに気づくことはまず難しい。練りに練ったプロットであり、とにかく完成度が高い。作中作の『カササギ殺人事件』にしても、これだけでも十分楽しめる一作なのである。

 ということでこれは間違いなく傑作。クリスティファンや本格ミステリファンだけでなく、すべてのミステリ好きに広くおすすめしたい。


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 『IQ』と並び、巷で今年のベストテン間違いなしと評判の『カササギ殺人事件』を、とりあえず上巻まで読み終える。

 カササギ殺人事件(上)

 クリスティへのオマージュという触れ込みではあったが、確かにその舞台設定や語り口はなかなかそれらしい雰囲気を醸し出している。英国の小さな村に起こったある家政婦の死亡事故。一見、平和に見える村に隠されたいくつもの悪意、そしてスキャンダル。解決に乗り出す外国人探偵。

 ただし、本作が単なるクリスティへのオマージュでないことはプロローグで既に宣言されたも同然。『カササギ殺人事件』とは、実は作中作であり、本作の語り手となる女性編集者が担当したミステリの題名なのだ。
 いまどきのミステリでこういう設定が飾りのまま終わるわけはないだろうし、そもそもそれぐらいならここまで評判にならないだろうから、おそらく下巻ではかなり意外な展開が待っているのだろう。
 なんだかハードルを上げすぎた気もするが(苦笑)、とにかく下巻への期待は大きい。詳しい感想は下巻読了時に。


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 ジョー・イデの『IQ』を読む。今年の六月にハヤカワ文庫から出たミステリだが、原作は2017年度のアンソニー賞、マカヴィティ賞、シェイマス賞の最優秀新人賞を総なめにし、さらにはMWAとCWAの最優秀新人賞にもノミネートされたという鳴り物入りの一冊。発売当時のミステリマガジンでも猛プッシュしていた記憶もあるし、ネットでの評判もなかなかよいようだ。

 まずはストーリー。ロサンゼルスに暮らす黒人の青年アイゼイア・クィンターベイ。彼は探偵だが、正式なライセンスを所持しているわけではない。困りごとがある街の人々のため、ほぼ無償で事件を解決しているのだ。名前の頭文字、そして何よりその頭脳の鋭さから、皆は彼を“IQ”と読んだ。
 そんなあるとき、大金が必要になったIQは、高校時代からの悪友ドッドソンを通じて仕事を引き受ける。それは殺し屋に狙われている有名ラップ・ミュージシャン、カルの命を守ることだったが……。

 

 おお、各所での評判もむべなるかな。まずは一級のノワールもしくはハードボイルドといってよいだろう。
 いろいろな見方はあるだろうが、大きいところではやはりストーリーの面白さがある。
 実は本作、アイゼイアがラッパーの事件を追う現代のパートと、アイゼイアがどうして探偵になったのかという過去のパート、この二つが交互に語られる構成となっている。まあ、こういう趣向はそれほど珍しくもないのだが、とにかくリーダビリティが高い。
 時系列的に異なるパートを交互に語る場合、過去パートが現代パートの種明かしになったりすることが多い。本作も基本的にはその方向性なのだが、ストーリーが一本につながる快感がある。いや、登場人物たちの因縁や関係が融合する快感といったほうがよいか。
 特別、大きな仕掛けがあるわけではない。先に「ノワールもしくはハードボイルド」と書いたように、本作の肝は登場人物の心情や生き方にこそある。現代と過去、それぞれのパートがラストでつながることで、よりそういう面が際立つのである。とりわけアイゼイアとその相棒ドッドソンの関係性、あるいはアイゼイアと亡き兄の絆は感動的だ。

 登場人物といえば、主人公アイゼイアの複雑なキャラクターも本書の大きな魅力だ。自信家でどこか醒めたところもあるアイゼイア。彼の最大の武器は、その類い希なる知能である。
 だが、それだけの頭脳がありながら、彼はもっぱら街の人々を助けることに専心し、名声は高いものの、大金とは無縁の生活である。その理由がどうやら重大な障害をもつ入院中の少年にあることは推測できるものの、詳しい理由は明らかにされないまま物語は進む。
 そんなアイゼイアのあれこれが過去パートによって明らかになる。クールな仮面の下にはいくつもの悲しみが隠されていることがわかり、それがまたこちらの胸に染みてくるのだ。

 といっても本作はただ重いだけの話、感動させるだけの話ではない。アクションもがっつり入るし、随所にコミカルな部分もある。特にアイゼイアとドットソンのやりとりはハラハラしながらも楽しく、物語のいいアクセントになっている。
 この二人、始終ぶつかりあってはいるのだが、いわゆるツンデレ的な雰囲気もあり、という関係である。お約束な感じはやや強いのだけれど、それでもラストの二人には思わず胸が熱くなること請け合いである。

 ということで、いろいろな楽しみ方ができる良質の作品であり、ミステリファンだけでなく広く読まれていい作品ではないだろうか。もちろん年末の各種ミステリベストテンには間違いなく入ってくるだろう。

 なお、最後にひとつだけ苦情を。
 カバーの裏表紙に書かれている「新たなる“シャーロック・ホームズ”の誕生」というのは、ううむ、本の売り方としてはどうなんだろう。
 確かにアイゼイアのホームズばりの推理シーンは度々、見せ場としてあるのだけれど、本作においてはあくまで味つけどまりではないかな。推理によって事件の意外な真相が最後に明らかになるのであれば、そういう喩えも全然いいのだけれど、本作の根本的な興味はやはりそこではない。
 著者のホームズ譚に対する思い入れがあり、それがIQやドットソン(ワトソン役)、推理の場面に取り入れられているのはわかるけれど、これはやはり編集者の勇み足だろう。


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 陳舜臣といえば一般には歴史小説の作家として知られているが、ミステリファンにとっては、やはり陶展文シリーズをはじめとする本格探偵作家というイメージだろう。本日の読了本はそんな陳舜臣の短編集『方壺園』である。まずは収録作。

「方壺園」
「大南営」

「九雷渓」
「梨の花」
「アルバムより」
「獣心図」

 方壷園

 本短編集は陳舜臣の代表作のひとつとしてよく挙げられる作品だが、読んでそれも納得。その理由は大きくふたつあって、ひとつめは収録作のほとんどが密室もので構成された本格探偵小説であること。
 本作が刊行されたのは1962年。この年、著者は『三色の家』『弓の部屋』など五冊もの作品を出しており、デビュー二年目というのに恐ろしいほどのハイペースである。そんな状況でオール密室という気合の入った推理短編集を出す、この勢いというか熱がすごい。

 とはいえ密室のレベルそのものは正直そこまで驚くべきものではなく、密室トリックという面だけで判断すれば弱さは否めない。それを救っているのが、本作を代表作たらしめているもうひとつの理由。すなわち各作品ごとに趣向を凝らした舞台設定である。例えば唐の時代の中国であったり、大学であったり、インドのムガール王朝であったり。
 その舞台設定が絶妙にトリックと融合し、トリックの弱さをカバーする。謎解き興味だけに終わらせず、事件を通して主人公たちの生き様などがしみじみと感じられる作品もあり、そういった味わいもあるからこそ評価されてきたのだろう。

 以下、簡単に各作品のコメント。
 気に入った作品は、やはり表題作「方壺園」となるだろう。十メートルの高さの壁に囲まれた方壺園と呼ばれる東屋で起こった密室殺人事件。伏線の妙もあるし、どんでん返しの面白さ、そして漢詩に絡む文人たちの人間模様など、これはオールタイムベスト級といってもよいだろう。
 「大南営」は心理的トリックが少々辛いところで、「九雷渓」は有名な某作品のトリックを思い出させるところが欠点だが、両作とも著者ならではの雰囲気は十分に味わえて楽しい。
 「梨の花」は本書では珍しく日本が舞台だが、やはり中国の歴史を素材として用いており、凶器に味わいがある密室もの。味わいはあるけれど、ある意味バカミスともいえる(笑)。
 「アルバムより」は推理小説的には「方壺園」に次ぐ出来で意外性に富んだ作品。また「獣心図」は逆にムガール王朝という特殊すぎる舞台設定が効いた作品で楽しめる。

 なお、管理人は本作を中央公論社版で読んだが、中公文庫版も含めてどちらも絶版。まあ古書では容易に入手できるようだが、来月にはちくま文庫で復刊されるらしいので、興味を持たれた方はそちらがおすすめだろう。


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 本日は論創ミステリ叢書から『北町一郎探偵小説選!』を読む。
 北町一郎は戦前から戦後にかけて活躍した大衆作家・探偵小説作家である。若い頃から詩歌や文芸評論を中心に同人活動を続けていたが、小説を書くようになったのは出版社へ就職して数年経った頃のようだ。しかし、同人活動を考えると純文学に進みそうなものだが、なぜか小説に関しては大衆小説に進んだのが不思議。このあたりの理由は本書に収録されている随筆や解説でも触れられておらず気になるところである。
 それはともかく大衆小説はけっこう水があったようで、当時はそれなりに売れっ子となり著書も少なからず残している。ところが大衆小説の宿命か、経年には耐えられなかったようで今ではすっかり忘れられた作家となった。せいぜいが探偵小説系のアンソロジーで短編が一つ二つ読める程度で、本書は貴重な復刻となる(まあ、論創ミステリ叢書はどれをとっても貴重な復刻ばかりなんだけど)。

 北町一郎探偵小説選I

「白日夢」
「宝島通信」
「五万円の接吻」
「福助縁起」
「作家志願」
「聖骸布」

 収録作は以上。目玉は何といっても長編の「白日夢」だろう。春秋社の懸賞で蒼井雄の『船富家の惨劇』などと入選を争った作品で、1936年に春秋社から刊行された。
 まあ『船富家の惨劇』と比べるとさすがに分は悪いだろうが、著者の目指すところが何となくわかる作品だ。ガチガチの探偵小説ではなく、あくまで大衆小説寄り。さまざまな興味を盛り込み、テンポよく事件を転がして読者の興味を引っ張ってゆく。語り口も軽妙で、いかにもといった作りである。
 物語の舞台が大学野球というのも珍しくてよい。当時の大学野球が今より全然人気のあった時代とはいえ、探偵小説の素材に使っただけでも評価できるのだが、さらに感心したのは、まるで昨今のアマチュアスポーツ界のトラブルを予見するかのような内容であること。著者がどこからこういう着想を得たのか不明だが、目のつけどころは悪くない。
 残念なのは、殺人事件や暗号、冒険、恋愛など多くの見どころを盛り込むのはいいが、それぞれがうまく融合していないこと。章ごとに違う話を読んでいる気がするぐらいストーリーがちぐはぐな印象である。謎解き興味や論理性などにもそれほど重きを置いていないようで、そこも探偵小説としては弱い部分だろう。
 ただ、それこそが著者の目指したスタイルという可能性は強いのだが。

 そのほかの短編も探偵小説の衣を着てはいるが、やはり大衆小説的な興味が先に立つ。一応トリックなどを仕込んだものもあるけれど、読む愉しみとしてはナンセンスやユーモアの部分が勝っているものが多い。
 印象に残ったのは圧倒的に「作家志願」。文壇を舞台にしたもので、こういうのは他の探偵作家が書けないものだからけっこう面白く読めた。

 ということで『北町一郎探偵小説選』の一巻目はまずまずといったところ。続く二巻目はシリーズ探偵を集めた中期から後期の作品らしいので、これもまた楽しみなところだ。


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