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 江戸川乱歩の『影男』を読む。明智小五郎が登場する大人向け長篇としては最後の作品である。まずはストーリー。

 裏社会に暗躍する神出鬼没の「影男」。彼は作家や実業家、慈善家、遊び人など、さまざまな顔と名前を使い分け、世の中の裏側を見ることを無常の楽しみとして生きる男であった。
そんなある日のこと。影男は須原という男から“殺人請負会社"の顧問として参加してほしいと誘われる。影男が考えた殺人のアイデアを売ってくれというのだ……。

 影男

 ひとつ前の『化人幻戯』がそうであったように、本作もまた乱歩がこれまで繰り返し使ってきたモチーフ、すなわちパノラマ館や犯罪趣味、探偵小説趣味などといった要素をふんだんに盛り込んでいる。エログロもけっこう満載で、相変わらずといえば相変わらずである。
 したがって、これを苦し紛れの焼き直し作品とみることもできるのだが、ただ、そういって捨てておくには少しもったいないのも事実。本作ならではの見どころもないではないのだ。

 まずは何といっても明智と対峙する“影男"の存在。本作は明智小五郎も登場するけれど、全編を通して活躍するのは影男であり、ほぼ本作の主人公といってよい。
 その影男は犯罪に興味はあるが殺人などは好みではなく、ときには慈善も行う。根っからの悪人というわけでもないそのキャラクターはなかなか魅力的で、一言でいえば変態傾向の強いルパンである(笑)。

 また、作品世界もエログロは確かにあるのだけれど、いつもの乱歩独特の濃厚な妖しさには欠けている印象。影男のスマートなキャラクターに引っ張られているところもあるのだろうが、全体に良い意味での軽めの世界観となっている。
 だから乱歩の作品には珍しく、犯人(影男)に感情移入しやすい作りになっている。これはもしかすると乱歩流のピカレスクロマンと見てもよいのではないだろうか。

 まあ、そうはいっても確かに欠点も多い作品ではある(苦笑)。前半のだらだら感の強いエピソードの積み重ねも問題だが、一番の欠点はとってつけたような明智の起用方法か。
 まあ、明智がチョイ役という趣向もときにはありなのだけれど、その割には役者が一枚も二枚も上すぎて、影男の存在が一気に霞むような展開は興醒めである。むしろ明智は出演させず、“殺人請負会社"と影男の対決で締めたほうがよかったのではないか。
 これらのストーリーの荒っぽさがけっこう致命的で、雰囲気や影男のキャラクターでなんとか楽しめたものの、乱歩ファン以外にオススメするのはさすがに厳しいといえる。

 ということで、これで集英社文庫版「明智小五郎事件簿全12巻」の補足読書はいったん終了。短編がふたつほど残っているが、まあそれはまた機会があれば(笑)。
 ただ、こうなると明智が出ない長短編も久々に読み返したくなってくるのが困りものである。しかし、乱歩関係では周辺書や評論関係もけっこうたまってきているので、今度はそちらも攻めてみようと思案中である。


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 集英社文庫で昨年4月に完結した「明智小五郎事件簿全12巻」はまだ記憶に新しいところだが、これは江戸川乱歩が生んだ希代の名探偵、明智小五郎の登場作品を、長短編問わず事件発生順にまとめたシリーズである。
 また、本編を楽しむだけでなく、巻末につけられた平山雄一氏による年代記が便利で、こちらは事件発生年月の検証をメインに、当時の物語の舞台や世相などをもフォローしているからありがたい。
 ひとつだけ注文があるとすれば、このシリーズが戦前作品だけで終わっていることだろう。
 戦後の明智登場作品のほとんどが子供向けのせいか、乱歩が細かい整合性などまったく考えておらず、もはや検証自体に意味がないこともあろうが、何より子供向けばかりでは商売としても厳しいだろうから、これは致し方ないところだろう。
 ただ、読者からするとこのまま終わるのも少し気持ちが悪いのも事実で、まあ、それは版元も平山氏も同じ気持ちだったらしく、最終巻の「クロニクル」では、ちゃんと戦後分の事件発生順作品リストが載っており、こういう気配りがまたありがたいところである。

 で、この際だから戦後分の明智作品もすべて読み切ってやろうかと一瞬思ったのだが、子供向けだけで二十冊以上あるとさすがに腰が引ける。読み返したい気持ちはやまやまなのだが、絶対に途中で飽きるだろうし(苦笑)。
 というわけで、せめて大人向けの長篇『化人幻戯』と『影男』だけは読むことにした次第である。

 さて前振りが長くなったが、本日の読了本は『化人幻戯』である。まずはストーリー。
 父親の勧めで実業家・大河原義明の秘書になった庄司武彦。大河原は犯罪や探偵小説、レンズや奇術を趣味とする変人ではあったが、実業家としてもすぐれ、若い妻・由美子と暮らしていた。
 秘書としての仕事にも慣れてきた頃、庄司は大河原家に出入りする青年・姫田吾郎から、差出人不明の怪しい白い羽根が送られてきていることを相談される。秘密結社に興味をもっていた姫田は、これを脅迫の一種と受け取り、庄司の知り合いの探偵・明智小五郎に相談してほしいという。
 それからしばらくのこと。庄司は大河原夫妻と熱海の別荘に出かけるが、双眼鏡をのぞいていた夫妻は断崖から一人の男が転落するところを目撃する。その男はなんと姫田であった……。

 化人幻戯

 戦後十年を経て、還暦を迎えた乱歩が久々の長篇、しかもそれまでの通俗スリラーから本格回帰を図った一作。明智も齢五十を重ねてはいるがまだまだ若く、小林少年にいたってはまだ少年のままというのが少々あれだけれども、全体的には大きなブランクを感じさせない出来といえるのではないだろうか。

 まあ一般的にあまり評価されていない作品であることはわかる。本格という結構は一応備えているし、トリックも密室やアリバイ、暗号など、ふんだんに盛り込んではいるものの、どこかで見たようなネタばかりだし、ひとつひとつの驚きは少ない。
 ただ、乱歩なりの本格を目指したという気持ちは伝わってくる。レンズやのぞき見、探偵小説、犯罪、エロなど、乱歩がこれまで繰り返し使ってきた題材が至るところに散りばめられており、それらを総括したうえで、本格に仕立てたかったのだろう。

 その方向性が最大限に発揮されたのが犯人像か。
 通俗スリラーに登場するような怪人ではないし、そこまで意外な犯人でもないのだけれど、後のサイコスリラーに登場するようなサイコパスともいえるキャラクターであり、これもまた乱歩の圧倒的嗜好が反映されていてゾクッとくる。
 乱歩自身もこの犯人像にはかなり力を入れていたようで、終盤の手記や犯人の告白は乱歩の世界を存分に味わうことができるし、一番の読みどころであろう。
 ただ、その結果として終盤が説明的になりすぎたのは、スト−リーという観点からすると大きなマイナスにもなっていてもったいない。

 ともあれ世間の評判ほどには悪くないし、個人的にはむしろ好きな作品である。通俗スリラーの上位作品よりはいいと思うぞ。


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 生誕記念とか没後○年とか、その関連で著作権フリーになったりとかで、まあ乱歩関連本がこの数年でずいぶん出版された。著作はもちろんだがノンフィクションや評論関係も多い。
 本日の読了本は、そんな数ある乱歩関連本のなかでも変わり種に入る一冊。昨年の五月に漫画専門の古書店「まんだらけ」から発売された『江戸川乱歩からの挑戦状1 SF・ホラー編 吸血鬼の島』である。
 雑誌『少年』に昭和29年〜38年まで連載された乱歩の子供向け小説からのセレクションということだが、実際に乱歩が書いたものではなく、他の作家やライターによる代作。ただ、当時の挿絵や巻末についていた懸賞付きクイズもそのまま載せるなど、なかなか楽しい作りになっている。
 収録作は以下のとおり。

第1部 SF・ホラー作品集
「吸血鬼の島」
「きえた宇宙少年」
「海底人ブンゴのなぞ」
「のろいのミイラ」
「魚人第一号!」
「死人(しびと)の馬車」
「生きていた幽霊」
「魔法探偵術」
「悪魔の命令」
「指」
「幽霊塔の謎?」
「ノロちゃんと吸血鬼ドラキュラ」
「心霊術の謎」

第2部 異色作品集
「荒野の強盗団」
「にせインディアン」
「黄金の大黒さま」
「天狗の足あと」

 吸血鬼の島

 肝心の中身のほうもなかなか。といってもクオリティというよりは、そのトンデモ度からだが。
一応は明智小五郎や少年探偵団も登場する(一部、ノンシリーズもあり)子供向け探偵小説である。ただし、悪玉として登場するのが吸血鬼や宇宙人、ミイラに半魚人などなど。これが聖典の少年探偵団ものならほぼ100%、二十面相の変装した姿なのだが、このシリーズが凄いのはそれらのモンスターがすべて実際の存在だということ。さすがに全部が全部そういう作品ではなく、中にはトリックがあったり科学的に解明されるものもあるけれど、まあ全体的には相当ぶっとんだシリーズである。
 まあ管理人も記憶にあるが、昭和五十年頃までの少年誌や少年漫画誌はこういう特集ばかりやっていて人気を集めていたので、おそらく『少年』はその先駆け的存在だったのだろう。

 また、そういった設定ばかりでなく、ストーリーや描写もけっこう好き放題やっている。おそらく乱歩もほぼ監修などしていないと思われるが、たとえば表題作では、吸血鬼に囲まれた二十面相が泣きながら明智に助けを求めてくるとか、魚人が登場していながら最後まで一切の説明もつけていないとか、少年探偵団の一人を●●●に仕立て上げるとか、街中で放射能をまき散らすとか、もう好き放題である(笑)。
 いまの時代にこれを真顔で書かれても困るけれど、少年誌や乱歩贋作の歴史を垣間見るという点では興味深いし、これだけむちゃをやっている割には意外に違和感がなく、それなりに楽しめるのが面白いところだ。

 吸血鬼の島(付録)

▲ちなみに本書はまんだらけのイベント「大まん祭」で先行発売され、管理人もわざわざ中野の会場まで出かけて入手した。というのもイベント会場やまんだらけ店舗・通販で買った人にだけ小冊子「《譚海》掲載「犯人あて大懸賞」セレクション」がついてきたからであり、しかも当日のトークイベント限定で「乱歩漫画コレクション」なるパンフレットも配布していたからである。
 乱歩ファンはもとより漫画ファンが集うイベントだから、当日はさぞや大混雑かと予想し、けっこう気合いを入れて出かけたのだが、意外に空いていて拍子抜けしたのでありました。


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 江戸川乱歩の『明智小五郎事件簿XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」』を読む。名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズも遂にこれが最終巻である。

 明智小五郎事件簿XII

 まずは「悪魔の紋章」からいこう。
 法医学の権威、宗像隆一郎博士が探偵業に手を染めるようになって数年。めきめきと頭角を現し、いまや明智小五郎と並んでその名を知られるようになったが、そんな宗像のもとへ脅迫状に悩まされる川手という実業家から調査依頼が舞いんでいた。
 ところが内偵に送り出していた宗像の助手、川手の娘らが次々に惨殺され、その現場には常に謎の“三重渦状紋”が残されて……という一席。

 子供の頃に読んだときは、犯人の手がかりであり、挑戦状でもある“三重渦状紋”というギミックに惹かれ、かなり楽しめた記憶があったのだが、いやあ今読むとこれはしんどい(苦笑)。
 といっても本作単品で読む分にはそれほど悪くもない。ストーリーは破天荒だし、どんでん返しの連発や明智と宗像の探偵対決など見どころも多い。
 問題はいかんせん焼き直しのネタが多すぎることだろう。そもそもが「明智小五郎事件簿」というシリーズで続けて読み進めてきたこともあって、ああ、あれはこの作品、これはこの作品にあったなというようなことが多すぎて、どうにも白ける。まあ、乱歩の通俗長編でそれをいってもしょうがないのだけれど、同じ通俗長編でも初期のほうがやはり読ませるのは確かだ。
 犯人の執着心というか執念も極端すぎていまひとつ納得しにくく、これはやはり凡作だろう。

 お次は「地獄の道化師」。
 池袋の踏切を横断しようとしていたオープンカーが車道を踏み外し、積んでいた石膏像が踏切に投げだされた。タイミング悪くそこへ列車がやってきて、石膏像は無残に砕かれてしまう。しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。その石膏像の中から人間の死体が発見されたのである。
 そのニュースを聞いて警察署に野上あい子と名乗る女性が現れた。もしかすると死体は自分の姉・みや子ではないかというのだ。右腕の傷跡からまさしく死体がみや子であることを確認したあい子だったが、その日から彼女の周囲には不気味な道化師の影が……。

 謎解きという観点でみれば本作も「悪魔の紋章」と似たようなものでかなりの粗はあるのだけれど、それでも本作のほうが全然楽しめる。なんといっても犯人像が独特で、ぱっと見はけっこう似たような印象もあるのだけれど、実は動機や犯行の数々がこれまでの乱歩の猟奇ものとは微妙に一線を画している。
 あまり乱歩の作品の中ではフィーチャーされることがない本作だが、もう少し見直されてもよのではないか。

 というわけで、ようやく「明智小五郎事件簿」全作読了である。
 このシリーズの良さは、明智ものを物語内の時間軸で読み進めるという楽しさにあるのだが、個人的にはこれをきっかけに明智ものを再読できたことに感謝したい。子供の頃にほとんど読んでいたのでそれっきりになっていた作品も多かったのだが、あらためて大人の目で読むと、その印象はずいぶん違っているものもあったし、逆にまったく記憶が色褪せていないものもあったり、実に楽しい再読体験だった。
 また、巻末の“明智小五郎年代記(クロニクル)”の考証も本シリーズの楽しみのひとつであった。それこそ推理していく楽しさを感じることもできるし、また当時の風俗紹介等も作品理解の一助として有効だろう。
 惜しむらくは本シリーズが戦前の作品だけで完結してしまっていることか。できれば第二期を期待したいところなのだが、大半が子供向けになってしまうし、戦後の作品でそれをやるとかなりカオスになるらしいということをどこかで聞いたこともある。
 ただ、本書には巻末に戦後分の年表も載っているので、個人的に読み進めることは一応可能のようだ。せっかくここまで読んだからには、大人向けだけでも読んでみるかね。


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 日本のミステリ史に燦然と輝く名探偵といえば、なんといっても乱歩が創り出した明智小五郎を忘れてはならない。集英社文庫の〈明智小五郎事件簿〉は、そんな明智の活躍を事件発生順にまとめたシリーズであり、本日の読了本『明智小五郎事件簿XI「妖怪博士」「暗黒星」』は、その十一巻目にあたる。

 明智小五郎事件簿XI

 まずは「妖怪博士」から。
 少年探偵団の一員、相川泰二君が帰宅途中のこと。曲がり角に差し掛かるたび、何やら道路にマークを記している奇妙な老人と遭遇する。その怪しげな様子が気にかかり、泰二君はこっそり後をつけ、ある洋館に忍びこんだ。だが、そこで待ち受けていた蛭田博士と名乗る男に捕まってしまい……。

 乱歩が書いた子供向け作品、いわゆる少年探偵団ものとしては「怪人二十面相」、「少年探偵団」に続く三作目にあたる。
 内容としても前二作を踏まえたもので、明智たちにしてやられた二十面相が明智や少年探偵団に対する復讐を行うというもの。 とにかくこれでもかというぐらい徹底的な二十面相の復讐譚が見もので、明智はともかく、なぜ子供相手にそこまで執着するのか理解不能である。
 ただ、二十面相が子供相手に真剣にやってくれるところが当時の子供の心に響いたことは間違いなく、ストーリーやトリックなどは前二作より劣るが、エネルギーとしては相当なものだ。
 とりあえずこの時点で乱歩も二十面相ものに一区切りつけるような意図はあったのだろう、ラストでは二十面相が完敗を認めており、二十面相の再登場はなんとほぼ十年後になってしまう(まあ、実際は戦時という事情も大きいのだけれど)。


 お次の「暗黒星」は大人向けの一作。
 関東大震災の大火を免れた東京の一角にとある洋館があった。そこには奇人資産家として知られる伊志田鉄造氏の一家が住んでいた。
 ある日、一家が揃って十六ミリフィルムの映像を眺めていると、なぜか家族の大写しの場面で映写が止まり、フィルムが焼けてしまうというアクシデントが続発する。その不吉な出来事に、長男の一郎が最近身の回りで起こっている怪しい出来事を告白するが……。

 地球に衝突しようとしているのに誰にもまったく気づかれない光のない星、それが暗黒星だ。明智は事件の真犯人をその暗黒星になぞらえているが、このタイトルこそ格好いいものの、実はそれほど評価の高い作品ではない。
 舞台がほぼ屋敷で起こっているというのに、それに対応できない明智と警察があまりに非力というか間抜けというか。使い回しやミステリとしていかがなものかというネタもありで、この時期に書かれた作品の中でもかなり落ちるほうだろう。
 ただ、家族で十六ミリを観る導入からけっこう雰囲気はいいし、全体的にこじんまりした感じが意外に好ましく、個人的にはそれほど嫌いな作品ではない。

 ともかく、これでようやく〈明智小五郎事件簿〉読破にリーチ。残すはいよいよ最終巻の『~XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」 』である。


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 名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズの十巻目『明智小五郎事件簿X「少年探偵団」「黒蜥蜴」』を読む。
 九巻目は「大金塊」と「怪人二十面相」という児童向け作品のカップリングだったが、本書では児童向けと大人向けがそれぞれ一作ずつという構成で、よく考えるとすごい組み合わせではある。

 明智小五郎事件簿X

 さて、まずは『少年探偵団』。
 首都東京を最近騒がせている謎の怪人“黒い魔物”。影のように神出鬼没の“黒い魔物”は、次々と人を驚かせる事件を起こしていたが、その本当の狙いは富豪・篠崎家が所有する“のろいの宝石”と娘の緑ちゃんにあった。
 篠崎家はその手立てとして名探偵・明智小五郎に依頼をするが、あいにく明智は不在。代わりに助手の小林少年が妙案を思いつくのだが……。

 実に何十年ぶりかの再読。ストーリーはほとんど覚えていなかったが、特定シーンだけ(アジトの爆破シーンとか、小林少年の女装とか)は鮮明に覚えているのが不思議。
 さて、本作は少年探偵団ものとしては二作目にあたるが、この時点でほぼほぼシリーズのパターンは確立されている印象である。ただ、後の作品に比べるとやや弱さは目立つ。
 “黒い魔物”の正体が明かされるのはストーリー中盤とけっこう早い時点だし、それもおそらくはキャラ設定が後の作品のものほど強くないため、むしろ早めに二十面相を登場させたかったのではないかと想像できる。
 ただ、その結果として二十面相が登場して明智と対決するシーンが前半の大ヤマとなっており、バランスとしては悪くない。
 そのほかの見どころとしては、やはり少年探偵団の活躍であり、小林少年の女装やBDバッヂの説明などはなかなか楽しいし、やっぱり何だかんだで面白い作品である。


 お次は「黒蜥蜴」。こちらも読むのは二十年ぶりぐらいになると思うが、これで確か四回目の再読になる。
 クリスマス・イヴの夜。あるナイトクラブで盛大に催されている大夜会で、一際目立つ妖艶な黒衣の美女。その正体こそ、宝石のためなら人殺しをも厭わない女盗賊“黒蜥蜴”であった。
 “黒蜥蜴”の次なる標的は、大阪の宝石商・岩瀬家のひとり娘・早苗。誘拐予告状を受け取った岩瀬老人はさっそく明智小五郎に警護を依頼したが、岩瀬家が滞在するホテルには、すでに“黒蜥蜴”が緑川夫人として彼らの前に現れていた……。

 このころの乱歩はスランプに陥っていた時期であり、パターン化された通俗ものばかり書いていたが、本作もストーリー的にはそれほど見るべきものはない(鉄板ではあるけれど)。それでも乱歩の好きな作品アンケートなどでけっこう取り上げられるのは、やはり“黒蜥蜴”というキャラクターの設定のおかげだろう。
 妖艶さという女盗賊ならではの武器はもちろんだが、頭脳や度胸も二十面相顔負け。おまけに目的のためには手段を選ばないという冷酷な部分があり、そのくせ明智に気持ちを寄せるいじらしい面もあるなど、これまでの犯人像にはない不思議な魅力がある。
 犯罪者としてのプライド、女としての魅力や弱さがカオスになり、この“黒蜥蜴”というキャラクターが成立しているわけで、そういう意味で本作はこれまでの明智対犯人という図式ではなく、ぜひ“黒蜥蜴”のロマンスものとして読むのがおすすめではなかろうか。
 昭和初期の雰囲気も濃厚で(大阪が舞台というのは珍しい)、やはり“黒蜥蜴”にはロマンあふれる時代がよく似合う。


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 『明智小五郎事件簿IX「大金塊」「怪人二十面相」』を読む。
 おなじみ明智小五郎の登場作品を事件発生順に並べたコレクションだが、ようやく九巻目に突入。本書ではいよいよ少年向け作品が収録されており、「大金塊」と「怪人二十面相」の二編という陣容である。
 ちなみに「怪人二十面相」は乱歩の少年向け第一作であると同時に、二十面相と少年探偵団が初めて登場する作品でもある。当然ながら事件発生順でも最初にくる作品かと思っていたが、なんと意外にも「大金塊」の方が先になるらしい。
 この辺りは編者の平山雄一氏による巻末の「年代記」に詳しいので、興味ある方はぜひそちらで。

 明智小五郎事件簿IX

 さてまずは「大金塊」だが、こんな話。
 ある夜のこと、資産家の宮瀬家に泥棒が入る。しかし盗まれたのは価値のある骨董品ではなく、一枚の破れた紙きれだった。だがこの紙切れこそ、先祖が残した莫大な金塊のありかを示した紙を半分にしたうちの一枚だったのである。
 宮瀬氏の相談を受けた明智小五郎は、助手の小林少年を使い、敵のアジトへ潜入させることを思いつくが……。

 「大金塊」は明智や小林少年は登場するものの、二十面相は登場しない。また、探偵小瀬というよりは冒険小説としての要素が強くなっているのが最大の特徴だろう。
 これは時局的に探偵小説そのものが不謹慎というふうに判断されたための作風転換であり、乱歩の少年向けとしてはやや異色の部類になる。それでも暗号の解読や敵アジトでの小林少年の活躍、少年たちの洞窟での冒険など盛りだくさんで、面白さは文句なし。むしろ子供向けとしてはより効果的で、十分成功作といえるだろう。

 続く「怪人二十面相」は、上でも書いたように、少年向け第一作であり、かつ二十面相と少年探偵団の初登場作品である。
 実業界の大物・羽柴壮太郎のもとに、いま世間を騒がせている怪人二十面相から、ロマノフ王家に伝わる宝石をいただくという予告状が舞い込んだ。奇しきも羽柴家では、家出をしていた長男の壮一が十年ぶりに帰国するという知らせも届き、再会した壮太郎と壮一は二人で宝石の見張りをすることになる。
 しかし、二十面相の意外な手段によって宝石は奪われ、さらには次男の壮二まで誘拐され、二十面相は荘二と引き換えに安阿弥の作といわれる観世音像を要求した。壮太郎は明智小五郎に相談をするが、あいにく明智は不在で、その助手の小林少年が駆けつけるが……。

 こちらも実に素晴らしい。管理人が初めて乱歩の子供向けを読んだのは小学三年生ぐらいの頃だが、あまりの面白さにそのままポプラ社のシリーズを残らず買ってくれとねだった記憶がある。
 推理の部分と冒険の部分の絶妙なバランス、数々のギミックやトリック、明智と二十面相の駆け引き、最後は子供ではなく必ず明智登場によってピリッと話が締まるところなど、いま読んでも色褪せるどころか、時を超えてなお輝きを放っている。
 さすがにトリッキーなネタのほとんどが(「大金塊」もそうだが)、よその作品からの借り物なのだけれど、まあ、それは時代ゆえのこととして見逃しましょう(笑)。

 書き出しの一文「そのころ、東京じゅうの町という町、家という家では、二人以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。」
 そして締めの「明智先生ばんざあい」「小林団長ばんざあい」というセリフに至るまで、すべてが印象的。ああ、やっぱり乱歩はすごい。


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 江戸川乱歩の『明智小五郎事件簿VIII 「人間豹」』を読む。おなじみ明智小五郎の登場作品を事件発生順に並べたシリーズだが、これでようやく八巻目。通俗長篇スリラーのタームに入ったせいか、毎月読んでいるとさすがにちょっと飽きてきてしまい、前巻の「吸血鬼」から三ヶ月ほど間をあけての再開である。

 裕福な家庭に生まれ育った神谷青年の最近のお目当ては、カフェの女給・弘子。今日もカフェに出向いてはアルコールと会話を愉しんでいたが、そこへ別のお客・恩田から弘子に指名が入る。いったんは拒否した神谷と弘子だったが、そのお客のただならぬ風貌——巨大な眼と長い舌——に気圧され、弘子は仕方なく相手を務めることにする。
 その日の帰り道。恩田を見かけた神谷は思わず後をつけるが、その途中で恩田が犬を惨殺するところを目の当たりにし、あまりのショックに神谷は体調を崩してしまう。
 ようやく復調し、久しぶりにカフェへ出向いた神谷。しかし、弘子は行方不明となっており、神谷は恩田が怪しいとにらみ、以前にあとをつけた恩田の家を訪問する。ところがそこで恩田の父親に監禁され、しかも弘子が恩田によって惨殺される現場を目撃する……。

 明智小五郎事件簿VIII

 プロローグ的な事件でも相当なものだが、本作はこのあとも恩田=人間豹の暴れっぷりがたっぷりと描かれ、加えて明智小五郎が登場する中盤以降では、明智の妻、文代をめぐって丁々発止の闘いが繰り広げられる。
 とにかく乱歩の通俗スリラーもくるところまできたという感じである。特に文代が恩田につかまってからの展開は本作のメインイベント。裸で熊の着ぐるみに入れられ、恩田に鞭で打たれたり、本物の虎に襲われたりと、エログロ趣味も濃厚。
 もちろんそんなお話しなのでミステリ的な興味は非常に薄く、アクションとスリラー、エログロの三本柱で読者をワクワクハラハラドキドキさせればそれでよいという、まさに娯楽小説のど真ん中のような作品といえる。

 管理人的にはこれまでの感想でも書いてきたように、この路線でも全然OKなのだが、ミステリ的な仕掛けが薄いこと、ストーリーが波瀾万丈に見えて実は繰り返しが多く単調だったり、そちらのほうが残念だった。
 子供向けを含め、これが三〜四回目ぐらいの読了になるのだが、子供の頃はそれなりにドキドキして読んだものの、いまは物足りなさが先に立つ。乱歩の通俗長篇スリラーでも落ちるほうだろう。


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 明智小五郎の登場する作品を年代順に並べた「明智小五郎事件簿」もこれでようやく七冊目。すでに巷では十巻が出ており、読書ペースがじわじわ刊行ペースに離されつつある今日この頃である。

 とりあえずストーリー。
 塩原温泉のとある旅館の一室で、二人の男が対峙していた。一人は三谷という美青年、もう一人は中年の画家、岡田。二人の前にはそれぞれ水の入ったグラスが置かれ、どちらか一方には致死量の毒薬が仕込まれていた。これは美貌の未亡人・倭文子(しずこ)をめぐる、命をかけた男の対決だったのだ。
 やがて思わぬ形で決着がつき、生き残った男には倭文子との幸せな日々が待っているはずだった。しかし、その対決の直後から、倭文子の周囲では不気味な"吸血鬼"が出没し、奇怪な事件が続出する……。

 明智小五郎事件簿VII

 過去に二、三度は読んだことがあるので、場面によっては鮮明に覚えていたが、全体のストーリーはけっこう忘却の彼方で意外に新鮮に読めた。まあ、最後に読んだのはン十年前だし(苦笑)。
 で、今回あらためて読むと、いやはや、こんなに荒っぽい物語でしたか。荒っぽいというのは内容の破天荒さ、小説の作りとしての荒っぽさ、両方の意味においてだが、まあ完成度は決して高くはないけれども、乱歩のサービス精神が炸裂しまくった超B級の傑作といっても過言ではない。
 乱歩の通俗スリラー系の代表作というと、どうしても『魔術師』『黒蜥蜴』『人間豹』あたりが思い浮かぶのだが、ううむ意外に『吸血鬼』も捨てがたい。

 推したくなる理由はいくつかあるのだが、やはり見せ場の多さであろう。1929年、報知新聞に連載された作品だから、読者を引っ張るために毎回の見せ場が必要になるのは理解できるとしても、乱歩はやはり同時代のその他の作家に比べると格段に上手い。
 冒頭の毒薬対決はもちろん、テレビの天知茂版明智でおなじみの氷柱の美女だとか、生きながらの火葬シーン(ここでの母子のやりとりがまた切ない)、グロい吸血鬼=唇のない男"の登場、ボートチェイスに変装トリックなど、まあ、ようもこれだけ詰め込みましたなという感じ。

 そして、それらのスリルとサスペンスを彩るエログロ要素も満載。同時期に連載していた『黄金仮面』では掲載誌の性格を考慮して自粛せざるをえなかったものの、こちらではしっかり解禁。特にヒロイン倭文子については、バツイチ子供ありという設定もあってか、乱歩も遠慮なく妖艶さを盛っている感じである。
 ちなみにこの倭文子、淑女でもなく、かといって悪女でもなくという、なかなか微妙な設定なのだが、実はこの性格付けがあるから、事件の真相やラストがより効いてくる。このあたり乱歩の巧いところである。

 三つ目は『魔術師』で登場した後の明智夫人となる文代、そして本作が初登場となる小林少年の活躍だろう。陰惨な物語のなかで、この二人の活躍が一服の清涼剤の役割を果たす。まあ、そもそも清涼剤が必要なのかという問題はあるにせよ(苦笑)、その瞬間だけ、明るいスリラー調に転じるイメージがあって面白い。
 小林少年はまだキャラクターが固まっておらず、後の正義感の強い立派な少年というイメージではなく、まだやんちゃな雰囲気も漂わせていて楽しいところだ。

 というわけで、実は決してこんなに褒めるほどの作品ではないのだが、かなり過去のイメージを覆されたこともあって、今回、5割増しぐらいで推してしまった感じがなきにしもあらず(笑)。あしからず。


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 集英社文庫の『明智小五郎事件簿』シリーズは、乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズ。すでに八巻目の『人間豹』まで発売されてはいるが、月イチの刊行ペースについていくのはなかなか難しくて、ようやく六巻目の『明智小五郎事件簿 VI「黄金仮面」』である。

 まずはストーリー。
 その年の春、東京市民の間に怪人物の風評が起こった。ソフト帽のひさしを鼻の頭まで下げ、オーバーコートの襟を耳の上まで立てた、その怪しげな姿。しかし、もっとも怪しげなのは、帽子と襟の間から垣間見える無表情な黄金の仮面であった。
 黄金仮面の目撃情報が募り、ついには新聞の社会面まで取り上げるようになった頃、黄金仮面はついにその目的を明らかにする。上野で開催された産業博覧会に展示された大真珠が、なんと黄金仮面によって奪われてしまったのだ。
 さらに数日後。黄金仮面から日光市の鷲尾侯爵邸に、所蔵の古美術品を盗み出すという予告状が舞い込んだ……。

 明智小五郎事件簿VI

 当時の掲載誌『キング』の意向もあり、この頃の乱歩作品としては、『黄金仮面』はかなり猟奇趣味が控え目である。今までよりメジャーな媒体ということもあって、乱歩もより一般向けに楽しんでもらえることを意識した作品なのだ。
 具体的には活劇色、さらには探偵対犯人という対決の構図がひときわ強く打ち出されているのが特徴といえるだろう。それらの特徴を生かすためか、ミステリとしてはそれほど込み入ったものではなく、あくまでアクション中心、そして連作のようにいくつかの事件を積み上げていくという構成をとっている。

 それだけにミステリとしては見るべきところが少なく、かなりの粗も目立つのが残念。トリックも焼き直しが多い。
 一番の見どころと思える犯人の正体も、確かに驚くべきものではあるが、結局はアイディアありきの一発勝負であり、犯人のキャラクターをそれほどうまく処理しきれていないところにも不満が残る。
 
 そのような弱点を孕んでいるにもかかわらず、エンターテインメントして十分に楽しめる作品に仕上がっていることもまた確か。
 ともすれば滑稽なだけの物語に陥りそうな設定を、人気作品として成立させた乱歩の手腕はさすがである。例えば怪人という存在が都市伝説と化していく様子など、本作での試みが後の怪人二十面相につながっていったかと想像するのも楽しい。
 ぶっちゃけ傑作とは間違ってもいえないが、忘れられない作品のひとつだ。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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