刊行時からネットで少し評判になっていた叢書の話をひとつ。
ミステリ者にはあまり馴染みのない出版社だが、主に中高生向けの参考書を作っている真珠書院という版元がある。ここが昨年から始めたパール文庫という文芸系の叢書があるのだが、このラインナップがすごい。
ルイス・キャロルやフランシス・ホジソン・バーネット、小川未明、菊池寛あたりはまだわかるけれど、そういったメジャー系に混じって松本泰や小酒井不木、海野十三という戦前探偵小説の書き手が入り、さらには寺島柾史、大河内翠山、平田晋策、池田芙蓉という面々が既に刊行されている。いったい誰ですかというメンバー目白押し。
そもそもパール文庫の趣旨がわからなかったのだが、どうやら選者の江藤茂博氏が子供の頃に読んで気に入った作品を、現代の若者にも読んでもらおうという企画意図らしい。ジャンル不問であり、本の「面白さ」のみに絞ったセレクト。昔の読み物だから中にはいいかげんなものもあるけれど、その大らかさやほのぼのとした感じは、逆に今でこそ新鮮に映るのでは、という期待もあるらしい。
それにしても無茶なラインナップだ(笑)。
確かに昔の読み物でも面白いものは多い。管理人も普段からそういう読書を実践している一人である。だが、せっかく高校生に読んでもらいたいと思うのなら、もう少し普通に面白い作品、知られた作家でもよいだろうに。たとえある作家を気に入って、次を読もうと思ったとしても、他の作品が手に入らない作家ばかりだものなぁ。
ちなみに寺島柾史は少年向けの冒険小説、大河内翠山は時代物、平田晋策は戦記物、池田芙蓉は少年少女向け小説を書いていた作家で、共通項は主に活躍時期が戦前だったということぐらいである。
このあたりの作家も実は面白いのかも知れないが、松本泰が入っている時点でかなりリスキーな予感はある(笑)。松本泰なんて、今の若い人どころかミステリマニア相手にもオススメしにくい作品ばかりだ。当時の探偵小説を読ませるなら、もっと他にオススメはあるのに、何ゆえの松本泰。
小酒井不木だって論創社で既に全作紹介された少年科学探偵ものであり、それから間引いたものをまとめただけで、極めて疑問のセレクトである。
狙いは理解できるけれども、せめてもう少しラインナップを考えてほしかったところだ。というか誰か止める人はいなかったのか(苦笑)。
実はパール文庫には実はもうひとつ大きな特徴がある。それはカバー絵や挿絵を完全に「萌え系」にしていることだ。パッと見は完全にラノベである(ただし文庫といっても判型はB6と少し大きめ)。
しばらく前に文庫のカバーを著名な人気漫画家に描いてもらうようなことが流行ったが、まずはこれで若者の心をつかもうということか。近頃は何でも萌え系でまとめてしまおうというトレンドもあるので、あざとさ満点だけれどもこれは一応理解の範囲である。
ただ、申し訳ないけれどイラストレーターの実力がいまひとつ。何でも専門学校からコンテストで選ばれた学生さんの手になるものらしい。道理で書き込みは浅いし、デッサンも構図も弱いものが多い。女の子はまだいいけれど、年配の人物などはかなり見ていられないレベルで、時代考証とかも甘そうだ。
萌え系だってイラストレーターによってピンキリなので(ラノベなんてそれだけで売上げが変わるほどだ)、どうせやるならそれなりの人に描いてもらうべきだろう。
意地の悪い見方をすると、版権が切れたものを安いイラスト料で、今風に作りました、というシリーズにしか思えないのがパール文庫。ただ、本日読んだ松本泰のように、埋もれていた作品を出してくれるというメリットもあるので、もう少し品質向上を目指してくれればそれなりの意義も出てくるのだが、はあ、何ともやるせない。

さて、とんでもなく前振りが長くなったが、松本泰の『紫の謎』である。
収録作は「紫の謎」と「黄色い霧」の短篇が二作(八百円とはいえ二十分もあれば読み切れる薄さなので、こういうところも物足りなさのひとつ)。
一応はシリーズの性質を反映してか、どちらもヒロインが陰謀に巻き込まれるサスペンスもの。ロマンス要素もありのハラハラドキドキといえば聞こえはいいが、まあ、そこは松本泰クオリティなのであくまでゆるい仕上がりである。
これで帯の「楽しく読める小説シリーズ」を実践していることになるのかどうか。もし本当に今の中高生がこれを読んでくれるなら、どんな感想を持ったのか、それはそれで興味深いけれど。