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 探偵小説の感想を書くためのブログだというのに、なかなか読書が進まない管理人です。

 しかし、四月になりようやく一冊目を読了。マイケル・マーシャル・スミスの『スペアーズ』である。
 おそらくミステリファンにはあまり馴染みのない作家だろうが、それもそのはず、この人はSF作家なのである。ただ、内容は確かにSFだが、スタイルはノワールというかハードボイルドのそれであり、映画の『ブレードランナー』的なものを想像してもらえればよろしいかと。
 『スペアーズ』もそういう類の話で、とりあえず結論から書くと、これがなかなか楽しめた。

 舞台は巨大な飛行機、といってもそれはデパートやホテル、道路までをも内包した、床面積が15平方kmもある200階建ての巨大ビルである。それがリッチモンドに着陸以来、なぜか再び飛びたとうとはしなかった。やがて巨大ビルは周囲の街とも融合し、いつしかニューリッチモンドと呼ばれるようになる。だが人々は簡単にビルに入れるわけではなく、また、ビルに住む人々も階数によって完全な階級社会を敷かれていた。
 この世界で発達したのは工学だけではない。バイオテクノロジーも同様に発達し、人が産まれると同時に細胞を採取され、それを元にクローンを作っていた。要するに無理矢理双子を作るようなものである。だが、クローンの方は街から遠く離れた「農場」と呼ばれる場所で、ただ肉体的な成長だけを促される。そう、人間的な感情や心は不要なのだ。クローンは本人が怪我や病気で部位や臓器を失ったとき、その代わりを提供するだけの存在なのである。すなわち身体の「スペア」である。支配階級だけの特権として、この恐ろしいシステムは成りたっていた。
 それだけではない。この世界とはまた異なるレベルの「ギャップ」という異世界が存在する。リアルでもなくヴァーチャルでもないその世界へは、もちろん自由に行き来することはできないが、常にこのリアル世界とのパイプがあり、一般の人々もその存在だけは知っている。だがその世界の恐ろしさは、行った者にしかわからない、悪夢のような世界でもある。
 こんな世界へ久しぶりに舞い戻ってきた男がいた。とある事件をきっかけに街を離れていた元警官のジャックである。しかし、以前の面影は乏しく、今ではドラッグとアルコールに溺れる体たらく。しかも彼は数人のスペアを引き連れていた。いったいジャックに何が起こったのか。そしてどこへ行こうとしているのか……。

 いつもより多めにストーリーというか設定を書いたのは、少しでもこの変な世界観を伝えたいがためだ。とにかく作者が面白いと思ったネタを次々とぶち込んでいる感がある。ボリューム満点の設定なので、最初は状況を把握するだけでも大変。しかも構成や表現が粗っぽいというか、物語をいきなりトップギアに入れながらこの複雑な設定を徐々に明らかにしようとするものだから、最初の50ページぐらいはとりわけ厳しい。こちらもSFが久しぶりのこともあり、なかなか状況を消化しきれない。だが、そこさえ突破できれば、100ページ目あたりからは正に疾風怒濤の展開が待ち受ける。

 手法は上でも書いたが、あくまでノワールやハードボイルドだろう。SF的なお膳立てはしてあるが、「ギャップ」は「ベトナム」の比喩と見るのが妥当であり、「ギャップ」帰りの男は、心に深い傷を負った帰還兵たちだ。そんな悩み苦しむ男たちの代表が主人公ジャックであり、彼の言動は一時期アメリカで流行ったネオ・ハードボイルドのそれと酷似している。
 特別、気高い精神の持ち主というわけではない。薬や酒に流される弱さもあり、戦うことを怖れてときには逃げ出すこともある。しかし、人として、男として、ときには譲れないこともある。この不安定な心の中でのせめぎ合い。ボロボロになりながらも、自分で決めたルールだけは曲げたくないという意志。見どころは、やっぱりそこにある。
 ベトナム戦争、クローン問題などなど、いろいろな興味深い社会問題を孕みつつも、意地悪い言い方をすればそれは売らんがためのギミックに過ぎない。肝は主人公ジャックの生き様なのだ。卑しい街をいくヒーロー。ここにもまた一人。

 なお描写はやや過剰な面もあり。グロ描写が嫌いな人にはあまりおすすめできないので念のため。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



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