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 本日の読了本はギルバート・アデアの『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』。
 作者のギルバート・アデアは英国出身、ポストモダン文学の文脈で語られることの多い作家兼評論家。過去に邦訳された『閉じた本』『作者の死』あたりを読むと、確かに一筋縄でいかないような作風ではあるが、さりとて難解というわけではない。小説そのものもまずまず面白く読めた。
 ただ、メタフィクションあたりを文学とミステリとの境界線上でやるものだから、どうにも作者の目指しているところがわかりにくい。規制の概念をぶち壊したいのか、それとも読者をあっと言わせたいだけなのか。結果として、できあがったものはそれなりに面白いけれど、強烈なインパクトを受けるというほどのものではなかった。企みは理解できるが、それを中途半端にミステリでやられてもなぁという感じ。そもそもミステリは様式美もけっこうな魅力だったりするわけで、ポストモダンとミステリの相性がいいとも思えない(笑)。正直、『閉じた本』あたりもミステリ的には腰砕けであった。

 とまあ、ギルバート・アデアに関してはそんな印象を持っていたわけだが、そこへもってきて『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』である。
 この「ロジャー・マーガトロイド」という響きだけで、もうピンとくる人はピンとくるわけだが、これはクリスティの名作『アクロイド殺し』のもじり(日本語だとややわかりづらいが原題はもう少しイメージしやすくなっている)。すなわち本作は、『アクロイド殺し』のパロディであり、のみならずクリスティ全作品、さらには黄金期の輝かしき探偵小説へのオマージュ&批評とも言える作品なのである。

 ロジャー・マーガトロイドのしわざ

 時は1935年、舞台は英国ダートムーア。クリスマスを過ごすため、ロジャー・フォルクス大佐の山荘に集まった友人たちだが、ゴシップ記事の記者が現れた瞬間から、その場はクリスマスとはほど遠いムードに包まれる。
 吹雪のため山荘に足止めされる人々、渦巻く秘密、募る憎しみ……、そして密室で起こった惨劇。
 スコットランドヤードを引退した元警部が駆けつけたとき、クリスティ流ドラマの幕が開く……。

 著者は本作を書く前にクリスティの全作品を読み込んだということで、確かにクリスティをはじめとする黄金期の作品の香りをプンプンと漂わせている。実際に当時に書かれたものだと言われても信じるぐらいには、往年の探偵小説を模倣することに成功している。
 また、雰囲気だけではなく、探偵小説のコードも的確に取り込んでいる。例えば密室殺人、例えば嵐の山荘、例えば推理作家と警察官の対決、例えば関係者を集めての謎解き云々……。そのひとつひとつは成功している場合もあり、また上手くいっていない場合もあるのだが、単なる付け焼き刃に終わっていないことは、素直に評価したい。何より探偵小説としての構成がしっかりしており、伏線の張り方等、かなりの周到さで書かれていることは、容易に推察できる。残念ながら密室トリックだけは激ヤバだが、メインのトリックは不覚にも完璧に欺されてしまうほど鮮やかであった。
 その一方で、本作がパロディであるということをしっかり認識できる遊びネタも豊富だ。クリスティは言うに及ばずカーやチェスタトン、ハードボイルドに至るまでもくすぐりとして使われる。この辺りもなかなか堂に入ったものだ。時には探偵小説論までも登場人物を借りて講義するほどであり、文学的な実験は実験として、けっこう作者も楽しんでいるふしがうかがえて好感が持てる。

 とにかく本作は、これまでのギルバート・アデアの作品とは一線を画すだけのレベルに到達している。ただ、ミステリやクリスティに対する一般的教養が豊富なほど楽しめることは確かで、そういう意味ではやや読者を選ぶ作品とはいえるだろう。正直ほめすぎの嫌いはあるが、アデアの邦訳作品の中では、一応、現時点で最上の作品といっておこう。

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 ようやく読書熱が復活しつつあるが、それ以上に復活したのが購書熱。気になるものはちらほらと買っていたので、本日はここ一週間の買い物リストでお茶を濁すこととす。

マックス・アラン・コリンズ『CSI:科学捜査班 死の天使』(角川文庫)>ドラマのCSIのファンというわけではなく、あくまでコリンズのファンなので、っても最近は積んでばっかりだ。

ドナルド・A・スタンウッド『エヴァ・ライカーの記憶』(創元推理文庫)>創元がまた他所の版権ものをいただいたようで(笑)。でもこれ、そんな傑作だったのね。勉強不足。

ジョン・モーティマー 『ランポール弁護に立つ』(河出書房新社)>藤原編集室さんの手になる一冊。当然、期待大。

スティーヴ・ホッケンスミス『荒野のホームズ』(ハヤカワミステリ)>これは衝動買いっぽい。下手なタイトルが嫌だが、評判は悪くなさそうだ。

デニス・ルヘイン 『運命の日 上・下』(角川書店)>実に、実に久々のルヘインである。あら、嬉しや。ただ、上下巻でハードカバーはきつい……。

千葉俊二編『江戸川乱歩短篇集』(岩波文庫)>あの乱歩が遂に岩波に、というわけで記念の購入。どんなセレクトかが気になったが、目次を見たところでは非常に無難なラインナップ。ううむ。研究者の意見が聞きたい

横溝正史『横溝正史探偵小説選 I』(論創社)>これは必須。なんせあの新発見された原稿の作品が載っているのである。お値段も相当なものだが……。

菊池仁『ぼくらの時代には貸本屋があった 戦後大衆小説考』(新人物往来社)>戦後に一時代を築いた貸本屋。そこで中心となって読まれていた作家・作品にスポットを当てた評論集。時代小説が多くなるが、角田喜久雄や富田常雄、松本清張あたりはやはり気になる。

ついでに、『ミステリマガジン』10月号>なんとイアン・フレミング生誕100周年。個人的にはこういう一人の作家に焦点を当てた特集がもっとも楽しめる。以前はもっと頻繁にあったのだがなぁ。

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 久々に浮上してみる。あまり状況は変わっていないが、身体が慣れてきたか(笑)、少し読書も復活の模様。

 ところで、オリンピックもいよいよ佳境に入ってきた。既に様々な名シーンが生まれているが、印象に残っているのは、100mと200mで圧倒的な強さを見せたジャマイカのボルト選手(まだまだ余裕がありそう)、ロシアの女子棒高跳のイシンバエワ選手(こちらもまだ記録更新に余裕がありそう)あたり。
 日本の選手では女子ソフトボールが素晴らしかった。特に三位決定戦のオーストラリア戦はダブルヘッダーの二試合目ということもあり、ミスも続出。おまけに最終回ツーアウトから同点ホームランを打たれ、タイブレークに突入するわけだが、とにかく非常に心臓によくない場面が続いて、観る方もヘトヘトである。まあ、一日で三百球以上も投げた上野選手がもっとヘトヘトだろうけど。

 とまあ、印象に残る選手などはいろいろいるのだが、実は最も感銘を受けたのが、400mハードルで予選敗退した為末選手である。予想外の予選敗退という結果に、完全な放心状態となり、インタビューに機械的に応える彼の表情は見ていて心底辛いものがあった。
 あえて会社の所属となることをよしとせず、陸上競技のプロとしての道を選択した為末。自らを広告塔として、陸上の普及活動にも邁進した男である。それがアスリートとしての障害になることは予想されるが、なおかつ一方ではハードルを封印して、スプリント能力に磨きをかけるなど、トレーニングにも工夫に余念がなかった。まさにプロフェッショナルのアスリート。
 その集大成が、このような残酷な形で幕を下ろそうとは誰が予測できたか。
 レース後のあの為末選手の顔は当分忘れられそうにない。腕の立つ作家なら、この為末の表情だけで、短篇の一本や二本は書けるはずである。



 久々の読了本はフィリップ・マクドナルドの『ライノクス殺人事件』。六興キャンドルミステリーズの一冊として、長らく絶版状態だったものを、創元推理文庫で復刻したもの。

ライノクス殺人事件

 F・X・ベネディックが社長を務めるライノクス社は、経営の危機に陥っていた。しかし、ここさえ乗り切れば経営は波に乗る、そう信じるベネディックは精力的に行動するが、折も折、彼に恨みを抱くマーシュという男が現れる。そしてベネディックが自宅でマーシュとの面談を約束した夜、ベネディックは凶弾に倒れてしまう……。

 幻の一冊などというものは、たいていが腰砕けに終わるものだが、これはそれほど悪くない。技巧派として知られる……といいつつも往々にして企画倒れになることも多いフィリップ・マクドナルドが、ワンアイディアをきれいにまとめた一作である。
 オビにも謳っているように、本作は「結末で始まり発端に終わる」。章ごとに中心人物を変えたり、章扉に作者の語りが挿入されたり、ときには書簡や文書などで構成したりと、ゲーム性も非常に高い。だが、そういうことをせずとも、本作は十分に成り立つ出来で、むしろ作中から滲み出るユーモアやヒューマニズム、スポーツマンシップなど、そういった部分がこの作品を支えているように思う。
 現代の複雑なミステリに比すのはさすがに分が悪いけれど、上に挙げた味わいやこの簡潔さ、後味の良さも含めれば、決して退屈はしない読み物だ。クラシックミステリが好きな人ならぜひ。

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 ずいぶん更新をさぼってしまった。実はハリポタ以降、本をほとんど読めていないのが大きな理由である。
 本を読めない理由もいろいろあるのだが、まあ仕事が忙しいのとストレスであまり本を読む気にならなかったのが一番大きいか。一応は三日ほど夏休みもとったりしてみたのだが、結局自宅に仕事を持ちかえって二日ほど潰れてしまったり。我ながら何をやっているのやら。

 そうこうしているうちにオリンピックも始まって、スポーツ観戦好きの自分としてはこれはもうたまらないわけで、これでまた本が読めなくなる。
 野球やサッカーはもちろん柔道も体操も水泳も楽しい。日本人の活躍はそりゃ気にはなるけれど、それより競技そのものの面白さ。そして人間がここまで出来てしまうのかという驚き。まあ普段は世界レベルの大会でもやっていないかぎり、体操とかは観ないけれども、たまに観るからよけい驚くわけである。今回、たまたまテレビで中国の選手の床を見たのだが、それがおっそろしいほどの動きをバンバンやっていてとにかく仰天する。さすがは体操王国、中国。やはり中国だけはレベルが違うなんて思っていたら、続く日本人選手がそれとほとんど変わらない動きをちゃんとやってのけてくれて、二度ビックリ。この技術はすでにデフォルトなのか? 床の世界標準はもうここまできているのか? 観ているこっちも思わずのけぞる凄さである。
 開会式だって見逃せない。特に今回の中国の気合いの入れ方は尋常ではなかった。開会式にここまで国の威信をかけている国が果たして他にあろうか。セレモニーの過剰な演出等は、そもそもオリンピックの商業化による影響が大きかったと思うが、そんな商業化の影響などなくとも、ここまでいてこます国があるわけである。しかも北京の市街地までをも舞台にする壮大なスケール、大人数による一糸乱れぬ動きなど、演出も悪くない。下手な欧米諸国の自己満足的アート表現の開会式がかすむぐらい見事だ。しかも力業だけではない。参加国の入場順を、漢字表記した際の頭文字の画数の少ない順でいくというのは、アイディアとして巧すぎる。中国語での国名の漢字表記が日本と微妙に違うのも見どころである。
 ただ、数々の見どころはあれども、もっとも感心したのは、その一部が「偽装」だったことか(笑)。
 あの巨人の足跡の花火がCGだったり、女の子の歌が別人による口パクだったり。ニュースで知ったときは呆れるというより、思わず吹いてしまった。しかも中国が自ら誇らしげに発表というのはいかがなものか。あの感動を見事に打ち消す必要がいったいどこに(笑)。これを徹底した用意周到さと見る人もいよう。ただ個人的にはさすがにこれはない。まあ、この無粋さが中国らしいといえば中国らしいんだよなぁ(苦笑)。

 ずいぶん横道に逸れてしまった。話を戻そう。そう、本を読めなかった言い訳である。
 実はもうひとつの理由としては『ドラゴンクエストV』に嵌っていたことか(爆)。『ドラクエV』はシリーズ中でも一番好きな作品なのだが、DSに移植されたというので久々に買って遊んでみたのだが、これがまあ面白いこと。ハリポタ以降は、電車での読書時間がそのままこれにとられてしまい、今ではクリア後のやりこみプレイ中である(爆)。

 というわけで夏休みの読書感想文はいましばらく待ってくだされ。

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 ご存じの方も多いだろうが、赤塚不二夫氏が亡くなった。管理人の世代は『おそ松くん』『天才バカボン』『もーれつア太郎』などの傑作群を、まさにリアルタイムで読んできているので、さすがにショックは大きい。もちろん子供の頃から大ファンである。
 作品の中では、マイナーだとは思うが、赤塚不二夫全集(三十年以上前に既にあったのが驚きである)で読んだ『キビママちゃん』がなぜか印象に残っている。
 二十歳ぐらいの女の子=キビママちゃんが主人公で、ある父子家庭に女中というかメイドというか、そんな仕事でやってくるというお話。一家の悪ガキたちをキュートな女の子が男勝りの厳しさで躾けていくのだが、三十年以上前に書かれた作品なのに、いまのライトノベルや萌え系のコミックなどにも通じるものがあって、やはり巨匠と呼ばれる人はたいていのことをアッサリと自分のものにしているのだなと、今さらながらに感じている。
 ちなみに元の奥様も三日前に亡くなったとかで……ううむ。
 何はともあれ、心よりご冥福をお祈りいたします。


 話は変わるが、実は今月号の『ミステリマガジン』でも、二人の有名な作家の訃報が掲載されていた。
 一人は珍しいオランダのミステリ作家、J・ヴァン・デ・ウェテリンク。派手さはないが、英米とはひと味違った個性的な警察小説が楽しめるいい作家である。残念ながら現役本はおそらくないので、古本屋で創元推理文庫やポケミスの本を見かけたらぜひどうぞ。
 もう一人はトマス・M・ディッシュ。こちらは今さら説明するまでもない『いさましいちびのトースター』などで有名なSF作家である。
 こうした訃報は得てして続くものだが、せいぜいこのへんで止めてもらいたいものだ、いやマジで。

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 J・K・ローリングの『ハリー・ポッターと死の秘宝(下)』を読み終える。と同時にハリポタ・シリーズもこれにてめでたく読了と相成った。
 以下、本書を含めたシリーズ全体の感想である。ネタバレは極力避けているつもりだけれども、うっかり核心に触れていないとも限らないので、未読の方はご注意のほど。

 ハリー・ポッターと死の秘宝(下)

 さすがに最終巻、シリーズ全体のクライマックスということもあって、ストーリー的にはかなりの盛り上がりを見せた。本書はとりあえずすべての謎に決着をつけており(当然のことではあるのだが)、『不死鳥の騎士団』あたりから実にすっきりしない話が続いていただけに、まずはその点を評価しておきたい。

 本シリーズの魅力は何かと聞かれたら、個人的にはプロットが一番ではないかと考えている。単にストーリーが面白いという問題ではない。ミステリ的な仕掛けやサプライズを巧みに織り交ぜ、小説としてより効果的な演出を生み出す構成に長けていると思うのだ。
 例えばストーリーだけで見れば、『賢者の石』などが躍動感もあり一般ウケする作品だろう。ただ、それは単純にドキドキワクワクするというシーンが続くだけのことで、プロット的にはそれほど工夫されているわけではない。むしろ地味ながら『アズカバンの囚人』などはプロットの妙が味わえる作品で、捻りを利かせたメインの謎はミステリ好きやSF好きにもアピールできるものとなっている(前例は多々あるものの)。
 また、全体を通し、メインの流れとはまったく異なる時間や場所のシーンが、突然挿入されることも多い。往々にしてこういう演出は著者の独りよがりになりがちなのだが、これもシリーズ全体のプロットがしっかり考えられているので、思った以上に判りにくさはない(まあ一部グダグダのところもあるけれど・笑)。こちらも例を挙げると、ハリーがヴォルデモートの見ているものを、同じように見てしまうというシーンがある。一度や二度では済まず、シリーズ中盤から執拗に繰り返し語られるパターンだ。伏線というにはさすがにあざとすぎるけれども、二人のつながりを徹底的に読者にインプットさせ、最後の対決に絡めるという点では、やはり巧いと言わざるを得ない。
 こういった仕掛けの数々が、キャラクターの魅力や世界観以上に張り巡らされているからこそ、ハリポタは読まれたと思っている。ただのキャラ人気だけでは、日本だけで100万以上の人間は読まない。老若男女、実に幅広い層が読み、その大多数が面白いと感じたのは、やはりまずは人を惹きつけるだけの語りの魅力があったからこそなのだ。
 先に『賢者の石』がプロットとしては単純と書いたが、あれにしても単なる魔法合戦に物語をまとめず、クィディッチで締めたところも著者の周到なところなのである。

 その一方で不満もないではない。いや、不満というより違和感といった方が適切か。それは本シリーズが、もはや児童文学ではなくなってしまったのではないかということだ。ではなぜハリポタが児童文学ではなくなってしまったのか。
 単に人が死にすぎるという理由もある。だが何より注目したいのは、主人公たちの成長という要素がほとんどないからに他ならない。いや、そんなことはないんじゃないか、という声もあるだろう。だが、第一巻から最終巻まで、ハリーとその仲間たちのトラブルは常に自己中心的な考えが原因であり、もう少し相手の立場を理解できたなら回避できたことばかりである。最終巻にいたってなおハリーとロンが喧嘩する展開を読み、いったいこれはどういうことなのだと正直呆れてしまった。
 本シリーズを一言で表すとしたら? おそらく多くの人は、「魔法の世界を舞台にした、主人公の成長を描く児童文学」というような答えを返してくるはずだ。あるいはあとがきにあるように「愛と友情と勇気の物語」でもいい。とにかく少年少女を主人公にした児童文学であるなら、やはりその精神性という要素を外すわけにはいかない。
 児童文学は民話や神話と近い関係にあると考える。その構造は基本的にシンプルで、より多くの人が物事の本質を理解できるよう書かれなければならない、という意味で。さらには、普遍的な愛や勇気といった、人として大切なものを学び、成長していくための助けとなる、という意味で。
 表面的には実にオーソドックスな少年たちの成長物語として捉えることのできるこのシリーズで、ローリング女史はなぜハリーたちをここまで教訓の活かされない子供たちにしてしまったのか。なぜ、ここまで複雑な物語に仕上げてしまったのか。なぜ、ここまで登場人物を多く殺してしまったのか。
 ここで思ったのは、ローリング女史がもともと児童文学を書くつもりなどなかったのではないかということだ。確信犯かもしれないし、潜在的にあったものが自然と表れた可能性もある。
 繰り返しになるが、児童文学には成長や志、自己の存在証明などなどといった精神性が必須だ。本シリーズにもその要素はもちろんあるのだが、それは復讐に彩られていたり、差別の上に成り立っていたり、ある意味、現代社会で非常に多く目にすることのできる歪みの上に構築されてしまっている。以前の記事でも書いたのだが、おそろしく不公平な世界で彼らは生きている。児童文学にもそういう側面はないでもないが、いかんせんここまで強いことはそうそうない。
 邪推すると、ローリング女史は成功する以前にそういう世界を生きてきて、それに対する怒りや呪詛をそのまま物語にぶつけているように思えるのだ。本シリーズでも度々繰り返されてきたダーズリー家におけるハリーへのいじめ、「穢れた血」の存在、理不尽な「クラス分け」、魔法使いと小鬼の対立などなど、シリーズの歴史は差別との戦いの歴史でもあり、その縮図がホグワーツともいえる。
 となるとこれを児童小説と呼ぶのはそもそも無理がある話なのだ。本シリーズは少年の成長物語ではなく、むしろ社会制度を告発し、新たな社会形成を促す物語だったのではないか。
 もちろんローリング女史はまっとうなファンタジーを書くつもりだったろう。だが、この長大な物語を読み終えたいま、いわゆるファンタジーの読後感とは別のものを感じている自分に気がついた次第だ。

テーマ:ファンタジー・ホラー - ジャンル:本・雑誌


 先週末に引き続いて、今週も遠出。目的地は富士の麓にあるという「ふじてんリゾート」。ここに関東では最大級というゆり園「リリーパーク」がある。なんと約70000平方mという敷地に約100万株のゆり。これほど膨大なゆりを目にすることなど、もちろん初めてのことであり、ただただ圧倒される。興味のある方はこちらでどうぞ。

 ハリー・ポッターと死の秘宝(上)

 J・K・ローリングの『ハリー・ポッターと死の秘宝』を、とりあえず上巻まで読了。
 ダンブルドアの半生など、これまであまり明かされていなかった秘密が、上巻だけでもひんぱんに語られており、一応は最終巻としてすべての決着をつけようとしているような印象である。願わくばこのまま大きな破綻なく、すべての謎をすっきりとさせてほしいものだが、さてどうなるか?
 詳しい感想は下巻読了時に。

テーマ:ファンタジー・ホラー - ジャンル:本・雑誌


 読了本は『メグレ警視のクリスマス』。表題中編のほかに「メグレと溺死人の宿」「メグレのパイプ」という2短編を収録した中短編集である。

 メグレ警視のクリスマス

 「メグレ警視のクリスマス」は、クリスマスの夜、部屋に現れたサンタクロースの謎を探る一編。導入部の奇妙な味わいやメグレが自宅で指揮をとったりするのは、メグレものには珍しい趣向でなかなか楽しい。真相に導く展開も上手いが、同時に人間の愚かしさや哀しさもきっちりと描き出すのはシムノンならでは。
 なお、クリスマス・ストーリーとして『EQMM』に掲載された本作だが、クイーンによればクリスマス・ストーリーにはいくつかの約束事があるそうで、ひとつは「子供を登場させる」こと、もうひとつは「奇蹟がなければならない」ことらしい。本作はその両方を満たした佳作。

 「メグレと溺死人の宿」は、交通事故が発端。夜中にトラックが停車していた車と衝突、車は川に転落したが、引き上げてみると乗っていたはずのカップルは見当たらず、それどころかトランクにはなんと女の死体が、というお話。本格仕立てでメグレの捜査や推理はいつになく鮮やか。なんとなくコロンボにもありそうなお話で、これもなかなか悪くない作品。

 「メグレのパイプ」は、愛用のパイプを無くしたメグレがそのパイプを探すうち、いつしか事件に……という物語。構成も巧みで、パイプをいつまで持っていたのか、メグレが自分の記憶をたどっていく導入部はとりわけ秀逸。パイプがないときのメグレの言動やラストも印象的で、シムノンがお気に入りの作品と言っているのもよくわかる。

 長らく絶版の本書だが、これは予想以上に堪能できた。まあ本書に限らず、シムノンの過去の作品のほとんどが絶版という状況だから、ここはひとつ過去にメグレ全集を出していた河出書房新社あたりが責任をもって、完全版のメグレ全集(さすがにシムノン全集とは言わないから)を刊行してもらえないものだろうか。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 暑い暑い。仕事もしんどい。
 というわけで避暑とストレス発散を兼ね、先週末は蓼科方面へドライブに。さすがに涼しく、夜もエアコンなしで寝られるのは高原ならでは。
 宿の温泉に浸ったあとは地酒でへろへろ。いつもなら旅先に本を持っていってもそのまま寝てしまうパターンだが、今回はあえて発売されたばかりのDS版『ドラクエV』を持っていったので意外に頑張れる(笑)。旅先にゲームって、まるで子供だが。


 ところで遂にハリポタの最終巻、『ハリー・ポッターと死の秘宝(上・下)』が発売された。さすがに以前ほどのお祭り騒ぎにはなっていないようだが、それでも行列ができるところもあったようで、いやはや何とも。
 と言いつつ、実は管理人も即日購入(爆)。まあ、せっかくここまで読んできたのだから、世間の評価がどうあろうが、これは読むしかない。
 ただ、注意しなければならないのはネットである。なんせモタモタしていると、あちこちのブログ等でネタバレは必至。うっかり目にする危険性も相当高いはずで、それを防ぐにはとりあえずさっさと読んでしまうことであろう。

テーマ:ファンタジー・ホラー - ジャンル:本・雑誌


 論創ミステリ叢書から『松本泰探偵小説選II』。収録作品は以下のとおりだが、このほか評論や随筆も十数編収録されている。

「詐偽師」     「死を繞る影」
「秘められたる挿話」「死は死を呼ぶ」
「黒い金曜日」   「付鼻」
「嗣子」      「清風荘事件」
「毒杯を繞る人々」 「昇降機殺人事件」

 松本泰探偵小説選II

 結論から言うと、これまでに読んだ『清風荘事件』『松本泰探偵小説選I』と大きな差はない。探偵小説としてはかなり苦しい作品ばかりで、推理や論理とはほぼ関係ないところで決着を見せられたり、御都合主義も相変わらず連発される。わずかに「付鼻」だけが本格風に構成されていて、それだけでもずいぶん心が安まるぐらいだから、あとは推して知るべし(笑)。また、かなりひいき目に見れば、「清風荘事件」「昇降機殺人事件」などはスリラーとしてそこそこ読める方であろう。とにかくミステリとしての収穫を望む人には辛い一冊。
 なお、文章自体は軽快で読みやすいので、当時の犯罪実話を、異国情緒や時代の雰囲気に絡めてさらっと楽しみたい向きには、悪くない読み物かもしれない。

 松本泰は収録されたエッセイの中で、彼の興味を惹いたのはあくまで事件の背後にある秘密やロマンであると書いている。その過程等にはあまり頓着しなかったことにも触れているのだが、なるほど確かにそのスタンスは理解できないこともないけれど、せめて物語としての芯がもう少し強かったら、と思う次第だ。

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