ロナルド・A・ノックスの『三つの栓』を読む。『陸橋殺人事件』で知られる著者が書いた二冊目の長編ミステリである。
『陸橋殺人事件』がミステリを茶化したような内容だけに、真っ当な本格ミステリとしてはこれが第一作、というのは解説の真田啓介氏の意見だが、まあ、そこまで厳密に定義付けすると逆にややこしいので、ここは普通に二冊目の長編ミステリとして紹介しておこう。
まずはストーリー。資産家の老人モットラムがガス中毒によって死亡した。老人は安楽死保険に加入しており、事故であれば莫大な保険金が下りることになる。しかし自殺であれば保険金は支払われないため、保険会社は念のため調査員のマイルズ・ブリードンを現地へ向かわせる。
ところがガス中毒が起こった部屋では奇妙な事実が発見された。部屋は密室、しかもガス栓を明らかに捻った後が残されていたのだ。果たしてモットラムの死は事故なのか、それとも事故に見せかけた自殺なのか、さらには自殺に見せかけた他殺の線も浮かび上がり……。

事故か、自殺か、はたまた他殺か。限定された状況、ごく少数の容疑者で、よくぞここまで推理をひねくり回すなぁというのが率直なところ。シリーズ探偵の保険調査員マイルズ・ブリードンは自殺説、旧知の刑事リーランド警部は他殺説を取るなか、情報を小出しにしつつ、その度に推理を積み上げていく。その過程をユーモア豊かに語ってくれるのが本書の肝であろう。
なんというか大作感はあまりないのだが、本格探偵小説のエッセンスがどういうものか、本格探偵小説はどういう楽しみをすべきなのか、意外な真相も含めてそれを伝えてくれる探偵小説といってよい。
惜しむらくは、いや、本当に惜しいのだが、メイントリックである密室とガス栓の謎。これがもうちょっと気の利いたものであったなら、佳作として忘れがたい作品になったことだろう。
※最後に蛇の足を二本ばかり。
・モットラムが加入している「安楽死保険」というのは、言ってみれば年金式の満金保険金がある生命保険のことで、いわゆる「安楽死」とはまったく関係がない。これを当時の英国では「安楽死保険」というふうにいったのかもしれないが、現代だとかなり混乱を招くので、別の訳語にした方がよかったかな。
・ラストにあるガス栓の図だが、元栓の開け閉めが日本とは逆で驚いた。これも混乱のもとなので、わざわざ図を変える必要はないけれど、注記ぐらいは入れてもよかったか。