読んでも読んでも積ん読が減らない論創海外ミステリを本日も読了。ものはミルワード・ケネディの『霧に包まれた骸』。
著者のミルワード・ケネディはイギリスの本格黄金時代の作家。著作がそこそこある割に、我が国では紹介もほとんどされず、長らく幻の作家の一人であったが、国書刊行会の「世界探偵小説全集」の一冊として刊行された『救いの死』、新樹社から出た『スリープ村の殺人者』で多少はその存在が知られるようになった。
とはいえ、その二冊が大評判になるとか、ましてやブレイクするようなこともなく、正味は相変わらず忘れられた作家扱いである。
ただ、オーソドックスな『スリープ村の殺人者』はともかくとして、『救いの死』はバークリーを彷彿とさせるようなひねくれた作品で、探偵という存在そのものに着目して掘り下げたという点で、なかなか面白かった記憶がある。読後感がかなり微妙なので好き嫌いが分かれたのだろうが、もっと注目されてもよい作品だったのに残念なことだ。
さて、そんなミルワード・ケネディの久々の邦訳が『霧に包まれた骸』である。
深夜のロンドン。深い霧のなかを歩いていたメリマン氏がうっかり躓いたのは、パジャマ姿の死体だった。被害者の身元はすぐに割れ、ブラジルから帰国したばかりで、トレーラーハウス暮らしのヘンリー・ディル氏であることが判明。遺留品や目撃情報も集まり、捜査は順調に進むと思われたが……。

全体的な作りとしては、オーソドックスな英国調本格探偵小説である。コーンフォード警部を中心とした地道な捜査によって物語は進み、新たな証拠、新たな関係者が現れ、そこからさらに推理が発展するといった按配で、ストーリーはいたって地味。トリックには多少面白いところはあるものの、それで作品を引っ張るほどの力はない。
ただし、それだけでは済まされない変な魅力があるのも確か。
説明が難しいが、しいていえば微妙なオフビート感といったところか。事件が進むにつれて手がかりや証拠が次々にあらわれ、その度に推理がひっくり返ってゆく。地道な捜査ながらも真相には着実に近づいていくというのが普通のミステリだろうが、本作のコーンフォード警部などはけっこう無理矢理な仮説を立てては捨て立てては捨てといった具合なので、正に一歩進んで二歩下がる展開。容疑者や事件の構図が変わるぐらいは当たり前で、被害者も二転三転、挙げ句は探偵役まで霧に包まれる始末だ。
この脳内ドタバタとでもいうべき、くどいぐらいの試行錯誤が本作のミソといえばミソなのである。
さらには味つけとして英国ミステリによく見られる緩いユーモアが加味され、これが試行錯誤する様子と相まって独特の雰囲気を作っている。本作の魅力はそこに尽きる。
本書の解説では粗も指摘されているが、それを差っ引いても個人的にはまずまず楽しめる一作であった。