クラシックミステリの復刻が定着してずいぶんになるが、ついにここまで来たかという感じなのが、戎光祥出版が始めた「少年少女奇想ミステリ王国」というシリーズ。
編者として参加している作家の芦辺拓氏が、ジュヴナイルにいろいろと注力しているのは、ちょっとしたミステリファンならご存知だろう。この「少年少女奇想ミステリ王国」は、そんな氏のジュヴナイル研究のひとつの成果ということになるのだろうか。ともあれ、またひとつ魅力的なシリーズが始まったことだけは確かだ。

さて、その魅力的なシリーズの先陣を切るのが『西條八十集 人食いバラ 他三篇』である。
詩人・作詞家として知られる西條八十だが、実は多くの少女小説も残していた。興味深いのは、戦前はけっこう正統派の甘い少女小説を発表していたのに、戦後になると大きくミステリ寄りに作風が変化したことだろう。
乱歩等の冒険探偵小説に影響を受けた可能性はあるのだが、そのインパクトたるや、同時代、同ジャンルの他作品に比べても、明らかに群を抜いている。ジェットコースター並のストーリー展開、怪しすぎるキャラクター、ぶっとんだ真相……その面白さは、ゆまに書房から2003年に復刊された『人食いバラ』 でも既に証明されているとおりだ。
本書ではそんなミステリ系の作品から四作がセレクトされている。短編集ではない。ジュヴナイルとはいえ、なんと中編・長編クラスが四作という豪華ラインナップ。
「人食いバラ」
「青衣の怪人」
「魔境の二少女」
「すみれの怪人」
収録作は以上。もうタイトルからしてヤバイ(笑)。
まあ中身も相当なもので、あまり真面目に感想を書くのも憚られるぐらいなのだが、一応ミステリ読書系サイトなので、各作品の感想を記しておこう。なお、「人食いバラ」のみ、
ゆまに書房版『人食いバラ』の感想を参照のこと。
「青衣の怪人」はゴシックロマン風ミステリ。孤児院で育った少女が、なぜか高額の報酬でお屋敷の老女の話し相手として雇われる。しかし、屋敷内には怪奇な事件が立て続けに起こり、カエルのように青い服をまとった怪人も出没する……。
不遇の少女が危険な目に遭いながらも最後は幸せを手に入れる。これはまさに少女小説の王道なのだが、そのストーリーは普通の少女小説とは比べものにならないほど破天荒である。
本来だったらボーイフレンドあたりが活躍する展開もありそうだが、探偵役を担うのはなんとヒロインの親友の少女。怪人のキャラクターなども含め、そういう設定の妙も読みどころか。
「魔境の二少女」は打って変わって秘境冒険もの。父親とともに珍しい花を求めてジャングルに向かうヒロインとその一行。そこへ旅を共にしたいと飛び込んできたのが、何やら曰くありげなフランス娘。はてさて二人のヒロインの運命は……という一席。
こういう秘境ものになると、「青衣の怪人」ではかろうじてキープされていた物語上の制約もすでに皆無。ほぼ着地点が見えないまま、どんどん予想だにしないストーリーが展開されてゆく。もちろん最後はハッピーエンドでお腹いっぱいである。
「すみれの怪人」は個人的イチ押し。主人公・町子は中学生の少女ながら個人事務所をかまえて人々の困りごとを解決する、いわば私立探偵のような存在、ってこの設定からすでに腑に落ちないのだが、そこに叔父の名刑事やルパンもどきの義賊“すみれのジョオ”が絡み、さらにはギャングたちとの抗争もはじまって、息をもつかせぬ怒濤の展開である。
町子と“すみれのジョオ”とのロマンスを期待できるのかと思っていると肩透かしを食らったり、ラスボスと思っていた敵の親分・大山が予想外のキャラクターだったり、まったくもって想定外のストーリーが展開されるのが圧倒的魅力である。
ということで個人的嗜好による補正があるものの、大変けっこうな一冊でありました。今後、「少年少女奇想ミステリ王国」には野村胡堂や高垣眸が予定されているということだが、ぜひ順調に続いてほしいものだ。