このところ評判のよいポケミス名画座シリーズ。確かにこれまで読んできた『ハイ・シエラ』『狼は天使の匂い』『男の争い』などは傑作揃いだったが、本日読んだエセル・リナ・ホワイトの『らせん階段』に関してはいまいち不安があった。というのも本作の著者エセル・リナ・ホワイトについては、以前に読んだ、やはり映画の原作である『バルカン超特急』がそれほどの出来ではなかったためである。
ウォレン教授が家族らと住む館〈サミット〉は、荒涼とした田園地帯に建つ、いわば陸の孤島。そこに雇われたメイドのヘレンは、近隣の町で起きている連続婦女殺害事件を気にし、次に狙われるのは自分ではないかと怯えていた。そして嵐の夜、屋敷に閉じこもった一家とヘレンを殺人鬼の影が忍び寄る……。
個人的にはゴシック・サスペンスというのがそもそも肌に合わない。頭の悪すぎるヒロインや、融通の効かない周囲の人々、ご都合主義の展開に、イライラすることが多いのが理由である。高まるサスペンス、とかいう以前に受け身一辺倒のヒロインとかに我慢がならない。まあ、全部が全部そうじゃないだろうけど。
ところが。いやいや意外にいいじゃないですか。っていうか、実に見事。前半のダラダラ感はややしんどいが、屋敷を孤立させてからの後半の盛り上げ方は並ではない。「誰一人屋敷から出てはいけないし、誰一人屋敷に入れてもいけない」という一晩だけのルールで物語の軸をはっきりと打ち出し、その条件のなかでなおかつ屋敷の住人を一人そしてまた一人と減らしてゆく手際。自分が狙われているというヒロインの妄想が妄想ではなくなるとき、意外なクライマックスが訪れる。
教養はなく、寄らば大樹の陰みたいなところもあるヒロインも、メイドという役を与えたことによって不自然でなくなり、逆にしたたかな処世術で切り抜けようとするたくましさが好感を与える。
あえて注文をつけるなら、事件解決後のエピローグみたいなものはあってもよかったかなと思う。ささいなことだけど、その方がさらに余韻も増して後味もよくなったのではないかな。
というわけで未だポケミス名画座に外れなし。すばらしい。
この二、三日でようやく夏らしい感じになってきた。だが基本的に暑いのが嫌いな私としては、ただただ迷惑なだけである。まあ、雨よりはいいが、どうせ今日だって仕事だし。
読了本はエセル・リナ・ホワイトの『バルカン超特急』。ヒッチコックの映画としても有名だが、残念ながらそちらは観ていない。
話はいたってシンプルだ。
リゾート地から一人帰国の途につくイギリス人女性アイリス。帰りの特急列車内でミス・フロイという女性と親しくなるが、その彼女が突然列車内から姿を消してしまう。不思議に思ったミス・フロイを探すアイリスだったが、なぜか他の乗客は「そんな女はいなかった」と口を揃えるのだった……。
映画の評判はいいのだが、いやあ、この原作はちょっと厳しいか。
評価すべきところも多々あるのだ。ミステリアスな発端や列車内に限定された舞台設定などは十分魅力的だし、列車内に居合わせる乗客たちもなかなか個性的で悪くない。だが、肝心要の事件の謎、そして結末のトホホ感が……。サスペンスものだからこういうのもありだろうが、それにしても引っ張るだけ引っ張ってこれでは。映画の方は本書と結末が違うらしいのだが、それもむべなるかな。
ただ、実は一番やばいのは、女性主人公ではないかとも思ったりする。とにかく感情移入しづらい性格で、本当にヒロインなのかと思うぐらいヤな女なのだ。当時の世相にあって、彼女のキャラクターが読者にどういう受け止め方をされたのか、そっちが一番気になった。