仕事が忙しいのと謎の関節痛(いや、もう謎ではなくなっているけれど)のせいで、最近は週末ぐらいしかブログの更新もできないのが無念である。あと数週間はこの状態が続きそうでいやはやなんとも。
そんな状況が影響しているのかしていないのか。最近はミステリらしいミステリを読んでいないことに、ふと気がついた。ああ、これではいかん。こういうときは初心に帰って古典じゃ古典じゃということで、久々にウールリッチに手を出してみた。白亜書房から生誕100年記念として刊行されたウールリッチ傑作短編集全6巻の最終巻『非常階段』である。
ただし第6巻ではなく別巻扱い。というのも、本書だけはこれまでの門野集氏による翻訳ではなく、稲葉明雄訳による傑作集になっているからだ。
そもそもこのウールリッチ傑作短編集は、ウールリッチの研究家として知られる門野氏が編纂し、訳したものである。その門野氏がこれまたウールリッチの先輩訳者として有名な稲葉明雄氏に敬意を表し、あえて最終巻を稲葉訳でまとめたものらしい。おかげで最終巻は下の収録作を見てもわかるように、大変豪華な作品ばかりになっている。そのおかげで再読率は100%なんだけれど(笑)。
The Night I Died「私が死んだ夜」
The Humming Bird Comes Home「セントルイス・ブルース」
Goodbye, New York「さらば、ニューヨーク」
Face Work「天使の顔」
Men Must Die「ぎろちん 」
The Case of the Talking Eyes「眼」
The Boy Cried Murder「非常階段」

収録作はすべて再読なので今更驚きはないのだが、それでもどれも十分に楽しく読めるのはさすがウールリッチ。ミステリだからサスペンスも効かせるし、洒落たオチもつけはするけれど、もともとそれほどトリッキーな作風ではないウールリッチの短編群。それがなぜ今読んでもこれほど面白いのか。
ミステリだからもちろん犯罪はある。加えてウールリッチの短編に欠かせないのは愛のドラマだ。男女の愛もあれば親子の愛もあり、その形や結末もさまざま。犯罪が起きたから愛が深まるのか、愛があったから犯罪が起きたのか。主人公たちはほぼ例外なく不幸な境遇に身を落とし、その"よすが"は愛しかない。しかし、そんな境遇だからこそ、その"よすが"もまた移ろいやすい。小さな幸せでいいと願っているはずなのに、なぜか彼らは自分自身を裏切り、そしてさらに転落していく。
ウールリッチはそんなほろ苦いドラマを、ときにはクールに、ときには皮肉に描く。感情移入はさせるけれど、いつも読者を少しだけ上に置き、誌面という安全地帯から主人公たちの末路を味わわせる。このスタンスが絶妙なのだ。そういう意味でのマイ・フェイヴァリットは「さらば、ニューヨーク」。
ただし、その一方で、たまにあるハートウォーミングな短編がいっそう心に染むケースもある。こちらのおすすめは断然「眼」。何度読んでも思わず目頭が熱くなってしまいます、これは。