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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

小酒井不木『酩酊紳士』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部が復刻した短編の小冊子『酩酊紳士』を読む。元は高島屋の広報誌「百華新聞」で、昭和三年に掲載されたもののようだ。

 ときは昭和三年頃、名古屋は鶴舞公園前駐在所に勤務する龜田(かめだ)巡査が深夜の巡回に出掛けたときのこと。鶴舞公園内を見回っていると、何やらベンチで二人の紳士が話し込んでいる。どうやら一人は龜田も知っている本田という会社員だが、かなり酔っており、もう一人の男が送っていく途中らしい。しかし、男は用事があるために戻らなければならず、本田は一人で帰るから大丈夫だと言っている。
 気になりつつも駐在所へ戻った龜田だが、なんとしばらくして本田の弟が現れ、兄が家の前で殺されているという……。

酩酊紳士

 小酒井不木も変格の代表選手みたいに言われることが多いが、本作はけっこう端正な本格仕様。本田が殺害され、容疑者は本田から借金をしていた二人に絞られるが、どちらにもアリバイがあるという展開である。メイントリックは少々無理があるけれど、プロットは少し捻りがあって、まずまずだろう。

 余談ながら、短いながらも当時の名古屋の様子が具体的に描かれていて興味深い。
 導入部の舞台になっている鶴舞公園をはじめとする町名や動物園(東山動植物園)などは、昭和三年当時に実在したものである。鶴舞公園のなかに動物園があるという描写があって、今の人には「あれ、動植物園ってもう少し離れていなかったっけ?」と思うかもしれないが、当時は鶴舞公園内にあり、昭和十二年に今の場所に移設したのである。
 また、警官が公園内を警邏して、深夜にたむろする若い恋人たちを苦々しく思う描写も微笑ましい。戦後に流行った有名な懐メロで「若いお巡りさん」という歌があるんだけれど(「も〜しもしベンチでささやくお二人さん」で始まるやつ)、これも似たような状況を歌にしており、こういった情景は昭和という時代ならではなのだろう。
 そういった描写を楽しむのも戦前の探偵小説を読む楽しみのひとつである。

小酒井不木『疑問の黒枠』(河出文庫)

 小酒井不木の『疑問の黒枠』を読む。河出文庫から「KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ」の一冊として刊行された戦前の探偵小説。このシリーズも順調に刊行が続いているようで何よりだが、論創社が短編中心なので、こちらはぜひこういう長篇で攻めてもらいたいところである。

 さて『疑問の黒枠』だが、こんな話。
 名古屋で会社を営む村井喜七郎の死亡広告が新聞に掲載された。しかし、本人は死んでおらず、実はこれが何物かによって出された虚偽の広告であった。ところが村井はこれを面白がり、親しい住職と相談して、広告どおりに模擬葬式を出そうとする。
 そして葬儀当日。村井は死装束をつけて棺の中へ入り、その後、姿を現す段取りだったが、一向に出てくる気配がない。心配した周囲の者が棺の蓋を開けると、なんと村井は本当に死体となって発見されたのだ。
 さらには村井の娘・富子がその場から失踪し、医師の丸薬も紛失。富子の恋人・中沢保は村井に取り入っていた押毛が怪しいと騒ぐが、今度はその押毛もいなくなる始末。
 一方、村井の遺体は検死にかけられるべく、小窪教授のもとに届けられていた。小窪は木乃伊の研究を続けながら、犯罪にも一家言をもつ医学者である。だが、解剖のために小窪たちが安置所を訪れると、今度はその遺体、までもが消え失せていた。
 警察に協力して中沢保や小窪の助手・肥後も加わり、捜査は進められるが……。

 疑問の黒枠

 日本の探偵小説黎明期に多大な貢献を果たした不木の、これが長編第一作にあたる。そのせいか力の入り方は相当なもので、大丈夫かと思うぐらい次から次へと謎を提示し、サスペンス仕立てで物語を引っ張っていく。
 不木といえば医学知識を生かした怪奇風味の変格短編というイメージが強いのだけれど、本作に関してはきちんと本格としての興味も先行しており(ただし決してフェアではない)、短編の諸作品に比べるとスマートな印象である。

 ただ、そんな印象とは裏腹に、実はプロットは相当に複雑であり、真相もこてこて。登場人物も無駄な人は一切いませんというぐらい重要な役割を振られ、全員が犯人とは言わないけれど(苦笑)、まあ関係者の多いこと。
 その結果として辻褄を合わせるための御都合主義も少なくはなく、とにかくプロットがストーリーに上手く落としこまれていないのが痛い。読んでいてちぐはぐな印象はどうしても否めず、そこが本作の大きな弱点といえるだろう。

 とはいえ、そういった粗に目をつぶってあげるなら、本作の探偵小説としての熱量は素晴らしいものがあり、個人的にはまずまず楽しむことができた。
 特に本作の探偵役(これ自体も一つの興味なので、誰とは書かないが)の事件における役割や立ち位置がなかなか面白く、この時代の日本でこういうアイディアを形にしたというだけでも、読む価値はあるといっておこう。


小酒井不木『小酒井不木探偵小説選』(論創ミステリ叢書)

 論創ミステリから『小酒井不木探偵小説選』読了。
この叢書のなかではメジャーどころに思えるが、本作に採られているのは、なんと不木がデビューしたての頃に書いていたジュヴナイルのみ。だからといって只のマニア向けの一冊かというとそんなことはない。ジュヴナイルとはいっても堂々たる本格であり、しかも天才少年・塚本俊夫君を探偵役にしたシリーズものなのである。大人向けのものを書くようになってからは、かえって本格から遠ざかった感のある不木なので、これはなかなか新鮮。
 正直、子供向けなので他愛ないトリックや仕掛けもあり、文体もややぎこちない。天才とはいえ12歳の子供が大人たちとため口をきき、堂々やり合う部分も慣れるまでは違和感があるかもしれない。だが、このストレートな探偵小説群には、不木がミステリというものを正しく普及していこうという熱意のようなものを感じることができる。
金田一少年やコナンも悪くはないけれど、活字でこういう真っ当な探偵小説に触れた当時の子供たちはなんと幸せなことか。乱歩の少年探偵団とは、またひと味違った子供向けミステリ。読んでおいて損はない。
 なお、収録作は以下のとおり。

「紅色ダイヤ」
「暗夜の格闘」
「髭の謎」
「頭蓋骨の秘密」
「白痴の知恵」
「紫外線」
「塵埃は語る」
「玉振時計の秘密」
「現場の写真」
「自殺か他殺か」
「深夜の電話」
「墓地の殺人」
「不思議な煙」(未完)
「空中殺人団(パウル・ローゼンハイン作、鶴毛寧夫訳)
「科学的研究と探偵小説」
「『少年科学探偵』序」
「『小酒井不木集』はしがき」


天瀬裕康・長山靖生/監修『叢書新青年 小酒井不木』(博文館新社)

 天瀬裕康・長山靖生両氏の監修による『叢書新青年 小酒井不木』読了。

 これは拾遺集的なものと言えるのだろうか。最近、意識的に不木の作品集を読んできたし、アンソロジーに収められているものも多少は読んだはずだが、本書ではほとんど読んだことがない作品ばかり並ぶ、っていうか読んだことがあるのは一作だけという素晴らしさ。
 ただし、さすがにこれまで大きく採り上げられない作品ばかりなので、出来の方はそれほどでもない。それでも少年向けに書かれた探偵小説などは、少年小説の王道を行く感じでなかなか楽しめた。

 また、創作ではないが、乱歩や正史、国枝史郎などそうそうたるメンバーで行われた「合作長篇を中心とする探偵作家座談会」は、楽しく読めるうえになかなかためになる。特に著者が文筆活動において陶酔することは是か非か、という件では、国枝史郎が一人で猛然と反対側に回っているのが面白い。「やっぱ執筆って極めて個人的なものだし没頭する作業だから、陶酔することぐらいあるよね」なんていう方向に大勢が流れているのに、思いだしたように国枝史郎だけが「いやいや陶酔するのは読者であって、作り手は冷静じゃなきゃいいもの作れないでしょ」と激しく突っ込む。一応、理屈の上では国枝史郎の言い分はもっともなので、正史や乱歩も表だって反対できず、遠慮がちにしているところなど妙に可笑しい。
 なお、もともと読者をかなり限定する本だけあり、解説その他の資料関係はさすがに充実の一語。

「探偵小説」(随筆)
「画家の罪?」
「一匹の蚤」
「犬の幻想」
「跳ね出す死人」
「紅蜘蛛の怪異」
「機械人間」
「自殺か他殺か」
「記憶抹殺術」
「屍を」(江戸川乱歩との合作)
「ラムール」(江戸川乱歩との合作)
「合作長篇を中心とする探偵作家座談会」(座談会)
「黄色の街」
「二つの死体」
「別人の血液」
「小酒井不木論ー血に啼く両価性の世界」天瀬裕康
「小酒井不木研究史」長山靖生
「小酒井不木年譜」天瀬裕康作成


小酒井不木『大雷雨夜の殺人』(春陽文庫)

 春陽文庫の<探偵CLUB>から小酒井不木を読む。
 最近いくつか読んできた不木の短編集は傑作を集めたものばかりだったが、本書は春陽堂書店が過去に出版したものを文庫として復刊したもの。したがっていわゆる傑作選とは異なり、玉石混淆の可能性がすこぶる高いわけだ。
 以前、ちくま文庫の『怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線』の感想で、国書刊行会の『人工心臓』と収録作がだぶっているのは傑作ばかり、と書いたのだが、まさにそれが検証できた一冊。

「大雷雨夜の殺人」
「愚人の毒」
「メデューサの首」
「人工心臓」
「謎の咬傷」
「烏を飼う女」
「抱きつく瀕死者」
「雪の夜の惨劇」
「好色破邪顕正」

 以上が収録作だが、初めて読む作品が多いのは嬉しいところ。既読はおそらく「愚人の毒」「メデューサの首」「人工心臓」の三編。だが、先に書いたとおり、やはり出来からいうとこの三編に尽きる。また、ネタは弱いが「大雷雨夜の殺人」は冒頭の謎の提出や全編を覆う雰囲気がよく、好きな作品ではある。
 ただ、そうは言っても「謎の咬傷」の凶器とか「雪の夜の惨劇」の探偵の活躍とか、今だったらトンデモ系に加えられそうなものも決して嫌いではないんだから困ってしまう。


小酒井不木『殺人論』(国書刊行会)

 マイブームでもないんだけど、最近ぼちぼちと読み続けている小酒井不木。本日の読了本は犯罪評論集の『殺人論』。しかし先日読んだ『犯罪文学研究』は良かったのだが、残念ながらこれは私的にダメでした。
 犯罪を歴史的・文学的・心理的・法医学的などなど様々な側面から論じた本書だが、当時の偏見や研究不足な部分もあって、真っ向から読んでいくとかなり辛いものがある。当時の犯罪に関する風俗や考え方を知るうえでは役に立つだろうが、逆にその辺りに興味がないと退屈なだけかも。久々に正直、読むのが辛かった一冊。


小酒井不木『怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線』(ちくま文庫)

 なんだか体も心も疲れ果てて休みをとることにする。といっても朝まで会社で仕事をしていたので、とても休日という感覚ではなく、ちょっと買い物に出た以外は家でごろごろ。先週見逃した『マイノリティ・リポート』を再び借りてきて観たり、本を読んだり。
 ちなみに『マイノリティ・リポート』は、タイムトラベルものとかにありがちな矛盾がやっぱり此処彼処に見受けられたが、それでも娯楽作品としては十分楽しめる。SFアクション的な前半から後半のミステリ的展開にいたるまでの構成が巧い。

 読了本はちくま文庫の『怪奇探偵小説傑作選1 小酒井不木集 恋愛曲線』。まずは収録作から。

「恋愛曲線」
「人工心臓」
「按摩」
「犬神」
「遺伝」
「手術」
「肉腫」
「安死術」
「秘密の相似」
「印象」
「初往診」
「血友病」
「死の接吻」
「痴人の復讐」
「血の盃」
「猫と村正」
「狂女と犬」
「鼻に基く殺人」
「卑怯な毒殺」
「死体蝋燭」
「ある自殺者の手記」
「暴風雨の夜」
「呪われの家」
「謎の咬傷」
「新案探偵法」
「愚人の毒」
「メヂューサの首」
「三つの痣」
「好色破邪顕正」
「闘争」

 しばらく前に国書刊行会の『人工心臓』を読んだばかりだが、このうち収録作がだぶっているのは「犬神」「恋愛曲線」「人工心臓」「死の接吻」「メヂューサの首」「闘争」の六作品。まあ、経済的な範囲だとは思うが、傑作が多いのはちょっとひっかかる。もしかして小酒井不木の傑作というと、ほぼこの辺に絞られるということなのだろうか?
 これが、絶版状態の国書版を丸ごと入れちゃったとか、決定版を作るため、というのなら話はわかる。だが一応棲み分けというか、収録作をだぶらせないという配慮が為されたうえでの結果だとしたら少し辛かろう。著作は決して少なくない人だし、他の短編を選ぼうと思えば選べるはず。巻末の解説も割とさっぱりしていたので、この辺の事情はわからないが、本当のところを知りたいものである。
 内容そのものには満足しているんだけどね。


小酒井不木『犯罪文学研究』(国書刊行会)

 小酒井不木は創作に入る以前から、「新青年」などに寄稿していたバリバリの犯罪文学愛好者だった。元々は専門分野である医学関係のエッセイをいくつか書いていたらしいが、犯罪学に興味を持ち歴史や文学にも造詣の深い不木の原稿は、ただの医学エッセイとは異なり、犯罪文学愛好者の目をも引いたらしい。やがてそれが当時の新青年編集長である森下雨村の目にとまり、本格的に文筆の道へ進んでいくことになる。時代的にもまだ江戸川乱歩や横溝正史登場以前のことであり、不木の果たした役割は実に大きかったと言えるだろう。

 本日の読了本『犯罪文学研究』は、そんな犯罪や探偵小説に関する当時のエッセイなどをまとめたものである。
 まずは井原西鶴の 「桜陰比事」、それに倣って書かれた「鎌倉比事」 や「藤陰比事」。これらは現代で言うところの法廷ミステリだ。 あるいは滝沢馬琴 の「青砥藤綱模稜案」 、さらには近松とシェークスピアにおける殺人比較論、パリ警視庁のヴィドック探偵の冒険譚など、とにかく凄まじいばかりの幅広さ。これが昭和初期に書かれたのであるから、不木の恐るべき教養がうかがえる。おそらく当時の犯罪文学愛好者はこぞって読んだはずである。そして不木に触発され、探偵小説のブームを作り上げていったのだろう。とにかく今読んでもためになる魅力的な一冊である。


小酒井不木『人工心臓』(国書刊行会)

 雨が降ったり止んだり、さすが梅雨です。どうでもいいことだが、私は傘を持つのがとてつもなく嫌いで、ましてや雨が降ってもいないのに、用心のために傘を持って家を出ることなど考えたこともない。しかし、そのくせ濡れるのは嫌なので、勢い外出先で雨にたたられると、しぶしぶ傘を買う羽目になる。そんなわけで自然、安物傘だけは増えてしまい、愚かにも今週はすでに2本も購入済みである。これで会社には6本、自宅には3本か……ぐふ。

 そんな梅雨にこそお勧めしたいのが、昭和初期の国産探偵小説。このどんよりとした天気でこそ、当時、不健全派と呼ばれた変格探偵小説がぴったりとマッチする。本日の読了本は、その大将格ともいうべき小酒井不木、ものは『人工心臓』である。収録作はこんなところ。

「犬神」
「恋愛曲線」
「人工心臓」
「外務大臣の死」
「安死術」
「死の接吻」
「メヂューサの首」
「新案探偵法」
「稀有の犯罪」
「二重人格者」
「闘争」
「「二銭銅貨」を読む」
「「心理試験」序」「国枝史郎氏の人物と作品」
「歴史的探偵小説の興味」
「ポオとルヴェル」
「ヂュパンとカリング」
「「マリー・ロオジェ事件」の研究」
「恐ろしき贈物」
「誤った鑑定」
「怪談綺談」
「変な恋」
「体格検査」
「被尾行者」

 実は不木の作品をこうしてまとめて読んだのは初めてなのだが、予想以上に読みどころは多く、今読んでも十分堪能できる作品揃いであった。まず、医学という他の作家にはない武器を持ち、そこから想像を飛躍させる設定の妙。そして皮肉なオチを効かせたブラックユーモア。さらに読みやすい文体。
 トリックなどは弱いものの、ひとつひとつの短編がピンと張りつめており、ある意味心理小説としても読み応えがあるといえるだろう。特に「人工心臓」や「恋愛曲線」、「メヂユーサの首」あたりは、アンソロジーなどにもよく採り上げられるだけのことはあり、絶妙なバランスのうえに成り立っている作品である。

 他の昭和初期の作家に比べて決して遜色ないと思うのだが、あまり復刊されないのは何故だろう。一冊読んだだけなのであくまで思いつき程度でしかないのだが、それは変格でありながら、乱歩や横溝ほどの毒やアクが感じられないことにあるのではないか。また、意外なほど読みやすい文章も、かえって災いしているようにも思う。
 もちろん個人的には○なので、その他の作品も引き続き読んでみようと思う。いや、これだから探偵小説は止められないのだな。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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