自宅で仕事。原稿を延々とチェックしてゆき、何とか夜には終了。
寝る前にエリック・ガルシアの『鉤爪の収穫』も何とか読み終える。恐竜探偵ヴィンセント・ルビオのシリーズ三作目。
本作ではマフィアのボスから依頼を請けたルビオが、マイアミの敵対グループを探るうち、なんとそこで、敵対マフィアのボスとなっていた幼なじみと再開。依頼人と幼なじみの狭間で窮地に立たされるルビオの運命や如何に? という内容。
邦題からもわかるように、ハメットの『赤い収穫』をモチーフとしており、血で血を洗うマフィアの抗争をルビオがどう裁いてゆくかという点が肝だ。また、ルビオ自身の青春時代も回想としてたっぷりと描かれ、見せ場の多いサービス満点の一作といえるだろう。
残念なのは、肝心のルビオの手綱さばきにいまひとつ精彩がないこと。締めるところは締め、コミカルにいくところはコミカルに、というのが本シリーズの良さだが、いかんせんオロオロするシーンばかりが目立ち、ただただ振り回されるばかり。ハードボイルドの主人公としてはそれでも一本、芯の通ったところがあればいいのだが、そちらも弱い。どれだけマイナス面があってもかまわないから、ハードボイルドの精神性だけは保ってもらいたいのに、それがキープできていないところに本作の一番の不満がある。
また、回想シーンを挟み込む手法はよいとしても、現代のシーンまで時間軸をいちいち前後させるのが煩わしい。そこまで劇的な効果もないのだから、変に興味を引っ張るような演出も余計だと感じた。ついでに言うと、これは高望みかもしれないが、謎解きの興味もシリーズ中では一番弱い。
結果としては、楽しめる作品であることは間違いないが、シリーズのなかでは一番出来が落ちると言わざるを得ないだろう。特異な設定を最大限に生かした一作目を抜くことは、やはり至難の業なのか。
かつてない恐竜探偵というキャラクターを生みだしたエリック・ガルシアが、詐欺師をネタにした小説を書いた。しかもそれに惚れぬいたあのリドリー・スコット監督が映画化したというから期待するなという方が無理な話だ。本日の読了本は、その『マッチスティック・メン』。
でぶで堅実なロイとやせっぽちで浪費家のフランキーは凄腕の詐欺師。対照的な二人だが、ロイがリーダーシップをとることでこれまで何とかやってきた。ところがロイの別れた妻の元から、一度も会ったことのない娘、アンジェラがやってきたことから、二人の関係に微妙な亀裂が入り始める。そしてロイは娘のため、とうとう詐欺師から足を洗うことを決意し、最後の大勝負に挑むことになる……。
掴みとして必要不可欠な詐欺師のテクニックはもちろん楽しめる。だが本書の読みどころは何といってもロイの心情だ。鬱病を抱え、薬とカウンセリングで何とか精神の均衡を保とうとするロイは、人生をシンプルに考えざるを得ない。そうすることで自分の中にくすぶる火種を抑えつけているのだ。しかし、娘の登場で信頼する相棒との関係はおかしくなり、だが同時に複雑な人生もまたよいものであることに気づき始める。
最後に待っている大がかりな詐欺は、どんでん返しの果てにほろ苦い結末で幕を閉じる。自分の人生とかぶる部分は少ないが、ロイの生き方にはどこか共感を抱かせ、この小説を読んで良かったというほのかな満足感が残る。小粒だけど読む価値は大。
神保町の古本祭りが始まる。とりあえず昼食時に急いで見て回るが、時間がないうえに人が多すぎてだめだめ。
本日の読了本はエリック・ガルシアの『鉤爪プレイバック』。恐竜探偵という、これ以上ないほど強烈な個性を持って登場したヴィンセント・ルビオ・シリーズの第二弾である。
一作目の『さらば愛しき鉤爪』はとにかくインパクトがあった。人間に扮装して独自の恐竜社会を構築している恐竜たちの生活、その中で私立探偵を営む主人公ルビオのハードボイルド的生き様、そして恐竜社会ならではの世界観や特性を逆手にとったプロット&トリック。ゲテモノではあるが、どれをとってもサービス満点の超エンターテインメントだった。
そして本作はシリーズ作とはいうものの、前作の前日談という形をとる。
ロサンジェルスで探偵を営むヴィンセント・ルビオと相棒のアーニー。二人はアーニーの元妻から、弟のルパートが恐竜社会で密かに浸透しつつあるカルト教団「祖竜教会」に入信したらしく、なんとか脱会させてほしいと頼まれる。
「祖竜教会」とは、人間社会にまぎれて暮らすのではなく、太古の恐竜らしい生活に戻るべきだと主張する教団。二人はどうにかこうにかルパートの身柄を奪い返し、高名な精神科医(もちろん彼も恐竜)にマインドコントロールを解いてもらうことにも成功。ところがほっとしたのも束の間、その三日後にルパートは……。
恐竜社会の描き方や恐竜たちの暮らしぶりがとにかく巧みに、そしてコミカルに描けているので、それだけでも十分楽しめる作品。将来はわからないが、まだ二作目だけに新鮮さは失われてはいない。
ただ、前作はこの設定を見事なまでに生かし切った謎解きも見事であった。極論を言えば、一作目でこれをやっちゃあ、二作目は絶対に一作目を超えられないだろうなぁという危惧があった。で、結論から言うと、やはりそれは当たっている。
だが、だからといって本作がつまんないかというと決してそんなことはない。作者もそれぐらいは先刻ご承知らしく、謎解きという切り口をばっさり捨てて、本作ではアクションに比重を置いて物語を描いている。
また、前作にあった暗い部分を、かなり減らしているのもおそらく計算尽くであろう。そもそも本作でルビオと相棒を組むアーニーは、前作ではすでに謎の死を遂げており、それがルビオの生き方を大きく変えてしまっているという背景があった。そのアーニーがまだぴんぴんしている時代の話だから、ルビオもすこぶる陽気だし、しかもアーニーがこれまた陽性なので、二人の掛け合いが実に楽しい。
そんなこんなでやや趣を変えて現れた『鉤爪プレイバック』。前作とまではいかないが、これも十分読ませる作品となっているのである。
昨年の話題作の筆頭に挙げてもよいのが、本日の読了本『さらば、愛しき鉤爪』ではなかろうか。
恐竜を主人公にしたハードボイルドを真面目にやっているというのだから、確かにこれは注目に値する。もともとこういうのは嫌いじゃないし、しかもけっこう評判も良さそうなので、ようやく読む気になった次第。
ヴィンセント・ルビオは、ロスを根城にするけちな私立探偵だ。しかしそんじゃそこらのけちな私立探偵ではない。けちな恐竜の私立探偵なのだ。普段は人間にばれないよう人の皮をかぶって窮屈な毎日を送る恐竜たちだが、いったん皮を脱ぎ捨てれば、たちまち原始の血が騒ぐ。だが、現代の恐竜はあくまで少数派。人間に勘づかれたらたちまち絶滅の危機が待っている。恐竜たちは「評議会」を中心にして規範を定め、あくまで人間のフリをして生きることを選んだのだ。
ところでルビオ。相棒のアーニーがある事件の調査中に死亡したことをきっかけに、ツキは離れる一方だ。アーニーの死の謎を探るため、つい「評議会」の金を横領して資格を剥奪されることを初めに、仕事も途絶え、借金はかさみ、おまけにバジル漬けの毎日。そんなときある大手の探偵会社から下請けの仕事が舞い込んだ。とりあえず出かけたところ、どうもアーニーの死と関連がありそうだ。ルビオは卑しい街に再び乗り込んでゆく。
いや、これは面白い。評判になるのもわかる。
設定の妙で読ませる部分はもちろん大きいが、ミステリとしてもしっかりしてるし、ハードボイルドのパロディとしても上手く機能している。しかもミステリの謎解きの部分では、この恐竜世界の設定が効果的に生かされているのも○。あとがきでは「別に恐竜でなくても……」みたいなことがちらと書いてあったが、いやいや、これはやはり恐竜世界ならではのミステリといえるでしょう。
これを読んですぐに連想したのがアイザック・アシモフの『鋼鉄都市』。ロボット三原則というルールを生かしたSFミステリの傑作である。
どちらも作者が世界観やルールをしっかり作り上げたうえで、しかもその設定を存分に活かした謎解きに挑戦しているところが、実に似ていると思うわけだ。
ただし、本書がまぎれもない傑作かと言えば、弱いところもちらほらある。まずは説明的な部分が多すぎること。恐竜と人の共存する特殊な世界を表現しなければならないので、ある程度は仕方ないだろう。だが、それでもまどろっこしいところが目につく。本来なら主人公の行動や会話を通して、自然に読者に伝えて欲しいところではあるのだが、まだそこまでの技術はないのだろうか。
また、説明以外の部分でも、間延びする描写が気になるところも多い。書き込んであるなぁ、というよりは、やはりダラダラした印象である。
まあ、それでも本書は面白い。どうやらシリーズになるそうだが(っていうかもう出てますけど>『鉤爪プレイバック』)けっこう一発目で肝になるようなネタを使っているので、ちょっと心配。とにかく次作で作者の力量が試されると見たがいかに?