
本日の読了本はイアン・ランキンの『影と陰』。
不法占拠された住宅で若者の死体が見つかった。当初はヘロイン中毒による事故死かとも思われたが、実は毒を注射されての殺人であることが判明し、リーバス警部は捜査を開始する。十字架の形に横たわる死体、その横に立てられた二本の蝋燭、壁に描かれた五芒星。果たしてこれはカルト宗教絡みの犯罪なのか。捜査を進めるリーバスは、やがてエジンバラのもうひとつの顔に直面することになる……。
本書はご存じリーバス警部ものの二作目にあたる。リーバスもの
第一作の感想でも書いたが、ベースの部分というか、あるいはシリーズのテーマみたいなものは最初からほぼ確立されているので、それほどの違和感はない。シリーズのレギュラーもちらほら顔を出しており、そういう流れを確認できるのは楽しい限りだ。
ただ、これも第一作の感想で書いたことだが、シリーズの新しい作品に比べて(なお『血に問えば』『獣と肉』は未読)、いろいろな意味でコクに欠ける。
例えば、本書でモチーフに使われるのはスティーヴンスンの『ジキル博士とハイド氏』である。いうまでもなく人間が抱える善悪の二面性、そしてエジンバラという地方都市が抱える光と闇の両面を描いているわけである。だが本書の事件を通して見えてくる人と都市の二面性など、それほど珍しい設定とも思えないし、ましてや『ジキル博士とハイド氏』を象徴的に担ぎ出すほどのものでは決してない。
また、それを悪魔主義的に味つけするのはかまわないとしても、そこから大したサスペンスも恐怖も生まれてこないのでは、ただ賑やかしに入れてみたと思われても仕方あるまい。
登場人物の描き方もいろいろと気に入らない。初っぱなに現れるリーバスの恋人らしき女性、元の妻であるジルとの関係、事件の関係者である若い女性など、リーバスの人間性を描くのに十分な配役を用意しながらもツッコミが甘く、読み手にリーバスの痛さがもうひとつ伝わってこない。
周囲の刑事たちとの関係もそう。唯一、ホームズという若い部下の刑事とリーバスとの対比が注目されるぐらいで、上司や同僚などもっと掘り下げてもらいたい人物も少なくない。
そもそも肝心のリーバスが、ずいぶん物わかりの良い刑事に思えてしまうのはなんとも歯がゆい。シリーズものだと巻を重ねるにつれて性格が円くなっていくことは往々にしてあるけれど、リーバスに関しては今の方がよほど尖っている。リーバスの存在意義、本シリーズの抱えるテーマはしっかりと感じ取れるが、それが読み手に響くにはまだしばらくの成熟が必要だったのだろう。そしてそれが『黒と青』などの傑作に結実するのだ。
まあ、いろいろと批判してしまったが、読んでいる間はそれなりに楽しめる。必読とは思わないが、シリーズのファンならやはり読むしかないんだろうなぁ。