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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

楠田匡介『幻影の部屋』(湘南探偵倶楽部)

 おなじみ湘南探偵倶楽部の復刻短篇から一冊。ものは楠田匡介の『幻影の部屋』。

 吹雪の荒野で馬橇ですら進めず、仕方なく素封家の知人宅に一泊の宿を借りた夫婦もの。十二畳はある広間で休ませてもらうことになったが、夫の方はなかなか寝つくことができない。すると部屋の何処かから話し声が聞こえてくる。奇怪なことに、話をしているのは部屋の片隅に置かれた浄瑠璃の首だけの人形である。しかもその内容が、十年前に自殺したこの家の主人の件であり、実は主人は自殺などではなく殺されたのだという……。

 幻影の部屋

 なんとも魅力的な設定。吹雪が吹き荒れる真夜中の広間で、浄瑠璃人形がボソボソ話をしているだけでも怖い絵面だが、その内容が一種のアリバイ崩しときた。まあ、人形にしても、事件にしてもそれほど驚くようなネタではないので過大な期待はしちゃいけないが、なんとなく雰囲気がいいのでそこまで失望するようなものでもない。

 ただ、著者の描写がいろいろ雑で、悩むところもちらほら。特に浄瑠璃の人形がなぜ夫婦ものの部屋で話をする必要があったのか、それが最後まで読んでもよくわからなかった。
 少々ネタバレで申し訳ないが、本作はホラーなどではないからもちろん浄瑠璃人形を操っている人間が別にいるわけなのだが、その目的を考えると、夫婦ものの部屋でやる必要はまったくないのである。その辺りの説明が二度ほど繰り返して読んだけれどどうにもわからない。想像で補うことができる範囲ではあるが、こういうのは精神衛生上よくなくて困る(苦笑)。もったいない作品である。

楠田匡介『人肉の詩集』(湘南探偵倶楽部)

 本日も湘南探偵倶楽部の復刻短篇を読む。ものは楠田匡介の『人肉の詩集』。けっこう有名な短篇だが、同作を表題にしたあまとりあ社の短篇集がいかんせん高価なので、これまで縁がなかった作品。

 人肉の詩集

 こんな話。主人公の〈私〉は詩の同人活動をしていたが、そのパトロンである津田政輔の妻、香代子と不倫関係にあった。ある日、津田が旅行に出た隙を狙って不倫旅行に出かけた私たちだが、その旅先で香代子は津田の気配を感じたという。そして、これまで香代子が不倫してきた相手、加えて前妻までもが全員、残酷な手段で殺されたのだと告白した。最初は信じられなかった私も、やがて津田の魔手に……。

 殺人の最大の証拠でもある死体をどのように隠すのか。そんなテーマのミステリはいろいろあるが、えげつない死体隠蔽の方法を考えた作家も少なくない。すぐ思い浮かぶのはダンセイニの「二壜の調味料」、妹尾アキ夫の「人肉の腸詰」あたりだが、どちらも正直グロテスクなネタで、本作ももちろんその系統である(笑)。しかも、えげつなさはその二作に勝るとも劣らない。
 「人肉の詩集」というタイトルがすべて、といっても過言ではなく、主人公が囚われてからの津田のワンマンショーは圧巻。いや、よくこんなこと考えるよなぁ。ラストでシリーズ探偵の田名網警部が登場し、一応物語に決着をつけてはくれるが、取ってつけたような感じは否めない。内容が内容なだけに、おそらくはきちんとケリを付ける必要があったのかもしれない。
 それにしても楠田匡介はジュヴナイルからシリアス、エログロまで、本当に幅が広い作家である。

楠田匡介『少年少女探偵冒険小説選 IV』(湘南探偵倶楽部)

 ちょっと軽いものを、ということで湘南探偵倶楽部さんがシリーズで出している楠田匡介のジュヴナイル『少年少女探偵冒険小説選 IV』を読む。収録作は以下のとおり。

「幽霊島」
「良夫君の事件簿 IV」
「推理クイズ集」

 少年少女探偵冒険小説選IV

 これで四冊目となる「少年少女探偵冒険小説選」シリーズだが、このシリーズは中篇や長篇を一作メインに据え、脇を推理クイズ集で固めるという構成が多く、本書もその例に漏れない。ただ、メインの「幽霊島」がそれほどボリュームがなく、「良夫君の事件簿 IV」にしてもほとんどが推理クイズのようなものばかりなので、今回はほぼ全編にわたって推理クイズ本のような一冊となっており、読み応えという点では今ひとつか。

 「幽霊島」はご存知少年探偵・小松良夫君が登場する一作。短いながらも沼に浮かぶ動く島の秘密、どんなに追い詰められても最後は煙のように消え失せてしまう怪人煙男(けむおとこ)など、ギミックには事欠かない。この謎に立ち向かうのが少年探偵・小松良夫君であり、こちらもお馴染みの田名見警部。
 煙男があっけなく敗北したり、その能力の秘密をさらっと明かすのが玉に瑕だが、まあページ数が短いので致し方あるまい。むしろ長い作品で使いたかったであろう各種ギミックを、こういう短い作品でも出し惜しみせずブッこんだ楠田匡介に拍手を送りたい(笑)。

 それにしてもこうして楠田匡介のジュヴナイルを長らく読んでいると、その全貌が知りたくなって困る。長篇ならともかく短篇はいくらあるのか見当もつかないし、ましてや推理クイズに至っては。小松良夫君の全集とかどこか企画しないかな(笑)。

楠田匡介『少年少女探偵冒険小説選 III』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さんが復刻しているミステリもいろいろある中で、内容はそれほど大したことがないのに(笑)ついついクセになってしまうのが楠田匡介のジュヴナイル。中編クラスの作品が小冊子という感じで二つほど復刻されたと思ったら、ついには『少年少女探偵冒険小説選』というジュヴナイル短編集に発展してしまう。しかもこれが好評なようで、二ヶ月ほど前にはとうとう第三集まで出てしまった。
 本日の読了本は、その楠田匡介のジュヴナイル第三集にあたる『少年少女探偵冒険小説選 III』である。

 少年少女探偵冒険小説選III

「姫鏡台の謎」

良夫君の事件簿 III
「第一話 旅客機内の怪事件」
「第二話 霜の夜」
「第三話 薄い水」
「第四話 目撃者」
 
犯人当て推理掌編集
「恐ろしきジャンプ台」
「ひなまつりの夜」
「消えた仏像」
「源太島の殺人事件」
「花まつりの午後」

推理小説集
「第一話 屍体の顔」
「第二話 一千万円の未亡人」

 収録作は以上。「姫鏡台の謎」以外の作品には「良夫君の事件簿 III」といった感じで章題がつけられているが、基本的なテイストに大きな違いはなく、おそらく発表媒体でまとめたものだろう。どれも昭和三十年から四十年ごろの「中学一年コース」とか「高一時代」等、当時の学年誌に連載されたもので、これも当時の流行かと思うが推理クイズ形式にしているものが多い。
 質的にもこれまでの作品集と大きな違いはない。ただ、表題作扱いの「姫鏡台の謎」もごく短い作品で、それが少し物足りない。もちろん、そこまでミステリとして純粋に期待するようなシリーズではないのだけれど、一応これまで復刻された作品でも中編レベルはそれなりのインパクトもあったので、そこがちょっと残念といえば残念なところか。
 楠田ジュヴナイルではおなじみの名探偵・小松良夫君は相変わらず大活躍で、姉の良子、父親の良三博士、田名見警部、大坂弁護士といったレギュラー・準レギュラーも入れ替わりで顔を出すなど、連載ものはこういう登場人物の活躍も楽しみのひとつといえるだろう。

 なお、目次に記載されている「和製ルパン」と「世にも不思議な物語」は本編には収録されておらず、これは編者のミスによるものか。

楠田匡介『少年少女探偵冒険小説選 II』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さんが少年少女向けの探偵小説を復刻しており、特に楠田匡介には力を入れているようで、本日の読了本はその一冊『少年少女探偵冒険小説選 II』である。

 少年少女探偵冒険小説選II

「黒い流星」
「良夫君の事件簿 II」

 収録作は以上。「黒い流星」は光文社の『少年』で昭和27年9月号に掲載されたもの。もうひとつの「良夫君の事件簿 II」は連作短編で、旺文社の『中学時代二年生』で昭和35年に連載されたもの、さらに『高一時代』で昭和39年に連載されたものをまとめている。
 まあ、内容的にはいつものとおりで(苦笑)、楠田ジュヴナイルでおなじみの名探偵・小松良夫君の活躍がフルに楽しめる。「黒い流星」ではレギュラー陣の小松博士や田名見警部らとともに爆破事件の謎に迫るが、父親の小松博士がスパイの攻撃で命を落とすというショッキングな展開が注目だろう。もちろん当時のジュヴナイルの常套手段で、死んだと見せかけて……というオチなのだが、その役割を明智のような名探偵ではなく、単なるイチ科学者にさせるところが楠田作品の無茶なところである。
 「良夫君の事件簿 II」は『少年少女探偵冒険小説選1』に収録された「良夫君の事件簿 1」と同様、推理クイズレベルの作品で、さすがにそこまで見るべきものはない。

 ちょっと気になったのは、主人公・小松良夫君の設定が「黒い流星」ほか、いくつかの作品では小学六年生となってはいるものの、その設定がどこまで生きているのかということ。
 たとえば本書収録の「良夫君の事件簿 II」ではそのあたりについての記述が一切ない。果たして小学六年生のままなのか、それとも掲載誌にあわせて年齢をあげているのか、あるいは経年にしたがって年齢をあげているのか?
 なんせ小松良夫君シリーズの全貌がわからないので何とも言えないのだが、良夫君の各作品の言動を見てみると、やはり小学六年生ぐらいなのかなという印象は受ける。学習雑誌の場合、通常は主人公の年齢もその学年にあわせることが多いので、元からの設定が異なっているときは、この辺りの描写はあえて省いている可能性も高そうだ。まあ当時のジュヴナイルゆえ、厳密な設定など決めていない可能性の方ががはるかに高いのだろうけれど(苦笑)。

楠田匡介『少年少女探偵冒険小説選1』(湘南探偵倶楽部)

 このところ湘南探偵倶楽部さんが古い子供向け探偵小説、特に児童書に連載されたものを頻繁に復刻してくれているのだが、本日の読了本もそんな中から楠田匡介のレアなところを一冊。しかもタイトルが『少年少女探偵冒険小説選1』などということになってしまい、いよいよシリーズ化の気配である。
 この「1」という数字が、普通に「少年少女探偵冒険小説選」にかかるのか、それとも楠田匡介も含めてのナンバリングなのか不明だが、どちらにしても楽しみな展開ではある。

 少年少女探偵冒険小説選1

「海底旅行」
「良夫君の事件簿 I」

 その記念すべきシリーズ化一冊目の収録作は以上。「海底旅行」は小学館の『小学四年生』に昭和三十年から三十一年にかけて連載された長篇、「良夫君の事件簿 I」は昭和三十九年に旺文社『高一時代』に連載された連作短編である。
 なんと、どちらの作品にも、『都会の怪獣』、『深夜の鐘』に登場した少年探偵・小松良夫君が登場する。

 まずは長篇の「海底旅行」。これまで読んだ小松良夫少年ものについては基本的に探偵小説だったのだけれど、本作ではとうとうSFになってしまった。同一主人公でここまでやるかという、相当なアバウトな設定だが、内容も『都会の怪獣』『深夜の鐘』をはるかに凌駕するツッコミどころ満載の一作。

 こんな話。何者かの手によって姉の幸子とともに車で誘拐された良雄少年。なぜか白ほうたいで顔を覆った男に助けられ、ひょんなことからその“白ほうたい男”が指揮をとるスーパー潜水艦「ピース号」に匿われる。海底を潜行するピース号だったが、今度はエビの姿をした兵器によって、またも幸子が敵に誘拐されてしまい……という展開。

 基本的には『海底二万マイル』のノリか。謎の敵が二人をつけ狙う動機や“白ほうたい男”の正体などはラストで明かされるが、まったく伏線も何もないところで説明されるので、正直、どうでもいいです(苦笑)。海底での冒険シーンと数多いツッコミどころを楽しむのが吉かと。
 ちなみに一番驚いたのが、スーパー潜水艦だと思っていたら、なんと飛行機能もあったことで、いや、もう何でもありか。

 それに比べると「良夫君の事件簿 I」はいたってまともである。毎回、読み切り形式の探偵小説で、よくある推理クイズみたいなレベルを想像しておけばOK。実際、第一回目だけは本当にクイズ形式になっているのだが、評判がよくなかったか、二回目からは普通の小説形式に落ち着いている。
 こちらで気になったのは本作が『高一時代』連載ということで、媒体の割にはちょっと文章などが低年齢層向けに思える。第一回目のクイズ形式もそうだけれど、編集者とのすり合わせがうまくできていなかったのかもしれない。

楠田匡介『深夜の鐘』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さんが復刻した『深夜の鐘』を読む。『都会の怪獣』と同じく楠田匡介の手による子供向け探偵小説。連載された媒体も『都会の怪獣』と同様で、小学館の学習月刊誌『小学六年生』 。昭和二十九年四月号~三十年三月号にかけてなので、ちょうど一年かけて連載されたことになる。

 こんな話。春休みを利用し、友人の林君とともに市川の別荘へ遊びにきていた少年探偵として知られる小松良夫少年。二人はあるとき近所にある名古伝屋敷の不思議な噂を耳にする。
 その家にかつて住んでいた名古屋博士が亡くなったとき、博士は自分の体がミイラになるよう、自分で発見した金属で作った棺に入れられたのだという。そして遺言によって、二十五年後に棺を開け、ミイラになっているかどうか確認してくれと書き残したのだ。その二十五年後がちょうど今年なのである。
 その遺言が現実のものとなったのか、二人の前にはミイラ男が出没し、怪奇な事件が起こってゆく……。

 深夜の鐘

 『都会の怪獣』の二年後に書かれた作品だが、そこまで上手くなったという感じはないかな(苦笑)。
 問題はやはりストーリーの荒さにあって、特に前半は何が起こっているのかさっぱりわからないまま次々と派手な事件が起こるので、余計に混乱しがちである。これも月刊誌連載ということで、興味を持続させるための方策だとは思うのだが、逆に月刊誌連載ゆえこれまでのストーリーをきちんと理解することが必要なわけで、子供たちには少々ハードルが高かったのではないだろうか。いや、それでも娯楽が少ない時代のこと、当時の子供たちは繰り返し前の号も読んでいた可能性もあるけれども。

 ただ、そういう欠点や、その他ツッコミどころも多々あるけれど、熱量は高いし、注目すべき点もある。
 たとえば本作最大のギミック、ミイラ男の存在だが、これが途中から二人になるアイデアは面白い。重要な登場人物の偽物が登場するなんてパターンは割とよくあるけれども、よりによって怪人の本物と偽物が出るというのはもしかすると初めて読んだかも。

 ちなみに本作の主人公・小松良夫少年だが、彼は『都会の怪獣』にも登場しており、いわばシリーズ作品のようだ。ほかにも小松良夫の登場する作品はあるのだろうか。

楠田匡介『都会の怪獣』(湘南探偵倶楽部)

 湘南探偵倶楽部さんが復刻した楠田匡介の『都会の怪獣』を読む。小学館の学習雑誌『小学六年生』 で昭和二十七年四月号~二十八年三月号にかけて連載された探偵小説である。

 こんな話。ニューヨークへ赴任することになった外交官の石井氏が、家族とともに東京駅を発とうとしていたときのこと。石井氏の娘、由子が発車寸前の列車から消失するという事件が起こる。さっそく田名見警部を筆頭に警察も駆けつけ、由子の捜索が始まったが、あとにはなぜか首吊り死体を模した人形が見つかるだけであった。
 そんななか、由子の捜索に協力した良夫少年は列車内でダイヤらしきものを発見する。しかし、それも帰宅中になぜか消え失せ、しかも家には「石を捨てろ」という脅迫文が届き、さらには「自分は殺される」という助けを求める電話がかかってくる。果たして何が起ころうとしているのか……。

 都会の怪獣

 ううむ、これは何というか、とにかく荒っぽい(笑)。とにかくストーリーが乱雑すぎて、本当に途中まで何が起こっているのかよくわからないのである。
 子供向けの連載という性質上、次号に興味を繋げるよう意識しているのはわかるが、肝心のストーリーが繋がっていない。それでも当時の子供たちはわからないなりに楽しんだとは思うのだが、正直ここまでとっ散らかったストーリーは当時としても珍しいのではないか。そのくせ犯人だけはけっこうわかりやすいという(苦笑)。
 連載とはいえボリューム的には中編レベルなので、プロットをそれほど練らず、けっこうぶっつけで書いた可能性もあるかも。

 ただ、こういうものも含めて読まないと、それこそ当時の子供向け探偵小説の実像はわからないわけで、復刊自体は今後もどんどん続いてくれるとありがたい。
 本作でも見どころというほどではないかもしれないが、登場人物の「田名見警部」が大人向けのシリーズ探偵「田名網警部」と同一人物なのか気になるところだし、序盤の少女消失トリックなどは著者らしいといえば著者らしいネタである。また、「怪獣」の扱いが意外とストレートなのもちょっと驚きであった。

 湘南探偵倶楽部さんの復刻した楠田匡介の子供向け探偵小説はもう一冊、『深夜の鐘』があるが、どうやらこちらも良夫少年のシリーズ作のようだし、今からドキドキであるな(笑)。

楠田匡介『いつ殺される』(河出文庫)

 順調にシリーズ展開が進む〈KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉から、本日は楠田匡介の『いつ殺される』を読む。原本は春陽堂書店の〈長篇探偵小説全集〉として刊行されているため、比較的、楠田作品の中では知られているほうだろう。

 まずはストーリーから。
 糖尿病とそこからきた足の神経痛で入院することになった作家の津野田。だが、その病室は幽霊が出るという曰くつきの部屋で、職員や看護婦がみな詳しいことを話したがらない。ようやく医師たちからの聞き取りで津野田が知ったのは、数ヶ月前に起こったある役人の横領・心中事件であった。
 農林省の若い事務官が八千万円を横領し、発覚を恐れて恋人と心中を図るという事件が起こった。二人はまさに津野田が入っている病室に担ぎ込まれたが、男はまもなく死亡し、女は一命を取り止めたものの病室を抜け出して、近くの川で入水自殺したのである。幽霊は、八千万円に未練を残すその女ではないかという話だった。
 津野田はもちろん幽霊などは信じず、むしろ、その八千万円の手がかりを探そうとしている誰かが幽霊と間違われているのではと考える。妻や友人の石毛警部らと推理をめぐらす津野田だったが、やがて津野田の身にも危険が迫ってくる……。

 いつ殺される

 注目したい点はいくつかあるけれど、まずはストーリー構成が面白い。本作ではシリーズ探偵の田名網警部も登場するものの、主人公格としては作家の津野田とその友人の石毛警部のお二人。で、前半は津野田を中心とした文字どおりのベッド・ディテクティヴ=安楽椅子探偵で進行する。ただし単なるベッド・ディテクティヴではなく、津野田にも危険が迫るにつれ、次第にサスペンス色も濃厚になるのがミソ。ちなみに『いつ殺される』というタイトルは、この津野田の状況を表しており、読んでいただければわかるだろうが、けっこう考えられたタイトルなのである。
 そして後半は一転して、石毛警部による足の捜査が中心。こちらはクロフツを彷彿とさせる展開で、つまり本書は大きく前後半でスタイルを変える二部構成をとっているわけである。この構成が目先を変えるためだけのものではなく、実は別の大きな意味を持っているのだが、それを書くと興醒めなのでここでは伏せておこう。

 もうひとつ注目したいのは、やはりトリックの多さ。トリックマニアの著者らしく、いろいろと詰め込んでおり、正直どれも小粒な感はあるのだけれど、著者の意欲がひしひしと伝わってきてよい。

 そのほかではキャラクターの造形も悪くない。作家の津野田と奥さんのやりとりは微笑ましく、石毛警部との関係性もゆるくていい感じである。後半の石毛パートへの転換、それは同時にシリアスへの転調にもなっているのだが、前半の雰囲気もあってそれがかなり効果的にできている印象だ。

 前半のやや冗長としたところ(これは上に書いたゆるい雰囲気のせいもあるのだが)、後半は逆にごちゃごちゃした展開が気になるところではあるのだが、まずは全体的には楽しめる一冊。
 傑作とまではいかないが、著者の工夫がいろいろと盛り込まれた力作であることは確かだ。

 しかしまあ、河出文庫からこういう本が続々と出る状況はすごいとしか言いようがない。
 創元とか論創みたいにもともとニッチなところで勝負している出版社ならともかく、河出は一応硬軟織り交ぜた総合的な出版社だ。しかも大下宇陀児や甲賀三郎、木々高太郎という戦前の大御所作家あたりなら少しは“売り”を明確にできるけれど、楠田匡介ぐらいだと知名度はさらに落ちる。ビジネスとしてかなり難しいのは想像に難くない。
 まあ、〈KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉の場合、論創社とは違ってかなり不規則だし、刊行の間隔も空いているので、比較的続けやすい環境にはあるのだろうが、ぜひ今後も気張らずにゆるゆると続けてもらいたいものである。


楠田匡介『犯罪への招待』(青樹社)

 河出文庫の『楠田匡介名作選 脱獄囚』は実に読み応えのある作品集だった。ただ残念なことに、もっと楠田匡介の本を読みたいと思っても、現役本はこれ一冊。比較的著書は多いのだが、一時期は完全に忘れられた存在となり、ここ数年の復刻ブームで人気が再燃したものの、過去の作品はみな絶版という状態なのである。
 まあ人気が再燃したといってもあくまでミステリマニアの間の話であるから、この現状は仕方あるまい。困るのは古書人気がけっこう高くなってしまい、本を見つけること自体がまず大変だということ。あっても相当なお値段である。どこかから、また傑作集でも出ないものだろうか。

 さて、本日の読了本『犯罪への招待』は、そんな楠田匡介の後期の一冊で、新聞記者の乾信一の活躍をまとめた中短編集。著者の作品のなかでは比較的に入手が容易なものだ。収録作は以下のとおり。

「殺人設計図」
「替えられた顔」
「アリバイを探せ」
「吊された美女」
「殺された男」
 
 「殺人設計図」は本書で唯一の中編。石原慎太郎が作家デビュー時に流行らせた「太陽族」にスポットを当て、享楽に流される七人の若者たちの殺人計画を描く。本作のミソは二つ。ひとつは寸前で頓挫したはずの殺人計画がなぜか完遂されてしまい、そればかりか予想もしない第二の殺人まで起きるという点。互いに犯人ではと疑心暗鬼に陥る若者たちだが、真犯人は果たして……というストーリー展開が巧い。もうひとつは、やはりトリック。とにかく第二の殺人の方がトンデモ系で、まあ良識のある人なら顔をしかめること請け合いである。
 「替えられた顔」は、乾夫妻が新婚旅行中に巻き込まれた事件を描く。しかも探偵役どころか被害者側だ。ネタがアレなので詳しくは書けないが、この手のトリックを本格風ではなくサスペンス風に仕上げるところが、二時間ドラマっぽい。舞台も温泉地だし。ただ、ちょっと展開がだれており、ハラハラ感はいまひとつ。
 「アリバイを探せ」は犯人の証拠を突き止める手段がトンデモ系。しかもかなり強引な証拠であり、これが果たして法廷で通用するかどうかは疑問。ただ、最後の1ページで一気にけりをつける著者のけれん味がナイス(笑)。
 「吊された美女」は、美人代議士が殺害され、国会議事堂の高塔に吊されるという、とてつもなくど派手なストーリー。しかも乾記者も容疑をかけられ、田名網警部も登場するという実に豪華な一編。しかし肝心のネタや設定がもう無理矢理すぎて、探偵小説としての評価は限りなく低い。
 「殺された男」はプロ野球の試合中に審判がナイフで殺されるという凄まじい設定の短編。しかも殺人のトリック以外にもうひとつ大きな謎を仕込んでいるが、このどちらもが腰砕けに終わり、本書中のワースト。

 著者のもうひとつのシリーズ、田名網警部ものに比べてテイストは軽めで、まだ新婚といってよい乾夫妻の掛け合いなどはなかなか楽しい。ただ、一応、本格ミステリの体は為しているけれど、お得意の無理矢理機械的トリックもそれほど冴えは見られず、総じてあまりオススメするほどの作品集ではないので念のため。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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