FC2ブログ
ADMIN TITLE LIST
 佐賀潜の『華やかな死体』を読む。著者は元検事、元弁護士という経歴を生かし、ひと頃は小説、ノンフィクションを量産する人気作家の一人であった。本作は江戸川乱歩賞の第八回受賞作でもあるのだが、このときの面子がすごい。同時受賞となった戸川昌子の『大いなる幻影』をはじめとし、そのほかの候補作が四作。その中には天藤真の『陽気な容疑者たち』、塔晶夫(中井英夫)の『虚無への供物』もいるという豪華さである。乱歩賞史上でも屈指の激戦だったらしいが、それを勝ち抜いたのが佐賀潜である。ただ、それから六十年近くが経とうとしている現在、佐賀潜はほぼ忘れられた作家になってしまった。
 恥ずかしながら管理人も佐賀潜を読むのはこれが初めてだが、やはりこの時代の乱歩賞作家は押さえておきたいと手に取った次第である。

 こんな話。大手食品会社の社長が自宅で死体となって発見される。死因は青銅の花瓶での一撃によるもので、どうやら殺害される前に女の訪問者があったのではと推測された。市川署に千葉地検の少壮検事・城戸も加わり、さっそく捜査が開始されるが、城戸が気になったのは死体の上に散らされた白菊と曼珠沙華であった……。

 華やかな死体

 うわ、これはまたいろいろな意味で想像以上。ケレン味一切なし、前半は警察&検察の地道な捜査、後半はガチの法廷ものですやん……。
 とにかく捜査や法廷シーン、また検察機構や検察官の内情や心理などが実に丹念に描かれ、そちらへの興味はたっぷりと満たしてくれる。もちろん著者の経験が活きているところだが、若手検事の出世に対する感覚、正義に対する現実的な妥協、法権力に対する認識など、当時と今でもはかなり違いもあるだろうし、そういう意味でも興味深い。まあ、著者のフィルターも入っているので、その点は考慮しておく必要はあるだろうけれど。
 とはいえ、本作が刊行された昭和三十七年にこれだけ綿密に検察機構や法廷を描写をする小説は少なかっただずで、加えて当時は松本清張が大流行し始めた時期でもあるので、こういう作風が好評を博したことは理解できる。

 その一方で、とにかく地味すぎる作風は辛いところだ。資産家が殺されたとはいえ、その背景は痴情などが中心となっており、なんというか物語に広がりやドキドキ感がない。
 そんな事件を主人公の若い検察官が追うわけだが、この検察官も真面目なのはいいが、あまりにアクがなく、むしろ検事には似合わない気弱なタイプ。野心もないことはないのだが、同じ程度に弱さも感じられ、いまひとつ捜査にキレがないのが物足りない。

 ただ、先に書いたように検察機構や法に対する描写は丹念だし、それらの描写を通じて著者の法に対する思いはひしひしと伝わってくる。特にラストなどは決して後味がよいとはいえないのだが、そこにこそ著者の強いメッセージが込められているといってよいだろう。
 地味なストーリーに地味な主人公、人によってはこの辺がネックかもしれないが、個人的には十分楽しめる一作であった。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 仕事が一区切りついたこともあって本日は渋谷へ。お目当は東急東横店で開催されている渋谷大古本市だが、東急東横店が来月閉店ということもあって、これが最後の渋谷大古本市。今後、場所や形を変えて開催されるかどうかは知らないのだが、とりあえずはお別れも兼ねて古本漁りである。
 買ったものはF・デーヴィス『世界推理小説全集67 閉ざされぬ墓場』、デイヴィッド・ドッジ『世界推理小説全集47 黒い羊の毛をきれ』、結城昌治『風変わりな夜』、『殺意の軌跡』、『遠い旋律』、『新本格推理小説全集6 公園には誰もいない』、陳舜臣『新本格推理小説全集2 影は崩れた』、多岐川恭『新本格推理小説全集7 宿命と雷雨』。どれも300〜500円というところで(多岐川恭だけ少し高かったが)、ネットをみるともう少し安く買えるものもあるんだけれど、まあ餞別がわりで。こういう場で買うのが楽しいというのもあるしね。


 読了本は湘南探偵倶楽部さんが発行する復刻版からの一冊。大下宇陀児の短編『盲地獄』。

 盲地獄

 伊戸林太郎は薬局を営み、“おきち”という恋女房ともいっしょになり、特に不満のない生活を送る若者だった。ところが二十五歳のとき、病によって全盲になってしまう。当然、薬局は続けられず、代わりに“おきち”が仕出し料理の店を出すことになり、当初はそれなりにうまくいっていた。
 だが、いつしか“おきち”の気持ちは板前の芳三に傾き、それに気づいた林太郎は二人を憎み、殺害を計画する。それは何年もの準備を費やした完全犯罪のはずだった……。

 いわゆる倒叙もの。盲目の主人公が自らの障害を逆手にとり、完全犯罪を狙うというストーリーで、最後は主人公が予想だにしなかった落とし穴が待っている。
 まあ、王道といえば王道の展開だし、アリバイトリックもまあまあというところなのだが、コロンボの例を出すまでもなく、倒叙といえばラストのどんでん返しがキモ。本作はそこを比較的上手く落としていて悪くない。また、主人公のネチネチとした語りもストーリーにマッチして雰囲気もよし。
 無理があるとすれば、アリバイトリックの前提として、主人公が常人以上の感覚を身につけなければならない点だが、ま、野暮はいいますまい(苦笑)。

 なお、本作はタイトルはもちろん内容も相当アレなので、おそらく通常の商業出版物として復刻されることは今後ないかもしれない。まあ、古本で入手できないことはないけれど、そんな作品がこうして同人として復刻されるのは毎度のことながらありがたいかぎりである。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 クリス・マクジョージの『名探偵の密室』を読む。昨年の夏に刊行された本だが、その挑戦的なタイトルと内容でけっこう話題になったのはまだ記憶に新しいところだろう。年末のランキングでもまずまずの成績だったので遅まきながら読んでみた次第である。

 まずはストーリー。テレビのドキュメンタリー番組で“名探偵”として活躍する主人公モーガン・シェパード。実際に起こった事件や現在進行形の事件を再現し、ときには関係者をスタジオに招き、その真相を探り当てるのが名探偵モーガンの仕事だ。だが人気を追求するあまり、番組自体はかなり強引なもので、そんな葛藤から逃れるため、モーガンは番組を続けながらもアルコールや薬に溺れる日々を送っていた
 そんなある日、モーガンが目を覚ますと、彼はホテルと思しき一室で、見知らぬ五人の男女と閉じ込められていた。出口は塞がれ、バスルームには男の死体が発見される状況のなか、テレビに男の姿が映り込む。男を殺害した犯人は五人の中におり、三時間以内に犯人を見つけなければホテルごと爆破するというのだ……。

 名探偵の密室

 ううむ。これはまた何といいますか。
 面白くないわけではないが、その面白さはB級サスペンスとしての面白さで、当初に期待したものとはかなりの違いがある。

 そもそも“名探偵”の“密室”とくれば、普通はガチガチの本格を連想するだろう。実際、ストーリー中盤あたりまでは、一応その路線で展開する。密閉空間のなかで起きた殺人事件。容疑者は五人。さて犯人は誰か、そして部屋から脱出する方法はないのか、ネタとしては十分に魅力的だ。
 そこでモーガンは犯人を見つけるため、他の五人から順に話を聞いていく。うちの一人は犯人なので本当のことをいうはずもないから、モーガンはその嘘を見破らなければならない。ただ、モーガンもある事情からみなに嘘をついており、結局は登場人物全員の証言が怪しいという前提が面白い。
 加えて犯人捜しには三時間というタイムリミットがあり、それを越えれば全員死亡するという設定がある。これが全員の不信感を煽り、互いを攻撃するようになり、ついにはさらなる悲劇を招いてしまう。密室からの脱出と登場人物たちの熾烈な人間模様という結構は、映画『CUBE』のようなサスペンスも連想させてこれまた悪くない。

 ただ、そうやって転がったストーリーを収束させる技術が弱い。いや、弱いというよりは本格で幕を開けたにもかかわらず、その閉じ方がまったく本格ミステリ的ではないところに問題がある。
 そもそもモーガン・シェパードはテレビによって作られたスター探偵だ。実際にはそれほどすぐれた探偵としての能力があるわけではなく、しっかりした推理ができるわけではない。むしろ自分を見失いつつある弱い人間であり、常に黒幕や他の人物たちによって翻弄される始末なのだ。
 だから名探偵が事件を明らかにするようなカタルシスはなく、密室からの脱出についても然り。全体の仕掛けが明らかにはなるのは、もっぱらモーガンが体験した過去の出来事の描写によってである。

 結果、B級サスペンスものとしてはまずまず楽しめるものの、大きな肩すかしを食らったことで、その楽しさも帳消しである。少なくとも本格ミステリを期待して読むような作品ではないので注意されたい。
 ただ、解説によると、二作目がこれまた設定だけは面白そうなので(苦笑)、とりあえず次作が翻訳されたら一応読んでみるつもりではある。

 ちなみにモーガンが少年の頃に起きたある事件がすべての始まりという構図ではあるのだが、その事件のほうがよくできた少年探偵ものという感じで、むしろそちらだけを膨らませて少年向けミステリにすればよかったのでは、とも思ってしまった。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 スタンリー・ハイランドの『緑の髪の娘』を読む。ハイランドの著書はかつて国書刊行会から『国会議事堂の死体』が出ているが、これが何とも微妙な出来だったので、本作もおっかなびっくり読み始める。

 こんな話。英国北部に位置する西ヨークシャー州の町ラッデン。その地でブランスキルが経営する毛織物工場で工員の死体が発見された。被害者は若いイタリア人の女性で、おぞましいことに彼女の髪と遺体は染色桶の中で茹でられ、緑色に染まっていた。
 ラッデン警察署のサグデン警部をはじめとする刑事たちはさっそく捜査に乗り出すが、やがて被害者がいろいろと曰く付きの奔放な女性であることが発覚、彼女の交友関係から複数の容疑者が浮かび上がる……。

 緑の髪の娘

 面白い。個人的にはけっこう面白いと思ったが、完成度はやはり微妙だし、こりゃあ好き嫌いが出るだろうなぁ(苦笑)。

 ツカミは素晴らしい。なんせ緑色に染まった女性の死体が発見されるという幕開けである。緑色の死体が登場するミステリなんて、おそらく初めて読んだと思うが、なぜ犯人は被害者を緑色にする必要があったのか、さらにはなぜ染色桶で茹でる必要があったのか。ストレートながらも実に魅力的な謎ではないか。
 こりゃあ相当サイコなミステリなのかと思っていると豈図らんや。あまりそちらの方向に話は進まず、被害者女性の交友関係から、いたって普通に捜査が進んでいく。しかもノリがそれほどシリアスではなく、主人公格のサグデン警部が、ポーターのドーヴァー警部やウィングフィールドのフロスト警部、はたまたラヴゼイのピーター・ダイヤモンド警視あたりを彷彿とさせる魅力的なトンデモキャラクター。部下もひと癖ある連中ばかりで、彼らのやりとりが滅法楽しい。
 と、思っていると、今度はスパイ物の雰囲気を醸し出し、そして最後にはまたまたサイコに帰っていくという、とにかく読者の予想を裏切る展開が面白い。ただ、物語がスムーズに流れるかというと決してそこまで達者なわけでもなく、著者もどこまで意図的にひねくれてやっているかは不明である。

 結局こういうカオスな物語をどこまで受け入れられるかによって、本書の評価は大きく分かれるところだろう。最初に書いたように、個人的には許容範囲で楽しく読めたので、ちょっと変わったミステリが読みたい人には一応おすすめとしておこう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 E・C・R・ロラックの『殺されたのは誰だ』を読む。一時期は創元推理文庫で紹介が続いていたが、どうやら売り上げが芳しくなかったようで三冊でストップし、その後、論創海外ミステリで一冊は出たけれど、またまた沈黙。そして久々に昨年出たのが本書であり、忘れられるギリギリで何とかつないでいる印象である。
 ちなみに本書の版元は自費出版で知られている会社なのだが、もしかすると本書も訳者の自費出版かなとも思ったり。ソフトカバーとはいえ、この手の翻訳ミステリが1200円というのはすごいことだし、まあ普通の出版社では無理な価格設定である。おそらく訳者が身銭を切って、クラシックミステリを紹介しようという熱意で出したのかなと想像するわけである(まあ、想像なので、間違っていたらごめんなさい)。
 クラシックミステリのファンとしては買って読んで感想を書くぐらいでしか応援できないが、もう少しロラックの人気も上がってほしいものだ。

 まずはストーリー。
 舞台は第二次世界大戦下のロンドン。灯火管制で灯りの乏しいある夜のこと、マレーグ青年がリージェンツ・パークで物思いにふけっていると、殺人事件に遭遇する。一人の男がタバコに火を点けようとマッチを擦った瞬間、別の誰かによって殴り倒されたのだ。慌ててその場に駆けつけたマレーグだが、男はすでに息絶えていた。現場に近づいていた足音はおろか、逃げ去った足音も聞こえず、いったい犯人はどのような方法で殺害したのか? スコットランド・ヤードのマクドナルド警部はさっそく捜査に乗り出すが……。

 殺されたのは誰だ

 タイトルだけ見るとパット・マガーの〈被害者探し〉ものを彷彿とさせるが、いざ読んでみると全然そんなことはなくて、ごくオーソドックスな本格ミステリである。
 ロラック作品の特徴といえば、地味ながらも本格のコードをきっちり押さえた作風、冒頭の魅力的な謎、登場人物の描写の巧さ、読みやすさなどがあるだろう。ただ、アッと驚くようなトリックはなく、ロジカルな部分も意外に弱かったりするので、そういう意味では本格ミステリとしては非常にマイルドというか、管理人的には山村美紗とか内田康夫といった存在に近いようにも思える。
 とはいえ、これは決して悪い意味ではなく、当時のベストセラー作家としてロラックがあくまでひとときの娯楽を追求した結果であろうと思うわけで、それはそれでノープロブレム。

 本作はそんな作品群の中にあって、けっこういい線をいっている。地味だ地味だと言われつつ、キャラクターは立っているし、登場人物同士のやりとりや場面場面の作り方が上手いのでまったく退屈することがない。
 マクドナルド警部も個人的にはいまひとつ魅力に欠ける気がするのだが、今回は登場人物たちがやたらとマクドナルドを持ち上げるせいもあって、心なし魅力度アップという感じもあり。
 何より戦争という背景の使い方がうまい。いや、そんなテクニック云々のレベルではなく、きちんと戦争と向き合っているところが素晴らしいのだ。爆撃で山ほど死者が出ているという状況のなか、たかが殺人事件にかまけているひまがあるのかという刑事のセリフはなかなかに重く、これを当時のベストセラー作家がリアルタイムで、しかも娯楽小説のなかでサクッと書いてしまうところがすごいのである。

 そういうわけでミステリとしての技巧や驚きという点では物足りないところもあるけれど、全体的には悪くない一作。クラシックミステリのファンであれば読んで損はない。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 中町信の『阿寒湖殺人事件』を読む。まずはストーリーから。

 次回作の取材のため、妻の早苗と北海道バスツアーに参加した推理作家・氏家周一郎。果たしてその思惑どおり、初日からホテルのサウナでツアー参加者の男性が死亡する事件が起こった。好奇心旺盛な早苗はさっそくこれが殺人事件ではないかと考え、周一郎とともに推理を巡らせる。
 やがて男性は殺害されたことが明らかになり、他の乗客からの聞き込みを進める氏家夫妻。すると三ヶ月前に行われたツアーにも参加した夫婦が三組もいること、被害者がある目的をもってこのツアーに参加したことが徐々に明らかになるが、事件はこれだけでは終わらなかった……。

 阿寒湖殺人事件

 著者には『〜湖殺人事件』というタイトルでまとめた作品がいくつかあるが、別にシリーズというわけではない。タイトルこそトラベルミステリ的だが、中身はどれもトリックを詰め込んだ本格ミステリで、なかなかの力作揃いでである。
 そんななか、本作だけはやや例外で、推理作家・氏家周一郎とその妻・早苗を探偵役に据えた、歴としたシリーズものの一作。味付けもかなりユーモラスで、まさにタイトルから連想させるようなトラベルミステリー、あるいは二時間ドラマというイメージだ。
 特に早苗のキャラクターはいかにもドラマ向けというか。推理作家の夫ほどには頭が回らないようだが、その飽くなき好奇心、目立ちたがり屋の設定は、ストーリーの推進役としても出しゃばりなワトスン役としても貢献度大である。ドラマ化の際は、絶対にこちらが主人公として改変されること必至であろう。

 それはともかく。味付けはやや異なれども、本作は旅情やユーモアだけを押し出した作品ではなく、中身はしっかりした本格で、出来も悪くない。
 次々と起こる殺人事件がそれぞれどういう意味を持っていたのか、著者は例によって緻密なプロットを組んでおり、単なる連続殺人に終わらせない。しかも過去に起こった強盗事件や殺人事件、さらにはスワッピングといったディープなネタまで放り込んでくる。
 トリックもダイイング・メッセージやアリバイ、毒殺など、こちらも盛りだくさん。特にバス中の余興として描かれた、デカパイの牛の絵に関するネタは、一見バカバカしさを感じさせながらも実はよく練られていて感心した。

 結果、そこで繰り広げられる事件はなかなかの複雑さで、「一般人がよくこんな犯罪考えたよな」というツッコミはあるけれども、中町ファンならやはり読んでおきたい一作だ。
 ツッコミついでに書いておくと、連続殺人事件が起こっているのにまったく中止にならないバスツアーというのも不思議だよなぁ(苦笑)。

 なお、中町作品といえばプロローグの“騙り”がおなじみだが、本作もその趣向はしっかり採用されている。ただし、こちらのキレはいまひとつでありました。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 今月はプライベートでも仕事でもいろいろと大きな出来事があって、なかなか心身ともに休まらない。今日などは久々にゆっくりできたはできたのだが、今週も大きな会議やら接待やら、おまけに関西出張まであって、まことに忙しないかぎり。もうしばらくは我慢である。

 そんな状況にあっても、とりあえず本は読む。本日の読了本は『砂漠の伏魔殿 大阪圭吉単行本未収録作品集2』。盛林堂が進めている大阪圭吉の単行本未収録作品集の一冊である。収録作は以下のとおり。

「花嫁の塑像」
「氷」
「沙漠の伏魔殿」
「人外神秘境」
「主なき貯金」
「現代小説 山は微笑む」
「濱田彌兵衛」
「創作喜劇台本 軍事郵便(一幕)」
「エッセイ・ハガキ回答・アンケート」

 砂漠の伏魔殿

 比較的、軽い作品が多いのは一巻や二巻と同様である。拾遺集的なシリーズなので、それは致し方ないところだが、それでも歴史ものや秘境もの、コントに戯曲まであるのは要注目。つい十年ほど前はここまで作風に幅がある作家だとはマニアでもあまり認識していなかったはずで、そういう作品が読めるだけでもありがたい。

 個人的に気に入ったものは「氷」や「主なき貯金」、「現代小説 山は微笑む」といったところか。
 「氷」は掌編レベルのボリュームで、一歩間違えればコントやホラーになりそうなところを、なんとも言いようのない複雑な読後感で着地させてくれる。「主なき貯金」も掌編レベルだが、この枚数で人間の割り切れない心について考えさせてくれるところがさすが。
 「現代小説 山は微笑む」は炭鉱を舞台にした小説で、大阪圭吉作品で炭鉱といえば、当然すぐに「坑鬼」を連想するだろうが、こちらはそれとは真逆の明朗小説の世界である。それだけにオチも予想しやすいが、まあ楽しいからいいやね。

 なお、本書発行人である小野氏の「あとがきにかえて」が巻末にあるのだが、これがけっこう見逃せない。内容としては大阪圭吉のご親族訪問記で、本書に収録している作品の発見された背景などが記されているなど、非常にドキュメンタリーちっく。実はこれが一番面白かった(笑)。

 ちなみに本書はまだ盛林堂さんの通販で買えるようです。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca1/550/p-r-s/

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ジーン・ウルフの『書架の探偵』を読む。普段それほどSFは読まないけれども、これはジーン・ウルフが書いたSFミステリ、しかも探偵役の設定が非常に面白そうなので気になっていた作品である。

 まずはストーリーから。
 時は二十二世紀。世界の総人口は十億まで減少し、科学文明は進んでいたが資源は尽きかけ、社会問題も蔓延していた。世界全体を厭世観が包む、いわゆるディストピアの世界である。
 そんな世界で、図書館には「蔵者」と呼ばれる存在があった。一見、普通の人間に見える彼らは、作家の脳をスキャンされたリクローン(複生体)であり、図書館の書架で暮らし、利用者の求めに応じて知識を授けるのである。しかし、彼らはあくまで人間ではなく、リクローン(複生体)である。古くなったり、利用されない「蔵者」は処分されてしまう運命だった。
 ある日、推理作家E・A・スミスのリクローンであるE・A・スミスは、コレットと名乗る女性の訪問を受ける。父と兄を立て続けに亡くした彼女は、兄から死の直前にスミスの著書『火星の殺人』を手渡されたという。兄の死には、この本が関係しているのか? コレットはその謎を解くために著者であるスミスを借り出し、父たちが住んでいた家を訪れるが、何者かに襲われてしまう……。

 書架の探偵

 上でも書いたようにそれほどSFは強いわけでもなく、ジーン・ウルフの作品も初めて読むのでSF的な観点からはあまり大したことも書けないのだけれど、よくいえば意外にオーソドックスで読みやすく、悪くいえば少々古さを感じさせる内容で、あまり驚くような話ではなかった。
 図書館や「蔵者」という設定、それにまつわるエピソードなどは面白い。例えば、彼らはあくまで本の代わりとして造られたクローンなので、唯一の存在ではない。つまり同じ作家のリクローンは他の図書館にもいるということ。この設定を利用してスミスが生前の妻だった詩人のアラベラと各地で顔をあわせるところなど、物語のアクセントにもなっている。
 ただ、そのほかの点では、リクローンに関しては専ら人種差別問題を反映している程度で、これをあまり打ち出されても少々物足りないのも事実。彼らはあくまで「もの」であるため、いろいろな迫害を受けたり、自分という存在について苦悩したりもするが、さすがに今更な印象は否めない。それがストーリーの根本的なところに絡まないもどかしさもある。

 素材はいいけれど、調理の仕方が古いのか。これを書いたときの作者の年齢が八十歳を超えていたことや、ミステリに寄せて書いたことも影響しているように思う。
 ミステリに寄せて、と書いたが、基本的に本作のテイストはかなりハードボイルドに近い。捜査の一本道的な進め方、一人称という語り、主人公スミスの一貫した行動原理など、その空気はなかなか私立探偵的である。ときには脅されたり殴られたりしても減らず口をたたくところなど(口調こそ礼儀正しいけれど)、いかにもなやりとりに思わずニヤリとさせられる。

 そういうわけで雰囲気は悪くないと思うのだが、結局これらによって明らかになる事実も含め、SFとしてはそこまで突き抜けたものではないのが最大の弱みだろう。まあ、個人的にはそこそこ楽しめたけれども、SFファンやウルフファンには物足りなく感じられるだろうなぁ。


テーマ:SF小説 - ジャンル:本・雑誌


 都筑道夫の『三重露出』を読む。昭和の作家を消化するなかで、やはり都筑道夫も忘れてはならない作家だろう。高校ぐらいのころに次々と文庫化されていたこともあり、初期の代表作はけっこ読んでいるはずで、本作も三十五年ぶりぐらいの再読である(苦笑)。

 こんな話。翻訳者の滝口が目下とりかかっているのはアメリカの作家、S・B・クランストンが書いたスパイ小説『三重露出』。なんと日本を舞台にし、アメリカ人の私立探偵もどきが女忍者やギャングと渡り合う破天荒な内容である。ところが作中で意外な人物が登場し、滝口を驚かせる。
 意外な人物の名は沢之内より子。かつて滝口の知人らが集まっていたパーティーで変死を遂げた女性である。この小説は事件となにか関わりがあるのだろうか?

三重露出

 翻訳者・滝口が過去の事件を追う現実世界のパートと、作中作『三重露出』のパート、この二つが交互に語られてゆく異色の構成。初期の都筑作品らしい実にトリッキーな作品である。
 最近では『カササギ殺人事件』というビッグネームがあるし、新本格系の作家にはちらほらあるようだが、作中作というネタを用いたミステリは決して多いわけではない。それはそうだろう。長編一作書くだけでも大変なのに、二作分を盛り込んだうえ、両者に重要な関連性を持たせなければ作中作というネタを用いた意味がない。そこには単なる作中作というアイディアだけではなく、おのずとメタ・ミステリというものに対するアプローチも生まれるわけで、都筑道夫はその点も抜かりはない。さまざまなミステリのネタやパロディ要素を盛り込み、加えて当時の翻訳やミステリに関する裏話までぶちこんでくる。
 そういう意味において、本作は既成のミステリに対するチャレンジともいえるわけで、1960年代の初めにこういう試みをした都筑道夫はさすがとしか言いようがない。

 ただし、その試みが成功しているかというと、ここはなかなか難しいところだ。特に弱いのは作中作のパートと現実世界のパートの関連が薄いところである。両者を結ぶ糸は“沢之内より子”という人物しかないのだが、それが終盤までそのまま流れてしまうのはいただけないし、自分が何か読み落としているのかと思ったぐらいあっけない。
 もうひとつ気になるのは両パートのバランスの悪さか。ぶっちゃけいうと作中作のパートがあまりに弾けすぎていて、現実世界のパートが霞んでしまっている。
 一応はスパイ小説だが、その方向性は007と山風の忍法帖をあわせたうえで、よりユーモアとお色気をパワーアップさせたような内容。これが実にバカバカしいのだがたまらなく面白い(笑)。
 その面白さが現実パートで急にぶった切られてしまい、このつながりの悪さ、バランスの悪さが消化不良を起こしてしまう。

 というわけで、個人的には先に書いたようにチャレンジ精神をこそ評価したい作品だが、今、人にオススメできるかどうかとなると微妙なのも確か。そんな作品である。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 リニューアルされた創元推理文庫の『世界推理短編傑作集4』を読む。江戸川乱歩のセレクトによる全五巻のアンソロジーの第四巻。収録作はすべて発表順に並べられており、第四巻ともなると黄金時代真っ只中ということもあって大御所の代表作が目白押し。さすがに内容自体に新鮮味はないが、それでも本書でしか読めないものもあるので、くどいようだがミステリファンには必読の一冊、必読のシリーズである。

 世界推理短編傑作集4

トマス・バーク「オッターモール氏の手」
アーヴィン・S・コッブ「信・望・愛」 
ロナルド・A・ノックス「密室の行者」
ダシール・ハメット「スペードという男」 
ロード・ダンセイニ「二壜のソース」 
ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」
ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」
エラリー・クイーン「いかれたお茶会の冒険」
H・C・ベイリー「黄色いなめくじ」

 収録作は以上。旧版との違いを例によってまとめておくと、まず旧版の四巻に収録していたヘミングウェイの「殺人者」、フィルポッツの「三死人」は『世界推理短編傑作集3』へ、同じく旧版のチャータリス「いかさま賭博」は『世界推理短編傑作集5』へ移動している。
 反対にこれまで『世界推理短編傑作集3』所収のノックスの「密室の行者」、ダンセイニ「二壜のソース」、『世界短編傑作集5』所収のベイリー「黄色いなめくじ」は本書に収録された。
 さらにバークの 「オッターモール氏の手」はこれまで割愛されていた冒頭部分を復活させた完訳版となり、クイーン「は茶め茶会の冒険」は「いかれたお茶会の冒険」に改題され、新訳となっている。

 以下、復習も兼ねて各作品の感想など。
 「オッターモール氏の手」は完訳版というのがまず嬉しいが、内容ももちろん素晴らしい。リッパーもの、サイコパスもののはしりという見方もでき、犯人の人物像はなかなかショッキング。中学生の頃に読んだときは、その犯人像ゆえにピンとこないところもあったのだが、久々に再読すると実にスリリングで怖い。語りも効果的。

 「信・望・愛」は奇妙な味の犯罪小説というかミステリ的寓話というか。脱走犯の因果応報をシニカルに描いており、ジャーナリストならではの感性を感じる。おそらくミステリのプロパーであれば、ここまであからさまな展開にはしないだろうが、それがいい方に転がった感じだ。

 「密室の行者」はいま読むと「バカミス」に分類されそうな気もするが、なぜ男は食料が豊富にある密室で餓死したのか、という謎はすこぶる魅力的だ。ミステリのトリックを語るとき、物理的トリックとか心理的トリックという言い方をすることがあるけれど、これは言ってみれば物理的トリックでもあり心理的トリックでもあるという類い稀な例である。そういう意味でも傑作。

 ハードボイルドからはハメットの「スペードという男」が採られている。こういう中に入れられてしまうと、どうしても分が悪く感じられるが、実際、ハメットにはもっとよい作品があるわけで。本作はハメットにしては謎解き度合いが強い作品なので、おそらくそれがセレクトされた理由だろう。

 「二壜のソース」はやばい作品である。乱歩が愛した「奇妙な味」の作品は本シリーズでもいくつか採られているが、なかでも本作はほぼトップに位置するのではないだろうか。同棲していたカップルのうち女性だけが消え失せ、その資産はすべて男のものに。いったい女性はどうなった? ぼんやりと状況が語られつつ最後の一行で明らかになる真実。そしてそのインパクト。
 初読時もそうとうに驚愕した作品だが、何年か前にポケミスでダンセイニの短編集『二壜の調味料』が出たときに再読して、この作品の探偵がシリーズ化されていたこと、しかも犯人までレギュラー化していたことにもっと驚いたのも懐かしい思い出だ。

 ウォルポールの「銀の仮面」も乱歩お気に入りの「奇妙な味」系の作品だが、これは今でいうなら「イヤミス」か。ストレートな恐怖描写や暴力描写がなくともここまで怖さを感じさせるというのは、文章力と構成力の賜物だろう。精神的な暴力が実は一番怖いのだ。

 「疑惑」はピーター卿のシリーズものとはまた異なる味わいで、セイヤーズのダークサイドを感じさせる作品。日に日に体調が悪くなる夫妻。いま世間を賑わせている料理女による一家毒殺事件が、自分たちの身にも降りかかっているのではないかという疑惑の高まりがストーリーの軸となる。真相を予想することはそれほど難しくはないだろうが、それでもラストの二行にはゾクッとくる。

 「いかれたお茶会の冒険」は『不思議の国のアリス』の世界をミステリに持ち込んだ佳作。旧版では「は茶め茶会の冒険」というタイトルであったことは上でも触れたが、さらにその前には「キ印ぞろいのお茶会の冒険」だったはず。ちなみに集英社文庫『世界の名探偵コレクション10 エラリー・クイーン』では「いかれ帽子屋のお茶会」、嶋中文庫『神の灯』では「マッド・ティー・パーティー」という邦題もあるようで、これだけ統一されていないタイトルも珍しいのではないか。
 クイーンの作風といえばロジックの妙がよく言われることだが、本作はトリック重視。何者かが送ってくるプレゼントの意味には唸らされるが、強引っちゃ強引(苦笑)。

 ラストを飾るのはベイリー「黄色いなめくじ」。もちろん謎解き小説としてのアイディアの秀逸さ、面白さもあるのだが、久々に読んでみるとフォーチュン氏のキャラクターや人間味に惹かれてしまう。ちょっとした中編レベルのボリュームがあり、重厚さすら感じさせる傑作である。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



| HOME | Next

Design by mi104c.
Copyright © 2020 探偵小説三昧, All rights reserved.