実に多忙な一週間を過ごし、本日は久しぶりに昼まで眠り、だらだらした休日を楽しむ。
夜は白井晃、高泉淳子、陰山泰らによる芝居『ア・ラ・カルト』を観に表参道へ。ちょうど1日に駅の地下街がオープンしたばかりで、ついでにのぞいてみたが、すごい人手で早々に地上へ。こちらでも先月に期間限定でオープンしたXBOX360カフェをのぞき、その後焼き鳥で一杯引っかけたあと、やっと青山円形劇場に到達。
『ア・ラ・カルト』は毎年嫁さんと楽しみにしている芝居で、今年も十分に堪能する。ゲストはフランス人のアコーディオン奏者、パトリック・ヌジェ氏。歌やコントなどにも芸達者なところを見せていたが、けっこうなお年のはずなのにとにかく元気、しかも粋。日本人には逆立ちしたってあの雰囲気は出せないよなぁ。
読了本はブリジット・オベールの『死の仕立屋』。
設定がなんとも強烈だ。複数の死体をバラバラにし、異なる部位をつなぎ合わせるという猟奇殺人。その事件を追うのはプライベートな問題を抱えた平凡な刑事たち。警察の無能をあざ笑うかのような挑戦的な犯行手段に、警察は後手に回る一方だが、やがて一介の巡査にすぎぬ男が事件のカギを握る……。
なんせフランス・ミステリ界の鬼才、オベールの手になるサイコものである。『羊たちの沈黙』あたりを期待するのは酷としても、かなりのものに仕上がっているのではないかという予感はあった。しかも帯やカバー表4には「『マーチ博士の四人の息子』の衝撃が甦る本格サスペンス」とか「幾重にも伏線を張った叙述トリックの妙と怒濤の展開をみせる驚愕の本格サスペンス」などと書いてあるのだ。
だが本作は正直期待はずれだ。事件そのものは確かにショッキングだが、捜査する側も犯人側も舞台にそぐわない低レベルのやりとりに終始し、おまけに中心人物をとりまく人間関係も不愉快なだけで感情移入も難しい。作者があえてそれを狙っていることは理解できるが、それでもつまらないものはつまらない。
本書で最も驚かされるのはエピローグだが(おそらく帯やカバー表4はこのことを指していると思うのだが)、これにしても本書が本格のコードで書かれていないことの証であり、続編のための踏み台にしかならないことを自ら露呈しているだけのことだ。要は本書がまるまる一冊、次作のための伏線に過ぎず、それにつき合わされた読者こそいい面の皮なのである。
毎度毎度変わった趣向にチャレンジし続けるブリジット・オベールは、お気に入りの作家の一人。スケールや味わいは異なれど、ネルソン・デミルやジェフリー・ディーヴァーなど、この手のサービス精神が強い作家は正直エラいもんだと思う。
『雪の死神』はそんなオベールの最新作で、あの『森の死神』の続編である。
目も見えず口もきけない全身麻痺のエリーズ。二年前に解決した殺人事件が小説化され、一躍有名になったのはいいが、雪山を訪れた彼女へ不気味なプレゼントが送りつけられる。折しも麓の町では凄惨な殺人事件が発生。どうやらプレゼントの送り主が殺人事件と関係あるらしい。ミステリ史上もっとも非力なヒロイン、エリーズは、果たしてどのように殺人鬼に対抗してゆくのか!?
※ややネタバレ気味にて注意
全身麻痺の探偵役というと、今ではディーヴァーのリンカーン・ライムが有名だが、『森の死神』で登場したエリーズが実は一年先輩。しかし、こちらは強力な仲間もいなければ、天才的な頭脳もない(いや、けっこう頭はいいんだが、ライムと比べてはさすがに分が悪い)。もちろん優れた鑑識設備もない。そんな人が積極的に事件に関わるわけがないので、必然的にストーリーを巻き込まれ型サスペンスにせざるをえない。
で、オベールはその辺の設定を無理なくクリアするため、エリーズの前回の活躍が小説になったという設定をもうけ、犯人側からの接触を説得力あるものにしている。
それだけではない。オベール自身がその小説を書いた作家として登場したり、作中オベールの新作プロットが事件のカギを握っていたりして、いや、つくづく煮ても焼いても食えない作家だわ。こういうところがムチャクチャ巧いんだよなあ。舞台も「吹雪の山荘」というやつで、本格をバリバリ意識した作りだ。しかもただの山荘ではなく、これが実は身障者の養生施設。エリーズを含めた患者同士のコミュニケーションをコミカルに、ときにはサスペンスフルに味付けしてストーリーに膨らみを持たせている。
以上のようにハッタリは十分な本作品だが、ただし今回はさすがにちょっとやりすぎたかも。
アンフェアとか言う前に、これってバカミスではないのかな。特殊な主人公に加えて、その他の登場人物もかなり特徴的なので面白いことは面白いが、犯人が登場してから気持ちがすぅっと冷めていったほど、ガッカリした。ネタに前例があることもあるが、これなら犯人は何だってできる。動機も納得いかないし、トータルの実行力という点ではかなり疑問。ネットなどで書評を読む限り好意的な意見が多いが、私は×です。