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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

C・デイリー・キング『厚かましいアリバイ』(論創海外ミステリ)

 C・デイリー・キングの『厚かましいアリバイ』を読む。著者はアメリカの本格黄金期の作家で、本書はオベリスト三部作に続くABC三部作の二作目にあたる。

 こんな話。マイケル・ロード警視は友人の心理学者ポンズ博士を誘って、静養の旅に出かける。目的地はコネティカット州に住む友人ウースター夫妻の家だ。そこでアーリー医師やピアノ教師のチャーミオンたちと顔を合わせ、一行は揃って〈パーケット邸〉で行われるミニ・コンサートに出かけることになる。
 〈パーケット邸〉は女主人の亡夫が集めた古代エジプトの博物館も併設され、一種独特の雰囲気。しかし、折り悪く洪水の影響で屋敷は停電、蝋燭の乏しい灯りのなかでコンサートは幕を開けた。
 そして第一部が終了し、休憩時間に入ったとき。女主人が古代エジプトの短剣で喉を刺され、死んでいるのが発見された。現場に居合わせたロード警視は地元の有力者に協力して捜査を始めるが、関係者にはみな鉄壁のアリバイが……。

 厚かましいアリバイ

 ABC三部作の前作『いい加減な遺骸』もそうだったが、本作も本格風味が満載である。
 タイトルにもあるようにアリバイ崩しが中心だが、そのほかにもダイイング・メッセージや密室、複数の屋敷見取り図、関係者の推理合戦、エジプト文明に関する蘊蓄など、いわゆる黄金期の本格の道具立てをとにかく詰め込みましたという構成。本格ファンやクラシックファンなら、もうこれを読まないでどうするという陣容である。
 ストーリーも、事件の捜査という縦軸だけではなく、地元警察と悪名高い地元名士の対立にロード警視が巻き込まれて右往左往する様子が描かれたり、ポンズ医師との推理合戦を挟み込んだり、膨らみもあって悪くない。

 ただし、これまた『いい加減な遺骸』と同様なのだが、本格探偵小説として肝心のところがいただけない。
 まずはメイン・トリックがあまりに専門的すぎて読者に推理の余地がないところ。
また、クライマックスでミイラの解剖というシーンを謎解きシーンと絡める趣向は面白いが、そもそも貴重なミイラを一般人入り交じる中で、ただの医者に解剖させるということが、時代を考慮しても無理がある。おまけにラストで犯人を指摘するところもかなり弱く、ご都合主義に陥っているのは厳しい。

 細かな傷は気にしないけれど、本格探偵小説でも肝となる部分でこれらの弱点があからさまにあるのは実に残念。
 メイン・トリックなどは、これを良かれと思って著者がやっているのだとしたら、相当にピントがズレているとしか思えない。マニアがこだわりを詰め込みすぎて全体が見えなくなった、そんな印象の作品である。
 それにしてもオベリスト三部作も似たような傾向ではあったが、ここまでは悪くなかったと記憶するのだが……。残り一作、『間に合わせの埋葬』も絶対に読むつもりではあるが、ううむ、あまり期待するのは考えものか。


C・デイリー・キング『いい加減な遺骸』(論創海外ミステリ)

 久しぶりにC・デイリー・キングの作品を読む。C・デイリー・キングといえば本格ミステリファンにはオベリスト三部作がよく知られているところだが、今回は長らく翻訳が待ち望まれていたABC三部作からの一冊、『いい加減な遺骸』である。

 こんな話。マイケル・ロード警部は『空のオベリスト』事件での失敗を苦にし、警視への昇進を受けたものかどうか悩んでいた。そんなロードに友人の心理学者ポンズ博士は、ノーマン・トリートという大富豪からの招待に同行しないかと持ちかける。
 向かった先は、ハドソン川に浮かぶ孤島を利用したトリートの屋敷。ところが到着してみると、他の招待客はクラシック音楽業界の有名な変人ばかり。しかものっけから、客の一人がボートで変死してしまうという事件が起こる……。

 いい加減な遺骸

 本格ミステリがまだ活気のある時代に書かれた作品だが、本作はことさら本格ミステリに執着した作りである。
 各種の見取り図、手がかりやアリバイの一覧、心理試験、ラストの謎解きシーンの演出、ペダンティズムにあふれた議論、エキセントリックな登場人物などなど、黄金期のミステリに顕著だった要素がこれでもかというばかりに放り込まれ、コテコテの本格ファンにはちょっとたまらない仕様ではないだろうか。

 ただ、それらがあまり整頓されている感じではなく、とっちらかっている印象を受けるのが惜しい。プロットとしては悪くないが、各エピソードがぶつ切りというか、ストーリーにうまく落とし込まれていない。 
 また、反米主義とか音楽論とかの議論シーンが退屈なのはまだいいとして、そういった会話から醸し出される雰囲気も、さほどストーリーに活かされているわけではない。もう少し全体的に絞れば、かなり印象も違ったのではないかと感じた次第。

 とはいえ実は本作の問題はそこではない。一番の欠点は何といっても毒殺トリックである。これは酷い。著者の本格に対する情熱はひしひしと感じるだけに、なぜ要の部分でこのような暴挙に臨んだのか理解に苦しむところである。
 実はご丁寧に、最後に著者の言い訳が掲載されているのだが、ううむ、フォローにもなっていないよこれは(苦笑)。うろ覚えだがフィルポッツの『灰色の部屋』も確かこれに近いノリだったような。ご注意くだされ。

 というわけでABC三部作のトップバッターとしては非常に不安な立ち上がりだが、近々、 『厚かましいアリバイ』も出るようなのでそちらにはぜひとも期待したい。


C・デイリー・キング『海のオベリスト』(原書房)

 銀座松屋へ「ミヒャエル・ゾーヴァの世界展」を観にいく。ゾーヴァは物語や絵本の挿絵で有名な画家だが、描き方は緻密でリアルなのに、そこに描かれている世界はのんびりしたユーモアに包まれた、独特なファンタジーの世界。このアンバランスが気持ちよくて、挿絵が描かれた本は全部持っているほどだ。日頃親しんでいる挿絵の原画が見られただけでも嬉しいのに、何と日本では未公開の絵もかなりあって満足。特に気になったのは、タイトルは忘れちゃったけど、空耳をそのまま絵にしたというやつ。ああ、早くどこかから出版してくれないかな。
 その後、真向かいにあるアップルストアものぞいてみたが、ううインテルマック、いいなぁ。MacBookはまだ置いていなかったが、真剣に購入を検討したくなってきた。

 読了本はC・デイリー・キングの『海のオベリスト』。原書の発行順とまったく逆になってしまったが、これでオベリスト三部作もすべて読了。

 こんな話。豪華客船メガノート号のサロンでは、1日の航行距離を落札するという恒例のオークションが行われていた。オークションが異様に白熱する中、突然停電が発生。その瞬間、銃声がサロンに鳴り響く。再び明かりが灯されたとき、人々が目にしたのは、銃弾に倒れた資産家のスミス氏と、拳銃を手にして立つ、オークションでスミス氏と競り合った男だった。男は犯人として取り押さえられるものの、次々に意外な事実が明るみに出て事件は混迷を極め、ついには客船に乗り合わせた4人の心理学者による推理合戦へと発展する。

 出来はこの際抜きにして、ヴィンテージの味わいが十分に楽しめる作品である。客船という限られた空間。心理学を応用する推理合戦。連続するどんでん返し。意外な犯人。意外な探偵。おまけに手がかり索引まで付いた日には、さぞや作者も楽しんで書いたであろうことがうかがえる。
 また、「出来はこの際抜きにして」と書いたが、それほど本格としてひどいレベルでもなく、仕掛けは『空のオベリスト』が上だが、雰囲気ではこちらが好みだ。過大な期待さえしなければ、クラシックファンは読んでおいても損はないだろう。


C・デイリー・キング『鉄路のオベリスト』(光文社)

 世間のミステリマニアはC・デイリー・キングの『海のオベリスト』なのだろうが、こちらは『鉄路のオベリスト』読了。EQ連載時にリアルタイムで読んではいたが、そのときは隔月で読んでいたためいまひとつ印象が不鮮明だった。そこで『海のオベリスト』刊行を機に読み直そうと思った次第。ただ、今回読んだのは雑誌ではなく、後にまとめられたカッパ・ノベルス版である。

 ニューヨーク-サンフランシスコ間を三日間で駆け抜けるという「トランスコンチネンタル特急」。プールや美容院まで備えられたその夢の大陸横断列車が、ついに初運行の日を迎えることになった。盛大なる式典が催され、列車は各界の著名人を乗せて一路サンフランシスコへ向かう。しかし、翌日、大物の銀行頭取がプールで溺死体となって発見されるという事態が起こる……。

 今回あらためて感じたのは、強引なトリックや馬鹿げた犯人のミスなど、本格としてみた場合の瑕疵がいくつもあって、やはり「傑作」とおすすめできるほどの作品ではなかったということ。
 しかしながら、それだけでは済ませられない魅力があることも、また確か。例えば、発車を前に主要人物たちが続々と集まるオープニングの雰囲気。あるいは豪華列車という閉ざされた舞台設定。そのくせ意外なほどテンポのよいストーリー展開。さらには心理学などをもとにした丁々発止の推理合戦。そして何といっても巻末に設けられた「手がかり索引」。本格探偵小説好きを思わずニヤリとさせる数々の工夫や道具立てが実に心憎い。
 残念なのは、これだけの道具立てをもってしても、結局は傑作と呼ばれる水準には達していないことだ。本格好きで、かつ大抵の名作は読了済み、という条件付きでのオススメというところか。同じ年、クリスティが同じような趣向で『オリエント急行の殺人』を発表しているが、ここまで後世に評価の差が出るとは、ご本人たちも夢にも思わなかったに違いない。

 ちなみに連載時と異なり、カッパ・ノベルス版は冗長な心理学や経済学に関する描写の部分を削った抄訳らしい。確かに本作における学者たちの長セリフはかなりつまらんとは思う。
 だが、正直、これはやってほしくなかったことだ。基本的にはその作品において必要だろうが不要だろうが、抄訳は望ましいことではない。たとえその作品の質が結果的に上がったとしても、オリジナルを読めないことには意味がないではないか。それなら原書で読めよ、というツッコミはなしね。編集者や翻訳者には、出来うる限り、オリジナルに近いものを提供する義務がある。創作物を第三者の主観でアレンジしていては、文化や芸術の拠り所をどこに求めればよい? 超訳が許せないのも、そこに尽きるのだ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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