大雪なのでいつもよりは早めに帰宅。風呂上がりに雪かきをするはめになるとは夢にも思わなんだが(苦笑)。
本日の読了本はシムノンの短編集『メグレ夫人の恋人』。まずは収録作から。
L'Amoureux de Madame Maigret「メグレ夫人の恋人」
Peine de mort「死刑」
La Fenetre ouverte「開いた窓」
La Peniche aux deux pendus「首吊り船」
Les Larmes bougie「蝋のしずく」
Une erreur de Maigret「メグレの失敗」
L'Affaire du boulevard Beaumarchais「ボーマルシェ大通りの事件 」
Jeumont, cinquante et une minutes「停車─五十一分間」
Stan le tueur「殺し屋スタン」

本書は1944年に刊行された『Les Nouvelles Enquetes de Maigret』(メグレ、最新の事件簿)から九作をセレクトした一冊。メグレものの短編集は五冊あって、長篇に比べると実に少ないのだが、その出来は長篇に勝るとも劣らない。
全般に長篇ほどには人間ドラマを押し出しておらず、意外な結末を用意するなど、かなり通常のミステリに寄せているような印象である。
短篇をもとに長篇化するケースは海外の作家にありがちだけれど、シムノンもその例に漏れず、おそらくは長篇化する際にいろいろとドラマの肉付けをすると思われる。したがってミステリとしては、むしろ短篇の方がすっきり読めるものが多いのかもしれない。まあ、あくまで想像だけど。
ともあれシムノンの作品でどんでん返しがこれだけ楽しめるというのは非常に楽しい。
「メグレ夫人の恋人」はタイトルだけ見れば不倫もの?と勘違いしそうだが、まったくそんなことはない。メグレ夫妻が暮らすアパルトメンから見渡せる広場で、いつもベンチに長時間座っている男がおり、それをメグレ夫人が気にしていることから、メグレが夫人をからかって“恋人”と称したことによるもの。
ところがあるとき男がベンチに座ったまま殺害されてしまという事件が起こり、男の奇妙な行動の裏に何があったのかメグレが捜査する。
メグレ夫人が夫顔負けの推理や捜査の真似ごとをするのが微笑ましいが、真相やそれに到達する流れも面白く巻頭を飾るにふさわしい一作。
「死刑」も面白い。尻尾を掴ませない容疑者に対し、メグレは徹底的な尾行でプレッシャーをかけるのだが、そこにはメグレの意外な狙いがあったというもの。
実業家の爆殺事件を扱うのが「開いた窓」。メグレは実業家に長年虐げられていた部下に目をつけるものの、その男にはアリバイがあった……。
「首吊り船」はセーヌ川に浮かぶ船から発見された男女の首吊り死体の謎を追う。男はちょっとした資産家の老人、女はその資産目当てに結婚した若い妻であった……。
田舎町の老姉妹宅で起こった殺人事件を捜査する「蝋のしずく」。町の描写や事件の真相が陰々滅々としており、メグレもの本来の味わいが濃厚な一品。
タイトルどおり「メグレの失敗」談。特殊書店に勤める若い女性が殺害され、メグレは店主を犯人とにらむが、その真相はほろ苦いものだった……。メグレが行き場のない感情を爆発させるのが見もの。
「ボーマルシェ大通りの事件」は夫と妻、その妹の三角関係から起こった事件。妻が毒殺され、メグレは夫と妹を交互に調べていくが……。現代でこそ起こりそうな事件。
国際列車のなかで起きた殺人事件を捜査するのが 「停車─五十一分間」。『オリエント急行殺人事件』ばりのシチュエーションは楽しいが、ラストが妙に駆け足なことが物足りず、ミステリとしての仕掛けもいまひとつ。
「殺し屋スタン」は早川書房の世界ミステリ全集のアンソロジー『37の短編』、それを再編集したポケミス版『天外消失』にも「殺し屋」のタイトルで収録されている傑作。
殺し屋スタンを含むポーランド難民の強盗団を追うメグレたち。そこへ自殺を考えているポーランド人の男が、せめて最後にこの命をポーランド強盗団逮捕に役立てたいと、執拗にメグレを追い回す。メグレは渋々引き受けることになるが……。
再読ゆえ真相は知っていたが、シムノンの語り口がある意味カモフラージュになっていることがよくわかり、再読でも十分楽しめる。未読の人ならもちろんこのラストに驚くはず。