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 本日は久しぶりに美術展の話など。最近は探偵小説に絡まない記事はあまりアップすることもなく、もっぱらSNSで流しているのだが、今回はかなり印象が強かったのでブログにも残しておきたく。


 奇想の系譜展_立て看

 というわけで本日は上野まで出かけ、『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』@東京都美術館を鑑賞する。
 この展示会のもとになったのは、美術史家の辻惟雄が1970年に書いた『奇想の系譜』である。同書では、かつて江戸時代絵画史の傍流とされてきた画家たちをとりあげ、斬新な発想の絵画を紹介した。今回の展示会では同書で紹介された作家を中心に八名の代表作を揃えたという。

 まあ結論からいうと、充分に楽しめた。これはあまり興味がない人でも行かないのがもったいないレベルだろう。
 江戸絵画についてはそれほど知識もないので、純粋に絵の美しさや迫力、精緻さ、あるいは妖しさや面白みなどを楽しむだけなのだが、それでも今や江戸絵画のトップスターともいえる伊藤若冲をはじめとする奇想絵師たちの代表作ばかりなので、けっこうなボリュームだがまったく飽きることがない。
 それはもちろん題材や発想によるところも大きくて、個人的には芦雪の遊び心はかなり惹かれた。「群猿図襖」の猿の表情、「白象黒牛図屏風」の犬、「なめくじ図」のなめくじの這った跡など、まあ気になる部分が目白押しで、復習のために図録まで買ってしまった。
 会期が四月七日までということなので、興味がある方はぜひどうぞ。

 奇想の系譜展_図録
▲基本、図録は買う人間である。価格はそれなりだが中身も充実している。

 奇想の系譜展_グッズ
▲グッズはあまり買わないのだが、今回はついふらふらと。お菓子に付箋、缶バッジ、栞×4種(金属、竹、紙など)

 奇想の系譜展_チラシ
▲おまけ。愛犬とチラシ


 横田順彌お得意の明治ものノンフィクションから『快絶壮遊[天狗倶楽部]明治バンカラ交友録』を読む。
 日本SF小説の祖とされる押川春浪は、明治時代の大人気作家であり、雑誌『冒険世界』や『武侠世界』などの主筆も務めた人物である。しかし、彼の活躍は文学にとどまらず、スポーツや芸術の多岐にわたっており、日本に野球や相撲、テニスなどをスポーツとして定着させたスポーツ社交団体[天狗倶楽部]を主宰したことでも知られている。
 本書は、その天狗倶楽部に関係した魅力的な面々を紹介したノンフィクション。元は教育出版から〈江戸東京ライブラリー〉の一冊として1999年に刊行されたものだが、現在NHKで放映されている大河ドラマ『いだてん』で天狗倶楽部の面々が多数登場しているため、そのタイミングで文庫化が企画されたのだろう。

 快絶壮遊[天狗倶楽部]明治バンカラ交友録

 とにかく情報量がすごい。管理人は特に『いだてん』云々には興味がなく、単純に押川春浪をはじめとする明治の文人ネタ目当てで読んだわけだが、そんな情報はごく一部で、当時のバンカラたちの無双っぷりが次から次へと紹介される。文学界やスポーツ界だけでなく、ときには政界や財界の人間までもが登場し、まあとても史実とは思えないぐらいのハチャメチャぶりだ。そもそも一般的な歴史の本には出てこないような内容ばかりなので、こういう形に残してくれた意義も大きいといえる。
 明治というのは日本史上でも類を見ない新しい時代の始まりであり、新しい文化もどんどん花開いていったわけだが、そういう時代が彼らを育てたのか、それとも逆にこういう人物がいたからこそ明治という時代が栄えたのか。この辺はもう少し勉強しておきたいところである。

 関連書といえば、本書はエピソードの寄せ集めみたいな造りではあるのだが、そこから興味をもった各種テーマに進むのがいいというのは、解説で北原尚彦氏も書いているとおり。まさにそういう楽しみ方ができる、ある意味明治ガイドブックでもあるのだ。図版も多く、各章の頭に挿入される人物相関図もたいへん便利だし、これはなかなかお買い得の一冊であった。


テーマ:評論集 - ジャンル:本・雑誌


 紅東一の『午前零時の男 他三編』を読む。
 おなじみ西荻窪の古書店・盛林堂書房さんが発行している「盛林堂ミステリアス文庫」の一冊である。論創ミステリ叢書顔負けのレア企画を連発する同シリーズだが、今回は装丁も凝っていて、探偵小説マニアが泣いて喜ぶ?昭和四十年頃の白背・春陽文庫の装丁をそのまま流用したデザインで、その再現度はなかなか素晴らしい。

 肝心の中身だが、まず紅東一という著者名からしてレアすぎてよくわからない。それもそのはず、これが実はあの潮寒二の別名義なのだ。といっても一般の人には、潮寒二だってほとんど通じないだろうけれど(苦笑)。
 まあ、管理人も実際読んだのはアンソロジーで二、三作というレベルだが、これがまた強烈な作風で、とにかく粘着質というか、グロ変格の極みである。しかし、実はかなり器用な作家でもあったようで、いくつものペンネームを駆使して作品を書き分けていたらしい。
 紅東一はそんな著者の別名義のひとつだが、その名義で書かれた作品はなんとハードボイルド小説であった。

 午前零時の男 他三編

「深夜の対決」
「午前零時の男」
「無国籍者」
「地獄への階段」

 収録作は以上。ハードボイルドと紹介はしてみたものの、いわゆる正統派ハードボイルドとはほど遠く、昭和三十〜四十年頃の日活アクション映画風である。国際的な犯罪組織を舞台にした作品が多いけれど、世界観はチープで、暴力とエロが全編を支配する。
 こういうものばかり続けて読むのはあれだが、たまに読む分には新鮮で、まあ、正直けっこう楽しめた(笑)。意外にオチもあったりして、個人的には密命を帯びた女性の用心棒を描いた「無国籍者」が好み。続いて「地獄の階段」、「深夜の対決」の順か。
 表題作はタイトルこそ一番かっこいいが、内容はううむ。やはりこういう作品はあっち側の人間を主人公にした方がしっくり来るな。


 フレドリック・ブラウンの『ディープエンド』を読む。先日読んだアルレーもそうだったが、フレドリック・ブラウンもまともに読むのは実に久しぶりである。しかも本作は短編集やSFではなく、ノンシリーズの長編ミステリというのがちょっと嬉しい。

 まずはストーリー。一週間の休暇を翌日に控えた新聞記者サム・エヴァンズ。しかし本来なら休暇を共に過ごすはずの妻とは関係が冷え切っており、友人たちと釣りに行く予定だった。そんな休暇目前のサムに飛び込んできた仕事は、ジェットコースターの死亡事件。所持していた財布から、被害者は地元のちょっとしたヒーロー的な男子高校生だとわかり、お涙頂戴の記事に仕立て上げたサムだったが、なんと入稿直前に被害者が別人だとわかる……。

 ディープエンド

 シリアルキラーというかサイコパスを扱っていて、当時はそういう認識で書いていないと思うのだが、その真相はかなり薄ら寒いものを感じさせる。ディープエンドというタイトルもかなり意味深。
 ただ残念なことに、そこはブラウンの作風もあって全体的には意外にさらっと流しており、また時代を感じさせるところでもある。着想はかなり面白いが、今時のサイコサスペンスに慣れた読者には少々、刺激不足といえるだろう。サムが真相へ近づいてゆく流れもいまひとつ雑で、このあたりがもう少し緻密に、そして劇的に展開できていれば、よりサスペンスも盛り上がったと思うのだが。
 とはいえサムの不倫相手ニーナとのエピソードや、被害者の友人ピートの活躍など、こういう端々の描き込みが上手くて、トータルで著者の職人芸は充分に楽しめるだろう。傑作とはいえないが、読んでいる間の満足度は決して低くない。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 カトリーヌ・アルレーの『死ぬほどの馬鹿』を読む。
 アルレーはフランスを代表するサスペンス作家。それまで勧善懲悪が当たり前だったミステリに、完全犯罪を成功させる作品『わらの女』を発表し、一躍その名を知られるようになった。
 最近は名前を聞くことも少なくなったが、ひところは創元推理文庫で定期的に翻訳されるほど人気があり、その割には『わらの女』以外の作品はそれほど知られてはいなかったりと、なかなか我が国における立ち位置も微妙である。管理人もまだまだ未読が多く、少しずつ積ん読を崩していこうと手に取ってみた次第。

 こんな話。戦争帰りの三十路男ロベールは、戦死した戦友の姉夫婦と出会い、フランスの田舎町で暮らすことになった。そこで姉夫婦の使用人ミヌーと出会い、やがて二人は結婚する。しかし、孤独を嫌って結婚したロベールと、虚栄心のためだけに結婚したミヌーが心を通じ合わせることなど到底無理な話であり、すぐに冷えきった関係に陥ってしまう。
 そんなる日、ミヌーは放浪を続けるヒッピーたちを家に招き、そのなかの一人ブラディと関係をもってしまうが……。

 死ぬほどの馬鹿

 主要人物はロベールとミヌー、ブラディ、小間使いの老婆、ほぼこれだけである。そのなかで三角関係を描くのだから、そのままストレートに悲劇の終幕に向かうのかと思いきや、実は本作のストーリー展開を的中させるのは、そう容易ではない。
 とにかく登場人物たちが個性的すぎるというか、むしろ異常人格者といってよい者までいる始末。そのため先の言動がまったく読めず、話は思いもしない方向に転がってゆく。

 戸惑うのは読者ばかりではない。
 作中の登場人物もまた然りで、彼らのコミュニケーションは言葉こそ交わすものの、互いの心情はまったく理解できていない。というか相手を理解しようともしない。まずあるのは自分のことばかりで、それが希薄かつ混沌とした関係性を生じさせ、悲劇を招くのである。
 実はそこにこそ本作の大きなテーマがあるのだが、ただ、あまりに極端な設定に走ったせいか、思ったほどには響いてこないのが残念。読者としては“人間は理解しあえない生き物だ”と嘆くより、理不尽な言動にひたすら困惑するばかりなのである。
 とはいえ著者もそれは意図してのことなのだろう。そんな読者の理解を助けるかのような(同時に読者を驚かせるための)仕掛けをちゃんと用意しており、これが本作を単なる三角関係による悲劇以上のものにしている。まあ、こちらも作りすぎの嫌いはあるのだが。

 ということで、かなり強引なところの目立つ本作だが、イレギュラーすぎるストーリーや登場人物の造形など、興味深い点も多い。細やかな心理描写でネチネチと不安を煽る手並みなどはお手の物という感じだし、アルレーファンはもとより、ちょっと変わったサスペンスをお好みなら。


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 創元推理文庫の『世界推理短編傑作集1』を読む。おそらく三度目の再読なのだが、単品でもその他アンソロジーや短編集でも読んでいたり、実はあまり久しぶりという感じでもない。とはいえ昨年、収録作の異動や新訳も含めた新版が出たということで、一応、目を通してみた次第。
 まずは収録作。

エドガー・アラン・ポオ「盗まれた手紙」 
ウィルキー・コリンズ「人を呪わば」 
アントン・チェーホフ「安全マッチ」
アーサー・コナン・ドイル「赤毛組合」
アーサー・モリスン「レントン館盗難事件」
アンナ・キャサリン・グリーン「医師とその妻と時計」
バロネス・オルツィ「ダブリン事件」
ジャック・フットレル「十三号独房の問題」

 世界推理短編傑作集1

 本書は江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれた全五巻のアンソロジーの第1巻である。簡単にいえば19世紀半ばから20世紀半ばにかけての作品を年代順に配列し、短編ミステリの歴史的な変遷を俯瞰するといったものだ。
 今回の新版での変更点だが、これが意外に多くて、まずは書名が『世界短編傑作集』から『世界推理短編傑作集』に変更されている。
 収録作に目をやると、新たにポオの「盗まれた手紙」、コナン・ドイルの「赤毛組合」が収録されている。この二作はもともと乱歩のセレクトに入っていた作品ではあるのだが、創元が自社本での収録作とのダブりを避けて、旧版では未収録だったものだ。しかし、短編推理の歴史を辿ろうとする企画意図を考慮すると、推理小説史上でも要となる作品が入らないのはやはりおかしいのではないかということで、晴れて収録の運びとなったようだ。
 この影響でページ数がかさんだためか、旧版の第1巻に入っていたロバート・バーの「放心家組合」は第2巻に回されることとなった。
 さらに「安全マッチ」と「赤毛組合」は新訳。以上が旧版からの変更点である。

 個人的には好ましい変更であり、特に「盗まれた手紙」と「赤毛組合」の収録は嬉しい。
 というのも創元は昔からけっこう自社本での収録作のダブりを避ける傾向がある。最もショックだったのは、〈シャーロック・ホームズのライヴァルたち〉というシリーズが出たときのことだ。『ソーンダイク博士の事件簿』や『隅の老人の事件簿』、『思考機械の事件簿』などなどの短編集が続々と刊行され、それまでは代表作ぐらいしか読めなかった名探偵たちの短編集ということで非常にありがたかった企画である。
 だが、あろうことか、これらの短編集には、『世界推理短編傑作集』に収録されていた一番の代表作は一切収録されなかったのだ。当時の編集者は気を利かせたつもりだったのか、そのあたりの理由は不明である。ただ、せっかく『思考機械の事件簿』が出たというのに、アンソロジーにすでに入っているからという理由で、肝心の「十三号独房の問題」を外すか普通? 画竜点睛を欠くというのはこういうことを言うのだろうなぁと、当時はしばらくショックが抜けなかったものである。

 まあ、それはともかく。
 海外ミステリが好きというなら、『世界推理短編傑作集』全五巻はぜひとも読んでおくべきだろう。ミステリ好きを公言している人でも、古いから読まない、使い古されているトリックなど読みたくないという人もたまにいるようだが、あまりにもったいない。
 ミステリにおける一般教養的な作品を年代順に押さえることで、ミステリの進化する様子がつかめるだけでなく、ミステリを楽しむためのセンス、そして基礎体力が鍛えられる。また、それによって現代ミステリの見方もまた変わってくるはずである。何より、こんなに面白い短編集を見逃す手はない。

 内容的にはいまさら何も言うことはないのだが、一応、軽くコメントなど。
 「盗まれた手紙」はミステリの産みの親ポオが書いたデュパンものの三作目で、文字どおり盗まれた手紙を探す作品。メイントリックとして、ミステリの基本テクニックのひとつといえる“盲点”を利用しており、内容はもちろん楽しめるが、ラストのデュパンの謎解きがそのまま推理小説論みたいになっているのも興味深い。ポオのドヤ顔が目に浮かぶようだ。

 「人を呪わば」は『白衣の女』で知られるコリンズの作品。ある筋からコネで入省した刑事が、窃盗事件を捜査する物語。実はこの刑事の傍若無人な振る舞いやKYぶりが読みどころであり、この時点で早くもミステリのパロディみたいになってるのが恐れ入る。
 おそらくコリンズはパロディというより、権力への風刺として書いたようにも思えるが、ラストはしっかりミステリとして成立しているのがいい。

 「安全マッチ」を初めて読んだときはチエホフが書いたミステリということでかなり期待したが、これもまたミステリのパロディである。思えばすでにこの時期のイギリスやロシアでは、パロディが普通に成立する程度には、ミステリ(あるいはミステリ的な読物)も読まれていたということだろう。
 本作はしかもアンチミステリともいえる展開であり、登場人物たちの立ち方はさすがにチエホフならでは。

 「赤毛組合」は言うまでもなくホームズものの代表作。久々に読んだけれど、導入から結末に到るまでの流れ、起承転結の切れが鮮やかすぎる。本格ではなく奇妙な味に分類した乱歩の気持ちはよくわかる。

 ホームズが滝壺に落ちて休んでいる間、〈ストランド・マガジン〉で代わりに活躍していたのがアーサー・モリスンの生んだ名探偵マーチン・ヒューイット。
 「レントン館盗難事件」は屋敷での宝石盗難事件を扱ったマーチン・ヒューイットものの代表作だが、そのメイントリックの面白さゆえ、子供向けの推理クイズでは定番中の定番となり、おかげで本作を読んでない人もそのネタだけは知っているという不遇の作品となっている(のか?)

 「医師とその妻と時計」は盲目の医師とその若い妻が巻き込まれた殺人事件の顛末。アンナ・キャサリン・グリーンらしいロマンス要素を強く打ち出した作品だが、悲哀とアイロニーに満ちたラストはなかなかの味わい。ストーリー作りの上手さはやはり当時の人気作家だけある。

 バロネス・オルツィが生んだ名探偵・隅の老人ものの代表作が「ダブリン事件」。恐ろしいことに今では隅の老人の全作品が『隅の老人【完全版】』で読めるわけだが、一時期はほんとにこれしか読めない時代があったんだよなぁ。
 ラストで様相をひっくり返してみせるキレの良さ、実にプロットが見事な一作である。

 かのタイタニック号の沈没によって悲劇の死を遂げたジャック・フットレル。そんな彼は“思考機械”ヴァン・ドゥーゼン教授という名探偵を生んでいる。「十三号独房の問題」は思考機械ものの代表作で、頭脳を使えば刑務所からも脱走できるのか、という命題に挑んだ作品。
 こちらも脱出方法を乱歩が流用したりしているので、ネタ自体はかなり知られているだろうが、やはり最初にこういう手を考えたジャック・フットレルは偉大である。
 そういえば、こちらも完全版が近々出版されるようで楽しみである。

 最後に少し気づいたことを書いておくと、本書のラインナップを見ると、この頃はミステリプロパがいない時代であることがよくわかる(ミステリが誕生したばかりなので、当たり前っちゃ当たり前だけど)。
 ポオやコリンズ、チエホフはもちろんだが、コナン・ドイル、モリスン、オルツィ、フットレルらも皆、生涯ミステリ一本で食っていたわけではない。詳しく見れば、他ジャンルからミステリに入ってきた作家、ミステリから他のジャンルへ移った作家、あくまでミステリは余技の作家、単なる多作の大衆作家、いろいろあるのだが、そういった他分野のエッセンスが、新しいミステリというジャンルに活かされたことは想像に難くない。
 本書はついついミステリという観点で読んでしまうけれども(まあ、これも当たり前だけど)、実はその著者が主戦場にしていた(あるいは、したかった)ジャンルからの観点で、あらためて読み直してみても面白いのかもしれない。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 本日は久々にミステリ評論の感想を。昨年に刊行された『ホームズと推理小説の時代』である。
 ミステリ史上において圧倒的な知名度と人気を誇るシャーロック・ホームズ。その人気の秘密はどこにあるのか、何が私たちを魅了するのか。そんな疑問から出発し、ホームズを基点にして、ミステリがどのように展開し、黄金時代を迎えていったかを俯瞰するといった内容なのだが……ううむ、これは正直何といったらよいのか。

 ホームズと推理小説の時代

 具体的にはホームズから初めて、ホームズの先輩方、続いてライバルたち、そして英国黄金時代や米国黄金時代、日本での黄金時代まで探偵や作家ごとに解説していく。あまり目新しいネタはないものの、個々の作家や探偵についての情報はまずまず盛り込まれているので、ホームズでミステリに興味をもったミステリ初心者が次にどういうものを読むべきか、一応はそういう指標にするような内容といえるだろう。

 ただ、紹介される作家や探偵についてのミステリ史的な関連についての考察は少なく、また、紹介されている作家がかなり狭いので、これをもって「ホームズの誕生から黄金期への軌跡を辿る」という帯のコピーは明らかに言い過ぎ。
 だから本書がミステリ初心者向けかというと、実はまったくそんなことはなく、ではマニア向けかというと、そこまでのインパクトはない。ぶっちゃけ著者が好きなホームズやその他作家&探偵について紹介したエッセイといったところだろう。

 まあ、それはそれで全然ありだが、本書についてはもうひとつ気になる点があって、それはミステリの一般教養的なところでミスが散見されること。
 たとえばタイトルの誤記がけっこう多かったりするわけだが、ミステリでの常識的なところでミスがあるのはさすがにいただけない。たとえばエラリー・クイーンが女性の助手は登場させなかった云々という記述などは、本当にミステリを読んでいるのか疑問に思えるレベルだ。
 著者は英文学の専門家であり、実は若い頃からミステリもかなり読んでいるという。おまけに日本シャーロック・ホームズ・クラブの会員でもあるのだが、意地悪な見方をすると、本業ではなく趣味で書いた本だからそこまで調査していないのかもしれない。少なくとも近年に刊行された翻訳ミステリ関連の評論や伝記の類は読んでいないように思う。

 実は「前書き」の探偵小説の定義についての記述や参考にした推理小説論を見て、最初からかなりいやな予感はしていたのだが、これは編集者にもかなり問題があるところだ。なんというか担当編集者にしても著者にしても、一般のミステリファンとはどこかミステリに対するスタンスに大きなズレがあるのではないか、そんなことを感じさせるモヤモヤした一冊であった。


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 夏樹静子の著書を読むのはずいぶん久しぶりだ。『蒸発——ある愛の終わり』や『Wの悲劇』など有名どころの長篇はいくつか読んでいるが、それもずいぶん昔のことになってしまった。そのうちまとめて読みたいとは思っていたが、中公文庫からそのきっかけになりそうな一冊が出たので手に取った次第である。
 ということで 本日の読了本は、夏樹静子の『77便に何が起きたか』。トラベルミステリの傑作を集めた短編集で、かつて光文社のカッパ・ノベルスから刊行されたものにボーナストラックを加えて復刊された一冊である。収録作は以下のとおり。

「77便に何が起きたか」
「ハバロフスク号殺人事件」
「特急夕月」
「山陽新幹線殺人事件」
「ローマ急行(エクスプレス)殺人事件」
「密室航路」

 77便に何が起きたか

 最初に書いておくと、本書は間違いなくオススメの一冊。トラベルミステリー傑作選などといわれると何だか軽い印象を受けてしまうが、本書に関していえばどれも読みごたえのある作品ばかり。しかもアベレージが高く、作品内容も時刻表のアリバイトリックや密室、クリスティのパロディとバラエティに富む。
 二時間ドラマの原作に使われたことが多かったせいで、サスペンスの女王なんていう言葉で語られることも多い夏樹静子だが、本書を読むと、そういう枠に収まらない作家であることが実感できる。

 どれも十分楽しめる作品ばかりだが、それでも表題作の「77便に何が起きたか」はダントツだろう。
 旅客機の爆破事件というスケールの大きな犯罪を扱っているが、冒頭でその事件を予告するようなエピソードがいくつも挿入され、ここでまず気持ちをもっていかれる。そしてその後の調査で明らかになる、一部の乗客たちに共通する特徴。いったい何が起こっているのか。
 最後に明らかになる真相はまったく予想外で、とにかくこのアイデアには唸るしかない。十分、長編にもできるネタなのに、それを中編程度に収めてしまうとは。なんという贅沢。

 そんな傑作の後ではどうしても分が悪い「ハバロフスク号殺人事件」。ソ連へ向かう客船で起きた事件ということで期待したのだが、残念ながら船上でのストーリー展開はほとんどなく、またミスリードがあからさまで、先が読みやすいのが残念。粒揃いの本書にあっては残念ながら一枚落ちる出来である。

 「特急夕月」は一応、時刻表のアリバイトリックもの。しかし、本作の肝はそこではない。せっかく練り上げたトリックが列車の思わぬトラブルで危うくなり、一喜一憂する犯人の姿こそが読みどころで、ペーソスすら感じさせるコミカルな一編である。

 「山陽新幹線殺人事件」は時代を感じさせるトリックで、今の若い人にはピンとこないかもしれないが、なかなか上手くまとめている。ミステリマニアを皮肉ったラストも面白い。

 クリスティの「オリエント急行殺人事件」に触発されて書かれたのが「ローマ急行殺人事件」。ひと言で説明しにくいが、メタミステリ的なところもあって、これは逸品。「77便に何が起きたか」がダントツと書いたけれど、考えるとこちらも捨てがたい。

 「密室航路」はオリジナルのカッパ・ノベルス版には収録されていないボーナス・トラック。東京から高知へ向かうフェリーを舞台にした事件だが、「ハバロフスク号殺人事件」に比べると、しっかり船上でストーリーが展開するため、盛り上がりもサスペンスも上々である。


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 クラヴァートンの謎_告知用

 そろそろ書店に並んでる頃なので、もう一回、告知しておきます。論創海外ミステリの最新刊、ジョン・ロードの『クラヴァートンの謎』が発売されました(管理人sugataが解説を書かせてもらってます)。

 邦訳されたロード作品の中では間違いなくトップクラス。トリッキーさでは『代診医の死』に一歩譲るものの、ストーリーの面白さや味わいでは『クラヴァートンの謎』のほうが上でしょう。オーソドックスながら、いろいろな要素を盛り込み、決して“退屈派”とは言わせない一冊になっています。ぜひお楽しみください。


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 論創ミステリ叢書から『藤村正太探偵小説選II』を読む。前巻『藤村正太探偵小説選I』に続いて、著者の川島郁夫名義の作品を集めたもので、主に昭和三十年代に発表されたものが収録されている。まずは収録作。

「原爆の歌姫」
「暁の決闘」
「真知子」
「契約愛人」
「残雪」
「兜町狂燥曲」
「原子病の妻」
「蛇崩れ墓地」
「肌冷たき妻」
「消えた金厨子」
「妻恋岬の密室事件」
「消えた百面相」
「泥棒と老嬢」
「チャルシャフの女」
「白い鯛」
「エミネとの奇妙な恋」
「乳房に猫はなぜ眠る」
「銀色の薔薇」
「月蝕の夜」
「美貌の母」
「仮面の貞操」
「義姉(あね)の手袋」
「サファイアの女靴」
「妖精(ニンフ)は黒マスクで待っている」

 藤村正太探偵小説選II

 前巻に引き続き、謎解きをメインにしつつも、幅広い作風で読ませる。単なる本格にとどまらずサスペンスや変格っぽいものまでバラエティに富んでおり、本書も過大な期待さえしなければまずまず楽しめるだろう。
 ただ、読み応えがあるかといわれると少々厳しい。当時の掲載誌の事情などもあろうが、どれも短かすぎて全体的に物足りないというかコク不足な感じは否めない。もう少し描写を膨らませるだけでも、ずいぶん印象は変わったと思うので、そこがなんとも惜しい。

 それでもいくつか光る作品はある。印象に残ったのは「原爆の歌姫」「原子病の妻」「妻恋岬の密室事件」「乳房に猫はなぜ眠る」あたり。
 トリッキーな作品が多くなったが、「原子病の妻」は予想外の展開で、ある意味、それが本書で一番驚かされた事実である。ただ、読んでいただければわかるが、これはミステリとしてのサプライズではないので念のため。
 「乳房に猫はなぜ眠る」は河出文庫のアンソロジー『猫のミステリー』(のちに『猫のミステリー傑作選』に改題)で読んだことがあるが、再読してもその面白さは変わらず。著者の体験を活かしたサナトリウムものだが、人間関係の見せ方やトリックなど読みどころは多い。ちなみに本書の解説で、河出文庫版の同作品がかなり改稿されたものであることを詳しく説明してあったが、アンソロジーであそこまで修正することもあるのかと、これが本書で二番目に驚かされた事実であった。

 ということで、探偵小説の出来だけみれば絶賛とまではいかないけれども、川島郁夫の全貌が理解できるという点も踏まえれば文句なしに大絶賛の一冊(厳密には二冊だが)。まあ贅沢を言ってはバチが当たるというものだろう。


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