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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ジャック・リッチー『ジャック・リッチーのびっくりパレード』(ハヤカワミステリ)

 ジャック・リッチーの我が国では五冊目となる短編集『ジャック・リッチーのびっくりパレード』を読む。
 本書は昨年末に亡くなった小鷹信光氏が翻訳・編纂にあたったもので、リッチーのデビュー作「故意の季節」から最後の雑誌発表作「リヒテンシュタインのゴルフ神童」、そして遺作「洞窟のインディアン」に至るまで、発表年代にそって構成されている。しかも全作本邦初訳。まさに小鷹氏のこだわりが感じられる編集ぶりだ。

 もちろん小説の中身もその編集に十分応える出来である。ジャック・リッチーの持ち味というとやはりオチの鮮やかさにあるのだが、全編を包むとぼけた味わい、ノスタルジックな雰囲気もまた絶妙。その両者が有機的にあわさった結果がリッチー節とでもいうようなものに昇華されている。
 本書ではSF系やシリアスなものも収録されていて、それがまたいいアクセントになっており、疲れた頭を癒してくれるには最適の作品集といえるだろう。
 収録作は以下のとおり。

Part I 1950年代
Always the Season「恋の季節」
Handy Man「パパにまかせろ」
Community Affair「村の独身献身隊」
Hospitality Most Serene「ようこそ我が家へ」
No Shroud「夜の庭仕事」

Part II 1960年代
Preservation「正当防衛」
They Won’t Touch Me「無罪放免」
Goodbye, Sweet Money「おいしいカネにお別れを」
Six-Second Hero「戦場のピアニスト」
The Push Button「地球壊滅押しボタン」
Pardon My Death Ray「殺人光線だぞ」

Part III 1970年代
Home-Town Boy「保安官は昼寝どき」
The Value of Privacy「独房天国」
The Killer from the Earth「地球からの殺人者」
Four on an Alibi「四人で一つ」
But Don’t Tell Your Mother「お母さんには内緒」
Bedlam at the Budgie「容疑者が多すぎる」
Finger Exercise「指の訓練」
The Canvas Caper「名画明暗 カーデュラ探偵社調査ファイル」
The Return of Bridget「帰ってきたブリジット」
Stakeout「夜の監視」

Part IV 1980年代
More Than Meets the Eye「見た目に騙されるな」
That Last Journey「最後の旅」
The Liechtenstein Imagination「リヒテンシュタインのゴルフ神童」
The Indian「洞窟のインディアン」

 ジャック・リッチーのびっくりパレード

 基本的にアベレージは高いけれども、やはり初期のものは比較的他愛ないものが多く、後期になるにしたがって凝った設定が多く、描写も上手くなってくる印象である。
 各年代からお好みを挙げてみると、1950年代からは「村の独身献身隊」と「ようこそ我が家へ」。前者はほとんどアメリカンジョークのような話だけれど、こういうの好きだわ(苦笑)。

 1960年代は傑作目白押し。「無罪放免」「おいしいカネにお別れを」はしゃれた犯罪小説、「殺人光線だぞ」はおバカなオチが効いたSFである。
 しかし、それらをさらに凌ぐのが「戦場のピアニスト」。この短い枚数の中に戦争や人生の苦さが詰め込まれており、本書中でもベストのひとつ。

 1970年代からはまず「保安官は昼寝どき」か。著者のテクニックが冴える逸品でこちらも本書中のベスト。
 どういうオチが待っているのか予測困難な「独房天国」、珍しく正統的なミステリ「容疑者が多すぎる」もいい。「帰ってきたブリジット」は傑作というわけではないのだけれど、この妙なユーモアはぜひ試してもらいたい。

 1980年代は著者自身の年齢もあってか、老いをテーマにした作品にいいものが多い。「最後の旅」などは他愛ないけれど、意外なところにオチをもってきて面白い。
 遺作となった「洞窟のインディアン」(息子のスティーヴ・リッチーが補完)などは、これが遺作となった事実にまず驚いてしまう。最後まで人を驚かせることに長けた作家だったのだなと、あらためて感じ入った次第である。


ジャック・リッチー『ジャック・リッチーのあの手この手』(ハヤカワミステリ)

 本日の読了本は『ジャック・リッチーのあの手この手』。短編の名手ジャック・リッチーの短編集だが、オール初訳というのが大きなポイントである。
 とはいえ過去には『クライム・マシン』、『10ドルだって大金だ』、『ダイアルAを回せ』という素晴らしい短編集が刊行されている。なんだかんだで代表的な作品は押さえていると思っていたのだが、いやいや認識不足もいいところだ。本書も落ち穂拾い的な要素などまったくないハイレベルな短編集であった。

 ジャック・リッチーのあの手この手

「謀之巻(はかりごと)」
Body Check「儲けは山分け」
Take Another Look「寝た子を起こすな」
Alphabet Murders「ABC連続殺人事件」
The Message in the Message「もう一つのメッセージ」
Living by Degrees「学問の道」
McCoy’s Private Feud「マッコイ一等兵の南北戦争」
The Liechtenstein Flash「リヒテンシュタインの盗塁王」

「迷之巻(まよう)」
Going Down?「下ですか?」
The Quiet Eye「隠しカメラは知っていた」
Kill the Taste「味を隠せ」
Gemini74「ジェミニ74号でのチェス・ゲーム」

「戯之巻(たわむれ)」
The Golden Goose「金の卵」
By Child Undone「子供のお手柄」
Big Tony「ビッグ・トニーの三人娘」
Approximately Yours「ポンコツから愛をこめて」

「驚之巻(おどろき)」
Killing Zone「殺人境界線」
Businessman「最初の客」
The One to Do It「仇討ち」
When the Sheriff Walked「保安官が歩いた日」

「怪之巻(あやし)」
Ape Man「猿男」
The Rules of the Game「三つ目の願いごと」
Freddie「フレディー」
The Davenport「ダヴェンポート」

 収録作は以上。ミステリはもちろんウェスタンからファンタジー、SFに至るまで幅広い作品が揃っており、これらを編者の小鷹信光氏は「謀之巻(はかりごと)」とか「迷之巻(まよう)」などというようなイメージで構成している。ジャンルで分けるというよりは、作品のタイプで分けるというか、ちょっと捻った作りである。まあ、あくまで編者のお遊びといったところなので、読む方としてはそれほど気にする必要もないけれど(笑)。

 ところでそんな様々なジャンルやタイプを網羅するリッチー作品とはいえ、ひとつの傾向は確かにある。それが他の作家とジャック・リッチーを分ける大きな差でもある。
 基本的にはジャック・リッチーの作風はそれほど突飛なものではない。あくまで犯罪者や犯罪に絡んだ出来事をベースにし、オチに捻りを利かせるといったパターンである。結構だけを見れば極めてオーソドックスなスタイルといえよう。
 だが、その語り口や展開、結末に感じられる味わいが違う。何ともいえないとぼけた味、そこはかとないほのぼの感、あるいはトホホとしか言いようのない情けなさ。こういうものが渾然一体となった味わいこそが実はジャック・リッチー最大の特徴であり魅力なのである。そしてどういったジャンル、タイプの作品を描こうとも、この味わいを感じられるのが素晴らしい。
 正直、本書中でこれはつまらないと思った作品は皆無である。おすすめ。


ジャック・リッチー『ダイアルAを回せ』(河出書房新社)

 ジャック・リッチーの『ダイアルAを回せ』を読む。日本での作品集はこれで三冊目となるが、相変わらずハイレベル。

 ダイアルAを回せ

Deadline Murder「正義の味方」
Politic Is Simply Murder「政治の道は殺人へ」
Ten Minutes from Now「いまから十分間」
Shatter Proof「動かぬ証拠」
Fair Play「フェアプレイ」
Anyone for Murder?「殺人はいかが?」
The Third-Floor Closet「三階のクローゼット」
Cardula and the Kleptomaniac「カーデュラと盗癖者」
The Return of Cardula「カーデュラ野球場へ行く」
Cardula and the Briefcase「カーデュラと昨日消えた男」
Hung Jury「未決陪審」
The 23 Brown Paper Bags「二十三個の茶色の紙袋」
Murder Off Limits「殺し屋を探せ」
Dial An Alibi「ダイアルAを回せ」
The Griggsby Papers「グリッグスリー文書」

 本書には大きく三つの系統に分類される作品が収録されている。
 まずはいつもどおりの、捻りを利かせたノン・シリーズ作品。謎解き風味は少なく、ラストのオチで読ませるといった趣であり、完成度も高い。ミステリの面白さを人にオススメするならこれか。
 もうひとつが吸血鬼を探偵役に起用し、その特殊能力を存分に発揮して事件を解決に導くカーデュラ・シリーズ。設定が奇抜で、主人公の特殊なキャラクターはもちろん内容に活かされてはいるけれども、ミステリのスタイルとしては意外にオーソドックスでクセがない。それが好ましくもあり、弱点でもあり。
 最後はオフビート・ミステリのターンバックル刑事シリーズ。事件の裏を読みすぎるばかりにアサッテの方向へ捜査を進め、どうなることやらと思っていると、結果的には見事に事件を解決するというパターン。やや無理矢理な作品もあるが、構成は巧い。ミステリのパロディ的展開がマニア向けといった印象を与えるし、実際ミステリ的教養がそこそこあった方がより楽しめるとは思うが、書き方そのものは平易なのであまり構えて読む必要もないからご安心を。なお、本書にはターンバックルの元祖的シリーズのバックル刑事ものも一編収録されている。

 ジャック・リッチー全般でいうと個人的にはターンバックルものが好みなのだが、本書に関していえばノン・シリーズの諸作品が素晴らしい。今となってはオチの読める作品もないことはないが、贅沢をいうと切りがない。冒頭から繰り出される「正義の味方」「政治の道は殺人へ」「いまから十分間」「動かぬ証拠」「フェアプレイ」「殺人はいかが?」はまさに至福のひとときである。


ジャック・リッチー『10ドルだって大金だ』(河出書房新社)

 年明け以降、仕事絡みでの飲み会が多い。とりわけ今週は午前様も多く、昨夜も家に帰り着いたのが3時頃。飲み過ぎ&寝不足なり。

 眠い目をこすりつつ早めに起床し、実家に出かける嫁さんを車で駅まで送り、犬の散歩、洗濯、掃除、買い物など、主夫業をせっせとこなすうちにもう夕方である。夜は久々の独り身で、鱈の西京漬けを肴に日本酒をちびちびやりながら読書。

 ジャック・リッチーの『10ドルだって大金だ』読了。『クライム・マシン』に続いてイッキ読みである。ちょっともったいない気もしたが、この面白さは止まらない。
 とりわけ単に笑えることのみを追求すると、ノン・シリーズよりはターンバックル部長刑事ものがおすすめ。ロバート・L・フィッシュのシュロック・ホームズを彷彿とさせるオフ・ビート・ミステリで、実に笑えるのだ。鋭い推理で烈しく捜査を進めるものの、根本的なところが間違っていたりして、いつも流れは頓珍漢な方向に。しかも結果はオーライ。何ともひねくれたパターンで書かれているわけだが、これは作者の構成力がいかに高いかの証しとも言える。決してアイディアだけに頼る作家ではないのだ。ああ、玉石混淆になってもかまわないから、ターンバックル部長刑事ものだけで短編集をまとめてくれないかな。
 最後に収録作。

A New Leaf「妻を殺さば」
Play a Game of Cyanide「毒薬であそぼう」
The Enormous $10「10ドルだって大金だ」
The Fifty-Cent Victims「50セントの殺人」
Remains to Be See「とっておきの場所」
A Piece of the World「世界の片隅で」
Queasy Does It Not「円周率は殺しの番号」
Who Got the Lady ?)「誰が貴婦人を手に入れたか」
Kid Cardula「キッド・カーデュラ」
Nobody Tells Me Anything「誰も教えてくれない」
Variations on a Scheme「可能性の問題」
The Willinger Predicament「ウィリンガーの苦境」
The Connecting Link「殺人の環」
The Fifth Grave「第五の墓」


ジャック・リッチー『クライム・マシン』(晶文社)

 ジャック・リッチーの『クライム・マシン』を読む。一昨年の『このミス』で1位、『週刊文春』で2位という高評価を受けた短編集である。まずは収録作。

The Crime Machine 「クライム・マシン」
Where the Wheel Stops...「ルーレット必勝法」
For All the Rude People「歳はいくつだ」
Twenty-Two Cents a Day「日当22セント」
The Killing Philosopher「殺人哲学者」
Traveler’s Check「旅は道づれ」
The Absence of Emily「エミリーがいない」
Ripper Moon! 「切り裂きジャックの末裔」
Lily-White Town「罪のない町」
Memory Test「記憶テスト」
Some Days Are Like That「こんな日もあるさ」
The Hanging Tree「縛り首の木」
The Cardula Detective Agency「カーデュラ探偵社」
Cardula to the Rescue「カーデュラ救助に行く」
Cardula's Revenge「カーデュラの逆襲」
Cardula and the Locked Room「カーデュラと鍵のかかった部屋」
The Deveraux Monster「デヴローの怪物」

 いやぁ、しかしジャック・リッチーの短編集が出るとは夢にも思わなかった。ジャック・リッチーといえば、20年ぐらい前の『EQ』や『ミステリマガジン』には、エドワード・D・ホックやアイザック・アシモフ、ロバート・トゥーイ(この人も短編集が出るようです)、ルース・レンデルなんてところと並んで一緒によく短編が載っていたものだ。ただ当時は掲載作のレベルが平均して高かったせいか、もうひとつ目立ってなかったようなイメージがある(個人的にもアシモフの「黒後家蜘蛛の会」が一番のお気に入りであった)。それがこうしてかなりの時をおいて、いきなり絶大なる評価を受けるようになるのだから、世の中変わるものである。
 ジャック・リッチーの持ち味は、切れ味の鋭さとバランスのよさにあると思う。意外なオチであったりシュールな味もないことはないが、基本的には極めて直球のミステリだ。そういう意味では「異色作家短編集」に入るタイプではなく、確固たるミステリ畑の短編職人である。その短編職人の傑作ばかりを集めたのが本書『クライム・マシン』なので、これはもうつまらないわけがない。メジャーどころで比較すると、ジェフリー・ディーヴァーの『クリスマス・プレゼント』以上に愉しめると断言しておこう。おすすめ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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