まず本日、飛び込んできたニュースについて。既に皆様ご存じのとおり、小松左京とアゴタ・クリストフという二人の偉大な作家が亡くなった。お二方とも純然たるミステリ畑ではなかったが、ボーダーラインの作品は多く残しており、ミステリ者にも非常に愛着のある作家さんだった。思い出を書き出すと止め処もなくなってしまうので、今はただご冥福を祈るばかりである。――合掌。
気を取り直して本日の読了本。高城高の『ウラジオストクから来た女』を読む。
『X橋付近』刊行を機に久々の注目を集めた著者が、『函館水上警察』で鮮やかな復活を果たしたのはまだ記憶に新しいところ。本書はその函館水上警察シリーズの続編であり、完結編でもある。
収録作は以下の四篇。
「ウラジオストクから来た女」
「聖アンドレイ十字 まねかざる旗」
「函館氷室の暗闇」
「冬に散る華」

前作に劣らず、充実の内容である。一番の読みどころも前作同様、明治中期の函館という、限定された時代と空間にあるのはいうまでもない。
もちろん主人公の五条文也警部をはじめとするキャラクターも悪くないし、水上警察という組織の活動、あるいは事件そのものも十分に魅力的だ。しかしながらそれらの要素も、結局はこの街この時代だからこそ成立している。この設定なくして本書の成功はなかったといってよいだろう。
近代国家になりきれていない、まだまだ盤石とはいえない明治の日本。その中にあって諸外国に門戸を開き、しかも列強レベルのイギリスやロシアとの交易が日常的に行われていた函館という街。ビジネスから犯罪に至るまですべてが国際的で、かつその利権を巡り日本中から集まる有象無象。非常にエネルギッシュで猥雑で、だからこそ魅力的な街なのである。
ちょっと妙な喩えになるかもしれないが、アメリカの開拓時代とけっこうイメージがかぶる。発展途上にある港町、荒くれ者が訪れてはまた去ってゆく、そんな街の治安を守るのは我らの五条保安官。うん、これは函館版西部劇なのかもしれない。
ただ、そういう設定だけで成功するとは限らない。本書が楽しめるのは、やはり著者の丹念な取材や格調高い文章があったればこそ。著者は本来ハードボイルド作家だが、この物語に合わせて文語的な言い回しを多用するなど、かなり意識して文体を変えてきている。もともと適度に抑制を効かせた文章を書く人だが、それをよりクラシックというか上品にした感じである。
そして、その優雅な文体から繰り出される明治函館の情景や生活。これがまた見てきたような詳しさで、ミステリに興味が無くとも、この側面だけで十分読むに値する。
各短篇はそれぞれに味があるのだが、驚いたのはやはり最後の「冬に散る華」。シリーズ完結編たる所以でもあるが、これには完全に意表を突かれた。しばらく余韻(呆然?)に浸れることは確実である。ただ、この時代この街を表す手段として、ラストシーンはかなり象徴的かつ効果的である。著者の強いメッセージを感じずにはいられない。
結論はもちろんオススメ。蛇足ながら、著者にはまだまだ元気でいてもらって、新作を期待したいところである。