奇妙な味の傑作『銀の仮面』で知られるヒュー・ウォルポールの新刊が、最近こっそり出ていたことを知っている人は、果たしてどのくらいいるのだろうか?
管理人もたまたま書店で目にし、驚いて購入したわけだが、まあミステリファンでも普通は気づかないかも。なんせ版元はミステリとはあまり縁がない「れんが書房新社」という人文・社会科学系の出版社。しかも本書はミステリでもなければ怪奇小説でもなく、歴とした児童文学なのである。

時は十九世紀末。英国の美しい田舎町や寄宿学校を舞台に、思春期の少年とその愛犬の活躍を描く物語が、本書『ジェレミー少年と愛犬ハムレット』。さまざまな経験を経て少年は成長し、愛や友情を知る。同時に、大人になるということはどういうことなのかを学んでいく。
基本は実に正統的な少年の成長物語である。他の優れた児童文学と同様、まず人物造形が素晴らしいのだが、そのキャラクターを動かすメカニズムも見事だ。メリハリの利いた構成、味のあるテンポの良い文体、加えて――これもまた児童文学に必須な要素だと個人的には思っているのだが――行き届いたユーモアがいい。ときには毒の効きすぎた描写もある。「エイミーおばさんのお茶に毒を入れるか、それともパン切りナイフで背中をぐさりとするかしたい」と思う子供が登場する児童文学はあまりあるまい(笑)。
しかし、そういう毒も含めて、これらが非常にいいバランスで組み合わされ、その上を登場人物たちが生き生きと駆け回っている印象である。
もちろん単に楽しいだけではない。大人でも子供でもない、微妙な時期の少年の心理も克明に描かれており、少年時代ならではの挫折も刻み込む。
あるエピソードでは、ジェレミーがどうしても納得できない大人の論理にぶつかり、ラストではそれを納得するでもなく克服するでもなく、子供にとってはただただ不条理としか思えない出来事に打ちのめされる。人には様々な物の見方や価値観があり、人生には時にこういうことが起こり得るのだという著者のメッセージである。子供に理解しやすいストレートな喜怒哀楽だけではなく、こういう人生観や哲学的なアプローチを無理なく盛り込ことで、本書はより豊穣さを増したといえるだろう。
それにしても怪奇小説が著者の一面に過ぎないことは知っていたが、ここまで鮮やかなものを残していたとは、とにかく予想外だった。
ちなみに本書はジェレミー少年三部作らしく、本書はその第二作にあたる。第一作は岩波書店から『ジェレミーー幼児の生ひ立』という題で出ているが、なんと刊行は1937年。ううむ。どこかで復刻してくれないかな。