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 ジョン・ディクスン・カーの『ビロードの悪魔』を読む。カーの歴史ミステリの中でも、というかカーの全作品の中でもトップクラスに入るといわれる作品で、実際、これは抜群に面白かった。

 こんな話。歴史学者のニコラス・フェントンは、悪魔と契約を交わして三百年前の英国にタイムスリップし、同姓同名の貴族に乗り移った。その一ヶ月後に起こるはずの妻の毒殺事件を阻止しようというのだ。しかし、時は名誉革命前夜の1678年。国内には陰謀が渦巻き、フェントンもまたその中に巻き込まれてゆくが……。

 ビロードの悪魔

 傑作と呼ばれるのもむべなるかな。歴史ミステリとはいいながらも、設定だけ見ればSF、内容的には冒険小説あるいは伝奇小説であり、おまけにミステリとしても大技が仕掛けられている。さらに細かくいえば、恋愛要素や活劇、歴史的な蘊蓄、浪花節的要素など、あらゆる娯楽小説のエッセンスを取り入れた上質なエンターテインメントである。

 ここまでさまざまなジャンル小説のキモを一緒くたにすると、普通は収拾がつかなくなったり、統一感がなかったりするものだが、カーは恐ろしいほど綺麗にプロットをまとめ、文庫にして500ページ以上あるボリュームをまったく飽きさせない。
 本書のウリはいろいろあるだろうが、実はこのきめ細やかに構築されたプロットこそ、最大の売りではないだろうか。妻殺しを防ごうとする前半部分、いったんは落ち着いたかに見えたが、より大きな陰謀の渦に巻き込まれる後半、そして再び妻殺し、ひいては悪魔との契約に収斂するという流れが非常に美しい。これは言い換えると、最初はSF的に幕を開け、序盤はミステリ的興味で引っ張り、途中から冒険小説のような形で引き込むが、ラストでやはり本作が歴史ミステリであり、同時にSFミステリであったと思い知らされる展開である。
 本格ミステリ作家であるカーの構成力が光る一作といってもいいだろう。

 以下、個人的に注目した点をいくつか挙げておく。
・活劇シーンの描写が意外にお見事。特にフェントンが家の召使らわずか六人で六十人を相手に戦うシーンは圧巻。まるで黒沢映画。
・主人公のラストでの豹変ぶりがけっこう非道。
・当時の街や人々の暮らしの不潔度合いがリアル。
・意外な犯人は誰でも驚くだろうが、アンフェアと言えばアンフェア。とはいえヤラレタ感は強い。

以上。


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 久しぶりのカー読破計画一歩前進。カーター・ディクスンのH・M卿ものから『赤い鎧戸のかげで』。

 まずはストーリー。静かに休暇を過ごそうと、モロッコのタンジール空港に降り立ったH・Mことヘンリー・メリヴェール卿。ところが彼の名はこのモロッコの地においても広く知れ渡っているようで、地元の警察に盛大に迎え入れられる。
 ただし、その盛大な歓迎にはある事情があった。ヨーロッパ各地を騒がせている有名な宝石泥棒“アイアン・チェスト”逮捕に、ぜひ協力してほしいというのだ。

 赤い鎧戸のかげで

 好きなカーの作品などという話題が上がると、ごく少数ながら一部で強いプッシュがあるのが本作『赤い鎧戸のかげで』。いわゆるベスト本ではないが、ハマる人にはハマる作品ということだろうから、かなりクセはあるだろうと予想して読んだのだが、ようやく一部で絶賛される理由が理解できた(笑)。

 まあ、いろいろな意味でポイントの多い作品である。
 本格ミステリとしては正直、弱い。いわゆるオーソドックスな殺人劇ではなく、その中心にあるのが怪盗との戦いという点も影響しているのだろうが、長編を引っ張るだけの謎も弱く、それどころか腰砕けもののトリックもある始末。伏線などもそれなりに張ってはあるけれど、カーの作品でなければ単なるバカミスレベルであろう。

 しかし、そういった弱さを補っているのが、読み物としての破天荒さだ。お得意のファースを前面に押し出しているのは珍しくないとして、それがモロッコというエキゾチックな雰囲気(常識や習慣、捜査なども含め)、怪盗ものという冒険小説やスパイ小説の香りが強いこともあって、いつも以上に弾けたストーリー展開を見せる。
 ただ、好き嫌いが分かれるのは仕方ないとして、弾けすぎのせいであちらこちらに無理が来ているのがいただけない。したがって上で「そういった弱さを補っているのが」とは書いたが、それはマイナス部分を何割か補っているだけであって、「補ってあまりある」わけではないので念のため(苦笑)。

 ほかにも気になるところは少なくない。例えば探偵は犯人を見つけ出すことは許されても、自ら裁くことは通常許されない。それを時に踏みはずす探偵や作品があって、H・Mもそんな傾向があるのだが、それも本作では少々行き過ぎの嫌いがある。
 終盤のボクシング・シーンなどもその例だが、なんというか、こういう点は同じ時期に書かれた歴史ミステリでは違和感がないけれども、現代ミステリでは非常に消化に良くないところだ。もしかするとカーの意識のなかで、歴史ものと現代ものが感覚が少々混同してしまっていたのかもしれない。

 ひとつ言えるのは、そういった作りや雰囲気が相まったことで、本作は間違いなく通常のカー作品とは一線を画した作品になったことだ。だから好きな作品に挙げる人がいる理由はわからないでもないが、ううむ、残念だが個人的にはそれはないかな(苦笑)。


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 久々にジョン・ディクスン・カーを読了。ものは『ニューゲイトの花嫁』。

 物語の舞台は十九世紀初頭のロンドン。英国史上、最も悪名高いと呼ばれるニューゲイト監獄に、殺人容疑で死刑を待つ男がいた。男の名はダーウェント。実は身に覚えのない罪で投獄され、もはや罪を晴らす手段もなく、諦めの境地で日々が過ぎる。
 その彼を訪ねてきた一人の令嬢キャサリン。彼女は祖父の遺産を継ぐため、遺言どおり二十五歳前に結婚しようと、死刑を控えたダーウェントを相手に選んだのだ。了承すれば礼金がもらえ、思いを寄せていた女性にも金を残すことができる。ダーウェントはそう考えて結婚を承諾する。
 だが、結婚式の夜、ナポレオン敗北に伴って情勢は大きく変化した。ダーウェントは貴族の一員となり、刑務所からも釈放され、一転、自由の身となったのだ。復讐に燃えるダーウェントは真犯人を突き止めるべく行動を開始するが……。

 ニューゲイトの花嫁

 物語作家にとって歴史物は特別な魅力があるようで、ミステリの世界でもコナン・ドイルをはじめとして、数々の先達がいる。カーはその中でもとりわけ真剣に歴史物に取り組んだ一人。後期に多くの作品を残している。
 本書はその嚆矢となる一冊でもあり、それだけにカーの魅力が満載という印象。アクションにロマンス、そして何よりミステリ要素がいい案配でミックスされている。以前に読んだ『喉切り隊長』もそうだったが、ドタバタや恋愛といった要素がミステリ作品以上にサービス過剰気味なのに、逆にしっくりくるのが面白い。カーの場合、やりすぎてイラッとすることも多いのだが(苦笑)、これは歴史物ならではの効能だろう。
 ただ、それでも主人公がスーパーマンすぎるとか、ヒロインとの関係が調子よすぎないかとか、登場人物の造型については気になるところもちらほら。

 ミステリ部分はさすがである。単に味つけにとどまらず、真犯人の意外性、多重構造的な真相など、カーの本領発揮といってよい。ガチガチの謎解きとまではいかないけれど、プロットは練られているし、伏線もけっこう念入り。
 上で書いたような弱点もいくつかあるけれど、カーのファンはもちろん、娯楽小説として十分楽しめるレベルではなかろうか。


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 バンコランと別れてアメリカへ戻ったジェフ・マールは、若い頃世話になったクエイル判事のもとを訪れた。だがマールの面前で、判事は毒を盛られて殺されそうになり、さらには判事の妻も命を狙われる。だが互いに牽制し合い、事を明るみにしようとしない家族。そこにはかつてマールが知っていたクエイル家の面影はない。彼らの確執を生んだものは果たして何なのか。判事とその妻、五人の兄姉。家族以外の誰かが犯人とは思えない状況で、遂に最初の犠牲者が。殺されたのは次女の夫……。

 毒のたわむれ

 本日の読了本はジョン・ディクスン・カー『毒のたわむれ』。ディクスン・カーの第五作にあたる作品。
 それまでの怪奇趣味一辺倒であったバンコラン・シリーズと、より膨らみを備えたギデオン・フェル博士やヘンリー・メリヴェール卿シリーズをつなぐ作品として位置づけられており、語り手は1~4作目のバンコラン・シリーズ同様ジェフ・マールが務める。ただしバンコランは登場せず、一応はノン・シリーズという扱い。
 面白いのは探偵役だ。パット・ロシターという青年が務めるのだが、人を煙に巻くような言動やときおり見せるコミカルな言動は、後のフェル博士やH・M卿を彷彿とさせる。だが、いかんせん、まだ両巨頭のような個性が確立されておらず、全体を覆う怪奇趣味を一掃させるような存在感には欠ける。ワトソン役のジェフ・マールが良い感じで一歩引いているので、よけい探偵役のギクシャクした演技が気になるのである。ぶっちゃけ浮きすぎ。
 ただし、カーが新しいスタイルを模索しており、バンコランからフェル博士へ移行している最中の作品だと思って読めば、作風の変化など見どころは多いだろう。

 とはいえ、そんなマニアックな読み方をせずとも、本作は普通の探偵小説と思って読んでも失望はしないはずだ。
 限られた空間で怪しげな人物ばかりを登場させ、そこでしっかりと伏線を張り、フェアに(しかし反則すれすれのところで)フーダニットを成立させてくれるのは、カーの作品でも珍しいのではないか。これでもう少しメイントリックを何とかしていれば(笑)、より評価される作品になったのだろうが、そこが実に惜しい。カーの中ではあまり目立つ作品でもないけれど、読んでおいて損はない。


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 ジョン・ディクスン・カーの『疑惑の影』を読む。ギデオン・フェル博士物であり、かつ後に『バトラー弁護に立つ』で主役を張るパトリック・バトラーの初登場作品でもある。とはいってもバトラーは本書でも十分に主役であり、ギデオン・フェル博士の影が薄いのがちと残念。それはともかくこんな話。
 
 テイラー夫人が毒殺され、容疑は夫人の話し相手として雇われていたジョイス・エリスに向けられた。逮捕され、有罪確定かと思われたジョイスの危機を救ったのは、「偉大なる弁護士」ことパトリック・バトラー。見事に無罪を勝ち取ったものの、今度はテイラー夫人の姪の夫、リチャード・レンショーが毒殺される事件が起こる。しかも死因はテイラー夫人と同じ毒であった……。

 先日の『眠れるスフィンクス』と違って、なにかと賑やかな作品である。これは主人公がバトラーであることともちろん関係あるわけで、ペリー・メイスンばりの行動力や推理力、はたまた美しい女性には目がないという性格もあって、本格探偵小説というよりは英国の伝統的冒険小説といった趣である。この作品以後、カーがフェル博士をお休みさせ、歴史ミステリを発表し続けることになるのだが、その過渡期の作品ということもできるだろう。ただ結果としては、残念ながら冒険小説的部分が勝ちすぎていて、謎解き要素と上手く融合しているとは言えない。ミス・デレクションなども工夫されており面白い部分もいくつかあるのだが、全体的にはちぐはぐな印象である。
 また、ペリー・メイスンばりなんてことを先ほど書いたが、実は本書を読む限り、バトラーというキャラクターがもう一つわかりにくい。というのも最終的にはいかにも騎士道精神に溢れた男、つまり正統派英国冒険小説的主人公という感じにはなるのだが、冒頭では妙に打算的なうえ色男を鼻にかけたようなタイプで、すこぶる印象が悪い。小説の在り方としては、事件を通してそういう男が精神的に成長していく姿が見所になるはずなのだけれど、ここの描き方が説得力に欠けるのである。
 展開に勢いがあるので読んでいる間はそれなりに楽しめるが、いざ感想をまとめると粗ばかりが思い出され、かなり辛い点数になる。そういう意味ではなかなか不思議な作品ではある。


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 ジョン・ディクスン・カーの『眠れるスフィンクス』を読む。
 ドナルド・ホールデンは戦死を装って行動していた元政府諜報機関の一員である。任務を終え、晴れてイギリスに帰国した彼の胸中を占めていたのは、かつて愛していながら結ばれることの無かった女性、シーリアのことだった。ホールデンはシーリアの姉マーゴットと結婚した友人ソーリイのもとを訪れたが、再会の喜びに浸るまもなく、そこでマーゴットの死、そしてシーリアが発狂しているという事実をソーリイから知らされる。だが、そこへ現れたシーリアは、マーゴットの死の原因こそソーリイにあると告げた。シーリアの話を信じたホールデンは彼女の助けようと躍起になるが……。

 どちらかというとかなり地味な作品であり、派手なトリックなどはほとんんどない。かつて親密であったはずの関係者たちが、事件を契機に心が離れてゆき、そしていがみ合う。マーゴットの死に対しても認識はまったく食い違う。果たして誰の言うことが正しいのか、いったい真相はどこにあるのか。カーにしては珍しく、人間関係のもつれや心といった部分にスポットを当てており、このような興味で読ませるカー作品はあまり記憶にない。事件の真相もまた他のカー作品とはひと味異なっており、それらの意味では興味深い作品ということができるだろう。

 ただ、読んで素直に満足かと聞かれれば、やはりいまひとつ。上でも書いたように、人間の心の部分にスポットを当てたものの、カーの場合それはあくまでミステリを成立させるための方便であり、薄っぺらさばかりが目立つ。
 また、個人的に事件が回想や伝聞で語られるパターンが好きじゃないこともある。それが事件を語る上で非常に効果的に使われていたり、あるいは物語に深みを与えるというのであれば、それはもちろんOK。しかしながらカーがたまに使うこの手法はあくまでミステリとしての演出であり、正直これもまた成功しているとは思えない。
 ちなみに本書は長らく絶版だったハヤカワミステリ版が、文庫版として復刻されたものである。カーにしては珍しいタイプの作品ではあるが、やはりカーらしさが前面に押し出されていない分、人気も低かったのだろう。長期間の絶版もむべなるかな。


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 久々に買い物がてら横浜までドライブ。国分寺からだと2時間あまりの道のりだが、往きで初雪が舞い始め、ちょっと焦る。まあ、途中で止んだからよかったが。

 前日はちょっと胃にもたれるものを読んでしまったので、本日は徹底的に娯楽としての殺人に臨むことにする。ものはジョン・ディクスンン・カーのラジオ・ドラマ・シナリオ集『幻を追う男』。
 表題作の「幻を追う男」はかつて『EQ』に掲載された作品を訳し直したもので、歴史物である。しかし謎解き要素もちゃんと入っているので、カーのファンならすっと入っていけるはず。ご都合主義にすぎるのが困ったところだが、展開は派手でなかなか面白い。
 その他の収録作は、カーのラジオ・ドラマ・デビュー作となる「だれがマシュー・コービンを殺したか?」、そして「あずまやの悪魔(オリジナル版)」。個人的にはこの「だれがマシュー・コービンを殺したか?」が本書中のNo.1で、ラジオ・ドラマという性質を見事なまでに活かしたオチに脱帽。謎解きも単純だけれど鮮やか。
 全編シナリオということで、少し敬遠気味の人もいるかもしれないが、これを読まないのはちょっともったいない。ある意味、本書は小説以上にサービス精神があふれた一冊なのである。カーのファン、いや本格ミステリファンならぜひ。


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 ジョン・ディクスン・カーの晩年の作、『悪魔のひじの家』を読む。
 イングランド南東部に、その地形から名付けられた「悪魔のひじの家」と呼ばれる邸宅があった。ニック・バークリーはその屋敷と財産を相続することになり、アメリカから帰国。旧友の歴史家ガレットとともに屋敷へ向かった。だが、二人が屋敷に着くやいなや、一発の銃声が鳴り響く……。
 歴史物を書いていたカーが、久しぶりに発表したフェル博士ものの本格。カーといえどもさすがに晩年の作品はあまり出来がよくないらしいが(いかんせん晩年の作品を読み残しているので、あくまで伝聞だが)、本作は幸せな例外ということができるだろう。
 ストーリーにしてもトリックにしても、それほど新たな試みや派手なことはやっていないが、基本に忠実というか、丁寧に書きこまれている印象を受けた。伏線などもしっかり張っているし、オカルト趣味やロマンスなど、カーならではの要素もちゃんと盛り込まれている。全盛期を期待するのは酷だが、それなりに読めたのは嬉しい誤算だった。


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 とりあえずジョン・ディクスン・カー邦訳全作読破をめざしているのに、ここ数ヶ月というものさっぱりご無沙汰。それというのも家の本を少し整理したときに、カーの積ん読分がどこかへいってしまい、まったく所在がわからなくなってしまったのである。そんなとき、ネットオークションでたまたま落札できたのが『バトラー弁護に立つ』。実に久々のカー読了とあいなった。

 本作の主人公はフェル博士やH・M卿ではなく、『疑惑の影』にも登場するバトラー弁護士(と書きながら『疑惑の影』は未読だったりする)。作中でフェル博士について触れるところもあり、くすぐりは楽しい。だがいかんせん、それを帳消しにするのがカーお得意のドタバタ劇とロマンス。いつも以上の激しいお芝居に気持ちが入り込めず、正直、カーのいい読者でなかった頃を思い出してしまった。ややもすると読者を置いてきぼりにする危険をはらむところが、カーの欠点ではある。はまるときははまるんだけど、今回はダメ。
 これでメインのネタである密室殺人とダイイング・メッセージがよければ救いはあるが、そちらもちょっと落ちるレベルで、とりわけダイイング・メッセージの方はいただけない。やや消化不良の読書であった。


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 カーター・ディクスンの『貴婦人として死す』読了。
 大学教授の妻、リタ・ウェインライトは情熱的な女性だった。二十余りも年上の夫とでは満たされることがなく、若い男と不倫を繰り返す日々が続いていた。そして無名の俳優バリー・サリヴァンが村に現れたとき、彼女はまたも恋に落ちる。いつしか人目を忍ぶ関係となった二人は駆け落ちするかにみえたが……。二日後、二人は殺人事件の被害者となって発見されたのだった。

 今回、ややネタバレ。
 とりあえず粗筋を書いてはみたが、本作はあまり派手なところのない、カーにとっては比較的地味な作品である。
 その大きな理由として、語り手が老齢の医師ということが挙げられるだろう。カーの作品で語り手となるのは(特にH・Mもの)たいていロマンチストな青年であり、しかもほぼヒロインと恋愛関係に陥ったりし、場を盛り上げるのに一役買っている。ところが本作ではあまり激しい運動もできない、どちらかというと保守的な考え方をする教養豊かな老人なのだ。当然ながら語り口は常識的であり、穏やかである。その分読者も、客観的に事件を見つめることができるわけだ。
 ところが実はこれが曲者であった。老齢の医師を語り手にすべき、確固とした理由があったのである。読み終えたときに思わず舌を巻く巧さで、やられたという感じはなかなか強い。小粒ながらおすすめの一冊といえるだろう。


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