アーヴィング・ウォーレスという作家がいた。ハリウッドの脚本家から転身した作家で、本国アメリカではなかなかのベストセラー作家だった。日本でもいくつかの出版社から翻訳が出ているが、残念ながら日本ではベストセラーとはいかず、今では名前を知っている人の方が少ないかもしれない。だが、ハリウッドで鍛えられているだけあり、エンターテインメントに徹した作風は潔く、読ませる技術も高い。
本日の読了本は、そのアーヴィング・ウォーレスの著書のなかでも、特に評価が高い『替え玉』である。
時は米ソの緊張冷めやらぬ冷戦の時代。アフリカの小国に眠るウラン鉱を巡って、米ソは水面下で激しい情報戦に火花を散らしていた。そんなさなか、ソ連のKGBは米国大統領夫人の替え玉を送り込み、大統領から国家機密を奪取する計画をたてる……。
いやはや何とも、すごい設定である。大統領夫人の偽物をスパイにするというだけでもぶっ飛んでいるが、その情報を手にする手段がなんとセックスの後の寝物語だというのだから。
もちろん長年連れ添った大統領夫婦だけに、いつもと違った行為は正体を疑われる危険を孕む。そこをKGBと女スパイがどう対処していくのか? ベッドシーンがここまで必然性のあるミステリもそうそうないな(笑)。
セックス以外の部分でも様々な心理戦や諜報戦が繰り広げられ、とにかく楽しい読み物であった。リドルストーリー的なラストも上手い。ハリウッド出身のせいか、まずストーリーありきなところがあり、登場人物が深みに欠ける欠点やご都合主義的なところも後半ちらほらあるが、ここまでやってくれれば十分合格点。
残念ながら絶版の本書だが、まだ古書店などではたまに見かけるので、変わった冒険小説やスパイ小説を読みたい人はぜひ探してみては。