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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

江戸川乱歩『明智小五郎事件簿 戦後編 III 「サーカスの怪人」「妖人ゴング」』(集英社文庫)

 名探偵・明智小五郎が登場する小説を、物語の発生順にまとめた〈明智小五郎事件簿〉シリーズ。その戦後編の三冊目、『明智小五郎事件簿 戦後編 III 「サーカスの怪人」「妖人ゴング」』を読む。
 収録作は題名どおり少年探偵団ものの「サーカスの怪人」と「妖人ゴング」の二長篇を収録。個人的にはどちらも再読だが、読んだのはなんと小学生のとき以来となる。

 明智小五郎事件簿 戦後編 III

 「サーカスの怪人」は「グランド=サーカス」を舞台に暗躍する謎の骸骨紳士が登場する。怪人のレベルとしてはそこまで突飛なものではないが、執拗なほど骸骨紳士が人々を驚かすエピソードが続くのが印象的。アクションシーンも空中ブランコや象、熊など、サーカスのアイテムを活用して面白い。
 ただ、本作の肝はそれよりも、二十面相のある秘密が明らかになること、そして無茶苦茶なメイントリックにあるだろう。前者は有名なネタだからともかくとして、問題は後者。いくら何でもやりすぎであり、当時の子供だってちょっと呆れたり怒ったりしたのではないか(苦笑)。まあ、そういうところも含めて読み応えはある。

 「妖人ゴング」は「サーカスの怪人」に比べるとかなり落ちる。「妖人ゴング」というギミックが時代を考慮してもかなり弱いことがまずあるけれど、それよりも小林少年や怪人二十面相が窮地に陥った際の描写がけっこうエグく(もちろん少年探偵団ものにしては、だけど)、そちらばかりが気になってしまった。
 また、物語の冒頭で、新しくマユミという少女が探偵団に加わるシーンがあるけれど、年齢を考えてもその後の行動をみても、とても探偵団向きではない。おまけに探偵団の子供たちがのっけから意味なく「女王様ばんざーーい」とやってくれるので、どうにもヒロイン像の造形に失敗したとしか思えない。この時期の乱歩はどうにかしていたのだろう(笑)。

 とりあえず、これで「明智小五郎事件簿」もとうとう残り一冊となった。ラストはいつにするかな。


江戸川乱歩『明智小五郎事件簿 戦後編 II 「化人幻戯」「月と手袋」』(集英社文庫)

 江戸川乱歩の生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を、物語発生順にまとめた〈明智小五郎事件簿〉。その戦後編の二冊目にあたる『明智小五郎事件簿 戦後編 II 「化人幻戯」「月と手袋」』を読む。といっても実は戦前編が終わったときに、大人ものの長編だけでも続きを読みたくなり、『化人幻戯』はそのときに読んでしまっている。もちろん再読する手もあるのだが、まだ記憶が新しいので今回はパスし、久々の再読となる「月と手袋」の感想のみ残しておく。
※『化人幻戯』はこちらの感想をご参照ください。

 明智小五郎事件簿 戦後編 II

 さて、「月と手袋」だがこんな話。主人公のシナリオ・ライター北村は、あるとき知人の股野に呼び出される。股野は元男爵ながら、今では映画界のスキャンダルを利用して高利貸しを営む映画ゴロ。北村は股野の妻で元女優のあけみと不倫関係にあり、股野はそれをネタに慰謝料五百万を要求してきた。とてもそんな金は払えない北村は股野と口論になり、やがて掴み合いの乱闘の果てに、股野を絞め殺してしまう。
 北村はその場を目撃していたあけみを説得し、強盗による殺害事件に偽装。一時は完全犯罪が成功するかに思われたが、なぜか一人の警部が馴れ馴れしく二人につきまとうようになる。そして、その裏には明智の存在があった……。

 いわゆる倒叙もの。殺人を犯した主人公・北村の心理描写と、完全犯罪を警察&明智がどう崩していくかが読みどころである。
 まず前者について見ていくと、戦前には同じく倒叙の『心理試験』という傑作もあるが、乱歩はこういうネチネチした心理描写がもともと得意な作家である。本作も花田警部に追い詰められていくあたりの焦燥感は生々しくていいのだが、突発的に起こった殺人のため、犯罪に至るまでの心理描写が物足りない。
 実はこういう事態を北村は常々予想しており、そのために偽装工作もイメージどおり素早くできたという説明があるのだが、それなら余計に犯行以前の部分も掘り下げるべきだったろう。短篇ゆえに難しいところではあろうが。
 一方、完全犯罪を警察&明智がどう切り崩すかという部分では、さらに苦しい。以前に読んだときは犯人の心理描写だけで十分満足していたのだが、今回久々に読んで気になったのが、警察&明智はどの時点で北村が怪しいと気づいたのか、ということ。刑事コロンボの例を見るまでもなく、倒叙における気づきは重要なポイントである。犯人はもちろん、読者も見落としてしまった犯行のミス、それを探偵が気づいて披露する面白さ、である。物語のラストで犯人が「どうして警部は僕が犯人だと思ったのか?」なんて聞いたりして、コロンボがそれにドヤ顔で答える場面などは最高の見せ場のはず。本作には悲しいかな、その気づきがない。
 また、この事件では花田警部が語るように物証がない。そこで心理的に北村たちを追い詰める手に出るのだが、それは気づき、根拠、確証などがあるから許されるのであって(いや、本当はそれもあかんけどね)、これでは警察が犯人を殴って自白させるのと同じで、本格ミステリとしての意味が失われてしまう。
 一見すると迫力もあるし悪くない作品なのだが、あらためて読んで少し残念な気持ちになった。


江戸川乱歩『明智小五郎事件簿 戦後編 I 「青銅の魔人」「虎の牙」「兇器」』(集英社文庫)

 集英社文庫の「明智小五郎事件簿」が復活した。といっても既に六ヶ月以上も前のことになるので、何を今更の感しかないのだが、とりあえずめでたい。もちろん戦前編から読んでいる人はとっくにご承知だろうが、「明智小五郎事件簿」とは名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズである。戦前編で完結したと思ったら、やはりリクエストが多かったらしく、戦後編がスタートしたのだ。
 ただ、戦後編はジュヴナイルも多いということで、少年ものに関しては重要作品をセレクトするにとどまっている。未収録分に関しては戦前編でもお馴染みの平山雄一氏がコラムでフォローする形となったが、まずは喜ばしいかぎりである。

 明智小五郎事件簿 戦後編 I

 本日の読了本はその戦後編の第一巻『明智小五郎事件簿 戦後編 I 「青銅の魔人」「虎の牙」「兇器」』である。
 「青銅の魔人」は戦後の明智復活の第一作ということもあり、乱歩の少年ものでは人気の高い作品だが、個人的には「青銅の魔人」というキャラクターにに対してそこまで魅力を感じられず、思い入れは少ない。ただし、小林少年が「青銅の魔人」にされてしまうという展開など、言ってみればフェチシズムの香りが濃厚で、子供の頃に読んで非常に複雑な感情を抱いたのが思い出される。
 また、チンピラ別動隊という孤児の集団の扱いなど、戦後の状況を偲ばせる描写も多く、そういう意味では単に戦後第一作という括りだけで語られるのは、ちょっともったいないのかもしれない。

 「虎の牙」はのちに『地底の魔術王』と改題された作品。二十面相扮する魔法博士と小林少年の対決がメインで、明智は病気療養中という設定。もちろん終盤は明智の活躍が見られるものの、少年向け、とりわけ戦後作品では、明智は完全に一歩引いているスタンスが多くなる。
 これは少年向けということもあるだろうが、物語そのものが既にパターン化してきていることも合わせて考えると、やはり乱歩自身のパワーダウンは否めないだろう。それでも本作などは比較的趣向を凝らしており、前半で描写される奇術ショーなどはなかなかの見せ場で、個人的には割と好きな作品である。
 なお、「青銅の魔人」、「虎の牙」と続けて読むと、二十面相の明智に対する恨みが非常にエスカレートしていて気になる。ストーリーの流れというよりは、どうしても戦争の影響を考えてしまうのだが、二十面相の人格という面から研究している人はいるのだろうか。

 「兇器」は大人向けの短篇。本筋もさることながら、数学の問題が実に印象的。実は数学の問題というよりクイズであり、この時代からこういうタイプのクイズがあったのだと驚かされる。


江戸川乱歩『うつし世の三重 江戸川乱歩三重県随筆集』(伊賀文学振興会)

 Twitterで少し呟いたが、『うつし世の三重 江戸川乱歩三重県随筆集』という本を購入した。昨年発売されていたのにまったく気づかなかった乱歩の随筆集で、たまたま西荻窪の書店で見かけ、驚いて即レジへ持っていった次第。

 うつし世の三重

 中身はというと、乱歩が生誕地・三重県について言及した文章を集めたもので、初めて活字化された文章もあるという。
 ただし、家族や故郷、生活などについての随筆がメインだから、探偵小説についての言及は少なく、また、同じような内容の文章も少なくないので、あまりミステリ的興味を期待してはいけない。乱歩が残したさまざまな断片を繰り返し読んでいくことで、乱歩の人となり、生涯を理解し、味わう一冊と言えるだろう。あくまで愛好家やマニア、研究者向けといった印象である。

 しかしながら、乱歩の随筆を読んでいつも思うのは、本当に自分語りが好きだなぁということ。ここまで自分のことを書き記した作家はなかなか見当たらない。その経歴や立場から、他の作家に比べれば発表する媒体や機会は多かったのだろうが、それにしても数が桁外れに多い。それも例えば私小説のように自らをテーマにしたいという感じではなく、自分が接したもの、触れたもの、そのすべてを自分のために残しておきたいという感じである。乱歩はそれをもって、自分が生きている証としたかったのだろうか。

 さて、本の内容とは少し外れるが、本書の存在を発売当時に見逃した原因がなんとなくわかったので記しておく。まあ管理人が情弱だっただけのことで、皆様すでにお買い上げなのかもしれないけれど(笑)。
 そもそも本書はISBNコードがなく、一般の書店では流通していないのである。版元も出版社ではなく、伊賀文学振興会という、どうやら三重県伊賀市の市民団体である。
 ホームページでもあれば話は早いのだが、いかんせん伊賀文学振興会の正式なホームページは見当たらず(本書の簡易的な通販ページのみ確認)、ネットで断片的な記事を拾い集めた結果わかったのが、「地元ゆかりの小説家・横光利一の顕彰行事の実行委員会を母体として2019年に発足した、伊賀地域の文学振興を進める団体」ということ。地元の文芸関係者が市に働きかけて設立した、伊賀地域の文学振興を進める有志の団体なのだ。
 とはいえ基本は市民有志による活動である。セミナーや講演などはなんとかなるだろうが、活動二年目にして乱歩の随筆集とは大したものだ。と思っていたら、これにもタネがあって、編集を乱歩研究で知られる、あの中相作氏が担当している。ここから先は想像だが、中相作氏が伊賀文学振興会に所属されているか、あるいは働きかけて実現にこぎつけた一冊ではないだろうか。

 ただ、惜しむらくは、当時のネットニュースやTwitterでは多少取りあげられたようだが、積極的な宣伝はほぼしていないようなのだ。
 そもそも限定1000部であり、基本的には三重県内のいくつかの書店でしか発売しておらず、あとは事務局のホームページからの通販だけなのである。もちろん広告など望むべくもない。そりゃあ気がつかないわけだ。
 それが発売後半年以上経ってから、管理人がたまたま入った書店で買えたのはラッキーとしか言いようがない。なんとその書店は、本書を取り扱う東京で唯一の書店だったからである。正直、奇跡のような出会いである(笑)。
 そんな状況なので、今でももしかすると管理人のように本書の存在を知らない人もいるかもしれない。限定1000部とはいえ、まだ通販ページがあるからには在庫もまだあるのだろう。これはちょっともったいないかもということで、気になる方はぜひ問い合わせしてみてはどうだろう。

伊賀文学振興会出版事務局
https://www.ueno-pri.co.jp/igabun/igabun2020.html

江戸川乱歩『影男』(江戸川乱歩推理文庫)

 江戸川乱歩の『影男』を読む。明智小五郎が登場する大人向け長篇としては最後の作品である。まずはストーリー。

 裏社会に暗躍する神出鬼没の「影男」。彼は作家や実業家、慈善家、遊び人など、さまざまな顔と名前を使い分け、世の中の裏側を見ることを無常の楽しみとして生きる男であった。
そんなある日のこと。影男は須原という男から“殺人請負会社"の顧問として参加してほしいと誘われる。影男が考えた殺人のアイデアを売ってくれというのだ……。

 影男

 ひとつ前の『化人幻戯』がそうであったように、本作もまた乱歩がこれまで繰り返し使ってきたモチーフ、すなわちパノラマ館や犯罪趣味、探偵小説趣味などといった要素をふんだんに盛り込んでいる。エログロもけっこう満載で、相変わらずといえば相変わらずである。
 したがって、これを苦し紛れの焼き直し作品とみることもできるのだが、ただ、そういって捨てておくには少しもったいないのも事実。本作ならではの見どころもないではないのだ。

 まずは何といっても明智と対峙する“影男"の存在。本作は明智小五郎も登場するけれど、全編を通して活躍するのは影男であり、ほぼ本作の主人公といってよい。
 その影男は犯罪に興味はあるが殺人などは好みではなく、ときには慈善も行う。根っからの悪人というわけでもないそのキャラクターはなかなか魅力的で、一言でいえば変態傾向の強いルパンである(笑)。

 また、作品世界もエログロは確かにあるのだけれど、いつもの乱歩独特の濃厚な妖しさには欠けている印象。影男のスマートなキャラクターに引っ張られているところもあるのだろうが、全体に良い意味での軽めの世界観となっている。
 だから乱歩の作品には珍しく、犯人(影男)に感情移入しやすい作りになっている。これはもしかすると乱歩流のピカレスクロマンと見てもよいのではないだろうか。

 まあ、そうはいっても確かに欠点も多い作品ではある(苦笑)。前半のだらだら感の強いエピソードの積み重ねも問題だが、一番の欠点はとってつけたような明智の起用方法か。
 まあ、明智がチョイ役という趣向もときにはありなのだけれど、その割には役者が一枚も二枚も上すぎて、影男の存在が一気に霞むような展開は興醒めである。むしろ明智は出演させず、“殺人請負会社"と影男の対決で締めたほうがよかったのではないか。
 これらのストーリーの荒っぽさがけっこう致命的で、雰囲気や影男のキャラクターでなんとか楽しめたものの、乱歩ファン以外にオススメするのはさすがに厳しいといえる。

 ということで、これで集英社文庫版「明智小五郎事件簿全12巻」の補足読書はいったん終了。短編がふたつほど残っているが、まあそれはまた機会があれば(笑)。
 ただ、こうなると明智が出ない長短編も久々に読み返したくなってくるのが困りものである。しかし、乱歩関係では周辺書や評論関係もけっこうたまってきているので、今度はそちらも攻めてみようと思案中である。


江戸川乱歩『化人幻戯』(江戸川乱歩推理文庫)

 集英社文庫で昨年4月に完結した「明智小五郎事件簿全12巻」はまだ記憶に新しいところだが、これは江戸川乱歩が生んだ希代の名探偵、明智小五郎の登場作品を、長短編問わず事件発生順にまとめたシリーズである。
 また、本編を楽しむだけでなく、巻末につけられた平山雄一氏による年代記が便利で、こちらは事件発生年月の検証をメインに、当時の物語の舞台や世相などをもフォローしているからありがたい。
 ひとつだけ注文があるとすれば、このシリーズが戦前作品だけで終わっていることだろう。
 戦後の明智登場作品のほとんどが子供向けのせいか、乱歩が細かい整合性などまったく考えておらず、もはや検証自体に意味がないこともあろうが、何より子供向けばかりでは商売としても厳しいだろうから、これは致し方ないところだろう。
 ただ、読者からするとこのまま終わるのも少し気持ちが悪いのも事実で、まあ、それは版元も平山氏も同じ気持ちだったらしく、最終巻の「クロニクル」では、ちゃんと戦後分の事件発生順作品リストが載っており、こういう気配りがまたありがたいところである。

 で、この際だから戦後分の明智作品もすべて読み切ってやろうかと一瞬思ったのだが、子供向けだけで二十冊以上あるとさすがに腰が引ける。読み返したい気持ちはやまやまなのだが、絶対に途中で飽きるだろうし(苦笑)。
 というわけで、せめて大人向けの長篇『化人幻戯』と『影男』だけは読むことにした次第である。

 さて前振りが長くなったが、本日の読了本は『化人幻戯』である。まずはストーリー。
 父親の勧めで実業家・大河原義明の秘書になった庄司武彦。大河原は犯罪や探偵小説、レンズや奇術を趣味とする変人ではあったが、実業家としてもすぐれ、若い妻・由美子と暮らしていた。
 秘書としての仕事にも慣れてきた頃、庄司は大河原家に出入りする青年・姫田吾郎から、差出人不明の怪しい白い羽根が送られてきていることを相談される。秘密結社に興味をもっていた姫田は、これを脅迫の一種と受け取り、庄司の知り合いの探偵・明智小五郎に相談してほしいという。
 それからしばらくのこと。庄司は大河原夫妻と熱海の別荘に出かけるが、双眼鏡をのぞいていた夫妻は断崖から一人の男が転落するところを目撃する。その男はなんと姫田であった……。

 化人幻戯

 戦後十年を経て、還暦を迎えた乱歩が久々の長篇、しかもそれまでの通俗スリラーから本格回帰を図った一作。明智も齢五十を重ねてはいるがまだまだ若く、小林少年にいたってはまだ少年のままというのが少々あれだけれども、全体的には大きなブランクを感じさせない出来といえるのではないだろうか。

 まあ一般的にあまり評価されていない作品であることはわかる。本格という結構は一応備えているし、トリックも密室やアリバイ、暗号など、ふんだんに盛り込んではいるものの、どこかで見たようなネタばかりだし、ひとつひとつの驚きは少ない。
 ただ、乱歩なりの本格を目指したという気持ちは伝わってくる。レンズやのぞき見、探偵小説、犯罪、エロなど、乱歩がこれまで繰り返し使ってきた題材が至るところに散りばめられており、それらを総括したうえで、本格に仕立てたかったのだろう。

 その方向性が最大限に発揮されたのが犯人像か。
 通俗スリラーに登場するような怪人ではないし、そこまで意外な犯人でもないのだけれど、後のサイコスリラーに登場するようなサイコパスともいえるキャラクターであり、これもまた乱歩の圧倒的嗜好が反映されていてゾクッとくる。
 乱歩自身もこの犯人像にはかなり力を入れていたようで、終盤の手記や犯人の告白は乱歩の世界を存分に味わうことができるし、一番の読みどころであろう。
 ただ、その結果として終盤が説明的になりすぎたのは、スト−リーという観点からすると大きなマイナスにもなっていてもったいない。

 ともあれ世間の評判ほどには悪くないし、個人的にはむしろ好きな作品である。通俗スリラーの上位作品よりはいいと思うぞ。


江戸川乱歩『江戸川乱歩からの挑戦状I SF・ホラー編 吸血鬼の島』(まんだらけ)

 生誕記念とか没後○年とか、その関連で著作権フリーになったりとかで、まあ乱歩関連本がこの数年でずいぶん出版された。著作はもちろんだがノンフィクションや評論関係も多い。
 本日の読了本は、そんな数ある乱歩関連本のなかでも変わり種に入る一冊。昨年の五月に漫画専門の古書店「まんだらけ」から発売された『江戸川乱歩からの挑戦状1 SF・ホラー編 吸血鬼の島』である。
 雑誌『少年』に昭和29年〜38年まで連載された乱歩の子供向け小説からのセレクションということだが、実際に乱歩が書いたものではなく、他の作家やライターによる代作。ただ、当時の挿絵や巻末についていた懸賞付きクイズもそのまま載せるなど、なかなか楽しい作りになっている。
 収録作は以下のとおり。

第1部 SF・ホラー作品集
「吸血鬼の島」
「きえた宇宙少年」
「海底人ブンゴのなぞ」
「のろいのミイラ」
「魚人第一号!」
「死人(しびと)の馬車」
「生きていた幽霊」
「魔法探偵術」
「悪魔の命令」
「指」
「幽霊塔の謎?」
「ノロちゃんと吸血鬼ドラキュラ」
「心霊術の謎」

第2部 異色作品集
「荒野の強盗団」
「にせインディアン」
「黄金の大黒さま」
「天狗の足あと」

 吸血鬼の島

 肝心の中身のほうもなかなか。といってもクオリティというよりは、そのトンデモ度からだが。
一応は明智小五郎や少年探偵団も登場する(一部、ノンシリーズもあり)子供向け探偵小説である。ただし、悪玉として登場するのが吸血鬼や宇宙人、ミイラに半魚人などなど。これが聖典の少年探偵団ものならほぼ100%、二十面相の変装した姿なのだが、このシリーズが凄いのはそれらのモンスターがすべて実際の存在だということ。さすがに全部が全部そういう作品ではなく、中にはトリックがあったり科学的に解明されるものもあるけれど、まあ全体的には相当ぶっとんだシリーズである。
 まあ管理人も記憶にあるが、昭和五十年頃までの少年誌や少年漫画誌はこういう特集ばかりやっていて人気を集めていたので、おそらく『少年』はその先駆け的存在だったのだろう。

 また、そういった設定ばかりでなく、ストーリーや描写もけっこう好き放題やっている。おそらく乱歩もほぼ監修などしていないと思われるが、たとえば表題作では、吸血鬼に囲まれた二十面相が泣きながら明智に助けを求めてくるとか、魚人が登場していながら最後まで一切の説明もつけていないとか、少年探偵団の一人を●●●に仕立て上げるとか、街中で放射能をまき散らすとか、もう好き放題である(笑)。
 いまの時代にこれを真顔で書かれても困るけれど、少年誌や乱歩贋作の歴史を垣間見るという点では興味深いし、これだけむちゃをやっている割には意外に違和感がなく、それなりに楽しめるのが面白いところだ。

 吸血鬼の島(付録)

▲ちなみに本書はまんだらけのイベント「大まん祭」で先行発売され、管理人もわざわざ中野の会場まで出かけて入手した。というのもイベント会場やまんだらけ店舗・通販で買った人にだけ小冊子「《譚海》掲載「犯人あて大懸賞」セレクション」がついてきたからであり、しかも当日のトークイベント限定で「乱歩漫画コレクション」なるパンフレットも配布していたからである。
 乱歩ファンはもとより漫画ファンが集うイベントだから、当日はさぞや大混雑かと予想し、けっこう気合いを入れて出かけたのだが、意外に空いていて拍子抜けしたのでありました。


江戸川乱歩『明智小五郎事件簿XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」』(集英社文庫)

 江戸川乱歩の『明智小五郎事件簿XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」』を読む。名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズも遂にこれが最終巻である。

 明智小五郎事件簿XII

 まずは「悪魔の紋章」からいこう。
 法医学の権威、宗像隆一郎博士が探偵業に手を染めるようになって数年。めきめきと頭角を現し、いまや明智小五郎と並んでその名を知られるようになったが、そんな宗像のもとへ脅迫状に悩まされる川手という実業家から調査依頼が舞いんでいた。
 ところが内偵に送り出していた宗像の助手、川手の娘らが次々に惨殺され、その現場には常に謎の“三重渦状紋”が残されて……という一席。

 子供の頃に読んだときは、犯人の手がかりであり、挑戦状でもある“三重渦状紋”というギミックに惹かれ、かなり楽しめた記憶があったのだが、いやあ今読むとこれはしんどい(苦笑)。
 といっても本作単品で読む分にはそれほど悪くもない。ストーリーは破天荒だし、どんでん返しの連発や明智と宗像の探偵対決など見どころも多い。
 問題はいかんせん焼き直しのネタが多すぎることだろう。そもそもが「明智小五郎事件簿」というシリーズで続けて読み進めてきたこともあって、ああ、あれはこの作品、これはこの作品にあったなというようなことが多すぎて、どうにも白ける。まあ、乱歩の通俗長編でそれをいってもしょうがないのだけれど、同じ通俗長編でも初期のほうがやはり読ませるのは確かだ。
 犯人の執着心というか執念も極端すぎていまひとつ納得しにくく、これはやはり凡作だろう。

 お次は「地獄の道化師」。
 池袋の踏切を横断しようとしていたオープンカーが車道を踏み外し、積んでいた石膏像が踏切に投げだされた。タイミング悪くそこへ列車がやってきて、石膏像は無残に砕かれてしまう。しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。その石膏像の中から人間の死体が発見されたのである。
 そのニュースを聞いて警察署に野上あい子と名乗る女性が現れた。もしかすると死体は自分の姉・みや子ではないかというのだ。右腕の傷跡からまさしく死体がみや子であることを確認したあい子だったが、その日から彼女の周囲には不気味な道化師の影が……。

 謎解きという観点でみれば本作も「悪魔の紋章」と似たようなものでかなりの粗はあるのだけれど、それでも本作のほうが全然楽しめる。なんといっても犯人像が独特で、ぱっと見はけっこう似たような印象もあるのだけれど、実は動機や犯行の数々がこれまでの乱歩の猟奇ものとは微妙に一線を画している。
 あまり乱歩の作品の中ではフィーチャーされることがない本作だが、もう少し見直されてもよのではないか。

 というわけで、ようやく「明智小五郎事件簿」全作読了である。
 このシリーズの良さは、明智ものを物語内の時間軸で読み進めるという楽しさにあるのだが、個人的にはこれをきっかけに明智ものを再読できたことに感謝したい。子供の頃にほとんど読んでいたのでそれっきりになっていた作品も多かったのだが、あらためて大人の目で読むと、その印象はずいぶん違っているものもあったし、逆にまったく記憶が色褪せていないものもあったり、実に楽しい再読体験だった。
 また、巻末の“明智小五郎年代記(クロニクル)”の考証も本シリーズの楽しみのひとつであった。それこそ推理していく楽しさを感じることもできるし、また当時の風俗紹介等も作品理解の一助として有効だろう。
 惜しむらくは本シリーズが戦前の作品だけで完結してしまっていることか。できれば第二期を期待したいところなのだが、大半が子供向けになってしまうし、戦後の作品でそれをやるとかなりカオスになるらしいということをどこかで聞いたこともある。
 ただ、本書には巻末に戦後分の年表も載っているので、個人的に読み進めることは一応可能のようだ。せっかくここまで読んだからには、大人向けだけでも読んでみるかね。


江戸川乱歩『明智小五郎事件簿XI「妖怪博士」「暗黒星」』(集英社文庫)

 日本のミステリ史に燦然と輝く名探偵といえば、なんといっても乱歩が創り出した明智小五郎を忘れてはならない。集英社文庫の〈明智小五郎事件簿〉は、そんな明智の活躍を事件発生順にまとめたシリーズであり、本日の読了本『明智小五郎事件簿XI「妖怪博士」「暗黒星」』は、その十一巻目にあたる。

 明智小五郎事件簿XI

 まずは「妖怪博士」から。
 少年探偵団の一員、相川泰二君が帰宅途中のこと。曲がり角に差し掛かるたび、何やら道路にマークを記している奇妙な老人と遭遇する。その怪しげな様子が気にかかり、泰二君はこっそり後をつけ、ある洋館に忍びこんだ。だが、そこで待ち受けていた蛭田博士と名乗る男に捕まってしまい……。

 乱歩が書いた子供向け作品、いわゆる少年探偵団ものとしては「怪人二十面相」、「少年探偵団」に続く三作目にあたる。
 内容としても前二作を踏まえたもので、明智たちにしてやられた二十面相が明智や少年探偵団に対する復讐を行うというもの。 とにかくこれでもかというぐらい徹底的な二十面相の復讐譚が見もので、明智はともかく、なぜ子供相手にそこまで執着するのか理解不能である。
 ただ、二十面相が子供相手に真剣にやってくれるところが当時の子供の心に響いたことは間違いなく、ストーリーやトリックなどは前二作より劣るが、エネルギーとしては相当なものだ。
 とりあえずこの時点で乱歩も二十面相ものに一区切りつけるような意図はあったのだろう、ラストでは二十面相が完敗を認めており、二十面相の再登場はなんとほぼ十年後になってしまう(まあ、実際は戦時という事情も大きいのだけれど)。


 お次の「暗黒星」は大人向けの一作。
 関東大震災の大火を免れた東京の一角にとある洋館があった。そこには奇人資産家として知られる伊志田鉄造氏の一家が住んでいた。
 ある日、一家が揃って十六ミリフィルムの映像を眺めていると、なぜか家族の大写しの場面で映写が止まり、フィルムが焼けてしまうというアクシデントが続発する。その不吉な出来事に、長男の一郎が最近身の回りで起こっている怪しい出来事を告白するが……。

 地球に衝突しようとしているのに誰にもまったく気づかれない光のない星、それが暗黒星だ。明智は事件の真犯人をその暗黒星になぞらえているが、このタイトルこそ格好いいものの、実はそれほど評価の高い作品ではない。
 舞台がほぼ屋敷で起こっているというのに、それに対応できない明智と警察があまりに非力というか間抜けというか。使い回しやミステリとしていかがなものかというネタもありで、この時期に書かれた作品の中でもかなり落ちるほうだろう。
 ただ、家族で十六ミリを観る導入からけっこう雰囲気はいいし、全体的にこじんまりした感じが意外に好ましく、個人的にはそれほど嫌いな作品ではない。

 ともかく、これでようやく〈明智小五郎事件簿〉読破にリーチ。残すはいよいよ最終巻の『~XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」 』である。


江戸川乱歩『明智小五郎事件簿X「少年探偵団」「黒蜥蜴」』(集英社文庫)

 名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズの十巻目『明智小五郎事件簿X「少年探偵団」「黒蜥蜴」』を読む。
 九巻目は「大金塊」と「怪人二十面相」という児童向け作品のカップリングだったが、本書では児童向けと大人向けがそれぞれ一作ずつという構成で、よく考えるとすごい組み合わせではある。

 明智小五郎事件簿X

 さて、まずは『少年探偵団』。
 首都東京を最近騒がせている謎の怪人“黒い魔物”。影のように神出鬼没の“黒い魔物”は、次々と人を驚かせる事件を起こしていたが、その本当の狙いは富豪・篠崎家が所有する“のろいの宝石”と娘の緑ちゃんにあった。
 篠崎家はその手立てとして名探偵・明智小五郎に依頼をするが、あいにく明智は不在。代わりに助手の小林少年が妙案を思いつくのだが……。

 実に何十年ぶりかの再読。ストーリーはほとんど覚えていなかったが、特定シーンだけ(アジトの爆破シーンとか、小林少年の女装とか)は鮮明に覚えているのが不思議。
 さて、本作は少年探偵団ものとしては二作目にあたるが、この時点でほぼほぼシリーズのパターンは確立されている印象である。ただ、後の作品に比べるとやや弱さは目立つ。
 “黒い魔物”の正体が明かされるのはストーリー中盤とけっこう早い時点だし、それもおそらくはキャラ設定が後の作品のものほど強くないため、むしろ早めに二十面相を登場させたかったのではないかと想像できる。
 ただ、その結果として二十面相が登場して明智と対決するシーンが前半の大ヤマとなっており、バランスとしては悪くない。
 そのほかの見どころとしては、やはり少年探偵団の活躍であり、小林少年の女装やBDバッヂの説明などはなかなか楽しいし、やっぱり何だかんだで面白い作品である。


 お次は「黒蜥蜴」。こちらも読むのは二十年ぶりぐらいになると思うが、これで確か四回目の再読になる。
 クリスマス・イヴの夜。あるナイトクラブで盛大に催されている大夜会で、一際目立つ妖艶な黒衣の美女。その正体こそ、宝石のためなら人殺しをも厭わない女盗賊“黒蜥蜴”であった。
 “黒蜥蜴”の次なる標的は、大阪の宝石商・岩瀬家のひとり娘・早苗。誘拐予告状を受け取った岩瀬老人はさっそく明智小五郎に警護を依頼したが、岩瀬家が滞在するホテルには、すでに“黒蜥蜴”が緑川夫人として彼らの前に現れていた……。

 このころの乱歩はスランプに陥っていた時期であり、パターン化された通俗ものばかり書いていたが、本作もストーリー的にはそれほど見るべきものはない(鉄板ではあるけれど)。それでも乱歩の好きな作品アンケートなどでけっこう取り上げられるのは、やはり“黒蜥蜴”というキャラクターの設定のおかげだろう。
 妖艶さという女盗賊ならではの武器はもちろんだが、頭脳や度胸も二十面相顔負け。おまけに目的のためには手段を選ばないという冷酷な部分があり、そのくせ明智に気持ちを寄せるいじらしい面もあるなど、これまでの犯人像にはない不思議な魅力がある。
 犯罪者としてのプライド、女としての魅力や弱さがカオスになり、この“黒蜥蜴”というキャラクターが成立しているわけで、そういう意味で本作はこれまでの明智対犯人という図式ではなく、ぜひ“黒蜥蜴”のロマンスものとして読むのがおすすめではなかろうか。
 昭和初期の雰囲気も濃厚で(大阪が舞台というのは珍しい)、やはり“黒蜥蜴”にはロマンあふれる時代がよく似合う。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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