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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

岡本綺堂『岡本綺堂妖術伝奇集』(学研M文庫)

 『岡本綺堂妖術伝奇集』読了。学研M文庫から出ている「伝奇の匣」シリーズの一冊である。収録作は以下のとおり。

長編小説
「玉藻の前」
「小坂部姫」
「クラリモンド」
戯曲
「平家蟹」
「蟹満寺縁起」
「人狼」
「青蛙神」
短編小説
「青蛙神」
「蟹」
「五色蟹」
随筆
「木曽の旅人」
「江戸の化物」
「高坐の牡丹灯籠」
「舞台の牡丹灯籠」
「小坂部伝説」
「怪談劇」
「温泉雑記」
「木曽の怪物」

 半七捕物帖で有名な岡本綺堂のもうひとつの顔が、怪奇小説作家である。本作品集には「玉藻の前」を中心に、戯曲や随筆も盛り込んでいる。ちなみにこの戯曲と随筆がけっこう売りらしいが、岡本綺堂の怪奇小説を数編しか読んでない自分にはけっこう猫に小判(汗)。

 そんな綺堂初心者にも十分楽しめるのが、やはり長編の「玉藻の前」と「小坂部姫」であろう。
 特に「玉藻の前」は、中国から渡ってきた九尾狐が人の女性に憑いて、時の朝廷に入り込み、闇の世界に陥れようとする有名な話で、歌舞伎やアニメ、マンガにもなっている。おそらく綺堂の小説は読んだことがなくとも、話自体は知っている人も多かろう。物語は九尾狐と陰陽師、安倍晴明六代の孫、播磨の守泰親との対決が縦軸として描かれるが、これに人間と魔物の恋物語を絡めることで、ひときわ美しくも妖しい物語に仕上げている。物語の構造もさることながら、これは綺堂の語り口すなわち文章の功績によるところが大きい。比較的、比喩が多く、ビジュアル的な文章だと思うのだが、それがリズミカルに流れることで、よけいイメージが脳裏に浮かびやすいのだと思う。
 例えば「小坂部姫」などでは運命に翻弄されるヒロインが堕ちていく様がスリリングで、幽閉された姫が遂に●●を喰らうシーンはあっさりとした描写ながら凄惨である。
 また、短編の「青蛙神」なども、メインの怪談部分ももちろんいいのだが、語り手が雪の中を友人のもとへと訪ねてゆく、その辺りの描写がこれから始まる「何か」を期待させていいのだ。
 夜、寝る前にこつこつと読むのに最適な一冊。


岡本綺堂『半七捕物帳』(講談社大衆文学館)

 前々から噂にはなっていた光文社文庫による「江戸川乱歩全集」が八月から本当にスタートするらしい。講談社文庫の江戸川乱歩推理文庫完集にリーチがかかっている身としてはけっこう辛いものがある(苦笑)。
 小説の類は春陽文庫や創元推理文庫が現役だし、だいたい読めるわけだから、要はこれまでにいろいろあった江戸川乱歩全集と比べてどれだけの付加価値があるかってことになると思うのだが、その辺はどうなのかな?

 ところで本日の読了本は岡本綺堂の『半七捕物帳』。講談社大衆文学館版である。
 ネームバリューやファンの多さでは、管理人お気に入りの「若さま侍」を遙かに凌駕すると思われる「半七捕物帳」シリーズ。しかもまたの名を「お江戸のシャーロック・ホームズ」。期待するなという方が無理な話だ。

 しかし、いざこうして一冊を読み終えてみると、どうにもピンと来ない。これはいったいどうしたことだ?
 面白いことは面白い。江戸の風俗が物語と見事に融合し、独特の味わいをもたらす。会話を多用した文章も読みやすく、テンポも良い。いい読書をしたという満足感は確かにあるのだ。でも何かが違う。
 結局それらの満足感は、あくまで江戸という舞台、江戸という時代に関する興味から生まれたものなのだろう。要は歴史をテーマにした大衆小説的な面白さなのである。ミステリのそれとは明らかに違う。正直、もっとミステリっぽいものを期待していただけに、なんだか肩すかしを食ったような印象だ。
 「若さま侍」だって言うほどミステリ味が強いわけではないが、けれん味でピシッと決めるところは決める。対して「半七捕物帳」は事件が解決する過程で読者が置いてきぼりをくわされることが多く、その後に事件の背景がまったりと語られるパターンが多い。この構成もマイナス要因のひとつだろう。
 さりとて本格的な探偵小説でないからといって、つまらないわけでは決してない。ここが難しくもあり困るところでもある。個人的にはハードボイルドなども味わいだけで高く評価するときもあるので、「半七捕物帳」にしたって高く評価してもよさそうなものだ。でも明らかに「若さま侍」の持つミステリ的味付けは、私のなかでスタンダードになりつつあるため、方向性が微妙にずれると違和感ばかりが先に立つ。
 とにかくもう少し読み込んでみないとだめかも。


岡本綺堂『風俗江戸物語』(河出文庫)

 仕事始め。新人も一気に5人ほど入ってきて、面倒を見たり、挨拶回りに出たり、取引先の新年会に出たりして、目が回る。久々に長い休みだったので、まだ体がぼけているのがのが哀しい、っていうか情けない。

 本日の読了本は、岡本綺堂作『風俗江戸物語』。あの「半七捕物帳」の生みの親、岡本綺堂が、タイトルそのままに江戸の生活や習慣などを記したもの。内容についてはそれ以上でも以下でもなく、奇をてらったアプローチをするわけでなく、ごくごく真面目に江戸風俗を紹介しているので、あまり時代劇に興味がない人でもそれなりに楽しめるのではないだろうか。

 私的には昨年マイブームだった城昌幸の「若さま侍」シリーズをより楽しむための資料として読んだわけだが、巻末の解説を読むと、そもそも本書は「半七捕物帳」を理解する手助けとなるように書かれた本であるらしい。おお、我ながら実に正しい読み方をしていたわけだ。
 ちなみにこの解説はなかなかためになることが多く、本書の原本が誤植だらけだったことや、版元が岡本綺堂に無断で本を作ったために綺堂が出版差し止めを行ったこと、それらの事情によって、文庫化されるまでは長らく幻の古書扱いされていたことなどが書かれていて面白い。綺堂の人となりなどにも触れられ、解説かくあるべし、という見本のような解説である。
 うう、今回は中身より解説の感想になってしまった。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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