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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ロス・マクドナルド『縞模様の霊柩車』(ハヤカワ文庫)

 ロスマク読破計画、久々の一歩前進。長編十六作目となる『縞模様の霊柩車』である。まずはストーリーから。

 私立探偵リュウ・アーチャーの元へ新たな依頼人が現れた。退役大佐のマーク・ブラックウェルは娘のハリエットが自称画家と名乗るパーク・デイミスという男に騙されているといい、その結婚を止めるため、男の身元を調査してほしいという。
 さっそく調査をスタートさせたアーチャーは関係者に会い、さらにはメキシコへも飛ぶが、その中で浮かび上がってきたのは、デイミスが二つの殺人事件に関与しているのではないかという疑惑だった……。

 縞模様の霊柩車

 ロスマクの代表作といえば世間的には『さむけ』が一番だろうが、『縞模様の霊柩車』を推す人も少なくない。まあ、それも読めば納得というわけで、『縞模様の霊柩車』を書いた時点では集大成といっても良いぐらいの作品だ。
 ロスマク作品に見られるさまざまな特徴。例えばアメリカの家族に潜む病巣の掘り下げ、探偵を事件の観察者・質問者として描く手法、ミステリとしての仕掛けやサプライズ、プロットの構築などなど、どれをとっても文句なしではないか。

 あえて欠点を言うとすれば、事件が地味だったりそもそもストーリーが地味というところはあるのだが、いざ読み終えると、アーチャーのそんな地道な捜査の中に多くの伏線が忍ばせてあること、プロットをいかにして効果的にストーリーに落としているかに気づかされ、そんな欠点は何のマイナスにもならないことがわかる。
 むしろストーリーへの昇華というか、ロスマクの語りが見事すぎて堪らない。
 ハードボイルドは本格ミステリとは異なり、探偵が行動しないことにはストーリーも回らない。本作でもアーチャーは静かながら常に動き回っており、それによって情報が少しずつ積み上がって真相が見えてくる。しかし、その行動の結果が実は表面的なもので、そこからどんでん返しを持ってくるのは、それだけでも十分に面白いとはいえ、特別珍しい趣向ではない。
 本作が本当に凄いのは、ラストまでの展開や人物描写などによって、その真相が起こるべくして起こったのだと、最後に読者に気づかせる点にある。伏線も鮮やかなのだけれど、伏線というのとは少し違って、ロスマクは最初から、その人間がどういう人物なのか、非常に的確に語っているのである。だからラストでどんでん返しを味わった結果、その意外性とともに、真相に至らなかった自分の読みに愕然となるのだ。

 ともあれ今更ではあるが紛れもない傑作。次は『さむけ』だが、さあ、いつにするか。

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Comments
 
KSBCさん

私も次は『さむけ』の予定です。これは再読なのですが、30年振りぐらいなのでほとんど中身は覚えていないし、実に楽しみです。
 
ご無沙汰しております。
8月頭に読み終えておりましたが、最近怠けてしまっていてBlog更新ができておりません。
読んでいないわけではありませんので、変わらず参考にさせていただいております。

これは、順序を間違えて「さむけ」を先に読んでしまいましたが、甲乙つけがたい感じです。
強いていうなら「縞模様…」がいいですね。何よりタイトルがたまりません。

暑い日が続きますが、ご自愛ください。
 
ハヤシさん

そうですね。本という商品は電化製品のように必ずしも新しい方がいいというものではないですから、復刊とか新訳などはそういう意味でいい取り組みなんですよね。その価値をまだ知らない、あるいは気付いていない、若い人が読むきっかけになります。
また、あれだけの版権という財産を持っているのですから、新訳でなくてもいいので、もう少し面白いキャンペーンを組むとか手はあると思うのですが。もったいないなぁとは思いますね。
 
ポール・ブリッツさん

終盤は怒涛の展開でしたよね。ラストとラス前の二人については意外ではあったのですが、そもそも著者は最初から、二人をこういうキャラクターとして書いていたんだよなぁと、そちらの方にあらためて感動した次第です。
 
東京創元社には古典や名作に敬意を払い、後世に継承していこうという姿勢や矜恃の高さを感じますが早川はクイーンやクリスティなど例外はあるにしろ商売が先に立つようで残念です。新作ばかりを追う風潮は商業上仕方ありませんが、私自身はsugataさんの評論に触発されて過去の名作を再読し、感謝しております。
 
この結末は読んだあと「なんてむごいプロットを書くんだロスマク」と思いました。最後の章はファミレスで飯を待つ間に読み終えたのですが、その後の飯の味気ないこと(笑)。

名作ですね。
 
ハヤシさん

そうなんですよ。現状、Amazonで調べただけでも、新刊で買えるのは3冊ぐらいしかないんですよね。これだけの傑作がほぼ読めない状況というのは信じられません。
売れ行き云々というのはもちろん理解できるのですが、せっかくロス・マクドナルドという偉大な作家の作品を取り扱っているのですから、版元はもう少しプライドや意地を持ってやってほしいですね。
 
重苦しいほどの文学性の高さとトリッキーな仕掛けが両立された作品群はミステリ史上でも稀有では。並び立つのは奥さんのミラーくらいで、改めて凄い夫婦だと(実生活は波乱万丈だったようですが)。そんなロスマクが今は殆ど品切れ…もったいないことです。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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