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 D・M・ディヴァインの『そして医師も死す』を読む。いまや英国の良質本格ミステリをおすすめするなら、まず外せない存在になった感もあるディヴァイン、その最新刊である。

 まずはストーリー。
 主人公は診療所を共同経営する医師アラン・ターナー。だがもう一人の共同経営者ヘンダーソンは不慮の死を遂げており、その死には殺人の疑いがあった。ハケット市長からそう告げられたアランは、事故の状況を洗い直そうとするが、その夜、ヘンダースンの妻エリザベスから何者かに命を狙われていると打ち明けられ……。

 そして医師も死す

 本作は長編第二作ということだが、プロットや伏線の張り方の技術はすでに完成されているという印象。主人公アランの一人称というスタイルをとり、アランの見たもの聞いたものはすべて手がかりとして機能するのだが、これが曲者というか、まあ相変わらず見事である。
 とにかく出てくる関係者出てくる関係者が軒並み胡散臭い。彼らにいったいどのような秘密や人間関係が隠されているのか、不審な行動の理由は何なのか。彼らに振り回される主人公だが、逆に自らはやや優柔不断なところもあり、読者は常に煙に巻かれている状態となる。サスペンスとはちょっと違うけれど、登場人物のやりとりによる変な緊張感があり、それで引っ張られる感じ。
 要は人物描写が上手いってことなんだろうが、そんな人間関係あたりに気をとられていると、ラストできれいに作者に騙されてしまうから楽しい。

 ただ、全体的に悪くはないんだが、いつものディヴァインよりはやや落ちるだろう。
 あまりに語り口が巧いので、ディヴァインの場合ストーリーの弱さはそれほど気にならないことが多いのだが、本作はとりわけ起伏に乏しいのがマイナス点。どうせなら多少長くなってもよいから、せめてヘンダースンが死ぬ少し前ぐらいから物語を始めてもよかったのではないだろうか。
 なお、本筋ではないが、主人公の最後の選択については、説得力が欠ける気がして納得できなかった。これも微妙にマイナス点である(笑)。

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 近年、日本での紹介が一気に進んだイギリスの本格ミステリ作家ディヴァインから一冊。実質的な遺作である『跡形なく沈む』。

 父を知らずに育ったルース・ケラウェイ。彼女は母の死後、スコットランドの小都市シルブリッジに移り住み、父を探し始める。一方、役所に勤めるケン・ローレンスは同棲相手との荒んだ生活に疲れ果て、かつての恋人ジュディに異動を勧められながらも煮え切らない態度をとっていた。
 やがて同じ職場の同僚となるケンとルース。その美貌に似つかない狷介な性格に興味をもったケンだが、彼女が父親を探しつつ別の目的を持っていることを知る。彼女の行動は町中の人々の不安を煽り、そして最初の事件が起きた……。

 跡形なく沈む

 複数の人物の視点で物語を構成していくのは、もはやディヴァインお馴染みの手法である。本作でもケン、ジュディ、そして事件を捜査する刑事ハリーらを中心としてストーリーが展開する。彼らは決して勧善懲悪の物語の主役を張れるような善人ではなく、欠点や秘密も数多く持つ。むしろ人間とはそういうものだというのがディヴァインの見方だ。
 ディヴァインはその秘密を白日のもとにさらけ出し、その結果発生するトラブルの断片を少しずつ積み重ね、魅力的な物語に(あるいはカタストロフィに)仕上げていく。これがいつも見事なのだ。
 当然ながら、それを成し遂げるには著者の圧倒的な描写力が不可欠。話のスケールは毎度小さいのに(苦笑)、読みながらいつも興奮してしまうのは、この描写力があるからだろう。

 また、ディヴァイン作品でもうひとつ巧いなと感じるのは、ある人物の印象で他の人物の描写をしておきながら、いざ登場させるとその印象がまったく異なっている場合があること。これは読者を騙しているとかではなく、人のもつ面がひとつではなく、常に主観によっても変わることを表している。そういった主観の集成から真実を炙り出すのもまたディヴァインの手法であり、巧いところなのだ。
 本作でいうとハリーの恋人、アリスのキャラクターの出し方が見事で、彼女が登場する辺りからけっこうムードが変わってくる。裏の主人公といってもよい存在で、叶わないことと思いつつ、彼女とハリーの物語をもう一作読んでみたいと思ったほどだ。

 唯一、登場人物で納得がいかなかったのはルース。父親に対する恨み、母親への憎みは理解できぬこともないが、その発露がなぜにああいう形になるのか正直、理解しがたい。彼女の人となりをもう少し何らかの形で説明してくれればよかったのだが、どうにもそこはサラッと流されているようで残念であった。

 本格ミステリとしては安定しているけれど、衝撃は少なく、過去の傑作に比べるとやや弱いか。とはいえ相変わらずのドロドロ感で満足感は高く、ディヴァインのファンならもちろん買いの一冊である。おすすめ。

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 本格ミステリファンにとって、もはやD・M・ディヴァインはハズレ無しの超優良株。
 ド派手な設定やトリックとは無縁だが、ほぼ毎作のように面白い趣向を凝らし、それを支えるためのプロットや世界観が丁寧に作り込まれる。人物や心理描写も実に巧み。こういった小説書きそのものの巧さが、ミステリとしての仕掛けにも貢献するといった案配なのだ。
 正直、総合力や全体のバランスでいっても、黄金時代の作家にひけを取らないと思うし、本格ミステリの歴史をひもといてもトップクラスではなかろうか、ま、それぐらい良い作家なのだ。

 さて、そんなディヴァインの最新刊が『三本の緑の小壜』。
 十七年ぶりの猛暑にさらされるイングランド南西部に位置する町チャルフォード。少女ジャニスは夕刻、友人たちと泳ぎに出かけたが、一人だけ帰ってくることはなかった。やがて彼女の死体がゴルフ場で発見され、容疑者は町の診療所に勤務する医師テリーに絞られる。だが、彼はあるとき崖から転落死してしまい、人々は犯行を苦にしての自殺と噂するようになった。葬儀のためにやってきたテリーの弟マークは、兄の容疑を晴らさんと独自の調査に乗り出すが、その調査を裏付けるかのように、また一人、少女が殺害された……。

 三本の緑の小壜

 本作は少女連続殺人事件というセンセーショナルなネタを扱ってはいるけれど、いわゆるサイコスリラー的なミステリではない。これまでのディヴァインの作品同様スケールは小さく(苦笑)、舞台は概ね町の診療所の家族と関係者に限られているのがミソ。したがってストーリーや設定から犯人を予想するのはそれほど難しくはない。
 それでもなおかつ犯人が明かされたとき、あるいはその動機が明らかになったとき、そこには上質のミステリを読んだ満足感が残る。いや、犯人が最初からわかっていたとしても、本書は面白い。それは本作もこれまでの傑作同様、克明な心理描写のうえで成り立っている本格ミステリだからである。

 それを最大限に感じさせるのが、一人称の多元視点による語りの妙だろう。
 頑固で融通の利かない弟マイク。高い知性と美貌をもちながら壁を作ってしまうマンディ。十三歳の問題児シーリア。
 不器用すぎて人と交わるとの苦手な彼らが、それぞれの眼を通して語る事実。それは事件の有り様を客観的に見せるというより、むしろより霧のなかに誘う感じだ。三人の語りによって、読者は騙られる。少々ずるい手ではあるのだが、真相を浮かび上がらせつつ真相を隠す、という独特の面白さ。
 また、お約束的ではあるが、三者が事件を通して変わっていくあたりも読ませどころ。こういう一見さん以外に優しいところもディヴァインの魅力のひとつだ。

 おそらく今年最後の読了本だろうが、締めくくりに相応しい一冊ではありました。

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 暮れも近づき、ぼちぼち飲む機会が増えているのだが、今週から本格的に各種忘年会シーズンとなる。基本的にはほぼ毎日飲んでいるのだが、さすがに忘年会ともなると一回当たりの酒量が違うので、中一日ぐらいのペースでないと身体がもたない。
 といいつつも、こうして日記を書きながら飲む酒がまた旨い。


 読了本はD・M・ディヴァインの『災厄の紳士』。まずはストーリー。
 ジゴロ稼業で食いつなぐネヴィル・リチャードソンの元へ大きな話が舞い込んできた。獲物は有名な作家の娘アルマ。ネヴィルは巧みな指示を出してくる“共犯者”に命じられるまま、徐々に彼女の心をつかんでゆく。だが、ネヴィルと“共犯者”の策略が成功したかに見えたとき、大きな災厄が降りかかる……。

 災厄の紳士

 もはやディヴァインにハズレ無しって感じですか。既に年末の各種ベスト10にもランクインしているし、何より過去の作品のレベルを考えるとつまらないわけがないとは思っていたけれど、予想どおりの面白さである。
 本作では構成にやや変わった趣向が凝らされている。前半では結婚詐欺を企む男を中心に語る倒叙風の物語、後半では一転して捜査や推理を主軸に据えたオーソドックスな本格仕立てというもの。二段構えという構成はもちろんだが、前半の結婚詐欺という趣向だけでもディヴァインとしてはなかなか珍しく、ここからどういう形で本格にもっていくのかという興味で読むのも面白い。

 また、これは毎度のことだが相変わらず人物描写が巧い。ひと癖もふた癖もある登場人物たちの実に生き生きとしていること。とりわけ前半のネヴィルとアルマの一連の騒動を通して各人のキャラクターを描き出すやりかたは鮮やか。そしてこれも毎度のことなのだが、この人物描写の中にも数々の伏線を忍ばせているのが見事だ。正しくディヴァイン・ミステリーの真骨頂といえるだろう。

 微かな希望を含んだラストシーンも印象的で、この苦く辛い物語に、何ともいえない余韻を残している。

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 宝島社から『シャーロック・ホームズの冒険 DVD BOOK vol.1』および『vol.2』が出ている。グラナダTVによるデジタル・リマスター版で、ムックタイプの解説も付き、しかもお値段的には既に出ているハピネット・ピクチャーズの完全版よりはかなりお得である(ただ今後の予定すらはっきりしないのが不安だが)。
 このからくりをご存じの方、コメント、メールでもいいんでぜひご教授を。


 D・M・ディヴァインの『ウォリス家の殺人』読了。
 歴史学者モーリスは、幼なじみで今は有名作家となったジョフリー・ウォリスに招待された。しかし、その実は、ジョフリーの妻ジュリアに、夫の様子がおかしいと訴えられての訪問だった。どうやらジョフリーは次に出版する予定の日記や、兄ライオネルとの確執など、さまざまな問題を抱えているらしい。ジョフリー邸に滞在を始めたモーリスは、否応なしに家族や関係者の緊張関係に気づかされる羽目に陥り、そして最初の悲劇が……。

 ウォリス家の殺人

 相変わらず上手いなあ。ストーリーは地味だし、特に大きなトリック等もないのだが、実に見事な本格ミステリである。
 『悪魔はすぐそこに』を読んだときにも感想に書いたのだが、人物描写がとにかく丁寧で、これは作者にとってある意味真相を見抜かれる怖れに直結するわけである。ところがディヴァインは、その人物描写のなかに伏線を忍ばせ、延いては読者を誤誘導することに成功している。小説が下手な作家には真似のできない芸当であり、これがディヴァインの最大の魅力でもあるのだろう。
 訳者の中村有希氏はあとがきで、本作がクイーンの「ライツヴィルもの」にも通ずる旨を示唆しているが、確かに人間ドラマを基盤にし、かつその人間関係を巧みに利用した仕掛けを用いる点などは、いいところを突いている。個人的にもクイーンでは圧倒的に「ライツヴィルもの」押しの人間なので、ディヴァインに惹かれるのも納得である。

 なお、本書の原作は1981年刊行だが、作中の年代などから、実際に書かれたのはデビュー当時ではないかと言われているらしい。この辺りの事情は少し解説等でフォローしてくれれば嬉しかったなぁ。

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 リンクに『雑誌店*歴下亭』を追加。ネット古書店の店主さんがやっている「雑誌の蘊蓄」系ブログとでもいいましょうか。単に情報としても面白いのだが、むしろ取り上げている雑誌に対する店主さんの思いみたいな話が楽しい。

 悪魔はすぐそこに

 昨年度の『このミス』では海外5位にランクされ、評判もなかなかよろしいD・M・ディヴァインの『悪魔はすぐそこに』を読んでみた。こんな話。

 ハードゲート大学の経済学講師ハクストンは、横領容疑で免職の危機に立たされていた。亡き友人の息子でもある数学講師のピーターに助力を請うも事態はさほど好転せず、ついにハクストンは大学の協議会で教授たちに脅迫めいた言葉まで吐く始末。だが、それからまもなく。ハクストンは変死を遂げ、さらには図書館で学生が殺害される。相次ぐ事件に関係はあるのか、調査が進むうち、八年前に起こった忌まわしい事件が浮かび上がってきた……。

 おお、確かになかなか見事な出来だ。かつて現代教養文庫で刊行された作品群も悪くはなかったが、本作もそれに匹敵するかそれ以上である。もともと派手なトリックメイカーではないので、ケレンを求める向きには物足りないかもしれないが、この丹念な人物描写、そしてその人物描写ゆえに活きてくる真相は読み応え十分。英国のトラディッショナルな本格探偵小説をお好みの御仁にはぜひともの一冊。
 ところで本書の解説によると、まずミステリとしてのプロットありきで、それが最大限の効果をもつように人物が最適化されているとあるが、本当のところはどうなのか。そもそも人物描写が巧みかどうかは作家の重要な資質であり、下手な作家がキャラクターの最適化を試みようがどうしようが、ダメなもんはダメだろう。ディヴァインが実際にそういう執筆の仕方をとっていたのかどうか気になるところではある。
 ただ、本作品が、その丹念で巧みな人物描写の上に成り立っていることは確かだ。本作は三人称多視点で語られており、しかも中心となる人物はある程度限定されている。拙い描写では読者に簡単に真相を見抜かれることにもつながろう。これは当然ながら作者の挑戦であり、あらためて犯人の言動などを読み返すと、実に細部にまで描写に気を配っていることがわかる。同じストーリーで下手な作者が書いても、おそらくここまでの成果は得られないはずだ。
 繰り返しになるが、本作は決して派手な作品ではない。だが、探偵小説を読む楽しさは本書のようなタイプにこそあるのだ。うん。

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