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 ジョン・ロードの『吸殻とパナマ帽』を読む。
 本書は東京創元社の〈現代推理小説全集〉の一冊として刊行されたもの。先日の『電話の声』同様、ひとりジョン・ロード祭りの一環だが、とりあえずこれで手持ちの邦訳ジョン・ロードは打ち止め。新生堂〈世界名作探偵小説集〉からクロフツ等との併録で出た『トンネルの秘密』が唯一未所持だが、ページ数から予想するに抄訳っぽいし、これはそのうち縁があれば、というところか。

 さて『吸い殻とパナマ帽』だが、こんな話。
 英国はアスターウィッチ市のはずれ、テムプル農場へと続く道の途中で一人の男性が死体となって発見された。遺体の様子から男は殺害されたことが判明し、所持していた免許証から菓子工場で運転手を務めるダンスタブルであると判明する。さっそくロンドン警視庁からジミー・ワグホーン警視が駆けつけ、地元警察のヒックリング警部と協力して捜査が行われることになった。
 手がかりは二つ。現場で見つかった煙草の吸い殻、逆に当日ダンスタブルがかぶっていたはずのパナマ帽が見当たらないという事実である。この二つの手がかりの追跡、そして関係者への聞き込みを中心となって捜査が進む。するとダンスタブルの娘と菓子工場主ロジャーの養子でるケネスが密かに婚約していたものの、それが最近破談になったという事実が明らかになる。どうやらダンスタブルはそれをネタにケネスを強請っていたようで……。

 吸殻とパナマ帽

 相当な駄作を覚悟していたのだが、ううむ、確かにいろいろ弱点はあるのだけれど、けっこう面白いではないか。
 本作では二つの殺人事件が扱われており、仰天するほどではないけれども、その真相はまずまず意表をつくものとなっており、やはりジョン・ロードのプロット作りの巧さは見直すべきであろう。
 被害者ダンスタブルの強請り屋という裏の顔、そこから容疑者が広がっていくのかと思いきや、早々に最重要容疑者が殺害されるという展開は予想外で、この二つの事件の関連性が面白い。これが単独の事件だとかなり平凡な作品に終わってしまう可能性は大きかったと思うが、それを組み合わせることで魅力的なプロットにまで持っていっている。

 ただ、その魅力的なプロットを、例によって面白いストーリーに仕立てるのが下手というか(泣)。特に前半はかなり辛くて、特に警察がダンスタブル殺害事件での聞き込みの最中に、ロジャーとケネスの過去について知る件はあまりに唐突すぎる。
 捜査のこの時点でこの膨大な情報を入手するという不自然さ、しかもダンスタブル殺害事件にそこまで深く関わるわけではない。むしろ第二の事件との関わりのほうが強くて、明らかに著者がこの情報を盛り込む箇所を間違えた感がある。
 ロードの弱点の退屈さというのは、もちろん刺激やインパクトの不足という面もあるが、どちらかというとこういう重要なネタのストーリーへの落とし込みの適当さが起因しているのではないだろうか。

 あと、これまで退屈さの要因のひとつとして思っていた、執拗な推理の繰り返しの部分だが、続けてロード作品を読んでいると正直それほど気にならなくなってきた。もちろんもう少しコンパクトにまとめたほうがよりいいとは思うが、それでも要素としてみれば本格探偵小説として無くてはならぬ部分であり、そう意味ではこれは欠点ではなく個性と見たほうがよいだろう。

 ということで欠点はあるものの『吸い殻とパナマ帽』が意外な拾いものだったことは大きな収穫。もしかすると『見えない凶器』や『エレヴェーター殺人事件』も再読するとその評価も変わるかもしれないが、ううむ、どうなんだろう(苦笑)。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 結城昌治のデビュー長篇『ひげのある男たち』を読む。著者の作品は警察小説やハードボイルドといった硬派なイメージがあるけれども、ユーモラスな作品も少なくはなく、本作はそちら系統の代表作でもある。

 こんな話。古びたアパートの一室で若い女性の死体が発見される。死因は青酸カリによるもので、当初は自殺と思われた。しかし現場にやってきた郷原部長刑事はある事実からこれは殺人であると見抜き、捜査を開始する。
 警察はアパートの住人や出入りしていた者たちの情報を集めるが、捜査線上に浮かぶ容疑者はなぜかひげを生やしたものばかりで……。

 ひげのある男たち

 あ、これは確かにいい。ユーモアミステリとしてどうこうではなく、普通に本格ミステリとしてハイレベルな作品ではないか。
 序盤はあくまで警察小説風。数名の容疑者が浮上するなか、郷原部長はじめとする四谷署の面々はチームワークで捜査にあたり、彼らに対する追求を緩めない(いや、本当はけっこう緩くてそれがまた面白かったりするのだが)。だがそんな努力もむなしく、遂には第二の事件まで発生する。決定的な容疑者を絞ることができない警察、そんな試行錯誤の様子を語りの巧さで軽快に引っ張っていく。また、そういう試行錯誤があるから、真相の意外性がより活きてくる。

 ラストの謎解きシーンはとにかく見事で、その前振りとなる警察署でのシーンも含めて絶品である。
 作者は警察署での謎解きをいったん棚上げするのだが、それ自体が最後の仕掛けになっているという構成の妙。さらにはラストの謎解きで披露するロジックの見事さ。たったひとつの手がかりから論を進めていく手並みは、なんだかんだいっても本格ミステリ最大の醍醐味ではないだろうか。

 そういう本格ミステリを彩る手段として、本作ではユーモアミステリという手段がとられている。
 ユーモアミステリというと得てしてドタバタが過ぎたり、登場人物のキャラクターだけで読ませようとするものだが、本作はそこまで意識的な笑いをとるのではなく、軽妙な会話や文章によって洒脱に仕上げている。例えれば、エスプリの効いた古い洋画を観ているような、そんな印象である。
 なお、題名や章題、内容においてもやたらとフィーチャーされる“ひげ"については、ちょっとくどすぎるか(苦笑)。ギャグのネタとしてだけでなく、きちんと事件の要素に組み込むあたりはさすがだが、これはどちらかというと一般的な読者にアピールするためのフックという要素が強いのではないだろうか。

 しかしまあ、器用な作家である。デビュー長編でここまで完成度の高い作品を書いていたとは恐れ入るばかりで、著者の代表作のひとつと言われていることにも納得の一作。
 残念なことに本書はすでに古書でしか入手できないようだが、結城昌治の復刊がこのところ相次いでいるから、本書もぜひ期待したいところである。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ジョン・ロードの『電話の声』を読む。論創海外ミステリから出た『代診医の死』、同じくマイルズ・バートン名義の『素性を明かさぬ死』の二冊でかなりジョン・ロードを見直したこともあって、この勢いでついでにロードの長年の積ん読を消化しようと考えた次第。
 『電話の声』は東京創元社の〈世界推理小説全集〉の第六十巻として1959年に刊行されたもの。この1950年代、ロードの邦訳は本書に加え、『エレヴェーター殺人事件』、『プレード街の殺人』、『吸殻とパナマ帽』と計四冊が刊行されているが、それらが軒並みイマイチの作品ばかりだったために、その後の紹介が進まなくなったと言われている。
 ということでほぼ期待せずに読み始めた『電話の声』だったが、果たしてその出来やいかに?

 まずはストーリー。
 舞台はイギリスの地方都市ミンチングトン。娯楽の少ない小さな町ではあるが、とあるバーでは週に一度、ビリヤードの大会が開催され、地元の仲間で賑わっていた。そんなある日、店にある男から電話があり、大会に出場するリッジウェル氏に伝言が残される。仕事の話をしたいので、指定した日時に自分の家に来てほしいというものだった。
 さっそく男を訪ねたみたものの、なぜかそんな住所はなく、不思議に思いながら帰宅するリッジウェル。しかも帰ってみると妻のジュリアが殺されていた。事件後の態度に不審を抱いた地元警察はリッジウェルを容疑者とみなすが、ロンドン警視庁から派遣されたジミイ・ワグホーン警視は外部の犯行と考え、捜査を進めてゆく……。

 電話の声

 ううむ、これは確かに微妙な感じ。例によってプロットは悪くないのだけれど、ストーリー展開が恐ろしいほど地味で大変損をしている。ストーリーの地味さではこれまで読んだロード作品のなかでもトップクラスかもしれない。

 最初にひとつ書いておくと、本作は実際に起きた事件をロードが解釈したという触れ込みの作品で、その意義が理解されないままに読まれたため、評価が下がってしまった云々という記事をどこかで拝見したことがある。だがなぁ、ううむ、それは免罪符にならないだろう。
 実際の事件がそれほどセンセーショナルなものではなく、いたって地味な事件なので、そこをどうこう言われても困るというのならわかるが、別に本作はノンフィクションではなく、れっきとしたフィクション。事件が起きてから以降の出来事や真相に関しては著者の創作だから、必要以上に実話云々を打ち出す必要があるとは思えない。

 先に書いたとおり、とにかくストーリーは厳しい。事件はすぐに発生するが、その後の展開は捜査→推理→聞き込み等で新たな手がかり→新たな推理→聞き込み等で新たな手がかり→新たな推理……という具合に、推理のやり直しが延々と続くのである。
 これも上で書いたがプロットは悪くないのだ。トリックがガツンと出るタイプではなく、ホワイダニットとフーダニットで読ませる作品であり、真相だけ取ってみれば意外性もまずまずある。
 だから事件発生までの雰囲気作りなどをもう少しボリュームアップさせ、かつ、延々と繰り返される推理場面を反対にもう少し絞れば、それなりに悪くない作品になったはずだ。
 延々と繰り返される推理場面は、単にストーリーが冗長になるという欠点だけではない。あらゆる可能性を考慮し、疑問を挙げては潰していくため、読者に対してかなり真相がばれやすくなるというデメリットまで発生する。本作など登場人物が少ないため、よけいにその点が辛いところだ。

 ただ、確かにストーリーは退屈だし、派手なトリックもないのだけれど、本格探偵小説としてみた場合、足と推理だけで真相にたどりつくというスタイルはある意味王道ではある。
 犯人は夫のリッジウェイなのか、それともそれ以外の人物なのか、容疑者は一人+αという状況の中、非常に限られたピースをどうはめこむかという面白さである。シンプルな犯罪なのに、そのピースがほとんど埋められないのだ。
 犯行動機もそんな埋まらないピースのひとつ。この動機を見つけることこそが犯人へつながる道なのだが、リッジウェイであっても外部の犯行であっても、その動機が不明なのである。
 結局は細部が不明のまま、ジミイ警視は状況証拠だけを頼りにバクチに打って出るのだが、最後の最後でロジックを詰め切れなかった印象がするのは惜しいところである。まあ、それでも犯人を指摘する場面は、それまでの退屈さがあるだけにかなりインパクトではあった。

 嬉しい誤算としては登場人物の面白さ。人物描写が平板であるというのもロード作品にいわれる欠点だが、これは本作にはあてはまらない。といっても、これはリッジウェルという一人の人物に頼るところが大きい。
 真面目で勤勉、感情をあまり出さず、独自のポリシーを貫いて暮らすリッジウェイはかなりの変わり者で、彼がもっと凡庸な人物だったら、より退屈な物語になっていた可能性は大いにあるだろう。

 ということで、決して言われているほどつまらない作品ではないというのが最終的な感想。ただ、ストーリーの退屈さだけはかなりのものなので、わざわざ高い古書価を払ってまで買うようなものではないだろう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 このところ同人誌や私家版のミステリや関連書を買うことがずいぶん増えてきた。別に積極的に同人活動に注目しているわけではないのだが、単純に面白そうな内容のものが多く出るようになったということ。また、以前ならその周辺の関係者しか存在を知らなかったものが、ネットのおかげでより多くの人の目に触れるようになったということが大きいだろう。

 少しTwitterでもつぶやいたのだけれど、正直、本の作りなどは稚拙なものが多い。もちろん商業出版のようにかける費用が違うわけだから当たり前っちゃ当たり前なのだが、別に費用の問題だけではなく、活字の組み方がきついものは辛い。同人誌を出すような人ならみな基本的には本好きだと思うのだが、なぜ自分で作るとこんな読みにくい文字を選んだり、行間や版面を気にしなくなるのだろう。そういうのは普通の出版物を見れば簡単に参考にできるのにね。
 とはいえ、そこを気にさえしなければ、内容自体はなかなか頑張っているものが多い。商業ベースでは出せないようなマニアックな企画が平気でばんばん出てくるので、何といってもそこが最大の魅力だろう。

 ミステリ関係の私家版、同人誌で圧倒的にすごいのはやはり西荻窪にある古書店、盛林堂さんが出している盛林堂ミステリアス文庫だろうが、これはもうプロやセミプロがたくさん絡んでいるし別格だろう。ただ、そうはいっても結局は私家版ならではの濃い企画ばかりで、普通に商業ベースで出せるような内容かというと絶対にそんなことはないはずだ(苦笑)。
 翻訳ものでは老舗のROMや湘南探偵倶楽部、最近ではヒラヤマ探偵文庫も要注目。これらは装丁などはあくまで同人誌の雰囲気だけれども、その内容は盛林堂に勝るとも劣らないヘビーなものばかり。こちらで出た後に商業出版されるものも多く要注目である。これは翻訳物中心ということも関係あるのだろうか。

 個人では評論関係に面白いものが多い。上に紹介したものはなんといっても小説の復刻中心なので、同人だろうが私家版だろうが内容はそこそこ信頼できる部分があるし、事前の情報も集めやすい。
 ところが評論系はアマチュアの個人研究がメインなのでまさに玉石混交。このジャンルで最近もっとも注目されたのが浅木原忍氏の『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド』だろうか。同人誌でありながら本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞し、その後に論創社から増補改訂版が商業出版された。
 これに匹敵、いや、抜いたかもと思わせたのが、本日読んだ松井和翠氏による『推理小説批評大全総解説』である。

 推理小説批評大全総解説

 本作は日本探偵小説の数ある評論から七十篇をセレクトして解説したもの。黒岩涙香から有栖川有栖に至るまで扱う作家・評論家も幅広いが、興味深いのは文学におけるミステリというテーマを軸にして評論を選んでいるところだろう。つまり創作論やトリック等の技術論にスポットを当てるのではなく、ミステリの意義や文学としての可能性、まさにミステリという芸術について論じた評論をピックアップしているのである。
 なかには、なぜこの評論を選んだのか解せないものもあるし、著者にはもう一歩思い切った解説がほしかったところだが、このセレクトだけでもかなりの重労働だし、相当な読書と勉強のうえに成り立っている仕事であることは確か。そこまで望むのは贅沢というものだろう。とにかく力作というほかはない。

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 マイルズ・バートンの『素性を明かさぬ死』を読む。先日読んだ『代診医の死』の著者、ジョン・ロードの別名義作品である。まずはストーリー。

 英国の片田舎、テンタリッジ村で別荘を構え、農園を楽しむために週末を過ごすジェフリー・メープルウッド。あるとき地主でもある甥のバジルが訪ねてきたが、翌朝、バジルは密室状態のバスルームで死亡したところを発見される。
 事故、自殺、それとも他殺? 判別がつかないため、事件はロンドン警視庁のアーノルド警部に委ねられる。捜査を進めるアーノルドは遺産などの状況から犯人の目処はつきつつも、どのような犯行手段を使ったかがわからず……。

 素性を明かさぬ死

 別名義とはいえ、シリーズ探偵がプリーストリー博士から犯罪研究家メリオン氏&アーノルド警部に変わったぐらいで、その作風はほぼ同一と思ってよいだろう。十分に練られたプロット、推理合戦を中心にししつつも展開としてはいたって地味なストーリー、紋切り型の登場人物、ハウダニットにこだわってはいるが感動を与えない機械的トリック……認識としてはそんなところか。
 加えてバートン名義の方が田舎の情景描写などがより光っており、トラベルミステリ的な楽しみもできるという見方もあるようだが、まあ、ジョン・ロードを今頃読む人がその点を期待しているとはさすがに思えないけれど(苦笑)。

 ただ、一応は長所短所が入り混じっているとはいえ、これまでは圧倒的に短所の印象が強く、退屈派とまで揶揄されたジョン・ロード。それが昨年の夏に刊行された『代診医の死』の紹介によって、ずいぶんと我が国での株も上がったことは間違いないだろう。
 そして、そこからあまり間をおかずに出版されたバートン名義の『素性を明かさぬ死』だが、これもさらにロードの株をあげるに十分な一冊であった。

 先にも書いたが、これまでのロード作品とそれほど作風が変わるわけではない。特にストーリーを引っ張るのがハウダニット、すなわち機械的な密室トリックであり、その仕掛けもまあ悪くはないけれど凄くもないというレベル。それをアーノルド警部がコツコツと調べていく過程はまずまず楽しめるけれども、それだけではもちろん満足するわけにはいかない。
 本作が光っているのは、その機械的密室トリックをとりまく状況であり、著者は自らの短所を逆手に取るかのような真相をもってくる。あまり詳しく書くとネタバレになるけれど、密室トリックそれ自体も大きな伏線なのである。
 ごく限られた条件と登場人物、そのなかで本格を成立させるのはもちろん難しいのだが、それをロードがこういうサプライズでまとめてくるとはまったく予想外であった。
 これらの作品でジョン・ロードの作品が見直され、続々と刊行されるようになると面白いのだけれど、問題はこのレベルの作品があといくつ残っているかだろうなぁ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 金田一耕助のファンサイト『金田一耕助博文館』の運営者・木魚庵氏の同人誌『金田一耕助 知られざる事件簿ハンドブック』が出たので購入してみる。

 金田一耕助 語られざる事件簿ハンドブック

 本書は金田一耕助が登場する作品中から、その存在だけが語られている事件をまとめたガイドブックである。
 例えば『本陣殺人事件』では、サンフランシスコに住む日本人たちの間で起こった奇怪な殺人事件を、金田一が見事な推理によって解決したというようなことが記述されている。本書ではそういった原作の記述をピックアップし、その事件ごとに推定年代と出典、概要などをまとめているわけである。
 原作の記述があまりにふわっとしたものしかないので、そこまで詳しい分析があるわけではない。しかし原作の隠された事件の記述をヒントに書かれた、他の作家のパスティーシュや贋作を紹介してくれているのが資料的にも面白いところだろう。

 ただ、どうせここまでやってくれたのなら、金田一耕助の生涯を俯瞰的に見せるもの、例えば年表などでその生涯をざくっとまとめるようなページがあればよかった。そうすれば原作と語られざる事件との関係もより理解しやすくなったのではないだろうか。
 あと、野暮を承知で書いておくと、職業柄どうしても気になったのが、文字の組み方や大きさ、カコミの処理などレイアウト全般である。本書の内容はすべてテキストベースなので、こういう本は下手に工夫しようなどと思わず、普通の小説のように組んだほうが読みやすくなる。もし同人誌をお考えのかたで少しレイアウトにも凝りたいという人は、こういったガイド系のものなら学校の教科書や参考書のレイアウトなどが意外に参考になるはずである。

 ちょっと注文もつけてしまったが、基本的にはディープな金田一ファン、横溝ファンには便利な一冊だろう。こういう内容は調べる労力も大変だし、そもそも商業出版としてはまず通らない企画だろうから実にありがたい話である。乱歩に比べると正史関係の関連本はまだまだ少ないので、同人誌に負けず商業出版ももう少し元気を出してもらいたいものだ。

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 ジョン・ロードの『代診医の死』を読む。ジョン・ロードといえば百冊以上のミステリを残した黄金時代を代表する本格探偵小説作家の一人。ただし、その地味な作風が災いして没後には“退屈派”というありがたくない異名をつけられ、日本でもまったく人気のない作家である。その膨大な著作数に比べると翻訳された数はあまりに少なく、そもそも作品がいまいちなので稀に新刊が出てもそのあとが続かない。
 著者の最高傑作として紹介された『ハーレー街の死』にしても、確かにそれまで紹介されたなかではいい方だったが、「ロードにしては」という但し書きは必要であろう。せっかく派手な題材を扱った『ラリーレースの惨劇』にしても、なぜここまで盛り上がりに欠けるストーリーにするのか理解できないほどであった。
 そこに本作『代診医の死』の登場である。実はこれが以前から傑作であるとは聞いていたのだが、さてその結果やいかに。

 こんな話。パタムという小さな田舎町で開業医を営むグッドウッド医師。妻と二人で毎年恒例の長期休暇をとることになり、その期間の代診医としてロンドンからソーンヒルという医師を雇うことになる。現れたソーンヒルは真面目そうな好青年で、安心したグッドウッド医師は引き継ぎを終えて旅立ってゆく。
 残されたソーンヒルもさっそく診療や往診にあたるが、グッドウッドの友人でもある資産家トム・ウィルスデンの往診に出かけると、その病状がグッドウッドから聞いていたより遥かに悪いと判断する。しかし、頑固なウィルスデンは急ぎの治療を拒み、なんと翌日には体調を崩して死亡してしまうのだった。
 気落ちするソーンヒルだったが、目の前の業務は消化しなければならない。その日も往診にでかけたが、今度はそのソーンヒルが行方不明となる。さらには付近の森で火事が発生し、焼けた車からは遺体が発見される。しかも死因は火事ではなく、頭蓋骨への殴打であることが判明。いったいこの小さな町で何が起こっているのか……。

 代診医の死

 ロードが退屈派と言われる原因は、主にストーリーの単調さとルーティンのような構成、登場人物の平板な描き方にあると思うのだが、正直いうとそれらの弱点は本作でもそれほど変わらない。これはロードの後期作品では特に顕著な特徴らしいのだが、とりわけ中盤以降の推理合戦はそのボリュームゆえ、人によってはかなりだるいと感じる部分だろう。
 だがよく考えてみると、ミステリことに本格探偵小説を読むのであるから、推理合戦を退屈だというのは非常に矛盾した意見ではある。推理するという部分が退屈なら端から本格探偵小説など読むなという話だ。他の作家がキャラクターの魅力や破天荒なトリック、ワクワクするストーリーで味付けするところを、ロードは推理合戦という実に真っ当な味付けで勝負しているわけで、むしろミステリ読みは歓迎すべきところであろう。
 と、フォローしておいて何だが、そうはいっても推理合戦をもう少し面白く描けないロードの責任はもちろんある(笑)。アシモフなど黒後家蜘蛛の会シリーズで同じようなことをやっているのに、あれを退屈だという人はいないものなぁ。
 
 ただ、そんな弱点を孕みつつ、本作がこれまで紹介されてきた作品と決定的に違うのは、秀逸なプロットとメイントリック、そしてその結果としてのサプライズである。
 何といってもメイントリックが素晴らしい。ネタバレ等、差し障りがあるので詳しくは書けないけれど、理屈は通るがつまらない従来の物理的トリックではなく、アンフェアぎりぎりのところで勝負する心理的トリック一本で勝負しているのが素晴らしい。
 また、プロット絡みでいうと、グッドウッドの死とソーンヒルの死の関連、さらにはそれぞれの事件での動機をなかなか明らかにしないあたりも巧みである。こういった真相を踏まえると、少々退屈に思える推理合戦がまた生きてくるから面白いではないか。

 というわけで本作はこれまで読んできたロード作品のなかでは文句なしにベスト。これだけの作品があるのなら、さっさとこれから翻訳してくれれば、ロードの評価もけっこう変わっていただろうになぁ。まあ、ときの関係者もすべてのロードの作品を読むのは難しいだろうから仕方ないのかな。


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 ロス・マクドナルドの『死体置場で会おう』を読む。アーチャーものはひと休みして、今回はノンシリーズ作品。
 『暗いトンネル』等、初期の非アーチャーもの四冊はけっこう昔に読んだのだが、まあロスマクとはいえ習作的にみなされることも多く、やはりそこまで満足できるものではなかった。しかし、本作は1953年の刊行。『象牙色の嘲笑 』と『犠牲者は誰だ』の間に書かれたものであり、それなりに期待はできそうだ。

 まずはストーリー。
 パシフィック・ポイント市に住む富豪エイベル・ジョンスンの息子ジャミイが誘拐された。犯人と目されたのは、その朝ジャミイと一緒に車ででかけた運転手のフレッド・マイナーである。脅迫状を読んだエイベルは警察に届けることを拒み、身代金を自ら渡す手はずを整えようとする。
 一方、フレッドの妻エミイは地方監察官ハワード・クロスの事務所に出き、誘拐事件を伝えるとともに夫の無実を訴えた。ハワードはその日の朝にフレッドとジャミイに会っていたこともあり、この事件に不可解なものを感じるが……。

 死体置場で会おう

 もともとシリアスな作品、文学を目指していたロス・マクドナルドだが、初期の作品はあくまで生活のために書いた娯楽作品。だがアーチャーものを書いていく中で、ハードボイルドの可能性に目覚め、後期の文学的な作風につながっていく。
 本作はそんなロス・マクの過渡期的な雰囲気が感じられる。比較的落ち着いたストーリーで登場人物の描き方も深い。
 特に本作の場合、結婚というテーマが幾重にも描かれているのが大きな特徴である。探偵役、事件関係者、被害者、加害者と、すべての者たちに対して夫婦(もしくは恋人)のドラマがあり、それらを対比させつつ、最終的にある種の希望を感じさせるのが嬉しいし、珍しいといえば珍しい。
 ちなみにその点こそが、本作でアーチャーを起用しなかった大きな理由でもあると思われる。

 ただ、そういった部分だけでなく、本作はミステリとしてもかなりの面白さである。ロスマクは本格ファンからも人気のある珍しいハードボイルド作家だが、それはもちろん謎解きや意外性がハイレベルであるからに他ならない。
 本作では誘拐事件がベースになっているのだが、以前に起こったある交通事故が大きなカギを握っている。このつながり、交通事故の本当の意味を掴むというのがストーリーの柱になっているのだが、中盤ではその流れが単調になってしまうという欠点はあるものの、真相は完全にこちらの読みの上手をいく。
 途中までは、さすがのロスマクもノンシリーズではやはり本領発揮とはいかなかったかと思っていたのだが、まあ、自分の読みの浅いことよ(苦笑)。しかも真相がまた本作のテーマをしっかりと感じさせるもので、これはもしかするとロスマク前期のベストといってもいいのかもしれない。

 文庫化もされずノンシリーズということもあって知名度の低い本作だが、これは意外な傑作。古書価もそれほどではないので、ご縁があったらぜひどうぞ。


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 江戸川乱歩研究家として知られる中相作氏の評論『乱歩謎解きクロニクル』を読む。氏の成果はサイト「名張人外境ブログ」でも読むことができるが、意外なことに評論の類が個人名義で出るのは初めてではないだろうか。知る人ぞ知る乱歩関連の書誌や資料などをまとめた『乱歩文献データブック』、『江戸川乱歩執筆年譜』、『江戸川乱歩著書目録』などはあるが、本書のような通常の商業出版としての意味で。

 乱歩謎解きクロニクル

「涙香、「新青年」、乱歩」
  第一章 「新青年」という舞台
  第二章 絵探しと探偵小説
  第三章 黒岩涙香に始まる 
「江戸川乱歩の不思議な犯罪」
「「陰獣」から「双生児」ができる話」
「野心を託した大探偵小説」
「乱歩と三島 女賊への恋」
「「鬼火」因縁話」
「猟奇の果て 遊戯の終わり」
「ポーと乱歩 奇譚の水脈」

 目次はこんな感じ。もっともボリュームがあるのが三章立ての「涙香、「新青年」、乱歩」となり、これはミステリー文学資料館が開催した「「『新青年』の作家たち」において行われた著者の講演をもとにしたもの。ほかは関連書籍等で掲載された解説などを収録している。

 面白いのはやはりまとまった分量のある「涙香、「新青年」、乱歩」の項だろう。“絵探し”というキーワードを用いて、乱歩の創作に対する興味、嗜好をあらためて紐解き、そこから乱歩自身が提唱した探偵小説の定義に踏み込んでいく。

「探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く経路の面白さを主眼とする文学である」

 著者はここで、“謎”ではなく、“秘密”という言葉を用いられていることに着目する。似て非なるこの二つの語、その意味するところは何なのか。著者はそこから再び“絵探し”に戻り、乱歩が定義した探偵小説と“絵探し”との関係を解説する。
 ご存じのとおり、乱歩自身は自らの定義に則った探偵小説をほとんど書いていない。多くは“絵探し”の物語であり、個人的な嗜好もそこに集約されている。その“絵探し”と構造的には真逆の“探偵小説”、このふたつに乱歩はどう折り合いをつけていったのか。最終的にはそれらが乱歩の自伝や少年ものに対する位置付けに帰結するという考察がなかなか興味深く、面白かった。

 というわけで乱歩ファンならもちろん買い。十分満足できる一冊だろう。
 なお、内容に比して本書の装丁や題名がちとライトすぎるのはどうなんだろう。てっきり中身も軽い蘊蓄本やエッセイ的なものを想像してしまうので、それはそれで売りやすい面もあるのあろうが、もう少しかっちりした形のほうが本書には相応しい気がするなぁ。


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 我刊我書房さんによる私家版『我もし参謀長なりせば』を読む。
 著者が海野十三、大下宇陀児、甲賀三郎、蘭郁二郎、渡邊啓助という超豪華ラインナップなのがまず目を惹くが、これは昭和十四年、第二次世界大戦が勃発したときに雑誌「科学知識」が当時の探偵小説作家に依頼し、ドイツ側もしくは英仏側の参謀長という立場をとってもらって、勝利するにはどういう作戦をとるかという内容で書いてもらった、今でいう架空戦記みたいなものである。

 我もし参謀長なりせば

「仮装潜望鏡」大下宇陀児
「蛸の鮑とり」甲賀三郎
「日本爆撃」海野十三
「極秘作戦」蘭郁二郎
「閑な参謀総長」渡邊啓助

 収録作は以上。昨日読んだ久生十蘭『内地へよろしく』同様、戦争関連で読んでみたものの、こちらはまだ日本が戦争参入前ということもあり、全体的に能天気な感じは拭えない。「さすがに当代随一の探偵小説家たちが考えただけのことはある」などということは決してなく、それぞれの分量も少なく、当時の雑誌のお遊び的な記事といったところだろう。歴史的な資料性は高いのだろうが、残念ながら奇想を楽しむ読み物としてはいまひとつ。
 また、無粋ながらひとつだけ発行元に注文をだしておくと、表紙の文字が紙色のせいで非常に読みにくくなっているのはまずかろう。私家版とはいえ売り物なのでもう少し気をつけてもらいたかったところである。

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