『クリムゾン・リバー』でブレイクしたジャン=クリストフ・グランジェの処女作を読んでみた。創元推理文庫の『コウノトリの道』である。
大学院で論文を書き上げた青年ルイは、鳥類研究家の伯父ベームから奇妙な依頼を受けた。秋にアフリカに渡り、春にはヨーロッパに帰ってくるコウノトリが、今年は何故か大量に戻らなかった。その原因を探るため、ルイにコウノトリのルートを追ってほしいというのだ。
ところが調査に出かけようとしたルイが、最後の打ち合わせのためにベームを訪ねると、そこには彼の無惨な死体が待ち受けており、しかも検死の結果、記録のない心臓移植の跡も発見される。謎を解明するため、そしてベームの意志を継ぐため、結局ルイはコウノトリ追跡の旅を始めるが、それはさらなる惨劇の幕開けでもあった……。
コウノトリの追跡&主人公ルイの自分探しを兼ねたロードノベル風の作りで、しかもコウノトリの謎だけでも楽しめるところに加え、さらに驚くべき真相を二重三重に用意した良質のエンターテインメント。ある意味、『クリムゾン・リバー』以上にハリウッド的であり、従来のフレンチ・ミステリーのイメージを完全に払拭してしまう大作である。
やや気になったのは、作者の説明が丁寧すぎることか。スケールが大きくて複雑な話だからということもあるのだろうが、主人公の思考が要領よく書かれていたりすると、ああ、ここは作者から読者への説明なのね、という感じが強すぎてちょっといただけない。
また、同様に主人公が知能・行動ともにスーパーマンすぎるのもどうかと思う。物語のテンポを壊したくないのだろうが、平凡な一市民にしてはあまりに危機的状況に上手く対応しすぎ。まあ、この辺りも含めてハリウッド的なのだが。
とはいえ、十分に楽しめる作品であることは間違いなし。ややぐろい描写はあるものの、万人におすすめできる一作といえるだろう。
ヴィドックという探偵がフランスに実在したことをご存じだろうか?
本日の読了本は、そのフランスの探偵ヴィドックを主人公にした作品、ジャン=クリストフ・グランジェ作の『ヴィドック』。
時は十九世紀。舞台はパリ。凶悪犯から警官、そして探偵へと転じたヴィドックは、ある連続殺人の謎を追うが、逆に犯人に殺されてしまう。その死が報じられるや、ヴィドックの相棒、ニミエの元に現れたのが、ヴィドックの伝記作家を名乗るエチエンヌという若者だ。彼はヴィドックの死の真相を探るため、ヴィドックの捜査をなぞるようにして調査を進めてゆく。
注目すべきは、これがグランジェの手による脚本だということ。グランジェといえば、あのジャン・レノ主演で映画にもなった『クリムゾン・リバー』の原作者。その彼が脚本を書き、日本でノヴェライズされた作品なのだ。
この日本でのノヴェライズというのが引っかかり、最初は躊躇していたのだが、いや、これ、けっこういけるじゃん。予想していたよりは全然楽しめた。一応このパターンは、過去の大傑作に前例があるのだが、グランジェが上手く処理しているので、野暮は止めときましょう。
惜しむらくは、これをグランジェ自身にノヴェライズしてほしかった。脚本からおこしているので仕方ないのかもしれないが、説明不足や書き込み不足のところが多く、大変もったいない。
例えばヴィドックと警視総監ロートレンヌのお互いの信頼関係だとか友情だとか。ヴィドック自身が探偵をやることになったいきさつだとか。当時のパリの風俗だとか。錬金術への言及だとか。最近の翻訳ものは厚いものが多くて閉口することも多々あるのだが、これについてはもっとそこらを書き込んでくれれば、一層楽しめたのになと思う次第。
ああ、映画の方も観たくなってきたぞ。