パトリック・ハミルトン『二つの脳を持つ男』読了。
美しさだけが取り柄の売れない映画女優ネッタを愛してしまった男、ジョージ。彼女のそばにいたいがため、ネッタの取り巻き連中とともに酒場に入り浸る生活を続けるが、根は温厚で教養もある人物だった。ただ、ジョージには、本人すら自覚していない大きな病を抱えていた。彼は二つの人格を持っていたのである……。
何とも奇妙な小説である。一応、心理スリラーとして紹介されてはいるが、読んだ感じでは普通小説に近く、ほとんど事件も起きず筋らしい筋もない。それでいてページを繰っている間は変な焦燥感や不安感を常に味わわせてくれる。
この感覚はどう説明したらいいのだろう。
例えば多重人格者を描いた小説と言えば『二十四人のビリー・ミリガン』などが有名だが(ノンフィクションですが)、それらの作品に登場する多重人格者と本書のそれは微妙に異なっている。
本書で描かれる二重人格は、二つの人格がどちらもジョージ本人であるということだ。ややこしいけれど、要は二人のジョージがいると思ってもらえればよい。そのため人格が入れ替わっている間の本人の記憶は抜けているものの、周囲はどちらの人格が現れても人格が変わったことには気づかないでいる。微妙に言動が異なるにせよ、それは気分の変化、体調の変化ぐらいにしか受け止められず、それがジョージ本人と周囲の人々を少しずつ破滅へと導いてゆく。この何とも微妙な不安定さが物語全編を覆っており、読み手にもじわじわ伝染してくるのだろう。
ちなみに最初は、周囲の人々どころか、読んでいるこちらまで人格が変わっていることがピンとこなかった。慣れるまでは読みにくいのが欠点だが、ここ数年の殺伐としたサイコスリラーに食傷気味の人は試してみてもいいかも。