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 遅ればせながらJ・K・ローリングの『ハリー・ポッターと呪いの子』を読む。
 ハリー・ポッター・シリーズの正式な続編にして最終巻ということなのだが、これがなんと小説ではなく脚本である。なんでもう一手間かけて小説にしなかったのかは不明だが、本作はもともと舞台としての作品であり、ローリングだけでなく、ジョン・ティファニーとジャック・ソーンの三名共同で起こしているので、その辺の事情も関係しているのかもしれない。

 こんな話。『ハリー・ポッターと死の秘宝』での戦いから19年。今ではハリーも二人の男の子の父親となり、その二番目の子供アルバスがホグワーツに向かうところから、物語は幕を開ける。
 英雄の息子アルバスだが、その学園生活は決して楽しいものではなかった。なぜかハリーのライバルだったスリザリンに組み分けされたり、飛行訓練では自分だけが飛べなかったり、何より嫌だったのは父ハリーと比較されることであった。しかし、その重圧に押しつぶされそうになるアルバスを助けてくれたのが、ドラコ・マルフォイの息子スコーピウスだった。彼もまたヴォルデモートの息子ではないかと噂され、内に苦悩を抱える少年だった。
 そんな二人は周囲への反発から、時空を超えた冒険へと旅立つことになる。『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』の三大魔法学校対抗試合でヴォルデモートの手によって殺された息子セドリックを救うために……。

 ハリー・ポッターと呪いの子

 良い意味でも悪い意味でも何かと話題になる超ベストセラー。村上春樹しかり又吉直樹しかり、賛否両論あるのは当然としても、読書好きのなかには超ベストセラーというだけで敬遠する人が多いのは読書あるあるの一つだろう(苦笑)。
 管理人も若い頃はそういう時期もあったけれど、売れる売れないは基本的に内容とは直接関係のないことなので、今ではほとんど抵抗感はない。むしろ世界的ベストセラーのファンタジーがどういうものかという興味もあるわけで、そもそも『指輪物語』だってそんな興味で読んでいるのである。

 ただ、抵抗感はないのだけれど、内容についてはいつも引っかかるところがあるのは確かだし不満も多い(苦笑)。
 理由としては、主にキャラクターの造型、そして詰めの甘さというか雑なところ。反対に悪くないのは、全体的な狙いや構成か。

 キャラクターについては個人的な好みが大きいが、実はハリーやロンですらそれほど好ましく思えない。
 作者自らみな欠点があるように書いているという話を読んだことがあるが、それとは別問題。キャラクターそのものが嫌というより、キャラクターが数々の困難を乗り越えているのに、ちーっとも人間的に成長しないことが嫌なのである。一作が終わってせっかく成長できたりわかりあえたりしているのに、次の巻が始まるとだいたい元の木阿弥である。いくら成長物語がベースにあるといってもこれではやりすぎ。だからいつも同じような読後感しか残らない。

 構成については実にオーソドックスながら、意外なほどサプライズなどに気を配っており、読者をアッといわせたい稚気は常に感じる。ミステリ的仕掛けも多く、お話し好きが喜びそうな設定は上手いと思う。
 ただ、それを完成形にもっていく手際がよくない。伏線もやたらと張るので矛盾や回収し忘れも少なくないし、やはり雑というのが適切か。その場その場での効果を最大限に狙っているいためか、最後に全体像を見ると非常にバランスが悪くなっている。

 とまあ、シリーズ全体へのイメージはそんなところなのだが、これは本作『ハリー・ポッターと呪いの子』においても同様であった。主人公の拗ね具合とか飲み込みの悪いハリーとか、キャラクターに対する印象もおそろしいほど同じである。
 詰めの甘さも相変わらず。今回は時間を遡って“If”の物語をメインに据えているのだが、アイディアは悪くないけれども、“If”の世界がなぜこのようになってしまったのかという作りや根拠が荒っぽくて実にいただけない。正直、どうとでもなる設定とはいえ、その後の展開を作者の都合のいいようにするためだけの“If”の世界になってしまっているのだ。要は懐かしのキャラクターを活躍させたかった&ラストの悲劇のリフレインを見せたかっただけではないかと。
 ただ、真相自体はなかなか面白くて、こういうミステリ的な仕掛けについては、なぜかローリングさん、巧いのだ。そのための伏線もまずまずだし、終盤でかなり盛り返してくれるところはある。

 しかしなぁ、これを正式な完結編といっていいものかどうか。内容的にも商品の在り方としても、外伝以外の何物でもないと思うのだがなぁ。あ、もしかするとシリーズってまだ続くのかね?

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 マイクル・コナリーの『転落の街(下)』読了。
 今回、ややネタバレ気味ですので、未読の方はご注意を。

 転落の街(下)

 過去の婦女暴行事件と市議の息子の転落事件を捜査するというのが、本作の大雑把なストーリー。その二つの事件は密接に関係するというのではなく、今回はいわゆるモジュラー型。直接のつながりはないのだが、ボッシュの生き方に大きな影響を与える事件として描かれている。
 まあ、考えたらこれまでの作品も結局、事件の本筋よりも、むしろその事件がボッシュにどのような影響を与えるか、すべてはそこに集約されているような気がする。

 本作では特にそれが顕著。
 事件を通して、組織やパートナーとの確執(毎度のことではあるが)が生まれたり、ボッシュが引退を考えるようになったり、娘マディとの交流を深めたり、さらには新しい恋人ができたりと、まあ忙しいこと。
 もちろん、こういうサイドストーリーが縦に横にと張り巡らされることで、ボッシュ・シリーズの深みや厚みが増していることは間違いないし、だからこそファンとしては先が気になるのである。
 管理人としてはボッシュのロマンスも去ることながら、娘マディとのやりとりがもっとも癒される部分ではある。刑事志望の彼女がボッシュをあっと言わせる部分はこれまでなら考えられない展開だが、ボッシュの引退問題、さらには彼女が成長して実際に警察に入ることまで考えさせるわけで、あざとさも若干は感じるけれど、やはりコナリーは上手くなったと思わずにはいられない。

 また、こういうサイド・ストーリーの面白さだけでは、もちろんない。
 肝心の二つの事件も、それぞれ単独で成立するぐらいの中身はある。
 例えば市議の息子の転落事件では、殺人・事故・自殺という三つの選択肢を提示しつつ、この中でどんでん返しを見せてくれる手腕は鮮やか。死体についた傷やビデオなど、地味ながら説得力あるネタを小出しにしつつ、最後は意外な形で事件の様相を反転させる。おまけに、その事件をとりまく政治的状況でさらに一捻りする。
 かたや過去の婦女暴行事件は、容疑者が当時八歳の少年だったという、ある意味、不可能犯罪的な状況を作り出す。まあ、さすがにこれは大した仕掛けもないのだが、オーソドックスなサイコスリラーという雰囲気で、転落事件ほどの面白みはないけれども、犯人逮捕のシーンはさすがに練られていて見事。こちらはボッシュの新しいロマンスが絡み、それに伴ってボッシュの刑事という人生そのものが問われるあたり、やはりただでは終わらない。

 事件がボッシュにどのような影響を与えるか、すべてはそこに集約されているような気がすると先に書いたが、こうして要素要素を出してみると、ストーリーのメインとなる事件とサイドストーリーが実に巧みに融合されている印象だ。だからこそクライムストーリーでありながら、ボッシュ自身の物語にもなっているのだなと再確認した次第。
 最近のボッシュ・シリーズは面白いことは面白いけれど、もうひとつ食い足りない部分もあっただけに、本作はかなり満足。次の『ブラックボックス』もぜひこの調子を期待したい。

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 マイクル・コナリー『転落の街』をとりあえず上巻まで。
 日本でもコナリーの新作はまずまず安定して紹介が続いているが、ハリー・ボッシュものとなると、ゲスト出演を除けばおそらく2014年の『ナイン・ドラゴンズ』以来だからけっこう久しぶりだ。

 転落の街(上)

 こんな話。
 ロス市警で未解決事件の特別捜査を担当するボッシュの次なる任務は、とある婦女暴行殺害事件。しかし、DNA再調査で容疑者と思われた男は当時八歳の少年だった。警察のミスか、それとも……?
 捜査を続けるボッシュのもとに緊急連絡が入る。高級ホテルの一室から市議の息子が転落するという事件が起こたのだ。自殺あるいは事故、それとも殺人? 被害者の父親である市議はボッシュの仇敵でもあったが、なぜか彼はボッシュに捜査を懇願する。
 二つの事件が錯綜するなか、ボッシュはさらに捜査を進めていくが……。

 いやあ、ボッシュものはやはりいいなぁ。リンカーン弁護士も悪くはないが、個人的にはボッシュもののほうが好みである。今回も小さなところから事件の様相がガラリと変わってくるシーンがあったり、なかなか好調。
 詳しい感想は下巻読了後に。
 

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 高城高の連作短編集『眠りなき夜明け』を読む。日本のハードボイルド黎明期を牽引した著者が、バブルに沸き返る1980年代後半の札幌ススキノを描いたシリーズの最終作である。
 ちなみに版元はこれまでの東京創元社ではなく、札幌の出版社、寿郎社からの刊行である。著者も札幌在住だから何らかの縁はあったのだろうが、シリーズ最終巻のみ別の版元というのはさすがに珍しいので、どういう事情があったのか気になるところではある。

 まあ、それはともかく中身に移ろう。まずは収録作。

「不安な間奏曲」
「紳士の贈物」
「師走の別れ」
「一億円の女」
「夜よりも黒く」
「ローソクの炎」

 眠りなき夜明け

 基本的なテイストはこれまでの『夜明け遠き街よ』、『夜より黒きもの』と同様で、バブルという虚構に包まれた夜の街で働く男女の姿をリアルに描いている。
 主人公はおなじみキャバレーの黒服・黒頭悠介。サブマネというポジションの彼は、浮かれる客やホステスはもちろん、店全体の動きに目を配らなければならない。つまりは客観的にものを見るクセができており、まさにハードボイルドの主人公としては適役。また、バブルのススキノの記録を残したいという著者の試みにも最適な存在である。
 語り口はあくまで淡々と。登場人物の仕草や表情などを描写して、彼らの人間性を炙り出していくのはハードボイルドの常套手段だが、もちろん高城高のような名人がやるからより生きてくる。

 ただし物語としては相当に地味だ。
 『夜明け遠き街よ』ではそれなりの事件も起こったのだが、続く『夜より黒きもの』ではかなりアクションが減り、そして本作ではほとんど事件らしい事件も起こらない(あくまでミステリとしての事件、という意味だが)。バブル終焉が近づいていく中、利権絡みの動きが夜の街の人間にどういう影響を与えていったのか、その点に絞ったエピソードが増えている印象である。
 とはいえ一作目『夜明け遠き街よ』から読んでいると、ススキノの変遷や登場人物の動向などがけっこう絡んでおり、構成も緻密である。ただちに退屈だとするのは大きな誤解だろう。
 派手なストーリーはよその作家に任せればいい。本作は洗練された文体と濃密な世界に酔いたい者だけが読めばよい。そんな一冊。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ぼちぼちと読みすすめていたフランシス・M・ネヴィンズの『エラリー・クイーン 推理の芸術』をやっと読了。いやあ、さすがに読みごたえがあった。

 本書はアメリカを代表する偉大な本格ミステリ作家、エラリー・クイーンに関する評伝である。以前に早川書房からも同様の評伝『エラリイ・クイーンの世界』が出ていたが、こちらは同じ著者による増補改訂版。
 著者のフランシス・M・ネヴィンズはほかにも評伝『コーネル・ウールリッチの生涯』を著すなど、ミステリ研究に関しては大家といえる人物だから、もちろん傑作だろうとは想像していたが、なんと日本版では独自の修正+αも加えられており、まさにクイーンファン必携の決定版である。

 エラリー・クイーン 推理の芸術

 クイーンは言うまでもなくフレデリック・ダネイとマンフレッド・リーという従兄弟同士の二人による合作ペンネーム。本書はその二人の生涯を追うというよりは、時系列に沿って数々の業績をひとつひとつ分析し、論評していくものとなっている。
 何より素晴らしいのは、小説はもちろん、名義貸しのペイパーバック作品や、ラジオドラマ化や映像化されたもの、さらにはダネイが中心となって進めた雑誌やアンソロジー等の編集者としての業績まで網羅していること。
 また、そうした業績だけでなく、二人の関係性の変遷や合作の内幕、時代との関わりなども掘り下げており、その内容には本当に圧倒される。
 二人の私生活や考え方が、仕事にどのような影響を与えていたのか。そしてその仕事の結果が、逆に生き方へどのような影響を与えたのか。この作用反作用がそのときどきで変化し、それこそエラリー・クイーンという謎を解くような気持ちにさせてくれるのである。

 とりわけ興味深かったのは二人の関係性。仕事の分担やある程度の経歴は、そこそこのファンなら常識だろうが、より深い部分での人間的な関係性にまで踏み込んでいる。単なる趣味を同じくする従兄弟同士という単純なものではなく、愛憎半ばする複雑な部分が決して小さくなかったというのは、なかなかに衝撃的だった。これはダネイと親交が深かったという著者ならではの成果だろう。
 いわゆるテーマや項目で系統立ててまとめた評論やガイドとは違い、気になる項目をピンポイントで探すという作業などには向かないのだけれど、それを補って余りあるのは読み物としての面白さ。これはやはり評伝というスタイルならではだろう。

 ちなみに海外のミステリ関係の作家の評伝は出ているようで意外に少なく、思いつくだけで、E ・A・ポオ、ヴァン・ダイン、ジョン・ディクスン・カー、コーネル・ウールリッチ、アガサ・クリスティ、コナン・ドイル、E・S・ガードナー、レイモンド・チャンドラー、ダシール・ハメットぐらいか。ポオあたりは別にミステリ枠でもなんでもないけれど(笑)、このクラスでないと評伝など出版(翻訳)されないということだろう。
 個人的にはロス・マクドナルドやモーリス・ルブラン、F・W・クロフツ、アントニイ・バークリー、ドロシー・セイヤーズあたりもぜひ読んでみたいものだが。

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 デニス・ルヘインの『夜に生きる』を読む。私立探偵パトリックとアンジーのシリーズの頃から好きな作家ではあったが、最近は積ん読状態が続き、『夜に生きる』がこの四月に文庫化&五月には映画公開というので慌てて読み始めた次第。
 ちなみに本作はあの傑作『運命の日』の続編というか、すでに出ている『過ぎ去りし世界』を入れて実は三部作である。ただし、本作に関しては同時代を扱っているものの、単独作品として十分に読めるので念のため。

 まずはストーリー。
 アメリカ、禁酒法の時代。アルコール類の販売が禁止され、飲酒による悪影響がなくなるため、より健全な社会が実現するのかと思いきや、現実には真逆であった。酒が合法的に入手できなくなったことで、ギャングが密造に乗り出して莫大な利益を得、勢力を拡大していったのである。また、利権をめぐってギャング同士の抗争も増え、アメリカは暗黒の時代へと突入していた。
 そんな時代のボストンにジョー・コグリンという一人のチンピラがいた。警官の父に反発し、ギャングの手下として働くジョーだったが、ある日、敵対する組織のボスの愛人エマに一目惚れする。やがて秘密裏につき合い始めた二人。しかしジョーは罠に嵌められ、刑務所送りとなってしまう。
 刑務所の中もギャングが支配する世界である。毎日のように命を狙われそうになるジョーだったが、あるとき大物ギャングに才能を見込まれることで、人生は一変する。出所したジョーはタンパに向い、そこで大きな勝負に出る……。

 夜に生きる

 これは圧倒的。紛れもなく一級品のピカレスクロマンである。
 復讐や野望、暴力、憎悪、友情、恋愛、家族愛……さまざまな要素を盛り込んで、ギャングの世界とその世界でのし上がっていく男の姿、そしてそれの意味するところを描いていく。これが滅法おもしろくて、相当分厚い本ながらまったく退屈することがない。

 主人公は裏社会すなわち夜の世界でしか生きられないジョー・コグリン。彼が実に魅力的である。
 特別タフでもなく、腕っ節が強いわけでもなく、非常にも徹しきれない。だからときには騙され、ときには日和り、命を落としそうにもなる。しかし裏社会でもまれていくうち、したたかさと頭脳を身につけてゆく。
 行動だけ見れば間違いなく犯罪者であり、本来、共感するところはまったくない。しかし、そんな犯罪者の心のうちに、人には見せないぽっかり空いた穴がある。ジョーは知らずそれを埋めようとしているのだろう。だからこそ、ジョーの行動にはときおり犯罪者とは思えぬ人間臭さ(温かみといってもよい)が感じられ、そこに魅せられる。

  アメリカの抱える闇、個人が抱える闇をリンクさせるのはシリーズ前作『運命の日』と同様の手法である。ただ、『運命の日』が主人公二人を配するなど、全体にテクニカルな構成の印象であったのに対し、『夜に生きる』は直球ど真ん中。
 また、 『運命の日』はよりメッセージ性の強い物語だったのに対し、『夜に生きる』はもちろんメッセージ性がありつつも、まずエンターテインメントとして見事だ。
 どちらが上というわけではないけれど、シンプルさと抜群のリーダビリティで、個人的には『夜に生きる』を買いたい。
 まさにこの時点での著者の集大成といってもいいのではないだろうか。

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 『岩田賛 空想科学小説集』を読む。盛林堂ミステリアス文庫からの一冊。クラシックミステリのマニアをも唸らせる魅力的な本を次から次へと出してくれる盛林堂ミステリアス文庫ではあるが、この本も相当きている。
 岩田賛は戦後間もない頃に登場した本格探偵小説の書き手である。鮎川アンソロジーなどをはじめとして意外にアンソロジーには多く採られているが、探偵小説のほとんどはデビューから三、四年の間に書かれたもので、それ以後はほぼ児童向けに移行している。どういう心境の変化だったのかは知らないが、その結果、岩田賛の著作は大人向け探偵小説より、児童向けの探偵小説、冒険小説、SF小説の方が多いらしい。
 本書『岩田賛 空想科学小説集』は、そんな児童向けの中からSF系のものをセレクトした一冊である。どうせ出すなら大人向けの探偵小説にしてくれよとは思ったが、考えたらそちらは論創社で刊行予定があるらしいので、これはこれでありか。

 岩田賛 空想科学小説集

「ロケット衛星アン・ブレーク」
「水星人(マーキュリアン)第7号」
「夜光人ガニメーデ」
「飛行魔人」
「5万年後の世界へ」
「カメレオン島の秘密」
「月船の不思議な乗客=百年後の宇宙旅行=」
「地底の火星人」
「消えた火星ロケット」
「宇宙船ただいま発進」

 収録作は以上。「カメレオン島の秘密」のみ長編で、あとはすべて短篇である。
 昭和二十年代後半から三十年代半ばにかけて発表されたもので、比較的異星人の侵略モノが多い。枚数も短いものばかりで、物語を盛り上げようにも紙面の関係上なかなか難しいとは思うのだが、それでもワンアイディアで強引にまとめているのはえらいものだ。突飛な出来事に関して、とりあえずすべてを説明しておこうという著者の真面目なスタンスも好感が持てる。

 まあ、逆にこのぐらいの短さだから、今でもそれなりに楽しんで読めるというのはある。本書中、唯一の長編である「カメレオン島の秘密」はかなりのボリュームで、正直きつかった(苦笑)。
 「カメレオン島の秘密」は、原子力の戦争利用を恐れた科学者たちが密かに原子力の研究を続けているカメレオン島が舞台。そこに案の定、原子力を悪用しようとする悪人組織がやってきて……という一席。
 児童向けゆえ、山ほどあるツッコミどころはとりあえず脇に置いておくとして、カメレオン島でのドンパチが終わったのに、結局、悪党が逃げてしまって、他の場所で再びドンパチが始まり、それを二度三度と繰り返されるのはさすがに閉口した(苦笑)。

 しかし、岩田賛の大人向け探偵小説のほうをそもそも三、四作ぐらいしか読んでいないのに、ジュブナイルのSFを先にこんなに読んでいいものだろうか。どう考えても脳内イメージが変な方向に固まってしまいそうなので、こうなれば論創社さんには一刻も早く『岩田賛探偵小説選』を出してもらいたい。

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 なんだか最近またアガサ・クリスティーの映像化が目につく。半年前にはNHK-BSでBBCが製作した『そして誰もいなくなった』を放映していたけれど、今度はなんとテレビ朝日が日本初の映像化という謳い文句で『そして誰もいなくなった』を二夜にわたって放映していた。

 BBC版は録画しそこねてしまって、まだ観ていないのだけれど、テレビ朝日版はこの週末でようやく録画しておいたのを観ることができたので、少し感想を残しておく。
 ちなみにBBC版は評判も良いようなので、発売されたばかりのDVDを買ってしまった。こちらもそのうちに視聴したいところである。

 さてテレビ朝日版『そして誰もいなくなった』だが、ストーリーは今更という気もするが、現代の日本に置き換えた内容であり、かつオリジナルの部分もあるということなので軽く紹介しておこう。ちなみに脚本は乱歩賞作家でもある長坂秀佳である。

※なお、今回は有名作品のうえ、すでに放映済みということもあるので、ある程度はネタバレありで進めます。原作未読、テレビ版未視聴の方はご注意を。


 舞台は八丈島沖に浮かぶ絶海の孤島「兵隊島」。一件のホテルだけが存在するその孤島で、ホテルの宿泊客と従業員を含む十名の男女の遺体が発見される。そのすべてが他殺と思われ、しかも島全体が密室状態という状況のなか、いったい犯人はどうやって島を脱出したのか。警視庁捜査一課の相国寺警部が島に派遣されるが……。
 話はその数日前に遡る。「兵隊島」のホテルのオーナーによって、八名の男女がホテルに招待された。元国会議員に元刑事、元女優、元水泳選手、推理作家、元判事、元傭兵、女医と職業はさまざま。何ひとつ共通点のないように思えた彼らだったが、その夜のディナーで共通点が明らかになった。突如、ホテルに謎の声が響き渡り、彼らが過去に犯した罪を一人ずつ告発していったのだ。
 姿を見せないオーナーの狙いは何なのか。執事夫婦を含んだ十人が互いの過去を話し合っていたとき、招待客の一人が全員注視のなかで毒殺される。そして、その事件を皮切りに一人、また一人と殺されてゆく……。

 二夜連続の前後編という構成、オリジナル部分も追加ということで、どうしても比べたくなるのがフジテレビで2015年に制作された『オリエント急行殺人事件』だろう。
 ポアロ役の野村萬斎はじめ豪華キャストが良かったのはもちろんだが、構成が悪くなかった。つまり二夜連続のうち前編を原作どおりに、後編を事件の前日譚すなわちオリジナルドラマとして構成したのである。これなら原作ファンも納得させつつ、新規ファンにもアピールできるという仕組みだ。
 テレビ朝日版『そして誰もいなくなった』もその構成を意識したか、前編では主に原作の八割程度まで放映し、後編では原作の残り二割に加え、オリジナルの警察の捜査部分を加えている。

 だが、それがどうも効果的には思えなかった。
 まず原作の部分を二夜に分けたことで、せっかくのサスペンスや緊張が途絶えてしまったことが悔やまれる。最後の被害者については演者が演者なので相当にインパクトあるシーンなのだから、それを前編のラストシーンとしたほうが、はるかに興味を持続させることができたはず。
 また、オリジナル部分については警察の捜査や推理が中心となるのだが、これも狙いは悪くないけれども、肝心の警察の捜査がただの宝探し的なところに終始しており、推理部分もそれほどのものではない。
 要はオリジナルの捜査や推理シーンだけでは後編(第二夜)全部を埋めるには至らなかったところに、ミステリドラマとしての本作の限界がある。

 正直、今回のオリジナル部分はミステリドラマとしては腰砕けであり、まったく不要である。
 むしろクリスティーがもともと芝居や映画用に書き下ろしたバージョンのラストを用いて、それを単純に前後編で作ってくれた方がはるかに良いものになったのではないか。

 実際のところ、途中で後編(第二夜)に続いたことを除けば、豪華キャスト共演ということもあって原作どおりの前編(第一夜)はそれほど悪くなかった。
 渡瀬恒彦、津川雅彦、余貴美子、柳葉敏郎、大地真央、向井理、國村隼、橋爪功、藤真利子というメンバーはなかなかのもので、しかも第一被害者に向井理をもってくるところがにくい。
 まあ、この面子なら確かに冷静にみれば向井理が第一被害者にもっとも似合っているのだが、先入観ですっかり九番目の被害者だと思っていたのだ。まずここでいい意味で裏切られると同時に、スタッフにも相当気合いが入っていることがうかがえて気持ちよい。
 演出も悪くない。ややホラーチックにまとめているのは気になったが、それ以外は全体的に手堅く、各人の回想などを差し込んでサスペンスを高める感じはよかった。
 各人の過去に犯した罪というのは、個々にはそれほど大きな意味があるわけではないのだけれど、今までの映画などでは、それでもかなり説明不足のものもあって歯がゆいところだったのである。同じ映像をリピートするのは手抜きっぽい感じもしたが、まあ説明不足よりはよいでしょう。
 また、現代風にアレンジされている箇所はまずまず無難な感じで気にならなかった。

 そんなわけで前編(第一夜)については、それほど悪くないと思って観ていたのだが、第二夜は前述のとおり、なんだか典型的な蛇足を観ているような感じになってしまった。
 批判ついでに書いておくと、探偵役と犯人役のキャラクター設定にも疑問がある。
 探偵役でいうと、沢村一樹演じる警部が昔の名探偵のパロディのような変人タイプ。対する犯人役は渡瀬恒彦だが、正義感と殺害衝動が同居し、かつ自己顕示欲も強いという異常人格者。極論すればどちらもいわゆるサイコな方々である。もちろん要素として入れたくなる気持ちはわからないでもないが、なんだかリアルな前編(第一夜)の恐怖感が、後編(第二夜)で戯画化されるようなイメージで、ちょっと違うんじゃないのかと感じた次第。

 そう考えると、フジテレビが放送した三谷幸喜脚本による『オリエント急行殺人事件』は、なかなかよくできていた作品である。本作はそちらのようにオリジナル部分が作りにくい物語でもあるので、現代の日本にうまくアレンジした形で、通常の芝居や映画用のバージョンで作っていれば、かなりの傑作になったのではないか。

  最後になるが、先日逝去された渡瀬恒彦の演技は、あまりに役柄と現実がシンクロしており胸を打った。こういう見方は邪道だけれども、彼の最後の力を振り絞った演技こそが本作最大の見どころなのかもしれない。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 陳舜臣の『炎に絵を』を読む。著者のミステリはしっかりした本格であることも魅力だが、加えて自身の体験を活かし、神戸や中国人の文化を盛り込んだエキゾチックな世界観もまたよろしく、実にオリジナリティにあふれた作品が多い。
 惜しむらくは作風が地味なところか。これまで何冊か読んでみたが、派手なストーリーやトリックとはあまり縁がない印象だった。

 ただ、本作に関してはそんな評価はあたらない。噂には聞いていたが、ここまでトリッキーな作品であったか。今まで読んだ著者の作品のなかでは(といっても数冊だけど)、間違いなく最高傑作である。

 まずはストーリー。
 神戸支店への転勤を命じられた商事会社の会社員・葉村省吾。ところがそれを聞いた兄夫婦からもあるお願いをされてしまう。それは辛亥革命の際に革命資金を横取りしたとされる父の汚名をすすぐことであった。
 兄と違い、父の記憶がほとんどない省吾。あまり気は乗らなかったものの、病床の兄の頼みでもあり、転勤先の神戸で父の関係者を調べ始めるが……。

 炎に絵を

 革命資金の着服の調査という発端、加えて省吾は転勤先で企業秘密の液体を上司から内密に預かってしまうなど、それなりに期待を持たせる序盤ながら、意外と前半はまったり展開。社長が妾に生ませた、同僚でもある娘と恋仲になっていっしょに調査を進めたり、その調査も意外なほど順調に進むなど、正直、刺激は少ない。
 雲行きが怪しくなってくるのは中盤以降である。
 省吾の命が狙われたり、企業秘密の液体を盗まれたり、さらには父の行動が明らかになったり、トドメには遂に殺人事件まで発生する。
 ただ、これらの変事がいまひとつ線にならず、読者としてはなにやらモヤモヤを抱えたまま読み進めることになり、まさにこれが著者の狙いだったのではないか。

 そして終盤。それまでのモヤモヤが霧が晴れるようにすぅっと鮮明になり、驚くべき真実が浮かび上がる。
 この流れの鮮やかさ、この衝撃。
 当初はゆるく思えた物語に、こんな真相が待っていようとはさすがに予想できなかった。とにかく伏線の仕込み方がハンパではないのだ。特に『炎に絵を』という題名の意味、終盤にある印象的なセリフなど、ちょっと忘れられないインパクトがある。

 もちろん完璧な作品というわけではなく、欠点もないではない。犯行そのものについては、正直そんなに上手くいくのかという無理矢理感、強引さがあるのだけれど、それを差し引いても著者の企みには拍手を送るしかない。
 なんともいえない余韻も含め、今年の個人的なベストテンの一冊はこれで確定である。

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 国書刊行会の(シャーロック・ホームズの姉妹たち)の第二巻、レジナルド・ライト・カウフマン『駆け出し探偵フランシス・ベアードの冒険』を読む。先日読んだファーガス・ヒューム『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』が英国産の短編集だったので、なんとなく本書もそんなイメージだったが、なんとアメリカ産の長編というからちょっと意外。

 ということで、まずはストーリーから。
 ニューヨークの探偵社に勤める女性探偵のフランシス・ベアード。ところが期待に反して仕事は失敗続き。とうとう「次の仕事に失敗したらクビ」という宣告まで受けてしまう。
 そして与えられた仕事が、ダイヤモンドの警護。ニューヨーク郊外の邸宅メイプル荘で結婚パーティが行われる。そこで披露される貴重なダイヤモンドを監視せよというものだ。相棒のケンプと共にメイプル荘にやってきたフランシスはさっそうと仕事にとりかかるが、あえなくダイヤモンドは盗難にあい、挙句に殺人事件まで発生してしまう……。

 駆け出し探偵フランシス・ベアードの冒険

 いやあ、何なんだろう。ホームズと同時代という認識で読んでいると、これはちょっと驚くのではないか。
 本作の発表は1906年。ミステリにおける黄金時代のスタートはクリスティーらが登場した1920年、アメリカではさらに1926年のヴァン・ダイン登場まで待たなければならないのだが、この作品は1906年の時点で、長編探偵小説としてけっこういい感じで成立しているのである。もちろんこの時代にもすでに多くのミステリは書かれているが、主流は冒険要素の強い探偵ものやサスペンス、犯罪小説というところである。
 そんな時代にあって、本作は物語の中心にきちんと殺人事件の謎を置き、その謎を解くための調査や推理を積み重ねていく。それこそ冒険要素がほとんどの内容だろうと予想していたので、それをいい意味で裏切られたことに驚くのである。
 ただ、推理の内容は割とおそまつというか、肝心のところでロジックをうっちゃっているのが、やはり黄金時代夜明け前という感じではあるのだが(苦笑)。

 もうひとつ驚かされたのは、やはり女性探偵の活躍が自然な形で描かれていることだろう。
 女性探偵が珍しいというより女性の社会進出がまだ珍しい時代である。『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』でもやはりその点が興味深かったわけだが、やはりアメリカというお国柄もあるのか、本作はそれ以上。女性の社会への進出ぶり(しかも探偵)が、社会問題というアプローチなどを咬まさず、普通の生活手段として描かれているのが正直すごい。
 何というのだろう。その辺の大学を出た女子大生が、「普通に就職しようと思ったのに何だかうまくいかなくて、結局3K的な探偵会社に就職しちゃって、生活があるから何とか続けてるけど、いい男が見つかったらさっさと結婚して仕事なんて辞めるわ」みたいな感じなのである。そう、今、読んでもほとんど違和感を感じないという驚きなのかもしれない。
 キャラクター作りの巧さやテンポの良さも相まってリーダビリティもすこぶる高い。

 まあ、そうはいっても1906年の娯楽読み物。予備知識なしで読めばこんなものかで終わる読者も多いだろう。
 しかし、やはりミステリと長年つきあってきたファンとしては、こういう作品もきちんと評価したいものだ。そしてシリーズの今後の展開にも期待したい。

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