仕事が立て込んできて、ゆっくりした週末がなかなかとれない。本日もなんだかんだと動き回る。
で、移動の合間にようやく『大坪砂男全集3私刑』を読了。テーマ別に編まれた本全集の、これはサスペンス編となる。

「私刑(リンチ)」
「夢路を辿る」
「花売娘」
「茨の目」
「街かどの貞操」
「初恋」
「外套」
「現場写真売ります」
「第四宇宙の夜想曲」
「密航前三十分」
「ある夢見術師の話」
「男井戸女井戸」
「ショウだけは続けろ!」
「電話はお話し中」
「危険な夫婦」
「彩られたコップ」
「二十四時間の恐怖」
「ヴェラクルス」
収録作は以上だが、これに加えて、エッセイや「私刑(リンチ)」を原作にした劇画等を収録したり、また、中島河太郎や木々高太郎が大坪砂男について書いた評論随筆の類も収録するなど、編者日下氏は相変わらず良い仕事をする。
とりわけ中島河太郎が『小説推理』に掲載した「大坪砂男——推理作家群像11」は、大坪砂男が探偵作家クラブの運営費を使い込んだ事件について書かれた、数少ない資料である。大坪の実力を認めながらも、中島氏にしては珍しくけっこうな辛口でその人間性についても書いており、当時の関係性がうかがえて興味深い。
まあ、この中島氏の文章に限らず、大坪砂男の人間性に問題のあったことはいろいろなところで書かれているが、作品の評価と別問題であることは言うまでもない。本書の収録作も十分に満足できるものばかりである。
大坪砂男の魅力はまず文体や語りの妙にあると思うのだが、『大坪砂男全集2天狗』を読んだとき、ストーリー作りや発想の豊かさもずいぶん見直したものだった。本書では〈サスペンス編〉というまとめ方に拠るところも大きいのだろうが、一層その感を強くした。
筆頭はやはり表題作の「私刑(リンチ)」だろう。自ら荒涼たるセンチメタリズムを目指したというこの作品は、野師の清吉と語り手との因縁を描いているだけでなく、捻りもしっかりと効いていて、本格探偵小説とは違う路線での大きな成果だろう。文句なしの傑作。
「花売娘」や「街かどの貞操」「現場写真売ります」は同じように裏社会を扱うが、都会的なイメージの作品でこれまた楽しい。かの日活映画を彷彿とさせる。
「茨の目」は他愛ないといえば他愛ない。殺人を目撃したのぞき男が警察に密告したことから逆に犯人と勘違いされ……というお話。のぞき男の心理の移り変わりが面白い。
いわゆる本格に近い楽しみを求めるなら、「ある夢見術師の話」「男井戸女井戸」がおすすめ。ことに「ある夢見術師の話」は独特の文章もあいまって、幻想的な導入部が実に印象深い。ただB章以降がユーモラスでちょっとバランスは悪いけれど(苦笑)。
さて、残るはいよいよ四巻の『零人』のみか。ううむ読むのがもったいないなぁ。