ミニオン・G・エバハートの『嵐の館』を読む。管理人の苦手なHIBK派(Had I but Known=もし知ってさえいたら派)のロマンティック・サスペンス。あまりにベタな邦題も気になってしまい、読む前からいやなイメージしかなかったのだけれど、読んでみるとこれが意外に楽しめたので驚いた。
ちなみに過去にアップしたエバハート作品の感想(
『死を呼ぶスカーフ』、
『スーザン・デアの事件簿』)を見てみたのだが、どちらの記事でも「HIBK派は苦手だが、これは予想以上に面白かった」というような感想を書いている(笑)。
本作でもまたまた同様の感想になったわけで、我ながらエバハート作品をそれなりに楽しんでいるようだ(苦笑)。結局、HIBK派云々というより、作家の技量次第になるのかもしれない。
まずはストーリー。カリブ海の孤島にやってきた若い娘ノーニ。島で大農園を経営するロイヤルとの結婚式を目前に控えていたが、なぜか彼女の気持ちは晴れなかった。折しも島には嵐が迫っていたが、それだけではない得体の知れない不安を抱えていたのである。
そんなとき、ロイヤルの友人でもある青年ジムが島を出ようとする。叔母のハーマイニーに農園を任せてもらえない不満からであったが、別れの場でジムはノーニに愛を告白し、ノーニもまたジムを愛していたことに気づくのだった。
単身、ロイヤルに真実を伝えようとするノーニ。しかし、その日の夜、ノーニはハーマイニーの死体を発見し、そこにはなぜかジムの姿が……。

先に書いたように、中身は純粋なHIBK派。本来なら個人的には苦手なはずなのだが、エバハート作品の場合、なぜ楽しめるのかというと、要は作りが全体的に丁寧なところだろう。
サスペンス部分はいうまでもなく達者なものだ。読んでいる間は登場人物の誤った行動にイライラする場面も多いが、これも裏返せば作者の技術。理不尽だったり見当違いの言動であればミステリというより小説としてダメなんだが、そういう類ではなく、不自然にならない範囲、あくまで理屈としては通っており、まあ許容範囲。とはいえ個人的にこういう盛り上げ方は好みではないのだが、サスペンスのツボはしっかり押さえている。
また、本格ミステリほどではないが、少なくとも表面的にはそれに近いテイスト(伏線や謎解き)も盛り込まれているし、個性的な登場人物たちによるゴツゴツした人間関係の妙もある。ロマンス部分はちょっと無理がある感じもするが、ミステリ部分と密接に絡んでくるので、ここも許そう(上から目線ですまん)。
まあ、それらの要素が比較的、安定した水準でキープされているから、それなりに楽しめるのだろう。突出したところはないけれども、全体的にそつがないという感じである。
難をいえば、カリブの孤島というエキゾチックな雰囲気、題名そのままに“嵐の館”というクローズドサークル的な設定は、もう少し効果的に使ってほしかったところだ。残念ながらそういう意味での緊張感にはやや欠けていたように感じた。
あとは好みの範疇に入るとは思うが、全体的に描写が古いというか、時代がかった大げさな感じがするのは、この時代このジャンルである以上致し方ないところか。個人的には古い映画を観ているような気にもなり、これぐらいの話には逆にマッチしている感じもあって、むしろ好ましかった。
描写といえば、本作は女性陣の描き方が巧くて、まずはヒロインのノーニ。最近のミステリのヒロインたちとは異なり、自ら事件に飛び込むようなことはしない。基本的にはほぼ受け身で、現代であればいろいろとお叱りを受けそうな性格の、典型的なHIBK派のヒロインである。
このヒロインにやけに突っかかってくるロイヤルの幼なじみリディア、攻撃的な性格の女性農園主ハーマイニー、ロイヤルを支配したがる姉のオーリーリアなど、誰をとっても炎上必至、個性的すぎるキャラクターばかり。これがヒロインを際立たせるための常套手段であるのは容易に想像できるが、これぐらい振り切る方が当時の読者を掴みやすかったのではなかろうか。「おしん」みたいなものか。
ということでHIBK派を見直すにはなかなか有効な一冊。ランキングに入るといったタイプの作品ではないけれども、ミステリの良さにもいろいろな種類があるということを再確認できた気がする。