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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

シオドア・スタージョン『一角獣・多角獣』(早川書房)

 シオドア・スタージョンの『一角獣・多角獣』を読む。真打ち登場。まさに満を持しての復刊。ご存じのように『一角獣・多角獣』は内容よりも、異色作家短編集の効き目中の効き目として有名な一冊であった。それが晶文社や河出書房新社の短編集が好評を博したことにより、晴れて復刊されることになったというのだから、これはめでたい限りである。
 最近刊行された短編集とはややカブリがあるものの、内容についても文句なし。どの作品をとってもグレードが高いが、あえて好みを選ぶなら、「熊人形」「ビアンカの手」「めぐりあい」「考え方」あたりか。昨日読んだブラウンも良かったけれど、あちらはどちらかというとエンターテインメント寄り。同じSF畑でありながら、スタージョンそれほどSF的な道具立てを使うことはせず、詩情や独特の世界観で語るため、奇妙な感動が生まれてくる。「ビアンカの手」などはなんてことない手フェチの話だが、スタージョンでしか書けないような異様な美しさがある。
 せっかくの復刊。スタージョン未体験の方はぜひぜひ読んでもらいたい。

The Silken-Swift「一角獣の泉」
The Professor's Teddy-Bear「熊人形」
Bianca's Hands「ビアンカの手」
A Saucer of Loneliness「孤独の円盤」
It Wasn't Syzygy「めぐりあい」
Fluffy「ふわふわちゃん」
The Sex Opposite「反対側のセックス」
Die,Maestro,Die「死ね、名演奏家、死ね」
Cellmate「監房ともだち」
A Way of Thinking「考え方」


シオドア・スタージョン『輝く断片』(河出書房新社)

 OS購入を機にメモリーも増設。ってもたかだか640MBなんだが、いや、自宅ではそんな大層な作業もしないので、これでも十分快適である。

 シオドア・スタージョンの『輝く断片』読了。スタージョンも次から次へと刊行される感じで、誠に喜ばしい限り。
 SFは嫌いではないが(むしろ好きな方だが)、真っ向からつきあっていくつもりはないので、スタージョンもSFの王道を突き進んでいくようなタイプであれば逆に読まなかったのではないかと思う。本作のようにミステリ風味の強いもの(というか奇妙な味)があればこそだ。逆にいうと、「奇妙な味」であれば、ジャンルを問わず読み続けていくだろう。

Brat「取り替え子」
Affair with a Green Monkey「ミドリザルとの情事」
The Travelling Crag「旅する巌」
When You're Smiling「君微笑めば」
And Now the News...「ニュースの時間です」
Die, Maestro, Die「マエストロを殺せ」
A Crime for Llewellyn「ルウェリンの犯罪」
Bright Segment「輝く断片」

 さて『輝く断片』である。本書はあえて「ミステリ短編集」と銘打たれてはいるが、もちろん純粋なミステリはまったくない。一応、犯罪を扱っている程度の認識でよいだろう。スタージョンが扱うのは、「謎」は「謎」でも人間の精神における「謎」であり、なぜ犯罪を犯すに至ったかや、犯したあとの犯罪者の心の動きにスポットを当てている。当然ながらそれは普遍的なものではなく、スタージョンならではの解釈が為されるわけであり、予想できない動機や展開が待っている。
 そんな中でのマイ・フェイヴァリットは、まず「ニュースの時間です」。主人公のこだわりだけでも変な話だが、後半の展開がさらに意表を突く。ただ、これってハインラインの提供したネタであるそうな。「マエストロを殺せ」もいい。こちらも後半の犯人の行動や心理が見物で、さすがに名作の誉れ高い傑作だとは思うが、訳の文体がこれでいいのかどうか、ちょっと疑問は残る。また、「ルウェリンの犯罪」はオチが読めるものの、淡々と流れる主人公の心理が興味深い。
 考えると挙げた三作はどれも主人公の心の平穏がぶち壊される話ばかりである。それぞれ特殊な人間なので、心のバランスが崩されたときの中和の手段が、また輪をかけて特殊なのだ。しかし大なり小なり普通の人にもこのような症例はあるわけで、昨今テレビで話題になるような異常な事件も、もしかするとこれらの話のような理由があったのかもしれない。そう考えるとちょっと怖い。


シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』(河出書房新社)

 吉祥寺にできた(といっても去年の春ですが)TRICK&TRAPというミステリ専門の新刊書店をのぞいてくる。店は小さいものの品揃えはまずまずよく、店も上品で雰囲気は悪くはないのだが、なんだか物足りない。なんというか、もう少し驚かされる要素や面白い要素を盛り込んでもよいのではないだろうか。ないものねだりかな?

 シオドア・スタージョンの『海を失った男』は実に楽しい短編集だったが、河出書房新社から出た『不思議のひと触れ』も十分すぎるほどのクオリティを備えた短編集である。編者が大森望ということもあり、SF寄りのラインナップと想像していたのだが、スタージョンは本来SF作家なので、まあこれは考えたら当たり前の話か(笑)。それでも本書を読み終えた今、それほどSF臭が強調されているようには思わなかった。むしろ青春小説の香りを漂わせた、上質な作品集という印象である。
 好みの作品もそのラインに沿ったものばかり。表題作の「不思議のひと触れ」、ジャズをテーマにした「ぶわん・ばっ!」、引きこもりに勇気を与える(笑)「閉所愛好症」、そしてラストの「孤独の円盤」。SFとしての評価はともかく、読んで元気になる、という観点からいえば、その効能は素晴らしいの一言。
 巻末には翻訳の続報がちらりと書かれていたが、もう一気に短編全集とか出してほしいものである。

Heavy Insurance「高額保険」
The Other Cellia「もうひとりのシーリア」
Shadow, Shadow on the Wall「影よ、影よ、影の国」
A God in a Garden「裏庭の神様」
A Touch of Strange「不思議のひと触れ」
Wham Bop!「ぶわん・ばっ!」
Tandy's Story「タンディの物語」
The Claustrophile「閉所愛好症」
Thunder and Roses「雷と薔薇」
A Saucer of Loneliness「孤独の円盤」


シオドア・スタージョン『海を失った男』(晶文社)

 いやー。しかし歳をとると一年の経つのが早く感じるが、12月はとりわけ早い。社内の組織編成の改正に着手しているのだが、問題山積のうえに通常業務までガシガシ入ってくるので一向にヒマにならん。それどころか今週はほとんど朝帰りのうえに、2、3時間の睡眠時間ですぐに会社へとんぼ返りという生活を送っている。我ながらよく体力がもつものだと感心するが、一山越えた正月あたりにぶっ倒れそうな気がしないでもない。大丈夫か、おれ。

 そんなこんなでシオドア・スタージョンの『海を失った男』も読み終えるまでに五日間かけるという体たらく。
 さて、シオドア・スタージョンという作家だが、知識として持っているのは、本来はSF作家であるということ。エラリー・クイーンの『盤面の敵』の代作者であるということ、そして早川書房の異色作家短編集の効き目とも言える『一角獣・多角獣』の作者であるということ。と、まあ以上の三点なのだが、SF読みではないこちらとしてはもう十分すぎるインパクトではある。
 それだけに惹かれる作家ではあるのだが、結局、SF畑の人ということで今までは決して良い読者ではなかった。かろうじて『きみの血を』と『盤面の敵』、そして短編をいくつか読んだきり。しかし、今回の『海を失った男』は何といっても晶文社ミステリの一冊である。『きみの血を』でもミステリっぽい味付けがなされていたことから、期待するなという方が無理な話だ。

The Music「ミュージック」
Bianca's Hands「ビアンカの手」
Maturity「成熟」
It Wasn't Syzygy「シジジイじゃない」
Rule of Three「三の法則」
...And My Fear Is Great...「そして私のおそれはつのる」
The Graveyard Reader「墓読み」
The Man Who Lost the Sea「海を失った男」

 実に面白い。特に気に入ったのは「ビアンカの手」や「成熟」、「そして私のおそれはつのる」、「墓読み」など。まさに宝石のような作品集である。
 感心したのは、テーマの掘り下げとその展開である。かなりの作品に共通していると思うのだが、ミステリ畑の多くの作家のそれとは違い、スタージョンは明らかに単なる娯楽以外の部分を視野に入れている。もちろんそれは人間を描くことに他ならないのだが、単に思想を語るのではなく、SF的手法を巧みに利用してトリッキーなテーマのアクロバットを見せるところがすごい。
 例えば「そして私のおそれはつのる」では、老婆とチンピラの交流を描く。老婆は実は選ばれた人間であり、超能力を使うことができるのだが、隠された資質をチンピラに見いだし、そのチンピラを覚醒&更正させようとするのだ。ここまでは実にありがちな設定で、何となく先の予想もつく。ところがここでスタージョンはチンピラの恋人を登場させ、まったく予想だにしない展開を披露する。ネタバレにしたくないのでここでは書かないが、この短編を読み終えたときはもう開いた口がふさがらなかった。個人的にはこれがベストだ。
 なお、近々、河出書房新社から『不思議のひと触れ』というタイトルで、よりSF色の強い短編集も出るらしい。これも買わなきゃ。


シオドア・スタージョン『きみの血を』(ハヤカワ文庫)

 今回はネタバレになっていますので未読の方はご注意。






 本書をひと言で言ってしまうと、吸血鬼テーマのホラー&叙述ミステリである。身も蓋もない書き方だが、実際そのとおりで、この二つの事実を知らずに読むのと知っていて読むのでは、だいぶ読後感が違うはずだ。もちろん知らずに読む方が、はるかに楽しめること請け合いである。

 そもそも手記という形式が曲者で、著者のスタージョンはそれを必然とばかりに利用し、読者を迷宮に誘い込む。この物語は事実なのか? 語り手は誰なのか? そして周到に張り巡らされた伏線の数々。
 それは形を変えた「読者への挑戦」。本書は一応ホラーに属する物語ではあるが、ミステリとしても一級品と言ってよいだろう。

 もちろん本筋たるホラーとしての側面もまた見事である。手記の形をとった文体はどちらかといえば淡々とした筆致だ。そのなかで主人公たる青年の心理や行動がじわじわと浸透し、読み手に奇妙な不安感を抱かせる。ものすごく怖い、ということはないが、この居心地の悪さがなんとも気色よい。吸血鬼テーマということもあって、フロイト的な解釈が幅をきかすが、それもまた著者の綿密な計算どおり。そう、本書はホラーであると同時にミステリでもあるが、青春小説あるいは恋愛小説でもあるのだ。

 とまあ、けっこう褒め倒してしまったが、それほど派手な展開があるわけでもなく、作りそのものはいたって地味目。だが村上春樹がいう「小確幸」は間違いなく与えてくれる、そんな作品である。あまりに過剰な期待はせず、読了後、いい作品に出会えた幸せをそっと噛みしめるのがよいかと(笑)。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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