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 本日は論創ミステリ叢書から『坪田宏探偵小説選』。
 坪田宏は1949年に探偵小説誌「宝石」でデビューした作家である。解説によると、戦後の引き上げ時から広島に在住し、本業のかたわら、若い頃から興味のあった小説の創作も続けていたらしい。そういった条件の割には執筆ペースはなかなかのもので、デビュー二年目にして短編六作を発表しており、創作にかける著者の意気込みがうかがえる。
 だが好事魔多し。1953年には長男を亡くし、翌54年には胃潰瘍から癌を発症して、なんと四十六歳という若さで早逝した。

 本書はそんな坪田宏の業績をまとめたものだが、中篇が意外に多いことから、いつものように一冊or二冊でほぼ全集とはいかなかったようで、シリーズ探偵の古田三吉ものをすべて収録した選集となっている。
 収録作は以下のとおり。

「茶色の上着」
「歯」
「二つの遺書」
「非常線の女」
「義手の指紋」
「宝くじ殺人事件」
「下り終電車」
「勲章」
「俺は生きている」
「引揚船」
「緑のペンキ罐」
「宝石の中の殺人」

 坪田宏探偵小説選

 管理人はこれまで坪田作品をアンソロジーで二、三作ぐらいしか読んだことはなく、普通に本格系の作家とイメージしていたのだが、今回初めてまとめて読んだことで、プラスアルファの部分が見えてきたことは面白かった。
 基本は確かに本格探偵小説である。トリックや謎解きをきちんと物語の中心に据えていることは確かなのだが、その部分だけに注目していると、「まあ書かれた時代を考えるとこんなものか」という評価にしかならないだろう。正直、トリックなどはそこまで驚くようなものはない。

 だが、それでは坪田宏の作風を完全に言い表せたことにはならない。面白いのはそういったトリックなどを踏まえたうえで、物語の構造に仕掛けがあったり、テーマの追求など作品全体へのアプローチがあるところか。
 たとえば「茶色の上着」などはトリックそものよりも、そのトリックの扱い方に趣がある。「二つの遺書」や「義手の指紋」にしても、実はトリックよりもプロットに面白みがあり、「勲章」は設定と登場人物の味わいで読ませるといった按配。
 そういった作品ごとの工夫が、犯罪が行われた背景や作品のテーマを鮮明に浮かび上がらせ、ただの本格とは一味違った読後感をもたらす。そういう意味ではなんとなく先日読み終えた笹沢佐保とも少し似ているのかもしれない。

 できれば収録されなかった中篇を『坪田宏探偵小説選II』としてまとめ、二冊で坪田宏全集としてほしいものだ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


  若いときから海外ミステリ中心に読んできた管理人なので、国内作家は一部の作家をのぞくとあまり縁がなかったのだが、ここ数年で1960~1980年あたりに活躍した作家を意識的に読んでいる。もとから読みたい作家はごろごろいたので、そのうちにという気持ちはあったのだが、やはり『本格ミステリ・フラッシュバック』はいいきっかけになっている。

 で、本日はそんな作家のなかからもう一人、開拓してみた。笹沢左保である。
 笹沢左保といえば「木枯らし紋次郎」の作者というのがもっとも通りがいいだろうが、もともとは乱歩賞を契機にブレイクした作家であり(受賞はできなかったが)、本格からサスペンスまで幅広い作品を残している。
 とはいえ時代物やサスペンスのイメージが強いこと、多作家であることなどから、ついついこれまで敬遠してきたのだが、実はミステリに関してはいろいろなチャレンジをしているのはマニアには知られているところ。そろそろ自分の中で読みごろの感じも熟してきたので手に取った次第である。

 ということで本日の読了本は笹沢左保の『招かれざる客』。まずはストーリー。

 商産省の所有する土地の利用法をめぐり、組合と省側が激しく対立していた。ところが組合の闘争計画が省側に筒抜けになっており、組合の幹部は国家公務員法に抵触したことで全員が処分を受けてしまう。
 組合敗北の原因は内部にスパイがいたことだった。組合はまもなく組合員・鶴飼をスパイと特定し、その背後関係を明らかにしようとしたのもつかの間、鶴飼は商産省の階段で殺害されてしまう。さらにはその組合員の愛人であり、スパイ活動に手を貸していた女性・細川も命を狙われるが、彼女と同居していた無関係の女性が誤認されて殺されるという事件まで起こる。
 警察はスパイを働いた男に激しい恨みを抱く組合員・亀田を容疑者とにらんだが、その亀田は事故で死亡し、事件は落着したかに見えた……。

 招かれざる客

 組合と役所の対立という社会派的な設定、前半の記事や報告資料というスタイルの記述のため、正直、最初はなかなか乗れなかった。もちろん、これはこれで作者の狙いだとは思うが、むしろ導入としては面白みに欠けてしまい企画倒れの感が強い。
 ところが、そこを抜けると話は違ってくる。スタイルも主人公・倉田警部補の一人称となり、ストーリーの様相も社会派から一気に本格寄りにシフト。しかも、その中身が暗号あり、密室あり、アリバイ崩しありとギミックてんこ盛りである。そのひとつひとつの疑問を少しずつコツコツと明らかにしていく様はクロフツを彷彿とさせる。

 しかし、本書が素晴らしい本当の理由は、そういったトリックを踏まえて明らかになる事件の様相だろう。
 確かに密室やアリバイなどのトリックのひとつひとつも悪くないのだけれど(とはいえ時代ゆえのトリックの古さはあるけれど)、事件の様相が明らかになることで、本作のテーマがくっきりと浮かび上がり、静かな感動を与えてくれるのだ。

 惜しむらくは先に書いたように、序盤の記述スタイル。また、主人公の倉田警部補が本当にたった一人で解決までもっていくため、物語としてはやや面白みに欠けるところだろう。倉田警部補自身のドラマも多少は描かれるのだが、ここも少々とってつけたような感じで物足りない。これが処女長編だけに、ストーリー作りはまだ成長途上だったのかもしれない。
 プロットは文句ないけれど、魅力的なストーリーに消化するところでもたついた印象である。

 ともあれトータルでは十分満足できるレベル。このほかにも意欲的な作品がまだまだ残っているので、当分は楽しめそうである。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 本日の読了本は橘外男の自叙伝『私は前科者である』。
 橘外男といえば文壇から距離をおいた無頼派の作家というイメージ。その経歴も無頼派にふさわしく、若い頃から荒れた生活を送って旧制中学を退学になったり、父親から勘当されたり、挙げ句の果てには横領で実刑判決をくい、服役経験まである。
 その後も前科者の烙印を押されたことで底辺の生活を送っていたが、妹の死をきっかけにもともと興味のあった小説を書き始め、やがて自らの経験を活かした『酒場ルーレット紛擾記(バー ルーレット トラブル)』が実話小説の懸賞に入選。ついには『ナリン殿下への回想』で、直木賞を受賞するに至る。
 戦時中には満州に移住したりもしたが、その経験も戦後の執筆活動に活かされ、その作品はSFや幻想小説にまで及び、非常にバラエティに富んでいたが、橘外男は常に自らの作品を実話小説と呼んでいたという。

 私は前科者である

 さて、本書は自叙伝ではあるが、書かれている時期はかなり限られている。
 具体的には刑務所から釈放された直後からほんの数年間のこと。すなわち出所できたはいいが前科者という立場では思うように勤めがみつからず、徐々に社会の底辺に落ちていく時期。どん底を経験したのち、あることをきっかけに再びまともな職につき、これが思いがけない出会いを生んで、ようやく仕事の運が向き初めてくるという希望の知らせで幕を閉じる。

 したがって本書内では創作や小説についての記述はほとんどない。まだ創作に手を染めてない時期の話であり、それがなんとも期待外れでもあり残念でもある。まあ、そもそも本書は前科者に対するエールの書なので、それも致し方あるまい。
 当時は今と違って前科持ちに対して非常に厳しい時代だった。とりわけ橘外男は家族からも見捨てられた立場で、就職に保証人が必須であることから、普通の勤めはほぼ選ぶことができない。それでも時代ゆえのゆるさもあって履歴書や保証人を偽ることもできるのだが、それもばれると最悪である。
 橘外男はそういう負のサイクルにどっぷりはまって転落の一途を辿るのだが、それを救ってくれたのはやはり人の縁や恩である。彼はその体験をもとに、前科者に対して決してあきらめるな、自棄になるなと応援してくれる。そういう本なのである。

 ただ、確かに探偵小説的な興味はほとんど満たされないけれど、書かれている内容は単純に驚くばかりである。当時の底辺社会を描いた小説や映画で多少は知識があるけれど、やはり実体験だけに描写が細かい。まあ、そうはいってもなんでも実話小説と謳っていた橘外男の自伝なので、もしかしたらかなり話を盛っている可能性はあるけれど(苦笑)。
 橘外男はもともと厳格な軍人の家庭に生まれた。そのしつけの厳しさに対する反発、あるいはいいところの生まれという甘え、その両方がないまぜになって道を踏み外したと思われる。だから橘外男の心情や立ち直るまでの道筋には、必ずしも全面的に共感できるわけではないのだが、だからこそ興味深く読めるところはある。
 橘外男の熱烈なファンなら、といったところか。

 なお、管理人は古本の新潮社版で読んだが、調べてみると現在はインパクト出版会版が現役の模様。ううむ、ミステリとはまったく縁のない出版社なので完全ノーマーク。復刊されていたことも知らなかったぞ。


テーマ:ノンフィクション - ジャンル:本・雑誌


 『紙の動物園』でSFファンはもちろん、普段はSFを読まない層にまで広くその名を知られるようになったケン・リュウ。本日の読了本は彼の第二短編集『母の記憶に』。
 読む前から十分期待はしていたのだけれど、気になったのは『紙の動物園』にしても本書にしても、日本で編まれたオリジナルの短編集だということ。つまり『紙の動物園』に傑作をぶちこみすぎて、本書ではもういい作品はそれほど残っていないのではないかという懸念である。
 しかし、そんな心配はまったくの杞憂であった。本書は『紙の動物園』に勝るとも劣らない、いや、それ以上の傑作短編集である。

 母の記憶に

The Ussuri Bear「烏蘇里羆(ウスリ―ひぐま)」
Knotting Grass, Holding Ring「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」
You’ll Always Have the Burden with You「重荷は常に汝とともに」
Memories of My Mther「母の記憶に」
Presence「存在(プレゼンス)」
Simulacrum「シミュラクラ」
The Regular「レギュラー」
In the Loop「ループのなかで」
State Change「状態変化」
The Perfect Match「パーフェクト・マッチ」
Cassaandra「カサンドラ」
Staying Behind「残されし者」
An Advanced Readers’ Picture Book of Comparative Cognition「上級読者のための比較認知科学絵本」
The Litigation Master and the Monkey King「訴訟師と猿の王」
All the Flavors「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」
The Long Haul: From the ANNALS OF TRANSPORTATION, The Pacific Monthly, May 2009「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」

 いやあ、すごいわ、これ。
 なんというか、『紙の動物園』を読んだときには、東洋思想と西洋科学の絶妙な融合とか、ノスタルジックな面やウェットな面が非常に心地よかったのだが、本書では中国伝奇風やハードボイルド風など、よりバラエティに富み、さらにエンタメ度が高くなったイメージ。
 とにかく読む作品、読む作品がことごとく面白い。長編でも十分にいけるネタを惜しげもなく短編や中編で仕上げるなど贅沢の極み。まさに奇跡のような作品集である。

 どの作品も本当に面白いのだが、その中でも気に入った作品をあげると、まずはスチームパンク炸裂の「烏蘇里羆(ウスリ―ひぐま)」。僅か二十三ページしかないのに、これでもかというギミックう詰め込んでおり、その方面のファンに堪えられない。

 「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」は中国の寓話的な一編。主人公の緑鶸(みどりのまひわ)の生き方が鮮烈で、読む者の心を鷲掴みにする。

 「母の記憶に」も圧倒的。これなんてたった五ページの掌篇なのに、ここまで家族と人生について考えさせられるとは。

 SFハードボイルドといってよい「レギュラー」は個人的なイチ押し。ミステリとしても十分満足できるレベルで、下手なハードボイルド作家は裸足で逃げ出すはず。『ブレードランナー』あたりが好きな人はもう堪らんのではないか。長編でシリーズ化してほしいぐらいだ。

 「パーフェクト・マッチ」は手垢のついたテーマのはずなのに、それでも引き込まれる。人間と人工知能の知恵比べにとどまらない皮肉なラストが効いている。

 「カサンドラ」もすごく好み。世界のあらゆる事象にはさまざまな見方と考え方があるけれども、それを某ヒーローに対峙する女悪役から描いている。単なるパロディなんかではもちろんない。

 「訴訟師と猿の王」は、清王朝時代の中国で、虐げられている庶民のためにかわって弁護を請け負う訴訟師が主人公。序盤はコンゲームっぽい面白さもあるが、主人公が心の中に(あるいは現実なのか)かう猿の王(おそらく孫悟空?)との会話が興味深い。そして物語の背景にあるのは清王朝の大虐殺なのだが、おそらくこれは天安門の比喩であり、もうとにかく濃度高すぎである。

 三国志好きに見逃せないのが「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」。主人公の謎の中国人と、三国志の物語でも屈指の武将といわれる関羽のイメージを、巧みにだぶらせて描いている。アメリカ人が書いた関羽の話なんて初めて読んだわ。

 とまあ、好みの作品を優先的に紹介してみたけれど、他の作品もハズレなし。これは間違いなくオススメです。


テーマ:SF小説 - ジャンル:本・雑誌


 プライベートでいろいろありすぎてバタバタの一週間。精神的にかなりきつくて読書もままならないが、なんとか一冊読んで感想を書いていると、その間は辛いことも忘れられる。読書にはいろんな効能があるけれど、心を穏やかにしてくれたり元気にしてくれるというのは最大の良さかもしれない。

 本日の読了本はスチュアート・パーマーとクレイグ・ライスの合作短編集『被告人、ウィザーズ&マローン』。ライスのシリーズ探偵・弁護士ジョン・J・マローンとパーマーのシリーズ探偵・教師ヒルデガード・ウィザーズの共演作品でもある。
 まずは収録作。

Once Upon a Train「今宵、夢の特急で」
Cherchez la Frame「罠を探せ」
Autopsy and Eva「エヴァと三人のならず者」
Rift in the Loot「薔薇の下に眠る」
People vs. Withers and Malone(Withers and Malone, Crime-Busters)「被告人、ウィザーズとマローン」
Withers and Malone, Brain-Stormers「ウィザーズとマローン、知恵を絞る」

 被告人、ウィザーズ&マローン

 本作の売りはもちろん二人の作家による名探偵の共演というところにあるのだが、マローンはともかく、わが国ではウィザーズの知名度が著しく低いのが残念といえば残念。スチュアート・パーマーのウィザーズものはわずかに新樹社の『ペンギンは知っていた』、原書房の『五枚目のエース』がある程度で、正直こちらが作風やレベル感をはっきりつかんでいない状況である。そんな状態で本作を読んでも、合作の具合がいったいどの程度のものなのか、両探偵の魅力がかみあっているのか、判断しにくいのである。
 もちろん、そんなことを気にせず、ミステリとしての出来だけで判断しても良いのだが、それでは本作の楽しみをかなりの部分放棄してる感じもして、なんだかすごく損をしている気分である(笑)。

 ただ、マローンものとしては普通に楽しめたし、ウィザーズについての理解が少なくてもマローンとウィザーズの掛け合い自体は面白く読めた。
 この手の作品では往々にして共演のみが読みどころとなり、ミステリとしての出来はいまひとつのものも多いが、本作では「被告人、ウィザーズとマローン」のようなキレのある作品も含まれていてよろしい。ただ、「被告人、ウィザーズとマローン」は合作といいながら、ほぼパーマーの筆によるものらしいけれど(苦笑)。
 まあ、傑作とまではいかないが、クレイグ・ライスのファンには嬉しいボーナス的一冊といえるだろう。



 小泉喜美子の短編集『痛みかたみ妬み』を読む。古書にあらず、なんと新刊。最近、小泉喜美子も『血の季節』やら『殺人はお好き?』やら、いろいろと復刊が続いてめでたいことである。
 さて、本書はかつて双葉社から刊行された短編集『痛みかたみ妬み』の増補版である。追加で加えられたのは、学生向け雑誌に発表された作品を中心に四作。うち二作は単行本未収録ということで、たんなる復刊にしないところはさすが日下氏。
 ちなみに出版元はそれほどミステリのイメージがない中公文庫。これから本格的に参入するとちょっと面白そうだ。

 痛みかたみ妬み

「痛み」
「かたみ」
「妬み」
「セラフィーヌの場合は」
「切り裂きジャックがやって来る」
「影とのあいびき」
「またたかない星」
「兄は復讐する」
「オレンジ色のアリバイ」
「ヘア・スタイル殺人事件」

 収録作は以上。
 小泉喜美子は翻訳ミステリー風の都会派サスペンスや幻想的な作風で知られ、雰囲気作りが上手い作家だ。オチを効かせた作品も多く、そういった要素がきれいに融合すると『弁護側の証人』や『血の季節』みたいな傑作が生まれるのだろう。
 ただ、正直そこまでアベレージの高い作家というわけではない。出版芸術社の『太陽ぎらい』みたいな傑作選はともかく、本書にかぎらず短編では作品ごとの出来不出来の差はけっこう感じられる。
 まあ、これはオチがきれいに決まるかどうかにかかっているところが大きいので、翻訳ミステリー風味というか、独特のサラッとした語り口や雰囲気を楽しむということであれば、どの作品もそれなりに楽しめるはずだ。

 ちょっと気になったのは、本書の帯に書かれている「イヤミスの元祖」云々。これはちょっと違うのではないか。
 本来イヤミスになるようなネタでも、上にも書いたように著者ならではのサラッとした語り口で仕上げることによって、その読後感は意外にえぐみが少なく、むしろ小粋だったり、ときには甘く感じることさえある。たんに「イヤミス」として括るのはいかがなものだろう。

 以下、印象に残った作品など。まずはタイトルの元にもなっている「痛み」「かたみ」「妬み」がよろしい。三編に共通するのは主人公の女性の心の内が、物語とリンクしてたっぷりと描かれていることである。それは主人公の二面性だったり、現実と理想の乖離だったり、錯誤と現実だったりして、じわじわと迫る悲劇を予感させてよいのだ。
 「痛み」は感化院に収容されている少女同士の愛憎のもつれがベース。捻れたドラマも読みごたえがあるが、その先にある痛みが哀しみを誘う。
 「かたみ」は着地が見えにくい話で、本格っぽいのかと思っていると、予想外の皮肉なラストが待っている。
 「妬み」はタイトルどおり女性の“妬み”を描いた佳作。こういうのは男性作家にはなかなか書けないだろうなぁ。
 そのほかでは著者が詳しいという歌舞伎をネタにした「セラフィーヌの場合は」が、女形の妖しい魅力に迫って興味深い。また、昭和四十年ごろの安手の映画みたいな「兄は復讐する」も、独特のチープ感を醸し出していてけっこう好みだ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 梶龍雄の『リア王密室に死す』を読む。こんな話。

 舞台は戦後間もない京都。個性豊かな旧制三高の面々は、勉学に遊びにと、それぞれのエネルギーを注いでいた。そんなある日のこと、リア王という綽名での三高生・伊場が、密室状態となった下宿先で死体となって発見される。
 容疑は部屋の鍵を持っており、アリバイがはっきりとしない同居者のボン・木津武志に向けられたが、三高の仲間たちは武志の無実を信じ、推理を巡らせる。

 リア王密室に死す

 著者には 『透明な季節』『海を見ないで陸を見よう』『ぼくの好色天使たち』という戦争直後を舞台にした青春ミステリの三部作があるけれども、本作も基本的にはその系譜につながる作品である。
 したがって味わいもそれらの作品とかなり近いものがあり、戦後の風俗描写、そして主人公(木津武志)をはじめとする当時の若者の気質が鮮やかに描かれているのがいい。
 とりわけ旧制高校の学生という当時のエリート候補たちが、将来や友情、恋愛、時代の流れに翻弄されつつも自分を見つけていく姿は、当時ならではの純粋さであり、羨ましくもある。

 ちなみに旧制高校は高校とはいっても現代の高校とはまったく意味が異なる。
 というのも、旧制高校はいまでいう大学の教養課程にあたり、六年間の小学校、五年間の旧制中学(ここが現代の中学・高校にあたる)を経て、受験によって入学する。
 旧制高校では文系理系を問わず、古文から外国語、哲学、文学、歴史、数学、物理など幅広い“教養”を三年間みっちりたたきこまれる。特に外国語はかなりの比重をとっていたようで、ドイツの哲学書や文学などを原書で読むのが当たり前だったらしい。まさに同世代の1パーセントぐらいしかいないエリート集団であり、彼らは卒業と同時に全国の旧帝大へ無試験で入学することができ、そのときに学部もある程度自由に選べたらしい。
 そのため旧制高校に入ったあとも勉強は一応大変だが、大学入試の苦労がない彼らにとって、この三年間はまさに青春を謳歌できる期間、自分の将来を考える期間、良い意味でのモラトリアム期間となったのである。

 ちょっと話がそれたが、つまりは旧制高校という制度、そしてその制度の中で生きる学生たちには、独特の時間が流れていたわけである。梶龍雄が巧いのは、そういう独特の世界を描いて、単純に物語の雰囲気を際立たせるだけではなく、その描写のなかに事件の動機や伏線を巧みに溶け込ませたことにある。
 『海を見ないで陸を見よう』などでもその成果は素晴らしいものだったが、本作でもそれにひけをとらず、関係者の行動にどこか腑に落ちないところもあるのだが、それがなかなか見切れない。ラストの種明かしでようやくそういうことだったかと納得し、同時に事件関係者それぞれの心情がしみじみと伝わってくるのである。

 ミステリとしての驚きも十分満足いくものだろう。タイトルの密室については物理的なものだし、まあこんなものかという気はするけれど、それでもやはり世界観にマッチしていて悪くはない。
 そもそも本作については、密室はメインのトリックというわけではなく、実はよりインパクトのあるトリックが待ちかまえている。ロジックで解き明かせるかとなるとちょっと厳しい気もするが、伏線はもうふんだんに張られているので、我ながらこれに気づかないかなと呆れるほどである。

 なお、本作は実は二部構成。時を隔てて真相が解き明かされるという二重構造である。それほどボリュームもないせいかスムーズに解決まで進みすぎて、ちょっと構成的にバランスの悪さを感じてしまった。
 完全に誰かの回想とかにして収めるか、あるいはもっとボリュームを増やして調査の試行錯誤を含めた展開にしたほうがよかったのではないだろうか。

  そういうわけで少し不満もないわけではないが、本作はこれまで読んだ梶龍雄作品でも十分上位にくる出来だろう。といっても、まだ十作ぐらいしか読んでないけれど 。
 旧制高校を舞台にした作品は他にもまだ三作あって、本作に比べるとやや出来は落ちるらしいのだが、それでも読むのが楽しみである。



 原口隆行の『鉄道ミステリーの系譜』を読む。「2017年度第17回本格ミステリ大賞」の評論・研究部門にもノミネートされた、鉄道ミステリーに焦点を合わせた評論・エッセイ集である。

 鉄道ミステリーの系譜

 鉄道ミステリー縛りという内容がやはり新鮮で、これまでありそうでなかったジャンル研究本である。著者はベテランの鉄道ジャーナリスト、版元も鉄道・交通系の専門出版社・新聞社ということで、ミステリにどこまで寄せた内容なのか気になるところだったが、これが予想以上にミステリ寄りで驚いてしまった。まあ、確かにそうでなければ本格ミステリ大賞にノミネートされることもないだろうから、当然といえば当然か。

 だが、十分にミステリ寄りではあるのだけれど、「交通新聞社新書」という新書で出たことからもわかるように、内容はそれほど濃いものではない。その中身は、古今東西の鉄道ミステリのあらすじ紹介でほぼ占められており、ミステリ者からするとそれなりに便利は便利なんだけれど、特別驚くほどの話はない。
 著者と版元が見据えているのはやはり鉄道・交通ファンであり、その人たちに新たな鉄道の楽しみ方を提案しているというのが、本書の本質だろう。鉄道には撮り鉄とか乗り鉄とか、マニアにもいろいろなスタイルがあることは知られているけれど、さしずめ本書は“鉄道ミステリによる読み鉄のススメ”といったところだろう。

 だから、本書についてはあまりミステリ側からどうこう言う本でもないと思うのだが、個人的に惜しいなと思う点をふたつほど挙げておこう。
 まずは紹介する作品が古今東西とは書いたが、やや時代的に狭いところ。海外ものは黄金期、日本ものは西村京太郎どまりなので最近のものはほぼ扱っていない。そのかわり日本ものなどはけっこうマニアックなものもあって(先日読んだばかりの丘美丈二郎とか)、このバランスが不思議である。著者の好みかな?
 もうひとつの注文は、鉄道がミステリのなかでどういうふうに活かされているのか、その分類ぐらいはほしかったところ。
 単に雰囲気を盛り上げるギミックなのか、それともアリバイなどのトリックに用いられているのか、鉄道ミステリといっても作品によってその扱いはさまざま。そこで読者の興味も大きく分かれるところなので、そういう解説はガイドブックの類であったとしても必要だったのではないだろうか。

 まあ、そんな感じで注文はあるけれども、こういう本が出ること自体は好ましいので、次はぜひミステリ側からも企画されることを期待したい。


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 クリストファー・ブッシュの『中国銅鑼の謎』を読む。
 論創海外ミステリはレアなクラシック作家を紹介してくれる実にありがたい叢書なのだが、今回のブッシュのように、そこそこ知られているのにまったく紹介が進んでいない作家をあらためて掘り返してくれるのも非常にありがたい。
 ブッシュの作品では、すでに『失われた時間』が論創海外ミステリから発売されており、これが悪くない作品だったので、この『中国銅鑼の謎』もけっこう期待して読み始めた。

 まずはストーリー。
 ビクトリア朝の屋敷をかまえ、年に一度は甥たちを招待する金持ちの老人ヒューバート・グリーヴ。しかし、赤貧に喘ぐ四人の甥たちにはまったく援助の手を差し伸べないため、その遺産だけをあてにする甥たちは、毎年しぶしぶそのパーティーに顔を出していた。
 だが、今年は少々、事情が違っていた。これまで絶縁していた妹エセルに遺産を譲るため、ヒューバートは遺言を書き直したいというのだ。
 そんななか屋敷に集まる関係者。そして食事を知らせる銅鑼がなったとき悲劇が起こる。ヒューバートは衆人環視の中、何者かによって射殺されたのだ……。

 中国銅鑼の謎

 おお、これも悪くないではないか。
 本作は1935年、ミステリ黄金期に書かれた本格探偵小説だが、当時の探偵小説の雰囲気や魅力をあますことなく味わえる。
 例えば、強欲で死んでも誰も悲しまない被害者がいて、かつ容疑者はみな善人っぽいという設定はけっこう重要なポイントだ。
 読者は被害者にまったく遠慮する必要がなく、安心してストーリーを楽しめ、だからこそより純粋に探偵小説のゲーム性を楽しむことができるのである。現代の小説にはあまりこういうことは思わないのだが、クラシックはやはりここが大事である。

 導入が巧い。プロローグ的に関係者の一部を倒叙的に登場させ、その後、屋敷に関係者が集まってくるという展開。期待をあおりつつ、伏線を張りまくる心憎い演出である。
 衆人環視のなかで行われる不可能犯罪もなかなかで、銅鑼で銃声をごまかすという犯行手段ながら、実はそれだけではすまさない仕掛けもあり、これが小粒ながらいろいろあって楽しめる。しかもメイントリックはかなり独創的だ(バカミスと紙一重ではあるが)。

 事件発生後も、探偵役ルドウィック・トラヴァースによる手書きの現場の見取り図が差し込まれたり、関係者全員が怪しいという状況でまったり聞き取り捜査が進められる。
 つまりはこういった、いかにもなストーリー展開や構図、雰囲気作りが本書には詰まっており、それはある意味、作り物感も強いのだが、それを含めて楽しめる一作なのである。
 これぞクラシック、これぞ探偵小説。衝撃度は低いが、『失われた時間』も良かったし、このレベルであればどんどん紹介を進めてもらいたいものだ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 『丘美丈二郎探偵小説選II』を読了。まずは収録作。

「恐怖の石塊」
「パチンコと沈丁花」
「汽車を招く少女」
「空間の断口」
「耳飾りの女」
「空坊主事件」
「竜神吼えの怪」
「ワルドシュタインの呪」
「種馬という男」
「トッカピー」
「波」
「電波公聴器」
「宇宙の警鐘」
「怪物「ユー・エム」」
「ミステリアンまた来襲す!!」
「科学党」
「幽霊」
「ポシブル・ケース」
「空とぶローラー」

 丘美丈二郎探偵小説選II

 ザクッとしたところは先日の『丘美丈二郎探偵小説選I』の感想でも書いたとおり。SFや怪奇をベースにしつつ、その真相を徹底して合理的・科学的に解明するというスタイルは、本書を読んだ後でもそれほど印象は変わらない。
 ちょっと興味深いのは、本書の解説で紹介している、かつて栗本薫が発表した丘美丈二郎論。そこでは丘美丈二郎が明確な目的、すなわち科学精神の啓蒙のみを目的として小説を書いたとしており、そのため彼の作品は、ミステリ系よりもSF系にこそ、より面白さが発揮されている述べている。
 ところが管理人としては、実はまったく逆の感想をもってしまった。
 丘美の目的はともかくとして、その作品はSF系よりミステリ系のほうが断然楽しめたのである。SFのほうはそれこそ作者のメッセージ性や科学的説明が前面に出すぎてしまい、なんだか論文でも読んでいるような味気なさが先に立つ。
 その点、ミステリ系の作品では、不可思議な現象を合理的に解明するという、絵に描いたような本格ミステリのスタイルを体現している。鮮やかに決まった場合、という条件付きではあるけれど、丘美の良さはむしろこちらのほうにこそ発揮されているように思う。その代表作が『〜I』に収録されていた「佐門谷」といえる。

 本書で印象に残ったものをいくつか挙げておこう。当然ながら、怪奇を前面に出しつつラストでその不思議を解き明かすミステリ系が多くなった。
 まずは「恐怖の石塊」。メインのネタがもう普通に数学で、これをSFミステリ的としてまとめる無茶に逆に感心してしまった(苦笑)。
 「汽車を招く少女」は「佐門谷」と味わいを同じくする怪談風の物語。真相も意外でほろ苦く、こういうタイプの作品をもっと書いてくれればよかったのだが、これが残念ながら少ないんだよね。
 「空坊主事件」と「種馬という男」は、著者のパイロット経験が生きている作品で、どちらも若干、納得しかねるトリックではあるのだが、こういうタイプも著者ならではの味があって楽しく読めた。


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