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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

鮎川哲也『完璧な犯罪』(光文社文庫)

 新年明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願いいたします。

 大晦日の記事でこの一年間の疲れをとらなければ、なんてことを書いたのだが、言ってるそばから発熱して元旦はほとんど寝て過ごす。休みに入ってとにかくさっさと大掃除や買い出しは済ませ、いち早くぼーっとできる態勢を作ろうと考えていたのだけれど、いざそういう状態になると気が抜けてしまったのか、一気に疲れが出たようだ。世の中ままなりませんのう。
 ということで、焦らず急がず、今年も適当にいく所存であります(笑)。

 2014年最初の読了本は鮎川哲也の『完璧な犯罪』。光文社文庫でこつこつ落ち穂拾い的に出してくれている短編集のシリーズだが、本書は『崩れた偽装』と同じく倒叙ものを集めている。まずは収録作。

「小さな孔」
「或る誤算」
「錯誤」
「憎い風」
「わらべは見たり」
「自負のアリバイ」
「ライバル」
「夜の演出」

 完璧な犯罪

 『崩れた偽装』の感想でも書いたのだが、倒叙ものでは犯行方法がどのようにして崩れてしまうかが胆となる。コロンボなどを例に挙げるとわかりやすいが、一見、完璧に見えたアリバイやトリックどのようにして名探偵が切り崩すのか、見どころはここに集約される。
 ただ、そんな名探偵が登場しない場合、つまり犯人が主人公のままに進む倒叙ものだと、探偵役の推理するパートがほとんど描写されないため、(犯人の立場からすれば)いきなり解決を突きつけられることが多く、もうひとつカタルシスに欠ける憾みがある。そういう意味でノンシリーズの倒叙ものを集めた本書は、狙いは面白いのだけれど、結果としてパターンが似てくるのがもったいない。

 あと欠点とまではいかないのだけれど、犯人の動機がけっこう深刻なものが多いのが気になった。犯人に思わず肩入れしたくなるような、同情すべき余地がある動機が多くて、その部分が救われないまま、ただ完全犯罪に失敗してお終いというのでは後味が悪くて困る。
 もちろん人間ドラマとして掘り下げるのが理想だが、通常の本格でそれを求めるのが無理なこともわかる。だからこそ、動機についてはできればサラッと(例えば単純に金銭目当てとか)やってほしかった。こういうバランスの悪さが社会派につけ込まれていったんだよなぁ。

 まあ、いろいろ不満もあるにはあるのだけれど、倒叙ものとしてのレベルはまずまず。私家版『夜の演出』に収録されていた「夜の演出」「ライバル」も文庫初収録されていることだし、ファンなら押さえておきたい一冊ではなかろうか。


鮎川哲也『崩れた偽装』(光文社文庫)

 仕事絡みで何かと気忙しい。本日も休日ながら仕事絡みで出かけたり、資料をまとめたり。


 鮎川哲也の短編集『崩れた偽装』を読む。まずは収録作。

「呼びとめる女」
「囁く唇」
「あて逃げ」
「逆さの眼」
「扉を叩く」
「赤い靴下」
「パットはシャム猫の名」
「哀れな三塁手」

 崩れた偽装

 「哀れな三塁手」が文庫初収録ということで一応は目玉。ただ、本書が興味深いのはそんなことではなく、倒叙ミステリを集めた短編集だということ。オースティン・フリーマンのソーンダイク博士やロイ・ヴィカーズの迷宮課事件簿などもあるし、別に珍しくないでしょとのたまうなかれ。それらはみなシリーズ探偵の倒叙ミステリであり、こういうノンシリーズの倒叙ミステリ短編集はあまり記憶にない。

 倒叙ミステリであるから、犯人=主人公の犯行が最初に描かれるのは両者とも共通である。ここではなぜ犯行を犯すに至ったかという人間ドラマ、あるいはいかにして完全犯罪が行われるのかというサスペンスを含む興味がメインとなる。
 しかし、シリーズ探偵ものとノンシリーズでは、犯行後の興味が微妙に異なってくる。シリーズ探偵ものは犯行後に探偵役が登場すると同時に、主人公の座も探偵側に移行。どのようにして探偵役がその犯罪を切り崩していくかに主眼が移っていく。コロンボなどの例を出すまでもなく、この手のタイプは下手な本格以上にパズル性が強く、知的興味を満たせてくれるものが多い(もちろん例外はある)。
 対してノンシリーズは探偵役が登場することもあるけれど、ほぼ主人公は犯人のまま物語が進む。犯人としては自分の犯行が成功したと思っているから、事件そのものが大きく動くことはない。もちろんその裏では捜査が進んでいるが、あくまで犯人視点なので捜査の状況などは詳しく描写されない。読者としてはせいぜいどこに犯行の穴があったのか考える程度で、知的パズルとしての興味はどうしても落ちてしまう。たとえ本格ミステリの体をとっていたとしても、結局、興味は犯人の心理や動機が中心となってしまうのである。

 少々、粗っぽいけれど、以上が倒叙ミステリについての個人的認識。
 本書を読んで感心したのは、そのパズル性を強めたノンシリーズの倒叙ミステリを、鮎川哲也が意外なほど多く残しているというその事実であった。
 これだけまとめるとパターンが見えてしまい、やや飽きやすいということはあるが、アベレージは悪くない。ひとつひとつの作品はまずまず楽しめるので、アユテツファンなら買いだろう。


鮎川哲也『灰色の動機』(光文社文庫)

 鮎川哲也の『灰色の動機』を読む。
 ノン・シリーズ初期短編を集めたこのシリーズもこれで三冊目だが、もともと落ち穂拾い的な性格が強い作品集だけに、過剰な期待は禁物である。それでも処女作やSFというレアっぷり爆発な作品が採られているだけに、ついつい期待してしまうのは致し方ないところである。以下、収録作。

「人買い伊平治」
「死に急ぐもの」
「蝶を盗んだ女」
「結婚」
「灰色の動機」
「ポロさん」

 灰色の動機

 「人買い伊平治」は、明治時代に東アジアを中心に女衒として活動した村岡伊平治にスポットを当てつつ、本格謎解きを絡めるという一篇。着想はいいがミステリとしてのインパクトは弱く、事件そのものも伊平治と直接絡まないため、物足りなさばかりが残る。
 「死に急ぐもの」は車の転落事故に端を発する殺人事件を追う刑事の物語。トリックはまあまあだが刑事の地道な捜査にアユテツっぽさがあふれていて本書中では比較的読ませる。ただ、真相の部分を突然犯人側の回想にする必要はなかったのではないか。いきなり犯人に同情しろといわれてもなぁ。
 「蝶を盗んだ女」は浮気相手と共に妻殺しを企む男の話。頼りない主人公が、浮気相手と妻に振り回されつつ転落してゆく様はありがちだが、こちらもラストが困りもの。罠にかけられたと知った主人公が、どういうふうにやられたかをいきなり推理しはじめるのだ。この流れが不自然このうえない(笑)。
 「結婚」は実に珍しいSFもの。内容はこの際目をつぶって、マエストロの遊び心に触れるのがよいかと。
 表題作の「灰色の動機」はそこそこのボリュームもあり、ラストのどんでん返しもまずまずで本書中のベスト。
「ポロさん」は処女作ということだが、意外なことに非ミステリー。ただし、ラストで一捻りは入れている。ちょっとO・ヘンリーを思い出したが、切れ味は向こうの方が上だ。

 ううむ、低調(苦笑)。上でも書いたが、やはり落ち穂拾い的な短編集ゆえオススメはしにくい。トリックなどが弱いのは個人的にはそれほど気にならないのだけれど、構成に難があったりするのはかなり辛い。こういうものも書いていたのかという興味ありきになるのは致し方なく、アユテツの熱烈なファンなら、といったところだろう。


鮎川哲也『この謎が解けるか? 鮎川哲也からの挑戦状! 2』(出版芸術社)

 『この謎が解けるか? 鮎川哲也からの挑戦状! 2』を読む。
 前作『この謎が~1』と同様、犯人当てミステリドラマ「私だけが知っている」のシナリオ集。収録作は以下のとおりだが、今回はボーナストラックとして、1959年の学習雑誌『中学コース』に掲載されたクイズ形式の短編を収録しているのが嬉しいところだ。

「おかめ・ひょっとこ・般若の面」
「翡翠のブローチ」
「制服の乙女」
「観山荘事件」
「青嵐荘事件」
「騎士と僧正」
「あなたは名探偵になれるか?」

 この謎か#12441;解けるか? 鮎川哲也からの挑戦状! 2

 前作もそうだったが、突出した作品はないけれども、アイディア一発できれいにまとめてあるのが特徴か。一般向けのわかりやすさや時間制限、映像前提といった条件によって、全体的にさらっとした印象になるのは仕方ないところ。むしろ、そういう制限の中ではよくやっているし、昨今の凝りすぎたミステリよりは遙かに好ましい。「おかめ・ひょっとこ・般若の面」「青嵐荘事件」あたりは出来も悪くなく、全体的には前作よりも面白く読めた。
 ただ、似たような話や謎の設定が多いのが少し気になった。単純に著者の好みの路線だったのか、それともミステリドラマという形式によるところが大きいのか、ちょっと判断しかねて課題状態ではある。

 最後にひとつだけ版元に注文をつけたいのだが、この装丁はもう少し何とかならなかったのか。レイアウトや色遣いにまとまりがないし、百歩譲ってそこは好みだとしても、平台、棚差しのどちらでも目立たない色遣いはない。
 正直、マニア相手の本だからコストパフォーマンスがいいわけではないし、それでも買う人は黙っていても買うのだろうが、だからこそ版元さん編集さんにはもうちょっと頑張ってほしいところである。第三集も期待しているので、ぜひ。


鮎川哲也『この謎が解けるか? 鮎川哲也からの挑戦状! 1』(出版芸術社)

 かつて五十年ほど前にNHKで放送されたミステリドラマ「私だけが知っている」。単なるミステリドラマにとどまらず、解答陣によるディスカッションを組み込んだそのスタイルは、「推理する」という楽しさをお茶の間に届けることに成功し、大河ドラマがスタートするまで、NHKの土曜夜の看板番組だった。
 そして、その推理ドラマのシナリオを担当したのが、当時の売れっ子ミステリ作家たちであり、鮎川哲也もその一人。本日の読了本『この謎が解けるか? 鮎川哲也からの挑戦状! 1』は、そのシナリオをまとめたものである(ちなみに他には戸板康二、夏樹静子、土屋隆夫、藤村正太、新章文子などといった面々もいたそうで、こりゃ確かに凄い面子である)。

 この謎か#12441;解けるか?鮎川哲也からの挑戦状!1

「白樺荘事件」
「遺品」
「俄か芝居」
「悪魔の灰」
「アリバイ」
「茜荘事件」
「弓矢荘事件」

 収録作は以上。まあ、結局はテレビ向けの推理クイズ番組だし、難しければいいというわけでもないから、全体的には薄味というか他愛ないものが多い。時間の制限などを考えれば物語の肉付けはどだい無理な話だから、このあたりは仕方ないところだろう。ファンには、本書を出してくれたという事実だけでも十分ありがたいのである。
 それでも「俄か芝居」などはいかにもクイズめいた結構をとりながらも、意表を突いた仕掛けを用意してくれていて、短篇にノベライズしてほしかったほど出来のいい作品(いや、もしかするとされてるのかもしらんが)。さすがアユテツ、油断はできんなぁ。

 ちょい気になったのは誤植の類。例えば重要人物の名前が度々間違っていたりするのはどうなんだろう。当時のシナリオが間違っているとは思うのだが、あえてそのまま残したのか、それとも? これ、素だとしたら相当に編集が杜撰なわけで、猛省してほしいレベル。
 企画としては実に素晴らしい仕事なだけに残念のひと言。続巻も出るようなので、次はしっかり頼んまっせ。


鮎川哲也『謎解きの醍醐味』(光文社文庫)

 小金井公園の「うめまつり」を見物にいく。野点や琴演奏などが開催されているし露店も出ているから、まずまず賑やかなのだけれど、この冬の寒さで肝心の梅はほとんどがまだ蕾。梅を愛でるにはちょっと早かったようだ(苦笑)。あと十日はかかりそうなので、興味をもたれた方、ご注意ください。
 そんなわけでお好み焼きやら焼き鳥でお茶を濁して帰宅。


 読了本は鮎川哲也の短編集『謎解きの醍醐味』。同じ光文社文庫で出ている『アリバイ崩し』に続き、初期のノンシリーズ短篇からセレクトしたもの。
 収録作は以下のとおり。

「離魂病患者」
「夜の断崖」
「矛盾する足跡」
「日記」(エッセイ)
「プラスチックの塔」
「南区南太田」(エッセイ)
「塗りつぶされたページ」
「緑色の扉」
「霧笛」
「ペテン術の研鑽」(エッセイ)

 謎解きの醍醐味

 本書では『謎解きの醍醐味』というタイトルどおり、謎を解く過程に重点を置いた、いかにも本格然とした内容の作品が多い。ほとんど様式美の世界である。
 なかでも「塗りつぶされたページ」はいい。何ものかによって殺害された妻が、実は隠された過去をもっており……という展開はありがちだが、著者はそこに一捻り加え、さらに強烈なオチを添えて印象深い物語に仕上げている。本書での個人的ベスト。
 巻頭の「離魂病患者」はミステリとしてはいいレベルなのだけれど、被害者と被害者の遺族に対する描写が中途半端に踏み込みすぎて後味が悪い。探偵役だけがスカッとする物語は嫌いである。
 「緑色の扉」は珍しく産業スパイもの。被害者自らが濡れ衣をはらすために奮闘するのだが、こちらは「離魂病患者」とは逆に、犯人への追及がぬるいのが不満。ただ、これも謎解き自体は面白いので、なんとも微妙なところだ。「霧笛」のように、ゲームに徹する作品なら全然OKなんだけどなぁ。

 少し文句も書いたけれど、まあ概ね満足できる一冊。代表作はほぼ知られている鮎川作品なので、この一冊に未知の大傑作が収録されているわけではないが、もともと質が安定している作家である。どれも安心して読めるのが強みだろう。
 また、再録ものがほとんどとはいえ、親本はとっくに絶版だったりして簡単に入手できる本は少ない。アユテツファンはとりあえず買っとけ、というのが本日の結論。


鮎川哲也『アリバイ崩し』(光文社文庫)

 ブログのカテゴリーを一部修正。「アンソロジー」をこれまで編者別であいうえお順に並べていたのだが、どうにも検索性が良くないので、出版社別あいうえお順に変更。まとまったシリーズや叢書がある場合は、そこからさらに独立させる方向で。


 昨日に引き続いて鮎川哲也をもう一冊。こちらは現役バリバリ、先月に光文社文庫で出たばかりの『アリバイ崩し』。タイトルどおりアリバイ崩しネタを集めた短編集だが、裏テーマとして――いや別に裏でもないんだろうけど(笑)――アユテツの入手しにくいノンシリーズを中心にした短篇集成を作ろうという狙いがあるようで、本書はその第一弾ということらしい。
 収められているのは以下のとおり。すべて1960年代に発表されたアリバイ崩しもの五編+未収録エッセイ二編という構成。

「北の女」
「汚点」
「時刻表五つのたのしみ」(エッセイ)
「下着泥棒」
「霧の湖」
「夜の疑惑」
「私の発想法」(エッセイ)

 アリハ#12441;イ崩し

 アリバイ崩しもの、というと一見、退屈なイメージを持たれる人もいるかもしれないが、鮎川哲也のようなマエストロともなるとさすがに抜かりはない。初期の作品とはいえ、既にその見せ方にいろいろなバリエーションがあるのが見事だ。
 トリックそのものは正直、小粒な印象はあるのだけれど、どうやって強固なアリバイを崩していくのか、その過程が何より面白いのである。けっこうコロンボもののイメージに近くて、アリバイ物に免疫が無い人でも意外にすんなり楽しめる感じもある。
 また、ノンシリーズと言うこともあるのだろうが、シリーズ物にはあまり見られない思い切ったプロットやオチ(例えば完全犯罪が成功したまま終わるとか)も多く、それがまたバラエティ感を強くしているのも○。
 概ね満足できる出来ではあるが、個人的にはあまり奇をてらわない「北の女」や「汚点」が逆に印象に残った。ただしラストをさらっと謎解きで流しているのがちょっと不満で、そういう意味では「夜の疑惑」のラストはなかなか面白かった。

 ということで、アリバイ崩しものはちょっと……という食わず嫌いの人にもおすすめできる良質な短編集。あまりジャンルにこだわらず、素直に楽しんでほしい一冊である。


鮎川哲也『悪魔博士』(光文社文庫 )

 鮎川哲也のジュヴナイルを集めた短編集『悪魔博士』を読む。少年探偵の鳥羽ひろし君を主人公とする連作短編と、同じく少年探偵、森冬彦君を主人公とする表題中編の計11作。

『鳥羽ひろし君の推理ノート』
 「テープの秘密」
 「真夏の犯罪」
 「幻の射手」
 「クリスマス事件」
 「冬来たりなば」
 「油絵の秘密」
 「幽霊塔」
 「黒木ビルの秘密」
 「ろう人形のナゾ」
 「斑鳩の仏像」
『悪魔博士』

 悪魔博士

 先日の記事でクリーク譚を「推理と冒険」の物語と書いたが、ミステリもまたエンターテインメントのひとつであるからには、この冒険の部分をきっちりクリアすることが重要である。まあ、ここでいう冒険とは文字通りの冒険というより、ニュアンスとしてはドラマ性とかに近いかもしれない。
 実際、商業的にも大成功を収めたホームズやルパンの物語は、他のミステリに比べてこの冒険の部分が非常によくできていた。娯楽の種類が少なかった当時において、大衆が望んでいたのは、何よりもまず物語としての感動だったはず。もちろん一概には言えないけれど、本来、大衆文学とはそういうものだろう。

 で、本日この『悪魔博士』を読み終えて、そういやジュヴナイルもまったく同じだなと思った。
 あえて「ジュブナイル」「児童文学」などとして大人向けと分けるからには、やはりそこには教育的視点がある。ただ、いくら教育的に正しいお話でも、そのクライマックスに至るまでの過程がつまらなかったり説教臭かったりでは、とてもじゃないが子供に読んでもらえるわけがない。むしろ、教育的配慮等の制限=ハンディがあるからこそ、大人向け以上に、よけいシビアに「冒険」の部分を求められるといえるだろう。

 そこで鮎川哲也である。ガチガチの本格探偵小説の書き手として知られる著者だが、少年向けの作品でここまでツボを押さえているとは正直、意外だった。
 加えて著者最大の持ち味である、謎解きやトリックの部分についても手を抜いているふうはない。ページ数などの制限もあるからもともと複雑な話にはしようもないし、ほぼメインのトリックやネタ一本で押し切る作品が多いのだが、これがかえって強い印象をもたらして心地よい。少年向けゆえ誇張されたネタも少なくないが、ややもするとトンデモ系に流れている作品もあり、これもまた楽しい。

 ちなみに本作は1988年の刊行。ここ数年、光文社文庫では精力的に鮎川哲也作品の収録が進められているけれど、せっかく以前こういうものを出していたのに、これを品切れにしておくのはちょっともったいないなぁ。とはいえ、それほど需要があるようなものでもないだろうし、難しいところではあるが。


鮎川哲也『二つの標的』(出版芸術社)

 鮎川哲也の『二つの標的』を読む。出版芸術社から出た鮎川哲也コレクション挑戦編の第三巻。読者への挑戦を付した本格短編集である。収録作は以下のとおり。

「ドン・ホォンの死」
「ポルノ作家殺人事件」
「砂の時計」
「葬送行進曲」
「詩人の死」
「死人を起す」
「二つの標的」
「七人の乗客」
「終着駅」
「占魚荘の惨劇」
「密室の妖光」

 個人的にはゲームゲームした本格探偵小説は正直好きではないが、それは時としてあまりにリアリティをないがしろにするからである。風俗や人間心理に対してあまりに無知故、ありそうにない設定、ありそうにないセリフが横行する。別に極端な状況があってもかまわないが、その作品世界の中でのリアリティは欲しいわけだ。でもよく考えるとこれはゲームゲームした本格が嫌いというより、小説として未熟なものが嫌い、というほうが正しいのだろうな。もちろんそのあたりが消化できている本格は全然OK、というかむしろ望むところである。
 で、『二つの標的』だが、ここまで遊びとして徹底してしまえば、これはケチのつけようがない。嫌なら読まなければいいだけの話で、それを楽しめる者だけの一冊といえるだろう。全般的にインパクトはもうひとつの感があるが定石はしっかりと押さえており、なかでも「二つの標的」や「砂の時計」「密室の妖光」は悪くない。謎解き小説とはこういうものか、という手引きとしては十分な役割を果たしているといえるだろう。


鮎川哲也『白馬館九号室』(出版芸術社)

 鮎川哲也の『白馬館九号室』を読む。出版芸術社から出ている「鮎川哲也コレクション挑戦篇」の第二巻である。収録作は以下のとおり。

「白馬館九号室」
「ふり向かぬ冴子」
「花と星」
「貨客船殺人事件」
「尾行」
「茜荘事件」
「悪魔の灰」
「おかめ・ひょっとこ・般若の面」

 全体としては第一巻の『山荘の死』に比べると分は悪いが、テレビの推理番組『私だけが知っている』の脚本を小説化したものがいくつか収められているのが目玉で、趣向としてはなかなか楽しい。なかでも「おかめ・ひょっとこ・般若の面」はお見事。そのほかではアンソロジーなどでも採られることがある「悪魔の灰」がやはりうまい。
 なお、本書は謎解きゲーム形式に特化した作品集のため、読み物としてのコクは極めて薄い。あくまで著者の一発芸を楽しむためのものなので、初めて鮎川哲也を読もうという人にはおすすめできないので念のため。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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