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 森下雨村の『消えたダイヤ』を読む。
 昨年の夏頃、唐突に河出文庫から『白骨の処女』が刊行されたときも驚いたけれど、それから程なくして本書『消えたダイヤ』が出たときはもっと驚いた。つまりこれって『白骨の処女』がそこそこ売れたということだよねぇ?
 当時の他の探偵作家に比べると意外にクセの少ない作品という印象のある雨村だが、むしろそれがかえって今の読者には新鮮なのか、確たる理由はわからないが、とりあえずこの調子で今後も続いてくれると嬉しいが。

 消えたダイヤ

 さて、まずはストーリー。
 大正××年、ウラジオストックから一路敦賀を目指していた定期船鳳栄馬丸が、暗礁に乗り上げるという海難事故を起こした。沈みゆく船から懸命に救命ボートで脱出しようとする乗客たち。その阿鼻叫喚のさなか、一人の少女に話かける男がいた。ボートには女性子供が優先されるから自分はもう助からない、どうか自分の代わりにこの貴重品をある人物に届けてくれというのだ。少女はその頼みを聞きいれ、荷物を受け取るとボートに乗り込んだのであった。
 ところ変わって東京は銀座のとあるカフェ。若いカップルの敏夫と咲子は退屈な毎日を嫌い、どこかに面白い仕事はないものかと、新聞に求職広告を出そうという話になる。
 ところが敏夫と別れて買い物へ向かおうとした咲子に、いきなり謎の男が話しかけてきた。なんとカフェで二人の会話を立ち聞きし、さっそく仕事話をもちかけてきたのだ。話によると、関西・北陸方面の病院を巡り、人を探してほしいというのだが……。

 というのが序盤の展開。話はここからどんどん転がり、ロシア・ロマノフ王朝に伝わるダイヤモンドをめぐり、敵味方入り乱れてのダイヤ争奪戦が繰り広げられるという一席。
 初代「新青年」編集長を勤めた森下雨村は日本に探偵小説を定着させるべく、一般の読者に受け入れられやすい通俗的なスリラーを量産した作家でもあるのだが、本書もその例に漏れない。本格要素はほとんどないけれど、生きのいいキャラクターとスピーディーな展開で、読者を退屈させることなく物語を進めていく。

 もちろんそれなりの欠点はある。御都合主義は多いし、犯人の説明的すぎる独白やラストでようやく明らかになる事件の背景など、古くさい演出も少なくはない。
 しかし、それらに目をつぶれば、上でも書いたようにストーリーは走っているし、ラストでのどんでん返しもちゃんと用意されている(ほとんど予想どおりなのはご愛敬)など、スリラーとしては悪くない仕上がりである。総合点では『白骨の処女』のほうが上かなとは思うが、単に楽しさのみを求めるなら『消えたダイヤ』といったところか。

 ちなみに解説を読んでちょっと驚いたのだが、本作はもともと少女雑誌に連載された作品とのこと。
 雨村の作品は当時の探偵小説にしては珍しくスマートな印象があって、本作もとりわけ健全だなぁと感じていたのだが、まさか少女向けだとは。
 確かに言われると思い当たる点はいくつかあるのだけれど、文章自体もそれほど少女向けという感じでもないし、読んでいる間はまったく気がつかなかった。本書最大のトリックはもしかしたらこれかもしれない(苦笑)。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 いやあ、いい本を読んだ。どこをとっても興味深い記事が満載なのである。もう素晴らしいとしかいいようがない。
 その本というのが、戸川安宣による『ぼくのミステリ・クロニクル』だ。

 ぼくのミステリ・クロニクル

 著者の名前は、ディープなミステリマニアなら知っていて当然、一般的なミステリ好きでも一度はその名前ぐらい聞いたことがあるのではないか。
 かの東京創元社で長らく編集者として活躍し、数多くの企画や新人作家の発掘を通して、戦後の日本ミステリ界を引っ張ってきた名編集者である。最後は社長にも就任し、退社後もミステリ専門書店「TRICK+TRAP」の運営に携わるなど、ミステリに関する仕事のうち、ミステリを書くこと以外はすべて体験した人物。
 その日本ミステリ界の偉大なる黒子、戸川氏の歴史をまとめたのが本書である。

 ミステリを書くこと以外はすべて体験した、と書いたが、それは目次にも顕れている。
 すなわち第一章「読む」では、安宣少年が本と出会い、ミステリに目覚め、やがて立教大学に進学し、ミステリ・クラブを創設して積極的にミステリと関わる時代を回想する。
 続く第二章「編む」は、戸川氏が就職した東京創元社での編集者時代。ペーペーの新人時代から始まり、最後は社長にまで上り詰めるが、その活動の中心は常に編集業である。
 最後の第三章「売る」では、ミステリ専門書店「TRICK+TRAP」で、本を売る側として活動した体験が語られる。

 一章、三章もいいが、やはり二章で明らかにされる内容が圧倒的だ。
 管理人もミステリについては小学生時代から読んできており、当然ながら創元推理文庫にはずいぶんお世話になった。書籍番号の変更、ジャンルマークの廃止、「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」の誕生、ゲームブックの誕生、日本人著者の起用、イエローブックスや創元ノヴェルズなど新叢書の企画、雑誌の登場など、すべてリアルタイムで見てきている。
 そして、そういったムーヴメントのほとんどに関わってきたのが戸川氏なのであり、それらの裏側が惜しげもなく披露されている。これ書いて大丈夫なの?というような内容もあったり、ときには関係者やライバル社に対してチクリとやることもあったり。あるいは逆に旧態然とした経営や仕事っぷりなど自分たちのダメな部分も浮き上がったり、まあよくぞ書いてくれましたということばかり。
 また、立教ミステリ・クラブなどを通じて、のちにミステリの世界で名をあげる方たちとの人脈が広がっていくあたりも面白い。

 本書は戸川氏の自伝的な本でもあると同時に、ミステリ好きなら誰もが知っている東京創元社の裏側を紐解いた本でもあり、そして戦後のミステリ出版史の重要な記録である。
 翻訳ミステリ好きなら必読。とにかく興味を持った人は、書店の店頭で適当に途中のページを開き、ぱらぱらと中身を少し読んでもらいたい。面白さは保証する。

テーマ:評論集 - ジャンル:本・雑誌


 シャーリイ・ジャクスンの短編集『なんでもない一日』を読む。
 “奇妙な味”の書き手として知られる作者だが、ストレートな超常現象や恐怖などには頼らず、もっぱら日常の中で垣間見える人間心理の異常さを描くことが多い。意外に心温まる作品も少なくはないのだが、やはり印象に残るのは読後感の悪いものか(苦笑)。

 本書はそんなジャクスンの作品から、これまで単行本に未収録だったものに加え、死後に見つかった未発表原稿から精選されて刊行された作品集をベースに、さらに日本向けに厳選した作品をまとめたもの。落穂拾い的なものかと思いきや、十分に読みごたえのある一冊である。
 収録作は以下のとおり。

Preface: All I Can Remember「序文 思い出せること」
The Honeymoon of Mrs. Smith(Version I)「スミス夫人の蜜月(バージョン1)」
The Honeymoon of Mrs. Smith(Version II)「スミス夫人の蜜月(バージョン2)」
The Good Wife「よき妻」
The Mouse「ネズミ」
Lovers Meeting「逢瀬」
The Story We Used to Tell「お決まりの話題」
One Ordinary Day, with Peanuts「なんでもない日にピーナツを持って」
The Possibility of Evil「悪の可能性」
The Missing Girl「行方不明の少女」
A Great Voice Stilled「偉大な声も静まりぬ」
Summer Afternoon「夏の日の午後」
When Things Get Dark「おつらいときには」
Mrs. Anderson「アンダースン夫人」
Lord of the Castle「城の主(あるじ)」
On the House「店からのサービス」
Little Old Lady in Great Needs「貧しいおばあさん」
Mrs. Melville Makes a Purchase「メルヴィル夫人の買い物」
Journey with a Lady「レディとの旅」
All She Said was Yes「『はい』と一言」
Home「家」
The Smoking Room「喫煙室」
Indians Live in Tents「インディアンはテントで暮らす」
My Grandmother and the World of Cats「うちのおばあちゃんと猫たち」
Party of Boys「男の子たちのパーティ」
Arch-Criminal「不良少年」
Maybe It was the Car「車のせいかも」
My Recollections of S. B. Fairchild「S・B・フェアチャイルドの思い出」
Alone in a Den of Cubs「カブスカウトのデンで一人きり」
Epilogue: Fame「エピローグ 名声」

 なんでもない一日

 前半はシリアス、後半はコミカルというのが大まかな構成で、やはり本領発揮は前者に集中しているようだ。
 「スミス夫人の蜜月」バージョン違い二連発をはじめとし、「よき妻」、「ネズミ」、「なんでもない日にピーナツを持って」、「悪の可能性」、「行方不明の少女」と続く作品群は圧巻である。
 特に「ネズミ」、「行方不明の少女」の二作は、理解できそうですとんと落ちてこないわかりにくさが魅力。読者が自分なりの解釈に到達することで、より深い読後感を得ることができるといえるのではないか。プロット作りが巧みなジャクスンのこと、このわかりにくさは狙ってやっているはずである。

 また、わかりにくくはないけれども、「なんでもない日にピーナツを持って」のラストも実に印象に残る。それほど驚くようなオチではないのだが、「あああ、こう来るのか!?」と思わせるまったく予想外の展開が絶妙。ラストまでのなんでもない展開が活きているんだよなぁ。

 対して後半はユーモアが効いた作品で構成されているのだが、実はこちらのタイプも決してつまらないわけではない。作品の狙いからか、どうしてもネタがわかりやすくなってしまうため軽く見られがちだが、読後に残るざらっとした感じはシリアス作品と共通するところである。
 とりわけエッセイなのか小説なのか判然としない「男の子たちのパーティ」以降の五作は、斜に構えた子育てエッセイといったふうでちょっと面白い。

 ということでさすがジャクスン、割りきれなさが存分に発揮された作品ばかりで、決して読者の期待を裏切ることはない。おすすめ。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 今年最初の一冊はJ・J・コニントンの『レイナムパーヴァの災厄』。
 作者は本格ミステリ黄金期に活躍した英国のミステリ作家。一昔前までは幻の作家扱いだったが、この十年で四冊が刊行され、ようやくその存在が知られるようになってきたのは喜ばしい。
 ただ、論創社から出ている本書と『九つの解決』はともかく、長崎出版の『或る豪邸主の死』は版元倒産によりすでに入手できるのは古書のみ、『當りくじ殺人事件』は私家版ゆえ一般的な流通がないことや少部数ということもあり、こちらも入手は難しいかもしれない。
 もともとニッチな世界ではあるので、クラシックミステリは出たらとりあえず買う。まずはこの習慣をお忘れなく。

 それはともかく『レイナムパーヴァの災厄』。まずはストーリーから。
 元警察本部長のクリントン・ドリフィールド卿は、田舎に引っ越した姉のもとを目指し、車を走らせていた。その途中で出会ったのが、一人の女性をめぐって喧嘩している二人の男。そして一人残された女性を送ろうとするも拒否され、訝しく思いながらもその場をあとにするクリントン。
 やがて姉の家へ到着したクリントンだが、そこでも交通事故のような事件、姪の結婚問題などに巻き込まれる。果たして背後ではいったい何が起こっているのか……。

 レイナムパーヴァの災厄

 これはまあ何という異色作。作者の狙いは相当に面白く、しかもクリントン・ドリフィールド卿を探偵役とするシリーズものでこれをやったことが素晴らしい。
 なんせ、あの有名作家やこの有名作家の某趣向よりも早く発表されているのである。それどころかこれをシリーズ半ばでやってしまうという暴挙(笑)。個人的には大いに評価したいところである。

 ただ、ネットでの評判を見ると、必ずしも好評価ばかりではなく、なかなか辛い評価も多いようだ。
 まあ、その気持ちはわからないでもない。結局、これを本格でやることの難しさというか。ぶっちゃけ推理の部分は雑だし、プロットもこなれていない印象で、要はとてもフェアな本格ミステリとは言えないのである。また、掴みは悪くないものの、中盤の展開がダレ気味なのも気になる。

 要はそういう欠点とラストの衝撃を天秤にかけて、どちらを取るかというところだろう。
 個人的にはいろいろあれども作者の稚気をこそ買いたい。管理人もこれが初コニントンだったので、残りもできるだけ早いうちに読んでみよう。

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 それほど期待はしていなかったのだけれど、けっこう評判がよろしいようで、本日は立川シネマシティへ『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を観にいく。
 監督はハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』も撮ったギャレス・エドワーズ。キャストは正直、それほどのメジャーどころは出ていないのだけれど、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』に連なる物語だけに、4のキャラクターがここかしこに顔を出しているのがファンには嬉しいところだろう。

 さて、本作はスピンオフ作品とか外伝とかいわれているが、ストーリーとしては密接に本シリーズにつながっており、ナンバリングでいえば3.9というところ。
 『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』では、帝国軍の宇宙要塞デス・スターの設計図を盗み出した反乱同盟軍が、レイア姫にその設計図を託したものの、レイア姫が帝国軍のダースベイダーに捕獲され……というところから幕を開ける。本作ではそのデス・スターの設計図をいったいどうやって盗み出せたのかという物語だ。

 ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー

 結論からいうと、なかなか楽しめた。
 本作は従来のシリーズとはやや作風を異にしているというか、スペースオペラというより普通の戦争映画、あるいはスター・ウォーズ版『七人の侍』とでもいった雰囲気を醸し出していて、そこがうまくツボにはまった感じだ。
 その大きなポイントになっているのがストーリーライン。本シリーズの設定に主人公ジン・アーソのドラマを絡めるところまでは予想の範囲内なのだが、意外にもそのドラマを中盤で早々に片付け、以降をシンプルにチームの戦いのドラマとしたところが好感度大。終盤はそれぞれの見せ場を作りつつ、一人また一人と倒れる中、最後に目的を達成するというのはあまりにベタなのだけれど非常に胸を打つものがある。考えてみると大物俳優を起用しなかったのも、このストーリーを活かすためかなとも思った次第。

 スピンオフをあまりやられてもしらけるが、本作に関してはOK。個人的にはエピソード1〜3、7よりも楽しめて満足の二時間だった。


 新年あけましておめでとうございます。
 本年も皆様が素晴らしい読書ライフをおおくりできるよう心よりお祈り申し上げます。

 さて、新年一発目の更新だが、結局はそれほど本が読めていない年末年始である。暮れは二十九日から休みだったのだが、二十九、三十日と大掃除、三十一は正月用の買い出しと準備で昼間はほとんど使えず。夜は夜で美味しいお酒を飲みすぎてしまい、早々に寝てしまうこという体たらくである。
 ちなみに大晦日はがっつり紅白を観ていたが、いやあ、けっこうな予算がかかっているだろうに、ゴジラとタモリの無駄遣い感はすごかったなぁ(笑)。これ、SMAPが出ていたら、どういうふうに絡ませるつもりだったのだろう。それともSMAPが出場しなかったから、ああいう企画になったのか。どちらにせよNHKは根本的にショーの見せ方を考え直した方がよい。

 年が明けて一日からは寝正月。とはいえ雑煮作りは自分の担当なので、起床後はせっせと台所で働き、完成したら午前中から酒盛りである。いい加減酔いも回った頃、酔い覚ましも兼ねて初詣に出発。帰宅後は録画してあったRIZINを観ながら再び酒盛り。いや、これじゃ本は読めんよなぁ(苦笑)。
 ちなみにRIZINはゾクゾクするようなカードがあまりなかったので録画にしたのだけれど、所vsアーセン、川尻vsグレイシー、中井vs村田は見応えあったな。

 とりあえず明日は『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を鑑賞すべく、立川シネマシティにネット予約を入れて今年最初の一日は終わるのであった。

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 2016年は政治、スポーツ、芸能に大事件が多く、ついでに自分の仕事も大変慌ただしい一年となり、気の休まることがほとんどなかったような気がする。
 体調的にも年齢からくる衰えを痛感し、大病がないのが幸いだが、こまかい病気にはいろいろと罹ってしまった。とにかく来年はもう少し余裕をもって生活したいものである。

 しかし。そんな忙しない一年にあって、読書ライフはそれなりに充実していたようだ。『探偵小説三昧』の年末恒例「極私的ベストテン」をやろうとランキングを決める作業にとりかかったのだが、これがまあ候補が多すぎて苦労すること。
 新刊はもとより旧作でも候補作が目白押し。ミステリ読み始めて優に四十年は経っているのに(年がばれますな)、まだこんなに未読の傑作があるのかよってな感じである。
 というわけで何とかかんとか組み上げた「極私的ベストテン2016年」。管理人が今年読んだ小説の中から、刊行年海外国内ジャンル等一切不問で選んだベスト十作を発表致します!

1位 チャールズ・ウィルフォード『拾った女』(扶桑社ミステリー)
2位 多岐川恭『異郷の帆』(講談社文庫)
3位 アーナルデュル・インドリダソン『声』(東京創元社)
4位 吉屋信子『文豪怪談傑作選 吉屋信子集 生霊』(ちくま文庫)
5位 ヘレン・マクロイ『二人のウィリング』(ちくま文庫)
6位 パーシヴァル・ワイルド『ミステリ・ウィークエンド』(原書房)
7位 ピエール・ルメートル『傷だらけのカミーユ』(文春文庫)
8位 ロバート・エイクマン『奥の部屋』(ちくま文庫)
9位 D・A・レイナー『眼下の敵』(創元推理文庫)
10位 石沢英太郎『視線』(講談社文庫)

 本年度の極私的ベストワンは『拾った女』。ノワールとして一級品でありながら、ラストにどんでん返しをもってくることで、より作品に深みを増すという仕掛けが秀逸。仕掛け自体はそれほど新しいものではないのだけれど、ノワールでやることが衝撃だった。
 もう圧倒的。まだまだ邦訳が進んでほしい作家である。

 2位は今更ながらその魅力を再確認できた多岐川恭の代表作。今年は他にも『氷柱』『濡れた心』『おやじに捧げる葬送曲』、短編集の『落ちる』と読んだが、どれも一級品。すべてをベストテンに入れてやろうかとも思ったのだが、さすがに他の作家も紹介したかったので、とりあえず『異郷の帆』を代表で。長崎出島という舞台がミステリとしてもドラマとしても活かされている。
 これと『おやじに捧げる葬送曲』は、ミステリファンなら必読である。

 3位は定期的に翻訳が進んでいる著者の第三作。ここ数年ブームになっている北欧ミステリで、正直食傷気味のところもあるのだけれど、これは間違いなくオススメ。刑事自身の物語と事件、社会的な背景が渾然一体となって見事である。

 ちくま文庫の「文豪怪談傑作選」はハズレなどあるはずもないのだが、吉屋信子の作品は明治の文豪たちとはまた一味違った魅力があって面白い。オーソドックスな幻想小説もいいのだが、その裏をつくスルーパスのような作品が面白く、技巧的にも要注目。「生霊」(いきたま)とかほんと好み。

 5位は鉄板。マクロイは今年もう一冊、『ささやく真実』も出ているのだが、そちらは残念ながら積ん読中で来年回しである。

 6位も絶妙。1938年発表のクラシックミステリながら、予想以上に現代的。構成の妙が最大の売りといえるが、とにかく緻密な作りに唸らされた。

 ベタではあるが『傷だらけのカミーユ』もやはり外すわけにはいかず7位でランクイン。イレーヌ、アレックスに続いてレベルを維持しているところはまったくもってアッパレ。描写は相変わらずショッキングでそこは好き嫌いが出るだろうけれど、この三作ですでにミステリ史に残るシリーズになったといってもよいだろう。

 8位のエイクマンも吉屋信子と少し似たようなところがあって、直接的な怖さではなく、読者に想像させることで怖がらせるイメージ。奇妙な味といってもよい面白さがある。

 冒険小説の読書量はこの数年すっかり低迷の一途なのだが、久しぶりに読んだ『眼下の敵』はしびれた。人間ドラマではなく、戦術や駆け引きという純粋な戦いのドラマで読ませるのがミソ。それだけにラストシーンで描かれる人間の愚かさが笑えるのだ。

 10位は相当に迷ったのだが、最近ではなかなか読まれることのない作家から選ぼうということで、 石沢英太郎の短編集をセレクト。小粒ではあるが良質な作品ぞろいで、ぜひ再評価されてもよいのではないか。

 惜しくもベストテンからは漏れたが、以下の作品も遜色はないものばかり。ぜひ機会があれば読んでもらいたい。

中町信『田沢湖殺人事件』
中町信『奥只見温泉郷殺人事件』
マーガレット・ミラー『悪意の糸』
山川方夫『親しい友人たち』
谷崎潤一郎『武州公秘話』
松本清張『ゼロの焦点』
小泉喜美子『血の季節』
カミ『ルーフォック・オルメスの冒険』
ネレ・ノイハウス『悪女は自殺しない』
ジャック・リッチー『ジャック・リッチーのびっくりパレード』
レオ・ブルース『ハイキャッスル屋敷の死』

 さて、これで『探偵小説三昧』、今年の更新はすべて終了。今年も拙サイトにご訪問いただき、まことにありがとうございました。
 来年も似たようなペースだとは思いますが、ぼちぼちやっていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。
 それでは皆さま、よいお年を!


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 集英社文庫の『明智小五郎事件簿』シリーズは、乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズ。すでに八巻目の『人間豹』まで発売されてはいるが、月イチの刊行ペースについていくのはなかなか難しくて、ようやく六巻目の『明智小五郎事件簿 VI「黄金仮面」』である。

 まずはストーリー。
 その年の春、東京市民の間に怪人物の風評が起こった。ソフト帽のひさしを鼻の頭まで下げ、オーバーコートの襟を耳の上まで立てた、その怪しげな姿。しかし、もっとも怪しげなのは、帽子と襟の間から垣間見える無表情な黄金の仮面であった。
 黄金仮面の目撃情報が募り、ついには新聞の社会面まで取り上げるようになった頃、黄金仮面はついにその目的を明らかにする。上野で開催された産業博覧会に展示された大真珠が、なんと黄金仮面によって奪われてしまったのだ。
 さらに数日後。黄金仮面から日光市の鷲尾侯爵邸に、所蔵の古美術品を盗み出すという予告状が舞い込んだ……。

 明智小五郎事件簿VI

 当時の掲載誌『キング』の意向もあり、この頃の乱歩作品としては、『黄金仮面』はかなり猟奇趣味が控え目である。今までよりメジャーな媒体ということもあって、乱歩もより一般向けに楽しんでもらえることを意識した作品なのだ。
 具体的には活劇色、さらには探偵対犯人という対決の構図がひときわ強く打ち出されているのが特徴といえるだろう。それらの特徴を生かすためか、ミステリとしてはそれほど込み入ったものではなく、あくまでアクション中心、そして連作のようにいくつかの事件を積み上げていくという構成をとっている。

 それだけにミステリとしては見るべきところが少なく、かなりの粗も目立つのが残念。トリックも焼き直しが多い。
 一番の見どころと思える犯人の正体も、確かに驚くべきものではあるが、結局はアイディアありきの一発勝負であり、犯人のキャラクターをそれほどうまく処理しきれていないところにも不満が残る。
 
 そのような弱点を孕んでいるにもかかわらず、エンターテインメントして十分に楽しめる作品に仕上がっていることもまた確か。
 ともすれば滑稽なだけの物語に陥りそうな設定を、人気作品として成立させた乱歩の手腕はさすがである。例えば怪人という存在が都市伝説と化していく様子など、本作での試みが後の怪人二十面相につながっていったかと想像するのも楽しい。
 ぶっちゃけ傑作とは間違ってもいえないが、忘れられない作品のひとつだ。

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 ピエール・ルメートルの『傷だらけのカミーユ』を読む。『悲しみのイレーヌ』、『その女アレックス』に続くカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの三作目だが、実はこれ三部作だったらしく(日本での刊行は二作目の『〜アレックス』が先になったけれど)、本作がその完結編。
 で、最初にまず書いておきたいのは、これからこのシリーズを読もうと思っている人は、必ず本国での刊行順どおりに読んでほしいということ。単純にストーリーがつながっていることもあるのだが、本作だけ最初に読んでも、その感動や衝撃はケタ違いである。イレーヌ→アレックス→カミーユ、必ずこの順番でよろしく。
 そして『〜イレーヌ』がもし精神的にきついなと思っても、ぜひ『〜アレックス』、『〜カミーユ』までお付き合いしてもらいたい。本シリーズは三作すべてを読むことで、さらに相乗効果が何倍にもなる作品なのである。

 ということで、これだけプッシュしておけばすでにおわかりかとは思うが、本作も文句なしの傑作。これまでの二作でミステリという枠そのものを巧妙に仕掛けとしてきた感のあるルメートルだが、本作はまたひと違う趣向で攻めてきた。
 まずはストーリー。

 愛妻イレーヌの死から数年が経過し、アレックスの事件でようやく重要事件の現場に復帰したカミーユ警部。今ではアンヌという恋人もでき、イレーヌのショックからなんとか立ち直りつつあった。しかし、今度はそのアンヌが銀行強盗事件に巻き込まれ、瀕死の重傷を負う。一命をとりとめたのも束の間、犯人はなぜかアンヌを執拗に狙ってきた。二度と愛する人を失いたくない。カミーユは彼女との関係を隠して事件を担当し、アンヌを守ろうとするが……。

 傷だらけのカミーユ

 ルメートルの作品の優れたところは、警察小説としても十分すぎる出来なのに、プラス強烈なトリックを仕込んでくるところである。
 主人公の刑事自らが事件の関係者となり、その葛藤の中で捜査する羽目になるという構図は近年の警察小説の定番ではあるけれど、ルメートルのそれはまちがいなく一級品。丹念にカミーユの心情を描き、その人間臭さがぷんぷん匂うし、そのチームや上司との交流の描写も実に心憎い。

 だが、それだけではここまでのビッグヒットにはならなかったはずで、そういう王道の物語で完結させず、読者をあっといわせるサービス精神もそれ以上にあるところが素晴らしい。
 上で“ひと違う趣向”と書いたが、まあ、例によって詳しくは話せないネタなので、これは実際に読んでもらうしかない。管理人も本作では二度ほど驚かされ、前のページを思わず読み返してしまったほどだ。
 さすがに破壊力では『〜アレックス』に一歩譲るが、カミーユ自身の物語という点ではこちらが上。十分にオススメできる逸品である。

 なお、カミーユを主人公にした作品は他にも『Les Grands Moyens』と『Rosy et John』があるのだが、どうやらそちらは中編らしく、いわゆるナンバリングタイトルではないようだ。解説では「ぜひ中編集として出して」と書かれていたが、管理人もそれに一票。

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 『このミス』を読んでいて、そういえば昨年は各誌ベストテンのランキング比較をやったなぁと思い出し、今年もやってみることにした。
 ここ数年似たようなベストテンが続いているなか、各誌の傾向は実際どうなのよというのがポイント。ざっと本を眺めたかぎりでは、熊とメルセデス、カミーユが強そうな印象ではあるが、平均を出すとどういう結果になるのか。また、票が散らばりやすい下位も気になるところである。
 ルールは昨年同様で、『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」、『週刊文春』の「ミステリベスト10」、宝島社の『このミステリがすごい!』の各ランキング20位までを対象に平均順位を出すという、いたってシンプルなもの。ランキングによって対象となる刊行期間が異なるため(ミステリマガジンのみ10月1日から9月31日、他は11月1日から10月30日)、1つしかランクインしていないものは省き、2つのランキングにランクインしているもののみ取り上げている。
 ただ、1つしかランクインしていないものでも、それがむしろランキングの個性ということにもなるので、今年は一応参考資料としてそちらも並べてみた。

 2017年ランキング比較

 で、結果はごらんのとおり。
 案の定『熊と踊れ』と『ミスター・メルセデス』がワンツーフィニッシュ。これに続くのが『ザ・カルテル』、『傷だらけのカミーユ』『拾った女』ということで、どのベストテンも上位はほぼ同じ顔ぶれ。とりたてて驚くこともない、実に面白みのない結果となってしまった。

 ただ、各誌の上位比較では面白くないけれど、キングやウィンズロウ、ルメートルといった常連をおさえて『熊と踊れ』が一位というのは悪くない。やはり新しい人が出ないと活気も出ない。
 また、『熊と踊れ』の作者がぽっと出の新人ではなく、すでに邦訳のある作家というのもいい(共作者の一人、アンデシュ・ルースルンド)。ルメートルもそういえばブレイクする前に邦訳はあったのだが、かつてセールス的にパッとしなかった作家を再度売り出そうという版元のチャレンジャー精神は買いたい。

 あと、個人的には『拾った女』がけっこう評価されているのが嬉しい。『このミス』ならそこそこ上位にいくとは思っていたが、まさかの全誌ランクインである。

 ちょっと不運なのは『傷だらけのカミーユ』で、これは『ミステリマガジン』が対象期間もれとなってしまったことがモロに影響している。「ミステリが読みたい!」で順当に三位以内ぐらいをキープしていれば、もう少し上位に入ったはずだ。
 いや、むしろ問題なのは『悲しみのイレーヌ』が本年度のほうにランクインしていることかもしれない。それこそ一年以上前の本になるので、これを今さら今年のベストテンに入れることがピンとこない。これは『スキン・コレクター』も同様で、ランキングには直近の作品がどうしても有利になるので、やはりミステリマガジンには足並みをそろえてほしいところである。

 一方、下位に目をやると、こちらは思った以上に各誌のクセが出てきて面白い。
 まず「ミステリが読みたい!」だが、下位というほどではないが『宇宙探偵マグナス・リドルフ』が圏外なのは意外だった。なんとなくSF的なものや哲学的なものは「ミステリが読みたい!」こそ強いイメージがあったのだが。そのくせ『虚構の男』は「ミステリが読みたい!」のみランクインだし、『プラハの墓地』はきっちり十位に入っているしで、ううむ、よくわからん。
 ちなみに今年は『熊と踊れ』が盤石の一位をとっているせいか露骨な自社本推しは感じられない。まあ、それでも他のベストテンよりは自社本が多いけれど(苦笑)。

 文春の「ミステリベスト10」はこの点、わかりやすい。今も昔も話題作、有名作家のものが基本強い。ラインナップを見ても、いかにも文春ベストテンという感じである。
シーラッハの『テロ』などは今回、ベストテンに入れることがそもそもどうなんだという内容なのだが、それでもしっかり十四位に食い込んでくるあたり、さすがである(苦笑)。唯一、『宇宙探偵マグナス・リドルフ』だけが突然変異的なランクインで楽しい。

 『このミス』はこうして見ると、ジャンル的にはやはり一番幅広いかなという印象。上位の顔ぶれが当たり前すぎて残念だが、一誌のみランクインの方ではSFっぽいものや本格クラシック、ユーモアものなど、一般受けはしなくともその道のファンには喜ばれている作品がちゃんと選ばれているのがいい。うむ、少し見直したぞ(苦笑)。

 ということで、近年感じていたどこも似たり寄ったりのランキングというイメージは若干修正されたが、それでも上位を見るかぎりはまだまだ。来年はさてどうなりますか。

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