小沼丹は純文学畑の作家だがミステリもそれなりに残している。ミステリファンにはニシ・アズマ先生の活躍をまとめた
『黒いハンカチ』が知られているが、本書では乱歩に依頼されて書いた表題作をはじめ、ノンシリーズの初期作品が収録されている。
ベースとなったのは過去に彌生書房で企画されながら、結局刊行はされなかった短篇集で、その実現が第一にあったようだ。また、ラストの「海辺の墓地」、「花束」はこれまで全集・単行本には未収録の作品ということで、一応は本書の目玉作品というところだろう。

「古い画の家」
「手紙の男」
「クレオパトラの涙」
「ミチザネ東京に行く」
「二人の男」
「奇妙な監視人」
「赤と黒と白」
「王様」
「リャン王の明察」
「海辺の墓地」
「花束」
収録作は以上。著者の作品については前述の『黒いハンカチ』を読んだぐらいだが、大きな印象はあまり変わらない。形としてはミステリではあるのだが、ロジックやサスペンスといったミステリ的な興味より、ユーモアやペーソスといった雰囲気を楽しむ方が上回っており、ミステリの読後感とはやはり別物かなという感じである。
ただし、だからと言って作品が物足りないわけではなく、むしろ満足度はけっこう高い。その大きな理由に文章の味わいがある。文章そのものはユーモラスというわけではないのだが、どことなく惚けた味わいがあり、そのくせなかなかの情報量があって、人の心の微妙な浮き沈みを感じさせてくれる。一見サラッとした感じの文章なのだが実はそれが出汁のようにジワッと沁みてくるのである。ストーリーも文章に呼応するかのように、激しい展開はなく、いわゆる日常の謎的なものがメインでだ。
ミステリとしての興味、ユーモアやペーソスによる味わい。この二つがちょうどよい按配でバランスを保ち、独自の世界を作っているといえるだろう。
以下、印象に残った作品の感想を少し。
ミステリ的興味とユーモアやペーソスがいいバランスを保つと書いたものの、表題作の「古い画の家」だけはサスペンスが勝っている一作で幻想味も強く、本書中のベストを争う。都会の少年が田舎で魅入られた洋館のイメージ、そして、その洋館で繰り広げられた事件の妙が素晴らしい。
「手紙の男」はお気楽な主人公が、何者かに脅迫されている親友を救う物語。きちんとしたミステリになる要素は十分あるのだが、構成や語り口がむしろミステリから遠ざけているようで、小沼丹の方向性として、さほどミステリを向いていないことが実感できる。
「クレオパトラの涙」はかなりミステリに寄せて書かれたような作品で、別人に間違われた高価なネックレスを渡された主人公の顛末を描く。
「ミチザネ東京に行く」は、就職で上京した主人公が、ひょんなことからヤクザものに利用されてしまう物語。もうミステリでも何でもないが、もしかすると小沼丹流の犯罪小説と読めないことはない。主人公も含めキャラクターの造形が秀逸で、これも本書中のベストを争える面白い一作。
「王様」と「リャン王の明察」は南国を舞台にした異色作。他の作品とは反対に、ミステリを強く意識したないようだが、世界観はともかくミステリとしては厳しい。
「海辺の墓地」は友人の墓を訪れる主人公が、そこで友人の元恋人に出会う。ところが彼女が意外な言葉を口にして……という一席。これから始まる何かの物語の序章のような作品で引き込まれる。
「花束」は“大寺さんもの”の試験的作品で非ミステリ。これまで“大寺さんもの”ものを読んでいないので正直なんともいえないが、“大寺さんもの”を読んでみたい気持ちにはなった。
ということでミステリ的な評価はともかくとして、基本的にはなかなか心地よい短篇集。年末年始にほっこりしたい人にはおすすめである。