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 ニコラス・ブレイクの生んだ私立探偵といえばご存じナイジェル・ストレンジウェイズ。オックスフォード大学出身(ただし退学)で、各地を放浪して語学を身につけたという設定ながら、基本は教養豊かな常識人。スコットランド・ヤードのブラント警部と親しくしていることから、しばしば事件捜査に協力するようになり、心理学的なアプローチで犯人を突き止めてゆくのが特徴。
 そんなナイジェル・ストレンジウェイズの活躍する作品で、これまで唯一未訳だった『死の翌朝』が本日の読了本。ナイジェル・シリーズ最後の長篇でもある。

 ある文学調査のためにアメリカの名門カボット大学を訪れたナイジェル。オックスフォード時代の旧友が寮長を務める大学のハウスで世話になっていたが、そこで文学部の助教授やビジネススクールの講師、アイルランド出身の詩人、大学院生らと親交を深めるうち、彼らの間に不穏な空気が流れていることに気づく。
 そんななか文学部教授ジョシアが殺害されるという事件が起こる。論文の剽窃騒ぎでトラブルになっていた学生ジョンが怪しまれたが、ジョンの姉は弟の無実を信じ、ナイジェルに捜査を嘆願する……。

 死の翌朝

 登場人物は少なく、関係者ほぼ全員が容疑者という状況で、ナイジェルがお得意の心理分析で真実を炙り出す。トリックや意外性という点ではあまり尖ったところもないのだが、心理分析による捜査の妙、捜査の過程で徐々に浮かび上がる人間模様などが興味深く、味わいで読ませる探偵小説といった趣。
 舞台が大学ということもあって、関係者との英米文化の比較、六十年代のアメリカが抱える諸問題、エミリー・ディキンスンについての文学論などが作中でたびたび繰り返されるが、それが単なる味付けではなく、事件に比喩的に絡ませることで物語に膨らみを与えているのはさすがである。

 蛇足ながら本作で最も驚かされたのは、ナイジェルのベッドシーン。しかも浮気である。クラシックの本格探偵小説で、探偵役のこんなシーンは滅多にないと思うが、これもアメリカが舞台ということでブレイクも少々ハメをはずしたのか(苦笑)。
 まあ、それはご愛嬌としても、基本的には地味ながらブレイクの良さが十分に感じられる作品である。昨日読んだブランドの『薔薇の輪』もそうなのだが、娯楽としての本格探偵小説とはまさにこういった作品をいうのだと思う。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌


 ニコラス・ブレイクの『短刀を忍ばせ微笑む者』を読む。ナイジェル・ストレンジウェイズのシリーズではあるが、主人公はナイジェルではなく奥さんのジョージア。しかも内容も本格ミステリではなく、スパイスリラーという異色作である。

 こんな話。都会の喧騒を逃れ、田舎に引っ越してきたストレンジウェイズ夫妻は、ある日、自宅の近くでロケットを拾う。その中にはE・Bと記された英国国旗と美しい女性の写真が入っていた。数日後、近所に住むケストン少佐がストレンジウェイズ家を訪ね、それは自分のものだといい、ロケット持ち帰ってしまう。
 その怪しげな行動に納得がいかないナイジェルは密かに調査を始め、ケストン少佐が秘密組織に関わっている可能性を突き止める。やがてナイジェルの伯父、ロンドン警視庁のジョン・ストレンジウェイズもその組織を追っていることが明らかになり、ジョージアは潜入捜査の協力を依頼されるが……。

 短刀を忍ばせ微笑む者

 ニコラス・ブレイクがスパイスリラーを書いていたという事実は確かに興味深いけれど、実は当時のミステリ作家、とりわけ英国の作家はけっこうな頻度でスパイ物に手を染めているので、それほどの驚きはない。クリスティ然りクロフツ然りアリンガム然り。
 これは英国の冒険小説好きなお国柄というのもあるだろうし、二度の大戦があったことやファシズムの台頭など、当時の国際情勢が大きく影響していることもあるだろう。年齢や体験による程度の差はあれども、当時の作家にとって避けて通れないテーマだったと考えるのが妥当ではないか。

 本作もナチスの台頭による恐怖・危機感を打ち出した作品であることは推測できるが、これまた英国の探偵作家らしいというべきか、その恐怖をストレートに前面に出すことをよしとせず、あくまで上質の娯楽読み物としてまとめているのが特徴である。それが大きく表れているのが、テンポの良い活劇シーンであったり、ユーモアの部分となる。
 ただ、テーマのシリアスさに比べ、これらの要素がどうにも過剰に感じられる。結局はエンターテインメントだからある程度は必要な演出だと思うけれど、ブレイクが真剣にファシズムに対する危機感を喚起したかったのなら、もう少し導入や展開にはやりようがあったのではないか。ジョージアが潜入捜査に乗り出す必然性、ナイジェルの関与の仕方もあまりに現実的ではない。
 結果的に、可愛いヒロインの冒険を楽しむ小説という印象ばかりが強くなって、やや消化不良。ユーモアに対する感性の違いもあるのだろうけれど、ううむ。


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 ニコラス・ブレイクの『くもの巣』を読む。探偵役のナイジェル・ストレンジウェイズは登場しないノン・シリーズもの。

 田舎から出てきて帽子屋で勤めるデイジーは、あるとき配達の途中でヒューゴー・チェスターマンという青年と知り合う。無邪気で奔放すぎるところはあるが、その率直で明朗な性格に惹かれるデイジー。だがやがて知るヒューゴーの正体。彼の仕事はなんと泥棒だったのだ。
 ショックを受けるデイジーだったが、ヒューゴーを愛し続ける気持ちにはいささかの変わりもない。しかもお腹にはすでに彼の子供がいるのだ。ヒューゴーもやくざな稼業から足を洗う気持ちになりつつあるとき、警官殺害事件でヒューゴーが逮捕される……。

 くもの巣

 おお、まさかニコラス・ブレイクがこんな話を書いているとは思わなかった。まるでフランスミステリのような展開だが、やはりブレイクが書くとテイストはずいぶん違ってくる。フランスミステリだと、ヒューゴーが本当に殺人を犯したのか、果たしてデイジーはヒューゴーを救えるのか、みたいなサスペンスでじわじわ盛り上げていくところだが、ブレイクはあくまで心理描写で勝負。ヒューゴーとデイジーはもちろんだが、ここに二人を助けながら実はデイジーに思いを寄せるジャコーという医者を加えることで、物語に捻りと厚みを加えている。

 ただ、終盤で法廷ものっぽくなるのかと思っていると、まったくそんなことはなくて、普通のミステリを期待すると肩すかしを食らうので要注意。
 とはいえ、ある意味まったく予想外のラストが待っているのはそれなりに衝撃的。それを体験するだけでも本書を読む価値があると思うのだが、ううむ、こればかりは一般的ではないかもしれないなぁ。異色作ゆえブレイクファンなら、といったところか。

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 ニコラス・ブレイクの『ワンダーランドの悪意』を読む。『不思議の国のアリス』をモチーフにした本格ミステリで、何となくだがエイプリルフールにはちょうどいい読み物だったかもしれない。

 こんな話。〈ワンダーランド〉と名付けられた休暇用キャンプ。人々が仕事の疲れをほぐし、束の間の休息を楽しむこの場所で、事件は起きた。海で泳ぐ人の足を引っ張ったり、テニスボールに糖蜜をかけたり、ベッドに動物の死骸が置かれたり。しかも犯人は自らを「マッド・ハッター」と名乗る。〈ワンダーランド〉は文字どおり「不思議の国のアリス」の世界にたたき込まれたのだ。
 エスカレートするいたずら事件に関係者は頭を抱えるが、会社の評判を考えると表沙汰にはしたくない。そこで白羽の矢が立ったのが、私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズであった……。

 ワンタ#12441;ーラント#12441;の悪意

 『不思議の国のアリス』が題材ということで、もっとバカ騒ぎ的なものを期待していたが、さすがはニコラス・ブレイクというべきか。シュールな展開にもっていくことはせず、キャンプの運営サイドがトラブルにどう対処していくかという展開で見せていく。もちろんそれだけでは退屈になるだろうから、そこへ宿泊客やキャンプ関係者のラブコメなどを絡めていくという寸法。
 ただ、構成はともかく、残念ながら弾け方が少々物足りない。そもそもネタがネタだから、いつものブレイクの格調高さは犠牲にしているわけで、だからこそ逆にアリスの世界にあるような奔放さを期待したいのである。それが全然足りない。全体的にサクッと読める手軽さはあるが、ううむ、ブレイクであればもう少しハードルは高くしたいところだ。

 そうなると期待したいのが、謎解きやトリックなど、本格ミステリとしての部分ということになるが、こちらも本作に関してはやや低調。まあ大きな事件が起きない話なので、サプライズも含めどうしてもこじんまりしてしまうのは致し方ないところではあるが。ううむ、それにしても。
 
 結論としては、読んでいる間はそれなりに楽しいけれど、ブレイクの良さはあまり感じられない作品。比較的、初期の作品なので、作風や方向性をまだまだ模索中であったと解釈するべきか。
 個人的には、ニコラス・ブレイクが『不思議の国のアリス』をネタにして一本書いたと、いう事実だけでOKなのではあるが(苦笑)。


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 セシル・デイ・ルイスといえば英国の著名な詩人であり、かつては詩人として最高の称号である「桂冠詩人」の地位を授かった人物。といっても日本でその名を知っている人は、文学関係者以外あまりいないのではあるまいか。むしろ有名なのは、本格探偵小説を書く際のペンネーム、ニコラス・ブレイクであろう。
 本日の読了本は、そのブレイクが本名のセシル・デイ・ルイス名義で書いたジュヴナイル『オタバリの少年探偵たち』。

 オタバリ市の通称「どかん場」とよばれる焼け跡は、まさに子供たちの格好の遊び場だった。現実に爆弾が落ちたその場所は、戦争ごっこに最もふさわしく、わんぱくグループが二手に分かれ、常に抗争を行う始末。だが、ある少年が教室の窓ガラスを割ってしまったことから、グループには和平交渉が結ばれ、新たな冒険の幕が開くのであったーー。

 オタバリの少年探偵たち

 ニコラス・ブレイクは個人的に大のお気に入りの作家である。とはいえ所詮はジュヴナイル、あまり先入観や期待を抱くのは禁物と思いながら読み始めたのだが、いやいや、これはいける。大人向けのミステリではあくまで渋く、奥行きのある人間ドラマを見せてくれるブレイク。だが、ジュヴナイルでは打ってかわってサービス満点、凄いハジケッぷりなのだ。

 主役を張る子供たちはどちらかというと悪ガキばかりだ。だがいざとなれば彼らは知恵も回るし勇気もある。そして何より友情に厚い。『三銃士』での有名なセリフ「全員はひとりのために。ひとりは全員のために」の精神なのである。
 そんな子供たちの活き活きとした言動がとにかく痛快なのだ。これは著者はもちろんだが、訳者の瀬田貞二氏の功績も大きいだろう。さすがに今では少々古くさく感じるところもあるのだが、基本的にはスピード感溢れる名調子。いい味である。

 さて、子供たちは窓ガラスを弁償しなければならない仲間のために、全員でお金集めに奔走することになる。しかし、いったい子供たちがどうやってお金を集めればいいのか? その手段は正攻法ありインチキありで、ここがまず最初の見せ場といってよい。
 次のヤマはせっかく貯めたお金がなくなってしまうあたり。犯人として疑われた少年を裁くため、子供たちは何と模擬裁判を開くのである。悪ガキには悪ガキならではのフェアプレイ精神が息づき、屁理屈を並べて進行する裁判はなかなかの見もの。
 さらには、ここから子供たちが容疑のかかった少年を救うため、捜査を開始する展開となる。ここでも適当な捜査でお茶を濁すのではなく、ちゃんと伏線などを張ってミステリとしての体裁を整えているのはさすがだ。しかもホームズもどきの変人を出してみたり、遊びも忘れてはいない。
 そしてクライマックス。ここでは周到に計画された子供たちの一大作戦が展開され、しつこいぐらいのアクションで読ませていく。ああ、もうお腹いっぱいである。ジュヴナイルとはいえ、これをニコラス・ブレイクが書いたとは俄には信じがたいほどだ。ううむ、やはりブレイクは侮れない。

 ところで本作、実は長らく品切れだったようなのだが、近々、新訳(脇明子訳)で重版されるとのこと。未読の方、これを機会にぜひ。


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 『野獣死すべし』があまりに見事で有名すぎるため、逆に他の作品がそれほど知られていないニコラス・ブレイク。『野獣死すべし』は派手だがあくまで例外、その他の多くの作品は作風も地味で、それが知名度の落ちる大きな要因のひとつといえるだろう。
 しかし、豊かな人物描写や渋いけれども考え抜かれたプロット、意外な真相という数々の長所は、読まなかったことを後悔させるに十分な水準をキープしている。
 ただ、ミステリ歴の浅い人、若い人には、それでもアピールが弱いのは確か。私もブレイクは『野獣死すべし』から入ったが、その感激よもう一度という感じで読んだ数冊はピンと来なかった。今、思うと何を読んでいたんだか、という感じで恥ずかしい限りだが、ある程度ミステリ経験を積んで再読したとき、それらの作品が実は大変な輝きを持っていたことを再確認したのである。

 そんなわけで本日の読了本は、ニコラス・ブレイク『死の殻』。
 空の英雄と謳われる伝説の飛行士、ファーガス・オブライエン。知り合いの誰もが好人物と評するファーガスだが、そんな彼のもとへ復讐を意味する脅迫状が届く。殺害予告の日はクリスマス。伯父の警視監から警護にあたってくれと頼まれた私立探偵のナイジェル・ストレンジウェイズは、招待客を装ってファーガスの滞在する屋敷へと向かう。クリスマスを控え、次々と集まるお客たち。この中に脅迫状の送り主がいるのか? ナイジェルは招待客の動向を探りながら監視を続けるが、雪の降るクリスマスの夜、オブライエンは死体となって発見される……。

 上で書いた長所、すなわち「豊かな人物描写」や「渋いけれども考え抜かれたプロット」、「意外な真相」がすべて当てはまる傑作。とにかく人物がしっかり描かれていることが本作の大前提ではないだろうか。驚くべき真相も、ラストのどんでん返しも、論理的な謎解きも、これがあるから活きている。ミステリ2作目とは思えないほどの完成度である。ナイジェルがまだ若いため、鼻っ柱の強いところと謙虚なところが入り交じっているのはご愛敬か。
 こう書くと語弊があるかもしれないが、ブレイクが書くものは単なるミステリ以上の味わいがある。だから止められない。とびきり強烈なトリックなどなくてもよいから、こういう小説としてしっかりしたミステリを読ませてもらいたいと思う。


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 『旅人の首』読了。
 いやぁ、ニコラス・ブレイクはいい。英国の古き良きミステリを堪能しようと思うなら、クリスティやセイヤーズもいいのだが、個人的にはニコラス・ブレイクに軍配を上げたい。若い頃に読んだ作品ではあの傑作『野獣死すべし』以外印象に残らなかったのだが、今考えると、いったい自分は何を読んでいたのかと思う。
 確かにパズラーとしては他の大御所ほど強烈なトリックを生みだしたわけではない。では希代のストーリーテラーかというと、これもまた違う。それゆえに一見、退屈そうな印象を与え、知名度では他の作家に劣る。だが、本格探偵小説という本来ゲーム性の非常に強いジャンルにもかかわらず、ここまで読書による充実感をしっかりと味あわせてくれる作家はそれほど多くない。
 本作もいたって地味だ。首無し死体という導入や、片田舎の旧家という舞台など、思わず横溝正史かと思わんばかりの道具立てだが、ことさらエキセントリックにあおることはせず、有名詩人を主とする家族のドラマを丹念に、だが淡々と描き出していく。何でもない会話やエピソードの積み重ね、心理描写の巧みさ。ここにブレイクの魅力がある。それは小説の奥行きを深めるという本来の機能はもちろんだが、ミステリの要素としても十分に活かされている。例えば、探偵役のストレンジウェイズがラストの謎解きにおいて、なぜある容疑者が犯人とは思えなかったのか説明するシーンがある。その根拠は多分に心理的・感覚的なもので証拠としては弱いものの、その説得力は非常に高い。本作にかぎっていえば犯人の見当は割合つきやすいし謎解きとしてはやや弱いものの、読んでおいて損はない。英国ミステリのファンなら尚更である。
 ブレイクにはまだ未訳作品もいくつか残っているが、ぜひ創元でも早川でも原書房でも残りを出してもらいたいものである。ブレイクには絶対その価値がある。

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 雪降り仕切るクリスマス後の田舎町。そのとある旅館で休暇を楽しむラグビー博士一家の姿があった。博士は物理学の権威で、実は東西情勢を大きく左右するほどの大発明を収めたばかりである。しかし、ソ連はその発明を妨害するため、いち早くスパイをその地に送り込んでいた。ラグビー博士の娘を誘拐し、身代金代わりにその発明の公式を入手しようというのだ。事前にラグビー博士の護衛についていた私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズだったが、その甲斐もなく娘は誘拐され、犯人からの連絡が入る……。

 以上がニコラス・ブレイク作『悪の断面』の導入である。昨年末に『秘められた傷』を読んで、少し見方が変わったニコラス・ブレイク。お次はハヤカワ文庫の『悪の断面』を試してみたところ、これまたかなりの異色作っていうか、何がこの人の本領なのか正直わからなくなってきた。
 本書の特徴は何といっても本格には珍しい誘拐ものだということ。しかしいわゆる誘拐ものとは少し違う。
 ミステリで誘拐ものというと、普通は犯人の誘拐方法、身代金の受け渡し手段などが興味の対象となる。しかし、本作ではそれらがあまり重視されているようには思えない。また、冒険小説のように人質にデッドラインをもうけてサスペンスを盛り上げるとか、捜査側の人質奪回作戦という興味で繋いでいくわけでもない。いや、ないことはないのだが、それらがメインではないということだ。
 では何がポイントなのかというと、実は犯人側は博士や捜査の動向を伺うため、旅館の客として内通者を送り込んでいるのである。この内通者探しがミソであり、フーダニットの要素を強くしているわけだ。これがなかなか巧みで、登場人物は少ないながら、すべての客にそれぞれ怪しい伏線を張っているので、そう簡単に読ませてはくれない。
 また、個人的にブレイクを見直すきっかけになった語り口の巧さもよい。大した考えもなしに重いテーマを軽々しく扱いすぎるという、本格にありがちな欠点もブレイクには無縁だ。誘拐という重犯罪をしっかり捉えている。さすがにサスペンスやアクションといった部分は専門の作家には一歩譲るが、まあこれぐらいはよしとしましょう。
 それより本書の欠点は、やはりナイジェル・ストレンジウェイズの存在感の無さである。クセのある登場人物たちの中に混じって、一人だけ作り物めいた気がするのは私だけだろうか。これなら『秘められた傷』のようにノン・シリーズでもよかったのにと思う。それさえ目をつぶれば、なかなかの佳作であろう。

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 会社の大掃除&仕事納め。世間様よりちょっと早いのは、なんと明日から会社の慰安旅行で木・金と札幌に行くからである。

 読了本はニコラス・ブレイク最後の長編にあたる『秘められた傷』。
 時は第二次世界大戦の直前。駆け出し作家のドミニック・エアはアイルランドを旅行中、ひょんなことから、シャーロッツ・タウンという小さな町に住むことになる。家を提供してくれたのは、先の大戦での英雄だが、今は身を持ち崩している牧場主フラリー。しかし、エアはフラリーの妻、ハリーから誘惑されて肉体関係をもってしまい、ついには何者かから身の危険を伴う警告まで受けとる羽目に陥る。結局、エアはハリーと別れる決意をするが、それを伝えた翌日、彼女は全裸にナイフを刺されて死んでいるのが発見される……。

 これはいい。本格ミステリとして傑作かといえばちょっと躊躇うが、犯罪小説としては非常に読み応えがあって、個人的には文句なしに◎をあげたい。
 そもそも私が初めてブレイクを読んだのはハヤカワ文庫の『野獣死すべし』なのだが、そのときの感動は今でも覚えている。ミステリとしても素晴らしかったが、息子を殺された父親の復讐劇にあたる第一部の迫力がとにかく印象的だったのだ。その感動はそれまでのミステリではあまり味わえなかった種類のものであり、青二才なりに探偵小説の可能性というものに目覚めた作品でもあった。ところがその後もいくつかブレイクの作品は読んできたが、『野獣死すべし』ほどの満足感を得ることは結局できなかった。シリーズ探偵のナイジェル・ウィリアムスにももうひとつ魅力を感じるほどではなく、こんなものなのかと長年遠ざかっていたのだ。

 しかし、本作は違った。まず面白いのは本格探偵小説ながら探偵役の一人称を用いていること。普通、探偵役の一人称といえばハードボイルドと相場が決まっているが、ブレイクがあえて本作でこれを使っているのは、叙述トリックのためとかではない。おそらくは純粋に主人公エアの心理や考え方をよりヴィヴィッドに表現したかったからに他ならないと思うのだ。また、アイルランドの田舎町や人間関係も、エアというフィルターを通すことによって、かえって生き生きと語ることに成功している。例えばハリーとフラリーの危ういバランスの上に成り立っている夫婦関係。例えば一見ざっくばらんに見えて実は閉鎖的な田舎町。見所は多い。
 翻訳で読んでいるのでハッキリしたことは言えないが、ブレイクの文章はきめ細やかで、確かな描写力を持っている(と思う)。考えてみればニコラス・ブレイクは元々、詩人なのである。その感性、描写力が安いはずもないのだ。
 そして、その芳醇な文体で語られるエピソードの積み重ねのなか、徐々に高まってくる独特の緊張感がまたよい。事件の幕が開く(つまり殺人ですね)のは決して早い段階ではないのに、ミステリを読んでいるという感覚はしっかりと漂わせている。主人公が作家ということもあるし、私小説として考える手もあるだろうが、個人的にはブレイク流の犯罪小説として捉えたいところだ。本格探偵作家たるブレイクだが、もしかするとウールリッチのようなサスペンスを書かせてみても大傑作を書いたのではないだろうか。そんな気がする。

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