小酒井不木の『疑問の黒枠』を読む。河出文庫から「KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ」の一冊として刊行された戦前の探偵小説。このシリーズも順調に刊行が続いているようで何よりだが、論創社が短編中心なので、こちらはぜひこういう長篇で攻めてもらいたいところである。
さて『疑問の黒枠』だが、こんな話。
名古屋で会社を営む村井喜七郎の死亡広告が新聞に掲載された。しかし、本人は死んでおらず、実はこれが何物かによって出された虚偽の広告であった。ところが村井はこれを面白がり、親しい住職と相談して、広告どおりに模擬葬式を出そうとする。
そして葬儀当日。村井は死装束をつけて棺の中へ入り、その後、姿を現す段取りだったが、一向に出てくる気配がない。心配した周囲の者が棺の蓋を開けると、なんと村井は本当に死体となって発見されたのだ。
さらには村井の娘・富子がその場から失踪し、医師の丸薬も紛失。富子の恋人・中沢保は村井に取り入っていた押毛が怪しいと騒ぐが、今度はその押毛もいなくなる始末。
一方、村井の遺体は検死にかけられるべく、小窪教授のもとに届けられていた。小窪は木乃伊の研究を続けながら、犯罪にも一家言をもつ医学者である。だが、解剖のために小窪たちが安置所を訪れると、今度はその遺体、までもが消え失せていた。
警察に協力して中沢保や小窪の助手・肥後も加わり、捜査は進められるが……。

日本の探偵小説黎明期に多大な貢献を果たした不木の、これが長編第一作にあたる。そのせいか力の入り方は相当なもので、大丈夫かと思うぐらい次から次へと謎を提示し、サスペンス仕立てで物語を引っ張っていく。
不木といえば医学知識を生かした怪奇風味の変格短編というイメージが強いのだけれど、本作に関してはきちんと本格としての興味も先行しており(ただし決してフェアではない)、短編の諸作品に比べるとスマートな印象である。
ただ、そんな印象とは裏腹に、実はプロットは相当に複雑であり、真相もこてこて。登場人物も無駄な人は一切いませんというぐらい重要な役割を振られ、全員が犯人とは言わないけれど(苦笑)、まあ関係者の多いこと。
その結果として辻褄を合わせるための御都合主義も少なくはなく、とにかくプロットがストーリーに上手く落としこまれていないのが痛い。読んでいてちぐはぐな印象はどうしても否めず、そこが本作の大きな弱点といえるだろう。
とはいえ、そういった粗に目をつぶってあげるなら、本作の探偵小説としての熱量は素晴らしいものがあり、個人的にはまずまず楽しむことができた。
特に本作の探偵役(これ自体も一つの興味なので、誰とは書かないが)の事件における役割や立ち位置がなかなか面白く、この時代の日本でこういうアイディアを形にしたというだけでも、読む価値はあるといっておこう。