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橘外男『橘外男日本怪談集 蒲団』(中公文庫)
『橘外男日本怪談集 蒲団』を読む。バラエティに富む作風の橘外男だが、あえて看板をいえば幻想怪奇小説か。中でも海外を舞台にした秘境伝奇系は非常にインパクトの強い作品が多いけれども、その一方で日本を舞台にした、オーソドックスな怪談風の物語も印象に残る。
本書は後者の代表作をまとめた怪談集ということで、さすがにに既読の作品が多いけれども、これから橘外男を読もうという人にとっては実におすすめの作品集となっている。

「蒲団」
「棚田裁判長の怪死」
「棺前結婚」
「生不動」
「逗子物語」
「雨傘の女」
「帰らぬ子」
収録作は以上。久々に橘外男の怪談をまとめて読んだけれど、やはり凄い。内容そのものは本当にオーソドックスな怪談なのだけれど、とにかく語りが素晴らしい。海外の秘境伝奇ものなどを書くときの、あの熱にうなされたような特徴的な文体ではなく、むしろそういう熱量をできるかぎり押し殺した、静謐ささえ感じさせる語りである。合理的な説明などほとんどない、つかみどころのない話だからこそ、そういう静かな語りの方が、逆に怖さを倍増させるのだろう。
以下、作品ごとのコメントなど。
巻頭の「蒲団」は久しぶりに読んだがやはりは絶品。縮緬蒲団を仕入れたその日から始まった古着屋の凶事。絵に描いたようなオーソドックスな怪談で、すぐに蒲団との因果関係がわからないところがミソ。ごく普通の古着屋一家がゆっくりゆっくりと呪いに侵食されてゆく様は実に怖い。
「棚田裁判長の怪死」は初読。旧家にかつて起こった凄惨な事件が子孫の代に祟る物語。「蒲団」同様に、呪われる当人たちには何の責任もないことがポイントで、そういう理不尽さもまた日本の怪談の特徴だろう。なぜか屋敷の見取り図が入っており、題名とあわせて妙に本格っぽい仕立てである。
「棺前結婚」も有名な作品だ。気弱な青年医師のもとに嫁いだ花嫁が、姑に気に入られず、策略のものに離縁され、挙句に肺病で死んでしまう。姑の仕業に気付かぬ青年医師だったが、やがて花嫁の気配が日常に感じられるようになり、ついにはそれを決定づける鉄道事故が発生して……。先の二篇とは異なり、どちらかというとストーリーで読ませる美しくも悲しい物語である。また、鉄道事故とその後に続く棺前結婚のシーンは、鮮烈なイメージとして残る。
「生不動」は本書中ではやや毛色が違って、怖さはあるが怪談ではない。その怖さも珍しくストレートなもので、まさに「生不動」というイメージありきの作品と言っていいだろう。
著者の怪談といえばまず上がるのは表題作の「蒲団」か、この「逗子物語」。妻を亡くして逗子に逗留していた主人公は、荒れ寺の墓地で少年とその召使と思しき三人組と出会う。ところが村の人間の話では、すでに亡くなった人ではないかという……。個人的には本作が橘怪談ではもっとも好み。ストーリー、語り、絵のイメージすべてが渾然一体となった怖くも美しい作品である。解説によると、橘外男の早世した最初の妻が逗子で療養していたらしく、それを知った上で読むと余計に物悲しいものを感じてしまう。
「雨傘の女」もオーソドックスな怪談話だが悪くない。。死者が死にきれない状況、残した者への未練など、こういうテーマは数多いが、橘外男が描けばここまで怖くできるのだという見本のような作品。
「帰らぬ子」は、実際に幼い我が子を亡くしている橘外男が、その体験をもとに描いたと思われる話。前半では七歳で病死する子供・恵と主人公夫妻の交流が描かれるが、それから二十年後、主人公は家の決まった場所で恵の気配を感じるようになる……。なぜ今頃になって恵の気配を感じるようになったのかも興味深いが、何といっても前半の恵との暮らしぶりが切なく、思わず目頭が熱くなった。
本書は後者の代表作をまとめた怪談集ということで、さすがにに既読の作品が多いけれども、これから橘外男を読もうという人にとっては実におすすめの作品集となっている。

「蒲団」
「棚田裁判長の怪死」
「棺前結婚」
「生不動」
「逗子物語」
「雨傘の女」
「帰らぬ子」
収録作は以上。久々に橘外男の怪談をまとめて読んだけれど、やはり凄い。内容そのものは本当にオーソドックスな怪談なのだけれど、とにかく語りが素晴らしい。海外の秘境伝奇ものなどを書くときの、あの熱にうなされたような特徴的な文体ではなく、むしろそういう熱量をできるかぎり押し殺した、静謐ささえ感じさせる語りである。合理的な説明などほとんどない、つかみどころのない話だからこそ、そういう静かな語りの方が、逆に怖さを倍増させるのだろう。
以下、作品ごとのコメントなど。
巻頭の「蒲団」は久しぶりに読んだがやはりは絶品。縮緬蒲団を仕入れたその日から始まった古着屋の凶事。絵に描いたようなオーソドックスな怪談で、すぐに蒲団との因果関係がわからないところがミソ。ごく普通の古着屋一家がゆっくりゆっくりと呪いに侵食されてゆく様は実に怖い。
「棚田裁判長の怪死」は初読。旧家にかつて起こった凄惨な事件が子孫の代に祟る物語。「蒲団」同様に、呪われる当人たちには何の責任もないことがポイントで、そういう理不尽さもまた日本の怪談の特徴だろう。なぜか屋敷の見取り図が入っており、題名とあわせて妙に本格っぽい仕立てである。
「棺前結婚」も有名な作品だ。気弱な青年医師のもとに嫁いだ花嫁が、姑に気に入られず、策略のものに離縁され、挙句に肺病で死んでしまう。姑の仕業に気付かぬ青年医師だったが、やがて花嫁の気配が日常に感じられるようになり、ついにはそれを決定づける鉄道事故が発生して……。先の二篇とは異なり、どちらかというとストーリーで読ませる美しくも悲しい物語である。また、鉄道事故とその後に続く棺前結婚のシーンは、鮮烈なイメージとして残る。
「生不動」は本書中ではやや毛色が違って、怖さはあるが怪談ではない。その怖さも珍しくストレートなもので、まさに「生不動」というイメージありきの作品と言っていいだろう。
著者の怪談といえばまず上がるのは表題作の「蒲団」か、この「逗子物語」。妻を亡くして逗子に逗留していた主人公は、荒れ寺の墓地で少年とその召使と思しき三人組と出会う。ところが村の人間の話では、すでに亡くなった人ではないかという……。個人的には本作が橘怪談ではもっとも好み。ストーリー、語り、絵のイメージすべてが渾然一体となった怖くも美しい作品である。解説によると、橘外男の早世した最初の妻が逗子で療養していたらしく、それを知った上で読むと余計に物悲しいものを感じてしまう。
「雨傘の女」もオーソドックスな怪談話だが悪くない。。死者が死にきれない状況、残した者への未練など、こういうテーマは数多いが、橘外男が描けばここまで怖くできるのだという見本のような作品。
「帰らぬ子」は、実際に幼い我が子を亡くしている橘外男が、その体験をもとに描いたと思われる話。前半では七歳で病死する子供・恵と主人公夫妻の交流が描かれるが、それから二十年後、主人公は家の決まった場所で恵の気配を感じるようになる……。なぜ今頃になって恵の気配を感じるようになったのかも興味深いが、何といっても前半の恵との暮らしぶりが切なく、思わず目頭が熱くなった。
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Comments
Edit
ハヤシさん
肉親との死別だけでなく、実生活がかなり波乱に富んだ人でしたし、そういうさまざまな体験が、思想として作品に反映されていると思います。たとえば不思議なことがあっても、理屈で割り切るのではなく、そのまま自然に受け入れていたふしがありますね。
Posted at 09:11 on 12 23, 2022 by sugata
Edit
「生不動」を初めて読んだ時は唖然としました。私見ですが橘外男は乱歩など幻想の世界に遊んだ作家とは違い、スーパーナチュラルなものを本気で信じていた気がします。こちらも没入を強いられるようで良くも悪くも怖い世界です。
Posted at 02:21 on 12 23, 2022 by ハヤシ
記事中の「蒲団」が「布団」になっていますよというご指摘がありました。ああ恥ずかしい(笑)。修正しておきました。
Posted at 15:24 on 12 23, 2022 by sugata