森下雨村の『怪星の秘密』を読む。
本書は盛林堂ミステリアス文庫の一冊だが、雨村については河出文庫でも『白骨の処女』やら『消えたダイヤ』やらが昨年出ており、この一年間で何と三冊目である。繰り返す。森下雨村の新刊が一年に三冊。まったく恐ろしい時代になったものである。

さて河出の雨村は歴とした探偵小説であったが、本書はサブタイトルでも「空想科学小説集」と謳っているように純粋な探偵小説ではなく、SF小説「怪星の秘密」と冒険小説「西蔵(ちべっと)に咲く花」の二本立てである。
雨村の創作活動は『新青年』編集長を辞めたあとがメインだが、博文館に入社する以前にもしばらく執筆に集中していた時期があった。本書収録の二作はどちらもその時期の作品で、しかもどちらも少女雑誌『少女の友』に連載されたものらしい。以下、感想など。
まずは『怪星の秘密』。天遊星という新たな星を見つけた科学者・桂井博士が家族や助手とともにその星をめざし、無事到着したはいいが、そこで苦難の連続が……という比較的オーソドックスな子供向けSF冒険ものといっていいだろう。
ただ、書かれたのが1916年。宇宙に関する知識が低くて当然だとは思うのだが、雨村自身もまだ創作を始めて間もないせいか、相当に勢いのみで書いているふしがあり、ツッコミどころ満載、いやむしろほぼツッコミどころしかないという壮絶な一作となっている。
いくつか例を挙げると……
・天遊星の位置は地球から1万マイル(1万6000km)を少し超えたあたりにある。地球から月までが約38万km、人工衛星「ひまわり」などが高度3万5000kmぐらいなので、ほぼ地球と隣り合っているといってもいいぐらいの場所である。その星を桂井博士が初めて発見したという(笑)。
・天遊星には東京よりも大きな都市があって、普通に電車や自動車も走っていると桂井博士は確信している。特にその根拠は説明されていない。
・宇宙へ行くのに飛行船を使っている。
・どんな危険が待っているかもわからないと密航者の少年に言うわりには、年端もいかない自分の娘を同乗させている。
・高度1万メートルの高さで、そのまま欄干に出て下をのぞいている。
・天遊星到着後は、特に宇宙服等の特別な装備はなく、そのまま外にでいる。空気の状態などはもちろん一切確かめない。
これらは開始からわずか10ページ程度での描写である。いかに密度が濃いかおわかりだろう(苦笑)。もちろんこの後も雨村は手を緩めず、お約束とはいえ子供たちは勝手に飛行船を離れて、雪男としか思えない原住民と遭遇し、文明人がいないことに博士はショックを受けつつも、正体もよくわかっていない原住民を当然のごとく銃で殺したり、思いがけないことにはるか以前に着陸していた人類を見つけたり、捕虜にした原住民を刃向かうわけがないと自由にしたところで案の定裏ぎられたりという、とにかく自由奔放な展開。
この手の作品には相当免疫がついているはずの管理人ではあるが、正直、これは疲れた(笑)。
なお、少女雑誌に連載された作品にしてはあまり少女向け小説という感じはなく、普通の子供向け冒険小説という感じで読むことができた。
それに比べると「西蔵(ちべっと)に咲く花」は、だいぶおとなしいというかまともである。
チベットの辺境の村に取り残された少女とそれを救おうとする従者たちの物語で、偶然ながら奇跡と勘違いされる出来事が起こり、少女の身が救われるなど、伏線もあったりと掴みは悪くない。また、当時あまり情報のなかったチベットの描写も多く、それなりに読ませるものとなっている。
ちなみにこちらも少女小説ながら『怪星の秘密』以上にその雰囲気がなく、大人向けでも十分通用する文体である。そういう文体を意識していたというよりは、そもそもあまり掲載媒体の性格など気にしていなかった節もある。ただ、 『怪星の秘密』から半年ほど後の作品ということで、だいぶ作家としてこなれてきたということはいえるだろう。いや、そのおかげで逆に読みやすかったからいいんだけど。
ということで、まあ内容はこんなものか。本書はあくまで雨村の創作活動を知るための一助とみるほうがいいだろう。『新青年』を作り上げ、乱歩や正史を見出した敏腕編集者でもある森下雨村だが、それに先んじて創作活動を行っていた雨村。その中心はまだ子供向けがほとんどだったようだが、のちの探偵小説に通じるところもちらほらあるのはやはり興味深い。