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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ジェフリー・ディーヴァー『ポーカー・レッスン』(文春文庫)

 ジェフリー・ディーヴァーの『ポーカー・レッスン』を読む。『クリスマス・プレゼント』で短編でもその才能豊かなところを見せつけたディーヴァーの第二短編集である。まずは収録作。

Chapter and Verse「章と節」
The Commuter「通勤列車」
The Westphalian Ring「ウェストファーレンの指輪」
Surveillance「監視」
Born Bad「生まれついての悪人」
Interrogation「動機」
Afraid「恐怖」
Double Jeopardy「一事不再理」
Tunnel Girl「トンネル・ガール」
Locard's Principle「ロカールの原理」
A Dish Served Cold「冷めてこそ美味」
Copycat「コピーキャット」
The Voyeur「のぞき」
The Poker Lesson「ポーカー・レッスン」
Ninety-Eight Point Six「36・6度」
A Nice Place to Visit「遊びに行くには最高の街」

 ポーカー・レッスン

 『クリスマス・プレゼント』もそうだったが、とにかくどんでん返しに注力した短編ばかり。しかもアベレージが高く、どれをとっても満足できるレベルである。
 その中でも気に入ったものをいくつか挙げておくと、まずは冒頭の「章と節」。オチのキレという点ではまずまずなのだが、殺し屋探しという設定が痺れる。
 「通勤列車」は皮肉たっぷりに展開されるサスペンス。ちょっと変わった設定だけに、とにかく読んでくれとしか言いようがない一編。
 百年前のロンドンを舞台にした「ウェストファーレンの指輪」はケレン味あふれるクライムストーリー。本編だけでも十分に楽しめるが、プラスαの部分がやはり注目である。
 「生まれついての悪人」は狙いに狙ったサスペンス・ストーリー。サスペンスの高まりとそれを大逆転させるテクニックがお見事。
 金のためなら手段を選ばないやり手の弁護士。彼がどう見ても勝ち目のないチンピラの弁護を引き受けて……という発端の「一事不再理」は、法廷ミステリとしても悪くないのだが、やはりラストの世界観を一変させるどんでん返しが見もの。
 「ロカールの原理」はライムもの。短いながらもライム・シリーズの良さをきちんと盛り込んでいるのが素晴らしい。
 あなたは市内のある男に狙われている。警察からそんな知らせを受けた主人公の奇妙なサスペンスが「冷めてこそ美味」。狙われているのは確かだが、犯人と思われる男の行動には一切そんな気配はなく……。予想はできるが盛り上げ方が巧い。
 表題作の「ポーカー・レッスン」は街一番のポーカー名人と彼に対峙する若きプレーヤーとの、虚々実々の駆け引き=欺し合いを描く。描きつつも、実は最後に……。これに限ってはオチが読みやすく、プロットもいまいち。ただ、ポーカー部分に関しては十分に引き込まれた。

 とりあえず思いつく分から挙げてみたが、もちろん他の作品も決して悪いわけではなく、上でも書いたが冗談抜きにアベレージの高さはすごい。これでもう少し深みがあれば言うことはないのだが、うむ、さすがにそれは贅沢すぎる要求だろうか。
 何はともあれ冬の夜長を過ごすには最適の一冊である。おすすめ。


ジェフリー・ディーヴァー『追撃の森』(文春文庫)

 本日の読了本はジェフリー・ディーヴァーの『追撃の森』。
 すでにライムものの『バーニング・ワイヤー』も出ているというのに、こっちの読書ペースが遅いのか、それとも刊行ペースが速いのか、今頃『追撃の森』の感想である。っていうか『007 白紙委任状』もまだ積んでいるというのに(苦笑)。

 それはともかく、こんな話。
 警察に緊急通報が入った。場所は別荘地として知られるウィスコン州のモンダック湖畔。すでに帰宅していた女性保安官補ブリンだったが、上司からの連絡でしぶしぶ現地へ向かう。
 だが、そこで待っていたのは殺し屋の銃弾だった。九死に一生を得たブリンは追っ手をまくべく森へ逃れ、そこで同じく殺し屋の手から逃れた女性と出会う。しかし、二人には何の移動手段や連絡手段もなく、援軍も望めない状況であった。果たして二人の女は、殺し屋から逃れることができるのか。

 追撃の森

 二人の女と二人の殺し屋が繰り広げる死闘を描くサスペンスドラマ。ディーヴァーが手掛けるのだから、単なる冒険アクションにはとどまらず、限定された空間でのさまざまな駆け引きが見どころとなる。この辺はリンカーン・ライムと敵方との対決などでもお馴染みの手法であり、さすがに安定感たっぷり。
 もちろん設定全体をひっくり返すような、お得意のどんでん返しも十分。

 ただ、この手のサスペンスものだったら、もう少し短い方がよいだろう。全体の仕掛けを後半で活かすため、よけいじっくりと対決を描いているのだろうが、どうしてもその分、中盤までの長さが気にはなる。正直だれるのである。
 あと、どうせどんでん返しもあると思って読んでしまうので、ひとつひとつの展開が少々虚しくなってしまうというのもある。まあ、これはこっちが悪いのだが(苦笑)、技巧に走りすぎるディーヴァー自身の課題といえないこともない。

 とはいえ、本作も普通以上には面白いのである。シリーズものではなかなかできないネタを試みるなど、ディーヴァーにとって本作を書く意味は確かにある。
 ま、どうしてもハードルを上げた評価になるのは仕方ないし、多少の当たり外れもあるだろうけれど、ディーヴァーにはむしろこういう単発ものをこそどんどん書いてもらいたい。ライムものもいいのだが、個人的には『静寂の叫び』や『監禁』を読んだときの興奮を味わいたいんだよね。


ジェフリー・ディーヴァー『ロードサイド・クロス』(文藝春秋)

 年の瀬ということで忘年会シーズン真っ只中。公私あわせるとだいたい週に二回ペースというところで、いやあ、楽じゃありません。アルコール自体は望むところなのだが、若い頃と違ってけっこう次の日に残るのが辛い。二日連チャンだけは避けるようにしているが、こればかりは先方の都合もあるしなぁ。あと、これも若い頃と比べて夜がすっかり弱くなってしまったのも歯がゆい。というわけで、読書が進まない言い訳でした。


 およそ一週間ぶりの読了本は、ジェフリー・ディーヴァー『ロードサイド・クロス』。ライムものではなく、キネクシスの専門家キャサリン・ダンスを主人公とするシリーズの第二作である。こんな話。

 カリフォルニアで絶大な人気を誇る有名ブログ「ザ・チルトン・レポート」。交通事故を起こした高校生トラヴィスは、このブログのコメント欄で吊し上げられ、個人情報まで暴露。やがて実生活にまで嫌がらせは広がってゆく。
 そんな頃、死を予告する十字架が道路沿いに発見され、予告殺人事件に発展。命を狙われたのはトラヴィスをネット上で糾弾した女子学生だった。ほどなくしてトラヴィスは姿を消し、さらに第二、第三の十字架が……。

 ロードサイド・クロス

 ううむ、普通には面白い。完成度からいうと前作をも凌ぐだろう。それでもディーヴァーの実力からすれば、今作はやや物足りない。
 ブログやオンラインゲームなど今時のネタをテーマとしているのもディーヴァーらしいし、本筋の事件に加えて、ダンスの母親が別件の殺人容疑で逮捕されるというサブ・ストーリー、さらには恋愛や親子の絆といったダンスの私生活のエピソードを絡め、トドメにはいつものどんでん返し。いつものとおり十分すぎる盛り込み方である。それがなぜ物足りなく感じるのかといえば、盛りだくさんにしすぎた歪みがあちらこちらに出ているのかな、と。

 特に気になる点が二つあって、ひとつは肝心のキネクシス(相手の言動を観察分析する科学)を利用した見せ場が少ないこと。リンカーン・ライム・シリーズから派生し、わざわざダンスを主人公とする物語を始めたからには、やはりこちらでやりたかったことがあったはず。
 そのひとつが、何といってもキネクシスを用いた心理的な捜査法ではないのか。ライムが物証に則った徹底的な科学捜査をとるのに対し、ダンスは容疑者の心理を読み、攻め込んでゆく。この対比はライム・シリーズでも描かれているとおり。それなのにダンスをダンスたらしめる最大の武器を出し惜しみするというのはいかがなものか。インターネット上でのアバターを使ったキネクシスなど面白い趣向もあるのに、けっこうサラッと流しているのが実に残念だ。

 気になる点がもうひとつ。こちらの方が問題としてはより引っかかる。それはサブ・ストーリー的に扱われるダンスの母親の事件である。前作のエピソードからつながる事件で、しかも母親が殺人の容疑者となるのである。これ以上ないってぐらい重いネタなのだが、実はこれが全編通して非常に淡泊な扱い。ダンスは肉親だから母親の捜査に参加できないのは当然としても、この決着はない。
 メインの事件との関わりもそれほど濃いものではないし、むしろ母親の件はカットして、そのネタだけで独立した作品に仕立て上げた方がよかったのではないだろうか。

 あざといまでのケレンがディーヴァー作品の魅力。そのバランスが本作では乱れてしまっている。盛り込むだけ盛り込んだため、ところどころで中途半端になってしまった。そんな印象である。


ジェフリー・ディーヴァー『ソウル・コレクター』(文藝春秋)

 先週は飲みの機会が多くて読書が進まず。そういうときに限って、重めの本を通勤のお供にしてしまうという罠。それでも週末を使って何とか読み切る。ものはディーヴァーの最新作『ソウル・コレクター』。こんな話。

 捜査中の事故によって四肢の自由を奪われた科学捜査の天才、リンカーン・ライム。その彼のいとこ、アーサーが殺人の罪で逮捕された。絶対的な証拠の数々に、有罪は確定的かと思われたが、ライムはその揃いすぎる証拠に疑念を抱く。アメリア刑事らと共に独自の捜査を開始したライムたちは、何者かが証拠を捏造し、他人を殺人罪に陥れていたことを突き止めるが……。

 ソウル・コレクター

 超人的鑑識捜査とスピード感に満ちた展開、意表を突くどんでん返し。このあたりがライム・シリーズの魅力と言えるだろうが、もうひとつライムに敵対する絶対的悪役の存在も忘れてはならない。
 『ボーン・コレクター』や『魔術師』『ウォッチメイカー』などは、その悪役の魅力という点でも成功した例だが、本書もまたその流れを継ぐかのように、非常に強力な犯人を設定している。その武器は、膨大な電子データを自在に操るという能力。およそ彼の前に秘密を持つことは不可能で、このITの時代にあっては、まさに神のごとき力である。
 と聞けばなかなか面白そうな感じはするのだが、犯人の動機付けや言動を読んでいても、それほどの驚きはない。確かにITの知識などは相当なものなんだろうけど、そこには恐ろしいまでの情念とか狂気というものがない。ぶっちゃけこれまでの名犯人に比べると小物感が強いのである。殺伐としてりゃいいというものでもないが、その手口や言動もやや甘く、これではスリルもいまひとつだ。
 ちなみに本作では、恒例のどんでん返しもやや弱目。まあ、どんでん返しのやりすぎはかえって白けるだけなので、これに関しては個人的にノープロブレム。

 もうひとつ本作で気になるのは、アーサーの存在か。ライムとアーサーは単なるいとこ同士というだけでなく、過去に様々なトラブルがあり、つきあいを断っていたという因縁がある。この辺りをサイド・ストーリーとして本作に膨らみを持たせようとしているのはわかるのだが、いや~シリーズ八作目でいきなりそんなエピソードを出されてもという感じ。おまけにアメリアはアメリアでサイド・ストーリーを持たされ、それぞれが問題を抱えながらメイン・ストーリーと絡む。
 もちろん、それらが巧く融合されていればOKである。しかし残念ながら本作においてはとってつけたような印象しか受けない。あくまでディーヴァー水準で文句をつけているので、そこらの翻訳物よりは全然ハイレベルだだが、シリーズ読者にはどうか? まあ若き日のライムについての描写があるのは楽しいのだけれど。

 『ソウル・コレクター』という邦題は、わざわざディーヴァー自身が提案してくれたものらしい。読者としては、当然シリーズ第一作の『ボーン・コレクター』を連想するわけで、その期待に応えた作品かどうかは微妙なところであろう。


ジェフリー・ディーヴァー『スリーピング・ドール』(文藝春秋)

 ジェフリー・ディーヴァーの『スリーピング・ドール』を読む。リンカーン・ライム・シリーズの『ウォッチメイカー』に登場したCBI捜査官キャサリン・ダンスを主人公にした、いわゆるスピンオフ作品である。

 すべてをコントロールすることに執着を見せる殺人カルト教祖、ダニエル・ペル。彼はある富豪一家を惨殺したことで逮捕されたものの、刑務所からの脱獄を図る。捜査の指揮を任されたカリフォルニア州捜査官の《人間嘘発見器》キャサリン・ダンスは、持ち前のキネクシス分析を用い、一歩一歩ペルを追いつめてゆくが、ペルもまたその頭脳で捜査の手をすり抜けてゆく。果たしてペルの狙いは何なのか。惨殺された一家の唯一の生き残りの少女《スリーピング・ドール》がカギを握ると考えたダンスは、彼女から話を聞きだそうとするが……。

 スリーピング・ドール

 前作『ウォッチメイカー』の出来が素晴らしかったので、次はどうなることやらと要らぬ心配をしていたのだが、まったくの杞憂だったようだ。なんと『ウォッチメイカー』で重要な役割を果たしたキャサリン・ダンスを主役に持ってくることで、見事に自らの可能性を広げ、高水準をキープしてみせた。インパクトだけでいえば『ウォッチメイカー』に譲るものの、そのスピード感やどんでん返しの妙は健在だし、何よりキネクシス分析という要素が、物語の要所要所に彩りを添え、重要なアクセントになっている。
 言葉のかすかな抑揚であったり所作の変化であったり、人の言動からその心理を読み解くテクニックがキネクシス分析だ。ダンスはまさにその技術の天才であり、証人や容疑者から数々の真実を引き出していくシーンは、まさに見せ場の中の見せ場である。

 本作のもうひとつの読みどころは、主人公を巡るドラマが再びしっかりと描かれるようになったところ。実は最近のライム・シリーズではそこが物足りないのである。もちろんそこらへんのミステリよりは全然ハイレベルなのだが、四肢の麻痺という大問題を抱えるライムには、やはり事件とライム自身の密接な関わりがほしい。『ボーン・コレクター』がよかったのは、鑑識捜査の凄さやスピード感もさることながら、そういったドラマ性が高かったことも忘れてはならない。
 本作では主人公が代わったおかげで、シリーズもののように登場人物をさらっと流すこともない。家族とのやりとりや恋愛、仕事や同僚との関係が丹念に描かれ、しかもそれが単なる味付けでなく、事件の展開にも融合されている。おまけにカルト教祖の「ファミリー」とダンスの家族を対比することでテーマも明確に打ち出すという、いやはやお見事な手際である。

 『ウォッチメイカー』の後だけに、どうしても迫力という点では損をしてしまうが、読んで損をすることはまったくない。むしろディーヴァーを初めて読む人にもおすすめできる傑作である。


ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』(文藝春秋)

 忙しいところに加えて、本格的忘年会シーズンに突入。後半はもうへろへろ。読書ペースもひどく落ちているが、ようやくジェフリー・ディーヴァーの『ウォッチメイカー』を読了。

 ウォッチメイカー

 惨たらしい手口で次々と犯行を重ねてゆく殺人鬼「ウォッチメイカー」。手がかりは現場に残されたアンティーク時計。やがてその時計が十個買われていたことが判明し、それは犯行がまだまだ続くことを意味していた。リンカーン・ライムは尋問の天才、キャサリン・ダンスらと協力し、次の犯行を阻止しようと奮闘する。一方、刑事アメリアは「ウォッチメイカー」事件だけでなく、自殺を擬装して殺された会計士の事件も同時に進めていた。だが捜査を続けるうち、警察の汚職事件がクロスオーバーする……。

 基本的にはハズレなしのリンカーン・ライム・シリーズ。どの作品も高い水準をクリアしているし、キャラクターは魅力的。広く受け入れられる魅力を持っていることは誰もが認めるところだろう。
 だが、確かに楽しく読めるものの、個人的には不満もないではない。いつまでも重度の身体障害者という主人公を使う意味には疑問があるし、当初は斬新だった鑑識捜査をベースにした謎解きも、ここまで続くと大した驚きもない。また、あまりにその鑑識捜査がスーパーすぎることから、主人公たちがどんなに危機的状況に陥っても絶対ひっくり返すだろうという安心感は、サスペンス的に大きなマイナスである。そして敵役の設定によって、作品の魅力も大きく左右されるところも気になる。過去では『石の猿』や『12番目のカード』が犯人の弱さでやや失速気味だった例といえるだろう。

 さて、本作だが、まずは文句なしの傑作といっていいだろう。上に挙げたような不満もないではないが、それを吹き飛ばすだけの創意工夫に満ちた作品なのである。
 ポイントはやはり敵役の設定。そして緻密なプロット。ネタバレになるので詳しくは書かないが、中盤以降のどんでん返しに次ぐどんでん返しは、こちらの予想を完全に裏切るもので、これまでのサイコスリラーとは一線を画すといってよい。ただ、いたずらに読者を驚かせるのではなく、非常に立体的な仕掛けが施されているといえばいいか。ライムとアメリア、ふたつの事件が交錯するのは予想どおりとしても、こういう展開は読めなかった。
 また、新キャラクターのキャサリン・ダンスが実にいい。これまでの科学的捜査と対比する形での尋問テクニックは非常に魅力的で、さすがのライムも若干影が薄く見えるほどだ(というか本作のライムはとりわけ印象が薄く、これも特殊な主人公でシリーズを続けることの難しさといえる)。作者自身もこのダンスというキャラクターは気に入ったようで、案の定、彼女を主人公とした単独作品も今年本国で刊行されているらしい。

 シリーズが続くことに対しては相変わらず危惧するものの、ひとまず本作には脱帽である。おすすめ。


ジェフリー・ディーヴァー『12番目のカード』(文藝春秋)

 ジェフリー・ディーヴァーの『12番目のカード』読了。リンカーン・ライムもの。

 博物館の図書室で、先祖について調べる十六歳の少女ジェニーヴァ。その彼女を影から狙う男がいた。しかしジェニーヴァは機転を利かせ、男の手から逃れることに成功する。現場にはレイプのための道具が残されていたことから、最初は単純なレイプ未遂事件かと思われた。しかし実は、140年も前に遡る陰謀に関係があることが判明する。

 本作のキモは現在進行形の事件と140年前の事件、ふたつの事件に焦点が当てられているところだろう。この謎の究明にいつものジェットコースター的展開、および徹底的な科学捜査による味つけが為され、相変わらず読ませる力は天下一品。
 しかしながら、いつものライム・シリーズに比べて、平均的におとなしい印象は拭えない。特に気になるのが犯人像の弱さ。前作『魔術師』に登場した敵役ほどの強力な攻め手がないため、ライムたちの防御も比較的スムーズで、ライムどころか普通の刑事にすらいいところを持っていかれる始末。当然それは展開の弱さをも招く。
 また、終盤のどんでん返しも数が多いだけで、個々のインパクトは弱い。単に読者を驚かせたいだけでは?と勘ぐるぐらい無理矢理な印象だ。本筋とは関係ないジェニーヴァのサイドストーリーでけっこう鮮やかな仕掛けを凝らしているので、余計にもったいなく感じる。

 結論。人には十分オススメできる水準とはいえ、ライムものではかなり低調な部類だろう。それともこちらがディーヴァーに望むレベルが高すぎるのか? シリーズが抱えるマンネリ化という宿命、そしてライムという特殊な主人公を使う必然性を考えると、やはりそろそろシリーズを止める頃ではないのだろうか。いろいろと考えさせられる一作である。


ジェフリー・ディーヴァー『死の開幕』(講談社文庫)

 ジェフリー・ディーヴァーの『死の開幕』を読む。
 映画の制作会社に勤めているルーンは、会社へ向かう途中でたまたまポルノ映画館の爆破事件に遭遇する。会社では雑用ばかりでなかなか制作に携わることができないルーンは、捜査の様子をたまたま近場で見物したことから、その映画館で上映されていた映画の主演女優のドキュメンタリーを撮ることを思いつく。だが、彼女がようやく主演女優から撮影許可をもらったのも束の間、その女優も続く爆破事件で命を落としてしまう……。

 『眠れぬイヴのために』以前の作品なので、基本的にはまったく期待していなかったのだが、予想よりは楽しめた。終盤のどんでん返し、爆発物処理班の活動やポルノ業界といった情報の面白さ、後のライム・シリーズを彷彿とさせる師弟関係というか恋人関係というか。そんなディーヴァーらしさの片鱗があちらこちらに伺え、ルーン・シリーズ一作目の『汚れた街のシンデレラ』よりは数段出来がよい。
 ただ楽しめたのは、あくまで元々の期待値が低かったせであるので念のため。現在のディーヴァーに見られるスピード感やサスペンスの盛り上げはいまひとつだし、展開も間延びしている。先ほど終盤のどんでん返しを褒めたが、これもたたみ掛けるような勢いがあれば、さらに盛り上がるだろうに。
 何より気になるのはヒロインの魅力が乏しいこと。個人的な好みもあるけれど、突っ張っているけれどもどこか可愛いヒロイン、というのがこの手のサスペンス物では定番のはず。しかし本作のルーンは、ただただ人に迷惑をかけ続ける困ったちゃんでしかない。彼女が暴走することで物語も流れるため、御都合主義もちらちら目立つ。
 結果、トータルでは人様にお勧めするところまではいかない。「ディーヴァー作品はすべて読む」と決めているファンなら、といったところか。


ジェフリー・ディーヴァー『獣たちの庭園』(文春文庫)

 ジェフリー・ディーヴァーの『獣たちの庭園』を読む。ナチス政権下のドイツを舞台にした歴史ものノン・シリーズ作品である。
 主人公はアメリカで殺し屋を営む男、ポール・シューマン。罠にはめられ、ついに御用となった彼に持ちかけられた交換条件は、なんとドイツの政府高官暗殺という任務だった。ときあたかもオリンピックに沸くドイツ。選手団を取材するジャーナリストとしてドイツに潜入したポールだが、現地の工作員と接触する間もなく、危機に陥ってしまう……。

 ううむ、ディーヴァーの歴史もの、しかもナチスものというわけで、それなりに期待したのだがちょっと落ちる。決して面白くないとはいわないが、いつものディーヴァーのレベルではない。
 たとえばストーリー展開が少々もたつき気味。ほんの数日の話なのに、物語をけっこう多角的に展開しているため、肝心のサスペンスが弱い。持ち味のどんでん返しやアクションもそれなりに盛り沢山だが、ご都合主義がかなり見られるのもいただけない。
 また、キャラクター造形も弱い。主人公として、殺し屋ポールと、ドイツの刑事コールの二人を設け、追う側と追われる側を対比したのは悪くない。だがそれならそれで押し通してほしいところなのに、それ以外にも印象的な配役を設けようとしたのか、どうにも焦点が定まらない。ポールにいたっては冷酷な殺し屋というキャラクターのはずなのに、物語後半では正義感が強くて女性に弱いという、いかにもありがちなヒーローに変化する始末。
 まあ、どの点をとっても決定的にまずいわけではないが、人におすすめするほどでもなく、今回は平均点といったところか。ナチス政権下を舞台にした物語なら、フィリップ・カーのグンター三部作の方が断然おすすめである。


ジェフリー・ディーヴァー『クリスマス・プレゼント』(文春文庫)

 ライム・シリーズで大ブレークしたジェフリー・ディーヴァーの、唯一の短編集『クリスマス・プレゼント』を読む。
 往々にして長編で売れた作家は短編がだめで、その逆に短編作家は長編がイマイチだったりするものだが、なかには何を書かせても上手な人がいるもので、さしずめディーヴァーもその一人。

 とにかくお見事である。原題が『Twist』というだけあって、収録16作のどれもが「ひねり=ラストのオチ」を効かせた作品ばかり。すべてが傑作とはいえないにせよアベレージはかなり高い。異色作家短編集のように奇妙な味で読ませるものもいいけれど、こういう素直に仕掛けで驚かされる短編集というのも、実にいいものです。というか、ミステリの短編ということであれば、本来はこちらが王道なのだが。
 ベストは「三角関係」か。前例のあるテクニックなのだが、まさか本作でそれが用いられているとは予測できず、きれいに一本背負いをくらった感じ。

 ちなみに本書の売りとして、ライムもの唯一の短編が書き下ろしで収録されている。なんとこの短さでありながら、長編のジェットコースター的テイストをそのまま持ち込んでおり、それをきれいに成し遂げているのは感嘆に値する。出来がベストとはいえないけれど、作者のサービス精神に脱帽。超おすすめの一冊。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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