日本評論社から出された天城一傑作集の四冊目、『風の時/狼の時』を読む。長篇二冊+αという大ボリュームの構成で、正に掉尾を飾るに相応しい一冊。
いやいや、しかし遂にここまできたのか。最初の『天城一の密室犯罪学教程』が出たのは何と2004年のこと。同人誌とはいえ天城作品は「別冊シャレード」でかなりフォローされているから、今さら商業出版してもビジネスとして成立しないだろう、などという噂をひっくり返しての登場であった。
この一発目が非常に好評だったらしく、その後も『島崎警部のアリバイ事件簿』『宿命は待つことができる』と続き、そしてラストの『風の時/狼の時』である。まさか、こんなマニアックな企画が全集的なものにまで育つとは、その時点で誰が想像できただろう。
天城作品は一応、本格ミステリに分類されるだろうが、そのあまりに個性的な作風は、とてもじゃないが万人に好まれるものとは言い難い。しかしながら、その特異なポジションはこの四冊でかなりアピールできたようだし、再評価はこれからさらに進むのだろう。
遅ればせながら、完結おめでとうございます。

第1部 『風の時/狼の時』
第2部 『沈める濤』
「感傷的対話」
「クィーンのテンペスト」(評論)
第3部 「奇蹟の犯罪(初稿版)」
「メチール時代の一神話」
「誤算」
「三つの扉」
「神の言葉」
「噂はそよ風のように」
「朧月夜」
「失われたアリバイ/時計塔」
「埋葬」
「失われた秘薬」
「失われた秘宝」
「失われた秘報」
収録作は以上。第1部の『風の時/狼の時』、第2部の『沈める濤』は長篇である。
表題作でもある『風の時/狼の時』は、光文社の『甦る推理雑誌5「密室」傑作選』に収録されている「圷家殺人事件」を改稿したもの。
もともとは非常にシンプルだったその作品を、著者は思いきり書き直している。メインのトリックとかいったものはそのままだが、大きいのは作品全体の底を流れるテーマの部分。著者としては「あとがき」でも触れているように、とにかく動機に着目してもらいかったらしく、その動機の背景となる戦史や革命史などをふんだんに盛り込んでいる。
確かに動機は面白い。トリックもまずまず、ペダンティックな部分もそれ単独で読む分には興味深い。だが、小説を構成するそれらの要素ひとつひとつが全然まとまっていないのには閉口した。特に戦史についてのこだわりが尋常ではなく、ストーリーからの逸脱も度を越している感すらある。時系列なども危うく、著者の頭に浮かんだイメージを、そのまま紙に落とし込んでいるかのような印象だ。
元は私家版なので端から読者不在で書かれた節もあるのだが、短篇ではさほど目立たなかった欠点が長篇で露呈したと見ることもできる。そして、この欠点は『沈める濤』にもほぼ共通する。とはいえ、こちらはだいぶ読みやすくなっているが。
『宿命は待つことができる』のように、いい方向に転んだ作品もあるだけに、このバランスの悪さを何とか軌道修正できなかったものだろうか。長篇に限らないのだが、この人は読み物をもっと読み物として意識して書いてほしかったと思う。普通に商業ベースに乗るだけの力はあったはずなのに、実に惜しい。
と、最後の作品集なのに不満は残るけれども、全部が満点の作家なんているわきゃないし、こういうアンバランスもまた天城一という作家の魅力なのである。思えば最初の頃は文体も嫌だったが、これも島崎ものをきっかけにして、逆に惹かれるようになったし。
上でも書いたが、天城一というポジションは非常に特異である。好き嫌いはあるだろうが、本格好きなら一度は体験しておいても悪くはない。
ところで、まだいくつか残っている未収録の作品はどうするんだろうね。論創社っていう手はないのかな(笑)