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 ぼちぼち進めている多岐川恭読破計画の四冊目として、本日は『異郷の帆』を読む。著者の代表作というだけでなく、鎖国時代の長崎出島が舞台ということでも気になっていた一冊である。

 まずはストーリーから。
 時は元禄。鎖国政策をとる幕府によって、諸外国との交流は一切禁じられていたが、唯一の例外が長崎出島であった。その交易相手はオランダに限定され、しかも女性の同行は厳禁。また、オランダ人も出島以外への外出はすべて禁止されていた。さらに正規な交易品以外の持ち込みは認められず、武器の所持も一切禁止である。
 だが、そんな厳重な監督下においても裏はある。一部のオランダ人と出島の役人は結託し、不正な密輸入で私服を肥やしていた。
 その出島で通詞として働く浦恒助がいた。欲もなく世襲のままに淡々と職務をこなす浦だったが、オランダ商館に住むハーフのお幸には惹かれるものがあった。しかし、オランダ人甲比丹と日本の遊女のハーフという出自では、世間体を気にする母親の反対は間違いなく、しかも安定した職すら失いかねない。その先へ踏み出すことに浦の躊躇は大きかった。
 そんなある日のこと。オランダ商館のヘトルが刺殺されるという事件が起こる。もともと黒い噂のある人物だったが、犯人は特定できず、凶器すら発見できなかった。奉行が警戒にあたるなか、今度は通詞の一人が殺害される……。

 異郷の帆

 いやあ素晴らしい。まあ、代表作ばかりを読んでいるのだから当たり前っちゃ当たり前だが、多岐川恭に今のところ外れなし。
 ミステリの部分ばかりではなく、それ以上にしっかりした人間ドラマも堪能させてくれるところが多岐川作品の魅力だけれど、本作では日本の歴史上でもとびきり特殊な出島という舞台設定もあって、それがいっそう花開いている印象である。

 まずはミステリとしての部分。
 出入りが徹底的に制限されたこの狭小空間は、いうなれば大きな密室。あるいは嵐の山荘である。部外者の犯行はあり得ず、すべての人間が顔見知りというなかで凶器はどのように消え失せ、アリバイはどのように構築されたのか。
 謎の導入としては申し分なく、出島という地を活かした仕掛けもまたよし。正直、トリックはそれほど大したものではないけれど、真相はかなり意外であり、出島でなければ成立しないミステリを楽しめる。

 また、出島ならではの人間模様が物語に奥行きを与えている。
 とにかく登場人物が多彩である。主人公の通詞、浦恒助は周囲からは覇気に欠けるように見られているが、実は海外への憧れを秘めた青年。お幸は美人で気立ても良いが、合いの子と蔑まされ、その出自から出島から出ることもできない悲しい身である。
 さらには日本人やオランダ人からも疎まれている、転びキリシタンのポルトガル人通詞。植民地から奴隷として連れてこられた現地民、隠れキリシタンの遊女、色狂いで吝嗇の通詞、暗躍する大工、貿易の実権を握るひと癖ありそう商人などなど。
 まさに出島でなければ登場できない人物たちばかり。本作ではそんな人々の生活、そして生き様が実に丁寧に描かれており、それだけでも楽しく読めるほどだ。

 最後に出島そのものがもつ負の魅力という側面。海外への唯一の門となる出島だが、その華やかなイメージとは裏腹に本質は閉鎖的であり、暗黒面もまた多い。そのため出島で暮らす人々の間には、どこか閉塞感や厭世観に似たものが漂っている。
 人々はその中でそれぞれの宿命を抱えて生きている。そして各人の思惑が出島という空間と相容れなくなったとき、悲劇が起こる。多岐川恭はその絡め方がとてつもなく巧いのである。ひとつの事件を通して、当時の出島が抱えていた問題が次々と明らかになる展開はまさに職人技である。
 真相が明かされ、ラストへとつながるくだりに至ってはもう圧巻。ほろ苦さと希望がないまぜになり、言いようのない感動を味わえるだろう。

 ※蛇足
 本作を読むにあたっては出島についての予備知識が多少あると、スムーズに物語世界に入り込めてよろしいかと。
 通詞=通訳を主とする役人、甲比丹(カピタン)=オランダ商館長、ヘトル=オランダ次席商館長、乙名=出島の交易にあたった役人、といった具合に固有の用語が多いし、出島の地図や制度まで頭に入っているとかなり入りやすい。
 管理人などは20〜30ページほど読んだあたりでこりゃまずいと、恥ずかしながら以下のページで少し学生時代の復習をしたほどである(苦笑)。
http://www.city.nagasaki.lg.jp/dejima/

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 マイクル・コナリーの『証言拒否 リンカーン弁護士』、下巻も読了。

 今回は徹底した法廷ミステリである。2011年の作品だが、当時アメリカで大きく取りあげられていたサブプライムローンの問題を背景に、持ち家の差し押さえを受けた女性が、その恨みから銀行副社長を殺害したという事件を扱っている。
 この容疑者の女性がなかなか癖のある人物で、殺人容疑を受けているにもかかわらずスタンドプレーが多く、事件の映画化の誘いに乗って後援者まで獲得したリする。
 そんな中で我らがリンカーン弁護士のミッキー・ハラーは遂に本作で事務所を構え、スタッフとともにチームでこの難事件に取り組んでいく。

 証言拒否(下)

 基本的にはいつもどおり安心して読める作品である。
 上下巻ながらほぼだれることなく読ませる力はさすがにコナリー。特にミッキー・ハラーものはボッシュものよりライトな味付けということもあって、非常にテンポ良くストーリーを運んでいく。
 もちろん読みどころは、メインストーリーとなる検察側と弁護側の攻防である。最初はジャブの応酬ながら、徐々に決まる互いのクリーンヒット。そして最終的にハラーが狙っていた逆転パンチが明かされるところは非常に鮮やかだ。

 また、メインストーリー以外にも物語を膨らませるサイドストーリーたるエピソードがいくつかあるのだが、それらエピソードの出し入れと本筋への絡ませ方が巧い。
 例えばハラーと元妻の検事補マギーとのロマンスなどは、愛情と仕事上の関係が入り混じって、最終的にはハラーの生き方や考え方そのものを問う流れとなる。シリーズとしては決して小さくない要素なのだが、決して本筋を邪魔することなく、それでいて事件にも影響を与える部分もあり、このバランスが絶妙なのである。

 これだけでも十分法廷ミステリとしては成功なのだが、コナリーは例によって駄目押しともいうべきどんでん返しを加えている。ところが、この駄目押しが実はいただけない。
 もちろんストーリーとしての驚きはあるけれど、肝心のトリックがしょぼいのである。そもそもそんな程度の仕掛けなら公判中に誰も言い出さない方がおかしいし、そういう不安定な要素を含んだまま判決がおりてしまう裁判制度にも疑問が残る。
 ストーリーやテーマとしては非常に意味あるものなのだが、その手段がコナリーらしくない拙さ。実に残念。

 したがって全体に満足できる作品ではあるが、今回ばかりはラストが大きく足を引っ張って、個人的には70点といったところ。
 ちなみにやや古い作品ではあるが、本作を読んでウィリアム・ディール『真実の行方』を思い出した。リチャード・ギア主演で映画化もされたはずだが、法廷ミステリとサイコミステリを合わせたようなタイプでおすすめ。

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 本日の読了本はマイクル・コナリーの『証言拒否』を上巻まで。リンカーンを事務所代わりにして刑事弁護に奔走するミッキー・ハラー・シリーズの四作目。
 ハリー・ボッシュとの共演がしばらく続き、どうしても事件とは別方面の興味で引っ張ってきた印象もあるが、本作は久しぶりにハラー独自の物語のようだ。

 証言拒否(上)

 今回の依頼人はシングルマザーの女教師リサ。ローン未払いを理由に家を差し押さえられた彼女に対し、ハラーは銀行の違法性を主張して訴訟に乗り出す。だがひとつ問題があった。彼女は同じような立場の仲間を集め、銀行の違法性に抗議するデモを繰り返すなど暴走癖があり、非常に取り扱いが難しい依頼人だったのだ。
 そんな中、当該銀行の副社長を撲殺した容疑でリサが逮捕される。ハラーは新人弁護士や腕利きの調査員とともに弁護に打って出るが、彼女の暴走は止まらず、事件の映画化を狙うプロデューサーまでを後継者として引き入れてしまう……。

 今回はシリーズ原点に立ち返るというか、本格的な法廷ミステリの様相である。検察側との対決も法廷内外でばちばち行われ、上巻ではまさに一進一退。ここに想定外の問題が降りかかってきて……というのはある意味お約束だが、それらをバランス良く配して非常にリーダビリティが高い。
 ま、詳しい感想は下巻読了時に。

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 DVDで『サスペリアPART2/紅い深淵』を視聴。ダリオ・アルジェント監督による1975年の作品である。何を今頃こんな中途半端に古い映画を観たかというと、先日読んだ『映画秘宝EX 最強ミステリ映画決定戦』の影響である。実は同書で数あるミステリ映画の一位に輝いたのが、この『サスペリアPART2/紅い深淵』なのだ。

 おいおい、ちょっと待て、『サスペリア』ってホラー映画じゃなかったっけ?という方もいると思うが、本作は原題を『Profondo rosso』といい、何を隠そう(いや別に隠す必要もないのだが)、『サスペリア』よりも以前に作られた純粋なサスペンス映画であり、オカルト要素は一切ない。それどころか『サスペリア』とストーリ−的な関係もまったくなく、完全に別物の映画なのである。
 ホラー映画のファンには常識なのだが、日本では先に公開された ダリオ・アルジェント監督の『サスペリア』がヒットしたせいで、日本での配給会社がその人気にあやかるべく、同監督のすでにあった映画『Profondo rosso』を引っ張り出していかにも続編的なタイトルをつけて公開したのである。

 で、『サスペリアPART2/紅い深淵』だが、先に書いたように本作は純粋なサスペンス映画である。しかも『映画秘宝EX 最強ミステリ映画決定戦』で一位に輝いたように、ミステリとしてかなり上質の作品なのである。
 などと知ったようなことを書いている管理人も、実はこの映画がそこまで凄かったという印象はあまりなかった(苦笑)。もちろん面白かった記憶はあるのだが細部はほとんど覚えておらず、一位と言われてもピンとこなかったのが正直なところである。
 これではいかんだろうというわけで、わざわざDVDを購入し、あらためて視聴した次第である。

 サスペリアPART2:紅い深淵

 まずはストーリー。
 プロローグとして挿入されるのが、ある家でクリスマスの夜に起こった出来事である。レコードで子供の楽しげな歌が流れる中、子供の叫び声が響き、床には血まみれの包丁。そして、その包丁に近づく子供の足。何らかの惨劇が行われたことを暗示しつつ、物語はとあるホールへと変わる。
 そのホールで行われているのは超心霊学会で、テレパシーの持ち主であるヘルガの公演の真っ最中であった。ところが突如、ヘルガが悲鳴をあげる。聴衆のなかに過去に殺人を犯した者がいて、その人物は再び人を殺そうとしているというのである。
 その夜のこと。ヘルガがホテルの一室で電話をしていると、どこからともなく子供の歌が聞こえてきた。不審に思ったヘルガは邪悪な者の存在に気づいたが時すでに遅く、彼女は何者かの手によって惨殺される。
 その場面を屋外から目にしていた一人の男がいた。たまたまホテルの前で、しがないピアニストの友人カルロと立ち話をしていた同じくピアニストのマークだった。マークはヘルガがホテルの窓際で殺される瞬間を目撃し、急いで部屋に向かうが、現場には事切れたヘルガの姿しかなかった。
 やがて警察も駆けつけ、警察と部屋を検分していたマークはある違和感を覚える。それは部屋にかけられた不気味な絵の数々だった。自分が現場に来たときにあったはずの絵が一枚なくなっているのではないか?
 事件に興味を持ったマークは独自に調査を開始するが……。

 いやあ、なるほどねえ。こう来ましたか。
 犯人と真相はなんとなく覚えていたが、あらためて観るとけっこう衝撃的ではないか。しかも、ただびっくりするだけではない。プロットが非常に練られているうえに、伏線をガンガン張りまくっているのが凄い。真相を知ったときに、ああ、あれはああいう意味であったかと、すとんと腹に落ちていく。
 ミステリ的なギミックもなかなかのもので、特に冒頭から引っ張る殺人現場の絵の謎はうまい。これなど小説でやっても大した効果は得られないが、映画では実に有効。映像ならではの強みである。
 また、映画ならではの部分でいうと、中盤で提示される殺人場面を描いていると思われる子供の描いた絵のネタもいい。主人公たちが発見するその絵が、実は全体の一部でしかなく、これを効果的に見せて、なおかつ新たな疑問を観る側に生じさせるテクニックなど実に心憎い。
 他にもバスルームのダイイング・メッセージなども仕掛けとしては面白い(ただ、その中身はいまひとつであるが)。

 世界観の作り方も実に堂に入ったものだ。原題にもある”rosso”(赤)、さらには”絞首刑”というイメージを全編に擦り込ませて雰囲気を盛り上げるが、実はもっと素晴らしいのが、それらの表面的なイメージの下に性や男女の問題を隠しテーマとして含ませていることだ。これがまたいくつものエピソードを何層にも重ねることで、物語に奥行きを与えている。
 ここを詳しく書くとネタバレになってしまうので控えるが、こういう描き方をすることでより世界観がしっかり構築されているように思える。

 疵もないではない。完全に余計としか思えないアクションシーンを入れたり、BGMがちぐはぐだったり、主人公がどうにも不用心過ぎるなど、全体に作りが荒っぽいし、バランスも多少悪い。早い話がいかにもB級然とした作りなのである。
 ただ、そんなところは多少なりとも我慢して観るべきだろう。そういう欠点を含めてもお釣りは十分にくる。
 まあ、正直な話、さすがにすべてのミステリ映画で一位とは思わないが(笑)、ベスト20クラスの力は確かにある。どんでん返しの効いたミステリ映画が好きなら、一度は見ておいて損はない。

テーマ:サスペンス・ミステリー - ジャンル:映画


 ジョン・ロードの『ラリーレースの惨劇』を読む。おなじみ論創海外ミステリからの一冊。

 まずはストーリー。王位自動車クラブが主宰する英国ラリー大会。ロバートは友人のリチャード、さらにはナビゲーターとしてプリーストリー博士の秘書ハロルドとチームを組み、上位入賞を狙っていた。
 ところが霧のせいでチェックポイント通過は大幅に遅れ、挙句に溝に脱輪したラリーカーを発見する三人。おまけにその事故現場では死体まで発見し、とうとうレースを中断する羽目になる。
 しかし、厄介事はそれだけでは終わらなかった。当初はレース中の単純な事故と思われた一件だったが、不審な点が浮かび上がってきて……。

 ラリーレースの惨劇

 ジョン・ロードといえば英国の本格探偵小説を代表する一人ながら、作風の地味さや物語の単調なところが勝ちすぎて、日本では人気・評価ともいまひとつの作家である。
 しかしながら本作はなんとカーラリーをネタにした作品。素材としてはなかなか派手なので、「もしかするとこれは今まで読んだものとは異なるかも」とは思っていたが、まあ、結論からするとそれほど大きな違いはなかった(苦笑)。
 序盤こそラリーを舞台にしており動きもあるので、掴みとしては悪くない。ところが二十ページあまりで事件が発覚すると、あっという間にいつものロード、すなわち地道な捜査や推理の積み重ねに逆戻りである。トリックや犯人の意外性なども含め、甘くつけてもせいぜい六十点ぐらいであり、決して期待して読むような作品ではないだろう。

 ただ、『ハーレー街の死』や『プレード街の殺人』などに比べると、多少は読ませる感じは受けた。その理由を聞かれても、実ははっきり答えるのが難しいのだが、強いて言えばストーリーのテンポの良さか。
 いつものパターンだと推理による試行錯誤がストーリーの流れまで止めたり分断したりするところがあるのだが、本作では探偵役こそいつものプリーストリー博士ながら、実際に捜査を進めるのは警察のハンスリット警視や秘書のハロルド。彼らの捜査がまずまず良いテンポで、それを受けてのプリーストリー博士の推理という展開が、地味ながらストーリーに一定のリズムを作ったのではないだろうか。まあ、あくまで印象なので断言はできないけれど。

 まあ、管理人などはクラシックなミステリであれば、とりあえず読んでみたいと考える人間なので、今後も質がどうあれロードの作品は読みたいのだが、ううむ、どこまで続けてくれるのやら。

 なお、蛇足ながら本作の邦題にある「ラリーレース」という用語は気になる。確かに厳密にいうとラリ−はレースの一種なのだが、通常、モータースポーツではレースとラリーは別物である。
 つまりサーキットで走行タイムを競うのがレース、一方のラリーは一般公道を用い、決められたタイムにしたがって走るというものである(これ以外にもラリーにはいろんな勝敗ルールがあるけれど)。
 だから邦題をつけるならラリーとレースの並記は明らかにおかしい。邦題を活かすならそのまま『ラリーの惨劇』、語呂が悪ければ『カーラリーの惨劇』あたりだろう。まあ、個人的には「惨劇」というのも少々大げさな感じはするのだが。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 先週に続いて、今週も『シン・ゴジラ』を観てしまう。今回はいろいろ復習もしたので、さらにポイントを細かく楽しめたのがよかった。
 帰りには買い逃していた『横溝正史&金田一耕助シリーズDVDコレクション』の38巻と39巻を購入。買ってはいるが、これいつ観るんだ。007鑑賞計画も途中で止まってしまっているのでそろそろ再開したいのだけれど、映画やDVDは読書以上に時間をガッツリとられるので面倒だ。

 書店では、たまたま店頭で『映画秘宝EX 最強ミステリ映画決定戦』を見つけ、最近、この手のガイドブックを買っていなかったなぁと思い、とりあえず購入。

 最強ミステリ映画決定戦

 中身は映画ミステリのオールタイムベスト本で、このミスの映画版と思えば話が早い。ただ、構成はこのミスに比べてもはるかにシンプルで、映画関係者100人のアンケートをもとにしたランキングでベストテンまで紹介し、あとは各人のベストテン+コメントがほぼすべて。これに対談やコラムがいくつかといった案配である。

 基本的には映画秘宝らしく、とんがったというかやんちゃというか、要はウケ狙いのランキングが多くてこれが楽しい。オーソドックスなランキングは大手に任せ、やはり映画秘宝はこの路線でなくては。構成的には芸がなくても、ランキングとコメントだけでも十分に堪能できる。
 この手のガイドブックで一番求められるのは、未見の映画を見たくなる衝動をどれだけ駆り立ててくれるかだと個人的には思っているのだが、それは間違いなく満たしてくれるだろう。

 ちなみに一位にはかなり意外な作品が入ってきて、メジャーどころでランキングをやってもまずこの結果にはならないだろう。もちろん作品自体は素晴らしいけれども、なんとなく一位にしにくい作品なんだよなぁ(苦笑)。
 まあ、どんな作品が一位になったのか、気になる人は店頭でご確認を。

 最後にひとつだけ注文をつけておくと、相変わらず洋泉社MOOKの誌面デザインやレイアウトのセンスはひどくて損をしている。このB級のノリを活かしたいという意向もあるのだろうが、それにしても。
 ファッショナブルに作れとかは言わない。せめて普通に読みやすいデザインにできないものだろうか。ほんと、もったいない。

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 江戸川乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を物語の発生順に並べたシリーズの第二巻『明智小五郎事件簿 II 「一寸法師」「何者」 』を読む。

 明智小五郎事件簿II

  「D坂の殺人事件」で明智小五郎を颯爽とデビューさせた江戸川乱歩は、以後1925年から1926年にかけて矢継ぎ早に傑作を発表している。「心理試験」 「黒手組」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「火星の運河」『パノラマ島奇談』などなど、もう枚挙にいとまがないほどだが、トリックやアイディ アに優れた本格もの以上に目立ったのが、エログロや猟奇、残虐趣味を押し出した変格ものだった。
 これらの要素をストーリーの面白さに組み込んで昇華させたものが、後の『蜘蛛男』をはじめとした通俗長篇につながるのだが、そんな通俗長篇の先駆け的な作品が本書に収録されている中篇 「一寸法師」だろう。

 こんな話。小林紋三はある夜、浅草公園で子供のような背丈の男が風呂敷包みから人間の腕を落としたところを目撃する。小林が思わず男の後を追跡すると、男は養源寺という寺に入っていった。
 翌朝、昨夜のことが気になった小林は養源寺を訪ねるが、寺の住職はそんな男に見覚えはないという。その帰り道、小林は実業家・山野大五郎の夫人・百合枝に出会う。彼女は娘の三千子が行方不明になったため、小林の友人でもある探偵の明智小五郎を紹介してほしいと頼み込む。

 うむむ、久々に読んだが、やはり強烈だ。
 今となっては差別表現のオンパレードだが、そこに乱歩の問題意識などはない。あえて人間のダークな部分をかざしてみせるとか、そんな感じでもない。自分の嗜好をストレートに押し出し、単に怪奇的な雰囲気を盛り上げるためだけの材料として使っている。だからこそ凄い。
 もちろん当時は乱歩に限らず、世間全体の差別問題に対する意識は相当低いし、むしろ奇形の見せ物小屋など、皆が普通に愉しんだことは理解しておくべきだろう。実際、本作もこの内容ながら朝日新聞に連載され、しかも読者には非常に好評だったという。
 今、読んでみても、そういったエログロ猟奇趣味の面白さは確かにあって、人には表立っていえない秘密の愉悦といったところだろう。

 また、明智の存在も面白い。一巻に収録されている作品ではまだ何となく浮世離れしたというか胡散臭さのある印象が強かったが、本作ではそういう味を残しつつも、既に名探偵然とした立ち振る舞いも多く見られる。
 この猟奇的な事件に恐れや怒りを特別見せることもなく、むしろ論理を前面に打ち出して飄々と謎解きするところなどは、まさに絵に描いたような古典的名探偵の姿である。この事件と明智の空気感の違いが絶妙で、結果的にいい味を出している。

  ちなみに乱歩自身はこの作品があまりに通俗的で、探偵小説として恥ずかしく出来であると思い、以後しばらくの間、休筆することになる。
 まあ探偵小説としてはぐだぐだなところもあるのだけれど、大衆の求めるところを的確につかんでいたことは間違いないし、猟奇要素を省くとプロットなどは意外にしっかりしており、そこまで卑下するものではないだろう。むしろ猟奇趣味と本格趣味が程よくミックスされており、明智の存在がその接着剤の役目を果たしているようにも思える。

 もうひとつの収録作「何者」は、乱歩がその休筆期間を経て、『陰獣』で華々しく復活した後に発表された短編。こちらは打って変わって、猟奇趣味を排した真っ当な本格探偵小説である。
 すでに『蜘蛛男』の連載も始まり、本格的に通俗長篇にシフトし始めた頃に書かれているのだが、こういう両極端な作品を同時進行しているのは面白い。乱歩自身もこちらは気に入っていたようだが、実際、かなりのハイレベルな作品で、明智と犯人の対決というお馴染みの構図も鮮やか。

 なお、このあたり解説で法月綸太郎氏が上手いことを書いているので、興味ある方はぜひどうぞ。また、平山雄一氏の「明智小五郎年代記」も痒いところに手が届く解説ぶりで、物語の時代特定だけでなく、時代背景を理解する上でも大変重宝する。解説含めておすすめのシリーズである。

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 怪獣映画ファン、特撮ファンとしてこの夏に観ておきたい映画はいくつかあるが、個人的にはやはり『シン・ゴジラ』である。初日は無理だったが公開二日目の本日、立川シネマシティ2で鑑賞。
 ちなみに立川は『シン・ゴジラ』のストーリー内で臨時政府が置かれる場所。モノレールの車両基地とか昭和記念公園とか知っている場所がいくつも出てきて、ううむ、いつの間にそんなの撮影していたのか。
 まあ、それはともかくストーリーから。

 東京湾を走るアクアラインで原因不明の崩落事故が発生した。政府はただちに緊急会議を開き、海底火山等の自然災害という見方で決着しようとしたが、内閣官房副長官の矢口蘭堂だけは、海底に生息する巨大生物の可能性もあると提言。しかし非現実的な意見とばかりに周囲はこれを否定した。
 だが矢口の予想は的中した。巨大生物が海面から姿を現したのだ。
 巨大生物は古代の恐竜のようにも見えたが、エラをもち、四足歩行でそのまま東京大田区へ上陸する。その巨体は道路幅にとうてい収まらず、生物が移動するだけで市街地はたちまち破壊されてゆく。
 前例のない想定外の事態に慌てふためく政府。何を決定するにも会議や根回しが必要な今のシステムではすべてが後手に回り、現場で対応にあたる警察や消防、自治体は苛だちを隠せない。
 そんななか諸外国も事態の動向に注目していたが、なかでも米国のアプローチはなぜか積極的だった……。

 シン・ゴジラ

 総監督&脚本はエヴァでお馴染みの庵野秀明、監督&特技監督は『日本沈没』や実写版『進撃の巨人』等で知られる樋口真嗣という布陣。
 2014年に公開されたハリウッド版第二弾の『GODZILLA ゴジラ』がなかなかの出来だったことを思うと、ここは本家ならではの意地を見せてくれと願うファンは多かったはず。庵野監督にも相当のプレッシャーがあったと思われるが、いやあ、この出来なら一安心。十分満足である。なんだ、日本、やればできるではないか。

 何がいいといえば、やはり徹底したリアリティだろう。
 ゴジラは戦争や核や災害などのメタファーになっていることが多いけれども、本作ではゴジラを災害と見做し、それに対して現代の日本政府や自衛隊はどのように対処するのか、そもそも対応できるのかというところを描いている。つまり「有事における危機管理」。
 こういうアプローチは過去のゴジラ作品にもあり、決して初めてというわけではないのだが、庵野監督は変にSF的な要素を持ち込まず、あくまで現在の日本政府がこの未曾有の災害に直面したときどう対応するかを徹底的に描いていく。この軸がぶれないのがいい。

 加えて注目したいのは、主人公を権力側に置いていることだろう。
 得てしてこの手の映画というのは、主人公が現場側であり、保身や利益に走る権力側や体制側との対立を描くケースが多い。要は権力側というのはドラマを盛り上げるための悪役的役回りである。まあ、感情移入しやすいし、わかりやすい構図ではある。
 本作ではこの見慣れている構図、即ち現場側=善=主人公という構図を捨てて、主人公を内閣官房副長官とし、権力側の苦悩にスポットをあてているのが興味深い。
 まあ内閣や外国との板挟みにあう、いかにも中間管理職的な描き方もされているのだが、基本的には安保問題や核問題、東日本大震災などを想起させる様々な問題にどう対応していくかを浮き彫りにしている。現場の苦労もいいのだが、権力側でなければわからない苦悩をきちんと見せることもこういう映画では必要だろう。個人的にはここがけっこうツボでありました。

 気になったのは、あえてやっていると思われる棒読み的な早口のセリフ使いである。
 特に矢口がまとめる対ゴジラの緊急対策チームに所属する若手の政治家や学者や研究者などが、一様に専門用語を織り交ぜた長ゼリフを早口でまくしたてる。これがアメリカ映画だったら、感情に任せた怒鳴り声が交錯したのち、誰かが最後にきちんと説明的にまとめるところだが、これもある意味リアリティを感じさせる部分ではある。まあ、わかりにくいときも少なくないので、好みが分かれるところだろうけれど。

 演じる役者さんはまあまあ悪くない。主役の矢口役には長谷川博己、準主役のカヨコ・アン・パタースンには石原さとみ、内閣総理大臣補佐官に竹野内豊。他にもかなりの有名どころが端役で出演しており、これもゴジラ映画ならでは。ただ、石原さとみがこういう役を演じるには、若干若すぎるかな。長谷川博己は好演。
 異色なのは初日までシークレットだった、ゴジラのモーションキャプチャーを担当した野村萬斎だろう。今回のゴジラは巨大で非常にゆったりした動きであり、野村萬斎の能楽師としての動きに通じるところがあるかもしれないが、そこまで意味があるかどうかは疑問である。むしろ話題作りの方が大きいのかも。

 ゴジラそのものについては、過去作をリスペクトしつつ新設定も織り込んで悪くない。第一形態が少々残念な感じだったけれど、巨大化してからは佇まいだけでも鳥肌ものだし、カット割りや絵コンテも相当しっかり練られている印象で、エヴァでの見せ方もかなり取り込まれているのだろう(ここ詳しくないので予想だが)。
 ちなみに自衛隊は結局ゴジラに手も足も出ないのだけれど、ゴジラに向かってゆくヘリや戦車の見せ方は実にかっこよく、そういう表面的なところだけでなく、その存在意義について言及されるシーンもまたよし。

 取り止めがなくなってきたので、そろそろまとめ。
 本作は歴代ゴジラ映画でもトップクラスとみていいだろう。映像の進化はもとより、設定やストーリーもしっかりしており、巨大生物の存在以外は徹底したリアリティの追求で楽しめる。ここまで真面目に作ってくれた庵野秀明、樋口真嗣両監督に感謝したい。


 すっかりマイブームになりつつある多岐川恭だが、本日は短編集『落ちる』をご紹介。管理人が読んだのは創元推理文庫版で、直木賞を受賞した河出書房新社版『落ちる』に初期の秀作三編を加えた、いってみれば多岐川初期短編の決定版である。
 収録作は以下のとおり。

「落ちる」
「猫」
「ヒーローの死」
「ある脅迫」
「笑う男」
「私は死んでいる」
「かわいい女」
「みかん山」
「黒い木の葉」
「二夜の女」

 落ちる

 おお、長篇だけでなく短篇も相当のレベルで満足度は高い。男女の愛憎や痴情のもつれがテーマになっている作品が多く、ともすれば二時間ドラマの素材的な安っぽい感じにもなったりするのだが、多岐川恭はものが違う。それらの材料をときにはシリアス、ときにはコミカル、さらには奇妙な味にも落とし込んだりと、バラエティ豊かに味付けして飽きさせない。
 そもそも心理描写が細やかなので、どういうテーマを扱おうが、小説としてしっかり成立させてしまう力がある。著者自身も謎解きやトリック以前に小説であることを強く意識していたことを公言しているが、もちろんミステリとして物足りなければあえて読む必要もないわけで、多岐川恭もそう言いながらきちんとミステリとして両立させることには抜かりがなかった。
 文学性とミステリの両立といえば連城三紀彦あたりがすぐに思い浮かぶが、あそこまで狙いすましたものではなく、ごく自然にわかりやすい形でまとめているのが多岐川恭のポイントだろう。比較するのもなんだが、この時代のミステリ作家は単純に作家としてのレベルが高くてよい。

 以下、各作品の感想など。
 表題作の 「落ちる」は自己破壊衝動に駆られる男の物語。妻に対する愛情が崩れ、猜疑心が一線を超えたとき……。ノイローゼの主人公というキャラクターが意外に魅力的で、生まれ変わるとまではいかないけれど、ラストで主人公の心境が一変するところは思わず拍手である。

 「猫」は謎解きものとして見ればまあまあだが、サイコ的な犯人像が秀逸で、サスペンスとしては力作。犯人に狙われる女性主人公も飾り物のステレオタイプでなく、複雑な女性心理を打ち出しているところがお見事。

 「ヒーローの死」は密室を扱った作品で出来はそれほど悪くないのだが、いかんせん他の作品に比べるとやや弱い。

 個人的に本書中のベストといえるのが「ある脅迫」。なんというか、この設定の妙。小心者で冴えない銀行員が宿直の夜、強盗に襲われる。だが、その強盗が実は……。未読の方にはぜひオススメしたい奇妙な味の傑作。これ読まないのはもったいない。

 「笑う男」も奇妙な味の部類に入るか。主人公は収賄事件の発覚を防ぐため、とうとう殺人まで犯した男である。犯罪隠蔽からの帰りの電車内、主人公はたまたま隣り合わせた男に、自分の犯した事件の推理を聞かされるはめになる。推理を聞かされながら一喜一憂する主人公が、物悲しいけれどどこかユーモラス。

 殺されるのを待つだけの老人が主人公の「私は死んでいる」。甥夫婦とのやりとり、亡き妻との仮想会話シーンなど軽妙なやりとりが楽しいユーモアミステリである。

 「かわいい女」は悪女もの。この作品に限らず、多岐川恭はこういうテーマが得意というかお好みというか。当時はこういう作品の需要も高かったのだろう。物語のもつサスペンスよりキャラクターありきといえる。

 「みかん山」は再読だが、今あらためて読むとこれはバカミスの一種なのか。ミステリとしての評価は落ちるが、インパクトはなかなかである(笑)。

 「黒い木の葉」は技巧とドラマががっぷり四つに組み合った好編。導入部の少年少女の淡い恋愛模様、その恋愛に反対する母親の物語に引き込まれていると、あっという間に少女が殺害され、今度は一転して関係者の事情聴取というスタイル。巧い。

 「二夜の女」は温泉宿で出会ったある男女の恋愛と犯罪の物語。絵に描いたような二時間サスペンスドラマ調、といえば聞こえは悪いが、もうすべての放送作家が見習ってもいいぐらいお手本のような作品。先が読むやすいのが欠点だが、いや、むしろ先の読みやすさを含めてこその逸品である。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 論創ミステリ叢書が先日の『横溝正史探偵小説選V』でついに百巻ということで、いやなんともめでたいことである。
 この出版不況のなか、戦前戦後のマニアックな探偵小説だけで百巻も続けてこられたというのは奇跡に近いのではないか。しかもほぼ月一冊刊行というハイペース。書誌的に難しい作家がほとんどだろうし、編集だってこのペースは辛いはず。もちろん採算が合わなければここまで続かなかったであろうし、関係者の苦労は並大抵のものではないだろう。
 ともかくこれは間違いなく日本ミステリ出版史の快挙。関係者がどこまで続ける気があるのか知らない、いっそのこと1980年あたりまで網羅してもよいのではないか(笑)。

 ハイペースで続く論創ミステリ叢書だが、これは読むほうもけっこう大変で、中身が濃いのと持ち歩きが面倒なこともあって、管理人などは読むのも月一冊がせいぜい。全然、積ん読との差が縮まらないのだが、何とか今月も一冊読み終える。
 ものは『水上幻一郎探偵小説選』。

 水上幻一郎探偵小説選

 水上幻一郎は東京都出身。学生時代から探偵小説に興味をもち、同人活動を続けながら、ときの探偵小説家らとも親交が始まるが、大学卒業後は新聞社に就職。その後、商業デビューするが作家専業とはならず、本業の忙しさから1950年の「青髭の密室」(改訂版)を最後に筆を断った(私淑する小栗虫太郎や海野十三の物故を理由とした説もあるらしい)。

 本書ではそんな水上幻一郎の現在判明している作品をすべて収録。小説以外に犯罪実話系のものから評論等も収めており、これ一冊で水上幻一郎全集というわけである。
 アンソロジーで二、三作は読んだことはあるのだが、実際、それ以外のほとんどの作品が単行本初収録ということで相変わらず論創クオリティ恐るべし。

 さて肝心の中身だが、実はアンソロジーで読んだときの印象があまり残っておらず、かなり新鮮な気持ちで読み始めた。収録作は以下のとおり。

「Sの悲劇」
「二重殺人事件」
「貝殻島殺人事件」
「蘭園殺人事件」
「青髭の密室」
「火山観測所殺人事件」
「青酸加里殺人事件」
「神の死骸」
「青髭の密室」(改稿版)
「毒の家族」(「青酸加里殺人事件」のリメイク)

※以下ノンフィクション系
「新版「女の一生」」
「女郎蜘蛛」
「兇状仁義」
「消えた裸女」
「肉体の魔術」
「幽霊夫人」
「淫欲鬼」
「南海の女海賊」

 読んでまず驚いたのは、その作風がヴァン・ダインに影響を受けたかのようなをガチガチの本格だったこと。法医学教授・園田郁雄をシリーズ探偵とし、ほぼ定型化された実にオーソドックスな本格なのである。ロジックとして強引なところが目につくが、このスタイルにこだわったことは素晴らしい。

 ただ、こだわりは評価したいのだけれど、続けて読んでいるとある欠点が気になってくる。ちょっと説明が難しいのだが、何というか語りに潤いがないのである。
 原稿枚数や文字数の制限はあったのだろうけれど、余計なものを排しすぎる、あるいは事実関係だけでストーリーが進むような感じ。文章自体は固くも古臭くもないのだが、遊びの部分が全体的に不足しているため、結果的には読みにくさが先に立つ。
 たとえば探偵役の園田郁雄教授にしても、その人物像についてはあまり説明もなく、その他のキャラクターもご同様。登場人物の説明に「ファイロ・ヴァンスに対するマーカム検事のような間柄」というのはダメだろう(苦笑)。
 身も蓋もない言い方をすれば、単に小説が上手くないということか。 もし制限を与えず自由にヴァン・ダインばりの長編など書かせていたらどんなものができたか、という興味はないでもないが、ううむ、やはり厳しいだろうなぁ。

 なお、水上幻一郎の読みだが、本書では「みずかみ・げんいちろう」とあるのが気になった。これまでの資料や文献ではほとんど「みなかみ・げんいちろう」とされていたはず。これ、今までの読みが間違っていたということだろうか。ご存知の方、御教授請う。

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