カーター・ディクスン名義としては唯一の歴史ミステリであり、また、カーター・ディクスン名義最後の作品となる『恐怖は同じ』を読む。カーの歴史ミステリでは
『ビロードの悪魔』とまではいかないが、比較的人気の高い作品ではなかろうか。
こんな話。1975年のある夜のこと、伯母に連れられてグレナボの四代目伯爵フィリップに会うことになったジェニファ。だが彼女はフィリップに初めて会ったはずなのに、その面影に記憶があった。
実はジェニファとフィリップの二人は、150年後の未来の世界で愛人関係だったが、トラブルに巻き込まれ、二人で逃亡中の身だったのである。そしてジェニファが恐怖のあまり叫んだとき、二人は150前の世界で覚醒したのだった。
だが記憶を取り戻しつつある二人の前には、150年後の世界と同じように、ある恐怖が迫っていた……。

なるほど。これは面白い。カーのストーリーテリングぶりが遺憾なく発揮された一作であることは間違いない。歴史ミステリではあるが基本設定としてはSFであり、本質は歴史冒険ものだろう。
時空を超えて覚醒するヒーローとヒロイン。ヒーローは現代で身につけた能力を過去で活かして大活躍し、ヒロインはおてんば系。これに対抗するドジな悪役やツンデレ系の悪女といった面々。要所要所では決闘シーン、しかも主人公が圧倒的不利な状況での手に汗握る展開、ついでに密室殺人や意外な犯人も登場。騎士道精神や勧善懲悪などは当然の要素である。
SFやミステリで味付けはしてあるが、カーが好きな歴史活劇が第一であり、徹底したエンタメ作品だ。これ以上、何を盛り込めばいいのかというサービスぶりである。
それにしても現代のラノベや漫画となんと共通点が多いことか。本作でよく言われるのが、いわゆる「異世界転生もの」であるという点だが、その設定だけでなくキャラクター造形等にも共通するところがある。これが1956年の作品というのだから、人間の嗜好や感覚というのは、時代や国が違っても案外似たようなものなのかもしれない。
ただ、傑作かと聞かれたら、ちょっと違うかなという気もしないではない。なんせ基本的には勢い重視という感じの作品なので、けっこう荒っぽいところも少なくない。密室トリックはひどいし(笑)、決闘シーンも特にボクシング対剣術とかは無理がありすぎるし、何より現代編のフォローがほとんどないのはどうなんだろう。
せっかくの「異世界転生もの」という設定がそこまで活かされていないのがとにかくもったいない。説明不足は我慢するから、せめてプロローグで現代パートを入れてくれれば構成的にも美しくなったはずなのに、それもないからバランスも悪い。物語を1975年からいきなりスタートさせて、読者も主人公たちと一緒に右往左往させたかったのだろうとは思うのだが、覚醒していく過程が雑なので、あまりそういう効果が出ていないように思う。ラストも一気にまとめようとするからちょっと忙しない感じ。
とまあ、そんな欠点も抱えつつ、それでも本作は面白い。それは何といっても、リーダビリティの高さとキャラクター造形が一つ抜けているからだろう。
ただ残念なことに長らく品切れ中であり、古書価も大変なことになっているので、早川さんにはできるだけ早く新訳で文庫化してほしいところだ。