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 ローレンス・ブロックの『殺し屋ケラーの帰郷』を読む。
 殺し屋という稼業でありながら鋭い殺気や暗い陰などは微塵も感じさせず、むしろ飄々としたキャラクターが味わい深い殺し屋ケラーを主人公としたシリーズの第四弾。今回は連作短編集というスタイルをとっている。
 収録作は以下のとおり。

Keller in Dallas「ケラー・イン・ダラス」
Keller’s Homecoming「ケラーの帰郷」
Keller at Sea「海辺のケラー」
Keller’s Sideline「ケラーの副業」
Keller’s Obligation「ケラーの義務」

 殺し屋ケラーの帰郷

 前作ではとうとうケラーが殺し屋を引退し、これでシリーズ終了かとも思ったのだがあに図らんや。 
 今や良き夫・父として生きるケラーだが、殺し屋を引退したあとに始めた事業はうまくいかず、あわれ失業状態に。すぐに金銭的に困るわけではないが、これでは一家の主として居心地がよろしくない。
 そんな折り、久しぶりにかかってきたドットからの電話に反応し、殺しの依頼を受けてしまう。だがブランクは大きく、プライベートと殺し屋の両立も気になって……という展開。

 殺し屋としての活躍はもはや付け足しである。読みどころは何といってもケラーの心情やプライベートの移り変わり。
 殺し屋という職業に対して悩むケラー。だが人として倫理的に悩むのではない。体力や勘の衰えなど、まるで自身がスポーツ選手か何かのように悩むのである。
 "殺し屋"という非現実的な部分と日常という現実との垣根がまったくなく、まるで普通の小説を読んでいるかのように、実に共感をもって読めるから面白い。 

 ケラーとその他登場人物たちとの会話も相変わらず楽しい。仕事を発注するドット、妻となったジュリアとの軽妙なやりとりはもちろん、切手仲間たちとの蘊蓄満載のオタク話も心地よい。
 この語りの巧さはマット・スカダー・シリーズでもお馴染みだが、硬軟の差はあれども何気ないやりとりから人生の真理を感じさせる問答は共通であり、ブロックの真骨頂だ。

 なお、短編集とはいえ、あちこちつまみ食いという読み方はおすすめできない。ケラーの内面の変化を味わうには、やなり最初から順番に読んだ方がより楽しめるだろう。


 アメリカミステリ界の巨匠、ローレンス・ブロック。その代表的なシリーズのひとつが、アル中探偵マット・スカダーを主人公にしたハードボイルドのシリーズである。
 元々は警官だったスカダ−。ある事件で自分の放った銃弾が跳ね、少女の命を奪ったことが大きな運命の分かれ目だった。スカダーに非はなく、むしろ犯人逮捕によって表彰を受けたぐらいだったが、彼の性格はそれを受け入れられなかった。やがては酒に溺れ、警察を辞め、妻子とも別れることになる。
 初期のシリーズではそんな葛藤の日々のなか、無許可で私立探偵を営む日々が描かれ、中期以降ではその酒を断ち切って再生を図ろうとする姿が事件を通して描かれる。事件もさることながら、このスカダーの立ち直る様や意識の変化が非常に巧みに描かれており、そこが大きな魅力でもある。まさに現代ハードボイルドの大きな収穫といえるだろう。

 割と長めにシリーズそのものを紹介してしまったが、本日の読了本はそんなマット・スカダ・シリーズの最新作(といっても出たのはもう一年も前だけど)『償いの報酬』である。
 実は前作『すべては死にゆく』がシリーズ完結を匂わせるような内容だったため、これで新しい作品は読めないと思っていたところに本書が出てしまい、嬉しさ半分怖さ半分で読めなかったというのが本当のところである。シリーズの延命策ならぬ延命作ってのが映画ではよくあるが、往々にしてシリーズ全体の意義までぶち壊しにしてしまうのはよくある話。もし『償いの報酬』がそれだったら嫌だなと思ったのだ。
 だが、そんな心配は杞憂だった。ブロックが選んだ方法はスカダーの回顧談というスタイルであり、これまで明らかにされていなかった時期(しかもシリーズ上の意味がある)を選び、その空白を埋めるという形であった。

 ときは八十年代、スカダーが禁酒を始めてから三ヶ月のことである。いつものようにAAの会に参加したスカダーは、幼なじみのジャック・エラリーに声を掛けられる。ジャックは犯罪の常習者でもあったが、禁酒プログラムとして過去に犯した罪を償う“埋め合わせ”を実践しているという。
 しかし、そんなある日、ジャックは何者かに銃殺される。原因は“埋め合わせ”にあったのか? ジャックの遺した“埋め合わせ”リストの五人についてスカダーは調査を始めるが……。

 償いの報酬

 相変わらず語り口は絶品である。もともと定評あるところなのだが、会話文から地の一人称にいたるまですべてが叙情にあふれ、読む者の心に染みてくる。特別詩的な文体ではなく、むしろ淡々としたスタイル。他愛ない会話もけっこう多いのだが、それらが一定のリズムで響き、積み重ねられてゆくことで、独自の味わいを作り上げる。
 文芸評論などで「ひとつひとつ章がまるで短編小説のようだ」なんて言い方ががあるけれど、ブロックの場合、各章どころかひとつのシーンだけで短編小説を読んだような満足感を味わえる。そういったシーンの切り替えを会話で締めることが多いのもブロック流で、これが見事にはまるからファンにはまた堪らないわけだ。

 一方、事件そのものの面白さはここ数作でパワーダウンしている印象もあったのだが、本作はAAの会に絡む事件、しかもアル中患者の治療プログラムに直結する事件であり、スカダー自身の生き方にもいろいろなリンクする部分があって面白かった。それこそ上でも書いたように、リストの五人を訪ねるエピソードのひとつひとつが素晴らしく、公私の境界が曖昧なほどスカダーの物語は映えるのではないかと感じた次第である。
 決着のつけ方は確かに賛否両論ありそうだが、スカダーはもともと聖人ではないので、これはこれでありだろう。司法の手に委ねられないのであれば自分で決着をつけるという物語は多々あるけれど(スカダー・シリーズにもあったはず)、本作の手段も結局、それと表裏一体。根本は同じではないかと思う。

 本作単体での評価はさすがに難しいけれど、シリーズのファンなら必読の一冊である。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ジョブズが亡くなったり、北杜夫が亡くなったり、神田古本まつりがあったり、いろいろと思うことの多い今日この頃。ブログに書きたいことも多々あるのだが、仕事が忙しくてちょっとそれどころじゃないという10月ではありました。かろうじてレビューだけは続けている感じ。もう少しの我慢だ>自分



 読了本はローレンス・ブロックの『殺し屋 最後の仕事』。殺し屋ケラー・シリーズの最新作にして、おそらく最終作。こんな話。

 引退を考えていたケラーはアルと名乗る男から依頼を請け、最後の仕事のためにアイオワ州へやってきた。ところが現地の切手ディーラーの店をのぞいてたところ、たまたまラジオで耳にしたオハイオ州知事暗殺のニュース。やがてテレビニュースで流される指名手配犯の顔写真、それは紛れもなくケラー自身の姿であった。
 ビジネスパートナーのドットとも連絡がとれず、ひたすら逃亡生活を続けるケラー。だがある女性をレイプ犯から救ったことで、すべてを失ったはずの彼に一筋の光明が……。

 殺し屋 最後の仕事

 いやあ、満足。この面白さはなんといったらいいのだろう。
 ご存じのようにブロックは、私立探偵マット・スカダーを主人公とする重いシリアスなシリーズと、泥棒バーニー・ローデンバーを主人公とするコミカルタッチなシリーズを器用に書き分けている作家である。
 そして殺し屋ケラーものは、シリアスさとコミカルさの両要素を含む、あたかも両者の中間のポジションを占めるかのようなスタイルで登場した。ただし単に両者の中間というわけではない。ブロックは作中でその両要素を使い分けるのではなく、きめ細やかに融合させてしまっているのだ。

 その結果、ケラー・シリーズ独特の、奇妙でとぼけた味わいが成立する。このシリーズを読むのは、まさにこの味わいに浸りたいからに他ならない。既成ジャンルではなかなか当てはめることすら叶わないブロック・ワールド。無茶を承知で喩えると、あたかもファンタジーのような雰囲気すら漂っているのである。殺し屋を主人公にした小説なのに、罪もない人を平気で殺す主人公なのに、読者はいつしか主人公の人柄に癒され、共感してしまう。

 解説で伊坂幸太郎は、ストーリーは物語を先へ進めるためのエンジンであるとし、ケラー・シリーズをエンジンがないグライダーに喩えている。目的地をめざすのが目的ではなく、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしながら飛行自体を楽しむのが目的であるという。ううむ、言い得て妙。
 本作はそんなグライダーにエンジンを仮積みした作品。なんせ暗殺犯の濡れ衣を着せられての逃走劇である。これ以上はないサスペンスの盛り上がりが期待できるわけだし、シリーズ最大のピンチという感じもするのだが、それなのに結局はいつものまったりケラーに戻ってしまうのがお見事。エンジン仮積みとした所以である。

 そんなわけで間違いなくオススメの一冊。
 だが本作がシリーズ最終作かもしれないということを考えると、やはり他のシリーズ作をどれか一冊、できれば短編集の『殺し屋』あたりを読んでからにした方が楽しみは大きいだろう。念のため。

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 ハヤカワ文庫の「現代短編の名手たち」というシリーズがあるけれど、文庫化が混じっていたり、新味があまりなかったり、傾向が似すぎていたりもするので、なんだかんだとケチをつけられることもあるようだが、とりあえず作品レベルは異様に高いので、少なくとも読んで期待を裏切られることはまずない。

 本日の読了本、ローレンス・ブロックの『やさしい小さな手』も、それこそテッパン中のテッパンであろう。登場人物たちの織りなす一片の物語はどれも絶品で、ときにはトリッキーなオチに唸ったり、ときには味わい深い静かな感動があったり。いわゆる異色作家の面白さとは違い、ひねくれたようなところはないけれど、現代的なウィットとユーモアに満ちた楽しさがある。
 万人におすすめ……といいたいところなのだが、本短編集に限ってはけっこう下ネタが多いので、そういうのが苦手な人にはちょっとアレかも。いやむしろ望むところです、と仰る人には諸手を挙げてオススメする次第である。

 やさしい小さな手

Almost Perfect「ほぼパーフェクト」
Terrible Tommy Terhune「怒れるトミー・ターヒューン」
Hit the Ball, Drag Fred「ボールを打って、フレッドを引きずって」
Points「ポイント」
You Don’t Even Feel It「どうってことはない」
Three in the Side Pocket「三人まとめてサイドポケットに」
In for a Penny「やりかけたことは」
Speaking of Lust「情欲について話せば」
Sweet Little Hands「やさしい小さな手」
It Took You Long Enough「ノックしないで」
A Date with the Butcher「ブッチャーとのデート」
Let’s Get Lost「レッツ・ゲット・ロスト」
A Moment of Wrong Thinking「おかしな考えを抱くとき」
The Night and the Music「夜と音楽と」

 以上、収録作。
 もう少し個々の感想など書いておきたかったが、実は昨日、飲み過ぎ&ストレス&過労のためだろうが、救急車を呼ぶ羽目になってしまったため(運ばれるまでには至らなかったのでご安心を)、本日はこのくらいでご容赦。

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 ローレンス・ブロック『タナーと謎のナチ老人』を読む。“眠らない男”エヴァン・タナー・シリーズの第二作である。
 主人公のタナーは、脳に障害を負ったことで、まったく眠ることができなくなった男。彼は不要になった睡眠時間を勉学に費やし、あらゆる思想や語学、知識を身につけた。そして論文の代筆業を営むほどの教養を身につけたばかりか、果ては世界中の様々な政治組織にコネクションをもつまでになる。やがてその能力に目をつけた米政府は、彼に極秘の仕事を依頼するようになった。
 そして今回の任務は……。

 タナーと謎のナチ老人

 チェコスロバキアの秘密警察に逮捕され、刑務所に収監されたネオ・ナチの老人活動家。このままいけば死刑は間違いないところだが、米政府が気にしているのはまだ所在が明らかにされていないナチの極秘資料だ。その資料を彼から探り出すため、タナーに課せられた任務は、なんとナチ老人の身柄の確保。プラハの牢獄から救いだし、無事国外へと運び出さなければならないのだ。困難きわまりない任務に、タナーはどう出る?

 予測不可能な展開と独特の語り口、この二つが本シリーズの持ち味といえる。
 ただし、予測不可能の展開とはいっても、それはドキドキハラハラの手に汗握るストーリー展開ではなく、スパイ小説の常識を覆すオフビートな展開。さらには独特の語り口とはいっても、緊張感溢れるハードボイルドな文体ではなく、飄々とした独特のゆるさを漂わせたそれである。
 この二つがミックスされ、本シリーズはイアン・フレミングの痛快なアクション・スパイ小説とも、ジョン・ル・カレのシリアスなスパイ小説とも違う味わいを生むことに成功している。ユーモアに溢れた単なるスパイ小説もどき、と切って捨てる向きもあるだろう。だが、パッと見は安手のスパイ小説ながら、当時の冷戦や民族問題を越えたところに意義を見出そうとする、この主人公の独特の倫理観は、なかなか捨てがたい。この味わいに近いのはスパイ小説などではなく、ブロック自身の殺し屋ケラーものであろう。
 もちろんそんなややこしい読み方などをせずとも、十分に楽しめる要素も満載。ナチの戦犯+冷戦+民族問題で揺れるヨーロッパ情勢を味つけにしながら、いかにして脱獄や国外脱出を成功させるかという見せ場もちゃんと用意されている。馬鹿馬鹿しいといえば実に馬鹿馬鹿しい脱獄&脱出方法ではあるが、ただふざけるのではなく、縛りをちゃんと設けた上でクリアしているのは、さすがにブロックである。
 そんなこんなで第一作同様、本書も十分おすすめである。

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 殺しのパレード

 ローレンス・ブロックの『殺しのパレード』を読む。殺し屋ケラーものの第三作品集。
 ブロックのシリーズの方向性といえば、私立探偵マット・スカダーの陰、泥棒バーニィ・ローデンバーの陽というのが定説だろう。で、この殺し屋ケラーのシリーズは陰でもなく陽でもなく、はたまたその中間というわけでもない。主人公は殺し屋という職業をビジネスとして淡々とこなし、余暇には切手の蒐集にいそしむ、飄々とした性格のケラー。殺し屋という、本来は殺伐としたモチーフを扱いながら一種独特のゆるさを漂わせた、実に奇妙な味わいのシリーズとなっているのである。
 そしてここ数年のブロックの作風を顧みると、ある意味ではこのケラーのシリーズこそが、ブロックの持ち味が最大に発揮されたシリーズということもできる。
 というのも最近のブロックの作品の魅力は、初期のそれとは大きく異なり、既にストーリーや物語性とはかなり乖離したところにある。ブロックの視線の先にあるのは、専ら語り口や主人公たちの生き方である。それは程度の差こそあれスカダーであってもバーニィであっても同様に思えるのだ。

 『殺しのパレード』においては、それがいっそう際だっている。本書は連作短篇ながら、見た目は長篇仕立てをとっている。語られている事件はそれぞれ個別のものであり、ストーリーだけでみればわざわざ長篇っぽくする必要もない。しかしながらその時々のケラーの心情や精神状態は決して独立したものではない。むしろその心の流れを追うためにこそ、このスタイルは必要だったのだろう。とりわけ9.11というアメリカ人にとって忘れることのできない事件の後では。

 なお、そういった点ばかりが強調された辛気くさい小説なのかというと、そんなことは決してないので念のため。エンターテインメントとしても間違いないレベルであり、ちょっと変わったミステリーを読みたい向きには諸手を挙げてオススメする次第である。ただ本作ではケラーが引退をほのめかしており、できれば『殺し屋』『殺しのリスト』と、シリーズの刊行順どおりに読んだ方がいいとは思うけれど。

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 ローレンス・ブロックのバーニイ・ローデンバー・シリーズから『泥棒は深夜に徘徊する』を読む。翻訳されているなかでは最新刊だが、これで何とシリーズ十作目。まるで心のバランスを保っているかのように、ブロックは「スカダーもの=陰」と「バーニイもの=陽」を交互に書き分けてきたが、バーニイものは陽といっても底抜けの明るさではなく、飄々とした楽しさを醸し出しているのがミソだ。少々理屈っぽいセリフ回しなどもあるので若干の好き嫌いは出るだろうが、総体的には万人向けの、実にまったりと楽しめるシリーズである。

 泥棒は深夜に徘徊する

 ある夜のこと。バーニイは仕事の下見に出かけるが、職業病のなせるワザか、たまたま目についたアパートへどうしても侵入したくなる。ところが侵入したのも束の間、いきなり住人が戻ってきたではないか。しかもベッドの下へ慌てて隠れたものの、とんでもない事件を目撃する羽目に。なんとか難を逃れたバーニイだったが、今度は街角の防犯カメラがバーニイの姿を捉えていたとかで、殺人事件の容疑者となってしまう。果たしてバーニイの運命やいかに?

 上でも書いたが、泥棒バーニイ・シリーズの特徴は独特のまったり感でありユーモアである。ハッキリ言って凝ったプロットや複雑なストーリーはこのシリーズには必要なく、キャラクターや雰囲気を楽しむだけの筋立てがあればよいわけだ。したがって、このシリーズを楽しむには、著者に笑いのセンスが近いことが何より大切であろう。パラパラッと本書を開いてみて、バーニイとキャロリンの会話が、あるいはバーニイとレイの会話が楽しめる人であれば、間違いなく買って損はないはずだ。

 ただ、そう思っているのは管理人のようなファンだけであって、意外に著者はマンネリに陥らないよう、相当苦労している節もある(シリアスではないシリーズなのだから個人的にはマンネリも全然OKなのだが)。そして残念なことに、本作ではそれがやや悪い方向に出たようだ。
 一番の問題は真相が複雑すぎることだろう。読者に飽きられないよう凝ったプロットを考えた結果なのだろうが、とにかくわかりにくい。バーニイが本格よろしく謎解きを始めるラストは毎度のことで、楽しい場面のはずなのだが、その謎解きすらも最初は歴史のお勉強から入る始末。事件の背景をこんなところで長々とやられてもなぁ、というのが正直な感想。
 事件に直接絡む部分も同様だ。バーニイの説明だけでは事件の全貌がサクッと見えてこないのも痛い。読者を置いてきぼりにしている感が強く、一通り説明されただけではなかなか頭の中で再構築できないのである。比較的長い作品であることも裏目に出ており、伏線がどうとか確かめる気力も失せるというものだ。
 バーニイものはだいたい安定株なのだが、本作は久々に低調。会話の面白さやマニア向けのくすぐりなどはいつもどおりだし、中盤あたりまではストーリーもなかなか快調だっただけに、ちょい残念な結果であった。

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 台風と三連休が重なり、レジャー関係者と選挙関係者はさぞや頭が痛いだろうなぁ。こちらは三連休明けから仕事がかなり立て込むため、この三日間はできるだけおとなしくして、鋭気を養う予定。
 テレビを買い換えたこともあって、ゲームやDVDも少し仕入れたし(ちなみにゲームは『ドラゴンクエストソード』、DVDは『そして誰もいなくなった』)、引きこもって楽しむ予定である。あ、読書はもちろんですが。


 読了本はローレンスブロックの『快盗タナーは眠らない』。マット・スカダーやバーニイ・ローデンバーの前にブロックが書いていたシリーズ、エヴァン・タナーものの第一作である。一応はスパイものになるのだろうが、いやいや、なかなかに変な話であった。

 主人公のエヴァン・タナーは戦争の後遺症でまったく眠ることができなくなったという特徴を持つ。その浮いた時間であらゆる外国語を習得、さらには様々な世界中の組織と人脈を作り、知識を蓄えた男だ。その彼がニューヨークで出会ったアルメニア人からトルコに隠された一大財宝の在処を聞き、財宝奪取を目指すというストーリー。

 先ほど変な話と書いたけれども、それは本作が結果的に、当時流行していたスパイもののパロディとして成立しているからだ。タナーはトルコに入国したもののCIAのスパイと疑われて強制退出させられ、途中アイルランドで護送警官を振り切ることに成功、そしてヨーロッパ各国の独立組織の助けを借りながら、再びトルコを目指すのである。全編ほぼその道中のエピソードであり、とにかくストーリーが完全に破綻しているというか超適当である。ブロックが最初からスパイもののパロディとして書いた可能性は高いのだが、柳の下のどじょうを狙ったものがたまたまおかしな方向に流れてしまった可能性もまた捨てがたいと思う。
 で、困ったことにこれがまた面白いのだ。発表年は1966年と、ブロックとしてはかなり初期の作品になるのだが、すでに淡々というか飄々というか、ブロックおなじみの語り口はほぼ確立しており(ただ、これは翻訳者のお手柄かもしれない)、それがこの破天荒なストーリー展開をある意味シュールに見せており、何ともいえないユーモアを醸し出している。
 思ったほど主人公のキャラクターが立ってないのが少々残念だったが、これはシリーズ第一作というせいもあるかもしれないので、今後に期待したい。というわけで、残りの作品もすべて翻訳希望。

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 複数の少年を惨殺して逮捕された殺人犯の、死刑執行日が迫っていた。その殺人犯に面会を求める一人の心理学者。依然として見つかっていない最後の犠牲者の眠る場所を、もしかすると聞き出せるかもしれないのだ。しかし殺人犯はその場所を教えるどころか、いまだに自分が無実だと主張していた……。
 一方、かつての荒んだ日々はどこへやら、スカダーはエレインとともに平穏な暮らしを送っていた。そんなある日、AAの集会で知り合ったルイーズという女性から、交際相手の身元調査を依頼される。しかし、調査を始めたとたん、スカダーらはあっという間に尾行をまかれるはめになる。相手ははたして何物なのか?

 ローレンス・ブロックの『すべては死にゆく』読了。現時点では最後のマット・スカダーものであり、そして読み終えた限りでは、シリーズ最終作の気配が濃厚である。

 最終作かも云々、という話は横においておいて、まずは本書の感想をまとめておこう。
 相変わらずといえば相変わらずなのだが、語り口や会話は非常に巧い。話術でもたせるハードボイルドといってもよいぐらいだ。それらを通してブロック自身の哲学や主張が伝わってくるのも相変わらずで、この辺はパーカーのスペンサー・シリーズを連想させる。ただスペンサーものの主張は常に一定でぶれがない分、新味はない。その点、スカダーとエレインの会話は、声高な主張ではないが、アメリカという国家の抱える病などを常に反映させることを忘れず、深く染み込んでくる。特に9.11はブロック(だけではないだろうが)に多大な影響を与えたようで、最近のいくつかの作品では、思考における尺度のひとつとしても機能しているように思える。また、ある種のリズムを感じられる会話文が個人的にたいへん心地よく、これは訳者のお手柄だろう。
 それに比べると、ストーリーは倒錯三部作の踏襲というべきか。狡猾な猟奇犯を迎え討つというパターンは後期のスカダーものにおいて非常に多く、どうしても印象としてはよくない。犯人像もかなり凶悪ではあるが、やりすぎの感も否めず、特に刑務所の件はもう少し説得力があればと思う。
 ただ二つの事件をモジュラー的に進めていき、きれいに交差させているところは見事。決してつまらないわけではないので念のため。

 さて、本書がシリーズ最終作になるのではではないかという話。これは過去に登場した人物についての言及が多いことや、スカダー自身がシリーズ中でも屈指の危機に陥ることなどが理由として挙げられる。そして極めつけ、終盤のスカダーの無意識の中で流れる「イメージ」が、それを如実に物語っている。
 語るべきことを語り終えたのか。それともマンネリを嫌ったのか。あるいは小説からも離れてゆくのか。二十年以上も前にスカダーを読み始め、作品を通じてハードボイルドの何たるかを教えてもらった身としては、とにかく寂しい限りだ。だが、スカダーも既に六十八歳。いい加減にリタイアすべき年齢ではある。
 正直、これで終わるならそれもやむなし。だが訳者の田口氏が言うように、もう一作だけならあっても悪くはない。その場合は、猟奇犯など出てこないものを読んでみたい。たとえそれがスカダーの死であったとしても、ぜひともエピローグにふさわしい穏やかな幕切れであることを望む。

 なお、シリーズのファンなら買いの一冊だが、スカダーものを初めて読む場合はもちろんこの限りにあらず。

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 某病院でじんま疹を診てもらう。昨日の大量じんま疹は、やはり抜歯後の痛み止めの薬がきっかけだったらしい。何でも四十代でじんま疹を出す人間は、主原因がほとんどストレスによるものだとか。思い当たる節が山ほどある(泣)。

 読了本はローレンス・ブロック『死への祈り』。ブロックの大ファンである私としては、何か一冊は未読のものを残しておきたかったのだが、ついに我慢できずに手を出す。

 まずはストーリーから。
 弁護士を営むバーンとスーザンのホランダー夫妻が、あるパーティーから帰宅したところを二人組の強盗によって惨殺された。その数日後、ブルックリンで犯人と思われる二人の死体も発見される。一人が仲間を殺したあとに自殺したらしく、事件は解決したように思われた。しかし、スーザンの姪ライアは、ホランダー夫妻の一人娘がこの事件を計画したのではないかと疑い、TJを通じてスカダーに相談をもちかけてきた……。

 毎度期待を裏切らないマット・スカダーものの一冊だが、正直、本作は物足りない。理由はいくつかあるが、まずは何といってもスカダーの一人称以外の記述が、部分的にとられていることであろう。要は犯人からの視点。もちろん犯人当ての興味やサスペンスの盛り上げ等、いろいろな効果は期待できるであろう。だがこのシリーズは長らくスカダーの一人称でやってきたため、もはや単なるミステリーではなくスカダーの大河ドラマあるいはブロックの私小説とでもいうべき性格をも備えている。読者はあくまでスカダー=作者のフィルターを通して、事件を、犯人を、ニューヨークを感じるべきであろう。客観的にサスペンスを味わうような小説ではないのだ、本シリーズは。
 また、これは本書だけではなく、ここ数作の間感じていることなのだが、妙なまったり感が漂うのもいただけない。もちろんそれは、スカダーの私生活がすっかり落ち着いたことと関係があるわけで、妻とコンサートを楽しみ、いくばくかの寄付を続け、あげくは危険な仕事をミックに頼み、調べものはTJに頼む。これがハードボイルドだなんて誰がいえる? すっかり中産階級に甘んじたスカダーはついでに息子の不始末にも頭を悩ませるが、このトラブルさえも中産階級的でおそろしく刺激にかける(息子たちとのやりとりは楽しめたけど)。
 さらには事件そのものにも不満がある。いや、事件と云うよりは犯人か。ここまでわかりにくいというか回りくどい動機もそうそうないのではないか。おまけにそれほど魅力的とも思えない犯人が、へたをすると後々再登場しそうな雰囲気もちらほら。
 とにかく『八百万の死にざま』で衝撃を与えてくれたスカダーは、遠くへ来すぎたのかもしれない。だが来てしまったものは仕方ない。知りたいのは、これからどこへ行こうとしているか、だ。解説で田口氏も書いているように、シリーズにもうひと山あることを切に望む。

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