『レオ・ブルース短編全集』を読む。現時点ですべてのレオ・ブルースの短編を集めたもので、元本は1992年に刊行された『Murder in Miniature: The Short Stories of Leo Bruces』。
ところがこの本の刊行時点では短編全集だったのに、その後、過去に二短篇が新たに発見されたり、それどころか未発表原稿が十作も見つかる始末。本書の訳者であり、レオ・ブルース研究家でもある小林晋氏は。その未発表原稿の所持者と交渉し、無事に現存する全短編を入手し、こうして世界で唯一の『レオ・ブルース短編全集』ができあがった。この辺りの交渉もマニア同士ならではの面白さがあるので、詳しくは解説を参照されたい。
それにしても母国語ですら活字になっていないブルースの作品が、こうして日本語で読めるとはなんという幸せ。海外のマニアはさぞや悔しかろう(笑)。

■『Murder in Miniature, The Short Stories of Leo Bruce』収録短編
Clue in the Mustard(Death in the Garden)「手がかりはからしの中」
Holiday Task「休暇中の仕事」
Murder in Miniature「棚から落ちてきた死体」
The Doctor's Wife「医師の妻」
Beef and the Spider「ビーフと蜘蛛」
Summons to Death「死への召喚状」
The Chicken and the Egg「鶏が先か卵が先か」
On the Spot「犯行現場にて」
Blunt Instrument「鈍器」
I, Said the Sparrow「それはわたし、と雀が言った」
A Piece of Paper「一枚の紙片」
A Letter of the Law「手紙」
A Glass of Sherry「一杯のシェリー酒」
The Scene of the Crime「犯行現場」
Murder in Reverse「逆向きの殺人」
Woman in the Taxi「タクシーの女」
The Nine Fifty-Five「九時五十五分」
Person or Persons「単数あるいは複数の人物」
The Wrong Moment「具合の悪い時」
A Box of Capsules「カプセルの箱」
Blind Witness「盲目の狙撃者」
Deceased Wife's Sister「亡妻の妹」
Riverside Night「湖畔の夜」
Rufus-and the Murderer「ルーファース—そして殺人犯」
The Marsh Light「沼沢地の鬼火」
A Stiff Drink「強い酒」
Into Thin Air「跡形もなく」
A Case for the Files「捜査ファイルの事件」
■死後、発掘された短篇
Beef for Christmas「ビーフのクリスマス」
The Inverbess Cape「インヴァネスのケープ」
■未発表短編
Rigor Mortis「死後硬直」
Spontaneous Murder「ありきたりな殺人」
A Smell of Gas「ガスの臭い」
Behind Bars「檻の中で」
The Devil We Know「ご存じの犯人」
Name of Beelzebub「悪魔の名前」
From Natural Causes「自然死」
Murder Story「殺人の話」
We Are Not Amused「われわれは愉快ではない」
The Door in the Library「書斎のドア」
収録作は以上。作品数の多さからわかるように、非常に短い作品ばかりである。主に新聞や雑誌に掲載された息抜き的な作品なので、味わいやコクという点で弱くなるのは仕方ないだろう。しかし、アイデア一発で楽しませる読み物としては十分である。本書にはビーフ、ノンシリーズどちらも収録されているが、構成的に形がパターン化しやすいビーフものよりは、ノンシリーズ作品の方が面白いものが多かった印象である。
ただ、多少なりともボリュームがあれば、ビーフものは俄然味わいが出てくる。「ビーフのクリスマス」はそういう意味でやはり面白い。ビーフの無遠慮なところが性格づけだけでなく伏線になっているのも上手いし、犯人の過ちを「わしをみくびったこと」と締めるところなどビーフの真骨頂だ。
実は本書に収録されている作品のうち、数作は湘南探偵倶楽部版で読んだことがあるが、そのときは作品が短いこともあってビーフの性格づけが今ひとつピンと来なかったのだが、まとめて読んでようやく腑に落ちた感じである。
なお、本書には元本の編者であるベイス氏による序文、未発表原稿の持ち主エヴァンズ氏による寄せ書きも掲載されており、これがまた興味深い。キャロラス・ディーン誕生の理由やビーフ復活の話などが語られるのも面白いし、その背景なども理解できる。ブルースの作品にはどこか屈折したところが感じられるのだが、その理由も少しだけわかった気がした。
ともあれレオ・ブルースのファンは必読必携の一冊。