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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

城昌幸『ハダカ島探検 城昌幸少年少女作品集』(盛林堂ミステリアス文庫)

 城昌幸の『ハダカ島探検 城昌幸少年少女作品集』を読む。今年の五月頃に盛林堂ミステリアス文庫の一冊として刊行されたもので、今回は単行本未収録のジュニア向け小説を集めたものということで、相変わらずマニアックな編集ぶりである。
 そもそも城昌幸の著作についてはあまり全貌がよくわかっていないらしいのだが、とりわけ「若さま侍」シリーズとジュニア向け小説は厄介らしく、今回もありがたく関係者の努力の賜物を楽しませていただく。

 ハダカ島探検

「推理小説 絵の国めぐり」
「連載冒険読物 怪岩窟」
「ハダカ島探険」
「推理小説 雪の上の箱」
「黒ダイヤの行方」
「軽快小説 マドロスパイプ」
「ユーモア小説 洋傘」
「少女怪談 不思議な呼声」

 収録作は以上。「推理小説 絵の国めぐり」「連載冒険読物 怪岩窟」「ハダカ島探険」の三編は連載もので、比較的長めの作品。次号へ持たせるための風呂敷の広げかたが大きく、トリックよりはストーリーやキャラクター重視ということがよくわかる。

 まず「推理小説 絵の国めぐり」だが、絵の中の世界に吸い込まれた兄妹が、ファルツという山の巨人となぞなぞで対決し、村を救うという一席。推理小説と銘打たれているが、どう読んでも冒険ファンタジーである。設定上は悪魔の一種で恐怖の対象となるファルツだが、その描かれ方はいたってユーモラスなのが城昌幸らしい。

 海岸の洞窟を舞台に繰り広げる冒険物が 「連載冒険読物 怪岩窟」。派手ながらやや単調なストーリー、ラストの決着のつけ方が正直、あまりよろしい出来ではなく、本書のなかでは落ちるほうだろう。

 表題作の「ハダカ島探険」はジュニア小説の佳作といってよいだろう。「連載冒険読物 怪岩窟」に見られるような弱さがなく、コンパクトながらメリハリの効いたストーリー展開が見事。主人公と悪党たち以外に、謎の少女や謎の囚われ人などがいることで、物語にも膨らみを与えている。暗号といったサイドの謎も悪くない。
 ただ、解説にもあったが、ひとつだけ決定的な忘れ物があるのがご愛嬌か。

 「推理小説 雪の上の箱」以下の作品は短いものばかりで、これらはストーリーというよりワンアイディアを活かしたものが多い。
 ネタそのものはもちろん期待するほうが無茶だが、読者の子供たちをしっかりと驚かせるというポイントがぶれていないところはさすが。なかでも「推理小説 雪の上の箱」、「黒ダイヤの行方」、「軽快小説 マドロスパイプ」などはそういうセンスに満ちていて楽しい。

城左門『架空都市ドノゴトンカ 城左門短篇集』(盛林堂ミステリアス文庫)

 城左門の『架空都市ドノゴトンカ 城左門短篇集』を読む。西荻窪の古書店、盛林堂さんが発行している盛林堂ミステリアス文庫からの一冊。
 盛林堂ミステリアス文庫といえば『大阪圭吉作品集成』もよかったのだが、本としての充実度でいえば、これはそれを上回る出来映えである。

 そもそも城左門って誰や、という人もいるかもしれないので念のため書いておくと、これは幻想的な短編の名手として知られる探偵小説作家、城昌幸の別名義。主に詩作の場合に使われたペンネームなのだが、正直、左門名義でこれだけ小説を書いていたことを知らなかった。個人的に城昌幸は非常に好きな作家だが、詩にはそれほど興味がなかったため、左門名義についてはあまりフォローしていなかったのが敗因である。何に負けたのかはよくわからないが。

 城左門『架空都市ドノゴトンカ 城左門短篇集』(盛林堂ミステリアス文庫)

「都市黄昏」
「永遠の恋人」
「故山」
「感傷」
「A TWILIGHTMANIA」
「猟師仏を射る事」
「Q―氏の房」
「白い糸杉」
「良心」
「眼」
「身投げ」
「エリシアの思想」
「ひすてりか・ぱっしよ」
「たぶれっと」
「二にして一」
「時劫」
「姿相」
「その貌」
「DONOGOO―TONKA」Table of Contents(雑誌『ドノゴトンカ』全目次)
「詩酒生涯 城左門」稲並千枝子氏(城左門夫人)インタビュー

 収録作は以上。
 彼が編集していた雑誌『DONOGO-TONKA』(ドノゴトンカ)と『文藝汎論』に掲載されていた短編である。ほぼ単行本初収録のものばかりで、これに加えて雑誌『DONOGO-TONKA』の全目次、さらには城左門夫人である稲並千枝子氏へのインタビュー、加えて解説×三本と、まあ至れり尽くせりの一冊。 

 内容も悪くない。城昌幸名義の作品に比べると、より詩に近い作品が多いというのが第一印象。城昌幸名義のものはやはり探偵小説寄りの作品ということもあって、短いながらもストーリーやオチがきちんとあるものが多かったが、左門名義ではそういうルールから解き放たれ、より自由に感性だけで書いている気がする。というか本来、城昌幸は詩の方が専門なんだけどね。

 描かれるのは、日常の中にふと紛れ込んでくる異分子もしくは違和感である。ただエピソード自体は他愛なく、その現象を語ることが著者の目的ではないはず。むしろそれによって起こる気持ちの乱れや揺れこそが読みどころであろう。語り口も普通の小説よりは散文詩に近く、著者の本領が存分に発揮されている。
 江戸川乱歩が城昌幸を評し、「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」と曰うたが、これは昌幸名義より左門名義の作品にこそ相応しいといえるだろう。

 城昌幸の作品がもともと好きな人なら、どれもこれも酔える作品ばかりなのだが、特にお気に入りを挙げるなら、巻頭の「都市黄昏」。
 愛人と待ち合わせをしている男が黄昏時の魔に魅入られて……という一席で、似たような幻想小説は今ではいろいろあるだろうが、これが書かれたのは何と昭和三年。都会の黄昏がもつ魅力、いや魔力を、すでに著者はこうして形にしていたのが素晴らしい。

 なお、本書は既に売り切れながら、盛林堂ミステリアス文庫は他にも魅力的な刊行物を着々と世に送り出している模様。興味のある方はこちらをのぞいてみては。

城昌幸『死者の殺人』(桃源社)

 本日の読了本は城昌幸の『死者の殺人』。かつて桃源社から刊行された「書下し推理小説全集」からの一冊だ。

 大学教授の後藤要助の元へ、古い友人、山座仙次郎から手紙が届けられた。それによると知人は癌のために危篤の状態であり、なぜか自分に遺産を相続してほしいというのだ。要助はひなびた温泉街にあるという仙次郎の家を訪ねたが、なぜかそこには家の者の姿が見えない。そしてその代わりとばかり、要助以外にも遺産を相続するという手紙を受け取った者が続々と集まりつつあった……。

 遺産相続に集まった人間が一人、また一人と倒れてゆくという物語。いわゆる「嵐の山荘もの」だが、物理的には建物からの出入りは自由。ただし、遺産を受け取るためには臨終に立ち会わなければならないという縛りを設け、精神的な「嵐の山荘もの」にしたところが独創的といえば独創的だ。だが、やはりスリルという点で数段落ちるのは致し方あるまい。また、ストーリーの前半がほぼ要助の視点で語られているのに、途中から微妙に視点が統一されなくなり、構成的にもひどく中途半端なものがあるのもマイナス点。おまけにメインのトリックと犯人がこれでは……。
 早い話がこれは完全な駄作。本書は今は無き桃源社からの刊行なので、もちろん現在では古書店でしか入手することはできない。城昌幸の数少ない長篇ミステリということで、ファンなら気になる作品ではあるのだが、それなりの値段(といっても数千円で入手可能)を払ってでも読むに値するかとなると、ちょっときついだろう。


城昌幸『若殿黄金ぐるま』(桃源社)

 城昌幸『若殿黄金ぐるま』読了。先々月あたりに読んだ『若殿行状記』と同じ若殿千代丸シリーズの一冊である。
 ちょっとおさらいしておくと、『若殿行状記』は内容から察するにおそらくシリーズの第一作目である。摂州尼ヶ崎四万石の松平遠江守の若殿、千代丸が、操り人形にも等しい大名暮らしを嫌い、夜な夜な江戸の街中へ抜け出し、そこで数々の冒険に出会うというのが大筋。『若殿行状記』では連作短編の形式をとっており、千代丸を慕う元女スリのおちかや岡っ引きの親分重蔵とその子分の金太など、レギュラー陣が固まりつつも、最終話では暴れすぎがたたって、いったん国許へ帰るというところでお終いであった。
 設定的には同じ作者による若さま侍シリーズと似ているが、探偵小説の風味がだいぶ薄く、より一般的な時代劇に近い。というのが『若殿行状記』読了時のイメージである。

 さて、本作『若殿黄金ぐるま』では、いつのまにか千代丸が江戸へ戻ってきている。夜道をぶらぶら歩いている千代丸に、若い町娘が突然ふくさ包みを押しつけたのが事の始まり。そのふくさ包みを狙って、次々と不審な事件が発生する。一方、塗物師として名高い輪島孫太郎の仕事場で殺人事件が起こり、重蔵と金太が捜査に乗り出す……。
 『若殿行状記』ではまだまだ庶民の生活に戸惑っていた千代丸だが、本作ではすっかり手慣れたもので、かなり若さま侍的というか高等遊民的な生活を送っている。事件の方も、塗物師が秘密にしている金鉱の在処をめぐるという伝奇小説ノリで、犯人探しなどいくつかの謎解きも含んでいることから、ますます若さま侍とそっくりだ。『若殿行状記』の印象では、それなりに両者の差があったのに、本作を読む限りでは主人公のキャラクター以外、大きな差は感じられない。
 強いて違いを言えば、若さま侍は主人公が登場人物中で最も個性的な存在であるのに対し、若殿千代丸はまっすぐな性格ゆえかやや個性が弱く、かえって脇を固めるレギュラー陣の方がアクが強いことだろうか。したがって若殿シリーズではチームプレーによる捜査という楽しみもあるかもしれない。まだ、そんなに読んでないので、かなり強引な推測だが。
 どういう事情で似たような二つのシリーズを書いたのかはわからないが、要素がかなりダブるのは正直いただけない。ただ本作のエンターテインメントとしての水準は高く、若さま侍に負けないだけのものはクリアしているので、十分楽しめることは請け合いである。傑作のひとつといってよいだろう。

 なお、本作では千代丸の仲間として、豪傑と亥之吉という二人の人物も登場する。『若殿行状記』のラストで千代丸が国へ帰る設定になっているが、文脈から判断すると、この二人はどうやらその道中で知り合ったようなのである。その辺の事情もおそらくはどこかの作品でまとめられていると思われる。そのうち読めればまた紹介してみたい。


城昌幸『若殿行状記』(桃源社)

 城昌幸の時代物の連作短編集『若殿行状記』を読む。
 主人公は摂州尼ヶ崎で四万石を召し取る松平遠江守の若殿、千代丸。堅苦しい大名の生活に嫌気が差し、夜な夜な屋敷を抜け出しては、お江戸の庶民の生活にたわむれるうち事件に遭遇し、持ち前の剣技と正義感の強さで困っている人を救うというお話し。本書には「五十両娘」「南蛮薬の謎」「悲願折鶴香炉」「風雲江戸屋敷」という四つの短編が収められている。

 一読して思い出されるのが、やはり同じ著者の手になる若さま侍捕物帖である。貴い身分を持つ主人公がお忍びで町に下り、数々の事件を解決するという設定はまったく同じ。このような設定は「遠山の金さん」をはじめとして時代物の定番でもあるから、別に城昌幸に限ったことではないのだが、それによって起こるエピソードやくすぐりがどうしても同じようなパターンになり、雰囲気も似てきてしまう。

 逆に大きく違うのは、若さま侍がかなり探偵小説的であるのに対し、千代丸はあくまで時代小説である点だ。
 若さま侍の場合、事件には必ず謎があり、一応推理によってその謎を解決するという形を採っている。しかしながら本書の場合、事件は起こるにせよ、謎らしい謎はほとんどなく、千代丸は最後に腕っ節で片をつける。しかも若さまがめったに人を斬らないのに、千代丸はもう滅多切りで悪人の死体の山を築いていく(笑)。この辺りも時代小説における正統的な読者サービスなのであろう。

 したがってぱっと見はそこそこ似ている両シリーズとはいえ、目指すところはまったく異なるといえるだろう。
 ただ、興味深いのは本書に収められている「悲願折鶴香炉」だ。この作品は本書中でも一番の出来だと思うのだが、他の三作に比べると探偵小説味が強いのである。暗号は出てくるし、事件の解決においても謎解きが行われている。物語的にも複雑で、3つの集団がある貴重品を巡って火花を散らすという、なかなか冒険小説的なノリもある。さらには主人公の千代丸も、本作においては言動が若さま侍と似ているところも多い(さすがに酒は飲まないが)。面白いことは面白いが、こうなると若殿千代丸シリーズの意義も大きく薄れてしまう。
 詳しいところは調べてみないとわからないが、国会図書館のデータで発行年を単純に見てみると、本書の元版が1958年なのに対し、若さま侍の登場は1949年と思われるため、おそらくは若殿千代丸のデビューが後だろう(ただし初出が不明なので断言はできないが)。したがって「悲願折鶴香炉」は作者の筆がつい滑ったか、もしくは、そんなことは端から気にしていなかったかのどちらかとなる。おそらく後者か(笑)。

 ちなみに城昌幸には、他にも「若殿」と冠のつく作品がいくつかある。本書と同一シリーズかどうかは読んでみないとわからないが、手元には何冊かあるので、またそのうちチャレンジしてみよう。ただ、若さま侍のように探偵小説っぽいものならいいのだが、丸まる時代小説だとちょっと嫌かも(笑)。


城昌幸『若さま侍活人剣』(桃源社)

 本日も若さま侍シリーズから『若さま侍活人剣』。
 先日読んだ『若さま侍活殺剣』とは桃源社の同じ叢書に収められている作品だ。そこで先日のような勘違いをしないよう、袖の紹介文と目次にはしっかりと目を通すことにする。すると案の定ワナが(笑)。

 本書のタイトルは『若さま侍活人剣』だが、中身は長編「べらんめえ活人剣」と短編「呪えば穴二つ」の二作を収録したものであることが判明する。なぜ、長編の「べらんめえ活人剣」が入っているのに、わざわざタイトルを『若さま侍活人剣』に変える必要があったのか? まったく意味がわからん。まあ、長編が複数収録されていたりするなら理解もできるが、これでは読者をだまし討ちにしているようなものではないか。本書の刊行は1973年だが、こういうことは当たり前の時代だったのだろうか。そもそも同じ叢書の中に、『若さま侍活人剣』と『若さま侍活殺剣』という非常に紛らわしい書名が混在することも問題である。どう考えても過去の作品を新作と間違えて買わせようという魂胆としか思えないものなあ。

 まあいい。とりあえず今回は事前にこれだけの考察ができたのだ。安心して読めると思ったところが……。ページを捲っているうちに、以前に読んだ気が沸々としてくるわけである。いや、まさか、う、これは、ああ、この展開は……!
 結論。『若さま侍活人剣』に収録の「べらんめえ活人剣」は『双色渦巻』の改題だったのである。そういえば以前、光文社文庫版の『若さま侍捕物手帖』の解説あたりで、このシリーズは改題が多いとかいう話を読んでいたことを思い出す。しかし本当に油断のならないシリーズだよなぁ。というわけで感想はそちらを参考のこと。

城昌幸『若さま侍活殺剣』(桃源社)

 『スパイダーマン2』をレンタル。相変わらず馬鹿ばっかりやってツッコミどころは満載。さすがサム・ライミ監督だけあって演出などは悪くないのだが、核融合装置の処理の仕方など噴飯もの。面白ければそれでいいって作り方は理解できるが……。

 読了本は城昌幸の『若さま侍活殺剣』。
 いきなりあまり本筋とは関係ない話になるのだが、本書はカバーの袖に宣伝文句というか粗筋が書かれている。まあ、これはよくある作り。で、そこに目を通してから、おもむろに本編にとりかかったわけだが、いきなり数十頁で事件が無事解決して思わずのけぞってしまう。そう、何と本書は短編集だったのだ。
 ううむ、短編集なのに、一作分の粗筋にしか触れてない袖ってありか? 普通は〆の言葉として「おなじみ若さま侍の活躍をまとめた傑作短編集!」とか何とか入れそうなものだが。どこからどう読んでも、明らかに長編としか思えない文面なのである。さらに目次には、標題の「若さま侍活殺剣」などという作品名は入っていない。つまり「若さま侍活殺剣」というのはこの短編集のタイトルでしかないわけで、これも誤解の原因である。「若さま侍の事件簿」なんてタイトルなら短編集とわかりやすいのだが。何だか昔、春陽文庫版でも似たようなことがあったな。
 収録作は以下のとおり。

「変化恋」
「袈裟御前」
「ろくろッ首問答」
「情狂い」
「禅問答」
「心中歌さばき」
「幽霊ごろし」
「影の恋人」
「二人こうすけ」

 全体的にはやや低調か。ろくろ首をネタにした「ろくろッ首問答」、幽霊を扱った「幽霊ごろし」が時代を感じさせて楽しいが、ネタ自体は浅いので推理小説的にはイマイチ。

城昌幸『怪奇製造人』(国書刊行会)

 何とか読書ペースが元に戻りつつある。本日は城昌幸の『怪奇製造人』を読了。国書刊行会版の短編集で、収録作はもうほとんど過去に読んだものばかりだが、何度読んでも素晴らしい。ある種の軽みというか透明感というか。テーマと文体が渾然一体となり、一瞬だけ儚く瞬くのである。その瞬きを見逃してはならないのだ。
 「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く」とは江戸川乱歩の言葉だが、まさに至言である。以下収録作。

「脱走人に絡る話」
「怪奇製造人」
「その暴風雨」
「シャンプオオル氏事件の顛末」
「都会の神秘」
「神ぞ知食す」
「殺人淫楽」
「夜の街」
「ヂャマイカ氏の実験」
「吸血鬼」
「光彩ある絶望」
「死人の手紙」
「人花」
「不思議」
「復活の霊液」
「面白い話」
「猟奇商人」
「幻想唐艸」
「まぼろし」
「スタイリスト」
「道化役」
「その夜」
「その家」
「絶壁」
「猟銃」
「波の音」
「ママゴト」
「古い長持」
「異教の夜」(散文詩)
「大いなる者の戯れ」(散文詩)


城昌幸『金紅樹の秘密』(講談社ロマン・ブックス)

 激動の一週間、というほどのものではないが、ここまで仕事が慌ただしいのも久しぶりである。忙しいというよりも、バタバタしているという感じ。夜は夜で仕事絡みの忘年会。横浜は中華街まで出かけ、その後はカラオケ。

 読了本は城昌幸の『金紅樹の秘密』。講談社ロマンブックス版(元本は講談社の書下し長編探偵小説全集)からの一冊。
 いきなり横道にそれるが、講談社ロマンブックスやポケット文春に代表される昔の新書というのは、とにかく薄いのがいい。今のノベルズと呼ばれる新書はあの厚さが好きになれず、携帯性に著しく欠けるのが難点である。小説に限っていえば、薄い新書というと今では早川のポケミスしかないのだが、こちらも活字が大きくなるにつれて以前よりだいぶ厚くなってきている気がする。あのスタイリッシュな雰囲気を壊さないよう、ポケミスだけは薄くあってもらいたいものだが。

 それはともかく。
 『金紅樹の秘密』である。
 主人公のミステリ作家、矢田部正一のもとに匿名の女性から手紙が届けられた。それは何と夫の殺害を予告するという内容であった。矢田部は数少ない手がかりから女性の正体を突き止め、事件を未然に防ごうとする。だが時すでに遅く、夫は死亡しており、さらに第二の殺害が発生する。

 数枚の手紙からの女性の正体を突き止めたり、衆人環視のなかでの殺人が起きたりと、表面的にはミステリマインドに溢れた作品。だがネタ自体は大したことがなく、しかも後半は伝奇小説的な展開を見せる。したがって純粋な本格探偵小説を期待すると大きく裏切られるはめになるのだが、それに憤慨するのは間違い。
 要はこの作品、若さま侍シリーズと同じ文脈で書かれているのであり、あくまで娯楽に徹した大衆小説なのだ。適度な謎、適度な冒険、適度なロマンスなどがほどよく盛り込まれ、そういう観点で読めば楽しい作品といえるだろう。もちろん同じ理由から、ミステリマニア、城昌幸ファンでもない限り、無理に探して読む本でもないわけだが。


城昌幸『月光の門 若さま侍捕物手帖』(講談社ロマンブックス)

 DVDレンタル。ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』をモチーフにした『めぐりあう時間たち』を観る。
 まさに『ダロウェイ夫人』を執筆中のヴァージニア・ウルフ、1951年のロサンゼルスで『ダロウェイ夫人』を愛読する主婦、現代のニューヨークでダロウェイ夫人さながらの生き方をする女性編集者という、別々の場所、別々の時代に生きる三人の女性の一日を交錯させて描いた作品。各時代の状況を把握するのに手こずるが、いったん作品世界に没入できれば、あとはただ流れに身を任せるばかり。女性の人生や死という重いテーマ、構成の巧みさ、見事な演技、美しい映像。どれをとっても高水準であり、実にまっとうな映画である。

 読了本は城昌幸の『月光の門 若さま侍捕物手帖』。
 巷で暗躍する修験道の行者たち。彼らのゆくところ美女の消失事件が発生し、江戸の町は不安に包まれていた。その事件をネタに一儲けを企む輩も現れ、そして将軍家の綾姫までが誘拐されるにおよんで、ついに事件を解決すべく、若さまに白羽の矢がたった。行者、三人の美女、綾姫、素浪人、やくざ……さまざまな人間模様が複雑に入り乱れ、その背後には謎の秘密組織の姿が浮かびあがる。

 若さま侍の長編を読むときにいつも気になるのは、スーパーナチュラルの要素が入っているかどうかである。そもそも短編は推理小説寄りの作品が多いのに、なぜ長編では伝奇小説が多くなるのか、これも不思議な話ではある。それでも事前に知っていれば特に問題もないのだが、途中で気づいたときのショックは計り知れない。それはそうでしょう。こちらは合理的な謎解きを期待しているのに、それが超能力で解決された日には。

 で、『月光の門』だが、本作は裏表紙のあらすじ紹介に伝奇小説らしきことを匂わせているため、とりあえずは安心して読むことができた。
 そして肝心の出来はといえば、十分満足できるレベルである。
 まずは構成が巧み。前半は誘拐された三人の美女を中心に物語が流れていく。彼女たちがそれぞれ個性的なうえに、それを取り巻く状況もばらばら。一度に三つのストーリーが平行して流れるという趣向なのだ。中盤からは若さまが事件に乗り込むが、同時にそれまでの物語がひとつの流れに集束してゆき、事件の背景も明らかになってゆく。
 登場人物も魅力的である。彼らのいきいきとした会話や行動が物語をより豊かにしているのは言うまでもないが、美女たちもさることながら、行者や素浪人などの小悪党たちがなんともいえずいい味を出している。根っからの悪人というのがほとんどおらず、口当たりもすこぶるよい。

 ただ、気になる点もないではない。例えば肝心の秘密組織の正体はやや説明不足で、伝奇小説としてもかなり強引すぎるといえるだろう。
 また、話がでかくなるほど若さまの存在が弱くなってしまうのもさびしい限り。やはり最後は若さまの活躍で締めてもらいたいものだが。まあ、それでもエンターテインメントとしてここまでまとめてくれれば、基本的には言うことなし。
 時代小説のファン、伝奇小説のファンどちらにもおすすめできる佳作といえるだろう。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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