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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

イアン・マキューアン『アムステルダム』(新潮社)

 先日に引き続き、またまたびっくりするニュース。今月号のミステリマガジンを読んでいたら、ヘンリイ・スレッサーが亡くなったとのこと。スレッサーといえば、小粋でおしゃれでツイストとサビの効いたオチで知られるショート・ストーリーの名手である。ポケミスから出ている短編集はどれもおすすめ。ミステリを知らずとも、老若男女を問わずとも、安心して人に勧められる作家だっただけに大変残念。気のせいかどうも昨年から今年にかけて、ミステリ作家の逝去が多いなぁ。

 さて、本日の読了本は、イアン・マキューアン作『アムステルダム』。
 新潮社のクレスト・ブックスという叢書の一冊だが、本筋に入る前に言っておくと、このクレスト・ブックスというのは装幀がどれもむちゃくちゃオシャレでよい。しかもソフトカバーにするところに、編集者やデザイナーのセンスを感じる。願わくばずっと続けてほしいものだが、肝心の売れ行きはどうなんだろうなぁ? 気になる気になる。

 まあ、そんな話はさておいて、この『アムステルダム』である。作者のマキューアンはハヤカワ文庫の『イノセント』で日本初登場だったと記憶しているのだが、先日読んだグターソンの作品同様、ミステリの衣をまとって現れた普通小説だった。管理人は不幸にも前宣伝のせいでミステリとして過大な期待をかけて読んだため、『イノセント』はどうにもピントが定まらない印象しか残っていない。
 ところがその後のマキューアンの活躍を知るにつけ、もう一度読み直したい衝動にかられていたのである。そこで手にしたのが『アムステルダム』だった。

 舞台はロンドン。かつては妖しいまでに魅力的な女性だったモリーの葬儀に、三人の男たちが出席する。一人は作曲家、一人は新聞社の編集長、一人は外務大臣。彼らは過去にモリーとつき合ったことのある面々。その三人に、モリーの夫を加えた四人が、巻き起こす因縁の物語が幕を開ける。

 登場する男たちはそれなりに社会的地位を獲得した人物ばかりだが、普通の人間とそれほど差があるわけではない。それどころか極めてまともな人々である。ただ、多くのまともな人々と同じように、彼らもまた完全な良識を持つわけではなく、若干の欠点も備えている。その欠点がモリーの死によって拡大され、少しずつ転落の坂道を転がり始める。
 その過程を淡々と綴るマキューアンの描写がなかなかよい。比較的短いセンテンスで情景や心理をさくさく刈り込んでいく感じ、といったら、少しはわかるだろうか? いや、わからんな(笑)。
 とにかく読者をいい感じで不安にし、ともに堕ちていこうではないかと誘ってくれるのが上手い。主人公たちの行動に苦笑することはあっても、心から笑うことは決してできないはずだ。そして笑えない自分に気がつくと、マキューアンの思うつぼなのである。
 なお、この作品もほんの僅かながらミステリ的な味付けはされているが、決してミステリではない。この境界線上の物語というのが、好きな人にはとことん堪らないことを付け加えて本日はお終い。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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