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 ロバート・ルイス・スティーヴンスンとその義理の息子であるロイド・オズボーンの共著、『引き潮』を読む。
 海洋冒険小説の名作『宝島』を著したスティーヴンスンは、他にもいくつかの海洋ものを残している。たとえば以前にはポケミスから『難破船』という作品が翻訳されたこともあって、そちらも楽しめる作品ではあるのだけれど、いわゆる海洋冒険小説としての面白さとは別種なもので、ちょっと肩すかしを食った感もあった。
 さて本作はどうか、というところである。

 こんな話。十九世紀末のこと。南太平洋タヒチの浜辺で、食べる物も住むところもなくたむろする三人の男がいた。オックスフォード大学卒業のインテリ・ヘリック、商船の元船長デイヴィス、ロンドン下町育ちの元店員ヒュイッシュ。みなヨーロッパの出身であり、それぞれの事情があって海外に身を投じたものの、見事に失敗してどん底に落ちてしまった者ばかりである。
 しかし、そんな彼らに脱出のチャンスが巡ってきた。天然痘の発生で乗り手がいなくなった帆船を見つけ、荷物運搬を肩代わりしようというのである。しかし、元船長デイヴィスの狙いは別にあった。積み荷を適当に売りさばき、そのまま船で逃げようというのである。犯罪に加担するわけにはいかないし、そもそも船員の経験もないヘリックは最初は断るものの、結局は承諾し、三人は航海の旅に出発するのだが……。

 引き潮

 とりあえず結果から書くと、スタイルとしては海洋冒険ものといってもよいだろう。本作は大きく二部構成になっており、一部では主人公たちのどん底生活から航海の様子までが描かれ、二部では彼らが立ち寄った孤島で巻き込まれたある事件が描かれる。
 ただ、表面的には海洋冒険ものなのだが、著者の書きたいものはそういった血湧き肉躍る活劇ではなく、善と悪の間で葛藤し、揺れ動く三人の姿であり、それによって人間の倫理とは結局どういうものなのかを探ろうとする。

 スティーヴンスンはとにかく三人を不安定な状況に置く。そういう極限的な状況でこそ、人が人としてすべてをさらけ出すわけで、そんなエピソードが次から次へと描かれる。ときには正義感から、ときには目の前の損得から行動する彼らだが、やがて最悪の状況が近づくと、その本性がむき出しになる。
 ただ、喉元過ぎれば、という言葉もあるように、とりあえずひと山を超えるとまた油断してしまうのが人間の悲しいところだ。同じ過ちを彼らはまた繰り返してしまい、最後にはのっぴきならない状況に追い込まれてゆく。そのとき人はどう行動するのか。そういう話である。

 巧いなあと思うのは、目の前の困難に対し、三人のダメっぷりをきちんと描き分けていること。性格の違いによって、そのダメっぷりがまた異なるわけで、長所短所の振り幅もきちんと見せつつ、実はだんだんとドツボにはまっていく展開がなんとも薄ら寒く、同時に先が読みたくて仕方なくなってくるのだ。
 訳者あとがきで本作は『宝島』というより『ジキル博士とハイド氏』なのだというような指摘があったが、確かにそのとおりだろう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 久々に読んだ泡坂妻夫はやっぱりいいなぁということで、もう一冊。お次は短編集の『亜愛一郎の狼狽』である。こちらも久々の再読。

「DL2号機事件」
「右腕山上空」
「曲った部屋」
「掌上の黄金仮面」
「G線上の鼬」
「掘出された童話」
「ホロボの神」
「黒い霧」

 亜愛一郎の狼狽

 奇術師という経歴をもつ泡坂妻夫らしく、その作品にはトリッキーな本格ミステリが多い。ただ、謎解き第一ではあるけれども、その作風は意外なほど軽妙で上質のユーモアを含み、ときにはハートウォーミングなものまで感じさせる。
 本書もそういった特徴を非常に強く感じさせる一冊なのだが、その原動力となっているのが、主人公の探偵・亜愛一郎(あ あいいちろう)のキャラクターによるところが大きいだろう。
 本職はカメラマンだが、その姿はカメラマンらしからぬお洒落なネクタイ姿、背は高くて容姿端麗という二枚目である。ところがその風貌とは裏腹に、行動はドジが多く、性格もビビリ。見た目の良さをあっという間に帳消しにしてしまうのだが、いやいや、ところがいざ難事件が起これば鋭い頭脳を発揮してたちまち解決に導いてしまうという、なんとも極端だが愛すべきキャラクターなのだ。

 その推理法はどちらかというと直感型で、コロンボに近いかもしれない。目の前に起こった事件や出来事に対し、普通とは何かが違うことに気づき、その理由が何かを考え、そこから推理を巡らせてゆく。
 この気づきの部分が肝で、見方を変えると、これは著者の伏線がいかに巧みかということでもあり、ラストでの謎解きに思わず膝を打つわけである。

 本書は探偵雑誌『幻影城』の懸賞に受賞し、デビュー作となった「DL2号機事件」を筆頭に、その後『幻影城』で矢継ぎ早に掲載された亜愛一郎シリーズの作品をまとめた短編集だ。デビューが遅かったとはいえ、デビュー直後にこれだけの短編を毎月のように書き、しかもそのアベレージが高いことは驚異的といえるだろう。
 個人的には「DL2号機事件」、「掌上の黄金仮面」、「G線上の鼬」、「黒い霧」あたりがお気に入りだが、それ以外も十分楽しめる作品ばかりなので、未読のかたはぜひ。
 では最後に作品ごとの感想を。

 記念すべき著者と亜愛一郎のデビュー作「DL2号機事件」は、爆破予告をされた旅客機DL2号をめぐる事件。いきなり泡坂妻夫の本質を見せられるような作品で、“奇妙な味”ならぬ“奇妙な論理”が読みどころ。ユーモアに包まれているが、実は伏線だらけというネタの数々に唸らされる。

 「右腕山上空」は飛行中の気球での殺人事件。ある意味、これも密室事件の一種といえるのだろうが、普通に考えるとトリックはある程度読めてしまうのが弱点。とはいえ、手がかりや伏線の面白さで読ませる。

 不良物件としかいいようがない美空ヶ丘団地で死体が発見され……という顛末を語るのが「曲った部屋」。トリックは有名なネタがいくつもあるので勘のいい人なら気づくかも。しかし、そこまでの持っていきかたが上手くて、レコードプレイヤーや壁のスイッチの伏線は鮮やかとしかいいようがない。

 「掌上の黄金仮面」は、巨大な仏像の上からお札をばらまく黄金仮面という導入にまず引き込まれるが、そのお札が実は割引券のようなもので、さらに黄金仮面が射殺されるという事態に発展する。背後にある銀行強盗事件がこの事件にどう絡むのか。ここでも“奇妙な論理”が効いている。

 「G線上の鼬」もいい。人間の心理をそのままトリックにしたような作品である。味付け部分というかキャラクター紹介的なシーンまでが実は伏線になっているという周到さ。この作品に限らず泡坂作品では基本的にむだな要素がないと思ってよい。と、思って読んでも裏をかかれてしまうんだよねぇ。あっぱれ。

 珍しくも暗号ものの「掘出された童話」。正直、暗号解読は真っ向勝負すぎてそれほど面白さは感じないが、それよりも全体をおおう雰囲気が好きな作品。ただ、暗号の内容は正直、納得いかず。こんなことをこういう形で暗号にするかなという引っかかりはある。
 以前に読んだときは普通に感心した作品だが、こちらの好みも少し変わったかな。

 収録作のほとんどが異色作といえないこともない本書だが、「ホロボの神」はとりわけ珍しい設定。大戦時の舞台となったホロボ島へ遺骨を拾いにいく遺族や同期の仲間たち。その島では、かつて一族の長が自殺するという不思議な事件があったのだが……。異なる文明がぶつかりあうとき、人はどういう行動をとるのか。それを犯罪の動機に結びつけるのが見事。

 「黒い霧」は「DL2号機事件」と並んで本書のベストを争う一作。ある商店街で起こる黒い霧事件。何者かが仕掛けたカーボンによって商品や住民が黒く汚れてしまい、それをきっかけに商店街で大乱闘が始まり、町中が真っ黒けになってしまう……。
 誰が何のためにカーボンを仕掛けたのか、その一点だけで読ませるお話。前半のホステスの愚痴からカーボンのドタバタすべてにいたるまでの周到な伏線は本作でも健在。



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 先日訪れた企画展「暗がりから池袋を覗く〜ミステリ作家が見た風景」でも原稿などがいくつか展示されており、ちょっと気になりだしたのが泡坂妻夫である。
 管理人が泡坂妻夫を熱心に読んでいたのは、角川文庫に収められた頃から90年代のあたりまで。最近はすっかりご無沙汰で、たまにアンソロジーなどで短編を読むことはあっても、それ以降の新刊は手つかずである。
 そんなわけでそろそろイチから読み直したい衝動に駆られ始め、久しぶりに一冊、手に取ってみた次第。まずは代表作『乱れからくり』だが、四十年ぶりぐらいの再読になる。

 こんな話。プロボクサーの夢を諦めた青年・勝敏夫は、雑誌の求人広告を見て、宇内経済研究所という会社を訪れる。それは宇内舞子という元警察官の女社長が一人で切り盛りする超零細企業。どうやら興信所の下請けとして、主に経済事件の調査などを行っているらしい。
 あっさり採用が決まった敏夫は、さっそく舞子とともに、ある案件の調査を開始する。その背景には玩具業界の老舗・ひまわり工芸の一族の問題があった。社長の馬割鉄馬の息子・宗児は営業部長、その従兄弟にあたる甥・朋浩は製作部長をみていたが、その二人の間に軋轢があったのだ。
 ところが朋浩とその妻・真棹を追跡している最中、二人を乗せた車が隕石の直撃を受け、朋浩は命を落としてしまう。そして、その事故をきっかけに、馬割一族は次々と悲劇に見舞われる……。

 乱れからくり

 本当に久しぶりに読んだわけだが、やはりこれは傑作だわ。とにかく面白い。

 まず舞台設定にやられる。
 基本はオーソドックスな探偵小説というスタイルでである。一族にまつわる言い伝え、現代における因縁が、ねじ屋敷と呼ばれる奇妙な館、迷路状の庭園、地下洞窟、そしてトリッキーなからくり玩具といったギミックとともに渾然一体となり、独特の世界を創りあげる。
 玩具にまつわる蘊蓄もやや過剰なぐらい盛り込まれ(このやや過剰なところがまたよい)、また、登場する玩具が可愛らしくもどことなく不気味な雰囲気も感じられて、現代劇でありながら、そのムードは戦後間もない頃の探偵小説を彷彿とさせる。蠱惑的とでもいおうか、実に妖しい魅力があるのだ。

 これだけでも相当にポイントは高いのだが、ここに投入される連続殺人のひとつひとつがまた凝っている。なんとすべての事件において、からくり玩具が利用されるのだ。
 からくりを使った殺人などと書くと、なかには「なんだ、機械的トリックか」と、人工的すぎたり必然性に欠けるなどの理由で毛嫌いする人もいるだろう。かくいう管理人もややその気はあるのだが(苦笑)、本作はものが違う。物理的・機械的トリックは単に道具として用いる意味合いが強く、そこに別の要素を絡めることで興味を高め、トリックの不自然さを抑えている。伏線やヒントもここかしこに忍ばせていて、ラストの謎解きでは思わず「やられた」となる。とにかく細かいところまでよく練られているのだ。

 そして、それらのからくり玩具による連続殺人が、実は犯人の企てた、より大きなからくりによって構築されているという、この見事な構図。本作におけるからくりは、ギミックであると同時にトリックでもあり、そして事件全体を司るシステムでもあるのだ。まさに乱れからくり。

 また、今回の再読によってあらためて感じたのが、そういったミステリの根本的な部分だけでなく、ストーリーを膨らませる工夫も意外に多いなということ。
 舞子がこの仕事をやっている理由、舞子の助手である勝敏夫のロマンス、一族に伝わる隠し財産の行方といったところが、主なサブストーリーである。もちろん取ってつけたようなものはいただけないが、著者はこれらを単なる賑やかしではなく、きちんと本筋に絡めていて隙がない。
 しいていえば敏夫の終盤の行動がちょっと無茶すぎて、いまひとつ説得力に欠けるところだが。

 もちろん細かな瑕は他にもあるけれども、本作はそういう部分を補って余りある魅力に溢れている。
 独特の世界観と純粋なミステリとしての要素、このふたつを非常に巧みに、高いレベルで融合させた一作である。未読の方はぜひ。
 なお、管理人は今回少々いちびって幻影城ノベルスで読んでみたが、創元推理文庫や角川文庫、双葉文庫など版元も豊富である。


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 週末の宿題二つ目は、池袋の豊島区立郷土資料館で開催されている企画展「暗がりから池袋を覗く~ミステリ作家が見た風景~」である。
 池袋に所縁のあるミステリ作家を通して、昭和初期から現代にかけての池袋・雑司が谷界隈の変遷を辿ろうというもの。取り上げられた作家は江戸川乱歩を筆頭に、大下宇陀児、飛鳥高、泡坂妻夫、京極夏彦という面々で、これは豪華だ。

 池袋がつい最近までかなり危険な街だったことは、昔から住んでいる人間ならみな口にするところだが、ミステリ作家の資料でもそれを匂わせる描写は少なくない。池袋には戦後のヤミ市の暗部をそのまま現代まで引きずってきているようなところがあり、それがまた危険な魅力にもなっていた。
 かくいう管理人も実は池袋駅から十五分ほど、旧乱歩邸からも五分ほどのところに住んでいたことがあり、池袋に魅せられていた一人である。

 展示物全体でいうと、まあ、昨日の記事で紹介したコレクション展「仁木悦子の肖像」もそうだったが、こちらも規模が小さく、あっという間に見終わってしまうレベルなのは人によって不満の残るところだろう。ただ、こちらが年をとったせいもあり、逆にゆっくり集中して見るには程よい感じであった。
 なかでも飛鳥高関連の展示というのはあまり記憶がなく、個人的には一番注目していたところである。仁木悦子と同様、プロットがチャート式で描かれていたり、トリックのメモがあったりと、こういうところに作家の性格や個性がはっきり現れるなぁと感心する。

 暗がりから池袋をのぞく_01

 なお、グッズとして図録、缶バッジ、手拭も販売していたが、この手のイベントとしてはなかなか良心的価格だったので、とりあえずすべて買ってしまう。乱歩はともかく飛鳥高や大下宇陀児のグッズというのはなかなか見ないしねぇ(笑)。
 図録は小冊子というようなものだが、写真を載せてはいお終い、というのではなくテキストメインなのが嬉しい。しかも300円だし。

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 この週末はいくつかミステリ関係で片付けておきたい宿題があって、そのひとつが世田谷文学館で開催されているコレクション展「仁木悦子の肖像」。京王線で芦花公園駅下車、歩いて五、六分というところなので、いつもなら大した距離ではないのだが、この暑さでは辛い。あっという間に汗だくになって世田谷文学館到着である。

 世田谷文学館といえば単なる文学におさまらず、映像や漫画、サブカルに至るまで、幅広い芸術を積極的に扱うことで知られているが、それでも仁木悦子の展示会とはなかなかやってくれる。
 もちろん仁木悦子の業績については今さら説明するまでもない。優れた作家というだけでなく、大きな病気によるハンディを背負いながら、日本に「推理小説」を広く定着させた功労者として、日本のミステリ史に欠かせない人物である。
 しかしながら、当時はともかく、今では一般的な知名度はそこまであるわけではない。というか彼女の業績を知らしめるようなイベントはこれまでもほとんどなかったはずで、そういう意味でも今回のコレクション展は実に意義のあることだろう。

 規模的にはそれほど大きなものではなかったが、推理作家・仁木悦子としての業績、童話作家・大井三重子としての業績、兄を失った戦争関連の記録、そして寺山修司との交友記録とけっこう盛りだくさん。コンパクトゆえ、かえって展示物をじっくり見ることができて、結果的にはこれぐらいの規模でちょうどいいのかもしれないと思った次第。
 個人的にもっとも興味深かったのが創作ノートの類。特にプロットは、登場人物ごとに時系列でチャート化されており思わずニヤリ。まさにミステリ作家のプロット作りのお手本のようであり、これを見れたのは大きな収穫だった。

仁木悦子の肖像_03
▲中は残念ながら撮影禁止だが、入り口で猫がお出迎え。

 仁木悦子の肖像_01
▲無料のパンフレット。変形版でB5にして4ページ相当。

仁木悦子の肖像_02
▲中はこんな感じ。展示もされていた日下三蔵氏による紹介文が全文載っているのが目を引く。

 というわけで会期は来月9月23日までということなので、興味のある方はぜひどうぞ。
 ちなみに10月からは「小松左京 展」とのこと。これまた楽しみである。

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 昭和の作家をぼちぼちと読み進めているが、本日の読了本は久々に松本清張から。ものは『黒い樹海』。
 『ゼロの焦点』に続く六作目の長篇であり、1960年の刊行だが、作品自体は雑誌『婦人倶楽部』で1958〜1960年にかけて連載されたものだ。実はこの時期、清張は本作以外に『蒼い描点』、『小説帝銀事件』、『ゼロの焦点』、『波の塔』あたりを同時に連載させている。恐ろしいことに五冊すべてが重複した時期も三ヶ月ほどあったようだ。
 『点と線が』が成功し、作家として大事な時期だったのはわかるが、それにしてもそのエネルギーには恐れ入るばかりである。

 それはともかく『黒い樹海』である。
 アパートで同居する姉妹、笠原信子とその妹の祥子。信子は新聞記者、祥子は貿易会社に勤務していたが、活発で深夜までバリバリ働き、しかも美人の信子を、祥子はいつも尊敬し、誇らしく感じていた。
 あるとき久しぶりにまとまった休暇をとれた信子は、一人で仙台へ旅行に出かけていく。しかし、その数日後、祥子は信子が浜松付近のバス事故で死亡したという連絡を受ける。姉がなぜ浜松に? そんな疑問と悲しみを胸に抱きながら現地へ向かう祥子。
 だが、遺品のスーツケースをきっかけに、祥子に新たな疑問が浮かぶ。姉の旅行には連れがいたのではないか、そしてその連れは姉を見捨てて事故から立ち去ったのではないか?
 祥子は信子のいた新聞社に転職し、密かに信子の交友関係を調べ始めるが、事件はそれだけでは終わらなかった……。

 黒い樹海

 『蒼い描点』と同じタイプ。サスペンスを主軸にしたトラベルミステリといってよいだろう。
 基本的なストーリーラインは、主人公の祥子が姉の交友関係をもとに六人の容疑者を見つけ、社会部の若手記者・吉井とともに犯人を突き止めてゆくというもの。愛する姉の敵を討つという構図は読者の共感を呼ぶだろうし、その過程で上流階級の人間の浅ましさを暴きつつ、サスペンスや旅情を盛り込んでおり、味つけも十分。ミステリとしてはライトだが、先ほど書いたように掲載誌が一般女性誌ということもあるし、その狙い自体は悪くない。

 ただ、意外と欠点も多く、最初は快調に読み進めたものの、途中でいろいろ気にかかってしまったのも事実。
 本作は主人公・祥子を中心に、ほぼ一本道で物語を進めているのだが、その結果、非常に多くの役割を彼女に託してしまい、ここかしこに無理がきている。
 たとえば彼女は特別な才女ではないのに、推理のひらめきは探偵顔負け。その割には不用意に容疑者と二人きりになる思慮の無さも随所に見せる。そうかと思えばアパートの部屋の外に聞こえる足音に怯え、そのくせ危機に何度か直面しても、なぜか警察には頼らない。
 聡明な探偵役と浅はかなヒロイン、強い女性とか弱き乙女など、そういった役割をすべて一人に任せているので、彼女のとる行動がどうにもちぐはぐで腑に落ちないのである。

 犯人の行動も負けず劣らず説得力に欠ける。最終的には連続殺人に発展する事件なのだが、連続殺人を犯す動機が弱いうえ、そもそも祥子さえ排除すれば、犯人は何の心配もないはず。祥子の調査で浮かび上がる関係者を次々と殺して回る展開は、非常に不思議である。

 さらには、ストーリー展開も少々いただけない。六人の容疑者を強く打ち出し、最初はこの六人に対して一人ずつ対峙するような流れもあるのだが、結局、顔見せの段階をすぎるとあっという間に決めうちのような展開になってしまう。せっかくのストーリーの膨らみを著者自ら潰してしまっているようで実にもったいない。

 『蒼い描点』もそうだったが、清張はごく普通の女性が困難を克服するという絵を見せたいあまり、他のいろいろな部分を犠牲にしている節はある。だから登場人物や表面的なストーリーだけ見れば、一見リアルに見えるのだが、意外とご都合主義なところも少なくないのだ。トータルでそれを帳消しにするような長所があればよし。なければ本作のようにごく普通のサスペンスドラマにとどまってしまう。
 本作は映像化もかなりされているし、旅情ミステリとして初期の代表作にもあげられているようだが、これを代表作といってしまうと、清張の真価は伝わらないのではないか。駄作とまではいわないが、個人的にはちょっと期待はずれの一冊であった。


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 本日の読了本はちょっと趣を変えてアクセル・ハッケの『僕が神さまと過ごした日々』。著者はドイツのジャーナリストだが、同じくドイツの画家、ミヒャエル・ゾーヴァと組んで、大人のためのファンタジーをいくつか発表しており、本書もそのひとつ。

 僕が神さまと過ごした日々

 書くことを生業とする「僕」の身の回りには、なぜか不思議なことが起こる。電車での帰宅中、線路も通っていない道を通って自宅に着いたり、誰にも見えない「事務ゾウ」という小さなゾウが現れたりする。
 そんなある日、墓地のベンチに座っていた僕の頭上へ、すぐそばのアパートの窓から地球儀が落下するという事件が起こる。しかし、間一髪、近くにいた老紳士が僕を突き飛ばしてくれたおかげで、僕は命拾いをすることができた。それがきっかけで、この老紳士と僕は話をするようになるが、次第にこの老紳士が「神様」であることが判明する……。

 ストーリーは凝ったものではなく、ボリュームもそれほどではない。先ほども書いたように本作は大人のためのファンタジーであり、寓話といったようなものだ。芸術家肌の神様によって創造された人類。その人類が神様の予想を超えてやらかす出来事に嘆く姿が描かれ、主人公の「僕」もまた、それによって人の幸せについて考えていく。
 ただ、テーマは重いけれども語り口はユーモラス。著者も読者にそこまで深刻に考えてもらうことは本意ではないはずで、ちょっと考えてみるきっかけになればよいのかなというスタンスだろう。非常に穏やかな物語と心に沁みてくるメッセージで、いっときの癒しとしたい一冊である。

 そして、それを助けてくれるのが、ミハエル・ゾーヴァの挿絵である。タッチはリアルで緻密だが、描かれているものはユーモラスだったりシュールだったりして、非常に魅了される。実は管理人お気に入りの画家で、著者には申し訳ないが、正直いうと本書もゾーヴァの絵が目当てで買っている(苦笑)。
 本作も読む前から挿絵だけをパラパラと眺め、ストーリーがわからないながらもその世界観を想像するのが実に楽しい作業であった。


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 サー・エドムント・C・コックスの短編集『インド帝国警察カラザース』を読む。クラシックミステリの翻訳を手掛ける平山雄一氏が、個人で発行しているヒラヤマ探偵文庫からの一冊。

 コナン・ドイルのホームズ譚が成功したことを受けて、当時、数多くの「シャーロック・ホームズのライバル」が誕生したが、本作のジョン・カラザース・シリーズはその中でもとびきりの異色作となる。
 舞台がなんとインド。しかも時代は二十世紀初頭なので、当時はイギリス領インド帝国である。早い話がイギリスの植民地だった時代のインドを舞台にしたミステリなのだ。一見するとキワモノっぽいが、なんと著者自身がインドでの警察官として働いた経験があり、その経歴が存分に活かされた作品なのだ。
 収録作は以下のとおり。

The Fate of Abdulla「アブドラの運命」
The Rajapur「ラジャプール事件」
The Priest and the Parchment「僧侶と羊皮紙」
The Sin of Witchcraft「魔法の罪」
The Stolen Despatch「文書盗難事件」
Tantia Maharajah「タンティアのマハラジャ」
Romeo and Juliet「ロメオとジュリエット」
The Dutch Engineer「オランダ人技師」
The Cotton Consignment「綿花の荷物」
The Wheels of the Gods「神々の車輪」
The Horns of a Dilemma「前門の虎」
The Last Story「最後の話」

 インド帝国警察カラザース

 いや、これは楽しい。
 白人支配による当時のインドにおいては、警察機構の要職も白人が就き、本作の主人公ジョン・カラザースも本部長を務めている。在任期間中は数々の州に赴任し、各地で難事件を解決するというのが大まかなストーリーである。
 書かれた時代が時代だし、これまで埋もれていたことを考えると、出来に関してはそれほど期待していなかったのだが、いや、これは良い意味で裏切られた。
 そこまで驚くようなアイディアはないけれども、基本的なミステリの定石やツボは押さえているのが好印象。ホームズものの影響はここかしこに感じられるものの、当時のインドだからこそ起こりえた犯罪、生まれた動機などを見事にミステリとして消化させており、オリジナリティは抜群。欧米諸国のミステリでは絶対に味わえない楽しみがある。
 当時のインドは混沌の地だ。今のインドよりも広い国土をもち、そのなかでさまざま人種、宗教、制度があり、そこに白人たちがもちこんだ思想や文化や仕組みが混じり合っている。そういった状況のなかで、ともすると法律のもつ意味は低くなるのだが、主人公のカラザースは武力ではなく、あくまで叡智でもって事件を解決するのがよい。ただ、権力はけっこう使うけれど(笑)。

 気になる点もないではない。
 特に引っかかったのが、探偵役カラザースの一人称で書かれていることだ。
 ハードボイルドならまだしも、本格ミステリで主人公の一人称というのは、読者に対する情報の開示という点で、推理の過程などが変にぼかされてしまう。そのくせ感情の動きはストレートに伝えてくるので、(アンフェアとまでは言わないが)ややスッキリしないというか若干の消化不良感が残るのがもったいない。
 物事を客観的に語っていくワトスン役の存在は、確かに重要なのだ。というか、本作の場合、ワトスン役の設定は難しいだろうから、普通に三人称でよかったのではないだろうか。

 あと、主人公カラザースをはじめとする白人たちの特権階級意識や差別、偏見などがひんぱんに描写されるので、人によってはかなり不快に思うかもしれない。
 ただ、これは歴史的な事実でもあり、当時の偽らざる状況。同時代の、それこそホームズものだって根底では似たようなレベルなのだが、本作の場合は舞台が舞台なだけに、より強調されてしまうのは致し方あるまい。
 ここは変にめくじらを立てたり嘆いたりするのではなく、むしろ当時のリアルな情報がこうして文章として残っていることにより価値を見出すべきではないだろうか。

 個々の作品で印象に残ったのは、まず「アブドラの運命」。キャンプ生活を送るカラザースのもとへ、鉄道橋を監視する仕事に就く男が、行方不明になった甥を助けてくれと懇願してくる。それこそインドでなければ成立しない作品で、動機も面白い。この冒頭の作品で気持ちを一気にもっていかれる。

 「文書盗難事件」はイギリス人総督の屋敷から盗まれた公式文書を探す事件。ポオの「盗まれた手紙」っぽいなと思っていたら、なぜか一緒にバナナが盗まれるという手がかりがあり、ポオはポオでもあっちの事件であった(笑)。

 「タンティアのマハラジャ」は義賊もの。名探偵カラザースがいっぱい食わされる展開が興味深く、そういった着想やストーリーの面白さ重視の部分が、ある意味、ホームズの正当なライバル(あるいは系統)であることを実感させてくれる。

 「ロメオとジュリエット」はまあラストの予想はつくのだけれど、けっこうストーリーが面白く、本当に「ロメオとジュリエット」まんまである。

 「オランダ人技師」は機械の修理を頼まれたオランダ人技師の奇妙な事件。解説にもあるとおり、コナン・ドイルの「技師の親指」を彷彿とさせるが、「赤毛組合」の読後感とも共通するものがあって好きな作品。

 「最後の話」は唯一、カラザースがイギリスに帰ってきてからの話。ミステリとしてはけっこうな禁じ手を使っているが(苦笑)、まあ、後味もよいし、最後の作品として大目にみてあげてもいいだろう(笑)。


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 フランスでは珍しい本格ミステリを追求している作家ポール・アルテ。初紹介時は日本でもかなり人気を集めたようだが、セールスの不振からか、ここ数年はしばらく翻訳が途絶えてしまい、それを復活させたのが行舟文化という小さな出版社だった。
 本日の読了本『斧』は、その行舟文化が『あやかしの裏通り』の予約特典としてつけた小冊子で、短編「斧」を収録している。

 斧

 美術評論家にして探偵のオーウェン・バーンズが友人とクラブで過ごしていたときのこと、一人のアメリカ人と知り合いになった。アメリカ人はオーウェンが難事件をいくつも解決していることを知ると、自分の体験談を話し始めた。
 今から三十年も前の話である。コロラド州に住むマーカス・ドレイクはある悪夢を見た。それは友人のベンじいさんが椅子でうたた寝をしていると、何者か斧を持って近づき、ベンじいさんを殺害するというものだった。マーカスは目覚めるとベンじいさんの安否が心配でならなくなり、いそいで列車に飛び乗った。
 しかし、ベンじいさんの住む駅のひとつ前の駅に列車が着いたとき、マーカスは我が目を疑った。夢の中に出てきた殺人者が、ホームにいたのである。マーカスは男に詰め寄り、保安官も騒ぎを聞きつけて現れたが、何はともあれベンじいさんの訪ねてみようということになったのだが……そこで見たものはマーカスが夢で見たとおりの殺人現場だった。

 いいねぇ。悪夢と現実をつなぐカギは何なのか。ポイントはほぼ一点のみなのだが、そこを悟らせない語り口というか、ミスリードが巧みである。心理的なトリックといえるだろうが、やはり同じ不可能犯罪でもこういうほうが楽しめるかな。
 とはいえ材料そのものは多くないので、諸々の状況を考慮し、消去法で考えれば、真相にたどり着くのはそれほど難しいわけではない。
 扱うのが予知夢みたいな話なので、その不可思議な雰囲気も含めて楽しむのがよろしいかと。

 ちなみに今後のアルテの作品にもすべて予約特典がつくようだから、最後にはアルテの短編集としてまとめてほしいものだ。

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 原書房の海外ミステリといえば《奇想天外の本棚》がスタートして話題になっているが、ちょっと前までは「 ヴィンテージ・ミステリ」が定番であった。全部二十六冊出ており、管理人はすべて購入しているが、もちろん全部読んでいるわけではない(お約束)。
 本日はそんな未読「ヴィンテージ・ミステリ」の中からリチャード・ハルの『善意の殺人』を読む。

 まずはストーリー。
 スコットニー・エンド村の駅から発車した列車で、一人の男が不審な死を遂げた。男の名はヘンリー・カーゲート。村に最近やってきた富豪だが、その嫌味な言動ですべての人に嫌われており、その死を悲しむ者は誰もいない始末。しかし、死因が嗅ぎタバコに忍ばされた毒によるものであることがわかり、警察の捜査が開始された。
 やがて犯人が逮捕され、裁判が始まったのだが……。

 善意の殺人

 リチャード・ハルは世界三大倒叙ミステリのひとつ『伯母殺人事件』の作者として知られているが、我が国ではなぜか長らくそれしか紹介がなかった不遇の作家でもある。近年ようやく第二作の『他言は無用』が紹介されたが(といっても二十年ほど前だけど)、これがなかなか悪くない作品だったので、単なる一発屋ではないとは思っていたのだが、『善意の殺人』もまた非常に面白い作品だった。

 注目すべき点はいくつかあるが、まずはその構成か。本作は法廷ミステリであり、事件の詳細はすべて法廷での証人の話で再現されるというスタイル。それ自体は珍しくないのだが、すごいのは被告の名前を一切明らかにしないことである。
 被害者カーゲートはいろいろな人から恨みを買っており、証言や死亡時の状況から容疑者はほぼ四人に絞られてくる。もちろん真犯人は誰かと言う興味はあるのだが、その前に被告は誰なのかという興味でつなぐパターンはなかなか珍しい趣向である。しかも被告が明らかになったとして、果たして被告=真犯人なのかという疑問もあるわけで、こういう実験的作品を1938年という時点で書いたことがまた素晴らしい。
 似たようなパターンだと、パット・マガーの“被害者探し”や“探偵探し”といった趣向があるけれど、それにしても本作から十年近く後のことなので、いかにハルの着目が早かったかわかる。

 また、ラストで明らかになるのだが、全体の様相を一変させるある仕掛けが盛り込まれているのも憎い。ストーリー上は本筋というわけではなく、むしろブラックな味付けといったようなものだが、これはアントニイ・バークリーの作風に近いものを感じ、作品の価値を大いに高める要素になっていると思う。

 そういうわけで基本的には満足できる一冊。
 ただ、本作は法廷ミステリとはいえ、根っこはあくまでクラシックな本格ミステリである。現代の法廷ミステリにありがちな、検察側と弁護側の丁々発止なやりとり、あるいは頭脳戦といったような展開はほぼないので、そういうのを楽しみたい向きにはちょっと期待はずれかもしれないので念のため。


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