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 江戸川乱歩の『明智小五郎事件簿XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」』を読む。名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズも遂にこれが最終巻である。

 明智小五郎事件簿XII

 まずは「悪魔の紋章」からいこう。
 法医学の権威、宗像隆一郎博士が探偵業に手を染めるようになって数年。めきめきと頭角を現し、いまや明智小五郎と並んでその名を知られるようになったが、そんな宗像のもとへ脅迫状に悩まされる川手という実業家から調査依頼が舞いんでいた。
 ところが内偵に送り出していた宗像の助手、川手の娘らが次々に惨殺され、その現場には常に謎の“三重渦状紋”が残されて……という一席。

 子供の頃に読んだときは、犯人の手がかりであり、挑戦状でもある“三重渦状紋”というギミックに惹かれ、かなり楽しめた記憶があったのだが、いやあ今読むとこれはしんどい(苦笑)。
 といっても本作単品で読む分にはそれほど悪くもない。ストーリーは破天荒だし、どんでん返しの連発や明智と宗像の探偵対決など見どころも多い。
 問題はいかんせん焼き直しのネタが多すぎることだろう。そもそもが「明智小五郎事件簿」というシリーズで続けて読み進めてきたこともあって、ああ、あれはこの作品、これはこの作品にあったなというようなことが多すぎて、どうにも白ける。まあ、乱歩の通俗長編でそれをいってもしょうがないのだけれど、同じ通俗長編でも初期のほうがやはり読ませるのは確かだ。
 犯人の執着心というか執念も極端すぎていまひとつ納得しにくく、これはやはり凡作だろう。

 お次は「地獄の道化師」。
 池袋の踏切を横断しようとしていたオープンカーが車道を踏み外し、積んでいた石膏像が踏切に投げだされた。タイミング悪くそこへ列車がやってきて、石膏像は無残に砕かれてしまう。しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。その石膏像の中から人間の死体が発見されたのである。
 そのニュースを聞いて警察署に野上あい子と名乗る女性が現れた。もしかすると死体は自分の姉・みや子ではないかというのだ。右腕の傷跡からまさしく死体がみや子であることを確認したあい子だったが、その日から彼女の周囲には不気味な道化師の影が……。

 謎解きという観点でみれば本作も「悪魔の紋章」と似たようなものでかなりの粗はあるのだけれど、それでも本作のほうが全然楽しめる。なんといっても犯人像が独特で、ぱっと見はけっこう似たような印象もあるのだけれど、実は動機や犯行の数々がこれまでの乱歩の猟奇ものとは微妙に一線を画している。
 あまり乱歩の作品の中ではフィーチャーされることがない本作だが、もう少し見直されてもよのではないか。

 というわけで、ようやく「明智小五郎事件簿」全作読了である。
 このシリーズの良さは、明智ものを物語内の時間軸で読み進めるという楽しさにあるのだが、個人的にはこれをきっかけに明智ものを再読できたことに感謝したい。子供の頃にほとんど読んでいたのでそれっきりになっていた作品も多かったのだが、あらためて大人の目で読むと、その印象はずいぶん違っているものもあったし、逆にまったく記憶が色褪せていないものもあったり、実に楽しい再読体験だった。
 また、巻末の“明智小五郎年代記(クロニクル)”の考証も本シリーズの楽しみのひとつであった。それこそ推理していく楽しさを感じることもできるし、また当時の風俗紹介等も作品理解の一助として有効だろう。
 惜しむらくは本シリーズが戦前の作品だけで完結してしまっていることか。できれば第二期を期待したいところなのだが、大半が子供向けになってしまうし、戦後の作品でそれをやるとかなりカオスになるらしいということをどこかで聞いたこともある。
 ただ、本書には巻末に戦後分の年表も載っているので、個人的に読み進めることは一応可能のようだ。せっかくここまで読んだからには、大人向けだけでも読んでみるかね。


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 日本のミステリ史に燦然と輝く名探偵といえば、なんといっても乱歩が創り出した明智小五郎を忘れてはならない。集英社文庫の〈明智小五郎事件簿〉は、そんな明智の活躍を事件発生順にまとめたシリーズであり、本日の読了本『明智小五郎事件簿XI「妖怪博士」「暗黒星」』は、その十一巻目にあたる。

 明智小五郎事件簿XI

 まずは「妖怪博士」から。
 少年探偵団の一員、相川泰二君が帰宅途中のこと。曲がり角に差し掛かるたび、何やら道路にマークを記している奇妙な老人と遭遇する。その怪しげな様子が気にかかり、泰二君はこっそり後をつけ、ある洋館に忍びこんだ。だが、そこで待ち受けていた蛭田博士と名乗る男に捕まってしまい……。

 乱歩が書いた子供向け作品、いわゆる少年探偵団ものとしては「怪人二十面相」、「少年探偵団」に続く三作目にあたる。
 内容としても前二作を踏まえたもので、明智たちにしてやられた二十面相が明智や少年探偵団に対する復讐を行うというもの。 とにかくこれでもかというぐらい徹底的な二十面相の復讐譚が見もので、明智はともかく、なぜ子供相手にそこまで執着するのか理解不能である。
 ただ、二十面相が子供相手に真剣にやってくれるところが当時の子供の心に響いたことは間違いなく、ストーリーやトリックなどは前二作より劣るが、エネルギーとしては相当なものだ。
 とりあえずこの時点で乱歩も二十面相ものに一区切りつけるような意図はあったのだろう、ラストでは二十面相が完敗を認めており、二十面相の再登場はなんとほぼ十年後になってしまう(まあ、実際は戦時という事情も大きいのだけれど)。


 お次の「暗黒星」は大人向けの一作。
 関東大震災の大火を免れた東京の一角にとある洋館があった。そこには奇人資産家として知られる伊志田鉄造氏の一家が住んでいた。
 ある日、一家が揃って十六ミリフィルムの映像を眺めていると、なぜか家族の大写しの場面で映写が止まり、フィルムが焼けてしまうというアクシデントが続発する。その不吉な出来事に、長男の一郎が最近身の回りで起こっている怪しい出来事を告白するが……。

 地球に衝突しようとしているのに誰にもまったく気づかれない光のない星、それが暗黒星だ。明智は事件の真犯人をその暗黒星になぞらえているが、このタイトルこそ格好いいものの、実はそれほど評価の高い作品ではない。
 舞台がほぼ屋敷で起こっているというのに、それに対応できない明智と警察があまりに非力というか間抜けというか。使い回しやミステリとしていかがなものかというネタもありで、この時期に書かれた作品の中でもかなり落ちるほうだろう。
 ただ、家族で十六ミリを観る導入からけっこう雰囲気はいいし、全体的にこじんまりした感じが意外に好ましく、個人的にはそれほど嫌いな作品ではない。

 ともかく、これでようやく〈明智小五郎事件簿〉読破にリーチ。残すはいよいよ最終巻の『~XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」 』である。


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 名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズの十巻目『明智小五郎事件簿X「少年探偵団」「黒蜥蜴」』を読む。
 九巻目は「大金塊」と「怪人二十面相」という児童向け作品のカップリングだったが、本書では児童向けと大人向けがそれぞれ一作ずつという構成で、よく考えるとすごい組み合わせではある。

 明智小五郎事件簿X

 さて、まずは『少年探偵団』。
 首都東京を最近騒がせている謎の怪人“黒い魔物”。影のように神出鬼没の“黒い魔物”は、次々と人を驚かせる事件を起こしていたが、その本当の狙いは富豪・篠崎家が所有する“のろいの宝石”と娘の緑ちゃんにあった。
 篠崎家はその手立てとして名探偵・明智小五郎に依頼をするが、あいにく明智は不在。代わりに助手の小林少年が妙案を思いつくのだが……。

 実に何十年ぶりかの再読。ストーリーはほとんど覚えていなかったが、特定シーンだけ(アジトの爆破シーンとか、小林少年の女装とか)は鮮明に覚えているのが不思議。
 さて、本作は少年探偵団ものとしては二作目にあたるが、この時点でほぼほぼシリーズのパターンは確立されている印象である。ただ、後の作品に比べるとやや弱さは目立つ。
 “黒い魔物”の正体が明かされるのはストーリー中盤とけっこう早い時点だし、それもおそらくはキャラ設定が後の作品のものほど強くないため、むしろ早めに二十面相を登場させたかったのではないかと想像できる。
 ただ、その結果として二十面相が登場して明智と対決するシーンが前半の大ヤマとなっており、バランスとしては悪くない。
 そのほかの見どころとしては、やはり少年探偵団の活躍であり、小林少年の女装やBDバッヂの説明などはなかなか楽しいし、やっぱり何だかんだで面白い作品である。


 お次は「黒蜥蜴」。こちらも読むのは二十年ぶりぐらいになると思うが、これで確か四回目の再読になる。
 クリスマス・イヴの夜。あるナイトクラブで盛大に催されている大夜会で、一際目立つ妖艶な黒衣の美女。その正体こそ、宝石のためなら人殺しをも厭わない女盗賊“黒蜥蜴”であった。
 “黒蜥蜴”の次なる標的は、大阪の宝石商・岩瀬家のひとり娘・早苗。誘拐予告状を受け取った岩瀬老人はさっそく明智小五郎に警護を依頼したが、岩瀬家が滞在するホテルには、すでに“黒蜥蜴”が緑川夫人として彼らの前に現れていた……。

 このころの乱歩はスランプに陥っていた時期であり、パターン化された通俗ものばかり書いていたが、本作もストーリー的にはそれほど見るべきものはない(鉄板ではあるけれど)。それでも乱歩の好きな作品アンケートなどでけっこう取り上げられるのは、やはり“黒蜥蜴”というキャラクターの設定のおかげだろう。
 妖艶さという女盗賊ならではの武器はもちろんだが、頭脳や度胸も二十面相顔負け。おまけに目的のためには手段を選ばないという冷酷な部分があり、そのくせ明智に気持ちを寄せるいじらしい面もあるなど、これまでの犯人像にはない不思議な魅力がある。
 犯罪者としてのプライド、女としての魅力や弱さがカオスになり、この“黒蜥蜴”というキャラクターが成立しているわけで、そういう意味で本作はこれまでの明智対犯人という図式ではなく、ぜひ“黒蜥蜴”のロマンスものとして読むのがおすすめではなかろうか。
 昭和初期の雰囲気も濃厚で(大阪が舞台というのは珍しい)、やはり“黒蜥蜴”にはロマンあふれる時代がよく似合う。


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 『明智小五郎事件簿IX「大金塊」「怪人二十面相」』を読む。
 おなじみ明智小五郎の登場作品を事件発生順に並べたコレクションだが、ようやく九巻目に突入。本書ではいよいよ少年向け作品が収録されており、「大金塊」と「怪人二十面相」の二編という陣容である。
 ちなみに「怪人二十面相」は乱歩の少年向け第一作であると同時に、二十面相と少年探偵団が初めて登場する作品でもある。当然ながら事件発生順でも最初にくる作品かと思っていたが、なんと意外にも「大金塊」の方が先になるらしい。
 この辺りは編者の平山雄一氏による巻末の「年代記」に詳しいので、興味ある方はぜひそちらで。

 明智小五郎事件簿IX

 さてまずは「大金塊」だが、こんな話。
 ある夜のこと、資産家の宮瀬家に泥棒が入る。しかし盗まれたのは価値のある骨董品ではなく、一枚の破れた紙きれだった。だがこの紙切れこそ、先祖が残した莫大な金塊のありかを示した紙を半分にしたうちの一枚だったのである。
 宮瀬氏の相談を受けた明智小五郎は、助手の小林少年を使い、敵のアジトへ潜入させることを思いつくが……。

 「大金塊」は明智や小林少年は登場するものの、二十面相は登場しない。また、探偵小瀬というよりは冒険小説としての要素が強くなっているのが最大の特徴だろう。
 これは時局的に探偵小説そのものが不謹慎というふうに判断されたための作風転換であり、乱歩の少年向けとしてはやや異色の部類になる。それでも暗号の解読や敵アジトでの小林少年の活躍、少年たちの洞窟での冒険など盛りだくさんで、面白さは文句なし。むしろ子供向けとしてはより効果的で、十分成功作といえるだろう。

 続く「怪人二十面相」は、上でも書いたように、少年向け第一作であり、かつ二十面相と少年探偵団の初登場作品である。
 実業界の大物・羽柴壮太郎のもとに、いま世間を騒がせている怪人二十面相から、ロマノフ王家に伝わる宝石をいただくという予告状が舞い込んだ。奇しきも羽柴家では、家出をしていた長男の壮一が十年ぶりに帰国するという知らせも届き、再会した壮太郎と壮一は二人で宝石の見張りをすることになる。
 しかし、二十面相の意外な手段によって宝石は奪われ、さらには次男の壮二まで誘拐され、二十面相は荘二と引き換えに安阿弥の作といわれる観世音像を要求した。壮太郎は明智小五郎に相談をするが、あいにく明智は不在で、その助手の小林少年が駆けつけるが……。

 こちらも実に素晴らしい。管理人が初めて乱歩の子供向けを読んだのは小学三年生ぐらいの頃だが、あまりの面白さにそのままポプラ社のシリーズを残らず買ってくれとねだった記憶がある。
 推理の部分と冒険の部分の絶妙なバランス、数々のギミックやトリック、明智と二十面相の駆け引き、最後は子供ではなく必ず明智登場によってピリッと話が締まるところなど、いま読んでも色褪せるどころか、時を超えてなお輝きを放っている。
 さすがにトリッキーなネタのほとんどが(「大金塊」もそうだが)、よその作品からの借り物なのだけれど、まあ、それは時代ゆえのこととして見逃しましょう(笑)。

 書き出しの一文「そのころ、東京じゅうの町という町、家という家では、二人以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。」
 そして締めの「明智先生ばんざあい」「小林団長ばんざあい」というセリフに至るまで、すべてが印象的。ああ、やっぱり乱歩はすごい。


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 江戸川乱歩の『明智小五郎事件簿VIII 「人間豹」』を読む。おなじみ明智小五郎の登場作品を事件発生順に並べたシリーズだが、これでようやく八巻目。通俗長篇スリラーのタームに入ったせいか、毎月読んでいるとさすがにちょっと飽きてきてしまい、前巻の「吸血鬼」から三ヶ月ほど間をあけての再開である。

 裕福な家庭に生まれ育った神谷青年の最近のお目当ては、カフェの女給・弘子。今日もカフェに出向いてはアルコールと会話を愉しんでいたが、そこへ別のお客・恩田から弘子に指名が入る。いったんは拒否した神谷と弘子だったが、そのお客のただならぬ風貌——巨大な眼と長い舌——に気圧され、弘子は仕方なく相手を務めることにする。
 その日の帰り道。恩田を見かけた神谷は思わず後をつけるが、その途中で恩田が犬を惨殺するところを目の当たりにし、あまりのショックに神谷は体調を崩してしまう。
 ようやく復調し、久しぶりにカフェへ出向いた神谷。しかし、弘子は行方不明となっており、神谷は恩田が怪しいとにらみ、以前にあとをつけた恩田の家を訪問する。ところがそこで恩田の父親に監禁され、しかも弘子が恩田によって惨殺される現場を目撃する……。

 明智小五郎事件簿VIII

 プロローグ的な事件でも相当なものだが、本作はこのあとも恩田=人間豹の暴れっぷりがたっぷりと描かれ、加えて明智小五郎が登場する中盤以降では、明智の妻、文代をめぐって丁々発止の闘いが繰り広げられる。
 とにかく乱歩の通俗スリラーもくるところまできたという感じである。特に文代が恩田につかまってからの展開は本作のメインイベント。裸で熊の着ぐるみに入れられ、恩田に鞭で打たれたり、本物の虎に襲われたりと、エログロ趣味も濃厚。
 もちろんそんなお話しなのでミステリ的な興味は非常に薄く、アクションとスリラー、エログロの三本柱で読者をワクワクハラハラドキドキさせればそれでよいという、まさに娯楽小説のど真ん中のような作品といえる。

 管理人的にはこれまでの感想でも書いてきたように、この路線でも全然OKなのだが、ミステリ的な仕掛けが薄いこと、ストーリーが波瀾万丈に見えて実は繰り返しが多く単調だったり、そちらのほうが残念だった。
 子供向けを含め、これが三〜四回目ぐらいの読了になるのだが、子供の頃はそれなりにドキドキして読んだものの、いまは物足りなさが先に立つ。乱歩の通俗長篇スリラーでも落ちるほうだろう。


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 明智小五郎の登場する作品を年代順に並べた「明智小五郎事件簿」もこれでようやく七冊目。すでに巷では十巻が出ており、読書ペースがじわじわ刊行ペースに離されつつある今日この頃である。

 とりあえずストーリー。
 塩原温泉のとある旅館の一室で、二人の男が対峙していた。一人は三谷という美青年、もう一人は中年の画家、岡田。二人の前にはそれぞれ水の入ったグラスが置かれ、どちらか一方には致死量の毒薬が仕込まれていた。これは美貌の未亡人・倭文子(しずこ)をめぐる、命をかけた男の対決だったのだ。
 やがて思わぬ形で決着がつき、生き残った男には倭文子との幸せな日々が待っているはずだった。しかし、その対決の直後から、倭文子の周囲では不気味な"吸血鬼"が出没し、奇怪な事件が続出する……。

 明智小五郎事件簿VII

 過去に二、三度は読んだことがあるので、場面によっては鮮明に覚えていたが、全体のストーリーはけっこう忘却の彼方で意外に新鮮に読めた。まあ、最後に読んだのはン十年前だし(苦笑)。
 で、今回あらためて読むと、いやはや、こんなに荒っぽい物語でしたか。荒っぽいというのは内容の破天荒さ、小説の作りとしての荒っぽさ、両方の意味においてだが、まあ完成度は決して高くはないけれども、乱歩のサービス精神が炸裂しまくった超B級の傑作といっても過言ではない。
 乱歩の通俗スリラー系の代表作というと、どうしても『魔術師』『黒蜥蜴』『人間豹』あたりが思い浮かぶのだが、ううむ意外に『吸血鬼』も捨てがたい。

 推したくなる理由はいくつかあるのだが、やはり見せ場の多さであろう。1929年、報知新聞に連載された作品だから、読者を引っ張るために毎回の見せ場が必要になるのは理解できるとしても、乱歩はやはり同時代のその他の作家に比べると格段に上手い。
 冒頭の毒薬対決はもちろん、テレビの天知茂版明智でおなじみの氷柱の美女だとか、生きながらの火葬シーン(ここでの母子のやりとりがまた切ない)、グロい吸血鬼=唇のない男"の登場、ボートチェイスに変装トリックなど、まあ、ようもこれだけ詰め込みましたなという感じ。

 そして、それらのスリルとサスペンスを彩るエログロ要素も満載。同時期に連載していた『黄金仮面』では掲載誌の性格を考慮して自粛せざるをえなかったものの、こちらではしっかり解禁。特にヒロイン倭文子については、バツイチ子供ありという設定もあってか、乱歩も遠慮なく妖艶さを盛っている感じである。
 ちなみにこの倭文子、淑女でもなく、かといって悪女でもなくという、なかなか微妙な設定なのだが、実はこの性格付けがあるから、事件の真相やラストがより効いてくる。このあたり乱歩の巧いところである。

 三つ目は『魔術師』で登場した後の明智夫人となる文代、そして本作が初登場となる小林少年の活躍だろう。陰惨な物語のなかで、この二人の活躍が一服の清涼剤の役割を果たす。まあ、そもそも清涼剤が必要なのかという問題はあるにせよ(苦笑)、その瞬間だけ、明るいスリラー調に転じるイメージがあって面白い。
 小林少年はまだキャラクターが固まっておらず、後の正義感の強い立派な少年というイメージではなく、まだやんちゃな雰囲気も漂わせていて楽しいところだ。

 というわけで、実は決してこんなに褒めるほどの作品ではないのだが、かなり過去のイメージを覆されたこともあって、今回、5割増しぐらいで推してしまった感じがなきにしもあらず(笑)。あしからず。


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 集英社文庫の『明智小五郎事件簿』シリーズは、乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズ。すでに八巻目の『人間豹』まで発売されてはいるが、月イチの刊行ペースについていくのはなかなか難しくて、ようやく六巻目の『明智小五郎事件簿 VI「黄金仮面」』である。

 まずはストーリー。
 その年の春、東京市民の間に怪人物の風評が起こった。ソフト帽のひさしを鼻の頭まで下げ、オーバーコートの襟を耳の上まで立てた、その怪しげな姿。しかし、もっとも怪しげなのは、帽子と襟の間から垣間見える無表情な黄金の仮面であった。
 黄金仮面の目撃情報が募り、ついには新聞の社会面まで取り上げるようになった頃、黄金仮面はついにその目的を明らかにする。上野で開催された産業博覧会に展示された大真珠が、なんと黄金仮面によって奪われてしまったのだ。
 さらに数日後。黄金仮面から日光市の鷲尾侯爵邸に、所蔵の古美術品を盗み出すという予告状が舞い込んだ……。

 明智小五郎事件簿VI

 当時の掲載誌『キング』の意向もあり、この頃の乱歩作品としては、『黄金仮面』はかなり猟奇趣味が控え目である。今までよりメジャーな媒体ということもあって、乱歩もより一般向けに楽しんでもらえることを意識した作品なのだ。
 具体的には活劇色、さらには探偵対犯人という対決の構図がひときわ強く打ち出されているのが特徴といえるだろう。それらの特徴を生かすためか、ミステリとしてはそれほど込み入ったものではなく、あくまでアクション中心、そして連作のようにいくつかの事件を積み上げていくという構成をとっている。

 それだけにミステリとしては見るべきところが少なく、かなりの粗も目立つのが残念。トリックも焼き直しが多い。
 一番の見どころと思える犯人の正体も、確かに驚くべきものではあるが、結局はアイディアありきの一発勝負であり、犯人のキャラクターをそれほどうまく処理しきれていないところにも不満が残る。
 
 そのような弱点を孕んでいるにもかかわらず、エンターテインメントして十分に楽しめる作品に仕上がっていることもまた確か。
 ともすれば滑稽なだけの物語に陥りそうな設定を、人気作品として成立させた乱歩の手腕はさすがである。例えば怪人という存在が都市伝説と化していく様子など、本作での試みが後の怪人二十面相につながっていったかと想像するのも楽しい。
 ぶっちゃけ傑作とは間違ってもいえないが、忘れられない作品のひとつだ。


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 江戸川乱歩の『明智小五郎事件簿V魔術師』を読む。月イチノルマがなかなか厳しいが、ようやくこれで五冊目である。

 こんな話。
 『蜘蛛男』の事件を解決した明智小五郎は、静養のため湖畔のホテルを訪れ、そこで玉村宝石店主の令嬢、玉村妙子と知り合いになる。やがて妙子は帰京するが、その直後から玉村宝石店主の実弟、福田のもとへ、謎の脅迫状が届き始めた。
 その脅迫状は数字が書かれているだけの簡単なものだったが、毎日、知らぬまに屋敷内へ届けられていた。しかもその数字は1日ごとにひとつずつ減ってゆき、その数字が「0」になったとき、何かが起こるのではないかと予想された。
 そして「0」の当日。福田は首無し死体となって、屋敷内で発見された……。

 明智小五郎事件簿V

 いやあ、これまた何回目かの再読になるとはいえ、何度読んでもこれは面白い。とにかく印象的なシーンが目白押し。
 捕縛された明智が壁に掛けられた仮面のふりをした犯人と話すシュールな会話シーンとか、時計台の針で首を挟まれるシーンとか、二重三重に罠が仕掛けられた地下室のシーンとか、ラストの犯人を指摘するシーンとか、いやもう名場面だらけである。
 初期の本格から通俗スリラーへと方向転換した乱歩。本人的には忸怩たる思いもあっただろうが、読者には圧倒的に支持され、この『魔術師』で早くもひとつのピークを迎えた感すらある。

 そもそも通俗スリラーとはいうものの、乱歩はたいてい一つは大きなトリックを準備して、きちんと驚きを与えてくれる。『蜘蛛男』然り『黄金仮面』然り。ただ、ワンアイディアに頼ってあとはけっこう雑に済ますというか、それどころかストーリーをとっちらかすことも少なくないのがまた乱歩の悪い癖なのだが、こと本作に関しては少々違う。
 犯人をはじめとする登場人物像をきちんと設定し、プロットもしっかり構築し、それにそって伏線も張り、そして最後は見事に落としてくれるのである。
 事件が解決し、まるで後日談のように始まるラストの何とワクワクすることか。 しっかり芯が通っている印象だ。

 おまけに明智出ずっぱりというのもファンには嬉しいところだろう。まあ、早々に魔術師の手にかかって誘拐されるのはご愛敬だが、ほぼ全編にわたって明智が活躍する作品は意外に少ないのではないか(このへん記憶が曖昧なので適当だけど)。
 おまけに後の明智夫人となる文代が登場して大活躍し、明智とのラブストーリーとなっているのも興味深く、シリーズを通してもターニングポイント的な内容となっている。
 乱歩でおすすめといえばどうしても短編ばかりになるが、これは数少ない例外といえるだろう。


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 名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズ『明智小五郎事件簿』。本日の読了本はその第四巻『明智小五郎事件簿 IV 「猟奇の果」 』である。

 猟奇趣味が高じた青木愛之助はすべてに退屈していた。だが招魂祭で賑わう靖国神社で友人の品川四郎に瓜二つの男を目撃することで、その生活に変化が生じ始める。やがてポン引きに誘われた「秘密の家」で、再び品川四郎そっくりの男に遭遇するが、それは国家を揺るがすとてつもない大事件への入り口であった……。

 明智小五郎事件簿IV

 ン十年ぶりぐらいの再読である。本作の世評というのはだいたい駄作というあたりで定着しているけれども、こちらが年取ったせいか、いや、そこまで腐したものではない。

 駄作といわれる理由は明らかで、主に前半と後半の落差によるところが大きい。前半は乱歩の猟奇趣味が全開していて、それこそ東京中のいかがわしい遊びや娯楽が描かれて実に楽しい。これに瓜二つの人間が存在するという不思議を絡ませ、読み手の想像を膨らませてゆく。
 ところが後半に入って、明智が登場するとテイストは一変。幻想譚が冒険ものに転じ、瓜二つの不思議も単なる科学技術で済ましてしまうから、白けてしまうこと夥しい。まあ、当時はSF的な整形ネタもそれなりに注目されたのかもしれないが、ううむ、これではロマンがないんだよなぁ。

 ちなみに本作の前後半が大きく乖離している事情も有名な話で、前半で煮詰まった乱歩がもう書けないと当時の連載誌の編集長だった横溝正史に相談したところ、途中で止められては困る正史が、乱歩が当時書き始めていた通俗冒険ものにしてしまえ(正史はルパン式といったらしいが)とアドバイスしたことによる。
 正史も出来については諦めていたとは思うが、編集長として中断だけはさすがに避けたかったのだろう。とりあえず中断の危機だけは避けられたおかげで、こうして一冊の書物としてその後も読めるようになったのだから、正史には感謝しておきたいところだ。

 話を本作に戻すと、管理人も以前は単なる駄作というふうに思っていたのだけれど、久しぶりに読み返すと、前半の魅力だけでも十分お釣りがくるのではないかという気持ちになった。
 そもそも乱歩は探偵小説を「主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれていく経路のおもしろさを主眼とする文学」と説明しているぐらいだし、あと、これは誰の言葉か忘れたが「推理小説とは恐怖を論理が鎮める物語である」なんていうのもあったはず。
 探偵小説にあっては、むしろ前半と後半のギャップはあってこそ当然という気がしないでもない。そういえば『蜘蛛男』も前半と後半で趣が変わるパターンといえないこともなく、これは探偵小説の構造上の宿命といえるかもしれない。

 まあ、そんな無理矢理な理屈はともかく、前半の退廃的な雰囲気、青木愛之助という主人公格の男の東京遍歴は怪しくも魅力的で、この部分だけでも読む価値があると思うのである。
 とある秘密売春倶楽部での覗き行為などは、乱歩の真骨頂であり、このあたりをクライマックスにしてさらっと中編でまとめていれば、大したオチでなくとも佳品として評価されたはず。まあ、実際、光文社文庫版の江戸川乱歩全集ではそういう別バージョンも収められているので、興味ある方はそちらもどうぞ。

 ともあれ乱歩は長編が苦手だったというのはよく言われることだが、それもまた乱歩の味だと考えれば、本作はやはり乱歩ファン必読の一冊と言えるのではないか。いや、必読である。


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 先日、『明智小五郎事件簿 V 「魔術師」』が発売されたこともあって、あわてて積ん読の『明智小五郎事件簿 III「蜘蛛男」』を片付ける。
 どうせほとんど再読のシリーズなので、こちらとしてはボチボチ読み進めてもいいのだが、こういうのは溜めると絶対読まなくなるという一面もあるから(苦笑)、なんとか月一ペースを維持したいところではある。まあ、すでに遅れてはいるけれど。

 こんな話。東京のY町にある関東ビルディング。その小さな貸事務所に突如、稲垣と名乗る男が現れ、あっという間に美術商「稲垣商店」を開店させる。稲垣は事務員募集を騙って若い女性を誘拐し、その肢体を石膏像に塗り込めて、都内にばらまくという凶行に走る。稲垣こそ、後に「蜘蛛男」として日本中を震撼させた殺人鬼だったのだ。
 たまたまこの事件に遭遇した犯罪学者の畔柳博士と助手の野崎青年は、「蜘蛛男」が同じタイプの女性を狙っていると考え、警視庁の波越警部に協力して捜査へ乗り出すが……。

 明智小五郎事件簿III

 過去二度ほど読んではいるが、それもずいぶん昔のことで、けっこう内容を忘れている。今回あらためて読んで感じたのは、ここまで破天荒な内容だったかということに尽きるだろう(笑)。

 『蜘蛛男』は乱歩作品の中でいわゆる通俗スリラーに分類される作品だ。それまで乱歩が書いていた本格や変格の諸短編とは(猟奇的なテイストという面では共通するところも多いが)、まったく異なる路線である。その大きな違いは、一般読者を対象にし、とにかく物語の面白さで引っ張ることを第一としたこと。
 目的を達成するための手段として、乱歩は物語の大半を占める大きな仕掛けを考える。もちろん今、読むとバレバレではあるのだが、その仕掛けを最大限に活かすため、乱歩はとにかく伏線として数々のヤマ場やどんでん返しを設ける(もちろん雑誌連載という理由もあっただろう)。
 結果、ミステリとしては非常に粗い仕上がりとなり、ツッコミどころ満載となってしまうのだが、それだけで切り捨てるにはあまりに惜しいのも事実である。

 管理人が推したいのは、やはり明智と犯人の対決シーン。今読むとさすがに時代がかりすぎるきらいはあるが、ここまでお芝居的に押し出したのも本作が初めてだろう。そもそもこちらは子供の頃にこのイメージで刷り込まれている口なので、お互いが名乗るシーンなどもう感涙ものである。
 もちろんエログロ要素は必須。前半の執拗な蜘蛛男と被害者の描写やラストのパノラマシーンなどは当然としても、今読むと子供の頃には理解できなかったストックホルム症候群といった要素も含まれており、新たな気づきもあって嬉しくなる。被害者に対して案外さらっと流してしまうクールさもかなり意外だった。

 まあ、ミステリとしては確かにおバカな作品だが、いかがわしいパワーもまた乱歩の大きな魅力の一つであれば、本作は間違いなくそちら系の代表作。
 日本のミステリを語る上でやはり一度は読んでおくべき作品である、とまでは言わないが(笑)、いや、こういうのも含めてやはり乱歩は凄いと思うわけである。


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