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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

レオ・ブルース『ブレッシントン海岸の死』(ROM叢書)

 レオ・ブルースの『ブレッシントン海岸の死』を読む。同じくROM叢書から刊行された『死者の靴』のあとがきで、訳者の小林晋氏からブルース長篇の完全紹介を目指すという力強い宣言があったけれども、その最新刊である。

 まずはストーリー。歴史教師のキャロラス・ディーンは従兄弟の女優フェイ・ディーンからの手紙を受け取った。殺人事件に巻き込まれたので助けてほしいというのだ。
 手紙によると、フェイはが早朝の海岸を散歩中、招待されていたミステリ作家リリアン・ボマージャーの死体を発見したという。しかも砂浜で首から上だけを出して埋められるという異様な状態で。
 ディーンが調査を始めると、すぐにリリアンの暴君ぶりが露わになり、家族や使用人は容疑者だらけとなってゆく……。

 ブレッシントン海岸の死

 実は本作は、本国でもそれほど世評が高くない作品だという。一読すると、確かにいろいろ粗の多い作品であることはわかる。そのなかでも特にガッカリするのが、強いインパクトを残す冒頭の被害者の姿の謎が、実にあっさりと流されていることであろう。
 その真相はあまりに腰砕けであり、しかもなぜそこに行き着いたのか論理的な説明もほぼない。いつもの著者なら、ここでとんでもない解釈を持ってくるのだが、本作にはそのキレがないのが残念だ。
 とはいえメインとなる趣向はなかなか実験的であり、他の作家で有名な作品もあるものの、その狙いは悪くない。むしろブルースなりの味付けがなされていて、他の本格作家の凡作よりはよほど楽しめる。

 ちなみに書かれた時期としては1950年代であり、作品的には『ハイキャッスル屋敷の死』と『ジャックは絞首台に!』の間に位置する。決してスランプの時期ではなく、むしろ安定して作品を発表していた時期である。
 ただ、この頃のレオ・ブルースがどれだけ売れていたのかは知らないが、もしかするとビジネス面での苦悩がいろいろあって、調子を崩してしまったのではないだろうか。
 というのも本作には、そういうことを暗示させるような描写がちらほら目につくのである。たとえば登場人物の一人がキャロラスに対して、「事件が中だるみを起こしている」「容疑者をずっと尋問し続ける古臭い探偵小説」「もっとサスペンスが必要」などと言ってみたり、ラストの謎解きシーンでは「犯人の名前を隠して説明されてもわかりにくい」と自虐的なギャグを入れるようなところもある。
 さらにはゴリンジャー校長がエッセイ(自伝?)を出版するという話にキャロラスがギョッとするエピソードが出てくるのだが、これもけっこう暗示的で、つまらない作品が売れるという風潮に対するやっかみみたいなものが感じられるエピソードではないだろうか。

 まあ、勝手な想像でしかないけれど、本作はそういう著者の迷いみたいなものが入り込み、その結果、いつもの実力を発揮できなかった作品ともいえる。レオ・ブルース・ファンとしてはやはり楽しい一冊であった。

レオ・ブルース『レオ・ブルース短編全集』(扶桑社ミステリー)

 『レオ・ブルース短編全集』を読む。現時点ですべてのレオ・ブルースの短編を集めたもので、元本は1992年に刊行された『Murder in Miniature: The Short Stories of Leo Bruces』。
 ところがこの本の刊行時点では短編全集だったのに、その後、過去に二短篇が新たに発見されたり、それどころか未発表原稿が十作も見つかる始末。本書の訳者であり、レオ・ブルース研究家でもある小林晋氏は。その未発表原稿の所持者と交渉し、無事に現存する全短編を入手し、こうして世界で唯一の『レオ・ブルース短編全集』ができあがった。この辺りの交渉もマニア同士ならではの面白さがあるので、詳しくは解説を参照されたい。
 それにしても母国語ですら活字になっていないブルースの作品が、こうして日本語で読めるとはなんという幸せ。海外のマニアはさぞや悔しかろう(笑)。

 レオ・ブルース短編全集

■『Murder in Miniature, The Short Stories of Leo Bruce』収録短編
Clue in the Mustard(Death in the Garden)「手がかりはからしの中」
Holiday Task「休暇中の仕事」
Murder in Miniature「棚から落ちてきた死体」
The Doctor's Wife「医師の妻」
Beef and the Spider「ビーフと蜘蛛」
Summons to Death「死への召喚状」
The Chicken and the Egg「鶏が先か卵が先か」
On the Spot「犯行現場にて」
Blunt Instrument「鈍器」
I, Said the Sparrow「それはわたし、と雀が言った」
A Piece of Paper「一枚の紙片」
A Letter of the Law「手紙」
A Glass of Sherry「一杯のシェリー酒」
The Scene of the Crime「犯行現場」
Murder in Reverse「逆向きの殺人」
Woman in the Taxi「タクシーの女」
The Nine Fifty-Five「九時五十五分」
Person or Persons「単数あるいは複数の人物」
The Wrong Moment「具合の悪い時」
A Box of Capsules「カプセルの箱」
Blind Witness「盲目の狙撃者」
Deceased Wife's Sister「亡妻の妹」
Riverside Night「湖畔の夜」
Rufus-and the Murderer「ルーファース—そして殺人犯」
The Marsh Light「沼沢地の鬼火」
A Stiff Drink「強い酒」
Into Thin Air「跡形もなく」
A Case for the Files「捜査ファイルの事件」

■死後、発掘された短篇
Beef for Christmas「ビーフのクリスマス」
The Inverbess Cape「インヴァネスのケープ」

■未発表短編
Rigor Mortis「死後硬直」
Spontaneous Murder「ありきたりな殺人」
A Smell of Gas「ガスの臭い」
Behind Bars「檻の中で」
The Devil We Know「ご存じの犯人」
Name of Beelzebub「悪魔の名前」
From Natural Causes「自然死」
Murder Story「殺人の話」
We Are Not Amused「われわれは愉快ではない」
The Door in the Library「書斎のドア」

 収録作は以上。作品数の多さからわかるように、非常に短い作品ばかりである。主に新聞や雑誌に掲載された息抜き的な作品なので、味わいやコクという点で弱くなるのは仕方ないだろう。しかし、アイデア一発で楽しませる読み物としては十分である。本書にはビーフ、ノンシリーズどちらも収録されているが、構成的に形がパターン化しやすいビーフものよりは、ノンシリーズ作品の方が面白いものが多かった印象である。
 ただ、多少なりともボリュームがあれば、ビーフものは俄然味わいが出てくる。「ビーフのクリスマス」はそういう意味でやはり面白い。ビーフの無遠慮なところが性格づけだけでなく伏線になっているのも上手いし、犯人の過ちを「わしをみくびったこと」と締めるところなどビーフの真骨頂だ。
 実は本書に収録されている作品のうち、数作は湘南探偵倶楽部版で読んだことがあるが、そのときは作品が短いこともあってビーフの性格づけが今ひとつピンと来なかったのだが、まとめて読んでようやく腑に落ちた感じである。

 なお、本書には元本の編者であるベイス氏による序文、未発表原稿の持ち主エヴァンズ氏による寄せ書きも掲載されており、これがまた興味深い。キャロラス・ディーン誕生の理由やビーフ復活の話などが語られるのも面白いし、その背景なども理解できる。ブルースの作品にはどこか屈折したところが感じられるのだが、その理由も少しだけわかった気がした。
 ともあれレオ・ブルースのファンは必読必携の一冊。


レオ・ブルース『死者の靴』(ROM叢書)

 今月はいよいよ扶桑社ミステリーで『レオ・ブルース短編全集』が出ることもあり、その前に景気付けというか前祝いということで、これまたとっておきのROM叢書からの一冊『死者の靴』を』を引っ張りだしてみた。

 こんな話。モロッコのタンジールからロンドンに向かう貨物船サラゴサ号。その乗客の一人、ラーキンは大声や不作法で他の乗客から嫌われていたが、さらには殺人容疑の噂まで上がっていた。ロンドンで散歩中に大富豪グレゴリーが殺害され、ラーキンはその現場の近くで目撃されており、しかも事件後すぐにタンジールへ逃げていたのだ。さらには警察の調査で、グレゴリーから度重なる送金を受けていた事実も明らかになっていた。
 ところがロンドン到着も近いある日の夜、船から誰かが落ちる騒動があり、ラーキンの姿だけが見当たらない。調査を始めた船長は、ラーキンの部屋でグレゴリー殺害と自殺を示唆する書置きを発見した。だが乗客の一人ローパー夫人はこれが他殺ではないかと考え、船から降りると歴史教師の素人探偵キャロラス・ディーンに一報を入れる……。

 死者の靴

 『ミンコット荘に死す』『ハイキャッスル屋敷の死』の間に書かれた1958年の作品。ディーンものとしては四作目だが、ブルースの長編としては十三作目。そういう意味では中期ぐらいの作品といっていいのかもしれない。
 如何せん後期の作品がほぼ未訳なので作風の移り変わりなどは把握していないが、中期頃の作品に関してはディーンものがスタートして安定的に長編を発表していた時期でもあり、邦訳されたものについてはほぼハズレがないのが素晴らしい。どころか最低でも佳作レベルというアベレージの高さである。本作もその例に漏れず、十分に満足のいく一冊であった。

 ただ、メイントリックがいつもより読まれやすいというか、1958年発表ということを考慮しても、少し古い感じは否めない。基本的にはメインとなる仕掛けでほぼ一発勝負。それを柱にしてユーモアで味付けしたシンプルなミステリである。個人的に著者のセンスが好み(仕掛けや作風すべて込みで)ということもあるので、やや甘い基準にはなるが、語り口は楽しいし、ミスリードが上手いので、そこまでバレバレという感じではない。
 その一方で、相変わらず地味ではあるものの、航行中の貨物船で事件が幕を開けたり、中盤でもディーン自身がモロッコに向かったりと、ストーリーとしては比較的珍しい趣向があってその辺は楽しいところだ。もちろんゴリンジャー校長との掛け合いなどはいつもどおり絶好調である。

 なお、「訳者あとがき」によると小林晋氏は今後も年一作のペースで長編を刊行し、日本語版全集完成を目指したいとのこと。まだまだ作品は残っているが、ぜひ頑張っていただきたいものだ。期待しております。

レオ・ブルース『ビーフと蜘蛛』(湘南探偵倶楽部)

 この週末は法要で京都へ。こちらが施主側なので多少は気をつかうが、このご時世なのであくまでこぢんまりと開催し、かつ粛々と進めて、最後に親族一同で食事会をしておひらき。それほど忙しいわけではないけれど、ひとりの時間はそうそう取れるはずもなく、読書は行き帰りの新幹線程度である。ただ、それもほとんど寝て過ごしてしまったが。

 というわけで読書中の本をまだ読み終えておらず、そちらはいったん中断して、湘南探偵倶楽部の小冊子を消化する。ものはレオ・ブルースの『ビーフと蜘蛛』。
 なぜかブレイクするところまではいかないが、ROM叢書からは先日『死者の靴』も届いているし、扶桑社では『レオ・ブルース短編全集』が進行中。消えそうで消えないレオ・ブルース紹介の灯というところだが、でも実力と面白さを考えれば、もう少し人気が出てもおかしくない作家のはず。日本で売れないのが本当に不思議である。

 ビーフと蜘蛛

 さて、今回の短篇はこんな話。レンガ工場を経理するウィリアム・ピトケインが車で出勤巣途中に行方不明となり、30マイル離れたところで他殺死体となって発見された。容疑者は金に困っており、ウィリアムの全財産を相続した弟のオズワルドだが、彼には鉄壁のアリバイがあった。ビーフ巡査部長は蜘蛛の習性にヒントを得て謎を解明する。

 ショートショートぐらいの短い作品。ビーフ巡査部長の発想と着眼点がミソではあるが、そこまで凝った内容ではなく、後出しの説明なので本格としてもフェアではない。やはりあまりに短い作品では、レオ・ブルースの良さは発揮しにくいかな。
 トリックの性質や謎の解明方法などを考慮すると、おそらく本作は倒叙にしたほうがストーリー的には面白く読めたように思う。『からし菜のお告げ』でもそんな印象を受けたのだが、こと短篇に関してはビーフ巡査部長ものはコロンボと相通ずるところがあるような気がする。

※2021.12.21追記
ビーフ巡査部長がビーフ部長刑事になっていると、コメントで指摘を受けたので慌てて修正。頭では巡査部長とキーを打っているつもりだったが、まったく無意識に部長刑事と打っていたようだ。恐ろしい。

レオ・ブルース『矮小人殺人事件』(湘南探偵倶楽部)

 本日もさらっと湘南探偵倶楽部さんの小冊子でお茶を濁す。1993年に刊行されたレオ・ブルースの短編集の表題作でもある Murder in Miniatureの邦訳『矮小人殺人事件』。ビーフ巡査部長が過去に起こった事件を語るというスタイルである。

 矮小人殺人事件

 ビーフが列車でロンドンに向かっていたときのことである。三等席で物思いに耽っていると、列車が大きく揺れた拍子に、網棚から大きな何かが膝の上に落ちてきた。ビーフが目をやると、それは80cmほどの小人の男性の死体、しかもリトル・マンボーの名で知られるサーカスのスターであった……。

 強烈な導入だが、ブルースにしてはそこまで凝ったネタではなく、むしろ悪い冗談を読まされたような感じだ。書かれた時代を考えると仕方ないところではあるが、著者の偏見も感じられるし、いろいろな意味でこれはいまひとつ。

 本筋とはあまり関係ない話だが、本作ではビーフ巡査部長の高慢なところ、自意識過剰なところがずいぶん顕著である。やはり湘南探偵倶楽部から出た「休日のミッション」ではずいぶん大人しかったのに、どうにも掴みにくいキャラクターである。レオ・ブルースの全作品が訳されれば、そういう疑問も解決するのだがなぁ。

レオ・ブルース『休日のミッション』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部版のレオ・ブルース短編をもう一冊。ビーフ巡査部長ものの『休日のミッション』である。

 休日のミッション

 ビーフがフランス・ノルマンディーで休暇を過ごしていたときのこと。たまたま旧友のレオタール刑事に出会い、捜査に付き合うことになる。
 なんでもノルマンディーの刑務所に赴任してきたばかりの看守長ポインステウが車で崖から墜落したらしい。ポインステウはフランス中の囚人から最も嫌われている看守で、赴任に伴い、この地に引っ越してきたばかり。特に自殺の原因らしきものはなかったものの、現場の状況は自殺を示していた。
 ただ、ひとつだけ奇妙だったのは、彼が官舎から車で出て行った痕跡がないことであった……。

 昨日読んだ『からし菜のお告げ』とは異なり、こちらはトリックをメインに据えた作品。ボリュームは小さいので、ほぼトリック一発勝負という感じである。悪くはないが、さすがに今読むと古さを感じるのは仕方ないところだろう。

 ところで『からし菜のお告げ』同様、本作も端正な本格作品であり、ビーフもいたってまともな人間に描かれているのが興味深い。長篇のような捻くれ方は微塵もなく、名前を伏せられるとビーフものとはとても思えないほどである。ボリュームゆえにそこまで味付けには拘らなかったのか、短篇と長篇で書き分ける狙いがあったのか、それともたまたまそういう作品だったのか?
 気になるところではあるが、噂になっているレオ・ブルースの全短編集が出れば、この辺も明らかになるはずだ。待ち遠しいかぎりである。

レオ・ブルース『からし菜のお告げ』(湘南探偵倶楽部)

 レオ・ブルースをもういっちょ。といっても本作は短編で、湘南探偵倶楽部さんが新訳したもの。
 ビーフ巡査部長ものの一編で、ビーフが語り手(名前は出てこないが、おそらくタウンゼンド?)に、最初に手がけた大事件を話して聞かせるという設定である。

 からし菜のお告げ

 二十年以上も前のこと、ビーフがロングカテレルという小さな村に巡査として赴任していた頃の話である。ビーフがマスタードやクレソンを栽培するため、庭先を借りていた家の老婦人クラクリスが死亡するという事件が起こった。状況から突発的な心臓発作かと思われたが、遺体に奇妙な点がいくつか見られ……。

 遺体の奇妙な点が何を意味しているのか、医師から説明を聞いたビーフが、あることに気づいて真相を見抜く。長篇ではあれだけクセの強い作品ばかり書いているのに、思いのほかスマートな作品で驚いてしまった。全然、長編と違うじゃん(笑)。

 犯人はほぼ最初から明らかなので、読みどころは殺害方法となるところだが、一番感心するのはトリック云々よりも、ビーフが最初に怪しいと気づいたきっかけだろう。これはコロンボでもよくあるパターンだが、考えると本作も倒叙で全然いけそうな内容であった。三十分ほどのドラマにしたら、かなり楽しめそうだ。

レオ・ブルース『ビーフ巡査部長のための事件』(扶桑社ミステリー)

 今年の二月ごろ、ほぼ予告もなく扶桑社ミステリーから刊行されたレオ・ブルースの『ビーフ巡査部長のための事件』を読む。
 まあ何らかの事情はあったのだろうが、せっかくのレオ・ブルースなので、版元はもう少し前宣伝して盛り上げてほしかったところだ。作品自体はいつも素晴らしいし、評判も悪くないのに、いかんせんセールスにはなかなか結びつかないようで、何とも残念なことである。
 そんなわけで、微力ながら少しでもレオ・ブルース普及の助けになればということで、本日も感想をアップしておこう。

 こんな話。英国はケント州、バーンフォードという小さな村で暮らすショルターという婦人が、私立探偵を営むビーフのもとを訪ねてきた。先ごろ亡くなった兄の死の真相を突き止めてほしいという。ビーフは渋る事件作家のタウンゼンドを誘い、さっそくバーンフォードに向かう。
 その一年前のこと。バーンフォードに移住してきた元時計職人のウェリントン・チックルという男がいた。彼はある目的のもと、その目的とは芸術的な殺人だった。そのための計画をたて、準備を整え、絶好のタイミングがきたように思えたが……。

 ビーフ巡査部長のための事件

 まず結論から書いておくと、いつもどおりのレオ・ブルースというか、安定した捻くれ度合いで非常に楽しめた。

 嬉しいのは、本作のシリーズ探偵がビーフ巡査部長であるということ。歴史教師キャロラス・ディーンものも悪くないけれど、ビーフものはワトスン役のライオネル・タウンゼンドも合わせてキャラクターが個性的で、その掛け合いがまた面白い。
 事件そのものも魅力的だ。レオ・ブルース作品の唯一の弱点は地味なストーリーだと思うが、本作についてはニコラス・ブレイクの傑作『野獣死すべし』よろしく、チックルの手記を冒頭に用意するという構成であり、倒叙的なアプローチをとってくるのが興味深い。

 とはいえ、それらは本作の表面的な見方にすぎない。キャラクターの掛け合いにしてもストーリーにしても、本作(というか本シリーズ)の本当の面白さ、魅力というのは、ミステリの定石を外してみせるところにある。ちょっと大げさにいえばメタ的な要素が常にアイデアのベースにあり、それがミステリファンの心をくすぐるわけである。
 たとえばストーリーについては、「おお、今回は倒叙でくるのか」と思いきや、警察側の容疑者はチックル以外の人物に絞られ、なかなか著者の狙いが読めない。そこで「ラストでは思いもよらない方法でチックルの犯行の穴を突くのだろうか?」と考えるが、「それではあまりにオーソドックスすぎないか」となる。そんなもモヤモヤのままラストへ突入し、まったく異なる角度から真相を見せられて、思わず笑ってしまうわけである。

 惜しむらくは、そういった著者の狙いがそこそこミステリを読んでいる人向けであることだろう。ミステリをまったく読んだことがないという人には、本作の意図が完全に伝わらない可能性はある。真相については、リアルに怒る人がいるかもしれない(笑)。
 著者のメタ的アプローチはミステリの可能性を検証しているともいえるし、パロディの世界で遊んでいるような感じもあるのだ。
 ただ、そういったひねくれた趣向を遠慮なくぶっ込んでくることが、他の作家にはないレオ・ブルース独特の魅力であることは間違いないだろう。

 ううむ、皆、感づいているのだろうが、こういう捻くれた面白さがセールスに結びつきにくいのだろうな(苦笑)。


レオ・ブルース『冷血の死』(ROM叢書)

 レオ・ブルースの『冷血の死』を読む。近年はずいぶん古い作家の紹介も進んできたが、ブレイクしそうでしないのがレオ・ブルース。それでもひと頃は扶桑社ミステリーや創元推理文庫でぼちぼち新刊が続いて出るようになったので、ようやく軌道に乗ったのかと思っていたら、本作はまたまた同人師〈ROM叢書〉での発売となった。
 もちろん同人が悪いわけではないけれど、こんなに面白い作家なのに、なんで普通に売れないのかなという疑問がずっとある。なかなか上手くいかないものだなぁ、と思っていたら、本書の発売後すぐに扶桑社ミステリーで新刊が発売されたりして、いや、同人と商業出版でほぼ同時に発売される作家てなんなん? 本当にレオ・ブルースの人気はよくわからない。

 こんな話。オールドヘイブンの町長ウィラルが失踪し、その後、溺死体で発見された。最後に目撃されたときには桟橋で釣りを楽しんでおり、おまけに孫が生まれるという日でもあったため、とても自殺とは思えない。警察ではあっさり事故で片付けられることになったが、ウィラルの娘夫婦としては、ウィラルが事故に遭うというのもいまひとつ納得がいかない。そこでたまたまオールドヘイブンにきていた休暇中のキャロラス・ディーンに調査を依頼するが……。

 冷血の死

 本作は『死の扉』に続く歴史教師キャロラス・ディーンものの第二作である。基本的には『死の扉』のスタイルをほぼ踏襲しており、キャロラスが事件関係者に聞き込みしていく様が、ほとんど全編にわたって描かれる。まあ、キャロラス・ディーンものはそもそもこのパターンばかりなんだが、それでも終盤になって第二の事件が発生し、そこからの動きはけっこうハッタリも効いていて盛り上がる。

 もちろんブルースのファンであれば、一見、退屈と思われる聞き込みの場面こそ楽しめるところではある。数々の伏線が散りばめられ、そこから手がかりを見つけ出す楽しさもあれば、キャロラスと町の人々とのユーモラスなやりとりもそう。ストーリー同様、それらも派手さはないのだけれど、読めば読むほど味わいがあるのだ。
 個人的に本作で気に入ったのは、町の人気者だと思われていた町長ウィラルに対し、意外に恨みや殺害動機を持つ者が徐々に判明していくところか。通常のミステリのパターンだと、被害者の思わぬ二面性が明らかになって人間の怖さみたいなものを浮き彫りにするところだが、レオ・ブルースは違う。町の人気者として登場させておきながら、そこから「実は人気者の正体なんてこんなものさ」と落とす意地悪さの方が強いのだ(笑)。
 ミステリに対して斜に構えたところがあるのは著者の大きな特徴だと思うが、それはこういう人物の見方においても表れており、それが全体からじわっと滲み出て、それがまた味わいにつながるのである。

 謎解きの部分に目をやると(ネタバレ防止のため、やや曖昧な書き方になるけれど)、解説でも触れられているとおり、ちょっとした疵があるのが惜しい。また、多くの関係者の人物像を浮き彫りにしているにもかかわらず、肝心のところで描写が浅い部分があるのも残念。その結果、著者のその他の代表作よりはやや落ちるという印象ではあるが、それでも意外な真相含め、謎解きミステリとしては十分に楽しめるし、年末ベストテンに入っていてもおかしくはないレベルなのである。
 とにかく、こういう作品が同人でしか読めないという状況は悲しいとしか言いようがない。なんとか創元や扶桑社に打破してもらいたいものだ。

レオ・ブルース『ハイキャッスル屋敷の死』(扶桑社ミステリー)

 レオ・ブルースの『ハイキャッスル屋敷の死』を読む。レオ・ブルースの直近の作品というと、同じ扶桑社から『ミンコット荘に死す』が二年ほど前に出ているが、いやあ、なんという歩みの遅々としたことか。論創ミステリのペースで出版してくれとは言わない。二年ぶりに出してくれるだけでも十分にありがたいのだけれど、少しだけ欲を言わせてもらえれば、せめて一年に一作ぐらいのペースにしてくれないものだろうか。
 まあ、セールスありきなので売れないことにはどうしようもないのだが、こんなに面白い作家の小説がなぜいまひとつ人気が出ないのか、そしてプッシュしてくれる版元が現れないのか実に不思議である。
 今はなき社会思想社のミステリボックスというレーベルから『ジャックは絞首台に』が出たのが1992年。そこから通算九作品が出版されたが、たった九冊で版元は社会思想社→国書刊行会→新樹社→原書房→東京創元社→扶桑社というぐあいに移り変わっている。思うにどの版元でも興味を持ってくれる編集者はいたとは考えられるのだが、それが読者への人気や売れ行きに直結しないため単発で終了してしまうということなのだろう。ただ、これはあくまで想像でしかないので、もしかするともっととんでもない理由があるのかもしれないけれど。

 愚痴みたいな前ふりになってしまったが、さて本題の『ハイキャッスル屋敷の死』である。まずはストーリーから。

 歴史教師にして素人探偵のキャロラス・ディ−ンだが、その探偵活動を快く思わないゴリンジャー校長。ところがそのゴリンジャーから貴族の友人ロード・ペンジの苦境を救ってくれと依頼される。ペンジのもとに謎の脅迫状が送られてくるのだという。
 最初は断っていたキャロラスだが、ペンジの秘書が主人のオーヴァーをきて歩いていたところ射殺されるという事件が起こり、しぶしぶ現地に訪れることになる……。

 ハイキャッスル屋敷の死

 ネットの評判がいまいちだったので少し心配していたのだけれど、いや、このレベルなら全然OKではないか。管理人としては十分に楽しめた。
 確かにこれまでの作品に比べると大技がないとか、トリックがしょぼいとか、解説で真田氏が挙げている欠点(特に三つ目)はあるのだけれど、それを補うだけの魅力がある。

 まずはプロットの巧さ。もともと大掛かりなトリックを使わない作家であり、真相をカモフラージュし、最後に事件の様相を反転させる仕組み作りが巧いのである。もちろん、ただビックリさせるのではなく、それらを論理でもって、きちんと本格探偵小説としてまとめあげるテクニックもまた素晴らしい。
 本作には二つの大きな事件が発生するのだが、単独であれば読まれやすい事件なのに、二つの事件を繋ぐことによって真相を見事にカモフラージュしてゆく。豪速球というわけではなく、かなりのクセ球ではあるのだが、思えばこれがレオ・ブルースの常套手段であり、ならではの魅力なのである。

 ストーリーは地味ながら、決して退屈するところがないのも相変わらずでよろしい。本作はいつもよりユーモアが少ないという声も耳にするが、管理人的にはどこが?と聞きたいほどである。
 否定形でしか話さない厩番、しゃべりすぎて自己完結する夫人なども楽しいけれど、やはりゴリンジャー校長の存在感はピカイチ。特に終盤での絡みはさすがに想定外で、いやあ、いろいろやってくれる。

 これまでの作品に比べるといろいろ不満も出てくるのだろうが、個人的には作者の本格に対するセンスやユーモアがとにかく好ましい。読めば読むほど味が出る作家。今後もなんとか翻訳が続くことを望みたい。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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