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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

山田風太郎 『山田風太郎新発見作品集』(出版芸術社)

 『山田風太郎新発見作品集』を読む。題名どおり山田風太郎の新たに発見された作品をまとめた短編集である。ただし、完全な新発見というわけではなくて、既に改訂されて書籍に収録された作品などもちらほら混じっているので念のため。収録作は以下のとおり。

「乳房」
「紫陽花の君」
「早春の追憶」
「雪女」
「朝馬日記」
「話せる奴」
「日本合衆国」

 山田風太郎新発見作品集

 収録されている作品は大きく二つに分けることができる。ひとつはプロになる以前にノートに書かれていたという習作。もうひとつは書かれた時代があまり明確ではないものの、これまで未発表だった作品である。

 どちらも興味深いことは間違いないのだが、個人的に気になるのは習作の類。そして実際に読んでみると、後年の作風とは大きく異なっていることにまず驚く。
 何といっても大きな特徴は、あたかも私小説のように自らの生い立ちや家族、生まれ育った土地を反映したものが多いこと。若書きゆえの青臭さはさすがにあるものの、文章はしっとりとした美しさを備えており、これは捨て置くにはもったいない。特に母親についての恋慕を彷彿とさせる「乳房」はなかなかのものだ(ちなみに改訂されたものは珍本全集の『忍法相伝73』で読める)。
 さすがに後年の作と比べるとアイディアはありふれているが、これらの作品を二十歳前後で書いていたとは恐れ入る。

 一方、中絶している「日本合衆国」は、その文体や万国博についての記述もあるところから、かなり後になって書かれた作品と推測できる。都道府県を政策によって州制に再編し、首長として当選した者のマニフェストを一県ずつ読ませるという趣向がいかにも山風的で楽しめる。残念ながら二県分で中絶しているが、これは残りもぜひ読みたかった。

 というわけで、あくまで山田風太郎のコアなファンが対象だろうが、想像していたよりは全然普通に楽しめた。
 各作品発見の経緯などは本書解説に編者の有本倶子氏がたっぷりと書いているので(いや実際、解説の分量がものすごい)、興味ある方はぜひ現物でご確認を。


山田風太郎『忍法相伝73』(戎光祥出版)

 昨日は仕事納め。会社の納会からクライアントさんの謝恩会へと移り、あとは新宿で三軒目、四件目、五件目まで飲み歩く。そしてトドメにラーメンを食って帰宅。
 あけて本日は自宅の大掃除。風呂掃除、窓掃除へと昼の二時頃までは頑張ったが、前日の飲みが祟って途中からダウンして爆睡。ううむ、残りは明日だ。


 もう二冊が刊行されて話題にもなっているので、ご存じの方も多いだろうが、今年の夏に戎光祥出版から新しい探偵小説の企画がスタートした。
 その名も「ミステリ珍本全集」。
 数多の探偵小説の中から、いわゆる名作の類ではなく、飛び抜けた怪作や珍作ばかりを集めてしまおうという無謀な企画である(笑)。ただし、無謀とはいえ編者はあの日下三蔵氏。そのラインナップはかなりの期待がもてるところだが(実際、既に発売・発表されているのはとんでもないレア本ばかりである)、問題は本当に採算がとれるのかということだろう。
 真っ当な探偵小説全集ならまだしも、横溝クラスの大物を採り入れた「論創ミステリ叢書」だって、なかなか大変だと漏れ伝え聞く。ましてや「ミステリ珍本全集」にはマニアだって知らない名前も多いようで、ううむ、とにかく中断しないことを祈るばかりである。
 管理人もとりあえず出るものはすべて買う所存であります。

 そんな「ミステリ珍本全集」の第一巻が本日の読了本。山田風太郎の『忍法相伝73』である。
 おいおい珍本といっておきながら、いきなり風太郎かよとのたまうなかれ。マニアの方々には言うまでもないことだが、本書は山田風太郎完全読破を目指す者にとって、最大の難関なのである。
 なんせ風太郎自身が自作をランク付けした際、ABCの三段階評価だったにもかかわらず(なかにはDやEもいくつかあったのだが)、ダントツのPランクを付けたいわく付きの作品。自ら再刊・文庫化を封印したほどの大駄作として知られる作品なのである。
 おかげで古書価は跳ね上がり、幻化に一層の拍車がかかったわけだが、これを一巻目に持ってくるのがさすが日下氏である。おまけに単行本未収録の短編九作も収録。あくまでマニア向けの全集ではありながら、より幅広い購買層が期待できる山風の作品をまず最初にぶちこむことで今後につなげようという狙い。やりますなぁ。

 忍法相伝73

 前置きがやたらに長くなったが、『忍法相伝73』である。収録作は以下のとおり。

『忍法相伝73』
「乳房」
「接吻反射」
「袈裟ぎり写真」
「黄泉だより」
「完全殺人者」
「初恋の美少女」
「馬鹿にならぬ殺人」
「武蔵野幻談」
「魅入る」
「忍法相伝64」

 『忍法相伝73』は忍法帖で唯一の現代ものである。主人公は小さな運送会社に勤める平凡なサラリーマン伊賀大馬。実は伊賀忍者の末裔であり、ご先祖の伊賀風忍斎が遺した忍法帳を手に、変人松中教授、美女鳥羽壺子と共にその忍法を駆使していく……といったストーリー。

 とにかく著者封印ということで、どれだけ駄作なんだろうと思っていたが、まあ確かにひどいはひどい(苦笑)。大きいストーリーがあるわけではなく、お馬鹿な忍法によって繰り広げられるドタバタ劇の積み重ねである。解説ではこれを忍法帖の現代版と読むのではなく、セックスをテーマとしたユーモア小説の忍法版とみた方が適切だろうと書いてあるが、確かにそのとおり。いや、むしろセルフパロディとみる方が適切なのではというくらい、著者が遊びに遊んでいる。だからギャグやユーモアのひとつひとつは正直くだらないものが多くて、著者自らが駄作という理由の多くもこの辺りにあるのだろう。

 ただ、全体の構成は悪くないし、話の筋そのものは面白い。ドタバタを通して炙り出される社会風刺や人間観もおよそ五十年前に書かれた作品とは思えないほど普遍的だ。まあ、もともと人間の愚かさとか本能的な部分を書かせると巧い人なのだが、この手の作品ではそういうところがより際だってマッチしているように思える。
 というわけで客観的にみても(ギャグの部分さえ気にしなければ)駄作はやはり言い過ぎだろう。下ネタやギャグが詰め込まれているので読む人は選ぶだろうが、山風ファンならやはり一度は我慢して(笑)読んでおくべきだ。


山田風太郎『山田風太郎少年小説コレクション2 神変不知火城』(論創社)

 本日の読了本は『山田風太郎少年小説コレクション2 神変不知火城』。先に発売された1巻『夜光珠の怪盗』が現代ものだったのに対し、本書は時代ものがメインである。

 山田風太郎少年小説コレクション2神変不知火城

「七分間の天国」
「誰が犯人か 窓の紅文字の巻」
「誰が犯人か 殺人病院」
「毒虫党御用心」
「地雷火童子」
「神変不知火城」

 上から三作までが現代もの。その中では単行本初収録となる青春探偵団シリーズ「七分間の天国」が目玉か。内容もさることながら、当時のキャバレーの風俗などが描かれており、タイトルの「七分間の天国」もこれに由来する。よく、これを学生誌に書いたなというのが一番の感想(苦笑)。あとは軽めの推理クイズを二編収録。

 時代もののトップバッターは「毒虫党御用心」。意外なことにこれも推理クイズである。まったく予備知識がなかった状態で読んでいたため、ラストで突然問題が出されたから、ネタそのものよりそちらの方に驚いてしまった。時代小説の推理クイズなんて記憶にないよなぁ。
 ただ、このストーリー展開からこういう出題はない。とってつけたような感じで、バランスの悪さが気になった。

 「地雷火童子」は正統派の少年向け時代小説。地雷火を積んで江戸を目指す一行の、追いつ追われつの物語である。少年誌連載ということもあって、とにかくヤマ場の連続。活劇部分はもちろん楽しいが、地雷火をどうやって運んでいるのかといったミステリ的興味など、シリーズ全体を貫く仕掛けも悪くない。

 表題作の「神変不知火城」は本書のイチ押しである。切支丹を救わんとする天草四郎に森宗意軒、これに対するは由比正雪、そこへ真田幸村や猿飛佐助なども加わって、豪華布陣で展開される一大絵巻である。比較的オーソドックスな「地雷火童子」と違って妖術あり忍術ありの伝奇小説的スタイル。
 当然ながら後の『魔界転生』を彷彿とさせるが、さすがにジュヴナイルなので、大人向けほどの奇想エログロ爆発とまではいかない。ただしテンポの早さなどは大人向けをも凌ぐほどで、やはりファンなら押さえておきたい一篇だろう。

 なお、管理人などは非常に喜んで読んでいるが、冷静に考えるとこんなにバカらしい読み物はないわけで、健全な読書家にはお勧めしたものかどうか迷うところではあるな(笑)。


山田風太郎『山田風太郎少年小説コレクション1 夜行珠の怪盗』(論創社)

 考えるとこの一ヶ月、ずっとリスベットやミカエルの話ばかりを読んでいたわけで、まあ、面白いからいいんだけれど、正直ちょっとスウェーデン人たちの活躍にも飽きてきた(苦笑)。そろそろ真逆の話も読んでみたいということで、本日の読了本は『山田風太郎少年小説コレクション1 夜光珠の怪盗』。

 山田風太郎少年小説コレクション1夜光珠の怪盗

 かつて本の雑誌社から「都筑道夫少年小説コレクション」というシリーズが出ていたのだが、実はあのシリーズのあとには他の作家のジュヴナイルも予定されていたのだという。だが、悲しいかな採算が合わずにシリーズは都筑道夫のみで終了。編者の日下三蔵氏があたためていた企画はいったん消滅したのだが、捨てる神あれば拾う神あり。あらためて論創社で続きを出すことになったのが、この「山田風太郎少年小説コレクション」らしい。
 装丁もあえて「都筑道夫少年小説コレクション」にあわせ、加えて当時の挿絵をふんだんに盛り込んだ「山田風太郎少年小説コレクション」は、もう出してくれただけで涙ものの一冊なのだが、なんとこの後には、さらに鮎川哲也、仁木悦子、高木彬光なども予定されているというから凄い。いや、ほんとに凄い。
 とはいえ、それらが出るかどうかは、まずこの山田風太郎の売れ行きにかかっているというから、予断はまったく許さない状況である。興味のある方はぜひとも本書を買って頂き、このシリーズの未来を支えていこうではありませんか。っていうか支えて下さい。

 とまあ、版元へのサービスはこのくらいにして、一応、感想も(笑)。まずは収録作。

「黄金密使」
「軟骨人間」
「古墳怪盗団」
「空を飛ぶ悪魔」
「天使の復讐」
「さばくのひみつ」
「窓の紅文字」
「緑の髑髏紳士」
「夜光珠の怪盗」
「ねむり人形座」

 いやあ、予想どおり楽しいわ。
 戦前の少年向け探偵小説もその時代なりの魅力があって楽しいのだが、戦後のものはやはりレベルが高いというか、けっこうきちんとした探偵小説になっているのがいい。これで少年小説らしい破天荒さが影を潜めては意味が無いのだが(あくまで私見ですが)、こと「破天荒」なことにかけては右にでる者のない山田風太郎である。トンデモな部分と探偵小説のバランスがよくて、それも含めて納得の一冊なのである。
 まあ、正直言うとバランスの悪い作品やバカらしい作品もあって(笑)、やはり「軟骨人間」や「古墳怪盗団」、「空を飛ぶ悪魔」のようなあまりにボリュームの小さい作品は少々苦しい。まあ、そんな作品に限って茨木歓喜シリーズだったりするから、なかなか油断はできないんだけど。
 マイ・フェイヴァリットは「黄金密使」と「夜光珠の怪盗」のツートップ。
 「黄金密使」はこの限られた登場人物で、よくもまあ、これだけ重ねてくるなぁと感心することしきり。「ああ、このネタだよね」というこちらの予想の見事に上をいく。
 一方の「夜光珠の怪盗」は正統派少年冒険小説といった趣で、脱獄トリックや意外な犯人など見どころ多し。特に脱獄トリックは、思考機械のパクリとか思っていると、プラスαでけっこう無茶をやっているのが笑えた。さすが山風である。

 とにかくシリーズの今後のためにも、興味のある方はぜひともご購入を。こんなに面白いシリーズを二冊や三冊で終わらせてはだめだって。


山田風太郎『婆娑羅』(講談社文庫)

 山田風太郎『婆娑羅』読了。忍法帖、幕末もの、明治ものと書き継いできた著者が新たに臨んだジャンルが南北朝から室町にかけてという時代であり、本書はそのシリーズの1作目にあたるという。
 ちなみに「婆娑羅」とは「華美な衣装などで飾り立てたり、ぜいたくの限りをつくしたりして、この世を謳歌すること」。この時代、そんな婆娑羅を体現していたのが、婆娑羅大名として知られる佐々木道誉である。著者は鎌倉幕府滅亡から室町幕府成立に至る動乱の時代を、佐々木道誉を主人公にして語っていく。

 そもそも南北朝時代というのが、歴史ファンでもないかぎりわかりにくい時代ではある。日本の歴史上、ふたつの朝廷が存在するだけでも希なことなのに、一応実権を握っていた足利家も内紛は絶えず、下克上も多かった。
 もちろんそれには様々な理由があるのだが、著者はその大きな一因を、佐々木道誉の生き様に挙げ、この複雑な時代を解き明かしてゆく。その手際が見事で、クライマックスでは道誉に対する強烈な意趣返しも用意している。

 全般的には十分楽しめる一冊だが、それほどページ数も多くない本なので、やや駆け足になるのが物足りなく、またわかりにくい部分もある。できれば「太平記」や他の山風の歴史ものを読むなど、多少の予習をしてからの方が楽しめるかもしれない。


有本倶子/編『山田風太郎疾風迅雷書簡集』(神戸新聞総合出版センター)

 エミルオンから『コナン・ドイル小説全集第5巻マイカー・クラーク(下)』が届く。案内状に近況などが書かれているが、キャンセルや郵便事故などで大変そうだ。なかには高価すぎるという声もあるらしい。
 ううむ、不満を持っている購入者は何を考えているのやら。本シリーズは予約のみのたった120部しか刷っていないため、もともと利益など出るはずもない。単純計算でわかると思うが配布分の110部が完売したとしても、定価3100円×110部で35万円弱にしかならないのだ。もちろん訳者の印税など出るはずもなく、関係者の強い志だけでやっているようなものである。貴重なドイルの小説全集が出るだけでもありがたいのに、このうえ何を求めようというのか? 定価が高くて嫌なら最初から注文しなければいいわけで、勝手にキャンセルしてこのシリーズが途中で立ちゆかなくなったら、どうしてくれる。制作者たちが苦労して作った貴重な本にたかだか3千円も出せない輩は、一生図書館で本を読んでいればよい。

 読了本は有本倶子/編『山田風太郎疾風迅雷書簡集』。これも関係者の頑張りで出たような本。山田風太郎が学生時代に、離れて暮らす学友に送った手紙をまとめたもので、大変面白く読めた。手紙に綴ったなかには、若かりし日の風太郎が書いた詩や句、絵なども見受けられ、その才能の片鱗を見ることができる。
 また、手紙は基本的に明朗でありながら、青年期ならではの鬱屈した部分、それは自分の夢や才能についての不安であったり、肉親たちとの軋轢であったりするが、そういう部分はやはり引き込まれてしまう。とりわけ終戦後の手紙はさすがにトーンが変わり、友人へのアドバイスもただ励ますだけでなく、現状を踏まえた厳しい内容になっているのが風太郎らしい。

 しかし先日読んだ『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』もそうだったが、なぜ昔の人はこうも手紙の持ちがよいのか。近年はもっぱらeメールしか使わなくなった自分を省みることしばし。


山田風太郎『あと千回の晩飯』(朝日文庫)

 仕事関係で月曜からずっと夜は酒浸り。まあ、家でも毎日晩酌はしているのだが、さすがに外で三日連続はなかなか辛い。特に月曜にいきなり飛ばしたものだから、二日酔いをずっと引きずっている感じだ。明日は小休止しなくては。

 山田風太郎の『あと千回の晩飯』読了。
 「いろいろな徴候から、晩飯を食うのもあと千回くらいなものだろうと思う」という飄々とした、それでいて実に印象的なこの書き出し。著者の数あるエッセイの中でもとりわけ記憶に残っている。
 とりたてて何かについて書いたという文章ではない。一応、死や老いがテーマではあるが、話題は晩飯そのものや仕事、趣味など多岐に渡る。山田風太郎のまったく気負いのない文章が、それぞれの話題を軽妙に語ってゆく。それは死も例外ではない。
 なお、本書は朝日新聞に連載していたエッセイを中心に晩年のエッセイを集めたものだが、大乱歩の葬儀について書かれた日記を再録した文章は実に貴重ではないか。著名な推理作家の人間関係が垣間見えるようだ。


山田風太郎『風眼抄』(中公文庫)

 日記は基本的に毎日つけるべきものだが、もちろん毎日つける気力も根性もあるはずもない。この忙しい時期は特にそれが顕著で、だいたい日記を書くのは翌日か翌々日にまとめ書きである。で、これも当然ながら、2、3日もするとだいたい書く内容を忘れてしまったり。トホホ。

 本日の読了本は山田風太郎の『風眼抄』。
 あちらこちらに書いたものをまとめたもので、特にテーマらしきものはない。全体を読んで何となく山田風太郎の人となりが見えてくるといったところか。爆発的に面白いというわけでもないが、山風ファンにはいろいろなくすぐりが見えてきて楽しい。個人的には乱歩絡みの話が興味深かった。


山田風太郎『妖説太閤記(下)』(講談社文庫)

 山田風太郎の『妖説太閤記(下)』読了。
太閤豊臣秀吉の一生を描いた物語は数々あれど、さすがに山田風太郎の太閤像は独特のものがある。

 まず徹底的な悪役としての秀吉像がある。下克上の戦国時代にあって、裸一貫から己の力だけで成り上がった秀吉だが、それを英雄として見るのではなく、様々な策略をもって人を蹴落としてきた姦雄として描く。
もちろん戦国の世のこと。裏切り、陰謀は当たり前の時代ではあるが、秀吉は持ち前の軽さと竹中半兵衛という類い希なる軍師を武器に、実に深淵なる戦略を企て、ついには本能寺の変に至るまでが秀吉のプロデュースによるものだったと語るのである。

 もうひとつの側面は、そしてこちらの方がより大きいのではないかと思うが、無類の女好きという部分だ。ただ秀吉の場合、英雄色を好む、というのとは少し違うだろう。矮躯にして猿面というコンプレックスもあり、彼は成熟した女性を好まずロリコンの気が強かった。そして生涯最も愛した女性が、信長の妹お市である。秀吉は死ぬまでお市の幻影を追い続け、その情念が出世の道へと結びついた。信長を滅ぼし、天下をとること。それもすべては女を手に入れるための手段であった。

 本書ではそんな秀吉の生き様を描くと同時に、新たな歴史観も再構築してゆく。数多の歴史的事件が、実はどのような真相であったかというミステリっぽい味付けもよい。この辺は著者お得意のテクニックとはいえやはり見事。
 とにかく無類の面白さであり、しばらくは他の太閤像は考えられないかもしれない。超おすすめ。


山田風太郎『妖説太閤記(上)』(講談社文庫)

 小倉から帰京。車中で山田風太郎の『妖説太閤記(上)』を読み終える。山田風太郎作品のなかでもとりわけ評価の高い本書だが、確かにこりゃ凄いわ。下巻も一気かな。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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