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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

渡辺啓助『空気男爵』(皆進社)

 皆進社の《仮面・男爵・博士》叢書の第二弾、渡辺啓助の空気男爵』を読む。第一弾の水谷準の『薔薇仮面』もそうだったが、渡辺啓助もベタベタな通俗スリラーを書いていたのかという驚きが最初にくる。この手の読み捨て作品はどうしても市場から消え失せ、後々まで残るのはもっぱら有名な代表作ばかりになりがちだ、ただ、そのために後世になって著者の全貌が掴めず、誤ったイメージや中途半端なイメージだけで語られたりするのはやはり問題である。
 そういえば以前に大阪圭吉でもそんなことを思ったことがある。復刊され始めた頃は知られざる本格作家というイメージが強かった大阪圭吉だが、その後に復刊されたものをいろいろ読んでいると、著者を本格という一面だけで語るのはあまりに乱暴すぎるのではないかということ。大阪圭吉も実はそれぐらいさまざまな作品を描いていたのである。
 《仮面・男爵・博士》叢書はあえて通俗探偵小説を集めているので、正直、内容はそこまでハイレベルではないけれど(苦笑)、著者の代表作には見られない一面を知るという意味でも、非常に意義深いシリーズといえるだろう。

 空気男爵

『空気男爵』
 「第一話 空気男爵と隙間風侯爵」
 「第二話 聖骨筐(せいこつばこ)の秘密」
 「第三話 お嬢様お手をどうぞ」
 「第四話 シャム猫夫人」
 「第五話 女唐手(からて)綺譚」
 「第六話 美女解体」
 「第七話 女空気男爵」
 「第八話 吸血夫人の寝室」
「死相の予言者」
「魔女とアルバイト」
「胴切り師」
「素人でも殺せます」

 収録作は以上。連作短篇集の『空気男爵』とノンシリーズの短篇四作という陣容。
 注目はやはり『空気男爵』だが、これは美女と宝石を秋する和製ルパンもの。といっても空気男爵はほぼ登場せず、なんというか作品の象徴として使われている感じだ。主役は探偵事務所の所長・青木鱗五郎とその助手の香月鮎子の二人で、事件に巻き込まれた彼らが無事に真相を解明するが、その背後に実は空気男爵が暗躍していたのでは、というのが毎度のパターン。これが設定としては面白いところで、しかも明言はされないけれど、実は青木鱗五郎が空気男爵らしく、これは別にネタバレでもなんでもなく、香月鮎子も日々それを疑っているというのがまた面白い趣向である。
 とまあ設定は悪くないけれど、個々の作品については特筆すべきとろはあまりない。事件は起こるが謎解きよりもアクションやサスペンス優先で、大体が事件の方から種明かしをしてくれる。主人公の二人の活躍(特に香月鮎子)を楽しむ方に重点が置かれている。
 ただ、設定が設定なので最終話で空気男爵の正体が明かされるのかと思ったら、普通にシリーズが続いている形なのは残念であった。

 作品の出来でいったら、残る四短篇の方が楽しめるだろう。こちらも本格という体ではないけれども、どれも設定や導入はなかなか魅力的だ。
 たとえば「死相の予言者」では被害者が首なし死体とくれば、「ああ例ののトリックね」と思うところだが、あっさりどちらの可能性も提示して、「さあどっちだ?」とやるのが珍しい。
 「魔女とアルバイト」は水道検査のバイト青年が体験したエロティックな体験。ことが終わって目覚めると、そこには彼女の死体が……絵に描いたような巻き込まれ型サスペンス。解説によると青年の心理がキモらしいが、そこまでの深さはない。
 「胴切り師」は奇術師が復活をかけて挑んだ美女の胴体斬りに絡む悲劇。と書くと、これも先を想像するのは容易いが、その悲劇はちょっと予想外のところに着地する。
 「素人でも殺せます」は本書中のベスト。描き方は通俗スリラーなのだが、テーマ自体は著者お得意の悪女もののバリエーションといってもよい。徹底して合理的でありながら、それでいて非常識としか思えないヒロインが素晴らしすぎる。

 なお、本書が刊行されたのが2022年6月のことで、その後ほぼ一年の間、続刊の音沙汰がないのが心配である。一応、全三巻ということでスタートしているので、せめて完結はしてほしいし、できればもっと続けてほしいものだが。

渡辺啓助『クムラン洞窟』(出版芸術社)

 渡辺啓助『クムラン洞窟』を読む。
 幻想的で怪奇趣味に満ちた小説で知られる渡辺啓助は、1960年頃から、いわゆる秘境ものと呼ばれる作品を書き始めるようになる。だが、小説の執筆が減少し、創作活動の柱が詩や絵画にシフトするようになったのも同じくこの頃。結果的にこの時期の作品群すなわち秘境小説が、彼の小説としては最後期にあたることになるらしい。
 本書はそんな後期の短編を集めた秘境小説集である。収録作は以下のとおり。

「クムラン洞窟」
「島」
「嗅ぎ屋」
「追跡」
「悪魔島を見てやろう」
「崖」
「シルクロード裏通り」
「紅海」
「逃亡者の島」

 「探偵小説」という名称がまだ一般的であった頃、秘境小説の書き手といえば、橘外男を筆頭として、香山滋、小栗虫太郎らの名を忘れることはできない。本書を読むにあたって、やはり念頭にあったのは彼らの作品である。
 ところが、本書『クムラン洞窟』を一読して驚いたのは、まずそのスマートな作風だった。書かれた時代が戦後も十年を過ぎ、あまり突飛な設定が受け入れられなくなったせいなのか、あるいは著者のもともと持っているスタイリッシュな文体のせいなのか。渡辺啓助のそれは、確かに秘境を舞台にしてはいるものの、単なるファンタジーではなく、より冒険小説的・犯罪小説的なテイストを取り入れており、なかなか現代的な作風として成立しているように思う。
 秘境小説といえば、やはりその退廃的な世界観、ある種の熱病にうなされているかのような登場人物たちの言動、ねちっこい描写、要はエログロ(笑)……みたいなところを管理人は思い浮かべてしまい当初は若干の物足りなさも覚えたのだが、この怪しげなスパイ物みたいなノリはなかなか悪くない。秘境小説もなかなか奥が深いようだ。

 気に入らない点もある。作風云々とは別の話になるが、各短編とももう少し長くした方がよかったのではないか、ということ。
 というのも物語の背景となる史実、伝説、あるいは風土等の話をみっしり詰め込みすぎ、どうも説明的になることが多いのである。秘境そのものが主人公、というタイプの話であれば、短くとも雰囲気だけで押していくことは可能だが、本書で語られる物語にはしっかりした結構を備えたものが多く、それを物語るには、やや枚数が足りなかったように思える。

 結論としては、以前に読んだ『怪奇探偵小説名作集2渡辺啓助集 地獄横町』に比べると、全体の満足度はやや落ちるが、それでも十分読むに値する作品集である。もしかすると秘境小説というものに興味がある人はまず本書を読み、気に入った人だけ香山や橘に進むとよいもしれない。進んでどうする、という気もするけれど(笑)。


渡辺啓助『怪奇探偵小説名作選2 渡辺啓助集 地獄横町』(ちくま文庫)

 『怪奇探偵小説名作選2 渡辺啓助集 地獄横町』を読む。
 人の心の闇を描いた作家、渡辺啓助。本書は彼の初期の作品を集めた、怪奇ロマンに満ちあふれた短編集だ。

 そもそも昭和初期という時代の探偵小説は、謎解きよりも怪奇趣味、猟奇趣味が先行しがちで、これを称して変格とも呼ばれたわけだが、渡辺啓助の場合、正にその変格の道を歩み続けた。ときに「悪魔派」などと称されたように、彼の描く登場人物たちの多くは、何らかの特殊な性癖や思想に囚われた者ばかりだ。そんな囚われ人がいつしか限界点を超え、悲劇を招いてしまう瞬間を、渡辺啓助はいくつもの作品をとおして見せてくれるのである。
 特別、美文というわけではないが、首つり死体やミイラ、偽眼の美女など、インパクトのあるモチーフを使って読者に鮮烈なイメージを与え、作品世界に誘導することに成功している。
 また、作品の当たりはずれが大変少なく、高いレベルで粒がそろっているのも素晴らしい。きれいにまとまりすぎて、逆に物足りなく感じることもあるぐらいなのだが、そんななか、「血蝙蝠」の存在は貴重だ。どう考えても構成的に失敗している作品で、おそらく本書のワースト。しかし、こういう作品を読むと、逆に「ああ、読んでよかった」と思えるから不思議だ(笑)。ま、とにかくオススメの一冊ということで。

「偽眼のマドンナ」
「佝僂記」
「復讐芸人」 
「擬似放蕩症」
「血笑婦」 
「写真魔」
「変身術師」 
「愛欲埃及学」
「美しき皮膚病」
「地獄横丁」
「血痕二重奏」
「吸血花」
「塗り込められた洋次郎」
「北海道四谷怪談」
「暗室」
「灰色鸚哥」
「悪魔の指」
「血のロビンソン」
「紅耳」
「聖悪魔」
「血蝙蝠」
「屍くずれ」
「タンタラスの呪い皿」
「決闘記」

 ちなみに創元推理文庫で出る出ると言われ続けている実弟、渡辺温の作品集はどうなったんだ?


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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