ADMIN TITLE LIST
Selected category
All entries of this category were displayed below.

 明智小五郎の登場する作品を年代順に並べた「明智小五郎事件簿」もこれでようやく七冊目。すでに巷では十巻が出ており、読書ペースがじわじわ刊行ペースに離されつつある今日この頃である。

 とりあえずストーリー。
 塩原温泉のとある旅館の一室で、二人の男が対峙していた。一人は三谷という美青年、もう一人は中年の画家、岡田。二人の前にはそれぞれ水の入ったグラスが置かれ、どちらか一方には致死量の毒薬が仕込まれていた。これは美貌の未亡人・倭文子(しずこ)をめぐる、命をかけた男の対決だったのだ。
 やがて思わぬ形で決着がつき、生き残った男には倭文子との幸せな日々が待っているはずだった。しかし、その対決の直後から、倭文子の周囲では不気味な"吸血鬼"が出没し、奇怪な事件が続出する……。

 明智小五郎事件簿VII

 過去に二、三度は読んだことがあるので、場面によっては鮮明に覚えていたが、全体のストーリーはけっこう忘却の彼方で意外に新鮮に読めた。まあ、最後に読んだのはン十年前だし(苦笑)。
 で、今回あらためて読むと、いやはや、こんなに荒っぽい物語でしたか。荒っぽいというのは内容の破天荒さ、小説の作りとしての荒っぽさ、両方の意味においてだが、まあ完成度は決して高くはないけれども、乱歩のサービス精神が炸裂しまくった超B級の傑作といっても過言ではない。
 乱歩の通俗スリラー系の代表作というと、どうしても『魔術師』『黒蜥蜴』『人間豹』あたりが思い浮かぶのだが、ううむ意外に『吸血鬼』も捨てがたい。

 推したくなる理由はいくつかあるのだが、やはり見せ場の多さであろう。1929年、報知新聞に連載された作品だから、読者を引っ張るために毎回の見せ場が必要になるのは理解できるとしても、乱歩はやはり同時代のその他の作家に比べると格段に上手い。
 冒頭の毒薬対決はもちろん、テレビの天知茂版明智でおなじみの氷柱の美女だとか、生きながらの火葬シーン(ここでの母子のやりとりがまた切ない)、グロい吸血鬼=唇のない男"の登場、ボートチェイスに変装トリックなど、まあ、ようもこれだけ詰め込みましたなという感じ。

 そして、それらのスリルとサスペンスを彩るエログロ要素も満載。同時期に連載していた『黄金仮面』では掲載誌の性格を考慮して自粛せざるをえなかったものの、こちらではしっかり解禁。特にヒロイン倭文子については、バツイチ子供ありという設定もあってか、乱歩も遠慮なく妖艶さを盛っている感じである。
 ちなみにこの倭文子、淑女でもなく、かといって悪女でもなくという、なかなか微妙な設定なのだが、実はこの性格付けがあるから、事件の真相やラストがより効いてくる。このあたり乱歩の巧いところである。

 三つ目は『魔術師』で登場した後の明智夫人となる文代、そして本作が初登場となる小林少年の活躍だろう。陰惨な物語のなかで、この二人の活躍が一服の清涼剤の役割を果たす。まあ、そもそも清涼剤が必要なのかという問題はあるにせよ(苦笑)、その瞬間だけ、明るいスリラー調に転じるイメージがあって面白い。
 小林少年はまだキャラクターが固まっておらず、後の正義感の強い立派な少年というイメージではなく、まだやんちゃな雰囲気も漂わせていて楽しいところだ。

 というわけで、実は決してこんなに褒めるほどの作品ではないのだが、かなり過去のイメージを覆されたこともあって、今回、5割増しぐらいで推してしまった感じがなきにしもあらず(笑)。あしからず。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 集英社文庫の『明智小五郎事件簿』シリーズは、乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズ。すでに八巻目の『人間豹』まで発売されてはいるが、月イチの刊行ペースについていくのはなかなか難しくて、ようやく六巻目の『明智小五郎事件簿 VI「黄金仮面」』である。

 まずはストーリー。
 その年の春、東京市民の間に怪人物の風評が起こった。ソフト帽のひさしを鼻の頭まで下げ、オーバーコートの襟を耳の上まで立てた、その怪しげな姿。しかし、もっとも怪しげなのは、帽子と襟の間から垣間見える無表情な黄金の仮面であった。
 黄金仮面の目撃情報が募り、ついには新聞の社会面まで取り上げるようになった頃、黄金仮面はついにその目的を明らかにする。上野で開催された産業博覧会に展示された大真珠が、なんと黄金仮面によって奪われてしまったのだ。
 さらに数日後。黄金仮面から日光市の鷲尾侯爵邸に、所蔵の古美術品を盗み出すという予告状が舞い込んだ……。

 明智小五郎事件簿VI

 当時の掲載誌『キング』の意向もあり、この頃の乱歩作品としては、『黄金仮面』はかなり猟奇趣味が控え目である。今までよりメジャーな媒体ということもあって、乱歩もより一般向けに楽しんでもらえることを意識した作品なのだ。
 具体的には活劇色、さらには探偵対犯人という対決の構図がひときわ強く打ち出されているのが特徴といえるだろう。それらの特徴を生かすためか、ミステリとしてはそれほど込み入ったものではなく、あくまでアクション中心、そして連作のようにいくつかの事件を積み上げていくという構成をとっている。

 それだけにミステリとしては見るべきところが少なく、かなりの粗も目立つのが残念。トリックも焼き直しが多い。
 一番の見どころと思える犯人の正体も、確かに驚くべきものではあるが、結局はアイディアありきの一発勝負であり、犯人のキャラクターをそれほどうまく処理しきれていないところにも不満が残る。
 
 そのような弱点を孕んでいるにもかかわらず、エンターテインメントして十分に楽しめる作品に仕上がっていることもまた確か。
 ともすれば滑稽なだけの物語に陥りそうな設定を、人気作品として成立させた乱歩の手腕はさすがである。例えば怪人という存在が都市伝説と化していく様子など、本作での試みが後の怪人二十面相につながっていったかと想像するのも楽しい。
 ぶっちゃけ傑作とは間違ってもいえないが、忘れられない作品のひとつだ。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 江戸川乱歩の『明智小五郎事件簿V魔術師』を読む。月イチノルマがなかなか厳しいが、ようやくこれで五冊目である。

 こんな話。
 『蜘蛛男』の事件を解決した明智小五郎は、静養のため湖畔のホテルを訪れ、そこで玉村宝石店主の令嬢、玉村妙子と知り合いになる。やがて妙子は帰京するが、その直後から玉村宝石店主の実弟、福田のもとへ、謎の脅迫状が届き始めた。
 その脅迫状は数字が書かれているだけの簡単なものだったが、毎日、知らぬまに屋敷内へ届けられていた。しかもその数字は1日ごとにひとつずつ減ってゆき、その数字が「0」になったとき、何かが起こるのではないかと予想された。
 そして「0」の当日。福田は首無し死体となって、屋敷内で発見された……。

 明智小五郎事件簿V

 いやあ、これまた何回目かの再読になるとはいえ、何度読んでもこれは面白い。とにかく印象的なシーンが目白押し。
 捕縛された明智が壁に掛けられた仮面のふりをした犯人と話すシュールな会話シーンとか、時計台の針で首を挟まれるシーンとか、二重三重に罠が仕掛けられた地下室のシーンとか、ラストの犯人を指摘するシーンとか、いやもう名場面だらけである。
 初期の本格から通俗スリラーへと方向転換した乱歩。本人的には忸怩たる思いもあっただろうが、読者には圧倒的に支持され、この『魔術師』で早くもひとつのピークを迎えた感すらある。

 そもそも通俗スリラーとはいうものの、乱歩はたいてい一つは大きなトリックを準備して、きちんと驚きを与えてくれる。『蜘蛛男』然り『黄金仮面』然り。ただ、ワンアイディアに頼ってあとはけっこう雑に済ますというか、それどころかストーリーをとっちらかすことも少なくないのがまた乱歩の悪い癖なのだが、こと本作に関しては少々違う。
 犯人をはじめとする登場人物像をきちんと設定し、プロットもしっかり構築し、それにそって伏線も張り、そして最後は見事に落としてくれるのである。
 事件が解決し、まるで後日談のように始まるラストの何とワクワクすることか。 しっかり芯が通っている印象だ。

 おまけに明智出ずっぱりというのもファンには嬉しいところだろう。まあ、早々に魔術師の手にかかって誘拐されるのはご愛敬だが、ほぼ全編にわたって明智が活躍する作品は意外に少ないのではないか(このへん記憶が曖昧なので適当だけど)。
 おまけに後の明智夫人となる文代が登場して大活躍し、明智とのラブストーリーとなっているのも興味深く、シリーズを通してもターニングポイント的な内容となっている。
 乱歩でおすすめといえばどうしても短編ばかりになるが、これは数少ない例外といえるだろう。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズ『明智小五郎事件簿』。本日の読了本はその第四巻『明智小五郎事件簿 IV 「猟奇の果」 』である。

 猟奇趣味が高じた青木愛之助はすべてに退屈していた。だが招魂祭で賑わう靖国神社で友人の品川四郎に瓜二つの男を目撃することで、その生活に変化が生じ始める。やがてポン引きに誘われた「秘密の家」で、再び品川四郎そっくりの男に遭遇するが、それは国家を揺るがすとてつもない大事件への入り口であった……。

 明智小五郎事件簿IV

 ン十年ぶりぐらいの再読である。本作の世評というのはだいたい駄作というあたりで定着しているけれども、こちらが年取ったせいか、いや、そこまで腐したものではない。

 駄作といわれる理由は明らかで、主に前半と後半の落差によるところが大きい。前半は乱歩の猟奇趣味が全開していて、それこそ東京中のいかがわしい遊びや娯楽が描かれて実に楽しい。これに瓜二つの人間が存在するという不思議を絡ませ、読み手の想像を膨らませてゆく。
 ところが後半に入って、明智が登場するとテイストは一変。幻想譚が冒険ものに転じ、瓜二つの不思議も単なる科学技術で済ましてしまうから、白けてしまうこと夥しい。まあ、当時はSF的な整形ネタもそれなりに注目されたのかもしれないが、ううむ、これではロマンがないんだよなぁ。

 ちなみに本作の前後半が大きく乖離している事情も有名な話で、前半で煮詰まった乱歩がもう書けないと当時の連載誌の編集長だった横溝正史に相談したところ、途中で止められては困る正史が、乱歩が当時書き始めていた通俗冒険ものにしてしまえ(正史はルパン式といったらしいが)とアドバイスしたことによる。
 正史も出来については諦めていたとは思うが、編集長として中断だけはさすがに避けたかったのだろう。とりあえず中断の危機だけは避けられたおかげで、こうして一冊の書物としてその後も読めるようになったのだから、正史には感謝しておきたいところだ。

 話を本作に戻すと、管理人も以前は単なる駄作というふうに思っていたのだけれど、久しぶりに読み返すと、前半の魅力だけでも十分お釣りがくるのではないかという気持ちになった。
 そもそも乱歩は探偵小説を「主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれていく経路のおもしろさを主眼とする文学」と説明しているぐらいだし、あと、これは誰の言葉か忘れたが「推理小説とは恐怖を論理が鎮める物語である」なんていうのもあったはず。
 探偵小説にあっては、むしろ前半と後半のギャップはあってこそ当然という気がしないでもない。そういえば『蜘蛛男』も前半と後半で趣が変わるパターンといえないこともなく、これは探偵小説の構造上の宿命といえるかもしれない。

 まあ、そんな無理矢理な理屈はともかく、前半の退廃的な雰囲気、青木愛之助という主人公格の男の東京遍歴は怪しくも魅力的で、この部分だけでも読む価値があると思うのである。
 とある秘密売春倶楽部での覗き行為などは、乱歩の真骨頂であり、このあたりをクライマックスにしてさらっと中編でまとめていれば、大したオチでなくとも佳品として評価されたはず。まあ、実際、光文社文庫版の江戸川乱歩全集ではそういう別バージョンも収められているので、興味ある方はそちらもどうぞ。

 ともあれ乱歩は長編が苦手だったというのはよく言われることだが、それもまた乱歩の味だと考えれば、本作はやはり乱歩ファン必読の一冊と言えるのではないか。いや、必読である。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 先日、『明智小五郎事件簿 V 「魔術師」』が発売されたこともあって、あわてて積ん読の『明智小五郎事件簿 III「蜘蛛男」』を片付ける。
 どうせほとんど再読のシリーズなので、こちらとしてはボチボチ読み進めてもいいのだが、こういうのは溜めると絶対読まなくなるという一面もあるから(苦笑)、なんとか月一ペースを維持したいところではある。まあ、すでに遅れてはいるけれど。

 こんな話。東京のY町にある関東ビルディング。その小さな貸事務所に突如、稲垣と名乗る男が現れ、あっという間に美術商「稲垣商店」を開店させる。稲垣は事務員募集を騙って若い女性を誘拐し、その肢体を石膏像に塗り込めて、都内にばらまくという凶行に走る。稲垣こそ、後に「蜘蛛男」として日本中を震撼させた殺人鬼だったのだ。
 たまたまこの事件に遭遇した犯罪学者の畔柳博士と助手の野崎青年は、「蜘蛛男」が同じタイプの女性を狙っていると考え、警視庁の波越警部に協力して捜査へ乗り出すが……。

 明智小五郎事件簿III

 過去二度ほど読んではいるが、それもずいぶん昔のことで、けっこう内容を忘れている。今回あらためて読んで感じたのは、ここまで破天荒な内容だったかということに尽きるだろう(笑)。

 『蜘蛛男』は乱歩作品の中でいわゆる通俗スリラーに分類される作品だ。それまで乱歩が書いていた本格や変格の諸短編とは(猟奇的なテイストという面では共通するところも多いが)、まったく異なる路線である。その大きな違いは、一般読者を対象にし、とにかく物語の面白さで引っ張ることを第一としたこと。
 目的を達成するための手段として、乱歩は物語の大半を占める大きな仕掛けを考える。もちろん今、読むとバレバレではあるのだが、その仕掛けを最大限に活かすため、乱歩はとにかく伏線として数々のヤマ場やどんでん返しを設ける(もちろん雑誌連載という理由もあっただろう)。
 結果、ミステリとしては非常に粗い仕上がりとなり、ツッコミどころ満載となってしまうのだが、それだけで切り捨てるにはあまりに惜しいのも事実である。

 管理人が推したいのは、やはり明智と犯人の対決シーン。今読むとさすがに時代がかりすぎるきらいはあるが、ここまでお芝居的に押し出したのも本作が初めてだろう。そもそもこちらは子供の頃にこのイメージで刷り込まれている口なので、お互いが名乗るシーンなどもう感涙ものである。
 もちろんエログロ要素は必須。前半の執拗な蜘蛛男と被害者の描写やラストのパノラマシーンなどは当然としても、今読むと子供の頃には理解できなかったストックホルム症候群といった要素も含まれており、新たな気づきもあって嬉しくなる。被害者に対して案外さらっと流してしまうクールさもかなり意外だった。

 まあ、ミステリとしては確かにおバカな作品だが、いかがわしいパワーもまた乱歩の大きな魅力の一つであれば、本作は間違いなくそちら系の代表作。
 日本のミステリを語る上でやはり一度は読んでおくべき作品である、とまでは言わないが(笑)、いや、こういうのも含めてやはり乱歩は凄いと思うわけである。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 江戸川乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を物語の発生順に並べたシリーズの第二巻『明智小五郎事件簿 II 「一寸法師」「何者」 』を読む。

 明智小五郎事件簿II

  「D坂の殺人事件」で明智小五郎を颯爽とデビューさせた江戸川乱歩は、以後1925年から1926年にかけて矢継ぎ早に傑作を発表している。「心理試験」 「黒手組」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「火星の運河」『パノラマ島奇談』などなど、もう枚挙にいとまがないほどだが、トリックやアイディ アに優れた本格もの以上に目立ったのが、エログロや猟奇、残虐趣味を押し出した変格ものだった。
 これらの要素をストーリーの面白さに組み込んで昇華させたものが、後の『蜘蛛男』をはじめとした通俗長篇につながるのだが、そんな通俗長篇の先駆け的な作品が本書に収録されている中篇 「一寸法師」だろう。

 こんな話。小林紋三はある夜、浅草公園で子供のような背丈の男が風呂敷包みから人間の腕を落としたところを目撃する。小林が思わず男の後を追跡すると、男は養源寺という寺に入っていった。
 翌朝、昨夜のことが気になった小林は養源寺を訪ねるが、寺の住職はそんな男に見覚えはないという。その帰り道、小林は実業家・山野大五郎の夫人・百合枝に出会う。彼女は娘の三千子が行方不明になったため、小林の友人でもある探偵の明智小五郎を紹介してほしいと頼み込む。

 うむむ、久々に読んだが、やはり強烈だ。
 今となっては差別表現のオンパレードだが、そこに乱歩の問題意識などはない。あえて人間のダークな部分をかざしてみせるとか、そんな感じでもない。自分の嗜好をストレートに押し出し、単に怪奇的な雰囲気を盛り上げるためだけの材料として使っている。だからこそ凄い。
 もちろん当時は乱歩に限らず、世間全体の差別問題に対する意識は相当低いし、むしろ奇形の見せ物小屋など、皆が普通に愉しんだことは理解しておくべきだろう。実際、本作もこの内容ながら朝日新聞に連載され、しかも読者には非常に好評だったという。
 今、読んでみても、そういったエログロ猟奇趣味の面白さは確かにあって、人には表立っていえない秘密の愉悦といったところだろう。

 また、明智の存在も面白い。一巻に収録されている作品ではまだ何となく浮世離れしたというか胡散臭さのある印象が強かったが、本作ではそういう味を残しつつも、既に名探偵然とした立ち振る舞いも多く見られる。
 この猟奇的な事件に恐れや怒りを特別見せることもなく、むしろ論理を前面に打ち出して飄々と謎解きするところなどは、まさに絵に描いたような古典的名探偵の姿である。この事件と明智の空気感の違いが絶妙で、結果的にいい味を出している。

  ちなみに乱歩自身はこの作品があまりに通俗的で、探偵小説として恥ずかしく出来であると思い、以後しばらくの間、休筆することになる。
 まあ探偵小説としてはぐだぐだなところもあるのだけれど、大衆の求めるところを的確につかんでいたことは間違いないし、猟奇要素を省くとプロットなどは意外にしっかりしており、そこまで卑下するものではないだろう。むしろ猟奇趣味と本格趣味が程よくミックスされており、明智の存在がその接着剤の役目を果たしているようにも思える。

 もうひとつの収録作「何者」は、乱歩がその休筆期間を経て、『陰獣』で華々しく復活した後に発表された短編。こちらは打って変わって、猟奇趣味を排した真っ当な本格探偵小説である。
 すでに『蜘蛛男』の連載も始まり、本格的に通俗長篇にシフトし始めた頃に書かれているのだが、こういう両極端な作品を同時進行しているのは面白い。乱歩自身もこちらは気に入っていたようだが、実際、かなりのハイレベルな作品で、明智と犯人の対決というお馴染みの構図も鮮やか。

 なお、このあたり解説で法月綸太郎氏が上手いことを書いているので、興味ある方はぜひどうぞ。また、平山雄一氏の「明智小五郎年代記」も痒いところに手が届く解説ぶりで、物語の時代特定だけでなく、時代背景を理解する上でも大変重宝する。解説含めておすすめのシリーズである。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 昨年は江戸川乱歩の没後五十年を記念して、テレビやアニメ、漫画、サイト、イベント等でいろいろな企画があったが、これも(一年遅れとはいえ)その一環だろう。集英社文庫からスタートした「明智小五郎事件簿」全十二巻の刊行である。
 乱歩が創出した日本で最も有名な探偵・明智小五郎が絡む全作品を、事件発生順にまとめたシリーズで、本書はその第一巻。明智登場第一作目の「D坂の殺人事件」を皮切りに、以下の五短編を収録している。

「D坂の殺人事件」
「幽霊」
「黒手組」
「心理試験」
「屋根裏の散歩者」

 明智小五郎事件簿I

 登場作品をすべて物語の発生した順番でまとめるという試みは、言うまでもなくシャーロキアンのひそみに倣ったもの。ちくま文庫『詳注版シャーロック・ホームズ全集』が、それを実践した全集として知られているが、本書はこれを明智小五郎でやってみたというわけである(ただし、あそこまで詳細な註釈はない)。

 なお、企画そのものは本邦初というわけではない。
 というのも本書で年代記を担当されている平山雄一氏は、もともとネット上で同様の記事を公開していたようだし、さらにはそれらがまとめ直されて、2009年に出た驚愕の明智研究本、住田忠久/編著『明智小五郎読本』(長崎出版)にも収録されている。
 とはいえ作品を実際に順番に読める形として出版してくれるのは、やはりありがたい。乱歩の全集はいくつか持っているので、今さら明智ものだけ集められてもなぁと最初は思ったのだが、年代学、つまりなぜこの作品がこの日付になったのかという推察が合わせて収録されているので、随時、並行して確認できるのはなかなか便利だ。
 まあ、コレを便利だと思う人が世の中に何人いるのかは置いといて(苦笑)。

 ただ、昨今はキャラクターで小説にアプローチするファンも少なくない、というか、むしろメインストリームかもしれないので、明智もののドラマやアニメ、漫画で興味を持った人が、この切り口なら小説も読んでくれる可能性は決して少なくないだろう。
  また、乱歩作品を久々に読み直すきっかけになった人もいるだろうし(管理人です)、それらの意味で、本書は出るべくして出た一冊なのかも知れない。

 あまりにメジャー作品が並ぶので今更な感じではあるが、一応は作品ごとのコメントも。
 明智デビュー作の「D坂の殺人事件」は書生風明智のキャラクター的な面白さもさることながら、二段構えの推理シーンが読みどころ。語り手の推理が真相でも、これはこれで面白かった気がする。
 「幽霊」はラストのサプライズが本書の形だと通用しないのはもったいないが、こればかりはさすがに仕方ないか。
 「黒手組」は暗号ネタだが、むしろ事件の構図に妙がある。
 「心理試験」は昔から好きな作品で、個人的には乱歩短編のベスト3に入れたい。この頃の明智の捜査や推理は人間の心理に着目することが多いが、これは何といってもその代表作。人間心理の盲点を描いた傑作で、探偵対犯人という構図がコンパクトながらガチッとはまっているところもお気に入りの理由の一つだ。
 「屋根裏の散歩者」もベスト3級。 「心理試験」と同様に、犯罪者の心理に着目した推理、探偵対犯人という構図も魅力的だが、加えて犯人役が徐々にエスカレートしていく倒叙ものとしても絶品である。

 全体的には猟奇風味を持たせつつも本格に寄っている作品が多く、初期作品の素晴らしさを手軽に堪能できる一冊といえる。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 三連休の狭間のせいか、「ミステリマガジン」と「ジャーロ」がもう発売されている。「ミステリマガジン」はフランス・ミステリ+ルパン特集。もろ映画の影響だが、まあそれは別によい。問題は「ジャーロ」だ。
 「EQ」の時代に比べて、「ジャーロ」の何がつまらないかといったら、それはもう翻訳物に対する扱いの低さだ。なんせ「EQ」はエラリー・クイーンから誌名をとっただけあり、真っ正面から翻訳ミステリを扱う非常にマニア指向の雑誌だった。もちろん掲載作もほとんど翻訳ものであり、企画記事も海外ミステリに関するものばかり。ネットなどない時代の高校生大学生には、ミステリマガジンと並ぶ貴重な情報源だったのだ。それが「ジャーロ」になってからはせいぜい短編二,三作がいいとこ。そして今月からはとうとう「ゼロ」になってしまった。日本の作家を載せないと売れないのは理解できるが、読者にしてみれば国産ミステリが読みたければ、他にも山ほど雑誌があるわけで、別に「ジャーロ」じゃなくてもかまわない。確かに翻訳ミステリはかなり寒い時代になっているらしいが、だからといって海外ものを切り捨てては、「ジャーロ」の存在意義なんてどこにあるのか。
 しかも「EQ」時代には充実していた翻訳物全作レビューも、「ジャーロ」では半数ほどに減少し、それが今月からは数作のピックアップというお粗末さ。何でこんな中途半端なことするかな? とにかく海外物のファンとしてはもはや「ジャーロ」は読むべき作品もないし資料的な価値もなくなってしまった雑誌というわけだ。
 ちなみに今月号の「本の雑誌」でも翻訳ミステリの危機が特集されていたが、今の若い人は翻訳物を読まないみたいなことも書かれていた。うう、昨今の空前のクラシックブームもやはりバブリーな現象だったのだろうか。

 読了本は江戸川乱歩の『蠢く触手』。乱歩とはいってもこれは岡戸武平による代作。乱歩の作品にいくつか代作があることはよく知られているが、これは唯一の長編らしい。
 実際、読んでみれば、まあ確かにこれは乱歩が書いたとは思えない内容、そして文体ではある。一応、猟奇的な犯罪やそれらしい登場人物も出てくるものの、主人公が新聞記者ということもあって、やたらと威勢のいいテンポで話は進み、活気のあることおびただしい(笑)。そこには乱歩が持っている独特のねちっこい文体や雰囲気はほとんど見られず、読んでいるうちにすっかり乱歩の作品であることを忘れるほどだ。先ほども書いたように、いくつかのシーンでは乱歩趣味を反映させようという試みも見られないではない。正直、胸が悪くなるような死体を持て遊ぶシーンもあったりするが、幻想的な乱歩のそれとは風味がだいぶ異なる。他に岡戸武平の作品を読んだことがないのでわからないが、どの程度本人の趣味が入っているのか気になるところではある。
 そういえば代作ではないが、この『蠢く触手』が入っている春陽文庫の探偵小説傑作選<探偵CLUB>シリーズには、乱歩と正史の合作『覆面の佳人』という作品があったことを思い出す。こちらも合作とはいえほとんど乱歩はかかわらず、正史の作品といってよいらしいのだが、乱歩の風味はないにせよ、こっちはそれなりに楽しめた記憶があるので、やはり正史と武平の筆力の差が大きいのであろうか。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 探偵小説三昧, All rights reserved.
ネット小説