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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

チャールズ・ウィリアムズ『スコーピオン暗礁』(創元推理文庫)

 チャールズ・ウィリアムズの『スコーピオン暗礁』を読む。
 著者のチャールズ・ウィリアムズはサスペンスやハードボイルドを得意とするアメリカの作家である。日本ではあまり知られていないが、本国では1950〜60年代にかけて活躍し、かなりの人気を誇った。
 基本的には読み飛ばせるようなペーパーバック系の作品がほとんどなのだが、以前に読んだ『土曜を逃げろ』からもわかるように、中身はシンプルながら意外と技巧的で、キャラクター造型もなかなかいい。かのアントニイ・バウチャーにもその実力を高く評価されたほどだという。本書『スコーピオン暗礁』は刊行時にはほとんど話題にならなかったが、さて中身はどんなものか。

 スコーピオン暗礁

 こんな話。メキシコ湾を航行中のタンカーが無人のヨットを発見した。だがキャビンにはまだ温もりのあるポットが置かれ、八万ドルの入ったカバンまでもが見つかった。乗っていた者たちに何があったのか、彼らは何処へ行ったのか。タンカーの船長はやがて発見された航海日誌から、その真相を知ることになる……。

 上記は粗筋というよりプロローグであるが、物語はここから主人公の手記の形をとって流れてゆく。
 主人公マニングは元作家で潜水夫という異色の経歴の持ち主。そんな彼のもとに謎の女性シャノンが現れ、海に沈んだ夫の自家用飛行機からある物を引き揚げてほしいと依頼される。だが、彼女の背後には犯罪組織の影が見え隠れし、マニングは否応なく事件に巻き込まれていく。
 結局、飛行機の積荷をめぐるマニングとシャノンの計画は犯罪組織に見抜かれ、組織の一味と共にヨットで出発することになる。いわば海洋冒険サスペンスといった体だが、ストーリーはほぼ一本道で実にシンプル。物語の緊迫感と主人公の心理がうまくミックスされて、あっという間に引き込まれる。

 表面的にはB級っぽいノリなのだが、変な安っぽさが感じられないのもいい。これはやはり登場人物たちのキャラクター作りが非常に上手いからだろう。
 正統派でロマンチストのマニング、影のあるヒロイン・シャノンも悪くないけれど、ピカイチは犯罪組織のリーダー、バークレイか。頭の回転がよく合理的。どこか善悪を超越したところすら感じさせ、常に主人公を後手に回させる圧倒的な存在である。やはりこういう作品は悪役が重要だなとあらためて感じさせる。
 また、シャノンの夫フランシスの使い方も見事。ほとんど登場シーンはなく、終始シャノンやバークレイの口を通してしか語られない存在だが、彼のイメージがマニングの中で変容していくあたりが非常に効果的なのである。
 ただのサスペンスに終わらせず、きっちり人間について考えさせるあたりが、他の類似小説と本作を分けるポイントといえるだろう。

 ただ、それだけなら他にも匹敵する作家はまだ大勢いるわけで、著者の作品をあえて人にお勧めしたいのは、ちゃんとミステリ的な仕掛けも忘れていないからある。作風は冒険小説的ではあるけれど、何となくサスペンス側に置いておきたいのはそのせいだ。
 本作でも冒険小説ムードで進めておきながら、ラストできっちり裏返してみせる部分は実に見事だ。

 これで未読分は『絶海の訪問者』だけになったが、未訳作品はまだまだあるし、このレベルならどこかの出版社で発掘してもよいのではないだろうか。普段なら論創社といいたいところだが、論創社も最近は謎解きやクラシックメインだから少し難しいか。となると独特のスタンスで復刻企画を続ける河出とか扶桑社とか?
 まあ、どこでもいいので頼みます。絶対買いますから。


チャールズ・ウィリアムズ『土曜を逃げろ』(文春文庫)

 久々にだらだらと休みを過ごしている。本を読み、DVDを観て、気が向いたらPCでネットや資料整理など。

 読了本はチャールズ・ウィリアムズの『土曜を逃げろ』。
 鴨撃ちから戻ってきた「私」を待っていたのは、保安官からの尋問だった。人間も撃ったのかという無礼な問いに、ムシャクシャしながら帰宅すると、今度は妻の死体が待っていた。いったい何が起こっているのだ? 「私」は頭をフル回転させ、すぐさま行動を開始した……。
 
 著者のチャールズ・ウィリアムズは日本での知名度こそいまひとつだが、アメリカではペイパーバックを中心にして活動し、なかなかの人気を誇った作家である。
 とはいえ日本では数年前に扶桑社から出た『絶海の訪問者』が少し評判になったぐらいで、あとは創元推理文庫の『スコーピオン暗礁』と本書があるのみ。それほど期待もせずに読み始めたのだが、どうしてどうして。
 スピーディーな展開といい、しっかりと立ったキャラクターといい、実に読ませるではないか。文庫にして200ページ弱という分量なので、あっという間に読み終えたが、これはページ数だけの問題ではなく、やはり読ませる技術の高さである。とりわけ主人公が危機に陥ってからの展開は、実に引き込まれる。変にエピソードをつなぐことをせず、ストレートに事件を追い、ぐいぐい物語を引っ張っていく。そこには最近の長すぎるサスペンスでは決して味わえない爽快感とスリルがある。
 B級ではあるけれど、こういう小粋な作品がもっともっと紹介されるといいなぁ。


プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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