本日の読了本はギルバート・アデアの『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』。
作者のギルバート・アデアは英国出身、ポストモダン文学の文脈で語られることの多い作家兼評論家。過去に邦訳された『閉じた本』『作者の死』あたりを読むと、確かに一筋縄でいかないような作風ではあるが、さりとて難解というわけではない。小説そのものもまずまず面白く読めた。
ただ、メタフィクションあたりを文学とミステリとの境界線上でやるものだから、どうにも作者の目指しているところがわかりにくい。既成の概念をぶち壊したいのか、それとも読者をあっと言わせたいだけなのか。結果として、できあがったものはそれなりに面白いけれど、強烈なインパクトを受けるというほどのものではなかった。企みは理解できるが、それを中途半端にミステリでやられてもなぁという感じ。そもそもミステリは様式美もけっこうな魅力だったりするわけで、ポストモダンとミステリの相性がいいとも思えない(笑)。正直、『閉じた本』あたりもミステリ的には腰砕けであった。
とまあ、ギルバート・アデアに関してはそんな印象を持っていたわけだが、そこへもってきて『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』である。
この「ロジャー・マーガトロイド」という響きだけで、もうピンとくる人はピンとくるわけだが、これはクリスティの名作『アクロイド殺し』のもじり(日本語だとややわかりづらいが原題はもう少しイメージしやすくなっている)。すなわち本作は、『アクロイド殺し』のパロディであり、のみならずクリスティ全作品、さらには黄金期の輝かしき探偵小説へのオマージュ&批評とも言える作品なのである。

時は1935年、舞台は英国ダートムーア。クリスマスを過ごすため、ロジャー・フォルクス大佐の山荘に集まった友人たちだが、ゴシップ記事の記者が現れた瞬間から、その場はクリスマスとはほど遠いムードに包まれる。
吹雪のため山荘に足止めされる人々、渦巻く秘密、募る憎しみ……、そして密室で起こった惨劇。
スコットランドヤードを引退した元警部が駆けつけたとき、クリスティ流ドラマの幕が開く……。
著者は本作を書く前にクリスティの全作品を読み込んだということで、確かにクリスティをはじめとする黄金期の作品の香りをプンプンと漂わせている。実際に当時に書かれたものだと言われても信じるぐらいには、往年の探偵小説を模倣することに成功している。
また、雰囲気だけではなく、探偵小説のコードも的確に取り込んでいる。例えば密室殺人、例えば嵐の山荘、例えば推理作家と警察官の対決、例えば関係者を集めての謎解き云々……。そのひとつひとつは成功している場合もあり、また上手くいっていない場合もあるのだが、単なる付け焼き刃に終わっていないことは、素直に評価したい。何より探偵小説としての構成がしっかりしており、伏線の張り方等、かなりの周到さで書かれていることは、容易に推察できる。残念ながら密室トリックだけは激ヤバだが、メインのトリックは不覚にも完璧に欺されてしまうほど鮮やかであった。
その一方で、本作がパロディであるということをしっかり認識できる遊びネタも豊富だ。クリスティは言うに及ばずカーやチェスタトン、ハードボイルドに至るまでもくすぐりとして使われる。この辺りもなかなか堂に入ったものだ。時には探偵小説論までも登場人物を借りて講義するほどであり、文学的な実験は実験として、けっこう作者も楽しんでいるふしがうかがえて好感が持てる。
とにかく本作は、これまでのギルバート・アデアの作品とは一線を画すだけのレベルに到達している。ただ、ミステリやクリスティに対する一般的教養が豊富なほど楽しめることは確かで、そういう意味ではやや読者を選ぶ作品とはいえるだろう。正直ほめすぎの嫌いはあるが、アデアの邦訳作品の中では、一応、現時点で最上の作品といっておこう。