河出文庫から刊行されている本格ミステリコレクションの一冊、『島久平名作選 5-1=4』読了。
島久平に限らず、初めてこのシリーズの刊行を知ったときは、かなり驚いたものだ。と同時に本当に出るのかという不安もややあった。なんせ古いミステリファンやマニアにとっては垂涎もののラインナップだが、ごくごく普通の読書家やミステリファンには、それ誰?という名前が目白押し。採算が合わなくて、つまりまったく売れなかった場合、途中で打ち切りという可能性もけっこうあったと思う。
それがとりあえず第5巻まできたわけなので、まずは編者の日下氏と版元の河出書房に感謝。現在どの程度売り上げがあるのかは知らないが、ぜひ頑張って今後も続けてほしいものである。
さて、今回読んだ島久平だが、商業誌デビューは昭和二十三年二月。「街の殺人事件」で雑誌「黒猫」に登場した。シリーズ探偵は伝法義太郎で、本書に収録された中短編18編のうち17もの作品に登場しており、本書はさながら伝法義太郎の事件簿といったところだ。収録作は以下のとおり。
「街の殺人事件」
「雲の殺人事件」
「心の殺人事件」
「夜の殺人事件」
「村の殺人事件」
「兇器」
「白い野獣」
「男の曲」
「椿姫」
「雁行くや」
「わたしは飛ぶよ」
「三文アリバイ」
「犯罪の握手」
「鋏」
「悪魔の愛情」
「5−1=4」
「悪魔の手」
「女人三重奏」
とにかく本格としての姿勢が折り目正しくてよい感じ、というのが一読しての感想。紙不足など当時の世相を反映してか比較的短いものが多いが、その中でできるかぎり読者をアッと言わせようとするケレン味がある。
ただ、短すぎてどうしても全般的にコクが不足気味なのが惜しい。また、伝法探偵の「腕っ節も強くて人情家」という設定は、それだけならよいのだが、あまりに頭が良すぎるのと自信が強すぎるのが全面に出過ぎて、小説としての波乱をまったく感じさせないのももったない。しかし、ひとときの息抜きもまたミステリの大きな使命であるとすれば、この安心感は魅力だろう。確かに読後感はすこぶる良い。
特に気に入った作品は「5−1=4」「悪魔の手」「女人三重奏」。実はすべて中編である。やはりこのぐらいのボリュームがあった方が、小説としての味わいも深い。
「悪魔の手」は唯一、伝法義太郎が登場しない作品で、和製ルパンを目指したような展開。若い女性の一人称、文章の荒さなどもあって、好き嫌いがもろに分かれるだろうが個人的にはツボ。もっとも島久平のやりたいことが詰まっている作品なのではないかと思う。本格とかスリラーとかではなく、基本的にはハッタリをかますのが好きな人だったんだろうなぁ。