- Date: Mon 04 07 2016
- Category: 国内作家 多岐川恭
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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多岐川恭『氷柱』(講談社文庫)
多岐川恭のデビュー長篇『氷柱』を読む。
著者はデビュー当時から個性的なミステリを書いてきた作家だが、著作が多いことや途中から時代物をはじめとした他ジャンルで活躍したこともあって、ひと頃は単なる流行作家みたいなイメージもあった。
だがもともとはミステリのマニア筋でも評価は高く、特に初期のものは傑作が多いと聞く。管理人もそのうちまとめて読もうかと思っていたら、あっというまにはやン十年。ようやく積ん読を消化する気になった次第である。(こんなのばっか)
まずはストーリー。どこにでもあるような地方の小都市。そこに親から受け継いだ資産で、世捨て人のような生活を送る男、小城江がいた。何物にも情熱を持たず、その冷めた性格から、学生時代には"氷柱”という綽名までつけられていたほどであった。
そんな小城江が散歩の途中で、轢き逃げされたと思われる幼女の死体を発見した。死んでいる以上、自分には何もできることがないとそのまま帰宅したが、女中の政に咎められ、しぶしぶ警察に通報する。
そして翌日。新聞で事件に進展がないことを知った小城江は警察署へ向かい、自分が目撃・推察した情報を提供するが、その縁で被害者の母親、登喜子との交流が始まり、彼女の悲しい身の上と過去に起こった事件を知ることになる。
やがて小城江の胸中に、これまでにない"何か"が芽生え、彼はある計画を企てるが……。

多岐川恭の長篇を初めて読んだが、正直、こんなにひねくれた本格ミステリ、そのくせ実に味わいのある叙情的な作品だとは思わなかった。これは予想をはるかに超える収穫である。
表面的には必殺仕事人というか一種の復讐譚と言っていいだろう。法では裁けない悪党に対し、独特のやり方で処刑を繰り返していく。しかし、ただの復讐譚ではない。普通のその類の物語とは大きく異なるポイントが二つある。
ひとつは何といっても主人公の設定だろう。
主人公の小城江は世捨て人、今で言えばニートのような存在であり、親の資産だけで日々をだらだら暮らす。 必殺仕事人などでもたまにこういうキャラクターはいるが、それは世を忍ぶ仮の姿。その実は正義感に燃えていたりするのだが、小城江の場合はリアルに虚無感に包まれていて、積極的に生きることに対しての欲望や喜びはない。
その彼が、悲劇のヒロイン登喜子を身の上を知ることで何かが変わり始める。この心情の移り変わりがなかなか味わい深い。これで劇的に性格が変わるようならちょっと嘘くさいのだけれど、著者もその辺は焦ることなく、着実に描いていくのがよい。
ただ、小城江も単なるだめ男なのかと思いきや、警察や悪党とのやりとりでは頭の良さだけでなく胆力も相当に座っていることが示される。このギャップは少々あざといのだけれども、物語の推進力としては必要な部分であり、暗い本作のなかでは非常に映えるシーンでもある。ここは素直に拍手を送りたい。
さて、もうひとつのポイントは、本格ミステリでありながら、主人公の一人称で語られる復讐譚というスタイル。ハードボイルドや犯罪小説ならいざ知らず、このスタイルで本格ミステリに挑戦したというのが面白い。
部分的なトリックなどはいまひとつながら、全体を通した仕掛けは悪くなく、珍しいタイプのフーダニットとして成立している。このスタイルだから主人公の設定がより生きてくるのだろうし、二つのポイントが相乗効果をもたらしている感じである。
ということで本作は叙情的な本格ミステリとして、十分に満足できる一冊。多岐川恭の積ん読は相当にあるのだが、いや、これは楽しみが増えました。
著者はデビュー当時から個性的なミステリを書いてきた作家だが、著作が多いことや途中から時代物をはじめとした他ジャンルで活躍したこともあって、ひと頃は単なる流行作家みたいなイメージもあった。
だがもともとはミステリのマニア筋でも評価は高く、特に初期のものは傑作が多いと聞く。管理人もそのうちまとめて読もうかと思っていたら、あっというまにはやン十年。ようやく積ん読を消化する気になった次第である。(こんなのばっか)
まずはストーリー。どこにでもあるような地方の小都市。そこに親から受け継いだ資産で、世捨て人のような生活を送る男、小城江がいた。何物にも情熱を持たず、その冷めた性格から、学生時代には"氷柱”という綽名までつけられていたほどであった。
そんな小城江が散歩の途中で、轢き逃げされたと思われる幼女の死体を発見した。死んでいる以上、自分には何もできることがないとそのまま帰宅したが、女中の政に咎められ、しぶしぶ警察に通報する。
そして翌日。新聞で事件に進展がないことを知った小城江は警察署へ向かい、自分が目撃・推察した情報を提供するが、その縁で被害者の母親、登喜子との交流が始まり、彼女の悲しい身の上と過去に起こった事件を知ることになる。
やがて小城江の胸中に、これまでにない"何か"が芽生え、彼はある計画を企てるが……。

多岐川恭の長篇を初めて読んだが、正直、こんなにひねくれた本格ミステリ、そのくせ実に味わいのある叙情的な作品だとは思わなかった。これは予想をはるかに超える収穫である。
表面的には必殺仕事人というか一種の復讐譚と言っていいだろう。法では裁けない悪党に対し、独特のやり方で処刑を繰り返していく。しかし、ただの復讐譚ではない。普通のその類の物語とは大きく異なるポイントが二つある。
ひとつは何といっても主人公の設定だろう。
主人公の小城江は世捨て人、今で言えばニートのような存在であり、親の資産だけで日々をだらだら暮らす。 必殺仕事人などでもたまにこういうキャラクターはいるが、それは世を忍ぶ仮の姿。その実は正義感に燃えていたりするのだが、小城江の場合はリアルに虚無感に包まれていて、積極的に生きることに対しての欲望や喜びはない。
その彼が、悲劇のヒロイン登喜子を身の上を知ることで何かが変わり始める。この心情の移り変わりがなかなか味わい深い。これで劇的に性格が変わるようならちょっと嘘くさいのだけれど、著者もその辺は焦ることなく、着実に描いていくのがよい。
ただ、小城江も単なるだめ男なのかと思いきや、警察や悪党とのやりとりでは頭の良さだけでなく胆力も相当に座っていることが示される。このギャップは少々あざといのだけれども、物語の推進力としては必要な部分であり、暗い本作のなかでは非常に映えるシーンでもある。ここは素直に拍手を送りたい。
さて、もうひとつのポイントは、本格ミステリでありながら、主人公の一人称で語られる復讐譚というスタイル。ハードボイルドや犯罪小説ならいざ知らず、このスタイルで本格ミステリに挑戦したというのが面白い。
部分的なトリックなどはいまひとつながら、全体を通した仕掛けは悪くなく、珍しいタイプのフーダニットとして成立している。このスタイルだから主人公の設定がより生きてくるのだろうし、二つのポイントが相乗効果をもたらしている感じである。
ということで本作は叙情的な本格ミステリとして、十分に満足できる一冊。多岐川恭の積ん読は相当にあるのだが、いや、これは楽しみが増えました。
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面白いですよ。これまで読んでこなかったのは実に不覚でした。
ちなみに私の近辺のブックオフでいうと、時代物なら山のようにありますが、確かに現代ミステリはそれほど見ないです。でも私も古書店で目に止まったものだけ買っていたらいつの間にか30冊以上もたまったので、それほどハードルが高いわけではないと思います。ごく一部の作品を除けばプレミアが付いているわけでもありませんし、代表作あたりはネットならほぼほぼ安価で揃うんじゃないでしょうか。