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 戎光祥出版から刊行されているミステリ珍本全集は、第二期第12巻の鷲尾三郎集でひとまず完結となったようだが、果たしてどの程度の需要があったのだろうか。編者の日下氏がTwitterでたまに売り上げに関することをつぶやいていたが、とにかく最低限のラインは売れないことには続かないだろうしなぁ。
 ともあれ、このラインナップで十二冊出したというだけでも十分偉業であると思うし、第三期でももちろんいいし、違う形でもいいから続きを期待したいところだ。
 ところで、ミステリ珍本全集とか論創ミステリ叢書は、ちゃんと読んでいる人がどれだけいるのかも気になるところである。
 両者とも相当のボリュームがあるうえ、文庫本のようにいつでも手軽に読めるという形体ではないので、通勤電車が重要な読書タイムの管理人などはどうしても後回しにしてしまう。部数や価格との兼ね合いもあるだろうが、もう少しハンディな形にしてもらえるとありがたい。


 さて、後回しにしがちなミステリ珍本全集ではあるが、管理人もようやく11巻目まで辿りついた。本日の読了本は蒼社廉三の『殺人交響曲』。

 殺人交響曲

『殺人交響曲』
『紅の殺意』
「戦艦金剛」
「地球が冷える」
「大氷河時代」
「地球よ停まれ」
「宇宙人の失敗」

 収録作は以上。 蒼社廉三は雑誌『宝石』などを中心に活躍した作家だが、代表作『戦艦金剛』の印象が強いせいか戦記ミステリの専門家というイメージがある。ただ実際はそこまで戦記ミステリばかり書いていたわけではないらしい。
 本書ではそんな蒼社廉三の長篇二作『殺人交響曲』『紅の殺意』と、長篇『戦艦金剛』の原型となった中篇版、そしてSF短篇四作というバラエティに富んだ構成である。

 『殺人交響曲』は交響楽団のバイオリン奏者がひき逃げされるという事件で幕を開ける。ひき逃げ事件のみならず、その現場から見つかった三枚の楽譜を巡り、さまざまな男女が欲望のままに火花を散らすという物語である。
 楽譜そのものの謎で引っ張ってはいるが、それを巡っての争いがより前面に押し出されているため、本格と通俗的スリラーが中途半端にまじって上手くブレンドされていない印象。偶然的な要素が多くあるのもいただけない点だ。
 真相はそれなりに面白いのだが、やはりサスペンス仕立てが物語にマッチしていないのではないだろうか。

 『紅の殺意』は工業地帯として栄えていた頃の埼玉県川口が舞台で、ある交通事故を発端に、リストラ、殺人へと事件が広がっていく。
 地味ながら地方警察署の刑事たちの活躍がリアルに語られて、ちょっと明るい松本清張みたいな感じの作品で引き込まれる。表題にもある”紅”がそれほど効いていなのは惜しまれるが、これは悪くない。

 中篇版「戦艦金剛」はやはり本書中のベスト。
 戦時中を舞台にした本格探偵小説、しかも戦艦という設定なくしては成立しないトリック。もうこれだけでも十分素晴らしいのだが、本作は戦争ドラマとしても読み応えがあり、中編ながらも圧倒的なインパクトだ。

 SF四篇はなんともクラシカルかつオーソドックスな世界終末ものがメイン。そんななかで「宇宙人の失敗」はミステリ的な展開があって、四作のなかでは一番楽しめた。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 先日、『明智小五郎事件簿 V 「魔術師」』が発売されたこともあって、あわてて積ん読の『明智小五郎事件簿 III「蜘蛛男」』を片付ける。
 どうせほとんど再読のシリーズなので、こちらとしてはボチボチ読み進めてもいいのだが、こういうのは溜めると絶対読まなくなるという一面もあるから(苦笑)、なんとか月一ペースを維持したいところではある。まあ、すでに遅れてはいるけれど。

 こんな話。東京のY町にある関東ビルディング。その小さな貸事務所に突如、稲垣と名乗る男が現れ、あっという間に美術商「稲垣商店」を開店させる。稲垣は事務員募集を騙って若い女性を誘拐し、その肢体を石膏像に塗り込めて、都内にばらまくという凶行に走る。稲垣こそ、後に「蜘蛛男」として日本中を震撼させた殺人鬼だったのだ。
 たまたまこの事件に遭遇した犯罪学者の畔柳博士と助手の野崎青年は、「蜘蛛男」が同じタイプの女性を狙っていると考え、警視庁の波越警部に協力して捜査へ乗り出すが……。

 明智小五郎事件簿III

 過去二度ほど読んではいるが、それもずいぶん昔のことで、けっこう内容を忘れている。今回あらためて読んで感じたのは、ここまで破天荒な内容だったかということに尽きるだろう(笑)。

 『蜘蛛男』は乱歩作品の中でいわゆる通俗スリラーに分類される作品だ。それまで乱歩が書いていた本格や変格の諸短編とは(猟奇的なテイストという面では共通するところも多いが)、まったく異なる路線である。その大きな違いは、一般読者を対象にし、とにかく物語の面白さで引っ張ることを第一としたこと。
 目的を達成するための手段として、乱歩は物語の大半を占める大きな仕掛けを考える。もちろん今、読むとバレバレではあるのだが、その仕掛けを最大限に活かすため、乱歩はとにかく伏線として数々のヤマ場やどんでん返しを設ける(もちろん雑誌連載という理由もあっただろう)。
 結果、ミステリとしては非常に粗い仕上がりとなり、ツッコミどころ満載となってしまうのだが、それだけで切り捨てるにはあまりに惜しいのも事実である。

 管理人が推したいのは、やはり明智と犯人の対決シーン。今読むとさすがに時代がかりすぎるきらいはあるが、ここまでお芝居的に押し出したのも本作が初めてだろう。そもそもこちらは子供の頃にこのイメージで刷り込まれている口なので、お互いが名乗るシーンなどもう感涙ものである。
 もちろんエログロ要素は必須。前半の執拗な蜘蛛男と被害者の描写やラストのパノラマシーンなどは当然としても、今読むと子供の頃には理解できなかったストックホルム症候群といった要素も含まれており、新たな気づきもあって嬉しくなる。被害者に対して案外さらっと流してしまうクールさもかなり意外だった。

 まあ、ミステリとしては確かにおバカな作品だが、いかがわしいパワーもまた乱歩の大きな魅力の一つであれば、本作は間違いなくそちら系の代表作。
 日本のミステリを語る上でやはり一度は読んでおくべき作品である、とまでは言わないが(笑)、いや、こういうのも含めてやはり乱歩は凄いと思うわけである。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 久々に007シリーズをDVDで視聴。十七作目の『007 ゴールデンアイ』を観たのが昨年の8月だったから、ほぼ一年ぶり。ずいぶん間が空いてしまったが、ようやくゴールも見えてきたし、もう少しペースを上げねばなぁ。

 さて、シリーズ十八作目は『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』。ボンド役は五代目のピアース・ブロスナン、監督はロジャー・スポティスウッドという布陣。スポティスウッド監督は日本での知名度はいまひとつだが、パトリシア・ハイスミスの『贋作』を映画化した『リプリー 暴かれた贋作』なども撮っている人である。

 まずはストーリー。
 英国諜報部のMI6はロシアと共同で、ロシア国境沿いにある武器市場を調査していた。現地に潜入したジェームズ・ボンドは世界中の危険人物がいることを確かめ、MI6は直ちにミサイル攻撃を行う。しかし、このときアメリカ人テロリストのヘンリー・グプタを逃してしまう。
 後日、南シナ海で英国海軍のフリゲート艦と中国空軍のミグ戦闘機が公海上で交戦するという事態が起こる。一触即発ともいえる状況のなか、その事件をいち早く伝えたメディアがあった。イギリスのメディア王・エリオット・カーヴァーが発行する新聞「トゥモロー」である。この事実に着目した英国諜報部のMはボンドをカーヴァーの主催するパーティーに派遣させる……。

 007トゥモロー・ネバー・ダイ

 前作『007 ゴールデンアイ』からピアース・ブロスナンをボンドに据え、大幅リニューアルを図った007シリーズだが、本作でもメディア王という存在を敵に据えたり、バイクやヘリによるスタントなど、現代的なスパイアクションを見せたいという意志は強く感じる。
 まあ、現代的とはいっても1997年の作品なので、インターネットがまだまだ一般的ではない時代。新聞や雑誌、テレビを支配することで世界も支配しようというのは、今観るとさすがに無理がある。ただ、一昔前までは確かに世論はテレビや新聞によって形成されていたわけで、情報操作することの危険や影響力といった本質的なところは、今の時代とそれほど外れているわけではないだろう。 

 気になったのは敵のボス、メディア王・カーヴァーの存在。まるでスティーブ・ジョブズとかビル・ゲイツを連想させるようなキャラクターである。根っからの犯罪者ではなく、こういうある種の子供っぽさを備えた、言い換えると成熟していないゆえの危険性を孕んだ敵、さらに言い換えると要は大富豪のオタクというのが、なかなか目新しい。
 ただ、いろいろな策略や技術は打ち出すのだが、強さや怖さがまったく感じられないのは致命的であろう。チャレンジとしてはわかるが、結果的にはやはり失敗だろうな(苦笑)。

 他にもカンフー使いの中国人女スパイ、バイクのスタント・シーン、携帯で操縦するボンド・カーなど、新要素とまではいかないものの随所にパワーアップした見所はあるので、120分は比較的あっという間である。
 強いて言えば終盤の盛り上がりがいまひとつで、これも結局は敵の弱さに大きな原因があるため、ここがもう一工夫あれば、それなりの傑作になったのではないだろうか。
 まあ新味には欠けるけれども、トータルではバランス良く仕上がっていることもあり、個人的には65点ぐらいは差し上げたい。

テーマ:007シリーズ - ジャンル:映画


 論創海外ミステリからレックス・スタウトの『黒い蘭』を読む。ネロ・ウルフものの中編集で、収録作は以下の三作品+エッセイが一編という構成。

Black Orchids「黒い蘭」
Omit Flowers「献花無用」
Counterfeit for Murder「ニセモノは殺人のはじまり」
Why Nero Wolfe Likes Orchids「ネロ・ウルフはなぜ蘭が好きか」 エッセイ

 黒い蘭

 古今東西を問わず、ミステリは長編と短編が主流であり、中編は書かれることが少ない。おそらくは雑誌掲載や出版事情による都合からだとは思うのだが、レックス・スタウトのネロ・ウルフものは数少ない例外のひとつで、非常に中編が多く書かれているのが面白い。
 さらにいうと逆に短編は非常に少なく、長編は比較的短いものが多い。
 つまり中編から短めの長編というのがネロ・ウルフものの主流なのである。これらはストーリーのテンポやユーモアを最大限に活かすために出した、スタウトなりの結論なのだろう。実際、本書を読んで、その中編という長さが非常に適している印象を受けた。

 「黒い蘭」はフラワーショーが舞台。イベントでピクニック風景を再現している最中に、出演モデルが殺害されるという事件が発生する。出品されている珍種の蘭を手に入れるため、いつもと違う醜態をさらけだすウルフが楽しい。
 犯行トリックは可もなく不可もなくといった程度なのだが、その取り巻く状況作りが巧い。

 友人の依頼で、ウルフがレストランチェーンの御家騒動に巻き込まれた元シェフを救うお話が「献花無用」。金にうるさいウルフが友人のためならと、珍しく男気を見せる。
 ウルフの事務所に関係者全員を集めるところまでは悪くなかったが、そこでスパッと決めてくれた方が物語としてはまとまったように思う。

 「ニセモノは殺人のはじまり」は、ウルフの事務所に立て続けに現れた二人の女性が事件の発端となる。物語が進むと、一人は被害者、一人は容疑者となるのだが、この容疑者となる女性キャラクターが秀逸。
 警察とシークレット・サービス、ウルフの三すくみの構図から仕掛けるウルフの策略も楽しく、ミステリとしては弱めながら、個人的には本作中の満足度ナンバーワンである。

 上の繰り返しになるが、スタウトの作風がこの中編というボリュームに非常にマッチしている。訳者あとがきによると、ウルフものの三大要素である蘭・グルメ・美女を中心に作品を選んだということだが、それもあって内容もバラエティに富んでおり、非常に手軽に楽しめる一冊である。
 このシリーズの楽しみ方を考えると、本格ミステリという括りに入れるのは、そろそろ改めた方がいいのかもしれないなぁ。

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 アーナルデュル・インドリダソンの『声』を読む。
 『湿地』、『緑衣の女』が各種年間ベストテンを賑わし、日本での人気もすっかり定着した感があるアイスランドのミステリ作家、アーナルデュル・インドリダソン。本作は彼の代表的シリーズであるエーレンデュル警部ものの五作目にあたる。ただし、日本ではシリーズの三作目から紹介されているので、我が国ではこれが第三弾ということになる。

 まずはストーリー。
 クリスマスシーズンのさなか、観光客で賑わうレイキャビクのホテルで殺人事件が発生する。被害者はホテルのドアマン、グドロイグル・エーギルソン。彼は住み込みの従業員としてホテルの地下室で暮らしていたが、その狭い地下の一室で、サンタクロースの扮装をしたまま、ナイフのようなものでメッタ刺しにされていた。
 捜査に訪れたエーレンデュル警部はさっそくホテル関係者に聞き込みを開始する。ところが二十年あまり住み込みで働いていたにしては、誰もグドロイグルの詳しい素性を知らない。しかし、エーレンデュルは彼らが知らないのではなく、何かを隠しているような印象も受ける。
 そんななか、ひとつの手がかりが浮かぶ。宿泊客であるレコード収集家のイギリス人から、グドロイグルが子供の頃、有名なボーイソプラノの歌手だったことを知らされたのだ……。

 声

 これは絶品。じわじわくる。過去二作品と比べても遜色なく、いやむしろこれまでのベストではないだろうか。

 のっけから少し話が逸れてしまうが、個人的な北欧ミステリのざくっとした印象をいうと、"社会問題に起因する犯罪を扱い、これに主人公や登場人物など個人の問題も絡ませて、多重的にその国が抱える課題や人の在り方について追求していくミステリ”といったところである。
 もちろん他にも多様なミステリはあるだろうけれど、今の日本で人気を博している北欧ミステリは、だいたいがこの類ではなかろうか。
 本作ではかなり個に寄った印象を受けるものの、インドリダソンの作品もまた、この範疇から外れてはいない。
 こんな風に書くと、退屈な作品という印象を与えてしまうかもしれないが、それは誤解である。確かに事件はいたって地味なものだし、表面的なストーリーの起伏も少ない。まあ、もともと地味なシリーズではあるが、本作はとりわけ地味。なんせ舞台はほぼホテルに限られ(捜査の間、エーレンデュルまでホテルに泊まる始末である)、ストーリーなどほとんど聞き込み捜査に終始している。
 そんな作品なのに、これが凄いのである。インドリダソンはこの一見地味なストーリーを、恐ろしく高いレベルで物語として昇華させ、静かな感動を与えてくれるのだ。

 元スターだった被害者はなぜ人生を転落し、哀れな最期を遂げたのか。彼の素顔と人生が明らかになると同時に、彼の抱えていた闇もまた明らかになってゆく。しかもその過程で関係者に秘められた様々な問題も浮き彫りになるのだが、それらをつなぐキーワードが家族である。
 被害者グドロイグルの家族、サブ事件として同時進行する家庭内暴力事件の家族、ホテルの従業員の家族、刑事たちの家族……そして極めつきはエーレンデュル警部の家族。様々な家族の物語がときには重なり、ときには比較されて語られてゆく。ストーリーは地味だが、プロットは計算され、重層的である。
 インドリダソンを褒めるとき、どうしてもその雰囲気や世界観に目を向けてしまうが、決してセンスだけで勝負している作家ではない。

 特に本作で秀逸なのは、エーレンデュル警部自身の物語を強烈に放り込んできたことだろう。
 エーレンデュルとその娘の関係は過去二作で明らかになっており、本作でも危うい状況は決して変わっていない。歩み寄れない理由は娘のせいだけではなく、娘の前にどこかガードを固めてしまうエーレンデュルにも原因はあるのだが、その原因がどこにあるのか、彼本人も自覚していないのである。
 本作ではそんなエーレンデュル自身が抱える闇について、これまでは比較的曖昧な説明にしていた彼と家族の障害となっていたものの正体を明らかにする。それはエーレンデュルが子供の頃の、やはり”家族の物語”だったのだ。

 エーレンデュル警部もまた、本作の被害者同様、過去に縛られている人間なのである。
 インドリダソンはエーレンデュルを通して、過去に何があったのかを読者の前に提示する。それが今にどうつながり、これからどう向かっていくべきか。簡単なことではないけれど、インドリダソンは一作ごとに少しずつその答えを導き出そうとしている。

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 『武州公秘話』に続いて、本日も谷崎潤一郎。ものは集英社文庫版の『谷崎潤一郎犯罪小説集』である。
 谷崎潤一郎は乱歩や正史に先駆けて探偵小説や犯罪小説の類を書き、彼らにも大きな影響を与えたとされている。ただ、谷崎自身は探偵小説と言われることをあまり好ましく思っていなかったようだし、その作品の狙いはあくまで一般的な意味での探偵小説とは別のところにあるのだが、それでも結果的に彼の作品のいくつかは、日本の探偵小説を語る上で決して忘れられないものとなった。
 本書はそんな谷崎潤一郎の代表的な探偵小説・犯罪小説を集めたものだ。

 谷崎潤一郎犯罪小説集

「柳湯の事件」
「途上」
「私」
「白昼鬼語」

 収録作は以上。
 ガチガチの本格はないし、書かれた時代は多少考慮しなければならないとしても、その出来は相当によい。すべて既読の作品ばかりだが、「途上」や「私」などはとりわけ何度読んでも楽しめる。

 「柳湯の事件」は、妻を殺したかもしれないと信じる貧乏画家の話。妻との激しい喧嘩の後、銭湯へ向かった彼は、湯気とあまりの混雑で前もよく見えないなか、湯船のなかで足元に女の死体があるのではないかと感じるのである。
 混雑する湯船の中、主人公の画家だけが足で死体と触れ合う状況がやばい。この湯船の中の死体の感触を「ぬめぬめぬめぬめ」と表し、執拗に繰り返すのが本作のすべて。お得意のフェチシズムが炸裂する異常心理ものであり、当然ながらその真祖は……。

 「途上」は探偵小説における”探偵”という存在を我が国で初めてクローズアップした作品としても知られている。犯人と探偵の一対一で繰り広げられる心理戦とその緊張感は何度読んでも堪能できるが、最終的に印象に残るのは、探偵のえげつなさというか(苦笑)。そういう意味でも”探偵”小説の傑作である。

 「私」は「途上」同様に有名な作品。ミステリ史上でも有名なあるトリックを、それに先駆けて使っているのだが、主人公のキャラクター造形などをみると、こちらの方がトータルでは上ではないかと思えるほどだ。
 ミステリでは得てしてトリックの必然性が疑問視されることがあるが、本作ではトリックの意義を異常心理ものと融合させて答えとしているのが素晴らしい(まあ作者の意図は別にあるのだけれど)。

 「白昼鬼語」も異常心理者の一編。というか基本的には異常心理ものばかりなのだけれど(苦笑)、これはポオの『黄金虫』を導入として用い、そこから得た情報によって殺人現場を見物にいく男の末路を描いている。ホームズ役(この場合はデュパン役といったほうがいいかも)と思われた人物が、己の倒錯的欲望によって転落していく様がなんとも。
 ミステリファンなら事件の真相は予想できるだろうが、結末の予想は難しいのでは。ここが谷崎潤一郎ならではのセンスであろう。

 まとめ。今回、谷崎潤一郎の犯罪小説をまとめて読んであらためて感じたのは、戦前の探偵小説としてまったく違和感なく読めるということである。
 凡百の作家と比べて語るレベルが一枚も二枚も違うというのは当たり前にしても、それでも”文豪が書いた探偵小説”というフィルターがどうしても入ってしまうものだが、読んでいる間、そういう気持ちがまったく起きなかった。
 これは谷崎潤一郎という作家が、意識しているにせよ無意識にせよ、探偵小説を(変格ではあるけれど)しっかり自家薬籠中のものとしていたということではないか。やや贔屓目の感想ではあるが、大正時代においてこれを普通に実践したことが谷崎潤一郎という作家の凄さ・センスなのだろう。堪能しました。

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 谷崎潤一郎の『武州公秘話』を読む。
 「途上」や「私」、「柳湯の事件」といった探偵小説や犯罪小説を発表し、乱歩や正史にも大きな影響を与えたことで知られる谷崎純一郎。そもそも谷崎が追求した耽美主義や「筋の面白さ」といったものが、非常に探偵小説とも相性がよいわけで、極端な話、「秘密」や「刺青」「卍」あたりもみんなその類に入れてOKじゃないかという気もするぐらいだ。
 まあ、さすがにそれは乱暴だろうけれど、大衆小説あたりまで絞ってみても、探偵小説好きが注目したい作品は少なくない。その代表格に挙げられるのが、本日の読了本『武州公秘話』だろう。

 ジャンル的には時代小説であり、伝奇小説であり、あるいは冒険小説といってもよい。谷崎作品のなかではややマイナーな印象もあるが、耽美的なファクターを中心にすえつつも物語の面白さを全面的に押し出した読み物である。
  とりわけ探偵小説好きが注目しておきたいのは、本作があの『新青年』に連載された作品であるということ。また、その昔、九鬼紫郎が書いたミステリのガイドブック『探偵小説百科』でも、探偵小説の先駆けとなる傑作云々といった感じで紹介されていたこともある。
 まあ、後者については管理人の記憶がちょっと怪しくて、もしかすると違う本だった可能性もあるのだが、それらしい主旨の記事を読んだことは確かで、以来ずっと気になっていた作品なのである(そのくせン十年も積んでいたわけだが)。
 で、この度、ようやく読む気になったのだが、期待に違わぬ面白さであった。

 武州公秘話

 時は戦国。筑摩一閑斎が治める牡鹿山城に人質として出された幼少の武州公(武蔵守桐生輝勝)。人質とはいえ一閑斎からは丁重に扱われ、まずまず不自由のない暮らしを送っていた。
 そんな武州公、十三歳のとき。牡鹿山城が薬師寺弾正に攻められる。まだ元服前のため戦は許されなかった武州公だが、戦に対する興味は強い。そこで老女に頼み込み、討ち取った敵武将の首に、城内の女性たちが死化粧を施す現場を見せてもらう。
 このとき武州公がとりわけ興味を覚えたのは「女首」であった。戦場で倒した相手武将の首を斬る時間がないとき、代わりに鼻を削いで持ち帰り、後に首と照合する風習があった。その鼻のない首を「女首」と呼んだのである。
 この女首と死化粧をする高貴な女性の組み合わせに、武州公は魅了された。その体験が、やがて武州公の人生を大きく左右することになる……。

 ここまでが物語の序盤といってよいだろう。ただし序盤とはいえ、のっけからヤマ場といえるぐらいの迫力・怪しさである。とにかく鼻のない首を女性が洗う描写が鮮烈で、武州公ならずとも引きこまれるシーンだ。
  これがきっかけで武州公は特殊な嗜好が己の中に潜んでいることに気づくわけだが、さらに新たなエピソードが重なることで、武州公の行為も欲望もいっそう肥大してゆく。そのグロテスクな行為の描写、徐々に目覚めてゆく武州公の変態性、そして心理描写が読みどころである。
 武州公が宴の戯れとして、女首を妻や贔屓にしていた道阿弥に再現させようとするシーンは特に印象深い。あろうことか武州公は道阿弥の鼻を妻に斬らせようとするのである。冗談か本気かわからぬ武州公の態度に、席は凍りつき、妻と道阿弥の間に緊張が走る。この緊迫感がなかなか凄まじく、武州公の異常性を強く実感させてくれる。

 現代ならさしずめ倒叙型サイコミステリーというところか。ただ、主人公は単なる犯罪者ではなく、やがては一国の主となる権力者の手によるところがミソ。
 そもそも本作は、史実に伝えられている武州公の真実を探ることを表面的な主題としており、武州公に仕えていた妙覚尼と道阿弥がそれぞれ残した『見し夜の夢』、『道阿弥話』という二冊の手記から引用する形で物語が進められている。
 つまり一見ノンフィクションのような体裁をとっているわけで、こういった虚実をないまぜにしたスタイル、さらには武州公の地位に相応しからぬその嗜好を赤裸々に描くことで、(ありきたりな見方ではあるけれど)権力者の残した歴史というものに対するアンチテーゼとしたかったのではないかと考える次第。

 ともあれ、本書は単なる読み物としても抜群に面白い。まずは谷崎潤一郎の語りの巧さ、ストーリーテラーとしての実力を素直に楽しむだけでも十分だろう。おすすめ。

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 エラリー・クイーン名義で書かれたパイパーバックから、本格テイストの傑作?を集めた「エラリー・クイーン外典コレクション」の三冊目、『熱く冷たいアリバイ』を読む。
 『チェスプレイヤーの密室』、『摩天楼のクローズドサークル』と読んできて、いずれもまあまあの出来だったが、掉尾を飾る本作の出来は果たしてどうか。

 舞台はアメリカのとある小都市。その一角で暮らす四組の夫婦がいた。高校教師デイヴィッドとナンシーの夫妻、会計士ラリーとライラのコナー夫妻、医師ジャックとヴェラのリッチモンド夫妻、靴屋店主スタンリーとメイのウォルターズ夫妻である。
 互いに思うところもあれど表面的にはなんとかご近所づきあいを保つ四組は、今宵も揃ってホームパーティーを催していたが、コナー夫妻の仲がどうやら危うくなっているらしく、最後は何やら気まずい雰囲気でお開きとなる。
 その翌日。隣家のライラの様子が気になったナンシーがデイヴィッドやジャックを誘って様子を見にいくと、そこには何とライラの死体が。しかも夫のラリーまでもが事務所で死体となって発見される。
 一見、ラリーがライラを殺害し、その後自殺を図ったかに見える事件だったが、捜査を担当したマスターズ警部補には納得できないところがあった……。

 熱く冷たいアリバイ

 本作の代作者はフレッチャー・フローラ。ほとんど知らない作家だったが、〈マン・ハント〉や〈ヒッチコックマガジン〉等で活躍し、クイーンの代作も三冊ほどあるらしい。
 ただ、ミステリ専業というわけではなく、また、ミステリにしても犯罪小説やサスペンス系がメインのようで、その評価も人物描写や文体というところにあったようだ。
 実際、本作でも人物描写はなかなか達者で、ともすれば混乱しがちな四組の夫婦について、しっかり個性を持たせて描き分けている。

 肝心のミステリとしての出来だが、タイトルにもあるとおりアリバイ崩しがメイン。フーダニット要素もちゃんと加えられており、本格プロパーでない割には手堅くまとめている。
 だが、いかんせん中身が淡泊というか小粒というか。ストーリーや事件自体に魅力が乏しく、また、手堅くまとめてはいるものの、先が読みやすいという弱点はあるだろう。

 ただ、実は一番気になったのは、そんな弱点よりも、むしろ四組の夫婦のキャラクターである。いまひとつ感情移入しにくい、どころか理解できない面があって、それはアメリカならではの人間関係のベタベタ感。全組、子供がいない夫婦とはいえ、他所の夫や妻に興味持ちすぎである(苦笑)。
 極めつけはホームパーティーの場面。多少ハメを外すのは理解できるが、四組入り交じってキス合戦になるとか、もう意味がわからん(笑)。
 当時のアメリカ中流家庭においてこれぐらいは普通だったのか、それとも誇張しているのか判断に迷うところだが、他の翻訳小説でもこんな描写はあまりないように思うので、もしかするとペイパーバックゆえのサービス精神の表れだったのかも。

 というわけで、「エラリー・クイーン外典コレクション」のなかでは最も本格成分が高い気もするのだけれど、むしろクイーンらしさは一番感じられなかった作品。

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 ぼちぼち進めている多岐川恭読破計画の四冊目として、本日は『異郷の帆』を読む。著者の代表作というだけでなく、鎖国時代の長崎出島が舞台ということでも気になっていた一冊である。

 まずはストーリーから。
 時は元禄。鎖国政策をとる幕府によって、諸外国との交流は一切禁じられていたが、唯一の例外が長崎出島であった。その交易相手はオランダに限定され、しかも女性の同行は厳禁。また、オランダ人も出島以外への外出はすべて禁止されていた。さらに正規な交易品以外の持ち込みは認められず、武器の所持も一切禁止である。
 だが、そんな厳重な監督下においても裏はある。一部のオランダ人と出島の役人は結託し、不正な密輸入で私服を肥やしていた。
 その出島で通詞として働く浦恒助がいた。欲もなく世襲のままに淡々と職務をこなす浦だったが、オランダ商館に住むハーフのお幸には惹かれるものがあった。しかし、オランダ人甲比丹と日本の遊女のハーフという出自では、世間体を気にする母親の反対は間違いなく、しかも安定した職すら失いかねない。その先へ踏み出すことに浦の躊躇は大きかった。
 そんなある日のこと。オランダ商館のヘトルが刺殺されるという事件が起こる。もともと黒い噂のある人物だったが、犯人は特定できず、凶器すら発見できなかった。奉行が警戒にあたるなか、今度は通詞の一人が殺害される……。

 異郷の帆

 いやあ素晴らしい。まあ、代表作ばかりを読んでいるのだから当たり前っちゃ当たり前だが、多岐川恭に今のところ外れなし。
 ミステリの部分ばかりではなく、それ以上にしっかりした人間ドラマも堪能させてくれるところが多岐川作品の魅力だけれど、本作では日本の歴史上でもとびきり特殊な出島という舞台設定もあって、それがいっそう花開いている印象である。

 まずはミステリとしての部分。
 出入りが徹底的に制限されたこの狭小空間は、いうなれば大きな密室。あるいは嵐の山荘である。部外者の犯行はあり得ず、すべての人間が顔見知りというなかで凶器はどのように消え失せ、アリバイはどのように構築されたのか。
 謎の導入としては申し分なく、出島という地を活かした仕掛けもまたよし。正直、トリックはそれほど大したものではないけれど、真相はかなり意外であり、出島でなければ成立しないミステリを楽しめる。

 また、出島ならではの人間模様が物語に奥行きを与えている。
 とにかく登場人物が多彩である。主人公の通詞、浦恒助は周囲からは覇気に欠けるように見られているが、実は海外への憧れを秘めた青年。お幸は美人で気立ても良いが、合いの子と蔑まされ、その出自から出島から出ることもできない悲しい身である。
 さらには日本人やオランダ人からも疎まれている、転びキリシタンのポルトガル人通詞。植民地から奴隷として連れてこられた現地民、隠れキリシタンの遊女、色狂いで吝嗇の通詞、暗躍する大工、貿易の実権を握るひと癖ありそう商人などなど。
 まさに出島でなければ登場できない人物たちばかり。本作ではそんな人々の生活、そして生き様が実に丁寧に描かれており、それだけでも楽しく読めるほどだ。

 最後に出島そのものがもつ負の魅力という側面。海外への唯一の門となる出島だが、その華やかなイメージとは裏腹に本質は閉鎖的であり、暗黒面もまた多い。そのため出島で暮らす人々の間には、どこか閉塞感や厭世観に似たものが漂っている。
 人々はその中でそれぞれの宿命を抱えて生きている。そして各人の思惑が出島という空間と相容れなくなったとき、悲劇が起こる。多岐川恭はその絡め方がとてつもなく巧いのである。ひとつの事件を通して、当時の出島が抱えていた問題が次々と明らかになる展開はまさに職人技である。
 真相が明かされ、ラストへとつながるくだりに至ってはもう圧巻。ほろ苦さと希望がないまぜになり、言いようのない感動を味わえるだろう。

 ※蛇足
 本作を読むにあたっては出島についての予備知識が多少あると、スムーズに物語世界に入り込めてよろしいかと。
 通詞=通訳を主とする役人、甲比丹(カピタン)=オランダ商館長、ヘトル=オランダ次席商館長、乙名=出島の交易にあたった役人、といった具合に固有の用語が多いし、出島の地図や制度まで頭に入っているとかなり入りやすい。
 管理人などは20〜30ページほど読んだあたりでこりゃまずいと、恥ずかしながら以下のページで少し学生時代の復習をしたほどである(苦笑)。
http://www.city.nagasaki.lg.jp/dejima/

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 マイクル・コナリーの『証言拒否 リンカーン弁護士』、下巻も読了。

 今回は徹底した法廷ミステリである。2011年の作品だが、当時アメリカで大きく取りあげられていたサブプライムローンの問題を背景に、持ち家の差し押さえを受けた女性が、その恨みから銀行副社長を殺害したという事件を扱っている。
 この容疑者の女性がなかなか癖のある人物で、殺人容疑を受けているにもかかわらずスタンドプレーが多く、事件の映画化の誘いに乗って後援者まで獲得したリする。
 そんな中で我らがリンカーン弁護士のミッキー・ハラーは遂に本作で事務所を構え、スタッフとともにチームでこの難事件に取り組んでいく。

 証言拒否(下)

 基本的にはいつもどおり安心して読める作品である。
 上下巻ながらほぼだれることなく読ませる力はさすがにコナリー。特にミッキー・ハラーものはボッシュものよりライトな味付けということもあって、非常にテンポ良くストーリーを運んでいく。
 もちろん読みどころは、メインストーリーとなる検察側と弁護側の攻防である。最初はジャブの応酬ながら、徐々に決まる互いのクリーンヒット。そして最終的にハラーが狙っていた逆転パンチが明かされるところは非常に鮮やかだ。

 また、メインストーリー以外にも物語を膨らませるサイドストーリーたるエピソードがいくつかあるのだが、それらエピソードの出し入れと本筋への絡ませ方が巧い。
 例えばハラーと元妻の検事補マギーとのロマンスなどは、愛情と仕事上の関係が入り混じって、最終的にはハラーの生き方や考え方そのものを問う流れとなる。シリーズとしては決して小さくない要素なのだが、決して本筋を邪魔することなく、それでいて事件にも影響を与える部分もあり、このバランスが絶妙なのである。

 これだけでも十分法廷ミステリとしては成功なのだが、コナリーは例によって駄目押しともいうべきどんでん返しを加えている。ところが、この駄目押しが実はいただけない。
 もちろんストーリーとしての驚きはあるけれど、肝心のトリックがしょぼいのである。そもそもそんな程度の仕掛けなら公判中に誰も言い出さない方がおかしいし、そういう不安定な要素を含んだまま判決がおりてしまう裁判制度にも疑問が残る。
 ストーリーやテーマとしては非常に意味あるものなのだが、その手段がコナリーらしくない拙さ。実に残念。

 したがって全体に満足できる作品ではあるが、今回ばかりはラストが大きく足を引っ張って、個人的には70点といったところ。
 ちなみにやや古い作品ではあるが、本作を読んでウィリアム・ディール『真実の行方』を思い出した。リチャード・ギア主演で映画化もされたはずだが、法廷ミステリとサイコミステリを合わせたようなタイプでおすすめ。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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