ポケミスが名画座シリーズと銘打っているシリーズから、本日はW・R・バーネットの『ハイ・シエラ』を読了。
本来なら映画と比べてあーだこーだと述べるのが美しい姿だろうが、生憎観ていないので単純に小説オンリーで感想を書くとしよう。とりあえず先だって小学館から『リトル・シーザー』が出版された W・R・バーネットの作品ということ、そして映画ではハンフリー・ボガートが主役を演じたということで、硬派なハードボイルドもしくは犯罪小説ということだけは想像できる。
ストーリーはいたってシンプル。主人公のロイは無期懲役で拘留されている囚人だが、あるとき暗黒街の親分の助けによって釈放されることとなる。もちろんただで釈放されるはずもない。その条件とは、ホテルの金庫を襲って、莫大な宝石を強奪することだった。ロイは仲間とチームを組み、入念な計画の下に犯罪を実行し、なんとか宝石強奪には成功するものの、不運と仲間の未熟さのため、徐々に破滅へと追い立てられてゆく。
いやいや、これはいいわ。いわゆるピカレスクロマンとでもいうのだろう、様々な登場人物たちの(特に犯罪者の)生き様が何とも詩情たっぷりに描かれる。
とりわけ主人公ロイのキャラクターは絶妙とさえ言ってよい。犯罪者ではあるが、頑なまでのポリシーを持つ男。彼は悪事を働くから犯罪者なのではない。ロイにとって犯罪は悪事ではないのだ。彼の考え、行動する規範にはしっかりとした意思があり、それがたまたま法律に違反しているだけなのである。だから彼は銃も極力使わない。市民に対して優しい一面を見せることもある。
独自の倫理観に支えられ、ロイは走る。だが、それが許された時代は過去のものとなりつつあり、そんな社会との軋轢が、ロイを深みにはめてゆく。愛人のマリー、足の悪いヴェルマ。その傍らを通り過ぎてゆく女たちもまた、ロイとの関わりで苦悩する。
古いと言えば古い。だが、何とも切ないラストも含め、しばらく味わえなかった感動を覚えた。傑作。
本日の読了本、W・R・バーネットの『リトル・シーザー』は、あのハメットの『血の収穫』と同年に刊行されたクライム・ノヴェルの古典である。日本では完全に忘れられた存在だが(というか海外でもやはり似たようなものらしい)、先日のハヤカワミステリでも『ハイ・シエラ』が出版されたばかり。本格の復刻ブームの影響だろうとは思うが、ハードボイルドやクライム・ノヴェルも少しずつ紹介されると嬉しいかぎり。
ストーリーはいたってシンプルだ。貧しいイタリア移民の末裔として生まれたリコ。不良グループ、やくざの使いっ走り、ギャングの一員として、徐々に名を知られるようになった彼は、さらに仲間を追い落とし、遂にその頂点に立つ。しかし、そのトップの座もまた儚い夢であった……。
読みどころは、やはり生々しく描かれた暗黒社会と、そこに生きる人々にあろう。彼らなりの人生観、価値観はストレートに読むものの心を打つ。特に主人公のリコは、他の仲間が刹那的に女や酒やギャンブルに溺れていく中、ほとんどの享楽に見向きもせず、ひたすら成り上がることを目指す。このストイックさがたまらない。
そこそこのアクションはあるが、全体に派手な印象がないのも、この時代の作品ならではだろう。だからといって迫力不足というわけではない。ギャングのボス同士の心理的な戦いなど見所も多い。昨今流行っているノワールとはひと味違う、「クラシックな味わいを満喫できる犯罪文学」とでも言うべきか。