fc2ブログ

探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

アイザック・アシモフ『永遠の終り』(ハヤカワ文庫)

 アイザック・アシモフの『永遠の終り』を読む。
 SFミステリ読破計画の一環ではあるが、そもそも本作はアシモフの書いた唯一の「時間テーマ」の長篇ハードSFとして有名な作品である。
 ハードSFとは、SF作家の石原藤夫氏によると、「小説の "問題意識", "舞台設定", "展開", "解決"のすべてにおいて, 理工学的な知識に基づいた科学的ないしは空想科学的な認識や手法を生かしたものである。特にストーリーの展開と解決とが科学的論理または手法をもつ空想科学的論理によっていなければならない」としている。
 アシモフの作品も多くがそれに該当すると思うが、ちょっと言いかえると、今の科学技術をベースにして、世界観やテーマ、ストーリー展開も科学的かつ論理的にやり、それが実現可能ではないかと思わせるリアルさを備えたものがハードSFということになる。
 ここで肝となるのが「論理的」というところで、まさにこの点があるからこそ、ロジックを重要な要素とする本格ミステリと相性がいいのかもしれない。アシモフなんかは特にその傾向が強く、なかにはそういう議論ばかりやっている作品もあるほどで、それが本格ミステリの推理や謎ときにも通じ、ミステリ的な味わいが強くなるのだろう。

 永遠の終り

 前置きが長くなったjけれど、そんなわけでストーリーから見ていこう。
 未来の平和と安定のために、時空を行き来して過去を「矯正」する役目をもつ〈永遠人(エターニティ)〉。アンドリュう・ハーランは故郷を離れ、厳しい訓練と教育を受けて、ついに〈技術士〉として生きることになった。
 彼の最初の任務は482世紀の矯正だったが、その世紀で〈普通人〉ノイエスを愛するようになる。しかし、矯正を行うことはノイエスを失うことでもある。そもそも〈普通人〉と恋愛に陥ることがすでにタブーであり、ハーランは苦悩する。そしてとうとうある結論に行き着くが、そのとき彼はすでに大きな企みの只中に巻き込まれていた……。

 先に結論から書いておくと、これはやはり名作である。
 世界の安定のために、何千世紀にもわたる時代を観察し、将来に問題を起こしそうな事案があれば〈矯正〉するというアイデアが面白いし、そもそもそれって倫理的にどうよ?という問題もある。また、それを司る機関が実は盤石ではなく……というのも予想はできたけれど、では具体的にどういう事態に発展するかとなると、これはまったく予測外。
 アシモフはそんな時間の管理者たる組織の矛盾を晒すことで、人類の発展がどうあるべきか提議してくれるのである。人類の幸せのためには多少の個人の犠牲はやむをえない。ありがちなテーゼではあるが、それをひっくり返すきっかけになるのが、結局、主人公の色恋沙汰というのも皮肉で面白い。とはいえ、それも……。

 ただ、褒めておいてなんだが、とっつきは悪い(笑)。
 特に第一章は辛い。世界観もまったく把握できていないところに、オリジナルのSF用語が頻出し、しかも主人公のハーランがすでにある計画を実行し始めているところから幕を開けるので、正直、何がなんだかわからない。悲しいかな、個人的にはシーンをイメージすることすら難しかった。
 流れが変わるのは第二章に入ってからで、ここからハーランの半生が語られ、ようやくこの世界がどうなっているのか少しずつ理解できるようになる。中盤に入る頃にはハーランの目的もわかり、物語の方向もなんとなく掴めた気になって、俄然面白くなってくるのはこの辺りから。そして後半は、ハーランがすべてを賭けて挑んだ先にあるものがとてつもなく大きな企みであったことが判明し、さらに事態は二転三転する。そして、その種明かしが実にスリリングで、確かにミステリ好きにも楽しめる内容であった。

 ひとつ欲を言えば、主人公の性格がもう少し良ければ、より楽しめたとは思う。〈技術士〉というのがそもそも性格の良い人間には務まらないような職種なのだけれど、ハーランの場合、非人間的というより自分勝手なところばかりが目についてしまう。もう少し正直で明朗な性格であれば、よりストーリーとしては盛り上がるし、ノイエスとの悲恋も際立ったろうに。そこだけは残念だった。

 それにしても久々にアシモフのSFを読み、それがファウンデーション・シリーズやロボットシリーズなど、すべてのシリーズの起点となる作品だったということで、今度は物語の時系列でシリーズを読みたくなってしまうから困ったものだ。


アイザック・アシモフ『象牙の塔の殺人』(創元推理文庫)

 アイザック・アシモフの長篇ミステリ『象牙の塔の殺人』を読む。
 アシモフのミステリといえば何といっても「黒後家蜘蛛の会」シリーズが有名だろうが、本書は著者初の長編ミステリで1958年の作品。黒後家蜘蛛の十年以上も前に書かれていた作品だ。したがってなんとなく「黒後家蜘蛛の会」の作風を意識していると、これがかなり予想を外されて興味深い。

 とりあえずストーリー。
 大学の実験室で、化学実験を行っていた学生が毒ガスを吸って死亡しているところを、指導教官のブレイドが発見した。警察や大学は事故死との見方を強めていたが、ブレイドは死因に疑問を抱き、独自に調査を始める。だがこれが殺人だとすれば、もっとも容疑者として疑われるのは自分であることに気がつく。それを裏付けるかのように、ブレイドの周囲をかぎまわる刑事。大学での立場も危機に追い込まれ、ブレイドは必死に調査を進めるが……。

 象牙の塔の殺人

 ミステリとしては極めて真っ当な本書。アシモフの書いた初の純粋なミステリは、フーダニットというガチガチの本格である。だが、上でも書いたとおり、後にアシモフのミステリにおける名声を確立した「黒後家蜘蛛の会」シリーズとは、まったく作風は異なる。
 何より違うのはそのテイスト。「黒後家蜘蛛の会」に顕著なユーモアという要素(ある種の余裕といってもよい)が、本書にはまったく見られない。象牙の塔で繰り広げられる極めて人間的な営み、現実と理想のギャップに苦しむ主人公ブレイドの苦悩が、本書のベースである。事件の謎や自らの立場、家族との関係などなど、とにかく悩みに悩んで、考えに考える。
 この描写が辛気くさすぎて、正直、最初はあまりノレなかったのだが、読むうちに意外とこれがだんだんはまってくる。
 途中で気がついたのは、これって「イライジャ・ベイリ」のパターンだよな、ということ。イライジャ・ベイリが登場する『鋼鉄都市』『はだかの太陽』等の作品は、SFミステリとして名高いことはもちろんだが、一種の議論小説でもある。事件の謎に絡んだロボット三原則の解釈を巡る登場人物たちのやりとりが実は面白い。アシモフが純粋なミステリを書くにあたって、数年前に書いたそれらの作品のパターンを用いたとすれば、この作風も納得である(そもそもアシモフの作品は全般的に理屈が多すぎるきらいはあるけれど)。
 トリック等は小粒ゆえ、本格としてはあまり大向こうを唸らせるほどではないけれど、黒後家蜘蛛やイライジャといった他のシリーズとの比較で読めば、けっこう楽しめる作品ではある。アシモフのファンなら、というところか。

 なお、蛇足ながら、主人公にまとわりつく刑事が面白い。この刑事、解説で指摘されているとおり、キャラクターが非常にコロンボに似ているのである。そう言われてみれば、雰囲気や遠回しなアプローチ、犯人への心理トリックなど、共通点は多い。コロンボが生まれるまでには、まだ十年ほどあるわけだが、若きリンク&レビンソンが本書を読んだ可能性について想像するのもまた一興かと。


アイザック・アシモフ『小悪魔アザゼル18の物語』(新潮文庫)

 週末はどうやら仕事で潰れそうである。しかし意外に読書ははかどる。それもそのはず、久々にアシモフを読んでみたものの、これがまた何ともお手軽な作品。だいたいアシモフの書くミステリは、SFと違って肩の力が抜けるせいかどうかしらんが、軽いものが多すぎる。本日読んだ『小悪魔アザゼル18の物語』はミステリとはいえないが、中でもとりわけ軽い代物だ。

 お話はいたってシンプル。身長わずか2cmという小悪魔アザゼルを呼び出し、いろいろな願いを頼みこむジョージの奇想天外なエピソードの数々を、著者の分身である作家が聞くという設定。

 皮肉なオチもそこそこ効いているし、ウッドハウスあたりを意識したという会話などもなかなか楽しいが、ほんとに小咄程度なので、とても読書を堪能したとまではいかない。子供時分に読めばけっこう楽しめたんだろうが、さすがにこの年になればこれぐらいではときめかないよなぁ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー