ピエール・ボアローの『死のランデブー』を読む。三十年ほど前に読売新聞社から出ていた「フランス長編ミステリー傑作集」という叢書からの一冊。
読売新聞社の出版部門は、普段は翻訳ミステリなどまったく興味なさそうなふりをしているのだが、ときどき発作的にフランスミステリを出してくれる不思議な版元である。この「フランス長編ミステリー傑作集」もそうだが、他にもシムノンのノン・シリーズを出してみたり、名探偵エミール・シリーズとかを出してみたり。おそらくはフランスミステリの翻訳で知られる長島良三氏との関係だろうとは思うのだが。
それはともかく『死のランデブー』である。まずはストーリー。
毛皮卸商マルナン商会に務める会計係のジュリアンには不倫の噂があった。女からの電話があるたびに早退するジュリアンに業を煮やし、マルナン社長は探偵好きの若手社員ラウールにジュリアンを尾行するよう命じ、ラウールは見事ジュリアンと女の密会場所の一軒家を突き止めることに成功した。
ところが翌日。ジュリアンがその一軒家で殺害されたらしいので、死体を確認してくれと警察から連絡が入る。マルナンとラウールが出かけると、そこにジュリアンの妻マルティーヌ、その従兄弟アシルも現れた。アシルはマルティーヌに惹かれるあまり、ジュリアン殺害事件を自分で解決しようと考え、ラウールに協力を依頼するのだが……。

ピエール・ボアローがナルスジャックとコンビを組む前の単独作品である。ピエール・ボアローはフランスミステリとしては珍しく不可能犯罪にこだわった作品を書いていたが、トータルでの出来はまずまずといたっところで、コンビを組んだ後のほうが押し並べて評価は高い。
とはいえ不可能犯罪にこだわるその姿勢は、フランスミステリにあってはなかなか貴重。
本作ではなんと、著者自らこう宣うた。
「誰が?」でもなく、「なぜ?」でもなく、「いかにして?」でもない。にもかかわらず、ひとつの本格探偵小説なのである。
このキャッチだけでミステリマニアなら読まずにはいられないところだが、ええと、腰砕けとまでは言わないが、残念ながらそこまで驚くほどの仕掛けではなかった(苦笑)。
むしろ面白かったのは、実質的な主人公アシルの素人探偵ぶりと心理描写だろう。ジュリアン亡き後、なんとかマルティーヌのハートを掴みたいアシルだが、元来、そこまで積極的ではない内気な男性である。そんな彼の恋心と葛藤がなかなか細やかに描かれている。
本作はシリーズ探偵のアンドレ・ブリュネルの登場する一編なのだが、実はブリュネルはラストまでほとんど前面に出てこない。あえてアシルを主人公として物語を引っ張らせるのは、上に挙げたような理由もあるのだろうが、一応はメインの仕掛けにつながるところでもあり、狙いは悪くない。
これで物語の後味がよければもっと評価してあげたい作品だが、ううむ、なぜああいう形で締めくくったのか。そこが一番残念であった。