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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ドン・ウィンズロウ『砂漠で溺れるわけにはいかない』(創元推理文庫)

 ニール・ケアリー・シリーズの五冊目にして最終巻『砂漠で溺れるわけにはいかない』を読む。とにかく気になっていたのは、前作『ウォータースライドをのぼれ』の解説で書かれていたこと。すなわち実質的には四巻が最終巻で、本作は後日談という説である。

 結婚を間近に控えるものの、カレントの仲がしっくりいかないニール。というのもカレンが無性に子供を欲しがっているからだ。そんなニールのもとへ新たな仕事が舞い込む。ラスベガスから帰ってこない老人を連れかえるという簡単な任務のはずだったが、実はこの老人、かつては一世を風靡した元コメディアン。すんなり応じることもなくニールが手玉にとられる始末。挙げ句の果てには、砂漠でニールを置き去りにしたまま車で逃げてしまう……。

 作者がこのシリーズを終わらせるのは、ニールが十分に成長したがため、もはやそれほど強く語りたいことがなくなったためではないか。前作の感想でそんなことを書いたのだが、本書は正にそれを裏付けるような感じである。前作でも十分にその印象はあったものの、本書はさらにエスカレート。今までのシリーズ作品からニールが悩む要素、成長する要素を抜いたものが、本書だと思ってもらえればいい。その分ページ数もこれまででもっとも少ない。
 一方でコメディ度はむちゃくちゃ高く、その点でのサービスはかなりのものだ。例えば語り手をところどころ代えて変化をつけたり、ファクスや録音で構成したり、挙げ句の果てには老人の漫談を延々と数ページにわたって書いてみたり。
 とにかく「最終作」というキーワードがなかったら、かなりとまどったことは確か。それほどまでに今までの作品とはテイストが異なる。面白いことは面白いが、とにかく軽い読み物に徹してしまっているのである。
 従来のファンはどう感じているのだろう。子供を作ろうというカレンと、作りたくないニールの間での葛藤。これまでのパターンであれば、そこに重点を置いて仕上げるはずであり、ファンもそこが気になるはず。実際、ラストも一応そんな雰囲気で締めているのだ。悲しいかなあまり深刻なものはないのだけれど。
 後日談とはいえ、どうして作者はシリーズ最終作に、こんな作品をもってきたのだろう?

 と疑問に思っていたら、解説にそのヒントらしきものが書いてあった。それによるとシリーズはどうやら一時中断だったようで、完全な最終作というわけではないらしい。それなら本作のスタイルも納得できないことはない。悩めるヒーロー・シリーズからもっと陽性の娯楽読み物へのシフトチェンジ。意地悪い見方をすると、シリーズをより長く続けるための延命策に乗り出したということだ。
 普通に考えれば、変に雰囲気を変えてまでシリーズを続けられても嫌なのだが、困るのは、本書のような形も十分ありだなと思わせてしまう、作者の技術の高さである。そういった意味では次回作は本気で注目すべき作品となるはずだ。新たなテーマのもと、ニールの人生を描いていくのか、それとも人気娯楽シリーズとして長らえるのか。どっちだ?


ドン・ウィンズロウ『ウォータースライドをのぼれ』(創元推理文庫)

 本日の読了本はドン・ウィンズロウの『ウォータースライドをのぼれ』。ニール・ケアリー・シリーズの第四作だが、実質的にはシリーズの最終作ということらしい。では既に刊行されている第五作『砂漠で溺れるわけにはいかない』は何なんだ?ということになるが、あれは後日談みたいなものなんだとか。なんや、それ。

 それはともかく『ウォータースライドをのぼれ』。
 恋人カレンと同棲中のニールのもとへ養父グレアムがやってきた。全米で絶大なる人気を誇るテレビ番組のホストがレイプ事件を起こしたが、その被害者女性が裁判でちゃんと証言できるように、きちんとした英語を話せるようにしてやってくれというのだ。粗野でとてつもない訛りのある彼女に対し、ニールの特訓が始まるが、誰も知らないはずのニールの家に早くも敵の魔手が迫る……。

 ううむ、面白いことは面白いが、ニール・ケアリー・シリーズってこんなコミカルな物語だったかな。
 確かに本シリーズは、もともと語り口は軽やかだしユーモアにもあふれている。だがその内容やテーマはずしんと重い、というのが基本的な特徴だ。なにせ主人公のニールはもとストリート・キッズという過去を持ち、その過去故に形成された刹那的かつ空虚な人生観を持つ。それが新たに得た探偵という仕事、養父でもあるグレアムとの関係、そして事件での悲惨な体験などを通して、少しずつ変化し成長してゆくところが魅力なのである。作者のウィンズロウもそんなニールの成長を助けるため?これまでいささか過剰と思えるほどの試練をニールに課してきたはず。
 ところが本作は実質的な最終作という割に、ニールたちに関わるテーマはほとんどなく、事件のコミカルな面ばかりが強調される。ニールもいつもほど悩むこともなく、どちらかというと狂言回し的な役回りだ。
 で、最初は作風の変化かとも思ったのだが、結局これは作者がニール・ケアリー・シリーズで語りたいことを語り終えたということなのだろう。要はニールも大人になりました、ということ。実際の話、本作でのニールは、プロフェッショナルとしての余裕すら感じられ、かなりのピンチにも動じることなく対処する。それはそれで面白いが、これまでのシリーズとはだいぶ異なる路線の作品ばかりになっていくことだろう。おそらく作者のウィンズロウはそれを潔しとしない人なのだ。
 だから残念ではあるけれども、とりあえずは拍手をもってニール・ケアリー・シリーズの完結を迎えたいと思う。あ、でも「後日談」も一応読まなきゃ。


ドン・ウィンズロウ『カリフォルニアの炎』(角川文庫)

 仕事でトラブル発生。立場上、私の責任になっちゃうんで、担当を連れてすまんすまんとクライアントに状況説明&謝罪。まさにブルー・マンディ。ただ、こちらの対処が早く、事後処理も理解してもらえて、何とか失地回復できた……のか? とりあえず、きつい一週間になりそう。

 ところで本日の読了本はドン・ウィンズロウ『カリフォルニアの炎』。
ニール・ケアリー・シリーズでお馴染みの作者がまたまた魅力的な主人公を作り上げた。その名もジャック・ウェイド。
 ジャックはカリフォルニア火災生命の火災査定人だ。火災の原因を調べ、保険の査定を行うのが仕事。腕は超一流。しかも余暇はサーフィン一色という一見優雅な生活を送る。
ところがそんな彼にも暗い過去はある。元は警察の一員だったが、取り調べ中に暴力を振るい、くびになった経緯があるのだ。しかもその事件のさなかに証人を殺されるというおまけつき。それもこれも曲がったことが嫌いで、直情的な性格のためだが、事件以後ずっとそのトラウマに悩まされてもいる。

こう書くともろ典型的なネオ・ハードボイルドのパターンだが、カリフォルニアという地のせいか、それとも軽快な文章のせいか(これは訳者の東江氏の功績も大きい)、ジャックの思想や行動は決して屈折したものではなく、その過去の割にはどこか前向きで健全な印象を受ける。
 そんなジャックが巻き込まれたのは、大規模な保険金詐欺+殺人事件。相手となるニッキー・ヴェイルは地元の名士にして実はロシア・マフィアのドン、そしてその真の姿はKGBスパイという大物である。これがまた名悪役としていい味を出している。ジャックとニッキーという二人のメインキャラについて、過去から現在に至るまでがしっかりと、そして魅力的に描かれていることが、この作品の成功した大きな理由のひとつと言えるだろう。

 それだけではない。細部の書込もなかなかのものだ。
 ドン・ウィンズロウという作家は、本来はセンスで勝負する作家だと考えている。例えばニール・ケアリー・シリーズがよい例だ。今回の作品ではそれに情報というサポートが大幅にプラスされている。もちろん今までも精緻な取材、調査無くしては描けなかったものも多いと思うのだが今回は別格である。いろいろなネタを盛り込んではいるが、やはり圧巻は保険金詐欺と火事に関する部分。とりわけ火事についての講義は、ほんとタメになって面白い。
 ウィンズロウが今後より通俗的な方向に走るのではないかという不安も実はないではない。しかしエンターテインメントに特化したとしても、このレベルで書き続けてくれるのであれば、そんな心配は無用だろう。

 とりあえず仕事でくさった気分もこの本を読んで少し癒された。『カリフォルニアの炎』はそういう元気の出る小説でもある。おすすめ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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